開拓ケット〜冬の陣〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 50人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/29 12:51



■オープニング本文

 牡丹雪舞う神楽の都。
 白銀の大通りには、恒例となったもふら様の隊列が歩いていた。
 寒さにもめげず、もふら様が荷車を引いている。
 覆われた幕で、何が積まれているかは分からない。
 もっふ、もっふ、と懸命に荷を運ぶもふら様たちは、一つの建物に吸い込まれていく。
 搬入口、と書かれた裏口だ。
 そして建物の正面入口には、淡色の衣をまとった幅広い年代の男女が列を成していた。
 頭の禿げた素敵なオジサマが、人々に向かって大声を張り上げる。
「これより、サークル参加者様の入場を開始いたします。皆様、お足元にお気を付けて、ゆっくりとご入場ください。尚、一般参加者様の入場開始予定時刻は、一時間後となっております」
 誘導係員たちが掲げる看板には、

『カタケット〜冬の陣〜』

 という謎めいた文字が記されていた。
 今回は『泰国と各国の王様が熱い』ともっぱらの噂である。

 + + +

 アヤカシと開拓者。
 神楽の都では見慣れた存在も、世界的な人口と比較すれば対した数とは言えず、世間一般の人々にとっては、アヤカシ被害に差し迫らない限りは、あまり縁のない人物たちと言える。
 とはいえ。
 世の中には奇特な事を考える人種が存在するもので、開拓者ギルドで公開されている報告書を娯楽として閲覧し、世界各地を飛び回る名だたる開拓者や見たこともないアヤカシに対して、妄想の限りを尽くす若者たちが近年、大勢現れた。

 開拓者ギルドに登録する開拓者の数。
 およそ2万人。
 神楽の都が総人口100万人と言われる事を考えると、僅か2パーセントに過ぎず、世界各国で活躍する活動的な開拓者に条件を絞れば、その数は更に減少する。
 開拓者とは、アヤカシから人々を救う存在である。
 そして腕の立つ開拓者は重宝される。
 英雄たちの名は人から人へと伝えられ、妄想癖のある人々の関心を集める結果になった。

 彼らはお気に入りの開拓者を選んでは、一方的に歪んだ情熱を滾らせ、同性であろうと異性であろうと無関係に恋模様を捏造し、物語或いは姿絵を描き、春画も裸足で逃げ出すような代物をこの世に誕生させた。
 人はそれを『萌え』と呼ぶ。
 さらには相棒と呼ばれる動物や機械を擬人化してみたり、人類の宿敵でああるはずのアヤカシとの切ない恋や絶望一色の話を作ったりと、本人たちが知らない或いは黙認していることをいい事にやりたい放題である。

 その妄想に歯止めなど、ない。

 妄想は妄想を呼び、彼らに魂の友を見いださせ、分野と呼ばれる物が確立される頃になると「伴侶なんていらない、萌本さえあればいい」そう言わしめるほどの魔性を放っていた。
 やがて生活用品や雑貨の取り扱いを開始し、有名開拓者の仮装をして変身願望を満たす仮装麗人(コスプレ◎ヤー)なども現れ、僅か数年で一大市場を確立するに至る。
 業界人にとって、開拓者や相棒は、いわば憧れと尊敬の的。秘匿されるべき性癖のはけ口といえよう。

 四季の訪れと共に行われる自由市は『開拓業自費出版絵巻本販売所(絵巻マーケット)』と呼ばれ、業界人からは親しみを込めて『開拓ケット』(カタケット)と呼ばれた。
 年々増加する入場者の対応を、薄給で雇われる開拓者たちが客寄せがてら世話する光景も、珍しいものではなくなってきていた。

 + + +

「凍える夜よ、さよならだ!」
「ひゃっはー! 戦じゃー!」
「夜戦はあけた。これよりさぁくる狩りに突入す!」
 
 そんな訳で。
 外の騒ぎを知ってか知らずか、アナタはカタケットの会場にいた。
 大きな催しがある為、会場設営という簡単なお仕事に駆り出されたのだ。
 中には行列で凍死寸前の一般人を救うために駆り出された者もいたらしい。
 夜明け前に会場へ集い、仕事を終えた。
 それはいい。
 しかし仕事が終わった後、開拓者達は其々の戦場へと向かっていく。

 戦う相手は、アヤカシではない。

 ある者は、夜明け前から路上に泊まり込んで並んでいる一般人に混じって、入場者列に並んだ。
 ある者は、急いでもふら様のいる搬入口へ走り、売り物の数々を取りに行った。
 ある者は、急いで手荷物預かり所へ走り、衣装を受け取る。
 そして事情を知らない不運な者は、警備仕事の延長を申し込まれ、気がついたら雛壇にいた。

 そう、ここはカタケット住民の聖地。
 開拓者たちを愛し、相棒を愛してやまない、情熱に満ちた人々の夢の国。
 世の中ではアヤカシは脅威として知られている。
 しかし此処は開拓者本拠地。
 神楽の都は他国に比べて、安全は保証済みと言っても過言ではない。
 しからば萌えずにはいられない。

 会場の渡り廊下では、出張してきた飲食店が立ち並び、身もココロも満たす用意は万全。
 お昼になれば、お決まりのテーマソングを歌う吟遊詩人たちが現れる。
 入場者全員で起立し手拍子を行う、あの一体感が再来する!

「皆様。大変長らくお待たせいたしました。
 只今より『開拓ケット〜冬の陣〜』を開催致します!
 また屋外会場は、開拓者様のご厚意により、相棒祭を実施しております!
 普段は報告書でしか目にできない相棒たちとの交流をどうぞ!
 えー。
 今回は、泰国・王族・開拓者王道すぺぇすが拡大しております。
 尚、お昼すぎより今回注目の競売。
 等身大木像の限定モデル販売が行われる予定です! 多分!」

 ついに有名人は一本の丸太から、寸分違わぬ複製彫刻を作り出される時代へ突入した。
 もはや彼氏や彼女なんていらない。
「俺の嫁は目の前にいる! 待ってろ夢魔ちゅあーん!」
 とか言い出す客も大量に現れていた。

 天儀の少子化問題は根深い。


■参加者一覧
/ 鈴梅雛(ia0116) / 六条 雪巳(ia0179) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 音羽 翡翠(ia0227) / 真亡・雫(ia0432) / 柚乃(ia0638) / 相川・勝一(ia0675) / 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 八十神 蔵人(ia1422) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 九竜・鋼介(ia2192) / アルネイス(ia6104) / 以心 伝助(ia9077) / ニノン(ia9578) / リーディア(ia9818) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フェンリエッタ(ib0018) / エルディン・バウアー(ib0066) / 雪切・透夜(ib0135) / ヘスティア・V・D(ib0161) / ジークリンデ(ib0258) / 明王院 千覚(ib0351) / 羽流矢(ib0428) / 朱華(ib1944) / ケロリーナ(ib2037) / 鹿角 結(ib3119) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ウルシュテッド(ib5445) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / セレネー・アルジェント(ib7040) / 八条 高菜(ib7059) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / フタバ(ib9419) / 何 静花(ib9584) / 黒曜 焔(ib9754) / 戸隠 菫(ib9794) / 音野寄 朔(ib9892) / 宮坂義乃(ib9942) / 白葵(ic0085) / ジャミール・ライル(ic0451) / リズレット(ic0804) / セリ(ic0844


■リプレイ本文

 夜明けとともに開拓者に新たなる仕事が課せられた。
「では延長組は三の倉庫へ」
 誘導をかけた直後に「待ちなさい」と笑顔の戸隠 菫(ib9794)に開拓ケット事務局の係員が捕まった。
「ふ、延長の魂胆は知ってるのよ。言いふらされたくなかったら、わかるわよね。割増は当然だと思わない?」
「脅しです!」
 遠巻きに鈴梅雛(ia0116)が「大人の会話ですね」と見守った。

 直後、さぁくる入場開始が始まった。
 さぁくるすぺぇすを持つ開拓者の大移動を察知したジャミール・ライル(ic0451)は、迅鷹ナジェムを音野寄 朔(ib9892)に差し出した。
「悪いんだけど、仕事キツくなりそうなんで、暫く預かっててくれない?」
「まぁいいけど……ふふ、ついに夜が明けたわね。行くわよ、霰。ナジェム」
 ほぼ徹夜で救護所にいた音野寄は両肩に猫又霰と迅鷹ナジェム、更に大量の荷物を抱えて、さぁくる入口へ向かう。シノビも真っ青な恐るべき体力と根性である。
 聖地へ足を踏み入れるさぁくる主たち。
 さぁくる入場を果たしたからくり桜花が「この日の為に生きてきましたわー!」と叫ぶと、周囲が囃したて、或いは同調し、中には拍手する者もいた。何やら照れているような桜花に「叫ぶのはやめろ……」と疲れた顔で呟く市女笠の不審者は、主人の宮坂 玄人(ib9942)に他ならない。
「何を言うのですか。急ぎますよ。さ、荷物の受取を!」
「自分でいけ」

 一方、さぁくる主達には一つの義務がある。
 見本誌の提出だ。
「同士職員よ、今回も出せたぞ! じゃ、予約分は確保しとくから!」
 様々な開拓者を扱うよろず区画では、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)が相棒とともに合同さぁくる『rouge et noir』の準備に勤しむ。
 今回扱うのは、戦場を主題にしたシリアスやバウアー総攻め絵巻に、バウアー×六条×雪切という過激な絵巻が大半を占めたが、相棒の影響なのか、幼い慕容王の猫かわいがりほのぼの本も新作として出していた。
 ヴォルフが足のつま先から頭の旋毛まで煩悩に染まる傍ら、からくりのD・Dは人妖や妖精向けのもこもこニット、これからの季節に似合う梅柄や桜柄のフリル着物に加えて、簪や組紐の小物の販売も欠かさない。フルオーダーを引き受ける芸の広さから、すぺぇすの机を飾る垂れ幕には『なかったら作ればいい。オーダーメイドDD』等と書かれていた。
 すぺぇすの支度が終わったら前後左右に挨拶だ。
「本日は宜しく、ってな。あ、これウチの新作。ほのぼの慕容ちゃん」
「ありがとうですの〜、けろりーなの新刊はこっちですの」
 よろず区画にさぁくるを構えたケロリーナ(ib2037)は、初めての熱気におめめをウルウルさせつつ、からくりのコレットと共に『若い頃の大伴×姫君×若い頃の藤原』なる絵巻や大きなかえるさん人形を売っていた。
 初めて作った本とは思えぬマニアな分野選びである。

 皆、準備に忙しい。
 なにしろ一般入場者より早くに本の購入にいけるのだ。
 例えば、さぁくる『ヒスイノニワ』では、既に旅立った主の代わりに上級人妖ウィナフレッドが店番していた。商品の「想いを伝えるレターセット」には愛らしい相棒が隅に描かれた品から、毎月の花と花言葉を飾った品まで種類豊富。目玉は十部限定の飛び出す絵本『ウィナの箱庭』だ。
「一般入場のカウント始まったわね」
 音羽 翡翠(ia0227)は毎度ながら礼野 真夢紀(ia1144)のさぁくる『瑞穂の国の人だもの』で午前中は売り子……の予定だったのだが。
「もういかなきゃ。お願い翡翠! 絶対しらさぎを一人にしないでっ!」
 小声なのに凄い剣幕の礼野を見て、音羽は天井を仰ぎ、納得した。
「ああ、木像のことなら聞いてるわよ。見といてあげるから、行って来たら?」
 机の上に並べた、さつまいも料理特集を組んだ新刊『開拓メシ』と創作系薔薇本を持って旅立つ。

 一方、八十神 蔵人(ia1422)は一般人の相棒さぁくるで秘密の商売をしていた。
「お嬢さん。これで契約は成立や。雪華をバンバンつこうてくれ。メイドでも猫でも何でも着せてええで。あ、この売り上げは恵まれない子供達への寄付金になります」
「ふぁふぁふぁふぁうふぁうえふか! ふぉふぉひほーうぉふぁふぁいほーへん!?」
(通訳「だからなんなんですか!? その微妙な社会貢献!?」)
「それじゃ雪華。期間延長したから頑張っといで」
「う、うはひひほほおおお!」
(通訳「う、うらぎりものおおお」)
 縛られた上級人妖雪華は問答無用でレンタルされた。時に里同士で争うと言われる人妖へのあらざる扱いに、雪華は……泣いた。

 今回初めて相棒区画に合同さぁくる『藍柱石』を出したのが、リーディア(ia9818)と明王院 千覚(ib0351)だった。
 看板わんこは忍犬ぽち。
 販売するのは、もふ毛で編んだ冬に嬉しいマフラーや根付。数量限定の手縫いのもふもふ芝わんこ縫いぐるみ。極めつけは料理好きな二人が纏めた、石鏡の郷土料理を絵付きで特集した多国籍料理レシピ本だ。煽り文句は『天儀の台所でも、ジルベリア料理は作れる!』……初心者から玄人まで納得の内容が満載である。
「お隣さんですね、今日は宜しくお願いします!」
「よろしくお願いするわ」
 猫又霰と迅鷹ナジェムを客寄せ看板代わりにした音野寄は、猫の目を模した髪飾りやもふらの顔つき手袋などの日用品に加えて、猫又のほのぼの日常を描く絵巻も用意した。
「ねーサクー、このマフラー中々アタシに似合うじゃない?」
「ええ、可愛いわよ」
 しかし皆が準備万端ではない。
 相棒区画の中に、縫い物に勤しむ黒曜 焔(ib9754)のさぁくるがあった。
 桜餅風の春衣装は居眠り中のもふらのおまんじゅうちゃんに着せる特別仕様作品だ。
「あと少し」
「こくよーさん、只今やー」
 まるごとすごいもふらを着込んだフタバ(ib9419)が更衣室から戻ってきた。
「動きにくいけどあったかいで。このもっふもっふの外見で、もふら好きな人の心をガッチリや! 勿論ゆきちゃんもお姫様、よぉにあってるで!」
「ゆきもうれしいもふー」
 紗を贅沢に使った装束のもふらと戯れるフタバを眺め、ほんわか夢心地の黒曜は遠い日の思い出に浸った。もふらさまの衣装を作り始めて早一年。簡単な飾りから始めた趣味は、今や複雑な仮装装束を生み出すまでに上達した。
「思えば……私のもふらさま萌えは、開拓ケット会場へ向かうもふらさまの大行列のもふもふお尻にホイホイされたのが切欠であったな」
「そうやったっけ? なんだかんだで面白い催しやしねぇ」
「うん。そろそろ一般入場かな」
 入場前のさぁくるだけで行うカウントが楽しい。


 事務局の腕章をつけた九竜・鋼介(ia2192)は、入場口に会場案内図の山を運んできた。
「おお、来た。主殿、早々にすまんが用事があるので代わってもらえぬか」
 人妖瑠璃の懇願に「元々仕事の契約は俺だけだし、構わないが」と行って交代する。
 人妖瑠璃は一般入場開始前の会場に消えた。
「只今より入場を開始します」
 入場口では白葵(ic0085)が入場券を回収する。
「はいはいー、おーはーし! おさん、はしらん、しずかにーやで!」
 入場料金を支払った者たちに、館内の案内図を渡すのは、旗袍蝶乱と獣耳カチャーシャで泰国の猫族に扮した、胡蝶(ia1199)である。九竜が胡蝶をじっと見た。
「それ、自前か?」
「そーよ。お任せで古僵屍の衣装とか持ってこられたら困るでしょう。だから、まあその……仕方なくよ。そんな事より、さばいて。先は長いわ」
 行列の果てが見えない。
 ちなみに最後尾の誘導役は朱華(ib1944)だ。
「最後尾はこっちで。押さないで。入場まで最短1時間、遅いと2時間だ」
「はぁい朱華さまぁ!」
 随分前に有名開拓者の仲間入りを果たしつつも開拓ケット業界とは縁遠かった朱華は、何故『様』で呼ばれるのか理解していなかった。首をかしげて仕事に勤しむ。


 一般入場開始と共に鈴梅雛は相棒が徹夜で確保していた第一列へ走った。
 有名開拓者の為、普段は変装して入場だが、徹夜仕事の今回ばかりは伊達眼鏡のみだ。
 朽黄(iz0188)は流韻(iz0258)を連れて会場内を歩き出す。
「うわぁ、ほんとにいっぱいの人なんだよ。は! 流韻くん、はぐれちゃ駄目! こっちなんだよ。すいません、更衣室に連れてって欲しいんだよ」
 衣装を持った開拓者のアルネイス(ia6104)に話しかけた。
 あっという間に、更衣室は寿司詰めだ。
 鹿角結の仮装をした天河 ふしぎ(ia1037)は、初参加のリズレット(ic0804)を連れていた。
「わぁ、とても大きな催しなのですね、ふしぎ様。皆様すごく活き活きとしているような」
「少し恐ろしい場所でもあるけど、今回はお宝も出るらしいし。時間まで空賊の本を見に行こう、おいでリズ。人も多いし、はぐれないように手を繋ごう」
 ぎゅっと華奢な手を握って人混みの中へ消えていく。
「ふぅ相変わらずすごい人ですわ」
 疲れた顔で入場したセレネー・アルジェント(ib7040)には大きな野望があった。
「魔の森に持っていけるお気に入りの一冊発掘を目指して! いきますわ!」
 彼女は魔の森内部の研究所における何もない日々に潤いと彩りを与えてくれる一冊を探しに来ていた。

 入場が始まれば警備も忙しくなる。
 仕事が延長になったウルシュテッド(ib5445)は、なだれ込む客を見て早くも引き気味だ。一方のジルベール(ia9952)は呑気に机の間を歩いていく。
「星頼ってこういう道も向いてるんちゃうかなあ。器用やし知識欲も旺盛やし」
 しかし。
 生成姫の仮装麗人や『ナマナリたんは俺の嫁』と叫ぶ者が目に入る。
「いやごめん、テッド。今の無し」
「ああ、俺の使命を今再確認した。星頼が道を誤らぬように頑張ろう」
 真面目に警備仕事をする者もいれば。
 全く仕事をする気のない者達もいた。
「今日こそやらしい本を描かせるのを止めるんだからっ! あんたも来いっ、ラグナ!」
「私とて貴様のような貧乳娘とうんぬん等と迷惑な話だからな! 是正してやる!」
 警備のはずのエルレーン(ib7455)とラグナ・グラウシード(ib8459)が大喧嘩しながら人の波の果てに消える。数分後に待っているのは、成人向けを熟読するグラウシードのぶん殴り大会だ。結果が見えているのに懲りないなぁ、と周囲は生温い眼差しで見送った。

 ところで更衣室から現れたアルネイスは、まるごとジライヤに身を包み、相棒区画に向かう。狙うはムロンのようなジライヤを扱う商品の数々。
「屋外会場では、画家さん達が神業の速さで絵を仕上げるとか……後でいってみましょう〜。ふふーん」
 目立つカエルが道を行く。
 合同さぁくる『藍柱石』は料理本の需要に大忙しだ。
「はい、お買い上げありがとうございます! これぞ石鏡の郷土料理! 花嫁修業にもぴったりな一冊です」
 きりり、と明王院が売り込む横でリーディアも「です!」ときりり顔をしていた。
 去りゆく客の背中を眺め、気づけば残り部数が少ない事に。
「あら。あと少し。千覚さん……なんだかドキドキですね。午後はお買いものします?」
「はい、ほんわか暖かな作品に出会えると良いですね。もふもふとか」
「実は優先して欲しいものは買い出しを頼んでしまいました。ここは、あらゆるもふグッズが揃う聖地ですね!」
 そこへ黄薔薇のマリィはじめお馴染み作家をめぐって戻って来た礼野が現れた。
「千覚さん一冊下さいな」

 その頃、買い物を命じられたからくりアクアマリンは穂高桐のさぁくるを訪ねていた。
 からくりの穂高桐が一風変わった小型木像を販売している。
 旦那のゼロを尻に敷くリーディア像とか、助祭にどつかれるエルディンなど、見る者をほんわかさせる。
「これは奥様と旦那様の……かわいいです。ください」
「毎度。ふふ、あたしが好ましく感じるから彫ってるのさ。数は作れないけれど……」
 買ってもらえる喜びには代え難い。

 挨拶と買い物を済ませた礼野が戻ると、留守番だった音羽も相棒擬人化を扱う区画……と、礼野としらさぎの成人向け区画へ旅立つ。
「主従もの多いのよね〜、あら」
 お向かいで擬人化ありの『相棒×主人』絵巻を売っていたのは、からくりの桜花だ。
 毎日コツコツ人にウケる内容を研究し、絵を描き、木版を彫り、丁寧に刷り上げた。
 ついでに最近流行りの『偽春華王×春華王』も置いている。せっせと売り込む桜花に対して、袋詰めをしている宮坂は『本人にバレたら打ち首だ!』と青くなっていた。

 隣の忍犬すぺぇす通路を、変装した以心 伝助(ia9077)が歩いていた。
 狙うはイイ仕事っぷりを見せてくれる、頼もしき忍犬柴丸専用のおやつと首輪。そしてお留守番な炎龍こと焔用に、心に触れるお土産を何か。
「前も思いのほか良かったんすよねぇ。ほんと、和みネタが多い相棒すぺぇすは極楽っす……衆道趣味と邪悪な気配渦巻く開拓者すぺぇすとは天と地の差。あっしも……健全なら幾らでも協力するんすけど」
 ふと見た二つ隣の通路では、腐道の女帝ニノン・サジュマン(ia9578)が男色絵巻を手にしつつ「わしの好みなら昨晩徹夜で、れくちゃーしたじゃろ! 良さげな絵巻を片っ端から買って来るのじゃ! 時は金なりじゃ!」と相棒の花林糖に叫んでいた。
 ああした人種がいる限り、衆道が潰える訳がなかった。

 仕事熱心な開拓者は一大分野を築いている事が多い訳だが、エルディン・バウアー(ib0066)は『布教が認められた!』と信じて、自じゃんるを巡っていた。
 島と呼ばれる机の縦列を端から端まで買い漁る。
「この中に、きっと正しく理解してくれている真の信者がいるに違いありません!」
 その盲目な発想はともかく、砂漠の中で砂粒から砂金を探す行為に等しい。
 ちなみにバウアーがヴォルフのさぁくる前を通った時、にこやかで晴れやかな笑顔を向けつつ、アレな絵巻をシュッと隠した。
 恐るべき神業である。

 カタケ人気は開拓者や相棒、王族だけにとどまらない。
「いらっしゃいませですのー」
「ふお! これは若き日の大伴殿! 三部いただこう」
 サジュマンは興奮しつつ、読む用・保存用・布教用を購入する。
 爺ズを愛してやまない彼女の煩悩と雑食ぶりは健在である。一方のケロリーナは、天使のような笑顔で「ありがとうございましたですのー!」と包んだ商品を渡す。
「わ、おっきいかえるさん! くださーい」
 購入したカエル人形を抱えてアルネイスも去っていく。
「もう在庫が残り少ないとは……順調ですね、お嬢様」
「うん、コレットちゃん。お昼ご飯のあとは、絵をかくですの」
 充実した時間だ。

「重いのぅ」
 腐とノーマルの爺狩りをすませたサジュマンの戦背嚢が半分ほど絵巻で埋まっていた。まだ飛脚便での発送は早い、と判断した直後、新たに目覚めたじゃんるへ足を踏み入れる。
「腐腐腐……そう、きっとこういうはずじゃ。『あいつの遊びになど付き合っていられるか!』とな。しかしいつしか目は背中を追っていて……」
 脳裏にめくるめく展開する妄★想。
「押しが強く傾奇者の興志王が、地味な架茂王に強引に迫る……そんなゴシカモ絵巻はどこじゃー!」

 ところで開拓者ギルド受付嬢の北花 真魚(iz0211)は、鷹羽柊架の新刊をゲットしてニマニマしていた。両手にはすでに『茶トラにゃんこ総右側』関係の商品がごっそり。
「茶トラにゃんこが擬人化してイケメンに可愛がられる……なんておいしい! あ! そういえば皆さんに挨拶しておかないと」

 雪切・透夜(ib0135)は神威人区画のさぁくる『向日葵』にいた。各種神威人の日常ものが目立つ、からくりのヴァイスはジルベリアのメイド姿で、しぶしぶ売り子をしていた。
「いらっしゃ……あ」
「こんにちは、新刊一冊くださいな」
 普段は開拓者ギルド受付業に勤しむ北花も、かわいらしい神威人絵巻と聞いては買わずにはいられない。にゃんこの少女が春の野原で日向ぼっこ、夏は川遊びや水菓子に夢中な仕草、秋は紅葉と戯れ、冬はこたつに入ってごろりと安らぐ絵には心が和む。
「ありがとうございました」
「頑張ってくださいね」
 差し入れのたい焼きを置いて挨拶回りの旅に戻る北花を見送る。
 更に上級人妖の刻無が現れた。
「こんにちは、透夜さん。マスターに頼まれたので一部ください」
 上級人妖の刻無は、かわいいものを探しに来ていた。少し話し込んで買い物に戻る。

 そんな買い物に忙しい人妖を見つめる眼差し。
「いいなぁ」
 主人に体良く客寄せ人妖として労働に投げ込まれた(売られた)上級人妖の雪華は、拗ねながらも暇つぶしに自分の絵巻を熟読していた。貢ぎ物である。じっと見上げると、客がお菓子や絵巻を置いていく為、貰い方を覚えてしまった。
 時々、絵巻にマジ泣きする。
「う、う、……この世にこんな旦那様は存在しません。して欲しかったですが」
 その頃、雪華の主人は渡り廊下でうら若き乙女たち相手に、焼きそばを売っていた。

 相棒絵巻さぁくるを営む音野寄ところへ目の下に隈ができている鈴梅が現れた。
「えっと、新刊を三つずつと、後それも下さい」
 次は相棒ぬいぐるみの島買いを開始する。
「こんにちはー、新刊を一冊。それと一枚お願いしていいですか?」
 開拓者ギルド受付嬢が本職の北花がお気に入りの絵手帳と差し入れを持って現れた。
 音野寄は快く早描きを引き受ける。
「すぐに終わりますから。少しの間、サクでもお触りください」
「ちょ、サクー!」
 北花は猫又をもふもふしながら完成を待った。

 相棒区画の栄えある壁際。
 さぁくる『じんよーもえ』では、冬の煌きダイヤモンドダストを主題に、白と青の煌きを放つ人妖と羽妖精向けの繊細なドレスを売っていた。今回、露草(ia1350)が操る針や鋏は別な生き物のように動いたらしい。
「大事にきるね!」
 遠ざかる人妖刻無の背中を、泰国風ドレスの衣通姫が「ありがとー!」と見送る。
「お邪魔するでやんす。そっちの頑丈そうな龍用の首輪と防寒着をワンセットで」
 忍犬商品を腕に抱く以心が、浪費に嵌っていた。
 既に荷物は大量だ。
 近くのすぺぇすのフタバが声を張り上げる。
「いらっしゃ……あ、有名人さんや」
 以心を発見。
「人違いでやんす! ただの客です」
 黒曜のさぁくるに並ぶのは、もふらのおまんじゅうちゃんの日常を描いた絵巻だけでなく、もふらのつまみ食い防止という機能性を追求したもふら印お弁当箱や愛らしい衣装、更に他の相棒商品もあった。
 とくにワンコが。
「シャープななめし革……忍犬用……お、おいくらでやんすか?」
 以心、迷いなくガマ口財布を開く。
 続いてひょっこり現れたのはからくりに店番を任せたリーディアだった。
「あ、あの、もふもふグッズを一式……ください」
 照れ照れしながら買い物は迷いがない。
 更にもふらグッズに心惹かれた柚乃(ia0638)が買い物しようとした刹那、某金髪ジルベリア人に捕獲されて人の波に消えた。予約だの在庫だの叫び声だけ聞こえた。
 同時刻、提灯南瓜のクトゥルーはおこずかい持ってお菓子を買いあさっていた。

 客の襲来には波があり、手が空いた頃を見て露草達にアルジェントが手作りチョコパイを差し入れた直後、仮装した御樹青嵐(ia1669)が現れた。
「おやお揃いで」
「青嵐さんもお茶をどうぞ」
「ありがとうございます、露草さん。ありがたく頂きます」
 上品に食する御樹を一同が凝視する。露草が首をかしげた。
「青嵐さん、その格好は」
「別に好きで着ている訳ではありません。期待に応えてこそ開拓者の使命なのです。……まぁ、破壊し損ねた立体像対策は否定しません」
 聞いてもいない説明を繰り広げつつ、対策なのか悪化に拍車をかけているのかは不明だが、御樹は白いドレスにロングヴェールを被って、目立ちはするが一見誰かわからない仮装をしていた。
 アルジェントが賑やかな方向を見やる。
「ああ、今回。開拓者木像の競売があるそうですね、悩みません?」
 御樹達は共に著名人且つ木像が作られてしまった側な為、微妙な顔を返さざるを得ない。かと思いきや、露草は豪の者だった。
「需要の程は気になってはいるんですよねー、むしろいつきちゃんがいるならセットでお願いしたいところ」
 チョコパイにかじりつく上級人妖こと衣通姫を、きりりと見下ろす親バカがひとり。
「そういえば直羽さんは?」

「くしゅ、誰か噂したかな」
 弖志峰 直羽(ia1884)は事務局で怪我人相手に仕事をしていた。はねている黒髪は油で塗り固め、顔は厚化粧で特徴を消し、瓶底な伊達眼鏡で飾る徹底ぶりだ。
 他人を装う弖志峰を見て「邪魔しちゃ悪そう」と様子を伺っていたアルジェントは、人が消えた頃に「お仕事ご苦労様です」と慈母の笑みでお菓子を差し出した。
「ありがとうぅぅ! 今仕事中だから、後で美味しくいただくね」
 お菓子に感動した弖志峰を見て、アルジェントは『わんこに似てますわ』と思った。

 開拓ケットを知らない何 静花(ib9584)は、からくり雷花とともに開拓者やアヤカシの格好をしている人々に困惑していた。大行列をなしていて楽しそうだったので入場してみたものの、状況がよくつかめない。
「せめて誰か知り合いが……ん?」
 何の視界に入ったのは成人向けの本を熟読するグラウシードだった。
 背中に担がれたつぶらな瞳のうさみたんに気まずさを感じつつ、隣でわめきたてているエルレーンと目が合う。微妙な表情で挨拶した直後「い、いやあああ!」と悲鳴が響き、二人は視界から消えていた。

 ところで事務局仕事なのに憂鬱な顔をしている者がいた。
 先日、有名開拓者の仲間入りをして区画ができた羽流矢(ib0428)である。第三者の手で仕事を命じられたらしい。人気の開拓者の絡みを調べるのだと言って……自ら希望した『肌色満載の見本誌の確認』で心が折れていた。不憫に思って「手伝おうか」と助けようとした九竜達に「見るな見るなぁぁぁ」と泣き叫んでいる。
「そもそもなんだ、この捏造は! 大体あの人はこれ位の押しに応じる様な人じゃない……なぁ事務長、この本の山を処分していいか」
 返事はノー。
 会場内で如何なる本が扱われていたかを確認するには見本誌の保存が必要不可欠だ。
「くぅ、買い占めるには腹が立つほど高い……いや! これは! 仕事だ! というわけで、仕事らしい配置にして頂きたい」
 羽流矢、離脱を宣言。


 延長の警備仕事を頼まれた開拓者は、言わば客と絵師への餌である。
 警備のジークリンデ(ib0258)は、開拓者の中で指折りの術者であるが故に、男達の邪な視線の中に立たされて、明後日の方向を見ていた。休憩で優雅にお茶を飲もうとして、茶器がカタカタと音を立てる。何故このようなことに……、と冷静に考えようとしつつ現実逃避を試みる意識が、動揺の大きさを象徴する。
「い、依頼に貴賎はない、ええそう、依頼に貴賎はないのです、ないのです」
 まるで念仏のように、自分へ言い聞かせていた。ぞんざいに扱っても屍のように群れる人々は奇異に見えた。
 ウルシュテッドとジルベールも雛壇の上にいた。
 気前よくポージングするジルベールに対して、ウルシュテッドは「これも役者仕事だと思えば!」と、半ばヤケである。
「ウルシュテッド殿、右手は腰じゃ! もっと襟元ははだける!」
 不審な女は……サジュマンだった。
 小隊仲間の声に気づいたジルベールは「ニノンさん、輝いてるで」と呟く。
 相川・勝一(ia0675)は友人の背に隠れて子ウサギのようにブルブル震えていた。
「桔梗ォォォ! く、何か嫌な予感がして来てみれば、ごらんの有様ですよー!?」
 噂の人妖桔梗は「いやいや、今回も大漁じゃの」と買い物に専念しつつ、主人のもとへ「此奴らならあそこにおったぞ? 直ぐにゆくがよい」と客を誘導していた。
「後で説明を」
「勝一くん。あなたに警備へ誘われた僕は、もっと説明がほしいです」
 同じ警備の真亡・雫(ia0432)は凍りついた笑みを向けつつ『うーん、相変わらず凄い催しだ』と客観的に見ていた。心頭滅却すればなんとやらだが、遂に脱出を試みた。
「僕は透夜くんの所に顔を出さないといけないから!」
 逃亡する真亡に「ぎゃー! 捨てないで!」と叫ぶ相川。
 誤解加速。
「はわわ!? ちょ、だめ、違う、脱がさないでくださいー!?」
 言われるままに笑ったりポーズをとるセリ(ic0844)の巻き添えを食らった六条 雪巳(ia0179)は、不安げな顔でオロオロしつつ「私は救護所の事務員です! 仕事をさせてください! 怪我人が待ってるんです」と叫んでいた。
 お仕事の邪魔をしてはいけない。
 一方、救護所ではユウキ=アルセイフ(ib6332)が「六条さん、遅いなぁ」と首をかしげつつ、体調不良の人たちを看護していた。提灯南瓜のロードは受付でぬいぐるみのフリをしている。

 そんな犠牲者達を酒々井 統真(ia0893)は輝く眼差しで見守る。
 上級人妖の雪白が「楽しそうだね」と、山と積まれた差し入れのお菓子をかじった。
「雪白……俺は学習した。流されてるから巻き込まれるんだ。つまり自分から犠牲者以外の立場に飛び込めば問題ない! 見ろ、この赤き腕章を! 俺は仕事に忙しい事務員様だ! 差し入れは山で、握手を求められても、誘拐まではされないぜ!」
「なんか『下着じゃないから恥ずかしくないもん』みたいな言い分だね。あれはいいの?」
 人妖が指さしたのは、売約済の札が貼られた、褌一丁の酒々井木像だ。
「俺は何も見なかった、何も想像しなかった。ぶっ壊したり持ち去る訳にもいかねぇだろ」
 書類で顔を覆って落ち込む。
 絵巻に耐性をつけた身でも、再現度の高い木像はキツイ。
 唯一の救いは、妻の木像とワンセットで買われている為、購入主は男色等の如何わしい趣味というより純粋に憧れやインテリア用らしいという事実だった。
「あ、とーくん」
 口から心臓が飛び出るぐらいに驚いた酒々井の視線の先には、ひな壇で餌食になっている鹿角 結(ib3119)がいた。
 とーくん? とーくん!? 等と周囲がザワザワしている。
「……じゃなくて、統真! なんだか事情に明るそうなので、手伝ってくれますか? 警備と伺っていたのですが……警備の仕事じゃないというか、見ての通り、戦術の姿勢や変な姿勢を頼まれるのです。単語もよくわからなくて」
 数ヶ月前の俺がいる。
 昔日の思い出に浸る酒々井。鹿角の方は「ご関係は?」と客に聞かれて「弟分です!」と屈託のない笑顔で答えるので、新しいネタが提供されていた。
 人妖雪白は「行ってあげたら? もう少しで休憩だし」と言い放つ。
 五分後、酒々井は雛壇にいた。

 迅鷹を友人さぁくるに預けたジャミール・ライルは「あいついると突かれっからな」とぼやきつつ、ナンパし放題のフリーダムな時間に心が踊っていた。
「さぁて、まずは沢山の女の子を集めますかぁ」
 言うや否や、率先して雛壇に上がり、手頃な男性開拓者……六条を捕まえて見つめ合う。
「今だけは、俺だけを見てよ」
「「「「「きやあああああああああ!」」」」」
 女性絵師と女性観客が歓喜の叫び声をあげてガン見する。
 当の六条は「何をなさるのですか!」とぽかぽか胸板を叩いたが、ライルはひそひそと話しかけた。
「まぁまぁ少し我慢してよ。ここってメンズ同士で絡むと喜ばれるらしーんだよね。女の子がある程度集まったら、エスコートのフリして裏へ逃がしたげるからさ。おにーさん、柔らかい女の子の方が好きだし。絵のモデルだと思ってさ」
 三度目の参加にして状況を学習したライルは、したたかな作戦で女子の注目を集めると、寸劇をしながら六条たちを裏に下がらせ、自身は「お腹すいたなぁ。子猫ちゃん、特別なちゅーしてあげるから何か食べさせてよ」と、きゃあきゃあ騒ぐ女子を引き連れて飲食区画へ逃れた。
 水を得た魚の如き、華麗なる猛者だ。

 極寒の屋外で誘導を終えた朱華が会場へ戻ると、一般客に囲まれた。
 見かねた白葵が「か、堪忍。あのな、白達お仕事やねん!」と背後から朱華を抱き、事務局の机の奥に引きずっていく。
「大丈夫? ほら、男前が台無しやで!」
 朱華はすっかり怯えた目で客を見ていた。
「大アヤカシより怖い……というか。こっちでも警備じゃ、……なかったのか?」
「なんか微妙に違うみたいや。同じ延長組、殆どあそこにおるもん」
 隣に座った白葵が指さした先には、絵師が囲む雛壇がある。
「……え? は? え?」
「それはそうと朱華さん。有名人なん? なんや向こうの区画に沢山、絵巻物があったで。似たような格好してる人も沢山いたんよ。後ろ姿で間違うたくらい。事務局に見本誌っていうのが山ほどあって、これとか朱華さんが半裸の表紙で」
 ぺらっ、と白葵が紐解いた『朱華の放蕩な夜』絵巻は、露天風呂の湯けむりの中で前髪をかきあげる朱華が描かれていた。濡れて透ける浴衣と艶めいた眼差しに、朱華絶句。
 慌てて白葵の両目を、手で塞ぐ。
「ぎゃー! なんでもない! 見なくていいから! それ以上はいいから! わあああ!」
 滅多にない大声を上げて見本用の絵巻を没収した。

 しかし確保が許されている警備員と違い、事務員の腕章をつけた胡蝶達は忙しいので余り邪魔はされない。
「はいそこ、会場通路では写生禁止よ。絵師は雛壇か、野外会場に行きなさい」
 仕事の色が強く、精々、握手やお菓子の貢物ぐらいだ。
 勿論、迷子にも対応する。
「場所が分かんなくて」
「木像の競売参加は右手奥、泰国区画はふの列から突き当りまでよ」
「ありがとうございましたー!」
 競売に向かう背中を眺めながら「私、中堅で良かったわ本当に」としみじみ呟いた。

 一方、伊達眼鏡にスーツを纏い、心の底から満喫中の水鏡 絵梨乃(ia0191)の腕には知り合い開拓者の本が山ほどあった。どこかの鍛冶屋で武具を鍛える苦しみに比べれば、山ほど購入したところで全く財布は痛まない。
「あ、そうだー。木像の競売に顔出してみるかな。知り合いの木像とか、10万文くらいなら出してもいいしー、何があるかな」
 ちなみに天儀の一般町人の年収は7万8千文である。恐るべき散財基準だ。
 ひと目、限定の木像を見ようと大勢が集う。
 休憩時間に入ったアルセイフも競売を覗きに来ていた。
 競売の場所には天河とリズレットもいた。
 特別なお宝、と聞いて血が騒いだものの、幕の向こうから現れた露出の高い木像に目が点になる。
「あの、あれってふしぎ様では」
 リズレットが顔を赤らめつつ困惑気味に指差し、我に返った天河は「わわわわわ、し、知らなかったんだからな!」と取り繕う。
 早く脱出しなければ、と身を翻すと水鏡がいた。
「ふしぎも来たの? というかあれが欲しいの?」
「そ、そうじゃな……」
「まぁ、それもふしぎ様が題材の商品ですか?」
 リズレットが水鏡の持つ絵巻に興味を示した。
「そう、この手の内容は余り興味ないんだけど……知り合いが題材だから少し見てみようと思って。あげようか?」
「本当ですか!」
 しかし『発禁』とか『衆道』の表示を見た天河は、茹で蛸のように赤くなった。
「うわー! リズ見ちゃ駄目なんだぞっ!」
 天河はリズレットの手を掴み、全力で逃亡を開始する。
 水鏡は競売に戻り、連れ去られたリズレットは貰った絵巻をサッと手提げに片付けた。

 有名開拓者の木像競売では、改造巫女装束で爽やかな色香を漂わせるリィムナ・ピサレット(ib5201)と、白スーツ姿のフランヴェル・ギーベリ(ib5897)がいた。舞台上へ運搬する傍ら、幼女開拓者の木像を心おきなく視■するギーベリは、うっとりと夢心地の中にいる。
「リィムナの木像は特に凄い……これ服の下はどうなってるの? 秘密の花園までしっかり再現なのかな。水着や下着の別売り衣装まで! ああ競売に参加したい……財布忘れたのが悔やまれる!」 
「はいフランさん、商品に興奮しなーい」
 ずこっ、と入札に使う札で後頭部を突く。
「服の下の造形は、お兄ちゃん達が買ってのお楽しみなの」
 服の裾を翻したピサレットは、ひしめく『おっきいお友達』を前に、少女の木像の傍らに立って、声を張り上げた。
「さぁ、お次の入札いっくよー! 俺の嫁と一緒に入浴したいかー!」
 おおぉぉぉ、と謎の歓声があがる。
「刑罰は怖くないかー!」
 犯罪者か、と突っ込む一般人は不在である。
 あきらめて次の木像を準備するギーベリは『ボクの木像は誰が買うんだろう』と怪しいトキメキを抱いていた。相手が女性ならお姫様だっこのサービスもやぶさかではない。
「はぁ〜、大したもんさね。この木を削りだして鍋蓋にしたら凄くいいのが出来そうさぁ」
 えっ、とギーベリが振り返ると、艶やかに磨かれたお尻や腹周りなどの広い部分をべたべたとさわる不審者がいた。
「いったいどこから」
「ちょっとフランさん。早く次の像を運んで……あ!」
「お〜、久しぶりさぁ」
 ピサレットにひらひら手を振ったのは、知人の新海 明朝(iz0083)だった。

 ところで会場内には、木像化される有名人が大勢居合わせていた。
 通りすがりのセベクネフェル衣装を強制的に着せられた柚乃は全力で競売から立ち去ろう……として何かに衝突した。
「きゃあ」
「すまない大丈夫か」
 この声は……、と柚乃が見上げた先には、アヴァンギャルドなもふらの着ぐるみと陣羽織に身を包む星見 隼人(iz0294)だった。紳士に手を差し出したまま、固まる星見。
「う、わ、笑いたければ笑え。俺だって好きでこんな格好してる訳じゃないんだぁぁぁ!」
 顔を覆って逃げ出す星見は、事務局の胡蝶に「会場内は走らないでー」と叱られていたが、直後に鈴梅に衝突する。助け起こした星見隼人は首をかしげた。
「からくりの瑠璃は一緒じゃないのか?」
 鈴梅の肩が震える。
「……瑠璃さんは、お小遣いを握りしめてどこかに行きました」
「へぇ、どのじゃんる?」
 すると鈴梅は天井を見上げた。
「入場して即、ひいな関係のすぺぇすに行ったのは気のせいです。むこうの木像の競りに見える後ろ姿も気のせいなんです」
 居た堪れない空気を感じた星見は「……なんか、ごめんな」と謝った。
 この後、星見はからくり桜花のさぁくるも発見したが、本の売り子をさせられている宮坂は「俺の趣味じゃない!」と叫んで否定した。

「ふふ、薪にしといて良かった」
 輝かしい笑顔で競売から目を背けたフェンリエッタ(ib0018)は、自さぁくるに戻って相棒に昼食を渡すと、自分は買い込んできた絵巻を取り出した。
「お好み焼きのたい焼き風って食べやすいね。それなに?」
「ん、ジルウルですって。叔父様達の親密さはちょっと特別な感じだから、ネタにはうってつけみたい」
 面白半分に島買いしたフェンリエッタは、冒頭の退廃的な絵に、ボッと顔を赤らめた。

 そして礼野が『特別! 開拓術ショー!』を装って自分の木像を木っ端微塵にしていた頃、さぁくる留守番の音羽は、七輪で焼いてきた芋餅と味噌おにぎりをぱくぱく食べていた。


 仮装麗人が集う屋外の場所は、警備の戸隠が巡回中だ。自分の仮装をしている人物たちが気になって仕方ない。時々絵師の求めに応じて集団姿絵にも参加していた。
 朽黄と服を交換した流韻は「もうやだ」と連呼しながら、帽子を持って震えている。
「寒いよ! 皆なんで平気なの!」
 牡丹雪舞い散る極寒の中で、上級アヤカシ刹血華衣装の八条 高菜(ib7059)が大騒ぎしていた。シノビの夜春術を乱発しまくる八条の周囲には、男性の仮装麗人や男性の絵師が何人も……おみ足に踏まれていた。
「初めましてね、私の可愛い玩具達。今日は私を……楽しませて頂戴? そこの玩具、気に入ったわ、お前、連れて帰って遊んであげようかしら……壊れるまで」
 男の群れに囲まれた仮装麗人は他にもいる。
 泰国の貴婦人よろしく、スリットが大胆に入った衣を着たマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、泰拳士の真似事をさせられていた。
「マルカ姫、足を! お足をもっとまっすぐ! 天を貫く一撃のように!」
 姫呼びに照れながら要望に応えていたアルフォレスタは、大変な過ちに気付いた。
 死角から注がれる熱い視線。
 よく考えたら下着が丸見えだった。
「ふ、ふふふ、ほほほ、宜しければ実践して差し上げますわよ! ふん!」
 下心を隠す気がない連中の鳩尾に、お仕置きの一撃を叩き込む。しかしハイヒールで踏まれても喜ぶ連中もいる事に気づいたアルフォレスタは「頭痛がしますわ」と言い残して休憩に入った。

 同時刻、委託の取締をしていた羽流矢が、盗品と盗人を抱えて事務局に戻って来た。
「新しい、お客さんだ。後を頼む」
「分かった。引き継ごう」
 これだけ金が行き交う会場内では、置き引きや窃盗も少なからずあり、捕まえた者を九竜が縛り上げていた頃、人妖瑠璃は売り子を引き受けた『駄洒落サムライ』から、報酬の最新刊『となりのクリュウくん』をもらっていた。現物支給である。

 昼を過ぎ、午後になると人も少なくなってくる。
 音野寄は暇そうなジャミールに客引きと店番を頼んだ。
「ジャミールさんは、見目はいいから大丈夫よ」
「褒めてんの? って、ちょ、ナジュ……仕事してたんだって! ナンパじゃないから突っつかないで! いででで」
「じゃ、お願いね」
 和紙の看板に『休憩中』と記した音野寄は、意気揚々と買い物に出かけた。

 セリと六条は「休憩入りまーす」と事務局に一声投げて、落ち着きを取り戻した午後の館内を歩き始めた。
「大丈夫、雪巳。火ノ佳は私が守るから!」
「え、あ、はい」
 まずはヴォルフのところへ様子を見に行った。
「それにしても自分の仮装を眺めるのも悪くないなぁ……あ、お疲れさーん」
「おつかれさまー、これなぁに」
「ひい! みてはだめです!」
 ヴォルフのさぁくるで売られている、過激な六条の絵巻を目にして、真っ赤になった六条が顔をそらす。慌てて立ち去った。更にリーディアのさぁくるに顔を出したり、挨拶回りだけでも忙しい。
「何か買い物して戻りますか」
「ねっねっ、これは!? これは!?」
 セリが六条の裾をぐいぐい引っ張る。
 さぁくる『じんよーもえ』等で人妖火ノ佳のドレスを見繕う瞬間は穏やかだ。
「おぉ、青も良いが、ふっりふりの白黒ドレスじゃな! 試着は可能か?」
 店員の露草が人妖と羽妖精向けに用意した小さな試着室を示し「もちろんですよー」と手招きする。着替えを待つ間、六条は「火ノ佳は普段和装ですからね」としみじみ呟いた。
「ばばーん! どうじゃ? どうじゃ? わらわは何でも似合うて困るのぅ」
 くるーりとヒラヒラドレスで踊る人妖に、セリは首を縦に振りつつ「すっごく! かわいい!」と拍手していた。
 ふいに六条が、人妖とセリにお揃いの髪飾りを付ける。
 セリの顔がボッと赤くなった。
「に……にあう、かな?」
「ええ、よくお似合いですよ。こちらの髪飾りも合わせて頂きましょう。お願いします」

 一方、アルネイスは成人向け区画に迷い込んでいた。
「な、なんですかここ、肌色の本が多すぎませんか?! あれは■■さんに見えますし、こっちは■■■■さんが■■な事に……こんな本もあるんですねぇ。おや」
「ひさしぶりー」
 手をひらひらさせた水鏡が現れた。
「奇遇ですね、何か買ったんですか?」
「あ、アルネの本も買ったんだー。競売は負けちゃったけど、はい」
 アルネイスのケロケロな午後、という題名のやけに肌色な冊子だった。
「い、嫌あぁぁぁあ!」
 真っ赤になったアルネイスは、即効で水鏡に返却した。

 ずっと歩き続けると足腰に来る。
 壁際では、絵巻を試し読みして内容に対する衝撃のあまり、白目を向いているバウアーがいた。
「お、おお神よ。私の布教の仕方が間違っていたのでしょうか……」
 その近くでは休憩中の八条が「あー…疲れましたねー、あんな感じでよかったんでしょうか」と首をひねりながら火鉢で暖をとっていた。
 休憩に入った弖志峰は、白いドレスの貴婦人(注意:御樹)に妖しい餌付けをされていて、通りすがりの北花はうっとりと二人を観察していた。
 壁際への逃亡者はさらに増える。
 客の前から逃亡したジルベールとウルシュテッドがいた。
「やー、すごかったなぁ。テッド、気分転換になったか?」
「あー…うん、楽しかった……かな。お前のポーズを見てるのが特に」
「二人とも修行がたりんのう」
 にょ、と唐突に現れたサジュマンが、ジルウル絵巻を掲げて『フゥーやれやれだぜ』とでも言いたげな仕草をする。
「男児たるもの、上半身裸でこのくらい密着せねば客は萌えぬぞ」
「それが初対面に言うセリフか。俺には子供が居るんだ、妙な噂が立ったらどうしてくれる。ただでさえ独り身がいいネタにされてるってのに……責任取って、嫁に来るかい?」
 ウルシュテッドは吐息がわかるほど近くで囁いてみるが、色香に頬すら染めない。
「そうじゃのう」
 不動のサジュマンは「同人絵巻で屋敷一軒埋めても良いなら嫁に行っても良いぞ」と宣った。一方のジルベールはサジュマンが持ってきた絵巻を読みながら「ジル×ウル……庶民攻の貴族受? うんうん、やっぱ俺が上やんなぁ」と頷く。



 夕暮れとともに、主催者が閉幕の声を張り上げる。


 本日も開拓ケットは満員御礼。
 おうちに帰るまでが開拓ケット(カタケット)!

 皆さん元気に一月をお過ごしください。

 冬を超え、雪が溶け。
 情熱が萌える春に、またお会いしましょう――と。