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■オープニング本文 「七夕の飾りを?」 「ええ、毎年提供していたもので、子供たちも行事に触れる良い機会かと」 +++ 神楽の都、郊外。 寂れた孤児院に隔離された、志体持ちの子供たちがいる。 彼らは、かつて慈悲深き神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んでいた。 自らを『神の子』と信じて。 子供たちは自我が芽生えるか否かの幼い頃に本当の両親を殺され、親に化けた夢魔によって魔の森へ誘拐された『志体持ち』だった。浚われた子供達は、魔の森内部の非汚染区域で上級アヤカシに育てられ、徹底的な洗脳とともに暗殺技術を仕込まれていたらしい。成長した子供達は考えを捻じ曲げられ、瘴気に耐性を持ち、大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んで絶対の忠誠を捧げてしまう。 偽りの母である生成姫の為に、己の死や仲間の死も厭わない。 絶対に人に疑われることがない――――最悪の刺客として、この世に舞い戻る。 その悲劇を断つ為に、今年81名の開拓者が魔の森へ乗り込んだ。 里を管理していた上級アヤカシ鬻姫の不在を狙い、洗脳の浅い子供たちを救い出して、人里に戻したのである。 しかし。 救われた子供たちを一般家庭の里子に出す提案は、早々に却下された。 常識の違う子供たちが里親に害を出さないという保証は、まるでなかった。 洗脳は浅くても、幼い頃から徹底して戦う訓練を積まされた子供たちは、人間社会の常識を知らない。 日常生活を通した訓練による体力増強、度重なる友殺しの強要で痛む心を忘れてしまった。 子供たちはアヤカシに都合の良い価値観の中で、その人生の大半を過ごしてきた。 殺すことは美徳だった。 『子供たちの教育には、長い時間がかかります』 生成姫に関する研究の第一人者である封陣院分室長、狩野 柚子平(iz0216)は子供の未来を案じる開拓者にそう告げた。 少しずつ、根気強く、正しい『人の道』に戻すしかないのだと。 だから毎月。 開拓者ギルドや要人、名付け親のもとに孤児院の院長から経過を知らせる手紙が届いていた。 +++ 孤児院の老婦人から話が来て、集った開拓者たちは顔を突き合わせた。 「子供たちの様子、読んだ?」 「個性が出てきた感じはするよね。……心配な子もいるけど」 最年長のアルドは口数が減った。規則的な生活において指導力は発揮するが、一人の時間が多く、語学勉強と笛の練習に明け暮れている。未だ戦闘訓練を欠かさぬ一人でもある。 穏やかな気質の恵音は淑女らしくなり、音楽の腕で弟妹の尊敬を勝ち取っていた。華凛たちは彼女から楽器を習い、身を飾る術を学ぶ。恵音に髪を結ってもらうのは習慣になってきていた。 一方の結葉は社交的で活発、時に感情的で真面目すぎる部分を除けば、普通の娘と変わらなくなってきた。タロットで毎日を占って一喜一憂している。休憩時間は好き放題にエンジェルハープで演奏しているかと思いきや、意外と料理面で灯心と仲が良い。弟たちの怪我の手当も手早く済ませる。 灯心は弟妹の胃袋担当となり、旭や礼文たちと料理をする時間が長いのだが、裏山に竹を刈りにいく話をしてからは、いつ行くのか口煩く聞いてくる。野草図鑑を片手にしている所をみると、裏山に行きたいだけなのかもしれない。 未来は料理の時間は灯心を手伝って、米とぎをしているらしい。割烹着が板についてきている。暇な時間は、木陰で昼寝をしたり、ジルベリアの茶器について調べていた。 明希はお手玉でならした手先が器用で、人一倍オシャレに気を遣う。料理の時にはエプロンドレス、髪はマーガレットに編み、草木染めの布で縛り、普段は桜の耳飾りや琥珀の首飾り、朱色の簪は欠かせない。 エミカとイリスの姉妹は相変わらず音楽に興じたりと内向的だが、春先に荒らした庭の一角に花壇を作って育て始めていた。一見雑草にしか見えぬ花でも、二人には日々の成長が楽しみらしい。一度、玉遊びをしている弟たちに球で花壇を荒らされ『殺し合いになるのでは』と職員が恐るほど烈火のごとく怒ったという。 星頼は機械を分解する問題行動がなくなったが、落ち着きがない。兄弟姉妹の中で最も好奇心旺盛と言え、孤児院の出入り業者を質問攻めにしている。 到真は夏バテ気味の兄弟姉妹に、日に三度、冷たいお茶を用意するようになった。まるでそれが仕事とでもいうように、遊ぶよりも暇な時間は自分に出来ることを探している。 素直さや気遣いの身に付いた真白は礼文たちと共に遊び、それ以外は掃除や世話に勤しんでいた。脱ぎ散らかしたり、食べ散らかす年下の世話を好んで焼く。 スパシーバ、和、仁に関してはやんちゃぶりが災いしてイリスたち姉妹と殺し合い寸前になったのは前述の通りだが『痛いのはダメ。他人を思いやる』という事は理解していたのか、手は出さなかった代わりに現在冷戦状態である。 姉妹は激怒しすぎ、弟たちは謝るのが遅れ、双方共に問題ありだが、殺し合い、が、喧嘩、になっただけ進歩したのかもしれない。 桔梗やのぞみ、ののや春見たち最年少は、最も順調に成長している。毎夜抱きしめるぬいぐるみ、描かれるもふらや猫又の絵、毎夜童話や子守唄をねだる様は、一般の子供と遜色がない。 「……で、今回『七夕祭の飾りを作る』という話がきたね」 相変わらず。 封陣院の分室長、狩野 柚子平(iz0216)は五行から動けないらしく、お目付け役として人妖の樹里が同行する。 「樹里ちゃん、詳しく」 「んーと。孤児院では毎年、裏山から何十本も竹を提供して、出店参加もやってたみたい。いつもは神社の氏子の大人達が竹を取りに来てたけど……院長様が子供の性質を見て、竹の刈り入れから、飾り付け、神社への運搬まで体験させたほうがいいんじゃないかって話だよ」 「力の余るあの子達には、確かに丁度いいのかも」 けれど竹林で子供が逃走を図らない、という保証はない。 「監視は継続、か。しかし紙で色んな飾りを作るのはいいかもしれないな。できれば祭も行かせてあげたいところだが……」 子供たちは、未だ自由な出入りや人との接触が許されていない。 先日の沢登りも、貸切という特殊な環境下だった。 お金の概念を知らない子は大半を占める。 「樹里ちゃん、どうなの?」 人妖の樹里は書類をめくった。 「まだ子供たちに大きな問題はないから、このままイイ子なら連れ出す許可は降りると思う。今年、孤児院の職員さんで出店予定はなくて区画も空いてるし、もし子供達と店出すなら2店舗いけそう」 樹里は貸し道具屋の帳簿を見せた。 射的、輪投げ、金魚すくい、飴細工屋、装飾品の露店、各種軽食、案はいくらでもある。 とはいえ。 子供の中で正確にお金を勘定できるのは、星頼と旭だけなのだが。 「短冊に『おかあさま』以外の事を書いてくれるかな」 「なんにせよ、準備が先か」 星の伝説に準えた七夕祭は、すぐそこまできていた。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / フェルル=グライフ(ia4572) / 菊池 志郎(ia5584) / 鈴木 透子(ia5664) / 郁磨(ia9365) / 尾花 紫乃(ia9951) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 萌月 鈴音(ib0395) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / 紅雅(ib4326) / ウルシュテッド(ib5445) / ローゼリア(ib5674) / ニッツァ(ib6625) / パニージェ(ib6627) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / 華角 牡丹(ib8144) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) / 奏 みやつき(ic0952) / 宵闇 紅葉(ic0984) |
■リプレイ本文 柚乃(ia0638)は「みんな元気にしてるかな」とちびもふらの八曜丸に話しかける。ちびもふらの八曜丸は胸を張り「おいら、すごいもふらになったから自慢するもふ。すごいもふっ」と見当違いな事を話している。 宵闇 紅葉(ic0984)は山で竹を刈る際に怪我をした場合に備えて、救急箱を用意していたが「私にしっかり役目が果たせるでしょうか」と呟き、難しい顔をしていた。 柚乃は「大丈夫ですよ。家族みたいに接してあげれば、それでいいんです」と助言した。 寂しく聳える孤児院を見上げて、白雪 沙羅(ic0498)は内心『そろそろ友達のように馴染んでくれたでしょうか』と不安を抱いていた。 子供たちが何度も顔を出す開拓者に、多少なりとも親近感を覚えてくれるかどうか。 これは子供たちが今後も人に興味を抱いていけるかの重要な要素になる。 門を潜る。 子供たちが窓から手を振ったり、駆け出してきた。 白雪がきょろり、と視線を彷徨わせると、迎えの中に明希がいた。 「明希、久しぶりですね。お手玉、上手になったんですってね。今度やって見せて貰える?」 「まだ三つなの。でも、旭より早く回せるのよ」 「凄いですね。じゃあ私も追い抜かれないように頑張らなきゃ。今日は、一緒に笹の飾り付けをしましょう。明希は伐採に行く? 飾りを作る?」 「飾りがいいかな」 わらわらと集まってきた少女たちへの土産話に、アルーシュ・リトナ(ib0119)とローゼリア(ib5674)は陽州の海を物語る。 「とても綺麗な場所でしたわ。ね、お姉さま」 「ええ。いつか皆で行きましょうね」 一方、ウルシュテッド(ib5445)は、刈りの準備をしていた星頼に親友のジルベール(ia9952)を紹介した。 「彼はジルベール、俺の親友だ。頼りになるいい奴だから色々話をしてご覧」 「君の話はテッドから聞いてるで。毎月会うのが楽しみで仕方ないってな」 ジルベールの爽やかな横顔を見て「ジル……それを言うか、照れるだろ」と小言を呟き頭を掻いた。頬を掻きながら「そりゃあ楽しみだよ、なあ、星頼?」と話しかける。星頼は首をかしげた。自己紹介の後は、戦馬を見上げて目を輝かせている。 「乗ってみるか? 大丈夫、ヘリオスは蹴ったりせぇへんから」 ジルベールと一緒に乗せてもらう。庭をひと回りしているうちに、少年たちは「次は俺が」とか「いいや僕が」と騒ぎ出した。その頃には陰殻西瓜をこっそり井戸水に浸してきた蓮 神音(ib2662)も戻り、伐採を眺めたいという桔梗と春見の手をつなぐ。 「みんな準備万端だったみたいだし、いこーよ」 「そうだな、出発だ」 伐採組と居残って飾りを作りたい組に分かれる。 「先に行ってくれ。ちっと野暮用があるんで、終わったら追いかける」 ニッツァ(ib6625)は駿龍ベネーラをぺちぺちと叩いた。 第一陣のアルドや星頼たちが遠ざかる。 それを待って、ニッツァたちはスパシーバと和と仁を別室に連れて行く。 遠ざかる背中を眺めて「さて」と酒々井 統真(ia0893)が振り返った。残った子供たちは孤児院の中へ戻っていく。 「七夕といえば飾りは短冊とかだが、織姫と彦星の逸話とか……この時期の星座の話とかしてみて、興味を引いたもんの飾りを作らせてみるか? 知識ある分お約束な物しか作れない俺達より、面白い発想の飾りができるかもしれねぇ」 素敵ですね、と囁いたのはのぞみを抱いたフェルル=グライフ(ia4572)だ。 子供たちは七夕を知らない。まずはどういう風習や逸話があるのか教える必要がある。 そこでグライフとリトナが中心になって瞬く間に話がまとまった。織姫と彦星の逸話を、 「恵音さん、伴奏を手伝ってくださいます?」 恵音が首を縦に振る。 リトナが七夕伝説を語り、グライフと酒々井が小芝居を手伝う。残った子供を居間に集めた柚乃が「あ、私ちょっと院長様とお話してきます。先に始めててください」と遠ざかった。 別室では郁磨(ia9365)が膝を折って視線を合わせると、首をかしげた。 「……お姉ちゃん達と喧嘩してるって聞いたけど、何があったの?」 経緯を聞いた郁磨は「そっかぁ、其れで怒らせちゃったんだ」と困った笑顔で笑いかける一方で、パニージェ(ib6627)の隣にいたニッツァが「ええか。姉妹がなんで怒ったんかわかるか」と直球で尋ねた。 「花を潰したから?」 「人によって大事なもんは、ちゃう、っちゅー事はわかるやろ?」 郁磨は頬を掻く。 「……悪い事したなら、謝らなきゃ、だね。戦わないで相手を思い遣れたんだから、もう一歩だよ……手紙書こっか」 ニッツァは、スパシーバと和と仁の前に白紙を並べた。謝罪の手紙をかかせる為だ。 「せやけど、手ぇ出さんかったんは偉い。ほな、この手紙は竹採りが終わったら渡そか」 パニージェが「皆を追いかけるぞ」といい、郁磨は「俺は力無いんで、竹採りは見守ってますね」と言った。 高く聳えた竹林の斜面を歩く。 太陽の光が木漏れ日のように差し込んで、涼しげな風が吹いていた。ウルシュテッドが「よし」と言って立ち止まる。すぐに竹を切る訳にはいかない。 「先ず足場の整理をして、作業工程を考えて分担しようか。危ないから周りを見て、置き場を作って、声かけ合って……星頼?」 ウルシュテッドが星頼の後を追う。星頼は何も言わずに竹林を歩き回って見上げると、持ってきた紐を順番に結び始めた。ジルベールが「何してるんや?」と首を傾げる。 「切る竹を」 星頼は淡々と作業を続けた。 「厨房に来たおじいさんに聞いた。古い竹や曲がったものから切ったほうがいいって。古い竹は幹が浅黒くて光沢がなくって、枝先の葉も少ないんだって。柔らかくて軽いから、運ぶのも楽だと思……う?」 紐を結び終えた星頼を「すごいな、星頼」とウルシュテッドが担ぎ上げた。 鉈や斧で竹を伐るのは難しいからと、まずは菊池 志郎(ia5584)たち大人が礼文たちに手本を見せる。 子供たちは方法を覚えようと、じっと眺めて、片時も視線を外さない。 「礼文くん、枝を払うから小刀をとってくれる?」 菊池が礼文の行動に目を光らせる。礼文は筆でも立てるかのように柄を握って刃を空に向け、菊池に差し出した。相手に柄の部分を持たせることは意識できているようだが、安全とは程遠い。 「礼文くん。もらう人がうっかり怪我をしてしまうかもしれないから気をつけてあげてね」 刃物を受け渡す方法を教える。 その傍らで、又鬼犬初霜は楽しそうに竹林を走っていた。 礼文たちが落とした竹枝を、桔梗と春見が縄で纏めていく。 暇な時間をみつけては、蓮が草笛の吹き方や笹舟の作り方を教えたりした。人妖カナンが笹の舟と聞いて瞳を輝かせたりしたが「いくら小さくてもカナンは乗れないよ」と勘違いを正して笑いがこぼれた。 あちこちで響く斧の音。 白い頬の上を、汗が滑り落ちていく。 グリムバルド(ib0608)は聳える竹林を見上げて「もうそんな季節になるんだな」と呟き、猫又のクレーヴェルを見下ろす。猫又は「暑いの苦手なくせに、好きよね」と声だけ投げた。活気に満ちる緑の中で、竹取に勤しむ元気な子供を見ていると顔が綻ぶ。 「アルドー、いっちょ斧の腕前を見せてくれ。竹は結構しなるから、いい訓練になるぜ」 斧を遠慮なく振り回して竹を分断する。 熱中するアルドを眺めて、グリムバルドの瞳が弧を描く。 「よし、その調子。……里の外では初めての夏、か? 楽しい夏になるといいな」 褒めながら傍らで様子を見守る。 奏 みやつき(ic0952)が、アルドが刈った竹を駿龍七八の胴体にくくりつけていく。初見故か会話が途切れがちな事を気にした奏は、アルドの私生活について聞いてみた。 「語学勉強って、どんな事をしてるの」 「別の儀の文字。あと、古い文献を読む為の文字の勉強とか」 「そうなの? じゃあ孤児院にある書物だけじゃつまらないかな。今度おすすめの本とか教えるよ。冒険物は興味ないかなぁ。かぐや姫とかじゃ物足りなそうだし、竹取物語とか童話の古典はいい勉強になると思うけど」 奏がぐるりと竹林を見回す。 「あ、きたきた。こっちこっちー」 遅れてきたスパシーバと和と仁の三人も、パニージェ達からやり方を習う。 「手斧は……絶対に人に向けない。必要以上に振らない。これだけは守ってくれ」 「そら、まずは縄かけんとな」 ニッツァがスパシーバを肩車して、竹を引き倒すための縄をかけた。 パニージェが袖をめくった。 「俺がやってみせる。真似してみろ」 竹林に響く斧の音。 やっとのことで伐採した一本を三人に持たせて運ばせた。 ところ変わって孤児院では。 年長者や血気盛んな子供たちが出かけた後、伐採に興味の薄い子を集めて七夕飾りを作り始めよう――としたのだが、子供たちは七夕を知らない。あらかじめ気にしていたリトナ達が最初に七夕伝説を聴かせることにした。 最初に用意したのは真っ黒な和紙だ。 陽州の海で小瓶に詰めた白い鳴き砂を散りばめて天の川に見立て、黒い岸辺に桜貝の織姫と巻貝の彦星を置いた。 ちなみに。 貝を動かすのは、織姫のグライフと彦星の酒々井である。リトナが歌う。 「昔々天を治める神様にはひとり娘がおりました。彼女の名前は織姫といい、神さま達の着物を作る仕事をしていました。天の川の畔には、彦星という働き者の牛飼いがおりました。出会った二人はひと目で恋に落ち、結婚を許され、楽しく暮らしはじめました」 「『彦星様、今日はどこへ参りましょう』」 「『織姫、俺と赤い星の彼方へ行こう』」 「結婚した二人は楽しくて、すっかり仕事をサボって怠け者になってしまったのです」 桜貝と巻貝、ノリノリで演じる。小芝居を眺める子供の中から、くすくす笑う声が聞こえた。人妖雪白を肩に乗せた結葉が「まるでヨキ姉ね」と呟いたのを数名が小耳に挟んだ。 恵音が軽快に奏で、リトナは語る。 「織姫が仕事をしないので天の神様たちの着物はボロボロになり、天の牛は病気になってしまいます。怒った天の神様は『二人は天の川の、東と西に別れて暮らすがよい』と、言って、織姫と彦星を別れさせ、会えなくしてしまいました」 子供たちの多くは物事を『悲劇』というより『当然だ』という顔をしていた。灯心は「織姫はお役目をしなかったからしょうがないよ」と妹たちに解説している。生成姫を山の神として育った彼らは『織姫の立場と自分たちに近しいもの』を感じたらしい。 「けれど余りにも織姫が悲しむので、一年に一度、七月七日の夜だけ会っても良いというお許しが出ました。二人は七夕の日を楽しみに、真面目に働くようになりました」 おしまい、とリトナ達が手を叩く。 未来や華凛の髪を梳いていたローゼリアが「そういう逸話でしたのね、興味深いですわ」と一緒に感心している。何名かの開拓者は同じように頷いていた。 リオーレ・アズィーズ(ib7038)は、からくりのベルクートと共に材料の和紙やハサミ、図解した紙とお手本を均等の間隔で机に置いていく。和紙は、皆が七夕伝説に聞き入っている間に、七塚 はふり(ic0500)がお香「梅花香」で香りを焚き込めておいた特別製だ。 アズィーズが両手を叩いて鳴らす。 「鋏は気をつけて、譲り合って使ってくださいね。取り合いはいけませんよ。分からなかったら近くに大人に聞いてください。では素敵な七夕飾りを作りましょう」 リトナが「上手く作れなくてもいいんです。大事なのは一緒に作る事。ね? ローゼリアさん」と言葉を添えた。ローゼリアがリトナの喉をいたわる。 「お姉様、お疲れ様ですの。伐採班が戻ってきたらもう一度お芝居しないといけませんし、お茶にしませんか? 未来、華凛、手伝ってくださいませ」 ローゼリアが自前の紅茶セットを持って厨房に向かう。 一方、七夕語りを聞いた後、エミカとイリスの姉妹は……飾り作りの席にいなかった。 別室でゼス=M=ヘロージオ(ib8732)と向き合っていた。扉の外では、誰も来ないようにケイウス=アルカーム(ib7387)が見張っている。忍犬のヴァイフも廊下に寝ていた。 「弟達と喧嘩をしたと聞いたが」 姉妹は顔を見合わせ、イリスが「あっちが悪いのよ!」と猛然と喋り出した。弾丸のように経緯を語る。落ち着くのを待って、ヘロージオは「いいか」と二人の肩に手を置いた。 「感情が一気に昂る感覚に襲われたら、目を閉じて深呼吸をするんだ。収まるまで何度も」 「なんで?」 「思考を整理する為だ。感情が高ぶると、冷静に物事を整理できなくなる。真似をして」 姉妹が言われた通りにならう。ヘロージオは、そこでようやく本題を出した。 「誰にだってされたら嫌な事はある。二人の怒りは正当だ。しかしそれをされても許す事が必要だ」 「でも」 「どんなに納得がいかなくても、だ。社会は理不尽に満ちている。折り合いをつけていく術を覚えていかねばならない。俺は何も『怒るな』と言っている訳ではない……『許す』という選択を覚えて欲しいんだ」 不服そうなエミカとイリスの首に、蒼い首飾りをかけた。 「とはいえ、大人でも『許す』という手段を体得するのは難しい。俺がいない時、これを見て、先程のように目を閉じて深呼吸する方法を思い出すといい。一生の助けになる」 沈黙の末に「やってみる」という返事をきいた。 感情を制御する講義を終えた後。 「エミカさん、イリスさん」 迎えに来た泉宮 紫乃(ia9951)が二人を抱きしめる。 「大切な花が荒らされたのに、手を出さずによく辛抱しましたね。そうだ、後ほど一緒に花壇の手入れをしましょう。野に咲く花は強いですから、多少荒らされてもきちんと世話すれば大丈夫なはず」 「彼女の言うとおりだな。またいつでも育てられる様に場を整えるのは大事だ。とはいえ庭は逃げないが、七夕は待ってくれないからな。花壇は明日じっくりやろう。戻ろうか」 ヘロージオはエミカとイリスを先に戻し、泉宮を呼び止めた。兄弟に謝らせて一緒に花壇を修理する作戦を打ち明け、手順を耳打ちした。 ときは少し巻き戻り。 「灯心、此方に来てくださいな」 からくり甘藍の左隣に座った紅雅(ib4326)が、隣の座布団をぽふぽふと叩く。 灯心が「はい」と言って傍らに腰掛けた。色鮮やかな和紙を、紅雅の指先が折りたたんでいくのを見て、灯心は細部を聞いて確認しながら完璧を求めた。事務的な内容とはいえ、前より喋るようになっている。 「最近は、お料理を教えているそうですね? 楽しいですか?」 「調味料の分量を変えるだけで、全く違う味になるので、楽しいです」 「では……料理を『美味しい』と言って食べてもらえるのは、嬉しいですか?」 灯心は少し首を傾けて悩む素振りをした。 「本と違う分量にすると、真っ黒にこげたり、妹達にはしょっぱかったりして、いつも『美味しい』とは言われないですが、上手にできてもう一度を頼まれた時は、嬉しいです」 つまり教本通りでなく、アレンジ料理、或いは、自分の味覚に好ましい料理を作り始めている事が分かった。些細な変化を感じ取った紅雅が、口元に笑みを浮かべる。 「嬉しいと思えた事を、たくさんしてくださいね。そして、他の人にも嬉しい気持ちをお裾分けしてあげてください」 「上手に作れたお菓子を渡したりとかですか?」 「勿論それは『嬉しい』を共有できる事のひとつですね。毎日を楽しく過ごすという事は、とても重要なことなんです。例えば私は、……灯心といるだけでも嬉しいですよ?」 微笑む紅雅に「……いるだけ?」と首をかしげた。灯心に「ええ、いるだけ」と迷いなく返事をする。和紙を折りながら「ボク、今なにも料理してないです」と、何事にも理由を求める灯心に「人はそこにいるだけで嬉しくもなるんですよ」と囁いた。 ところでネネ(ib0892)は桔梗が帰ってくるまで、ののにつきっきりで教えていた。 「鋏といえど立派な刃物です。自分の指を切らないように、慎重に使って綺麗な飾りを作りましょうね」 ひらひらの和紙を見ていると猫又の血が騒ぐのか、うるるが前足で引っ掻こうとじゃれたりしていた。 華角 牡丹(ib8144)は台所から戻った華凜と共に、星の吹流しを作っていた。 「意味?」 「あい。この飾りは技芸の上達を願うもの。あんさんのお稽古事が上達しんすように。それと吹き流し部分は、色んな色の和紙で作る方が楽しめんす」 同じく台所の手伝いを終えて戻った未来とローゼリアは、アズィーズと明希の隣に座った。明希の隣に、白雪とからくり桃簾が座る。 明希が「どういうの作るの?」と白雪達の横顔を見上げる。 「そうですね。笹には折鶴や吹流しを飾るのが一般的だけど……好きなものでいいですよ。お洒落だから、きっと素敵に飾れるわ。やりたい飾りはある?」 明希が「これとーこれとー」と難しい飾りを指差していく。未来も真似をした。 「風に靡く、星つづりや笹つづりも綺麗なんですよ。順番に、飾りを沢山作りましょうね」 アズィーズの励ましに「うん」「はい」と返事をするまでは元気だった。 明希は難しい飾りを好み、うまくいかなくても根気強く取り組んでいる。 だが未来は、明希ほど器用に作ることができず、時間がかかると投げ出してしまう空きっぽさがあった。集中力が短いと言える。できない、とは言わないかわりに、苛々すると和紙を丸めてしまう。 アズィーズとローゼリアは粘り強く接した。 倍の時間がかかっても、完成させるときちんと褒めた。 時は静かに過ぎていく。 沢山出来上がった明希達の飾りを見て、白雪が和紙を縦長に切り出す。 「あと、短冊にお願いごとを書きましょう。はい。この短冊は明希の分」 「おねがいごと? おかあさまに祈るの?」 おかあさま。それは、山の神を名乗った大アヤカシ生成姫を意味する。 白雪は「いいえ」と首を横に振った。 「この世では、色んなものが願いを叶えてくれるんです。このお願いは、お星さまに叶えてもらうんです。私の願いごとは『明希や子ども達が健やかでありますように』ですね」 明希は「お姉ちゃんのお願いなのに明希が得するよ?」と言って首をかしげた。 「明希は私のお友達ですもの、ずっと風邪をひかずに、元気でいて欲しいんです。明希はどんなお願いごとにしますか? 教えて下さいな」 誰かの為に祈る見本となった白雪の前で、明希は次のように書いた。 『みんなのおねがいが叶いますように』 随分、優しい子になってきた。 けれど『自分の願いが見つからない子もいる』という事実を示していた。 グライフがのぞみに「どんなの作りたい?」と尋ねると「おりひめー」と言った。 一方酒々井の隣では、結葉が短冊に『タロットが上達しますように』という明確な願いと『いつか凄い人と結婚できますように』と書いた。 結葉たち年長者は、恋や愛や結婚を、どう捉えているのだろう。 休憩時間になると、礼野 真夢紀(ia1144)が気分転換が必要そうな未来の肩を叩く。 「夏バテしてるって聞いたの、カキ氷作りませんか?」 台所で手回し式かき氷削り器を洗うと、氷霊結で氷を作った。からくりを手招きする。 「まゆと未来ちゃんで氷削るから、しらさぎはタレかけてね」 「うん、いろいろツクルね」 甘酒、ジャム、樹糖、水飴などを溶かしていく。 かき氷を堪能して涼をとった後も、飾り作りは続く。 七夕を知らないヘロージオとアルカームは七夕の本を調べながら一緒に飾りを作り始めた。しかしアルカームは頻繁に脱線して「こんなのはどうかな」と花くす玉を作って姉妹の髪に飾りだす。耳を抓るのはヘロージオの仕事だ。 「いででで! 痛いよ、ゼス。耳がのびる」 「伸びるか。少しは真面目に作れ」 「こんなに真面目に作ってるのに。綺麗にできてるよねー?」 「ねー?」 子供を味方につけようとする。 「笹用の飾りは一個もできていないが?」 「うう。あ、そういえば短冊の色には意味があるんだって。エミカとイリスも願いに合う色を選ぶといいよ。俺の願いはこれ『大切な人達と楽しく過ごせますように』なんだ」 仲良くなった友人たちと、幸せなひとときを過ごしたい。 姉妹の横でヘロージオは『皆が笑顔で過ごせますように』と短冊に書いた。ちなみにアルカームは皆が短冊の願い事に集中しているのを確認し、影でもう一枚短冊を作り『子供達が仲直りできますように』と記していた。 太陽が傾き、空が茜色になった頃に、伐採組は帰ってきた。 伐採で大暴れした分、若干の気分転換になったのか、表情の明るいアルドを見て「あの子か」と无(ib1198)が鈴木 透子(ia5664)を一瞥すると「ええ」と返事が返る。 伐採組の大人と子供達が、まず風呂に向かったのを見て、鈴木が同寮生を見上げた。 「……彼の孤立は、彼だけが新しい事より昔の事に目が向いているからだと思います。それも決して悪い話ではありませんが、もっと好奇心に素直になれば変わるかも。幸い語学に興味を持ったみたいですし、其の辺を切り口にしましょう」 ひそひそと話して肩をすくめた。 ところで。 伐採から戻ってきて風呂に入り、それでも元気が余る子供たちに、開拓者たちは若さや体力の違いを思い知らされる。 飾りだけでなく夕食や出店相談も控えていた為、子供の相手を交代した。 例えば、礼文は八壁 伏路(ic0499)や七塚と一緒に大作に挑んでいた。 「まず紙を細長く切って糊で輪を作り、つないで鎖にする。根気の要る作業だぞ、長いの作れるかのう?」 七塚に貰った岩清水を近くの者とのみながら、徐々に輪の連なりを増やしていく。数少ないハサミは菊池が教えたように、持ち手を八壁達に向けて渡していた。次第に長くなり、輪が机上に増えていくと、八壁は礼文と七塚に両端を持たせて広げさせた。 「ながーい」 目に見える成果はやる気を呼び起こす。 一方でひっそりと和紙で鶴を折り始めた旭を見て、宵闇が隣で折り方の工夫を教えていく。 「実は鶴って、尻尾を引っ張ると翼を動かせる折り方があるんですよ。この完成した折り鶴を畳んで、頭と尻尾を下に戻して。ほら、仕上げる時に左右を細く織り込むでしょう。これを首の方だけ細く織り込んだままにして、尻尾の方は織り込まずに元に戻します」 「しっぽ太い……」 「そう。でも再び翼を広げて尻尾を引くと、翼が動くでしょう。飾りには不向きですが」 織り込んだ紙の鳥が動く。宵闇は『一つでも笑顔がふえるといいなぁ』と思いながら、さらに別の折り方を教えていく。 年幼い子達も負けじと飾りと作っていく。 どちらかといえば、ハサミで好きな形に切り抜いて、筆記用具でお絵かきをするのが主体だ。桔梗にはネネと柚乃が、春見にはフィン・ファルスト(ib0979)がつきっきりで教える。 「おー、キレイに出来たね〜。春見ちゃん、赤いのはもふら様かな。白いのは?」 「おねーちゃん」 似ても似つかぬ似顔絵だが、ファルストらしい。 子を持つ親というのは、こういうものなのかもしれないと、ぼんやりと思う。 片隅で无が年長者のアルドに話しかける。 「……語学学習してるそうだね。言語体系は思考体系、学ぶと世界が広がるかもしれない」 ついでに鈴木が他国言語の本、例えば泰国語版『織姫と彦星』を今度持ってきます、と話すと、アルドは強い興味を示した。伐採の時に奏みやつきが提案していた事だった成果もあるだろう。ひとつ楽しみが増えたらしい。アルドは宝狐禅ナイに短冊を渡された。 「何を願うのです?」 无が尋ねる。アルドが筆を持った。 「俺は何も知らない。役にも立てない。だから世界の全てを知る為の知恵が欲しい」 无は「今後色々な所へ行く伴に」と紋入胴乱と根付を贈った。 「みんなお待たせー、夕食後のおやつは陰殻西瓜だよ。今日頑張って竹を取ったり飾りを作ったお礼にね」 蓮神音が皆に振舞う。 ファルストが丸い御盆に幾つか取り「外にも届けてくる」と部屋を出た。表の庭には複数の篝火があり、闇から木刀が激しく衝突する音が聞こえていた。 フェンリエッタ(ib0018)とアルドが戦っていた。正確に言えばアルドの鍛錬の成果を、フェンリエッタが確認している。アルドの技術は優れたフェンリエッタに遠く及ばない。 それでも。 「……やっぱ、あの年でこれは凄いわ」 暗殺者として大アヤカシに育てられていた子供たち。本当に武器を持たせて駆け出しの開拓者と戦わせれば、間違いなく殺してしまうだろう、と思わせるほどの殺気があった。 忍犬フェランが石畳の隅で欠伸をしていた。ファルストは「西瓜だよー」と声を投げる。 剣戟が静まり、二人共西瓜を持つ。 「私には叔父様が兄代わりなの」 西瓜の種を匙で落としながら、フェンリエッタは身の上話をした。 「言うなれば、いつも見守ってくれて……時に助けてくれる理解者。一緒にいると安心するわ。アルドはどう? そう思える人はいる?」 「兄様や姉様には、里を出てから会えてないし……今は俺が年長だから」 フェンリエッタは「そういう事ではないのよ」と囁いてアルドの頬についた種をとった。 「質問を変えるわ。20人も弟妹がいると大変? 正直に答えて」 アルドは数秒沈黙して「うん」と言った。 「そう。でもね、一人で難しく考える事じゃないのよ。蕨の里にいた頃と違って、沢山の人が傍にいるでしょう。それに皆が鍛錬を怠けている訳じゃないの。心の鍛錬なのよ」 「心?」 「人と接していく為には、思いやりや皆で笑顔になる方法も必要だわ。弟妹達や貴方自身の『今』を知ってあげて。アルドの事だって、私達がちゃんと見てるわ」 フェンリエッタがアルドの肩を抱く。 「そっか。俺たち、次の段階に入ったんだ」 ……次? 「里を卒業したら、何年か人里で暮らして俗世の勉強するって、里長様も言ってたっけ。また引越しだと思って。ずっと勘違いしてた……なんで弟妹も一緒なのか分かんないけど、俺、頑張る。人の表情とか、会話とか、頑張って一人前になってみせる」 認識がズレている。 だが、取り敢えず前向きにはなったらしい。 ファルストが「よぉし」と西瓜を口に押し込んで立ち上がった。 「今度はあたしが無手での護身術を伝授しよっか! 人の世の中はね、どんなに悪い奴やチンピラでも、怪我をさせた方が不利になったりするの。だから相手を殺さず傷つけずに押さえ込んだり、気絶させたりする技って、身を守るのに重要なの。始めようか」 西瓜で喉を潤していたフェンリエッタがアルドの木刀を預かる。 ファルストが真剣な眼差しでアルドを見た。 「今から教えるけど、どんな相手でも、何かあったら自分たちだけで解決しようとしないで。必ずあたし達を呼んでね。頼れるおねーさん達だから。これだけは忘れないで」 アルドは「はい先生」と返事をした。 夕飯の後は作った飾りを笹に巻きつけ、大人たちは出店について話し合っていた。 樹里曰く、祭で最大2店舗構えることができる。 まず一つは『飲食店』という案が圧倒的だった。 子供たちの多くが、食事に興味を示し、何名かは料理も上達してきているからだ。 御樹青嵐(ia1669)は一日中台所で考案した試作品レシピの数々を手に、結葉や灯心を見た。祭を通して人のために何かする喜びに気付いてほしい、そう思う。 「飲食店でしたら、お二人の料理の情熱にとことんお付き合いいたしましょう」 「ほんと?」 「ええ、手軽に提供できそうな料理は考案してみました」 「わあ!」 御樹と灯心と結葉の会話を聞きながら、弖志峰は「いつか2人で合作の料理作ってみたら?」と進めた。良い案ですね、と御樹の顔も綻ぶ。 「後は物理的に可能かどうかを考えませんと。如何に手早く注文こなす術も必要ですし、仮に酒を仕入れる場合は、酔客の対応をどうするか考える必要もあるでしょうし」 皆も気にしていたのか、様々な意見が出た。 最終的に『酒が入ると暴れる客が現れる可能性が高い』という話になった。 戸仁元 和名(ib9394)がしなやかな手をあげた。 「焼き鳥のお店をやるなら、そ、その……到真とお肉の串打ちでもやってみようかと思てます。……うち、料理は殆どしてこぉへんかったんで、不器用かもしれへんですけど」 お肉ボロボロになったらどうしよう、と脳裏に不安がよぎる。 もしかすると子供達より下手かもしれない。 けれどその時はその時で、子供たちからコツを教わって仲良うなろうと頭を切り替える。 戸仁元は傍らを一瞥した。到真は新しい麦茶を配っている。 「到真君はお茶出すのが得意みたいですから、料理も経験してもらえれば出来ることが 広がるかなと思いまして。お食事に合うお茶とかも、見つかるやろし」 比較的簡単に料理ができる焼き鳥屋に刃兼(ib7876)や紫ノ眼 恋(ic0281)も一票を投じる。弖志峰 直羽(ia1884)が「きまりかな」と笑った。 紫ノ眼が真白を振り返る。 「鶏以外には何を刺したら美味しいかな。真白は何が好き?」 すると「ぼく、宿で食べた黄色いつぶつぶ食べたい」と言った。 「黄色……玉蜀黍のことか。焼いたトウモロコシは確かに美味そうだな。丁度旬だ」 「野菜も必要だな」 刃兼が何がどれだけ必要になるかを書き出していく。 弖志峰が唸る。 「焼き鳥屋を出すなら、清潔な管理と安全面も念入りに指導が必要だよな。調理は青ちゃ……青嵐氏達が得意だろうし、俺は勘定を教えようか。金銭は問題になりやすいし、値段表も作ろう」 向かいの刃兼が「確かに、誤った使い方は揉め事の種、だな」と同意する。弖志峰が結葉を見た。感情的に真っ向から立ち向かう性格が心配でならない。 芦屋 璃凛(ia0303)も手を上げる。 「うちも接客と勘定教えるで。金勘定のできる灯心と一緒なら年下も早く覚えられるはずや!」 そこで灯心が「……ボク、お金わからないです」と突っ込んだ。ずーん、と落ち込む。 「へ!? あ、あれ? ご、ごめんな。できるの誰やったっけ」 素で勘違いした芦屋を見て、ウルシュテッドが「まだ星頼と旭だけだよ」と教えた。 隣の畳ではグリムバルドが星頼と、一桁多いお金の扱い方を教えていた。値段の違う複数の高額商品を組み合わせて、正確な合計金額を弾き出すのは、星頼にもまだ難しい。 「星頼がお金を扱えるのは、俺が前に市場へ連れ出したからだ。旭はどうなんだい?」 そこで刃兼が、仙猫キクイチを抱えている旭を見た。 「もしかして……旭は、前に連れ出した時に金勘定を覚えた、のか?」 旭が頭を前後に振り、前買った物の値段を諳んじて「お魚おいしかったし、また温泉いきたい」と言った。どうにも食欲などの欲求に結びつくと覚えが早いらしい。 「そうか。限られた時間だったのに、すごいな。まだ金勘定に慣れていない子達に、教えてあげような。俺も手伝うから」 刃兼が旭に自信を持たせる一方、完全に意気消沈してしまった灯心を紅雅が宥めていた。 「何も恥じる必要はないんですよ。できないことをできない、と正直に打ち明けるのは勇気が必要です。お金はこれからゆっくり覚えましょう。料理も焦らない事が肝心でしょう」 紅雅はふと思い出して、手荷物の中から手帳を取り出して渡した。 「これを。貴方だけの料理や忘れたくないことでいっぱいになるように願います」 「手帳」 「ふふ……沢山増えたら。その中のいくつか、私にも教えてくださいね」 灯心が手帳を持って頷いた。 「もう一方の出店はどうする?」 出店候補は『自由市』である。 だが開拓者の自由市に関する意見は大きく割れていた。 祭には手作りの品のみを出し、持ち寄ったもので孤児院内で模擬店を行い、金銭の扱い方を覚えさせる派。そして皆が手軽な商品を持ち寄って出店の一つとして行う派。 最終的には多数決と相談の末、一定の少額を『おこずかい』として与えて訓練をさせた後、残りは出店用になった。 「物凄い量やな」 戸仁元は黒猫の面。リトナはぬいぐるみ。奏は鬼やもふら面にぬいぐるみ。紫ノ眼もぬいぐるみや面の他、希儀料理指南書や銀の手鏡を出した。 酒々井はバードネックレス各種。菊池もぬいぐるみや装飾品。郁磨か髪飾り。ニッツァは薔薇の花束や石鹸などの日用品。アズィーズはお香や手鏡などの日用品で、刃兼はもふらのハンカチにサボテンの鉢植え。どう転んでもいいように、66種の膨大な品物を用意したフェンリエッタと、34種の品物を用意したウルシュテッド。礼野も16種を提供し「練習では100分の一の値段にしましょう」と提案する。 「今日は値段付け……も終わるかどうか。買い物の練習や詳しい選別は明日かな」 紫ノ眼は真白と、集めた品物を分類して値札をつけを始めた。 手を動かしながら、挨拶の訓練も欠かさない。 「いらっしゃいませ! と元気に呼び込む。何より大事なのは、笑顔かな」 「いらっしゃいませ」 夜が明けたら商売の練習を行う。 全員に一律のお小遣いを渡し、お小遣いの中で好きなものを買う訓練だ。 『お金がなくなったら物は買えない』 この概念も、正確に覚えさせなければならない。 よって品物の残りを祭で売り、売上は今後子供たちが生きていく為の元手となる。 子供たちには、開拓者が与えてきた物以外に、私財はない。 国も警戒対象に、余計な費用は与えてくれない。 置かれた場所が孤児院なだけで、子供たちは罪人と同じ扱いなのだ。いつか安全が証明されても、拭えない過去と世間の心無い言葉が子供たちの前に立ちはだかる。守ってくれる『親』はいない。 紫ノ眼が真白の頭をなでた。 「……と、まぁ。商売は実際にやってみたほうが早い。お手伝いありがとう。当日も楽しめたらいいな」 廊下では芦屋が手作りの看板に取り組んでいる。 折角物を売るなら、と。 手作りの品物を作って出す話も本決まりになった為、泉宮はエミカとイリスを中心に、少女たちを集めて手芸品をつくりはじめていた。 色鮮やかな布の切れ端や、リボンを使ったコサージュや髪飾り。針を使わない簡単なさ行くもの。 「お祭りで雑貨を売る時、誰が買ってくれるかはわからないものです。知らない人に気軽に使ってもらえるように、心をこめて丁寧に作りましょうね」 「ききょうもあれつくる」 宝狐禅ナイを頭に乗せた桔梗を、无が膝に乗せた。難しくてもたもた遊ぶ様を見て「ゆっくりやってごらん」と手伝う。出来上がった髪飾りを頭に結ばれた无が微妙な顔をした。 「テッド〜、竹がたりんかも。裂いてくれ〜」 ジルベールはウルシュテッドとともに余った竹枝で細工物を作っていた。ジルベールが提案するのは、絵付けした和紙を用いた、回る竹行灯。一人で一から十まで仕上げるのではなく、協力して仕上げる方法を選んだ。 難しいゼンマイ仕掛けは星頼に考えさせる。 出店の作戦会議をしている間、ずっと率先して手伝う到真を、萌月 鈴音(ib0395)は眺めていた。お手伝いに熱心な事はいい。けれどそれが『喜んでほしいから』やっているのか『お役目』として捉えているかで、随分意味合いが変わってくる。 台所に顔を出して次のお茶を沸かしている到真に「たまには休まないと……疲れてしまいますよ?」と囁く。薬缶が沸騰するまでの間、到真が台所の椅子に座った。 「毎日、三度のお茶を用意している……そうですね。大変ですか?」 「大変だよ。でもこれは、僕がやらなきゃ」 萌月の眉が動く。沈黙の末に「お役目?」と問うた。到真が首を傾けて悩む。 「お役目は『おかあさま』がくれるものだよ。これは似てるけど、ちょっと違う」 「……というと?」 「ここに来てからは、暇ばっかり。倒す勉強もないし『空いた時間に何をするか考えよう』って前に言われたから、お茶の勉強してる」 「それで……お茶の支度を?」 「兄さんや姉さんもお茶を作ったけど、僕がやったほうが美味しいんだって。同じ材料なのに不思議だよね。だから皆、お茶が必要な時は僕を呼ぶ。お役目じゃないし、大変だけど、嫌じゃないから続けるよ」 必要とされる喜び。萌月は到真の頭をなでた。 何かに熱中すると時が過ぎるのを早く感じる。 ふとアズィーズが「忘れていました」と言って未来たちに渡したのは、陽州の海で作った貝殻の腕輪と風鈴だった。音を好む未来が風鈴を取り、お洒落が好きな明希が腕輪を取った。 「いつか皆で海に行きましょうね。よい子にしてたら、きっと行けますよ」 そう、いつか。 蒼く澄んだ空と海の広がる彼方へ。 「色んなところにお出かけしたいね」 「ねー」 「お出かけ……祭りも控えていますし、出歩く内に貴重品をなくしては大変であります」 七塚は紋入胴乱をお土産だと言って礼文へ渡し「持って歩くと良いのです」と胸を張る。 八壁も礼文へ、土産の涼風扇を渡した。 「暑くなって来たからの。自分で使うもいいが、これで小さい子を扇いでやるといい。ころりと寝付くぞ。散らし寿司などの料理にひと手間かける時などにも役立つ」 礼文と八壁を見ていて、七塚の目元が綻ぶ。礼文は男の子だ。今後、行動範囲も広がっていくに違いない。そう思うと、これまで皆からもらったもの、今後受け取っていくものを、大事にしてくれると嬉しい……そんな風に祈った。 牡丹は眠そうな華凛を隣部屋に手招きした。 荷物から夏の着物とドレスを持ち出す。 「約束の品でありんす。お祭りの日はお洒落をしんしょう。どちらが好きでありんすか?」 華凛が選んだのは深く広い湖のような青色に染められた、すその広いゆったりしたジルベリア風のドレスだった。既に仕立て直してあったが、実際に試着して合わない部分は、その場で牡丹が縫い縮めていく。華凛が「綺麗?」と楽しそうに回ってみせた。 「お祭りの日に着る。今はしまうの」 「ふたりの秘密でありんすね」 明るい笑顔が、とても眩しい。 そんな二人を居間に呼び戻したのは、幼子の奇声だった。 特にののが猫又うるるを追い回しており、ネネは猫又の我慢を見るたびに「うるるが気持ちいいくらいの力でなでたり抱っこしてみたりしましょうね」と一旦猫又を救出して、なで方を教示していた。 「うるるちゃん、きもちー?」 「さぁ、みんな。そろそろ寝ましょうね」 就寝時間になると、小さな子を集めた柚乃が、すごいもふらの八曜丸とともに寝室へ上がっていく。 柔らかな子守唄が桔梗達のお気に入りだった。 エミカやイリスも、兄弟達から謝罪の手紙を受け取って部屋に戻っていく。 郁磨やパニージェ、ニッツァの首尾を伺うと「順調だよ〜」との返事が返った。 「明日、喧嘩にならずに花壇修理までいければいいんだが」 「そうだね、ゼス。でも花壇をみんなで世話するのはいい案だと思うよ」 怒った理由を分かり合えるはずだから、と告げたアルカームは「子供の頃を思い出すなぁ」と呟いた。ヘロージオの顔を見て「あの子達なら、きっと大丈夫だよ」と囁く。 酒々井は窓を開け放った。 涼しい夜風が、竹の青臭さを消していく。 「見てみろ、結葉。いい星空だ」 酒々井たち開拓者が来ると年長者はいつも夜ふかしをしているが……眠る時間が惜しいという様子は、若干の微笑ましさを運んでくる。 「どれが織姫と彦星なの?」 「あそこと、むこう、だな。そうだ……星占いって知ってるか?」 「ううん、知らない。どうやって占うの?」 酒々井が「そうだなぁ」と呟く。 「いつか占いの館にでも連れてってやるよ。世の中には色々な占いがあるしな」 子供たちが寝静まっていく中で、開拓者たちは完成した笹を見上げた。 随分と賑やかな飾りになった気がする。 例えばローゼリアが『彼女らやお姉様達、大事な皆が幸せな未来を歩める様に』と書いた短冊が風に揺れていた。 子供たちも其々願いを書いている。 ただ、何人かは折りたたんで飾っていたので、何を書いたのか一見分からない。 願いの内容が気になる者たちが、七夕飾りの周囲をぐるぐると歩き回るのをみて、ローゼリアは笑ってしまった。 「まるで誕生日の贈り物をあけたくて待っている子供ですわね」 短冊を書いていた子供たちは、楽しそうだった。 「お茶をどうぞ」 「ありがとうございます。七夕、晴れるといいですわね」 「はい。みんなが楽しい、来てよかったって思えるお祭にできるとええと思ってます」 戸仁元も窓辺から月を見上げた。 もうじき、長い夏祭りの日々が始まる。 |