救われた子供たち〜紅遊戯1
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/26 23:28



■オープニング本文

【★重要★この依頼は【アルド】【恵音】【結葉】【灯心】【桔梗】【のぞみ】【のの】【春見】の年長4人と年少4人の合計8人に関与するシナリオです】

 木箱に入った赤いもの。
 次々と運び込まれる箱を見て、子供たちが歓声をあげた。
「おいもさーん!」
 神楽の都のとある農家で『商品にならない』と判断されたサツマイモが大量に寄付された。商品にならないとは言っても、外見に傷があったり、欠けてしまったり、大きすぎたり、不格好だったりと『外見が整っていないだけ』の品物たちであり、綺麗に土を洗って料理すれば、何の問題もない。
 かくして大量の芋を消費する為の一日が始まった。

 +++

 神楽の都、郊外。
 寂れた孤児院に隔離された、志体持ちの子供たちがいる。
 彼らは、かつて慈悲深き神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んでいた。
 自らを『神の子』と信じて。

 子供たちは自我が芽生えるか否かの幼い頃に本当の両親を殺され、親に化けた夢魔によって魔の森へ誘拐された『志体持ち』だった。浚われた子供達は、魔の森内部の非汚染区域で上級アヤカシに育てられ、徹底的な洗脳とともに暗殺技術を仕込まれていたらしい。成長した子供達は考えを捻じ曲げられ、瘴気に耐性を持ち、大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んで絶対の忠誠を捧げてしまう。
 偽りの母である生成姫の為に、己の死や仲間の死も厭わない。
 絶対に人に疑われることがない――――最悪の刺客として、この世に舞い戻る。

 その悲劇を断つ為に、今年81名の開拓者が魔の森へ乗り込んだ。
 里を管理していた上級アヤカシ鬻姫の不在を狙い、洗脳の浅い子供たちを救い出して、人里に戻したのである。
 しかし。
 救われた子供たちを一般家庭の里子に出す提案は、早々に却下された。
 常識の違う子供たちが里親に害を出さないという保証は、まるでなかった。

 洗脳は浅くても、幼い頃から徹底して戦う訓練を積まされた子供たちは、人間社会の常識を知らない。
 日常生活を通した訓練による体力増強、度重なる友殺しの強要で痛む心を忘れてしまった。
 子供たちはアヤカシに都合の良い価値観の中で、その人生の大半を過ごしてきた。
 殺すことは美徳だった。
『子供たちの教育には、長い時間がかかります』
 生成姫に関する研究の第一人者である封陣院分室長、狩野 柚子平(iz0216)は子供の未来を案じる開拓者にそう告げた。
 少しずつ、根気強く、正しい『人の道』に戻すしかないのだと。
 だから毎月。
 開拓者ギルドや要人、名付け親のもとに孤児院の院長から経過を知らせる手紙が届いていた。
 
 +++

 柚子平は孤児院から届く報告書に目を通した。
 同じものが開拓者のもとにも届いている訳だが、子供たちが魔の森から救出されてじきに一年が経とうとしている今、昔に比べて変化は大きいらしい。

 まず年長者の【アルド】は、21人の模範として責任感が強く生真面目な反面、里の暮らしが抜けず、開拓者に心の壁を築いていたが……秋頃から態度の軟化傾向が見られている。先日開拓者の仕事に同伴して以降、唯一の特技であった戦闘訓練をやめ、読書にのめり込んでいる。僅か半年の間に、読む内容が童話から民俗学に変化した。神楽の都の地方行事なども把握しており、近郊図書館への出入りを希望している。

 次に年長者の【恵音】は、秋口に開拓者になることを正式に希望した。自分はおかあさま(生成姫)に捨てられたと認識しているらしい。現在は人妖に依頼を吟味させ、受けた開拓者達に同伴させて観察中だ。吟遊詩人とシノビの職への興味を示しているが、見学を意欲的に行う反面、孤児院に帰ると横笛を見て落ち込んでいる。生成姫が授けた楽曲を奏でる回数が減り、同時に指導を求めた年下との交流を……避けているそうだ。

 尚【結葉】も開拓者を志望した。しかし理由は『自分より強い男性と巡り合って結婚するため』という些か面白い話で、毎朝身嗜みの確認も欠かさず、何事にも前向きに取り組んでいる。音楽、タロット、占星術、妹たちと花壇を手入れしてハーブ類を育て、お菓子作りなどに活かすなど、趣味の分野は多岐に渡り、年下と距離を置くアルドや恵音に代わって弟妹の面倒を見ている。口癖のように「おかあさまは喜んでくれるかしら」と話す笑顔に、若干の不安が拭えない。

 物静かながら人見知りもない【灯心】は、相変わらず台所に立つ時間が長い。特技で弟妹の尊敬を集める点では結葉と同じだが、アルドや恵音との仲が若干変化した。稀にアルドと恵音の発言を無視する事があるらしい。今まで戦闘技術ではアルドが、音楽の腕では恵音が優っていた。しかし二人が特技を手放しつつある事で、結葉と灯心が指導的な位置に変わったのだろう。ある開拓者曰く、灯心にとって兄姉は『いつか超える壁』らしい。力関係に変化が起きている以上、今後に若干注意が必要なのかもしれない。

 こんな調子で。
 子供たちに関する報告書は一人一人の生活に密着して記録されていた。
 十三人の年中組に目を通した後、眉間にシワが刻まえる。

 年少組の【桔梗】は殆ど喋らなくなった。喧嘩が多い。お菓子の取り合いが最たる例だが、他にも自分はかえるやもふら、とらのぬいぐるみを持っているのに、他の子のぬいぐるみを欲しがる。例えば院長が「少しだけ貸してあげてね」とののに囁くと「あい」と素直に貸すのだが、貸してもらった物を桔梗は他人にぶつけたり、窓から投げたりするらしい。しかも怒られると何処かに隠れて半日近く見つからないという。

 年少組の【のぞみ】は感情豊かで甘えたい盛りなのか、四六時中誰かの傍にいる。別段目立った異常は無いが、兄姉に近づき「にーちゃ、ねーちゃ、ちょーだい」と無邪気に笑ってへばりつく。根負けして卵焼きや甘味を分ける者が多い。本を読んで欲しい時、歌を聴きたい時も、相手の都合顧みずに接近し笑顔でねだる。かといって拒否されても泣かない。が、見る者を後悔させる悲しみの顔は……筆舌に尽くしがたいという。

 同じ年少組の【のの】は元気で目立った問題はない。ただし朝や昼は食が細い。焼き魚が出た時などは丸々残して、皿を持って何処かに消える。嫌いな食べ物なのかと品目を変えれば「同じのがいい」と騒ぐ。一方で夕食は野菜を全部残して持ち去る素振りもなく、無理に食べさせれば……なんと噛まずに厠に吐いていたらしい。院長は野菜を食べさせるレシピを探しているそうだ。

 年少組で最も大人しいのは【春見】かもしれない。本を読んでいる兄姉や料理中の台所に現れて、じっと様子をみて、ひとり遊びをしているそうだ。けれど菊祭以降、年配の大人を怖がり、ぬいぐるみがないと震えが止まらないのだという。


 柚子平が溜息を零した。
「子供を元に戻すのは、一筋縄ではいきませんねぇ」
 今回の芋パーティで、なにか進展があればよいのだが。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 尾花 紫乃(ia9951) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / 紅雅(ib4326) / ローゼリア(ib5674


■リプレイ本文

 孤児院に到着早々のことである。
 外で焼き芋の支度をする班と、料理で工夫する者に別れた。
 芋を焼くにも七輪や炭や葉っぱの準備があるし、料理は調理の時間がかかる。

 子供達を呼び集めるなか、蓮 神音(ib2662)は人妖カナンと共に、人の輪から外れがちの桔梗を探した。自作スイートポテトで釣って接近し、甘くて美味しい芋で緊張感をほぐす。
「おいしい?」
「うん」
「これからたくさん作るんだ。一緒に神音を手伝ってくれる?」
 口いっぱいにスイートポテトをほおばりながら桔梗を台所へ連れて行く。

 台所では既に、網焼きと聞いて胸躍らせたネネ(ib0892)が、市場で買い込んできた小柄な魚や新鮮な野菜の下ごしらえを始めていた。魚はちゃんと鱗を落として内蔵を取り去っておく。
「さぁ、ちゃっちゃと支度して、じゃんじゃん焼きますよー! なにしろ時間がありません」
 木箱に詰められた大量の芋だ。
 勿論焼き芋だけでは食べていて飽きるのが目に見える。
 そこで活躍するのが、御樹青嵐(ia1669)たち料理上手だ。
 御樹は灯心と結葉を呼び、二人に天ぷらの作り方を伝授していく。他にも芋けんぴや栗きんとんも考えたが、甘い芋に甘い芋では飽きるので、夜分のおやつ用である。
「あつい! はねたわ!」
「結葉。料理は油と友達。ゆっくり油に落とさないと怪我する」
「よろしいですか、二人共。誰かのために食事を作るというのはその人の事を大切に思う気持ちを料理という形で届けることです」
 幾度となく繰り返してきた話に「しってるよ」と子供たちは言う。
 御樹が灯心と結葉を見た。
 二人から、他の年長二人に対する思いを聞き出そうにも、果たしてどう尋ねたものか。
 なにより隣には恵音たちがスイートポテトを作っている。相手の目の前で問うのは野暮だ。尋ねたいことは沢山あるのに、説教臭い言葉ばかり思いついてしまう。御樹が考えあぐねていると……
「おにいさん、こげてる」
 灯心の声で我に返ると、天ぷらが唐揚げのような色になっていた。

 一方、隣の机でスイートポテトを作っていたのは、アルーシュ・リトナ(ib0119)と恵音。そして蓮と桔梗だった。
 蓮たちが用意するのは綺麗に洗って牛乳で煮た芋、砂糖にバター、卵黄を加えてまぜたもの。リトナたちは蒸した芋を潰して砂糖に卵黄、そして牛乳の代わりに豆乳を用いる。
 だから少しずつ違わせた味を楽しめる。
 最近年下と垣根を作っていた恵音は、元々弟妹をあやすのが上手いからか、緊張がほどけて桔梗と仲良く作業していた。
 四人は芋の形を整えて油を塗った鉄板に置き、刷毛で卵黄を表面に塗った。
 蓮が桔梗に「ここに並べてね」と丁寧な指示を出す。
「あい」
「完成したらみんなに食べてもらおうね。きっと美味しいって言ってもらえるよ」
 普段は兄姉が作ってくれるお菓子を自分で作った。これが自信のきっかけになればいいと思いながら「釜にいれてくる」とその場を離れる。
「いってらっしゃい」
「さぁ恵音さん。みんなで食べるにはまだまだ足りません。もう一回やってみましょう」
 リトナは作業しながら恵音に「さっきから『おねえさん』でしたね」と話しかけた。
「え」
「迷ったり落ち込む姿を見せて心配を掛けたくない、ですか? ……ごめんなさいお話が少し早すぎましたね。でも……私は少し安堵もしています」
「安心?」
「ええ。それは人らしい気持ちだから。迷う事は悪くは無いの。色んな人の話を聞いてそれでも譲れない事や、やりたい事が見つかったら……捨てずに済む方法を一緒に考えて見つけましょう」
 お菓子作りや兄弟姉妹との話だけでないことに、ようやく気づいた恵音は「ごめんなさい」と小さく告げた。
「謝ることなんてないんですよ。人は時に迷い、支えあい、傷つけあっても 時間を掛けて許しながら生きているのですもの」
 そういって芋を混ぜ始めた。

 料理がひと段落終えたところで、礼野 真夢紀(ia1144)が灯心を手招きした。
「これ、私がカタケットっていう同人絵巻即売会で発行している、お料理の本です。今の季節のお野菜を使ってますから、よかったら試してくださいね」
 上級からくりのしらさぎは「ホンはやめサクセイよかったね」と声を投げる。
 灯心が表紙をめくると見事な芋特集だった。
 旬の天麩羅2種。ホクホク感を楽しむ大きめ輪切り。芋と牛蒡の千切りを揚げたもの。蒸した芋と餅を混ぜてつき丸めた芋餅。賽子状に切った芋をお米と一緒に炊いて、棒状に切った芋を固めに茹で、剥いた鶏肉・皮、緑花椰菜の茎、薄切り大蒜、白髪葱を胡麻油で炒め豆板醤と酒と醤油で味付したもの。この他、揚げ物、干し芋、栗金団、林檎と乱切り芋煮、芋ケーキ、芋タルト、芋羊羹……と実用的なレシピが並んでいた。
「ありがとう。わかりやすいからボクでも作れそう」
「季刊開拓メシは野営を強いられる開拓者の強い味方だから!」
 胸を張る礼野の横で、からくりが「らー」と言いながら芋を千切りにしていた。

 やがて孤児院の前には沢山の七輪が並んだ。
 泉宮 紫乃(ia9951)はのぞみに「火をつけるのは危ないからお兄さんやお姉さんに任せましょうね」と約束させた。厚手手袋をはめて網の上に水洗いした芋を転がす。
「のぞみさん、木の葉を集めて蒸し焼きしてみましょうか」
「はっぱー?」
「そう、はっぱでも美味しく焼けるんですよ。この麻袋いっぱいに集めてくださいね」
 渡された袋を引きずって、のぞみが「はっぱー」と叫びながら樹木のしたへ走り出す。
 近くに大人がいるのを確かめてから、泉宮は林檎と包丁を握って手早く料理を始めた。少しだけ中身をくりぬいて砂糖とバターを詰めて焼き係にこっそり託した。

 焼き上がりを待っている途中、蓮はぬいぐるみを抱えた春見に近づいた。
「春見ちゃん。大人の人、怖い?」
「こわい」
「これね、勇気が湧いてくる御守だよ。神音を怖いものから守ってくれたの。きっと春見ちゃんの事も守ってくれるよ」
 お守り「あすか」をもふらのぬいぐるみに結びつけた。ぎゅっと抱きしめて「気づいてあげられなくてごめんね」と囁いた。

 熱せられた網の上に、弖志峰 直羽(ia1884)が型抜きした芋を置いていく。長い時間待てない子供の為に、輪切りにした芋は勿論、星や花や猫などの形に整えた。型抜きの工程で出た芋の屑は、御樹や礼野が料理で工夫を加えており、決して余らせることはない。
「結葉、甘露煮や付け合せのクリームを持ってきてあげて」
「はい」
「さっき作ったハーブティーも貰いたいな」
 結葉の照れくさそうに笑う姿が眩しい。里で人殺しの目をしていた時とは比べ物にならない変化だ。
 その一方で、気になるのは幼子の変化だ。
 弖志峰は周囲を見回した。最年少組の桔梗は、蓮の陰に隠れてスイートポテトを配り歩いたあとは、物陰に隠れて全く近づいてこない。
「桔梗、こっちの芋も一緒に食べない?」
 桔梗は周囲を見て、パッと走り出した。……芋とは反対の方向に。
 小さな背中を无が追うのを確認して、弖志峰は焼きに戻る。

 走り出した桔梗を捕まえたのは、宝狐禅ナイだった。
 しゅるりと首に巻きついて暖をとる。
「行かないのかい?」
 无(ib1198)の長閑な声にぶっすりと変な顔を作る。幼いが故に上手く心の表現ができないのかな、と考えを巡らせた无が、自分の持っていた焼き芋を半分に割って「食べるかね」と差し出した。じー、と芋を見る桔梗はもらおうと手を伸ばした。
「誰かから何かを貰うときの言葉は教わったかい」
「……くだしゃい」
 无が「どうぞ」と渡して、じーっと桔梗の顔を見る。桔梗は大口を開けて食べようとして、はっと我に返って小声で「ありがとう」と言った。无が頭を撫でて褒め、知徳の髪紐を贈り、宝狐禅ナイがすりすりしていると随分機嫌が戻ってきた。
「スイートポテト、おねえさんと一緒につくったんだってね。美味しかったよ」
 ほめられて、にへら、と締りのない笑顔を見せた。夏頃と同じ、純粋な笑い方だ。
「向こうでツリーの飾りつけをしていたから行ってみようか」
「いく」
 无は無理に子供の輪に入れる事はせず、桔梗の調子を合わせて手を引いた。

 もくもくと上がる芋焼きの煙。
 芋を焼いている場所から少し離れたところで相棒たちもおこぼれに預かっている。例えば空龍フィアールカは尾っぽをパタパタさせて、恵音とリトナにおねだりしていた。
 ふいにネネは焼きあがった魚を皿に持って横によけた。
 ののが首を傾げる。
「おさかなはー? おさかなはー?」
「お芋が沢山ありますから、お芋の後で食べましょう。ほら、お野菜だって」
 野菜を見た途端、ののの口がへの字に曲がった。わかりやすい。
 取り敢えず『味がしない』という感想を踏まえて味を濃いめに焼くとして……焼きながら横目でののを伺う。芋を食べつつ、魚の傍から離れない。冷めるのを待っているというより、誰かに取られないように見張っている感じだ。
「のの、お魚欲しいですか」
「ほしい!」
「じゃあ、いいですよ。ただ一つだけ野菜を味見してくれませんか?」
 ののが野菜を見た。さんざん迷ってから、小さめの南瓜を選んだ。甘くてしょっぱい味付けは功を奏したのか、最初半泣きだった顔が、普通の顔に戻った。
「たべた!」
「はい、お魚をどうぞ」
 竹串に刺した魚の塩焼きを持って、ののが走り出す。火の番をしなければならないネネは一瞬呆気にとられたが「うるる」と猫又を呼んで後をつけさせた。大体想像はつくが、確かめて対応を考えなければならない。

 人妖ロガエスも負けじと焼いていく。ひっくり返すのが遅れて焦げ付いても、愛嬌だ。フィン・ファルスト(ib0979)は串で芋を刺して加減を確かめながら、焼きあがった芋を布でくるんで子供達に渡す。
「ほら、熱いから気をつけてね」
 焼けた芋を泉宮たちが二つに割って配っていく。
「のぞみさんもどーぞ。熱いから気をつけて食べてね」
 とはいうものの。
 食欲のままに齧り付くのが小さい子供だ。焼き芋の食べ方を指南しながら、夢中にかじりつく横顔を眺める。暫くして自分の分を食べ終わったのぞみは、また焼き係のところへ行った。両手を差し出して「ちょーだい」と強請る。
「もらったー! おっきいのー!」
「よかったわね。ちゃんと『ありがとう』は言った?」
 ぴた、と動きをとめた。
 のぞみは身を翻して「ありがとー!」を言いに戻った。
 そして泉宮の膝に勝手に座る。少し甘えん坊だが、それもいいのかもしれないと、泉宮は抱きかかえたまま一緒に芋を食べ始めた。そして隠していた焼きリンゴを披露する。
「いーにおーい」
「焼きリンゴ、っていうんですよ。いい子だけのご褒美です」
 しゃくしゃくと林檎にかじりつく顔は幸せそうだった。

 焼き係で墨まみれになっていた酒々井 統真(ia0893)は自分の芋を口にくわえ、両手に肉と野菜の皿を持って結葉と恵音に差し出した。
 お礼を言って受け取る二人の隣に座った。
「この前、開拓者の仕事見学に行ったんだって? 俺も仕事がなきゃ行きたかったなぁ」
「私たち、なんにもしてないわ」
「手当はしたもん」
 依頼で見たことや手伝った事を話す恵音と結葉に「お前ら見てると、駆け出しだった頃の自分を思い出すぜ」と空を見上げる。
「俺が開拓者ギルドで受けた最初の仕事は、なんだったかな。四年以上前だからうろ覚えだが……ある村祭の頃に、狼っぽいアヤカシが出たんだったか。よくあるアヤカシ退治だ」
 恵音が「勝った?」と小さく聞き返す。
「おぅよ。鼻っつらをガツンとな。……俺はさ、家の金に頼らず独り立ちする為に開拓者になったんだ。ここにいる開拓者の中には、仇討ちとか家を再建とか、でっけぇ目的のある奴も多い。けど、俺みたいなのも開拓者を続けてるんだぜ」
「独り立ち……」
「そ。必要性とか使命感じゃなく、やりたいようにしてきた、ってこった。こうして芋でも食って楽しむ事は、開拓者としては必要な経験じゃないが、何一つ無駄なことじゃない。心の余裕って奴かな。俺らは楽しんでるし、お前らもそうなら嬉しいと思う」
 有能でなければ存在価値がなかった里から脱出して、早十ヶ月。
「楽しいけど、私たちは『いい子』で『優秀』じゃないと」
「なーに焦ってんだか」
 ぺちん、と額を弾く。
「お前らもこの先、色々と経験するだろう。けど何が待ってるかわからない明日の事を心配したってしょーがねぇよ。必要とか使えないとか、査定する奴は此処にはいない。何かに困ったら、必要な時に考えりゃ良いんじゃないか?」
 肩の力抜いて見ろよ、と酒々井は笑った。

 屋内ではフェンリエッタ(ib0018)と上級人妖ウィナフレッドたちがクリスマスツリーの飾りつけをしていた。連れられてきた桔梗を見て「一緒に飾る?」と声をかける。
「かざりー? たなばたー?」
「ううん。七夕じゃないけど、木にいろんなものを飾るの。私、桔梗が大好きよ、仲良くしてくれる? 一緒にお飾りしてくれる?」
 頷いた桔梗に星飾りを持たせ、小柄な体を抱きかかえては高い場所に飾らせた。
 少しずつ華やかになっていく木を見上げて話すことは、贈り物をくれると噂のサンタさん。
「サンタさん、くるのかな」
「きっとね。私、子供の頃サンタさんに会いたくてね。夜、無理して起きていたこともあったのよ。でも眠くて眠くて会えなかった。サンタさんはかくれんぼが上手なのね、でもいつか出会ってお礼を言うのが私の夢」
 あなたはどうかしら、とフェンリエッタは桔梗の頬をつついた。

 芋でお腹いっぱいになったら、少しだけお勉強の時間だ。
 といっても殆どの子供が文字を習得している今、さほど難しいことではない。
 墨で和紙に文字を書いて、壁に飾るのだ。

 習字の時間に他の年少組の面倒を見ていたのは、柚乃(ia0638)だった。
 正確に言えば提灯南瓜のクトゥルーが長い和紙に『うまうまうまうま……』と楽しげに落書きするので、子供が感化されたこともある。義務として書く文字は飽きさせやすいが、遊びの一環の『落書き』には集中力が高まる。
「みんなー、乾いたら飾るから並べてねー?」
「あーい」
「くーちゃん、そろそろ落書きはおしまい、紙がなくなっちゃう」
 うまうまうま、と文字を崩して書いていた提灯南瓜が、筆をおいた。
 一方の无はアルドに文字の楽しさを伝授していた。
「只の字や言葉にも物語がある……上は頭と鬣、下は足と尾」
 言葉の成り立ちから遊び心と一緒に工夫や機知を広げていく。
「左馬という縁起の字がある。まう、形が巾着に似て富を逃さず、福や人を招来を望む」
 子供たちが、无の書いた崩し文字に興味を示す。

 習字の後、紅雅(ib4326)は灯心を裏山の散歩に連れ出した。
 綺麗な色の葉を栞にする、という名目で、ふらふらと秋色の裏山小道を歩いていく。
「灯心……お兄さんとお姉さん、例えばアルド君と恵音君の事は、どう思っていますか?」
 以前にも別の者が訪ねた質問だ。
 灯心は、二人の兄と姉の言葉を聞かなくなってきていると言う。
「二人共修行をしなくなったから怠け者です。だから、じきにボクが兄さんになります」
 力関係の変化は、序列に左右するらしい。
 二人を超える為の決意を固めた灯心は、感覚が『里返り』していると言えた。
 紅雅が困ったように眉を下げて微笑むと、正面に屈んで視線を合わせた。
「灯心。二人は何も怠けてなんていませんよ。別のものを鍛えているんです」
「別?」
「ええ。人には、人の考えがあり……それは、とても尊いものです。一度、ゆっくりと話をしてみてください。理解出来ないことは、きちんと聞いて。知っている事と違うことをしているからと言って……否定するのではなく、分かりあう事が大事だと私は思います」
「今ならボク、勝てそうなのに」
 灯心は少し不服そうだ。
「勝つことが全てではないのです。……灯心、戦うという事を貴方はどう思いますか? 今、答えなくとも構いません。言葉の意味と、そこから繋がるもの……きちんと考えてみてくださいね」
 頭を撫でて歩き出す。

 その頃、ネネも猫又うるるに呼び出されて裏山にいた。
 ののが向かった場所を見つけたらしいが、猫又はどこか呆れ返っている。
「すぐ近くだったら院長さんがみつけてる可能性は高いですし、やっぱりちょっと離れた場所だったんですね……て」
 巨石の岩陰から『みーみー』と複数の声がする。
 ネネがうるるを見た。うるるは溜息を零す。急にののが岩陰から現れたので、大樹の影に隠れる。幼い声だけが聞こえてきた。
「じゃーね。しまちゃん、ぶちちゃん、くろちゃん、しろちゃん、ちゃーちゃん」
 一体、何匹匿っているのか。
 ののが降りた後にネネが岩陰を見てみると、雑巾やこの葉を敷き詰めた窪みの中に、似たような三毛猫がみっしり五匹ほど詰まっていた。近くに魚の骨が散乱していた事から察するに、ここで猫を飼っているのだろう。
「もうじき本格的に雪が降り出すわよ」
 猫又の言葉に対して、ネネは「……ですよねぇ」と返事をするのが精一杯だった。

 日が暮れてからのファルストは、布団に入った春見にジルベリアのクリスマスについて話していた。子供に夢を与えるサンタさんは、お髭の老人である。
「じゃーん。春見ちゃんがサンタさんと出会っても怖くならない為に、ロガエスで特訓だよー」
「皺ねぇと怖くねーんじゃ?」
「皺はこの後!」
 綿製の付け髭でモゴモゴ言ってる人妖と遊び倒して寝潰れた。小柄な春見を寝台に戻して、ふと上着と一緒に結びつけてある物に目が止まった。もふらさまのお守りだ。模擬市をやった時、自分のお小遣いで買ったものだ。ファルスとは同じものを持ってきていた。
「……二つ目をあげるより、物を大事にしてもらったほうがいいかな。……春見ちゃんが、少しでも危ないことから守られますように」
 ちょん、ともふらさまを指でついて部屋を出る。
 人妖ロガエスが「もみくちゃにしやがって」と恨みがましい眼差しを向ける。
「あはは、ごめんごめん。でも少しはおヒゲに馴れたかなー、とか……ちゃんと、ついててあげれば良かった」
 俯いたファルストに、ロガエスは「落ち込むより先にフォローだろ?」と声を投げた。

 広間では弖志峰が桔梗をおんぶしていた。子守唄が聞こえる。
 いつかまたありがとう、と言える子に。自分の感じたことを言葉で伝えられる子になってほしいと願いながら。

 芦屋 璃凛(ia0303)は廊下で笛を握りしめている恵音を見て、眉をしかめた。
「なぁ。なんか無理に忘れてようとしてへん? うちの勘違いやろうけど苦しそうやから、これは独り言や。このままやと後悔、残すで……うちはそうやった。みんなに自分のこと伝えるべきやない? どんな思いかぐらいは」
「私の事や思いを伝えて、何になるの」
 恵音の声は淡々としていた。
「私はおかあさまに捨てられました。もう神の子の資格はありません。でも皆と同じでいたいです……なんて言ったら、家族ですらなくなるわ。資格のない子は下に消されるの。それにおかあさまから頂いた曲を使ったら……私は開拓者にもなれないんでしょう」
「えっと。うちは、別れの切り出し方が分からないんじゃないか、って思って」
「誰に別れを言うの? あなたの話は意味がわからない……私はどこにもいかない」
 恵音は立ち上がった。

 階段を上がって自室に戻り、扉に鍵をかけて、恵音は座り込んだ。
「ふ、う、うう」
 母――生成姫に捨てられた悲しみ。資格を失った事を隠し続ける心理的重圧。自分の置かれた環境の過酷さを認識しつつ、唯一の繋がりを捨てなければならない己との葛藤。
『いいですか』
 ふいに、リトナの声が恵音の脳裏をかすめた。
『私は……貴女の望む道への協力は惜しみませんが、まだ幾らでも道を選び直してもいい。それでも嫌わないこと、覚えていてくださいね』
 決して見捨てない、と言ってくれた人がいる。助言をしてくれる人も。
『困ったら、必要な時に考えりゃ良いんじゃないか?』
 恵音は深呼吸した。妹達に習った気持ちの沈め方だ。
「全部忘れて、別の生き方をするなんて、むり」
 今はまだ。
「少しだけ思い出しても、いいかな」
 おかあさま。
 物心ついた時から一緒だった。
 優しく美しく、誰よりも強くて偉大な姿に憧れた。
 厳しかった里長の鬻姫様。傍で飯炊きを手伝ってくれたアヤカシたち。辛く苦しい思い出が多くとも、お前の還る場所だと言われた……遠いふるさと。たった一年や半年で、故郷を捨てるなどできない相談だった。けれど故郷には帰れない。頭では分かっている。
 そして此処でも大切なものが増えた。
「どっちも大切にするから」
 昔も、今も。
 涙と鼻水を拭って立ち上がる。
 窓を閉めて念入りに戸締りをした。兄弟姉妹で殺しあうのは、もう御免だったからだ。

 静けさを取り戻した談話室で、黙々と本を読むアルドに近づいたのはローゼリア(ib5674)だった。片付けを上級からくり桔梗に任せて逃げてきた……わけではない。
「アルド、何の本を読んでいるんです」
「私にもどんな本を読んでるか教えてくれない?」
 フェンリエッタも覗き込む。アルドは手元の本を二人に見せた。
「地図だ。神楽の都を歩けるようになった時の為に、覚えた方がいいと思って」
 フェンリエッタが向上心を褒める。
「まぁ、すごいわね。それじゃあ、次は絵画付きの地図にしてみたらどうかしら。その土地の風景を描いてあるの。もし暇があったら、自分で想像して描いてみるのもいいと思うわ。見て学んで感じたこと、言葉にできない事を伝える手段もあると将来役に立つかもしれないわ。何より、楽しいしね」
 絵について語るフェンリエッタを横目に、ローゼリアは考え込んだ。
 ローゼリアはここへ来る前、アルドと灯心の部屋を覗いた。かつてローゼリアが渡した笛を、アルドは手の届くところへ置いていた。ただし、楽譜は本棚の片隅に移動していた。
 ローゼリアが「ねぇアルド」と声をかける。
「あなた戦闘や勉強以外で、何かしたいことはありますの。お役目や里長の事はこの際抜きで、純粋に感じた事を教えてくださいな」
 アルドはじっと地図を見た。
「俺は……歩いて旅がしたい、かな」
「徒歩の旅ですの?」
「ここに来てから色々な場所へ連れてってもらった。だが地図で探すと小さい。知らないところが沢山ある。絵本や瓦版を色々見たけど、実際に見る景色は違うと思うんだ。だから旅がしたい、お役目があるから、いけるかわからないが」
「では徒歩なのは何故?」
「…………俺、高過ぎる所って好きじゃないんだ」
 高所恐怖症らしい。ローゼリアは「では馬車や走竜がオススメですわ」と言った。

 幼子達の寝室からは、柚乃の優しい子守歌が聞こえた。
 少しでも楽しい思い出が、良い思い出に残りますように……という願いを込めて。