陽州の鳴き砂と紺碧の海
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 34人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/30 22:54



■開拓者活動絵巻
1

胡間






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■オープニング本文

 あつい。

 開拓者ギルドの中を見渡すと、扇子や団扇で顔を仰ぐ人々が増えていた。
 太陽光も日増しにきつくなり、雨の日も増えているので肌が蒸し蒸しする。重装備を来ているだけで、倒れてしまいそうだが、夏本番にはまだ遠い。寒い地域で生まれ育った開拓者は、仕事へのやる気を根こそぎ奪われる季節である。
「死んでますね」
「ほっとけ」
 ギルド受付の投げる言葉に、冗談を返す気力も湧かない。
「たまには気楽に涼しい仕事でもしたらどうです?」
「例えばどんな」
 受付係は依頼書のしまわれた帳簿を取り出し、ぱらぱらと眺めた。
「そうですねぇ。陽州の砂浜警備なんて、どうですか? この時期、丁度どこも海開きで、猫の手も借りたいぐらい監視役や海中アヤカシの駆除で忙しいそうですよ。鳴き砂の浜が、拘束が一週間ほどなので、その足で涼んできては如何でしょう?」

 陽州。
 古の修羅と天儀の戦いにより、同地は修羅の追放先とされ、その後約五百年の長きに渡って封印されていた修羅の暮らす儀である。
 近年、修羅との蟠りが解消され、現在は広く解放された場所だ。高温多湿の環境で、夏季は台風や暴風雨に見舞われることも多いため、海で遊べる期間はそれら天災を縫うようにして行うため、限られている。
 長年隔離された環境にあった為か、陽州の海は驚くほど澄んでいた。
 海を汚すことは、自らの命を縮めるからだったに違いない。努力で維持された真っ白に輝く砂浜には、ゴミひとつなく、走ればキュキュっと不思議な音を奏でる。天儀ではあまりお目にかかれなくなってきている、鳴き砂という現象だ。
 今回、仕事の来ている『鳴き砂の浜』は広大な浅瀬と、海産資源豊富な岩場を兼ね備え、夏場は名の知れた観光地として人々でごった返していた。

「いってみるかぁ」
 依頼書を受け取って去っていく開拓者。
「はーい。いってらっしゃーい」
 見送る受付。


 そしてギルド職員は、小さな人影にも気づいた。
「こんにちは、ちいさな陰陽師さん。お仕事をお探し?」
「はい。開拓者登録と海の見回りのお仕事を受けさせてください。分室長さまとせんせいが、これなら僕でも仕事ができるって。ね、せんせい」
 少年は書類に『ソラ』と名前を書いた。傍らには、つい先日まで大量殺人の罪を着せられ、30万文の賞金首として五行中を逃げ回っていた人妖イサナがいた。
「あなたもソラくんと一緒にいくの?」
「私はこの子のお目付け役だ。そう命令を受けている。今は、五行国封陣院の備品なのでね」
 イサナは薄く笑って肩をすくめた。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 八嶋 双伍(ia2195) / 荒屋敷(ia3801) / 海月弥生(ia5351) / 輝血(ia5431) / からす(ia6525) / 瑠枷(ia8559) / 和奏(ia8807) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / 十野間 月与(ib0343) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 緋那岐(ib5664) / ローゼリア(ib5674) / サフィリーン(ib6756) / シャンピニオン(ib7037) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / エルレーン(ib7455) / 捩花(ib7851) / 霧咲 ネム(ib7870) / 刃兼(ib7876) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 氷雨月 五月(ib9844) / 音野寄 朔(ib9892) / 神室 時人(ic0256) / 鶫 梓(ic0379) / 徒紫野 獅琅(ic0392) / 佐々木 鴉(ic0837


■リプレイ本文

 空は高く澄み渡り、海は深く青を彩る。
 その砂は自らの声で誇り高く鳴き、潮騒の音色を彼方へ運ぶ。


●男たちが目指す場所
 音羽屋 烏水(ib9423)は潮風で三味線が痛むことを重々承知の上で、愛用の楽器を持ち込んだ。
 数々の歌に語られる浜辺と聞いては、吟遊詩人の血が騒ぐ。素晴らしい景色を瞳に焼きつけ、日陰で弾き語りをやってみせた。明るい歌を好む修羅たちが、足を止めて耳を傾け、拍手の終わりに小銭を置いていってくれる。
「これは中々に楽しいのぅ」
 鳴き砂の軽快な拍子が味わい深い。
「それにしても、何か良い匂いがするのぅ。誰ぞ料理でもしておるんじゃろうか……新鮮な海の幸とならまた美味そうじゃなぁ。むむ? 誰でも混ざって良いみたいじゃの。これは行かねば!」
「……鳴き砂に、答える小波、腹の音。……某もご相伴に預かりたいもふ」
 立ち上がった音羽屋の背後に迫る、もふらさま。
「……お前さん、いつの間に付いて来ておったんじゃ」
 しかし現れたのは、もふらだけでなかった。
「ぜひ私も」
 ぽふり、と肩に手を置いたのは一緒に警備仕事をしていた无(ib1198)だった。
 最初は陽州の修羅に興味津々で、突撃お宅訪問を計画していた无だったが、仕事仲間の修羅たちは必ずこちらに実家を持っているという訳でもなく、中々に身の上話もしにくい雰囲気で押しかける先を見つけられていなかった。管狐のナイも食べ物の話になって落ち着きがない。
「おお、もちろんじゃ。どうやら道行く者は誰でも歓迎らしいからのぅ、一人より二人の方が声をかけやすいからのぅ」
「ありがたい。ついでに昨夜、ここらへんではどういうものがおいしいのか女将に聞きましてね。ここの名物のアレがあればいいんですが……昨夜の魚や海藻は中々に美味でした。名前を聞き忘れるなんて私とした事が……」
 陽州話を語る傍らで、べべん、と三味線が鳴った。


●波打ち際で探しもの
 連日の警備仕事で、少しばかり暑さに負けたワンピース姿のフェンリエッタ(ib0018)は日傘を差して、強い日差しの下へ降りた。何もかもがジルベリアと正反対。けれど紺碧の海も純白の砂浜も、惚れ惚れするほど美しかった。
 素足に光るアンクレット。疲れで覇気のなかったフェンリエッタも、鳴き砂を踏みしめると自然と笑顔が零れた。そんな姿を羨ましそうに眺めているのが、人妖のウィナフレッドだ。
「リエッタいいなあ、ウィナ歩いても砂鳴かないよ」
「あら。人魂で動物に変化して跳ねてみたら?」
「やってみる!」
 フェンリエッタの肩から地上へ着地した人妖は、しなやかな毛並みの猫に姿を変えた。
「可愛い。ウィナじゃなくて『うぃにゃん』ね」
 砂浜を歩きながら貝殻を拾う。できれば欠けていない貝殻で、色の美しいものがいい。フェンリエッタは貝殻を持って帰って磨きをかけ、ペンダントとブレスレットを作ろうと思っていた。贈る相手は、神楽の都にいる物静かな姉妹。
「どんな風に仕上げようかしら。小さな貝殻を薔薇のようにまとめるのも素敵だし、文様に仕上げてもいいし……存在が近過ぎるとお互いの境界が曖昧になったりするから、違いを持てるといいな」
 喜んでくれるかしら。
 夢中になって拾っていて、手が重なった。顔を上げると、そこには人妖光華姫を連れた和奏(ia8807)がいた。和奏もまた波打ち際で音を楽しみ、足跡を残しつつ、のんびりと歩いて、珍しい形の貝や流木、イルカの耳骨を探していた。
 譲り合うこと数分。
 お互いに持っていない品物を交換したりしつつ、二人は歩きながら海の話をしていた。
「歩くと音のする砂浜……不思議な場所があるものですね」
「ええ、本当。いろんな人を連れてきたいくらい」
「そういえば、世の中には宝石でできた砂浜もあるのだとか……それがもし本当ならば、いつか行ってみたい気もします」
 それは素敵ね、と穏やかな笑顔で囁くフェンリエッタは、蒼きサファイアの色に染まる海を眺めた。


●蒼い海に望む
 二体のからくりが、主人を差し置いて騒いでいる。
「海、青いね。空も、青い。柚乃の髪みたい」
「この砂……きゅっきゅって鳴るよ?」
「うん、鳴き砂の浜だから」
「あれ? 陽州に来るのって……俺たち、初めてだっけか?」
 市で仕入れた野菜を手に、緋那岐(ib5664)が柚乃(ia0638)の傍らで首をひねる。からくりの菊浬も見真似で首をひねる。何はともあれ海の幸を調達せねばと、自前の荷物一式とからくりを柚乃に預け、手ぶらで地元民おすすめの岩場沿いへ素潜りに出かけた。
「いってらっしゃーい」
 からくりの菊浬が見送る。どうやって魚を取るつもりなのかというと、砕魚符で鈍器を確保し、呪声で必殺を仕掛けるという能力の無駄遣いであった。
 残された柚乃が振り返ると、つい数分前まで砂を踏みしめていたからくりの天澪と菊浬が砂の城を作り始めていた。真剣な眼差しで、まるで姉妹のようだ。
 柚乃は最低限の支度を終えると、兄の帰宅までお土産作りに精を出した。小瓶の中に鳴き砂と貝を入れる予定だ。
「小さな硝子瓶に入れたら、綺麗ですよね……きっと」
 連日、仕事終わりに見た夕日も美しかった。
「陽州に別荘が欲しくなります!」
 潮騒の音が、心を揺らす。


●狩るべし
 礼野 真夢紀(ia1144)は、からくりのしらさぎと共にトコブシ取りに精を出していた。
「しらさぎ、いい? トコブシはへらを使って岩から引っぺがすの。真似してね」
「……トコブシ、スキマなくなった」
「一度失敗したら、もう無理一発、勝負よ!」
 ごりごり、ぱこぱこ、とひたすらに作業に専念する。海の漣が聞こえる岩場で、しらさぎは礼野を振り返った。
「……あのコたち、ウミみたことない?」
 突飛な言葉に首を傾げる。ここには他に誰もいない。
「コジイン? のコたち」
 ようやく誰の事なのか気づいた礼野は「そうね、次、海だといいね」と返事をした。おけ満杯になった海産物を手に、友人のもとへ戻っていく。
「あ、いたいた。ただいま戻りました」
 砂浜に茣蓙を敷いて健康的な日焼けを楽しんでいた十野間 月与(ib0343)が「まゆちゃん、おかえりなさい」とウィンクひとつ。セクシーな水着は砂浜の男たちの視線を集める。薄衣を羽織った十野間の近くでは、からくりの睡蓮が黙々と料理の準備をしていた。
「まゆちゃん、氷を作ってもらえる?」
 こんな暑い日には、冷たいかき氷を食べたくなる。かき氷といえば、麦芽水飴の白蜜をベースにしたソースとか、和風の胡麻醤油、抹茶白玉、小豆餡やジャムのトッピング、大人向けの葡萄酒などもかけてみたくなる。
 かき氷を十野間に任せた礼野は、からくりの睡蓮としらさぎを伴い、戦利品の夏牡蠣調理にかかった。お魚や貝は鮮度が命。岩牡蠣には醤油と塩。勿論、白米も欠かせない。
「……だめだめ、しらさぎ。海水でご飯たけないの。凄く不味くなるんだから」
「まゆちゃん、海水ごはん食べたことあるの?」
 十野間が小首をかしげたが、礼野の眼差しは明後日の方向に注がれていた。
 

●故郷の風と太陽の微笑み
 陽州の仕事というだけあって『いい機会に』と故郷へ戻ってきた修羅も多い。
 しかし生まれた国とはいっても、全てを知っている訳ではない。
 余り世間を知らないネム(ib7870)は、初めて訪れる紺碧の海に「まっさお〜」と顔をほころばせ、鳴き砂に降りて足踏みを重ねた。
「お〜、ホントに〜、きゅきゅって鳴った〜、なったよ〜!」
 ネムが声を張り上げた。のんびりと歩く氷雨月 五月(ib9844)が苦笑を零す。
「おぃおぃ、あんま騒ぐとコケるぜー? まあ、こんだけ砂ばっかだと、コケても大事ねェだろうがなぁ……ああ、言った端から」
 ネムがぽてん、と浜に転がる。余り痛くはないらしい。転けた事より『鳴き声』に燥いでいた。右も左も白い砂浜を歩きながら、氷雨月は双眸を細める。ネム同様、この浜へ来たのは初めてだ。美しく鳴く、まるで歌声のようだと詩人が語るのは大げさな喩えだろうと笑い飛ばしていただけに、偽りのない海が感慨深い。
「鳴き砂ってぇのは……鳴くんだなぁ。こうも良く鳴くと面白ェ」
「あ〜、さっちゃん〜、見てみて〜。綺麗な貝殻〜」
 誇らしげな幼い白面が、貝殻を宝のように掲げてみせた。そして何を思ったのか、着物のたもとに、ぽいぽいと貝を放り込んでいく。
「とっても綺麗だから〜、皆にも〜、お土産に持って行こうね〜」
 開拓者になってからできた『家族』同様の仲間の為に「喜んでくれるかな〜、さっちゃん何色がいい〜?」と土産作りに精を出す。海の家では拾った貝を、アクセサリーに加工している人もみかけた。氷雨月もにんまり笑う。
「貝のカラが素敵だってェのは良い発見だなァ。んじゃあ、手伝いついでにオレも土産探すかねェ」
 ネムの頭をぽふりと撫でつつ、同居人の姿を思う。
 氷雨月とネムは広い海岸を端から端まで歩いた。途中で警備仕事を一緒にやっていた開拓者たちが、通りすがりの仲間を招き入れて、賑やかに宴会をしているのが見えた。ネムの華奢で白い指が、氷雨月の手を引いた。
「よんでる。さっちゃん〜、ネムお腹減ったし〜、あそこ混ざろ〜?」
 屈託のない笑顔が、眩しく煌めく。
 まるで未来を照らすように。


●乙女たちの休日  
 三人お揃いの麦わら帽子が夏を彩る。
 栗色の髪をアップにしたアルーシュ・リトナ(ib0119)は日焼け対策の羽織の下に、花の文様が水に濡れると浮き上がる、清楚な白いセパレート水着を着ていた。真名(ib1222)のリクエストである。
「ふふ、少し照れますね」
「姉さんきれーい! この目に狂いはなかったわ!」
 そんな真名の水着は紅のビキニ。ローゼリア(ib5674)は明るい橙色の水着だが、しなやかな白い背中が大胆に空いていて、体の曲線を誇張する、かなりキワどい一品だ。
 遠巻きに見知らぬ男たちが囃し立てている。
「あの軟弱者たち、傍にきたらねじ伏せてやりますのに。折角あまり見たことのない海を堪能しようという時に……」
「あら、海には縁がなかったのですか?」
 ローゼリアは「ええ、あまり。だから興味深い毎日でしたわ」と笑いかける。日や時間帯によって色の変わる広大な海。白い鳴き砂。三人で連日悩んだ水着選び。楽しい毎日を過ごしてきた。
 リトナは「そうでしたか」と相槌を打って、空を見上げた。神楽の都の孤児院にいる子供たちや、農場で暮らす家族は、この広い海の色を、音を、香りを知らないに違いない。そう思うと少しでも多く土産話を持って帰りたくなる。
「参りましょう、お姉さま。いい場所が取られてしまいますわ」
「姉さん、フィアちゃーん」
 我に返ったリトナが砂地に降りる。鳴き砂の音は、駿龍フィアールカの鳴き声に少し似ている気がする、とリトナは思った。案の定、フィアールカは「きゅ?」と首をかしげて前足や尻尾でぺちぺち地面を叩いている。
 海に程近い場所で見晴らしのいい場所に茣蓙を敷き、傘を立てる。荷物番を駿龍に任せ、三人は海へ走っていった。砂浜に混じる見事な巻貝を拾って、真名が耳に押し当てる。
「立派な貝。わあ! ツヤツヤしてすごく綺麗ね」
 たくさん拾って三人で思い出を分け合う。リトナも巻貝や桜貝、少し大きめな珊瑚のかけらをみると、拾っていった。あとで鳴き砂と一緒に小瓶に入れて、お土産にする為だ。
「ほら、姉さん。ローザ。あっちにいってみましょ」
「ええ、折角の水着ですし……遊びませんと」
「競争しますわよ!」
 ざざーん、と押し寄せる白い波に逆らい、三人は沖へ繰り出していく。


●埋められた男
 水着姿で真っ黒に日焼けしたラグナ・グラウシード(ib8459)は、水着姿の女性たちを緩んだ顔で眺めながら、この世の楽園を堪能していた。
「はうぅ……やはり夏は素晴らしいな! ぐらまーなお嬢さん方が海にあふれる季節……なんと幸福なのだろうか! なぁキルア!」
「ラグナ、貴様キモいぞ」
 冷徹な言葉を浴びせる羽妖精キルアが、呆れ返って視線をそらす。すると白い砂浜を歩く女性の中にエルレーン(ib7455)ともふらのもふもふを発見した。向こうはグラウシード達に気づいていない。マゼンダビキニを身に纏い、大輪の赤い花を米神にあしらった華やかなエルレーンは、砂を鳴かせて幸せそうに踊っていた。
「うふっ、どーお、もふもふ? 私、かぁいい?」
「普段の格好とかわんないもふ〜」
「もー、素直にかぁいいって言っていいのに……あ」
 エルレーンがグラウシード達に気づいた。グラウシードも気づいた。そして。
「ぶはははは、なんだそれ、なんだそれは、水着のお嬢さん方に混じったつもりか、そういう水着は貴様のような洗濯板体型でなく、おっぱいが目立つ体型になってから着るべきだろう! ぎゃはははっはっは、死ぬ、腹筋が、ぼ」
 口に何か突っ込まれた。イソギンチャクだった。エルレーンがブルブル震えている。
「そんなにおっぱいが好きなら、お前がおっぱいになっちゃえッ!」
 エルレーンはグラウシードをボコボコに殴り倒し、砂に埋めた。丁寧におっぱい型のドームにして公開辱めの準備は完了。ひどいひどいと泣きながら連呼するエルレーンを眺め、もふらと羽妖精は『似たりよったりだ』と思って見ていた。


●陰陽師たちの宴
 通常と違う手順で陰陽術を学んだソラが使える技と言えば『人魂』くらいなものだった。
 ご存知のとおり符を動物型の式神に変え、聴覚や視覚を共有させる術だけだ。海水浴に来た観光客を監視し、迷子を探す、落し物を拾う。そうして連日こなした仕事の報酬を、嬉しそうに持ってイサナ(iz0303)の所へ持ってくる。海で遊ぶ日を心待ちにしながら。
「はぁい、イサナ、ソラ。お仕事お疲れ様。今日女衆で浜焼きやるんだけど一緒にこない」
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が二人を誘った。
 女衆? と首をかしげた先には、蒼い水着のシャンピニオン(ib7037)と白い水着のリオーレ・アズィーズ(ib7038)が、相棒たちを連れていた。
「あ、ソラ君とイサナさんだ! やっほーっ!」
「お久しゅう。ソラ様。イサナ様は疑いが晴れたそうで、おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう。折角だから世話になろう。火種ならお安い御用だ」
「あ、う、お願いします!」
 ぺこり、と頭を下げるソラに、ヴェルトは笑った。
「よかった。張り切って用意した甲斐があるってものよ。楽しく過ごしましょ、日差しがきつい様なら結界呪符で日陰を作るわ」
「フェンネルに野点傘も持ってきてもらったし! いざ!」
 からくりのエスコートで白い砂浜に降りたシャンピニオンは『キュッキュッ』と音を立てる足元に「おっ? おぉ、すごい! おもしろーい!」と燥いだ。
 たった耳かき一杯の不純物が混じっただけで、鳴き砂は鳴かなくなるという。
「日よけも野営道具も準備万端。焼きあがるまで遊んでらっしゃいよ! すぐ呼ぶけど」
 波打ち際に走っていくシャンピニオンとソラ。元気ねぇ、と呟きながらヴェルトが緋色の髪を宝冠のように編み上げて頭部に一回りさせ、日焼け防止に羽織った上着の袖をめくる。紺碧の海を眺めながら焼き物を始めると、羽妖精ギンコがヴェルトの横髪をひいた。
「あのー…あれって偶に見ましたけど、楽しいんですか?」
 砂に埋もれた男の生首を眺めて一言。
「さあ? 羨ましいなら埋めてあげましょうか」
「……な、何事も経験です!」
 迂闊な一言が故に、この後ギンコは、砂に埋められた状態で飲み食いを行うという事態に陥る。ヴェルトとアズィーズは、シャンピニオンとソラを呼び戻し、賑やかな昼食会を始めた。
「ん〜〜! 採れたて新鮮海の幸最高ー! ソラ君、ちゃんと食べてる? この焼海老美味しいよ、でっかいのわけたげる」
「……考えてみたら、私は一度もソラに海産物を食べさせていないな。すまなかった」
 と。イサナが衝撃発言をしながら、フェンネルの横で新しい薪に火をつけた。
 どうやら長い間の逃亡生活で、例えば調理で黒煙が上がらざるを得ない魚などの食品は避けていたらしい。いくら変身術に近しい真似ができるといえど、気軽に買い物はできない上、人との接触は極端に避けてきた。封陣院分室長が預かる前のソラが、ガリガリに痩せていたのをヴェルト達が思い出す。
 シャンピニオンの口元に自然と笑みが零れた。
「……僕ね、2人がずっとこうなればいいなあって思ってたの。これからは寮の仲間だね! 改めてよろしくだよ」
 ヴェルトも眩しいもの見るような眼差しを向けた。
「ソラはこれから沢山のことを経験していくのよね。今回みたいにできることから積み上げていけば、きっと貴方の力になってくれるわ。ねぇ、先生?」
 そこで砂の中から「そうです! 何事も経験です!」とギンコの声が聞こえてきた。
「……それがな」
 イサナが気まずそうな顔をする。現在イサナは封陣院の管理下にある『備品』だ。それゆえ管理者である狩野柚子平の手伝いで、寮の出入りは許可されているが、ソラは違う。陰陽寮に出入りする為には、皆と同様に厳しい試験の突破が義務付けられており、例外はない。ここで問題となるソラの知識や技術は……末端の陰陽師に遠く及ばないのだという。
「開拓者として登録はできたが、ソラはまだ若すぎるからな。入寮できても2万文の学費も自ら貯めねばならんし、なにより私は人ではないから陰陽術を教えるのも限界がある。よって皆にソラの教育を頼みたい……とは思っているのだが、何分雇う金がなくてな」
 ヴェルトやシャンピニオン、アズィーズは相応に名の知れた開拓者である。ギルドにおいて開拓者の雇用費用は昔よりも高くなった。
「お、久しぶりー」
 緋那岐が通りがかる。
「今の話、本当ですか?」
 更に通りすがりの八嶋 双伍(ia2195)が「お久しぶりです。色々ありましたが二人が無事でよかった」と声をかけてきた。丁度いいと思ったのか、八嶋の釣れた轟龍の燭陰はギンコの隣で昼寝を始めた。説明を聞いて、八嶋が二人に微笑み駆ける。
「大丈夫ですよ、ソラ君、イサナさん。皆さん、きっと手を貸してくれます」
 無報酬の仕事でも受ける酔狂な者がいれば仕事が成立する場所が、開拓者ギルドである。そのうちソラを入寮させる為に、忙しい日々が来るのかもしれない。
「其の辺は天儀に帰ってからにしましょ。今日は楽しまなくちゃ。ところで食べてく?」
 ヴェルトがサザエを皿にのせたが、八嶋は今から楽園の海を気ままに泳いでくると言って沖に消えていく。緋那岐は海のヤクザウツボ様を取りに行くと、ひらひら手を振った。
 賑やかな食後は、ゆったり日陰で眠る組と、浜辺で遊ぶ組に分かれる。
「ソラ様も、できれば少しで良いので、貝集め手伝って貰えますか?」 
 シャンピニオンも手を挙げた。綺麗な貝殻を見つけて、フェンネルとお揃いのペンダントをこしらえるという。
 茶色に縞、白に紫、薄っぺらい桜色。小さな貝から大きな巻貝まで外せない。アズィーズは未だ神楽の都の外へ出ることを許されない子供たちの事を思い浮かべながら、ネックレスや風鈴が作れそうです、と顔を綻ばせた。
 いつかあの子達にも、紺碧の海を見せてやりたい。


●悲しき欲望とすれ違う思惑
 海月弥生(ia5351)は他の浪士組隊士の視線を振り払いつつ、淡い緑色のホルターネックビキニの水着を着て、夏の日差しで青く澄んだ海へ突撃していた。
「流石にあからさまにサボるのは言い訳立たないけど、こういう砂浜警備名目でバカンスも良いものね! ふふふ、あら?」
 海月の足元に擦り寄ったのは、荒屋敷(ia3801)の猫又博嗣だった。先程から様々な水着美女に近づいては、こうして「にゃーん」と愛想を振りまいている。当の主人はナンパをしながら邪な煩悩を炸裂させており、相棒が美女の水着を裂いてくれるのではと期待していた。情熱的な眼差しで猫又博嗣を眺めるが、そんな邪な魂の声が通じる訳もなく。
 博嗣は荒屋敷の赤い褌に放火した。
「うおおおあぎゃああああ!」
 文字通り紅蓮に燃える赤褌を風になびかせ、一発芸が如く海へ突進。
 海面では青染めの褌をしめた瑠枷(ia8559)が、能力の無駄遣いをしながら海面を歩いたり、全身の力を抜いて海で浮かんだりしていた。のんびりした時間も悪くはない。が、流石にあきた……と瑠枷が首を回転させた先に、赤褌を炎上させて、見世物と化している荒屋敷が見えた。その危機的状況極まる姿に勘違いし、度胸に満ちた勇姿に惚れ込む。
「あの人なら、水中で取っ組み合いにつきあってくれるかも!」
 荒屋敷の不運、加速。
 ところで海月は海の波に揺られて漂い、冷たい海水に心癒されていた。何もかも忘れられそうな気がする。顔半分を水面に埋めて、ぶくぶくと息を吐いた。ちらり、ちらり、と周囲を伺うと、親子連れや友人の集まり以外に、やはり男女の二人組が目に入る。
『もうあたしもいい年だし……こういうトコに一人でいると、やっぱ浮くかな』
 社会的視線が気になる、微妙なお年頃の海月。
 仕事からの開放感と年齢的な肩身の狭さで、微妙な顔にならざるを得ない。
「失礼いたします。お一人ですか?」
 海月に声をかけたのは、近くで同じように波に揺られていた八嶋双伍だった。八嶋は波に揺れ続けるのに飽きた口で、轟龍は浜で日光浴を楽しんでいる為、ふいにナンパを思いついた。
「素晴らしい陽州の海なのにもったいない。宜しければ、暇つぶしの話し相手に如何でしょうか。お暇でしたら今夜の夕食も是非」
 淡々と物腰穏やかに囁く八嶋の言動に、海月は『うん、失礼な人じゃなさそう』と無言で首を縦に振った。
「警備で見た顔ね。いいわよ、付き合うわ。夕食はどこかオススメある?」
 海月、快諾。
 笑顔の裏で予想外の展開に戸惑う。
『……ど、どうしましょう。ナンパに成功してしまいました』
 ナンパというものは、あっさり断られるものが相場だという先入概念を抱いていた八嶋は、内心慌てつつ悩み込み、連日の食事からお洒落な店を選んでみた。こういう所から友人関係というものは、広がっていくのかもしれない。


●白浜の女神に誓って
 強い日差しの下で、御樹青嵐(ia1669)は早鐘のように鳴る心臓をどうにか抑えようと苦労していた。顔が赤いのは、日に焼けたからでも、日射病になったからでもない。目の前には紺碧の海を背景に立つ、黒檀の髪の女神がいた。
「海、か。まっ、たまにはこういうのもいいでしょ。難しいことも考えなくていいし。水着なんてあまり着ないから慣れないな……どうしたの青嵐、顔を赤くして」
 輝血(ia5431)を直視できず「なんでもありません」と声を絞るのが精一杯。鼻血を吹かなかった自分を内心『これが成長というものですね』と賞賛していた御樹と対照的に、輝血は呆れた声を出した。
「いい加減、女慣れくらいしておいたほうがいいよ。じゃないと誑し込まれるから」
「た、誑かされたりしません! 私は絶対に……」
「はいはい。文目〜。夕飯の時間まで好きにしてなよ」
 人妖の文目と人妖の緋嵐が遊びに行く。振り返った輝血が「あたしたちは泳ごうか」と手を引く。そうですね、と相槌を打ちつつ、御樹は急に自分の貧相な体格が気になった。砂浜には屈強な男たちが大勢いて、何人かは嫉妬混じりの眼差しを御樹に向けてくる。
「……輝血さんは、やはり、ああいう男性は、気になったり、しますか?」
「別に赤の他人に興味なんてないけど」
「そ、そうではなくて……体格や筋力と申しますか」
「ん? 別に人それぞれだから、他人のあたしが良し悪しなんて決めても……」と一度言葉を区切り、輝血は手を振る見知らぬ男を凝視してから、御樹の身体をじっと見た。
「自信がないなら、あたしが鍛えてあげようか、青嵐?」
「……え、ええ!?」
「実は前から思ってたんだよね、もうちょっと体力つけたほうがいいって。そっちのほうがあたしも背中を預けられるし…………ん、なんでもない」
 滑った口を抑えた輝血。一方の御樹は、この世の終わりのような悲壮感を漂わせていた。輝血はシノビだが、御樹は陰陽師。身体的能力ではかなわない。仮にも愛する人を守りたいと考える一人の男として如何なものか……、と後ろ向きに考え出したらキリがない。
「……でも体力ないからって落ち込む必要はないよ。青嵐はあたしに出来ないことを沢山出来る。それで凄く助かってるから」
 は、と御樹は我に返った。息抜きのつもりで誘った海水浴で、気を使わせてしまっている。いつか、時間がかかっても強くなろうと胸に近い、御樹は輝血と沖へ出て行った。


●太陽に微笑む乙女たち
 紺碧の海を見渡すサフィリーン(ib6756)は、ニーナ・サヴィン(ib0168)と砂浜を駆けていた。やけつく太陽の光を浴びた砂浜は、裸足で歩くのが大変だ。
「あつーい! 海! 綺麗! お日様もギラギラ、海と空が繋がってるみたーい」
 白波が押し寄せる水辺につくと、飛び込めそうな岩場を目指す。サフィリーンは横目でちらりとサヴィンを見た。白磁の肌に、スラリと伸びた四肢。腰のくびれから腿に至る輪郭が美術品のように思えて羨ましかった。
「サフィリーンさん」
「え? なあに?」
「誘ってくれてありがとう。最近ね、私らしくもなくしょげてる事が続いたから……今日はパーッと騒ぐわよ! とことん付き合ってもらうんだから」
 勿論、と返事をしたサフィリーンは岩場に到着した途端、サヴィンに抱きついて「女は度胸! とぉーう」と叫びながら飛び込んだ。突然の悪戯への仕返しは、水中に潜っての引っ張り合い。海中には色鮮やかな小魚が泳いでいた。馴れているのか、余り怯えない。
「ぷはっ、すごい透明度。深いところまで、ずうっと蒼の世界!」
「ほんとね。あ、少し顔がヒリヒリするかも。ちょっと日に焼けちゃうかもしれないけれど、少しくらい小麦色になるのも良い思い出よね。私、昔から太陽に喩えられるのよ」
 太陽に愛された金色の髪が煌めく。感心するサフィリーンが、ふと何かを思い出した。
「ニーナお姉さん。日焼けはね、後で冷やすと良いよ。でも日焼けしたお姉さんもわいるどでぐーっ!」
 二人は太陽が傾くまで海で遊んだ。空が茜色に染まり、沈みゆく様を眺めていて、サフィリーンが一つ、提案をしてきた。夕日に向かって何かを叫ぶという。急な話に戸惑っていたサヴィンも「う〜ん、そうね」と悩んでみて、案外あっさり内容が決まった。
「恋がした〜〜いっ!!」
「程よいイケメン募集中ーっ!」
 頬を染めたサヴィンの叫びを、サフィリーンの声が追いかけていく。
 心で新しい縁を願う。
「ふー、すっきり。お腹すいちゃった。次は宿で陽州料理かな!」
「……ねぇ、サフィリーンさん」
 薄く小麦色に染まったサヴィンの横顔を見上げると、海の雫がきらきらと光った。
「最近、色々話を聞いてくれたり、相談に乗ってくれて……ありがとうね。聞いてもらうだけで、全然違ったから。でももう大丈夫。気持ちも新たに前へ、ね?」
 灰を噛むような日々の終わり。今夜の郷土料理は、楽しく美味しく頂けそうだ。


●変わらない日々を共に
 薄地の巫女装束を纏った音野寄 朔(ib9892)は、強い日差しを見上げて「暑いわ」と呟いた。日焼けが気になる天気だが、鶫 梓(ic0379)は「折角の海だし泳がなきゃね」と水着姿の友人たちを振り返る。ふと音野寄が胸部に視線を移す。
「あら梓。水着似合うわね。でも……少し足りないんじゃない?」
「足りないってなにが……ちょっと朔、どこ見てるの」
 賑やかな笑い声。
 龍の灯やからくりの朝比奈、徒紫野 獅琅(ic0392)の夜鈴もついてきていた。
「朔さんの相棒、緋色で綺麗な龍ですね!」
「有難う。灯というのよ。触ってみる?」
「はい!」
 保護者宜しく。浅瀬の岩場から様子を見守るのは、微笑みを口元に浮かべた神室 時人(ic0256)だ。水着は着ているが泳ぐ気はないのか、上着を羽織っている。
「ははは、みんな海へ入る時は、怪我をしないように気を付けるんだよ」
「泳がなきゃ勿体無いですって!」
 神室を先生と仰ぐ徒紫野は水着を着ていたが、何故か左腕に包帯を巻いていた。徒紫野の視線は、ちらちらと鶫に向いていた。年相応の挙動に『青春だね』と嬉しくなりつつ、神室の体は海へ連れ出される事に抵抗している。
「……獅琅君、私はその、文化系というか」
 音野寄が「あら」と徒紫野の肩に手を置く。
「私も泳ぐ気は無いけれど、岩場に腰掛けて足だけ入れるつもりよ」
「波打ち際で水の冷たさを楽しむのもいいかもしれないな」
 助かった、とでも言いたげな神室を見て、音野寄は泳げない男の訴えを悟った。敬愛する先生に同伴を断られた徒紫野は「私と泳ぎましょうよ」と誘う鶫を前に顔を赤くした。
「い、行こう夜鈴! 梓さん、先生を頼みます!」
 徒紫野、相棒と逃走。鶫は露骨に肩を落とす。
「獅琅君……水着違うほうが良かったかしら」
 傍らでは薄着の女性を押し付けられた神室が石像のように固まっている。鶫も警戒しているのは訳があった。少々事故で押し倒し押し倒され、胸を揉み胸を揉まれた仲であった。
「……っ婚前の女子が素肌を晒すなど! これを着なさい!」
 顔の赤い神室が自らの上着を脱いで、鶫に押し付ける。
「素肌って……そんなに出してないわよ?」
 日差しはきついので渡された上着は素直に羽織った。お礼を言おうと振り返ると、神室がいない。同時に激しい水音。踏み外して海中に落ちたらしい。助けを求めた神室の声を聞き、仰天した徒紫野が救出に向かう。
「た、たすけ、ぶごごご!」
「痛っ! 先生、暴れないで! ぎゃー! 脱がさないでください!」
 立てば足がつくはずの場所なのに、全く泳げない男は、その事にすら気づけない。
 徒紫野が苦労して浅瀬に連れて行き『麗しき師弟愛』及び『命の恩人ごっこ』を繰り広げるのを遠巻きに眺めながら、全く動じる気配のない音野寄は氷霊結で作った氷をナイフで砕き、鶫は砕いた氷にジャムを乗せてもらって食べていた。
「おかわり食べたいならどうぞ。おなか冷やさないようにね」
 和やかな一日が過ぎていく。


●魂のままに喰らう午後
 暑い日差しの下で佐々木 鴉(ic0837)はイケメンの多さに憤っていた。
「おのれ……おのれイケメン共、このままではまた不幸の男性が増えてしまう」
 エエ男たちが佐々木の魂の傷を抉る。悔し涙な佐々木の味方は、相棒の炎山で『主人、泣くな! オレ、手伝う!』という意味で鳴いていた。最も佐々木に意味は通じていない。
 乱れた心もやがて静まり、佐々木は不気味な笑いを発し、イケメン台無し計画の為に海へ向かう。
 狙うはタコだ。
 ところで浜で焚き火と焼き道具の準備を済ませたからす(ia6525)は、道具と火の番を捩花(ib7851)たちに託し、水着に着替えて、ミヅチ魂流と漁に来ていた。
「要望の品が取れればいいが」
 岩場から水中へ潜る。
 浜に残っていた捩花は、相棒の明琳(からくり)と荷物及び火の番をしながら、仲間の持ち帰るであろう戦利品に期待をかけていた。暇つぶしは髪結い遊び。
「海と言えば海の幸! 特に海老よ! ……あ、私より可愛いじゃないの!」
 丁寧に髪を結い上げられた明琳が「海老……」と一言零して微妙な顔をしていた。
 その頃、タコを探して水に潜った佐々木は、その殺気が災いしたのか延々海の生き物に逃げられていた。仕方がない為、岩の隙間にはまっているシャコ貝や雲丹を捕獲していく。
「海女さんは凄いな……あんな難しい事を平然とやってのける」
 計画を忘却して素直に感心する。
 一方、モリと網を持ったからすは貝や雲丹の収穫に精を出していたが、ミヅチの魂流も魚の群れを見つけては氷柱を打ち、ウツボなどを爪で水揚げしていく。途中、タコの吸盤で皮膚に跡が残ったり、墨を浴びせられて逃亡される事もあった。
「魂流、深追いの必要はないぞ。海洋資源がなくならない程度にな。さてと」
 からすは砂浜警備仕事で一緒だった佐々木にも声をかけた。
 かくして戦利品を手に、二人と二頭は浜へ戻る。からくり明琳は本を読みふけり、捩花はエビの収穫を待っていた。
 次々と金網にのせ、或いは下処理を済ませて鉄板で焼き出した。捩花が本を片手にする相棒へ、次々焼いた海鮮を差し出す。
「滅多に食べられない海鮮なのよ、明琳! 高級食材なの! もっと貪欲におなり!」
 色気より食い気。残念極まりない姿に「はあ」と適当な相槌を打つ。
 そして戻ったからすはというと、疲れ気味且つ暴食で唸る皆に冷茶を配っていた。


●故郷への帰還
 夕闇が迫る茜色の空を見上げて、刃兼(ib7876)は懐かしさに駆られた。
 飛空船のない空を、久々に見上げた気がする。
 道行く修羅の多さ。天儀本島では多い人間も、こちらでは余り見かけない。
 大通りの提灯に炎が灯り、街は別の活気に包まれる。細い小道から石畳を踏みしめ、裏通りの寂れた花屋に顔を出した。白髪の老婆が懐かしい顔を見て、土産話をせがむのに付き合いつつ、家族が好んだ花を幾つか見繕う。花屋を後にして寿司の折詰を買い込み、懐かしい我が家の前に立った。ごく一般的な民家だが、長年の増築や改築が重なり、無骨な外観をしている。玄関の扉に手をかけて、横に引いた。
「ただいま〜?」
 しぃん、と静まりかえった家の中から返事はない。足元を猫又のキクイチがすりぬけて、階段状の箪笥から、お気に入りの梁の上へ登った。いつも昼寝をしていた定位置である。
 机の上に、兄弟宛と思しき書置きを見つけた。どうやら家族は泊まりらしい。
 台所の戸棚から花瓶をさがして……異様に多い酒瓶が目に付いた。
「……置いてる酒の種類増えてないか、コレ。主に親父の仕業か」
 天儀土産の地酒を、無類の酒好きに見せるべきか悩みながら。
 刃兼の手は瑞々しい花の葉を毟り、綺麗に裁断して花瓶に差した。
 運ぶ先は、漆塗りの小さな仏壇だ。
「―――ただいま、母さん」
 刃兼は両手を合わせて瞼を閉じた。
 陽州を旅立つ日も、こうして手を合わせていた気がする。
 下級アヤカシ一匹倒すのも苦労していた自分が、上級アヤカシと渡り合うようになった事を、母は喜んでくれるだろうか。すごいわね、と褒めてくれるだろうか。分からない。
 こういう時、母の姿と声を知っている兄達を少し羨ましく思う。
 仏壇参りを済ませた後は、部屋着に着替えて頭の飾り紐を机に起き、台所の手頃な夏野菜で惣菜を作って、寿司の折詰と囁かな夕食を頂く。満腹になって、茶の間に転がった。
「あー……落ち着く、な」
 瞼が重い。波の音が耳に届く。帰ってきたことを実感しながら、ふと別の顔を思い出した。遠い神楽の都の孤児院で暮らすアノ子に、いつか純白の砂浜をみせてやりたい。
 そう思いながら、心地よい睡魔に身を委ねた。