開拓ケット〜春の陣ノ夢小径
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 50人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/08 22:24



■オープニング本文

 桜舞う神楽の都。
 街の大通りには、恒例となったもふら様の隊列が歩いていた。
 寒さにもめげず、もふら様が荷車を引いている。
 ぽかぽか陽気なのに道草をしない、もふら様が荷車を引いている。
 覆われた幕で、何が積まれているかは分からない。
 もっふ、もっふ、と懸命に荷を運ぶもふら様たちは、一つの建物に吸い込まれていく。
 搬入口、と書かれた裏口だ。
 そして建物の正面入口には、淡色の衣をまとった幅広い年代の男女が列を成していた。
 頭の禿げた素敵なオジサマが、人々に向かって大声を張り上げる。
「これより、サークル参加者様の入場を開始いたします。皆様、お足元にお気を付けて、ゆっくりとご入場ください。尚、一般参加者様の入場開始予定時刻は、一時間後となっております」
 誘導係員たちが掲げる看板には、

『カタケット〜春の陣ノ夢小径〜』

 という謎めいた文字が記されていた。
 今回は『冥越や武僧、遭都らぶが熱い』ともっぱらの噂である。

 + + +

 アヤカシと開拓者。
 神楽の都では見慣れた存在も、世界的な人口と比較すれば対した数とは言えず、世間一般の人々にとっては、アヤカシ被害に差し迫らない限りは、あまり縁のない人物たちと言える。
 とはいえ。
 世の中には奇特な事を考える人種が存在するもので、開拓者ギルドで公開されている報告書を娯楽として閲覧し、世界各地を飛び回る名だたる開拓者や見たこともないアヤカシに対して、妄想の限りを尽くす若者たちが近年、大勢現れた。

 開拓者ギルドに登録する開拓者の数。
 およそ2万人。
 神楽の都が総人口100万人と言われる事を考えると、僅か2パーセントに過ぎず、世界各国で活躍する活動的な開拓者に条件を絞れば、その数は更に減少する。
 開拓者とは、アヤカシから人々を救う存在である。
 そして腕の立つ開拓者は重宝される。
 英雄たちの名は人から人へと伝えられ、妄想癖のある人々の関心を集める結果になった。

 彼らはお気に入りの開拓者を選んでは、一方的に歪んだ情熱を滾らせ、同性であろうと異性であろうと無関係に恋模様を捏造し、物語或いは姿絵を描き、春画も裸足で逃げ出すような代物をこの世に誕生させた。
 人はそれを『萌え』と呼ぶ。
 さらには相棒と呼ばれる動物や機械を擬人化してみたり、人類の宿敵でああるはずのアヤカシとの切ない恋や絶望一色の話を作ったりと、本人たちが知らない或いは黙認していることをいい事にやりたい放題である。

 その妄想に歯止めなど、ない。

 妄想は妄想を呼び、彼らに魂の友を見いださせ、分野と呼ばれる物が確立される頃になると「伴侶なんていらない、萌本さえあればいい」そう言わしめるほどの魔性を放っていた。
 やがて生活用品や雑貨の取り扱いを開始し、有名開拓者の仮装をして変身願望を満たす仮装麗人(コスプレ◎ヤー)なども現れ、僅か数年で一大市場を確立するに至る。
 業界人にとって、開拓者や相棒は、いわば憧れと尊敬の的。秘匿されるべき性癖のはけ口といえよう。

 四季の訪れと共に行われる自由市は『開拓業自費出版絵巻本販売所(絵巻マーケット)』と呼ばれ、業界人からは親しみを込めて『開拓ケット』(カタケット)と呼ばれた。
 年々増加する入場者の対応を、薄給で雇われる開拓者たちが客寄せがてら世話する光景も、珍しいものではなくなってきていた。

 + + +

「萌ゆる春じゃー!」
「星の数の芽吹く若葉! 生い茂る萌え絵巻!」
「そして我々は官能の森に咲き誇る一輪のバラ! 他人の目など知ったことかー!」
「限定の寝乱れ絵付きの敷布団! 寝ても覚めても◎◎様と一緒!」
「◎◎様と婚姻証明書(偽造印付き)! 正にケッコンカッコカリ!」
「これよりさぁくる狩りに突入す!」
 
 そんな訳で。
 外の騒ぎを知ってか知らずか、アナタはカタケットの会場にいた。
 大きな催しがある為、会場設営という簡単なお仕事に駆り出されたのだ。
 中には行列で凍死寸前の一般人を救うために駆り出された者もいたらしい。
 夜明け前に会場へ集い、仕事を終えた。
 それはいい。
 しかし仕事が終わった後、開拓者達は其々の戦場へと向かっていく。

 戦う相手は、アヤカシではない。

 ある者は、夜明け前から路上に泊まり込んで並んでいる一般人に混じって、入場者列に並んだ。
 ある者は、急いでもふら様のいる搬入口へ走り、売り物の数々を取りに行った。
 ある者は、急いで手荷物預かり所へ走り、衣装を受け取る。
 そして事情を知らない不運な者は、別の仕事を申し込まれ、気がついたら赤絨毯の雛壇にいた。

 そう、ここはカタケット住民の聖地。
 開拓者たちを愛し、相棒を愛してやまない、情熱に満ちた人々の夢の国。
 世の中ではアヤカシは脅威として知られている。
 しかし此処は開拓者本拠地。
 神楽の都は他国に比べて、安全は保証済みと言っても過言ではない。
 しからば萌えずにはいられない。

 会場の渡り廊下では、出張してきた飲食店が立ち並び、身もココロも満たす用意は万全。
 お昼になれば、お決まりのテーマソングを歌う吟遊詩人たちが現れる。
 入場者全員で起立し手拍子を行う、あの一体感が再来する!


「皆様。大変長らくお待たせいたしました。
 只今より『開拓ケット〜春の陣ノ夢小径〜』を開催致します!

 今回はケッコンカッコカリを味わう、ヴァージンロードが会場のど真ん中を横断しております!
 長い赤絨毯の両脇には、純白のブーケとリボンを柵に彩る本格仕様!
 神聖な通路です!
 お客様は決してお踏みになりませんよう!
 通路を歩くのは、花嫁衣装あるいは花婿衣装に身を包んだ、憧れの開拓者ァァァ!
 萌の燃料に、ケッコンカッコカリの妄想に、そして魂を癒すべく!
 どうぞ舐めるようにご鑑賞ください!

 また屋外会場は、開拓者様のご厚意により、相棒祭を実施しております!
 普段は報告書でしか目にできない相棒たちとの交流をどうぞ!

 えー。
 今回は、冥越・武僧・遭都王道すぺぇすが拡大しております。
 尚、お昼すぎより今回注目の競売。
 等身大木像の限定モデル〜六月のウエディング〜先行販売が行われる予定です!」

 ついに有名人は一本の丸太から、寸分違わぬ複製彫刻を作り出される時代へ突入した。
 もはや彼氏や彼女なんていらない。

「俺の嫁は目の前にいる!」

 とか言い出す客も大量に現れていた。

 天儀の少子化問題は根深い。


■参加者一覧
/ 鈴梅雛(ia0116) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 音羽 翡翠(ia0227) / 柚乃(ia0638) / 相川・勝一(ia0675) / 葛切 カズラ(ia0725) / 酒々井 統真(ia0893) / 伊崎 紫音(ia1138) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 八十神 蔵人(ia1422) / 御樹青嵐(ia1669) / 九竜・鋼介(ia2192) / 水月(ia2566) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ニノン(ia9578) / リーディア(ia9818) / サーシャ(ia9980) / エルディン・バウアー(ib0066) / ラシュディア(ib0112) / 雪切・透夜(ib0135) / ヘスティア・V・D(ib0161) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / 明王院 千覚(ib0351) / ワイズ・ナルター(ib0991) / 朱華(ib1944) / 蒔司(ib3233) / レジーナ・シュタイネル(ib3707) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / ウルシュテッド(ib5445) / 緋那岐(ib5664) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / セレネー・アルジェント(ib7040) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / フタバ(ib9419) / 乾 炉火(ib9579) / 黒曜 焔(ib9754) / 戸隠 菫(ib9794) / 音野寄 朔(ib9892) / 宮坂義乃(ib9942) / 白葵(ic0085) / ジャミール・ライル(ic0451) / セリ(ic0844) / 綺月 緋影(ic1073) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

 女ならば誰しも一度は憧れを抱く花嫁姿。
 純白のドレスを渡されたワイズ・ナルター(ib0991)は、大鏡の前で上機嫌だった。マルカ・アルフォレスタ(ib4596)も花嫁衣裳を手に「照れてしまいますわ」と頬を染める。
 しかし控え室の大半が騙された犠牲者だ。
「……おなかすいたの〜」
 机に突っ伏す水月(ia2566)が、くきゅー、とお腹を鳴らす。
 上級人妖コトハがオロオロしながら水月の隣を浮遊している。
 祭があると聞いた。屋台も沢山ある、と。
 魅惑的な食べ物を想像していたのに、この重く苦しい花嫁衣裳は酷い。
「結局こうなるわけね……初めて着るウエディングドレスが、こんな場所でとか」
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)はドレスを眺めて虚しさを感じていた。純情な娘を庇った事に後悔はないが、自分が餌食である。
「我ながら、自分の迂闊さに頭が痛くなるわ……」
 白無垢姿の胡蝶(ia1199)は、髪を文金高島田に結い上げられ、綿帽子を被っていた。花嫁衣裳は見とれる程に素晴らしい。素晴らしいが……腑に落ちない。
 一方、主人に騙された相棒もいる。
 天妖雪華は石鏡で激しい戦の末、神楽の都へ帰ってきたはずだった。
「ちょい、仕事についてきてや」
 休みたい気持ちをこらえて、主人に同伴したら……八十神 蔵人(ia1422)に「頑張れ」と置き去りにされた。
『せ、世界規模で数少ない天妖が……またしても』
 こんな扱いが許されていいのか。
 いいや、ない。
 理想の主人を欲した昔の記憶が、走馬灯が如く駆け巡る。
「みんなしっかりして! ここで戦わなくてどうするの!」
 花嫁衣裳に身を包んだ戸隠 菫(ib9794)が叫ぶ。
 ふいに女性係員が現れた。
「皆様、お着替えと準備は整いましたか」
 凄絶な笑顔の戸隠が係員を捕獲する。ひらひらと手を差し出した。
「魂胆は読めてるわよ、毎回同じ手よね。魂胆を言いふらされるのと上乗せ、どちらか選びなよ」
 正当要求か、カツアゲか。判断が怪しい。
 柚乃(ia0638)に至っては『運営に騙された』のではなく『相棒に売られた』が正しい。提灯南瓜クトゥルーはご機嫌で、最初は非難した柚乃も覚悟を決めた。
「まぁ、着るだけなら、歩くだけなら……なにこれ」
 台本を見て笑みが凍った。


 一方、騙された男性陣は混沌の底にいた。
「え、モデル? おっけー、任せて」
「追加の仕事はモデルかぁ。衣装を着て立ってりゃいいんだろ? 楽勝!」
「モデルですか。ふふふ、私に頼むとは……眼の付け所が違いますね。華麗に着こなして颯爽と歩いて見せましょう」
 ジャミール・ライル(ic0451)や綺月 緋影(ic1073)、エルディン・バウアー(ib0066)などの男達は、多額の報酬を疑いもしなかったが……手渡された衣装に困り果てた。
「婚礼衣装……おにーさんまだ結婚する気ないんだけどな。でもまァ、頼まれたら仕方ないよねー。よくアル=カマルの花婿衣装なんて取り寄せたよね。よ、……重ッ」
 ライルが面倒な装飾品を持って垂れ幕の個室に消える。
 しかし彼はマシな方だ。
「え、お仕事だからこれを着なきゃダメ?」
 伊崎 紫音(ia1138)は、大勢の絵師が集う祭典へ胸を高鳴らせてきた。モデルも快諾した。それはいい。しかし何故、女物なのか。
 伊崎の手元には白無垢があった。
「女性用じゃないんですか……え、これしかない?」
 戸惑いは波紋のように広がっていく。
 バウアーは律儀に現実逃避を開始した。
「あれ、ウェディングドレス? 衣装さん、礼服の包を間違えてませんか。え、ジャストサイズ? どういうことですか、私、男ですよ!」
 同じくウェディングドレスを与えられた綺月は、係員に食ってかかった。
「何だよこれ。花嫁衣裳じゃねえか! こんなもの着て誰が喜ぶんだよ!
 ……ハァ?!
 受けって何だそれ。この格好でポーズとか無理だし、意味わかんねぇし! 蒔司、なんとか言ってやれよ!」
 同じ仕事を受けたはずの蒔司(ib3233)の手には花婿衣装が渡っていた。
『衣裳合わせ程度なら、と引き受けたもんの。……こりゃあ、ただならぬ雰囲気じゃのう……正に、肉食獣の只中に放り出されたような心地じゃ』
「蒔司、衣装を交換しないか。俺達なら身長は殆ど変わらない」
「本気で言うちょるんか。体格が全く違うし、わしがそげな細い服きたら、色々ハミ出すじゃろ。借り物を破くわけにはいかんぜよ」
 花嫁衣装を着て力を込めた瞬間、バリッと破ける筋骨隆々な蒔司を想像した。
 冗談だって、と言いつつ綺月の笑顔は凍ったまま。
 漫才の間に逃げ場は絶たれる。
「メイク!? それ口紅ですよね。――需要? なんですかそれは!」
 カソックを剥かれたバウアーは化粧箱を持った係員に追い詰められていたし、逃亡を図ろうとした相川・勝一(ia0675)は数人がかりで押さえ込まれ、ドレス姿にされていく。
「これって、ちょ、えぇぇー!? また騙され……は、桔梗はどこですかって、いないし――ッ!」
 阿鼻叫喚の室内に、更に放り込まれる生贄――事務局仕事を手伝っていたはずの朱華(ib1944)は花婿の礼装を押し付けられ、取り残された。
「え? ちょ、待っ……俺は事務……」
 追い縋る背中に「お仲間ハッケーン」と声を発したのは異国の花婿。
「早く着替えたほうがいいよー? おにーさん達みたいに、フツーの格好は少ないから」
 怪訝な顔の朱華が室内を見渡す。花婿衣装を狙う野獣の群れは「フツーの格好」「同じ体格」「私なら着れる」「少し裾を上げれば」と念仏が如く唱えている。
 青ざめた朱華は渋々、しかし急いで着替えだした。
 奪われる前に着なければならない。


 整然と並ぶ競売の木像を眺めた青い衣装のリーディア(ia9818)は、夫含めた知人像を発見して……晴れやかな笑顔で背を向けた。
『よし、私は何も見ていません』
 飲料水を抱えて戻った。
 自さぁくる『藍柱石』では既に浴衣姿の明王院 千覚(ib0351)が準備を整えている。清らかな水を意識した青系の敷布をテーブルクロス。水面に浮かぶ船をモチーフにした木札の値札や解説札。接客用前掛けには小銭を補充。看板わんこも待機済み。
「会計用のアンチョコメモ、つり銭、売り物は補充っと……ポチ、包装の紐とって」
「お待たせしました」
 リーディアの姿を見たセリ(ic0844)が、ぱっと表情を輝かせる。
「おかえりなさーい! 混んでたみたいだったけど大丈夫?」
「みんなのお昼ご飯、買えましたよ。それより、ついにやってきましたね! もうじき天儀の料理界に新たなジャンルを生み出す時が! 二人共頑張りましょう!」
 拳を握って気合入りまくりの三人。
 開拓者業界の花とも言うべき彼女たちが用意した、新作料理合同誌の題名は『本当は美味しい蛙と蛇〜美容やダイエットにも効果が?!〜』である。
 蛙と蛇の料理を美味しそうに描いた表紙が目印。全体的に可愛らしくデフォルメした絵を用いる事で、捌き方や調理法からグロテスクさを取り除き、解り易く纏めた一冊だ。
 曰く、蛙は鶏肉に似た味がするらしい。
「あ、これ私達の新刊です。本日はよろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。ではこちらを」
 隣のさぁくる『瑞穂の国の人だもの』の席に座っていた音羽 翡翠(ia0227)は花見弁当を特集した新刊『開拓メシ』とリーディア達の本を交換した。
 丁度『野外での料理法』等の既刊を増刷したばかりだったので、隣並びは合同さぁくるのような雰囲気を醸し出す。
 音羽の隣のからくりしらさぎが「まゆきおどろかすの」と熱心に蛙の調理法を読む。
「今日は売り子さん二人だけです?」
「いえ。真夢紀は差し入れを持って狩りに出かけました。多分、木像の購入を阻止するまで帰ってこないと思います。最近、しらさぎちゃんに開拓倫理ギリギリの衣装持ち込んだり、必要以上に触るお客さんが出ているので……ここに彼女一人で残す訳にはいかなくて」
「……大変ですね」
 開拓倫理とは、会場で定められた『これ以上の内容はダメダメよ』な細部規定である。
 その頃、礼野 真夢紀(ia1144)は黄薔薇のマリィ先生の所に居た。

 ところで木像を扱っているのが運営だけとは限らない。
 隣接さぁくるでは戸隠のからくり穂高桐がSD木像を売っていた。猫のように丸くなって寝ている司空亜祈、おすまし樹里、ロリ生成姫……そして『アナタの怒りのサンドバックに』という呼び込みで亞久留像があった。

 当然。
 かわいい像もあれば性癖を余すところなく露呈した木像もある。
「じき開場よー、ハッちゃん。サキュバスの仮装で恥ずかしがらずにしっかりやってね」
 葛切 カズラ(ia0725)が球体関節木像の影から天妖初雪を引っ張り出す。
「今回はケッコンカッコカリに夜戦だもの。
 この日の為に職人を拘束したといっても過言ではないわ。
 最後の確認よ。
 一ぉつ! 商品アピールして財布の紐を緩ませて購入に至らしめる!
 一ぉつ! ニコニコ現金払いでお会計してフトドキモノを出さない!
 一ぉつ! 売り切れ後に購入希望者が現れた場合、謝罪と制作依頼した職人の所在地紹介すること!」
 如何わしいアレコレの備品も陳列しつつ、葛切の商魂は逞しい。

 さぁくる『向日葵』では雪切・透夜(ib0135)が新作のエルフ本に備えた浮世絵を机に貼って満足げに眺めていた。
 やはり大きな絵は素敵だ。ことアル=カマルの華々しい民族衣装や天儀風の愛らしい装い、着物を纏った華やかなものは人目をひく。魔槍砲を構えた凛々しい絵にするか散々悩んでこちらにした。
「やはりエルフの王道は明るめのお姉さん……」
「戻った、が」
 上級からくりヴァイスの声がした。
 本日は売り子だが、渡した衣装はお馴染みメイド服。
「おかえり」
「むう。恥ずかしくはある……が、折角なのだから楽しむぞ」
「あはは、それがいい。お祭りなんだしね。そろそろお客さんが来るよ」


 カタケットは年々入場者数を増している。
 屋台も並ぶので祭と思われることもある。
「……お祭かしら? いってみましょうか、レジーナ」
「ええ、お祭なら、ちょっと見ていきましょう」
 禁断の魔窟に、無警戒の有名人が紛れ込む。
「ここは……本を売るお祭? なんでしょうか。それにしては、皆さんちょっと……大分殺気立ってる、というか……禍々しい気配が……ねぇイリスさん、あの方の格好って」
 自分の仮装麗人を発見して、親友を呼ぶレジーナ・シュタイネル(ib3707)の声に反応なし。
「……私達、いつのまにこんなことしましたっけ?」
 絵巻を持ったイリス(ib0247)が赤い顔で問う。
 シュタイネルが覗き込み、石像のように固まった。イリスとシュタイネルの百合絵巻だった。
 パンプキンパイを落としたシュタイネルが、さぁくる主に抗議開始。
「ち、違うんです! イリスさんには、他に決まったお方が……い、イリスさんも、何か言わないと、誤解が!」
 周囲のさぁくる主達も「本物!?」と騒めき出す。
 イリスは苦笑を零し、ふと何を思ったのか「レジーナはどう? 私とじゃ、いや?」とからかい始めた。シュタイネルが慌てるのを見て「こういうことはしないけど」と言いながら額に軽いキスを贈る。
「大好きよ、レジーナ」
「私も大好きです……って、そうじゃなくてー!」
 イリスのイタズラは、さぁくる主達に燃料を注いでいた。

『嗚呼、卒論……全くまとまりません、どうしたら、はっ!』
 セレネー・アルジェント(ib7040)は入場してから「なぜここに」と我に返った。アルジェントは自宅で学業に悩まされていた。が、主人の腐絵巻で趣味に目覚めた羽妖精ヴェルが、アルジェントに財布を持たせて引きずってきたのである。
「来てしまっては仕方がありません。今日一日だけ私は自由!」
 人はそれを現実逃避という。
「嗚呼、新作! 買い逃した再録本! 妄想の翼で人はこんなに簡単に翔べる……」
 買い込む手が止まらない。

「事実は妄想よりも奇なり……頑なじゃった藤原殿にも雪解けの時が来た!」
 声高らかに叫ぶ女帝ニノン・サジュマン(ia9578)の傍らには、死んだ魚の如き眼差しをしたウルシュテッド(ib5445)がいた。
「それでお目当ては?」
「決まっておろう!
 大伴×藤原は今が旬! 孤独の中で武帝を見守り、朝廷を去った大伴殿を忘れようと煩悶する日々の雪解け……そう身も心もな!
 何たる愛らしさ! 藤原殿は全人類の俺の嫁!
 添い寝敷布団は両方購入じゃ! 並べて愛でるに決まっておる!
 ゴシカモ本は花林糖を買い出しに生かせるとして……わし的超新星は神村菱儀×亞久留じゃな。一見、地味なまっど眼鏡と美形、食うか食われるか!」
「お、俺の嫁?」
 意味を把握しかねるウルシュテッドは、彼女が好む傾向と絵柄は把握していた。
 貢物で。
『先日の絵巻を贈った時も喜んでいたようだし……だが男の身であの絵巻を買うのは……店員に「腐男子の方ですか」と嬉々として聞かれた時も、意味を追求できなかったし』
 己の中の大切な何かをゴッソリ失っている気がした。
「おお、ケッコンカッコカリの新作じゃァ! ここからここまで全部ください!」
 元気な声は、男の苦悩など知る由もない。

 乾 炉火(ib9579)もまた『薄くて高い本』を大量に買い込んでいた。
 時々壁際に離れては、気になった本や絵巻をひらいてニヤリと笑う。いずれも惚れ惚れするような品質だ。
「くっくっく、いいねぇ。……もうその辺の春画じゃ物足りねぇ!」
 ダメなおっさんが叫んでいる。
 本の中身は怪しい薬や緊縛趣味も匂わせる、ややアブノーマルな内容が多い上、百合でも薔薇でもノーマルでも、全て美味しく喰らい尽くす。
 その時、木像販売の整理券配布の声が聞こえたが「実用に向かねぇからいいや」と意味深な言葉を残して、買い物に戻っていく。

「いや〜探せばあるもんですね」
 サーシャ(ia9980)は相棒と創作区画の狭間で『ジルベリアのアーマー萌え歴史』とか『オリジナルアーマー決定版〜こんな外観が欲しい〜』などの絵巻を買いあさっていた。
「さてと、次は相棒擬人化物ですねー、次に知り合いの絵巻もかわないと」
 そんなサーシャ達のニーズを埋めるのが、宮坂 玄人(ib9942)の上級からくり桜花がさぁくるを構えている一角だ。ケッコンカッコカリに合わせて異種族婚話で溢れかえり『相棒×主人』など擬人化作品も多い。
「流行の冥越は玄人様の故郷なので玄人様も描きましたわ!」
「その……ウエディングドレス着て、擬人化空龍に抱っこされて照れている奴が、か?」
 宮坂も晴れて有名人になってしまい、笠が奪われ売り子の最中だ。
 そこへ島買いしていたサーシャが来た。
「アーマーの温厚攻めものを一部、おや……」
 凝視。
「ひ! 俺の趣味じゃない。おれのしゅみじゃないんだ!」
 宮坂の横で桜花は「ありがとうございまーす」と容赦なく売り、お喋りに花を咲かせた。

「また催しが巡ってきましたね。この熱気、この空気、春を感じます」
 穂邑の格好をした御樹青嵐(ia1669)は館内を巡りながら満足げに頷く。
『やはり皆さまに愛される開拓者となる為には、このような開かれた場が大事です』
 思考回路が完全に染まっている。
 今回はヴァージンロードが相当な注目株である為、気軽に出歩けるのが楽しい。
 料理を愛する者として、さぁくる『藍柱石』や『瑞穂の国の人だもの』で料理本を買い込む。
 もはや自分の女装癖を同業者に見られても無問題な位には感覚が麻痺していた。
 時々危険な思考も脳裏を過ぎる。
「この業界人には報告書が聖典扱いですし、もしや『神村×亞久留』の絵巻も人気が……」
 陰陽師区画へ行ってみると、大荷物を抱えた同業者――サジュマン達がカミアク絵巻を買っていた。


 フタバ(ib9419)が新作のフリフリの首飾りを飾りつけると、もふらのゆきちゃんは「かわいい服やくびかざり……素敵もふ〜」と尻尾をふった。
「よく似合ってるで。それにしても……こくよーさん、どこで油売ってるんやろ」
 フタバは黒曜 焔(ib9754)とさぁくる参加していたが、狩りに出た黒曜が一向に帰ってくる気配がない。探しに行こうにも、絵巻や装飾品の在庫を抱えている以上は身動きできない。そこへ黒曜のもふら、おまんじゅうちゃんが戻って来た。
「おまんじゅうちゃん、おかえりや〜。なんや見慣れんもんが首にあるような」
「自慢の毛皮で民衆を虜にしていたら、おやつもらったもふ〜」
 実際はおねだりしたのだが、都合の宜しくないアレコレは割愛。
「そんなことより相棒が迷子になったもふ。もふは屋外会場でのんびりまつもふ」
 行ってくるもふ、と颯爽と消えるお尻を眺めながら、フタバは頬を掻く。
「こくよーさん、やっぱ迷子みたいやねぇ……しゃーない。ゆきちゃん、もう少し売り子して売り切れたら探しに行こっか」
「わかったもふ」
「あの、もふらグッズ一式を」
「リーディアさんや。いらっしゃーい、もう一式用意してあるで」

 一方。
 もふらさぁくる巡りをしていた黒曜は、すっかりはぐれていた。
「おまんじゅうちゃぁん、どこだい? ……迷子になってしまった。すいませーん」
 事務局の者に助けを求める。
 これが同じ開拓者なら良かったのだが、生憎本職だった。
 某控え室へ誘拐される犠牲者は後を立たない。

 相棒区画のさぁくる『碧日和』で雑貨を売りさばく音野寄 朔(ib9892)は、この世の春を謳歌していた。相棒寝乱れ敷布団のカバーに猫又抱き枕、ケッコンカッコカリに合わせた相棒用婚礼衣装、ちゃっかり『猫又×炎龍』絵巻や『ジャミール×ナジェム』絵巻など、友人も容赦なくネタ扱い。傍らの忍犬和が愛想を振りまいている。
「け、ケッコンカッコカリ限定品!?」
「いらっしゃい。ゆっくり見てって」
 絵手帳を描いていた音野寄が微笑む。
 新刊や死別系絵巻の調達を終えたリト・フェイユ(ic1121)が顔を赤くしていた。
「朔さん、あ、あの……ここに書いてあるペアリング、腕輪とかありますか」
「あるわよ。指輪と腕輪、好きな方を選んで。リング内側に名前の頭文字や言葉も刻印できるから書体を選んでね。そういえば相棒のからくりは一緒じゃないの?」
 早速、ペアリングに文字を打ち込む道具を取り出す。
 フェイユは挙動不審に周囲を気にしながら、用紙に記入を始めた。
「ローレルには……お金を預けて、お買いものに放流しました」
 そっと視線をそらす。

 一方、財布を渡されて放置プレイ中のからくりローレルは「何か好きなものを買えと言われても、な」と困惑気味に会場を見て回っていた。精々フェイユが好みそうな軽食を買っておく位だが……意味不明な言語を叫んでいる女性達が気になる。
『ここへ来ると、リトもあんな風に挙動不審になるな』

 母リーゼロッテに救われたはずのクラリッサ・ヴェルト(ib7001)は人妖黒曜と館内を散歩していた。当然、母の仮装麗人にも高確率で遭遇する。
「あ、母さ……んの仮装か。すごいね、結構似てる」
 母を探すうちに禁断の花園に立ち入っていく。
 人妖黒曜は心臓が縮む思いだった。
「クラリッサ、さあむこうへ。こっちは違いますから離れましょう!」
「え、でもアレって母さんと私っぽいし、肖像みたいで綺麗だし……」
「訊かないでください。気にしないでください。忘れてください。そっちはだめです!」
 後ろ髪を引かれつつ渋々遠ざかる。人妖黒曜もまた相棒区画で『羽妖精×人妖』絵巻を発見し「人間の業は深い」とぼやく。
「ね、むこうで洋服とか装飾品売ってるみたい。母さんと同じ寮の人のお店みたいだし、見ていい?」
「服飾ですか」
「バラのヴェールとか、母さんに似合いそう」
 クラリッサは無邪気に笑って、さぁくる『じんよーもえ』に走り出す。
「こんにちはー」

 服飾さぁくる大手。壁の一角に煌びやかなカラードレスを並べているのは露草(ia1350)だ。注文さえあればセミオーダーとしてベールドレスへの装飾も受け賜る徹底ぶり。
「いらっしゃいませー、ケッコンカッコカリにあわせて一大カラードレスセールを実施中です! ロングベールに硝子のティアラ完備。お色直しにいかがですか? 獣型相棒の為に、フリルにレースにビジューで飾ったワンオフタイプ首輪を全種サイズでこの値段! もふらドレスもご用意しました!」
 もふらのゆきちゃんを連れたフタバが「ゆきちゃんにこのドレスを!」と店員な上級人妖の衣通姫を呼ぶ。看板娘もドレス仕様で左手薬指に指輪をはめる徹底ぶり。
「ビーズの指輪もかわぇぇなぁ。全部特注なん?」
「陶器屋さんとかに通いつめてたの〜、彫金もいつかしたいって言ってた〜」
 人妖がお会計をしている間、化粧箱にもふらドレスをしまった露草が現れる。
「お待たせしましたぁ! ドレスって、あふれ出る夢なんですよ……ふふふ、作るのも楽しかったですし、またどうぞー!」
 ふいに衣通姫が露草の袖をひいた。
「あの桃色のヒラヒラほしいー、かっていい?」

『なかったらつくればいい、オーダーメイドD・D』

 もはや標語と化した合言葉の垂れ幕。その下では、さぁくる『rouge et noir』がレース編みの真骨頂を披露していた。
 白、黒、桃色の三色で編み上げられたロングヴェール。
 春らしいレース編みのボレロやケープも捨てがたい。
「全てはあなたのオーダー次第、そこいくお姉さんに兄さん、買ってかないかい?」
 生成姫の仮装をしたヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は、黙々とレース編みの受注をする相棒からくりD・Dに代わって、一時的に売り子を頑張っていた。
 ちなみにヴォルフは『エルディン×竜哉』絵巻の新作を出し、只今人気白熱中の寝乱れ敷布団で『乱れエルディンのちらりずむ』が売上急上昇。
 こっそり『武帝総受け』絵巻も扱っていた。
 当然、じじぃ総攻め絵巻に女帝と名高きサジュマンが食いつく。
「武帝受けで来たか。しかし哀愁漂う深いシワ、壮年が醸し出す魔性の笑み、たまらぬー!」
「人形の様な武帝が人へと開花するリアリティ、官能の世界は必見だぜ?」
 恐れ多くも実物を見といてよくやる。
「まいどー。おっ、徐々たつにーの彫像の競りだ。D・D、あと頼むなー!」
 煩悩と衝動が走り出す。

 荷物持ちの目が死んでいる。
「流石に荷物が……ニノンが喜ぶと思えば楽しいが、やはり理解を超えた場所……ん?」
 ウルシュテッドは一般客の妙な視線を感じた。
 愛想のつもりで微笑みかけたら騒ぎながら急接近。そして買い物中のサジュマンを指差して「どんな関係ですか」と直球質問。
「俺の大切な女性だね」
「ほら噂は本当だったんだよ! ウルニノ万歳! これは捧げます!」
 嵐のように去った女性陣の貢ぎ物の紙を開くと『婚姻届(特選偽造印)』と書かれていた。婚姻届けを模した紙に、好きな人物を書き込む流行の冗談商品らしい。紙にはウルシュテッドとサジュマンの名が墨書きされている。
「俺の嫁……ケッコンカッコカリ。いや、俺の嫁カッコカリ?」
 頬が緩む。
 そっと懐にしまった。
 押し付けられた貰い物は、疚しくなどない。
 ウルシュテッドは忍犬ちび用の首輪や綱、おやつを買った後、合流したサジュマンにコサージュを贈った。何故か輝く眼差しで「なかなかの選択眼じゃ」等と褒めながらアレな敷布団を見たので、嫌な予感がした彼は自らの手で髪に飾った。
「ああ、やっぱり。うん綺麗だよ」

 その頃、事務仕事中の竜哉(ia8037)の天妖鶴祇は自さぁくるで新作『しあわせなゆめ』を売っていた。中身は『刹血華×竜哉』……他人に問われれば涼しい顔で微笑む。
「右左は間違ってはないでしょう。あれは誰かに従属する根性が染み付いているもの」
 勝手に吹聴。

「お、お兄さん、ありがとうございますっ……私達二人をいっぱい可愛がってください」
 頬を染めたファムニス・ピサレット(ib5896)が客の手を握る。
 姉に仕込まれた演技だ。
 姉妹でさぁくるを構えたリィムナ・ピサレット(ib5201)達は、物干し竿で支柱を組み、そこに寝乱れ敷布団を縦に巻きつけた。ドレスほか様々な仮装は過去の巨大絵と変わらないが、大事な部分は『KEEP OUT』の黄色い帯が巻かれて購入しないと見れない仕組み。
 小狡い二人は物陰で戦略を練る。
『お金もってそうなお客さんみつけたらもっと恥じらって、色目大事だよ!』
『えー、リィムナ姉さんの方が向いてるじゃない。夜春とか色々使えるんだし……は!』
 敷布団の売買を手伝わされていたファムニスが自分の販売物に目を止める。乾炉火が絵巻を試し読みの最中だ。
「いらっしゃいませ! それ新作です! 最強主人公と化した私が、生成姫と刹血華のおむねを欲望のまま蹂躙する……ふへへ、ぶつかり合う巨乳最高です」
「おっさんみてーな事を。じゃ、一部」
「お包みしますね。姉さんが敷布団売ってるんですけど、どうですか」
「……いや、最近息子が酒飲みにくるんでな」
 ダメなおっさんは、苦無で刺される未来を幻視した。


 血湧き肉踊る開拓ケットの最後の良心にして、狙われし者たちの憩いの地。
 それは事務局である。
「知り合いに頼まれて手伝いに来たんだが……なんだろう、この空間は」
 ラシュディア(ib0112)は呆然と申込書を整理していた。彼自身色々な光景を見てきたが、知り合いっぽい格好をした赤の他人と漂う熱気に気圧される。
 竜哉は肩をすくめた。
「創造と想像は人のサガ、だからね。実害がない限りは好きにしていいと思ってる。……まぁ実際、妄念とも言えるレベルではあるけど皆、愉しんでるし」
 ラシュディアが「へえ」と相槌を打つ。
「俺達の事はともかく……開拓者の仲間の活躍がこうして知られているってのは嬉しいな」
「そう思っていた時期が俺にもありました。なんてな。……人を獲物にしていいのは、獲物になる覚悟のある奴だけだ」
 帳簿の計算を黙々と続ける酒々井 統真(ia0893)が、遠い眼差しを赤絨毯へと向ける。
 悟りを感じさせる横顔に、ラシュディアが「何かあったのか」と竜哉へ説明を求めた。
「天妖に私生活をかけた遊びをやられたんで、報復の最中らしい。とはいっても、俺も同じ被害にあったけれどね……」
 竜哉の天妖鶴祇の方は、さぁくる参加で自由満喫中だ。
 酒々井の天妖は見世物だ。
「本気でなかったとはいえ、真白にはきっちり仕置きしないとダメだろ」
「境界線を越えたものにはOHANASHIが必要だよね。その点は同意できる」
 重ーい上に暗ーい話題。
「まあまあ。あ、不届きモノやら怪我人やらがいないか、見回ってくるよ。この催しが無事に進むように、俺も微力を尽くそう! あー忙しい」
 居た堪れないラシュディアが話題を変えつつ、腕章を探す。
「待て。先に巡回に行った二人が戻ってから行ってくれ。『仮コレ』が始まる」
 酒々井が時計を見た。


 大きな声が会場に響き渡った。
『皆様お待たせいたしました。ケッコンカッコカリの華、我らが開拓者様のウエディングコレクションを開催いたします! 正に仮コレ(カリコレ)! 存分に愛でましょう!』


 垂れ幕の奥で出番を待つ者たち。
 仕事はしようと決めていた天妖雪白は「まさかこのまま大人しくしてるとか思ってるのかな」と独り言を呟く。八十神に売られたドレス姿の天妖雪華が「どうかしました?」と首をかしげた。雪白は「なんでもない」と呟いた後、悪巧みを思いつく。
 世界的に数少ない天妖2体がヴァージンロードの先陣をきり、晴れやかな笑顔とともに進みながら……主人達の日常生活の暴露を開始した。
「みんな! ありがとう! ところで統真の寝相なんだけど」
 遠くの事務局から「雪白ぉぉぉ!」と叫ぶ声が聞こえる。天妖雪華は木像を発見して笑顔がひきつり、雪白に引きずられるまま赤絨毯の上を飛んでいた。
 天妖に続くのは、勿論開拓者たちだ。
 綿帽子を深く被った胡蝶は白無垢を仮装と割り切りはしたが、恥ずかしさの余り軽いお辞儀で静々と歩き出す。ひょっこりと肩に載せた上級ジライヤゴエモンは愚痴の相手だ。
 胡蝶が一生に一度にしたいと憧れるウエディングドレスを着た後続のナルターは、晴れやかな笑顔で愛想を振りまく。戸隠はドレス姿なのに、何故か天輪棍を構えていた。流行りの武僧を意識した装いだが、戦う花嫁は観客への投げキッスは欠かさない。
 勿論、歩くのは女性だけではない。花婿姿のライルは「俺だけを見てよ、子猫ちゃん」とかいつもの調子で客を口説きながら、片目を積むりつつ投げキッスを贈る。
 中でも人目を引いたのは寸劇の二人。
 花嫁といえば恥じらい、と認識したアルフォレスタは、時折熱い声援に手を振り、緋色の絨毯の真ん中まで歩いたところで大げさに泣き崩れた。
「……おとうさま、おかあさま、仮装とは言えわたくしの花嫁姿を見て頂きたかった! 大切な花嫁姿があんなハレンチな木像にされて、両親に申し訳ありませんわぁぁぁ」
 鬼火玉戒焔が心配層に擦り寄るのも計算の内。
「マルカ姫ー! 泣かないでー!」
 局所的なファンが暴走を起こして木像の破壊に向かう。アルフォレスタは『計画通りですわ』と内心微笑みながら静々と歩き出す。
 そして柚乃は胸を強調するドレスに作為的なものを感じつつ、颯爽と華麗な足取りを心がけ、時折立ち止まって優雅に裾を翻す。小首を傾げて蠱惑的な流し目も、叩き込まれた演技そのまま。もはや楽しんで終わらせるしかない。
「えっと……『私は生涯独り……そう、永遠に皆様の嫁です』!」
 台本の発言を声高らかに叫んだ途端、大きいお友達がウエーブしながらどよめく。

「次、ペア部門ですね。なんで私が花婿の服なんでしょう」
 羽妖精ギンコが溜息を零す。隣のリーゼロッテが「適任がいなかったんでしょ」と笑う。
「しっかりエスコートよろしくね。というか、あの子、大丈夫かしら。ここ、あまり見せたくないものが溢れてるから……変なもの見つけてなければいいけど。いきましょうか」
 歩き出したリーゼロッテは途中「かぁさーん」と手を振る娘を発見して安心した。
 強いて言うなら。
 護衛の相棒が、窶れ顔だったのが気になる。
 続く水月はひらひらのウエディングドレスを上級人妖コトハとお揃い仕様で纏っていた。きらきらと輝くティアラにロングヴェール。控え室で空腹と悲しみに沈んでいた顔が華やいでいる理由は……手元のフリルバスケットに手付のお菓子があるからだ。
『モデルの後は、豪華昼食をご用意しております。こちら我慢用のお菓子でございます』
『……やる! ……がんばるの! ね、……コトハちゃん!』
 水月、買収される。
 ヴィヌ・イシュタル等を無駄に使いながら、時々歩きながらクッキーを一口。時々鼻息の荒いお友達の前で「……欲しい、の? あーん、する? でもあげないの」と台本通りの仕草で魂を射抜いていく。
 そして花婿衣裳を奪われなかった朱華は、登場前から飢えた目の観客に困惑していた。
「大アヤカシ相手より、怖い……ちょ、押すな、ちょっと待て、いや、本当に、無理!」
「朱華さん、大丈夫やて。白がおるから! ……不安やったら、手ぇ繋ぐ?」
 その花嫁衣裳はなんだー!?
 白葵(ic0085)を見た朱華の思考が停止した。事務員だったはずの白葵は、朱華が更衣室に投げ込まれるのを見て、もやもやした気持ちを抱え、最終的に自ら犠牲者に志願した。
『朱華さんが、他の人と……婚姻やなんて、聞いてたら、もやっとヤな感じやったもん。は、白、今度は朱華さん、護るって約束したんや! 一緒に出て不届き者から守るんや!』
 雄々しい決意が、逃亡したかった朱華を益々追い詰める。
『……お、置いて行けるか! なんで、こんな事に』
 やむなく馴れない花嫁と花婿が赤絨毯を歩く。
 演技の余裕がない朱華は、うっかり白葵のウエディングドレスの裾を踏んだ。倒れかけた白葵を庇って支える朱華に対して、白葵はぽーっと赤い顔。
「悪い、大丈夫か……怪我は? なんか、熱でも」
「な、ななな、なんでもないんや!」


 九竜・鋼介(ia2192)は赤絨毯の両脇に設けられた柵を乗り越えようとする馬鹿者をハリセンでひっぱたき、物騒な品物を一時没収しては事務局の竜哉達にとどけていた。
「にしても『ケッコンカッコカリ』ねぇ……やれやれ、回を重ねる毎に訳の分からんのが増えていくねぇ。いくら仮だとしても血が出る様な真似だけは勘弁だな……血痕だけに」
「駄洒落サムライの生駄洒落か」
「……何やってんだ、瑠璃」
 売り子中の人妖瑠璃は、九竜と同じ衣装を来ていた。
「さぁくる主殿が用意した、主殿のミニ衣装じゃ。さすがの私も仮装麗人でびゅうをするとは思わんかったのー、まぁ面白いから気にせぬが。あと一時間たったら報酬の新刊『クリュウさんの冷徹』とこの衣装もらって戻る。それまで主殿も頑張るのじゃぞ」
「ああ、まだファッションショー終わりそうにないしな」

 流石にカリコレもといウエディングショーも休憩が発生する。
 しかし休んでいられない。この間に木像の競売があるのだから。
 同じ巡回警備員の緋那岐(ib5664)は、木像の競売を監視している最中だった。
「誰のがあるんだろうか。真面目に仕事はするけど……やっぱ巡回楽しいよな、うん?」
 ふと見ればリーディアのからくりアクアマリンが狩りを終えて木像をガン見していた。
『か、からくりが競売に参加する時代に……天儀始まりすぎているぞ』
 誤解加速。
 一方、上級からくり菊浬は裏手で『お姉さん、どこかな』と仕掛け人を探していた。

 混沌とした競売の中で、何故か礼野が相棒の木像を競り落としていた。
 自分の木像は完全放置。
『私の木像なんて購入者が人格が疑われるだけだし、そんなことより体は大人、心は童女の朋友を護るの最優先! あんな鼻息荒い若者に渡すわけには行かないわ!』
「最高額でましたー! 他にはございませんかぁ! はい、ではそちらのお嬢さん前へ! おめでとうございま……」
 礼野はゴミのように大金を投げ渡し、精霊砲でしらさぎ像を木端微塵にすると。
「只今の実演が精霊砲です! 皆さんサプライズのご鑑賞ありがとう!」
 満足げに舞台を降りた。
 同時刻、自さぁくるでは「2列にならんでくださ〜い。しらさぎちゃんはお会計中なので触らないで〜」と音羽がひっそり大変なことになっていた。が、礼野の帰還により解放された音羽は、某区画で未来を憂いつつ、癒しを求めて相棒ほのぼの区画へ旅立つ。

 話戻って、木像の競売は白熱していた。
「1つ1つ丁寧に作られた彫刻は、もはや芸術と言っても間違いじゃないな」
 うっとり、と見入るのは水鏡 絵梨乃(ia0191)だ。黒髪のかつらに伊達メガネ、変装までして最前列に参加する水鏡の狙いは、百合っぽい艶めいた木像。その為なら20万文でも余裕で出せると闘志を燃やす背中が怖い。

 競売で競り落とされた木像は閉会時まで会場に飾られる。
 だから自分の木像を見上げてうっとりと見上げるラグナ・グラウシード(ib8459)とか、あまりの再現度に悔し涙を流すエルレーン(ib7455)などもいた。
「うさみたん、私は像でもなんて美しいのだろー!」
「なんでよ……そんなに私のことが好きなんだったら、気にしてるところくらい、もうちょっと胸なんとかしてくれてもいいじゃないっ!」
 顔を覆って泣き出す。そんな風にぼんやりしているものだから、気づくと控え室に連行されていった。不仲の二人をドレスアップして歩かせよう魂胆は意地が悪い。

 午後の仮コレは一味違った。
 なぜか女装男性が多かったり、掛け算を匂わせるフフフな組み合わせに溢れていた。

 相棒区画を巡った鈴梅雛(ia0116)は大荷物を抱えたまま赤絨毯を見に行った。伊崎が騙された、否、モデル仕事を受けたと聞いていたからだ。長い赤絨毯の上を歩く可憐な伊崎は、正に荒れ野に咲く一輪のゆり。
「紫音君……男の娘枠だと、色んなじゃんるに人気そうです」
「注目されるのは、慣れてなくて。少し恥ずかしいです」
 柵越しにフツーに会話する二人。
 伊崎は「今日は瑠璃さんと一緒なんですね」と微笑んだ。
「……え? 瑠璃さんは来てますけど、一人で買い物に……」
「そこにいるのは?」
 噂のからくりは鈴梅を扱うさぁくるで「これ、読んでもいいですか?」と嬉々としていた。その手に鈴梅の艶っぽい百合絵巻がある。
「あれは……瑠璃さんではありません。きっと空似の他人です」
 鈴梅、現実を認識できない。
 伊崎は後方に押されて再び歩き出す。途中、絵師から絵を見せてもらい、その露出が多い姿に「ぼ、ボクこんな格好して無かったですよ!」と半泣きで抗議していた。

「はぅぅ僕、男なのに何故この衣装着てるんでしょうー…は、桔梗! 何を売って!?」
 ウエディングドレス姿の相川が覚醒した視線の先では、相川の寝乱れ姿絵付き敷布団を売る上級人妖桔梗がいた。もはや叫び声が声にならない。

 花婿な黒曜は歩きながら嘆いていた。
「……私は武僧であるからして、婚姻とか考えたこともないのだが……というか、いくら友人でも男性と組まされるなんて。売り子だって任せっぱなしだったのに〜」
 ハイヒールにウエディングドレスなバウアーが「私だって聖職者なのに花嫁ですよ」と声を投げる。鍛え抜かれた筋肉ボディが、補正下着と戦っていて、酷く滑稽だ。羞恥で顔を赤く染めていても、妄想の世界に生きる住民たちは「恥じらいイイ!」と脳内で細部を補正する。
「は! 木像の破壊を忘れていました!」
 遠巻きに開拓倫理ギリギリの木像が見える。破壊したい。
 そんな赤絨毯上のバウアー達を発見したフタバは『似合ってるけど、なんか変なの』と遠巻きに感想を抱き、黒曜から「助けて〜」と言われても他人のフリを決め込んだ。

 ちなみに綺月と蒔司も、男同士で花嫁と花婿を演じさせられていた。
「くっそ、逃げようにもドレスが邪魔で上手く歩けねぇ……! 蒔司! 見てねぇで助けろコラぁ!」
「では緋影、こっちじゃ。ちゃんと掴まっとれよ」
「ちょっ。お前、あいつら歓喜させてどーうすんだバカ! 降ろせよ!」
 ドレスの綺月を姫抱きで運ぶ大男。どちらも高身長でイイ体格なので無駄に目立つ。
「おろしてもええんじゃが……さっきの歩調じゃと、出口は遠いぜよ?」
「うッ……いや、確かに自力じゃ走れねぇけどよ。俺も、男な訳で。もうちょっとこう、他の持ち上げ方が」
 文句を連ねる綺月の声も、外野の歓声も、花婿な蒔司の耳に入っていない。
『……ふっふっ、なかなかどうして、緋影の花嫁姿も可愛らしいもんじゃ。恥らっている様も微笑ましい。戦と違って平和じゃき』
「……って、何笑ってやがる! 蹴るぞ!?」
「暴れると危な」
 騒ぐケモ耳ペアへ惜しみない拍手をアルジェントが捧げた。
「素晴らしいです! 猫耳萌えと美形腐れ萌を見事同時に体現して下さったなんて」
「狙ってない!」
「照れずともいいんですよ。あ、新婚祝いに嫁の名のつくお酒をお送りしましょうか」
「タダ酒か、ええのぅ」
「此方は『あーん』に使って頂きたい苺クッキーです。甘酸っぱい祝言の思い出にどうぞ」
 輝くアルジェントと動じない蒔司。ただひとり綺月が「やめろォォォ!」と叫んでいた。

 更にその後ろをエルレーンとグラウシードが続く。
「貧乳をドレスのフリルで誤魔化すか、卑怯者が!」
「こ、こんな人前で……バカラグナ!」
「おぶっ! 美しい顔に平手だと……やったな、この発育不良娘があッ!」
 柵に飾られていたブーケや燭台が殴り合いの道具に早変わり。
 監視員が出動だ。

「すっごく美味しいの! 是非試してね!」
「お買い上げありがとうございましたー!」
 最後の手縫いもふもふしばわんこのぬいぐるみを売り切った。明王院が達成感を感じつつ売上の整理を始める。傍らでは料理本を売ったセリとリーディアが喜びでハイタッチ。
「やりましたね!」
「やったね! 天儀でもカエルの唐揚げや塩焼き食べる人が増えるといいなぁ……」
 蛙も蛇もきちんと料理すれば淡白で料理に合う肉なのだが、見目や下処理の問題から実際に料理へ活用するも者は少ない。

 モデルを終えたライルは、音野寄の買い物に付き合っていた。何を買っているのかよく分からないので、可愛いさぁくる主達を口説きながら雑貨を買い込む。
「おねぇさんかわいいねー、この後ヒマ? 一緒にご飯行かない?」
「ジャミールさんったら、荷物持ちの約束でしょ」
「あ、音野寄ちゃん、買い物終わった? 俺も終わったー」
 えへー、と笑いかける。
 ヴォルフのからくりの店で購入した髪飾りを、音野寄の米神に飾る。
「うん、やっぱし似合うと思ったんだよねー、俺の目に狂いはない! あげる〜」


 悲喜交々の催しは、こうして過ぎた。
 夕暮れとともに、主催者が閉幕の声を張り上げる。


 本日も開拓ケットは満員御礼。
 おうちに帰るまでが開拓ケット(カタケット)!

 皆さん元気にもゆる青春をお過ごしください。

 桜が散り、入道雲が空を駆ける。
 情熱が萌える夏に、またお会いしましょう――と。