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■オープニング本文 ここは五行東方、白螺鈿。 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。 今は急成長を遂げたとはいえ、元々娯楽が少ない田舎の町だったこの地域では、苦痛なだけの除雪を楽しいものに変えようと考え、いつしか名物の『雪若投げ』と合わせてお祭り騒ぎへと変化していった。 大雪の季節になると除雪した雪を使って、沢山の雪像が会場に作られていく。花、人、建築物、怪物など。その多種多様な造形美は人々を楽しませる。 やがて賑やかな『雪神祭』にも習慣のようなものが生まれた。 それは、 『参加者は小さな雪だるまを作り、会場に奉納していく』 ことだ。 大人も子供も、握りこぶし二つ分ほどの雪だるまをつくって舞台に並べていく。 二つとして同じものは作られることがない。 その心温まる幻想的な景色は地元民や観光客にも愛されていた。 そして今年の1月も雪神祭が開かれる。 + + + ギルドの受付が慌てた様子で人を呼び集めている。 話を聞いていると、どうやら祭の為に送った警備の人達が、除雪で腰を痛めたらしい。積雪量は既に1メートル半を突破しており、益々積もる傾向があるという。 流石は冬。 しかし大雪も地方の人間には日常茶飯事。 立ち並ぶ雪像を一目見ようと、沢山の人間が行き交っている。 祭が恙なく進むように警備の仕事をしてくれれば、担当時間外は好き放題に遊んでいていいと言う。 「……『今年も雪若を開拓者から!』って、本気?」 「本気ですよ。3年連続で開拓者が地方の福男になってるんですから、目指せ記録更新です! 地主さんからくる依頼料金も多少多めになってるんですよ。ギルドも収入がないとやってけませんからね!」 「雪若って、福男なのか」 雪若投げは、所謂『福男探し』である。 毎年豪雪となるこの一帯では、会場に大屋敷並の高さまで雪を盛って坂を造り、その上から半裸になった『未婚の男』を投げ飛ばして、何処まで転がれるかを競う。 大抵は雪まみれになり、時に風邪をひくが、最も遠くまで転がった者が、その年の『雪若』要するに福男として扱われる。 尚、雪若がもたらす福は、その周囲に限定される為、本人に福が来る保証は無いらしい。 「選ばれると『雪若様』と呼ばれてひっぱりだこなんだそうですよ。男女問わずモテモテで。ここだけの話……眉唾じゃないっぽいんですよ」 「は?」 「色々逸話があって、実際に精霊の加護を受けてるみたいな節がありまして」 「よくわからんけど他には」 「雪若の会場の周囲では食べ物屋さんも揃いますし、夜は巨大かまくらが宴会場に」 「いってくるー!」 こうして急いで雪神祭へ出かけることになった。 + + + それは遠い遠い、五行の東。 純白に染まる山々の谷間より、来たるもの。 「ふっふふーん」 羽妖精たちは踊るような足取りで雪に紛れ、白原川を下っていた。 目指す先は、白螺鈿だ。 「まだです〜?」 「だらしないわねぇ。私の後継者ならこの程度でへばるんじゃないわよ。ヌシサマを祝うお祭りなのよ。ヌシサマが見に行くのに、私たちがいかない訳にいかないでしょ!」 「はぁ……」 「ため息つかない! 今年の雪若はどんな男かしら」 |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 鈴梅雛(ia0116) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ニノン(ia9578) / ユリア・ソル(ia9996) / ヘスティア・V・D(ib0161) / ハッド(ib0295) / 玄間 北斗(ib0342) / 白 桜香(ib0392) / ニクス・ソル(ib0444) / ネネ(ib0892) / 蓮 神音(ib2662) / レビィ・JS(ib2821) / 蒔司(ib3233) / 紅雅(ib4326) / ウルシュテッド(ib5445) / 緋那岐(ib5664) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 蓮 蒼馬(ib5707) / 戸仁元 和名(ib9394) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 火麗(ic0614) / 綺月 緋影(ic1073) |
■リプレイ本文 五行国の東、白螺鈿。 毎年雪に埋もれるこの地では、福男『雪若』選びが忙しい。 礼野 真夢紀(ia1144)が周囲を見渡す。 「もうじき雪神祭開始ね。そろそろかな」 オートマトンのしらさぎと、孤児院の幼い桔梗を間に挟んで、仲良く雪だるまをこしらえていた。 しっかり着込んでいるから冷えの心配がない。 しらさぎが「ユキダルマ、ちいさいのイッパイ」と目を輝かせる。 「3人分並べておこうね」 礼野達は一風変わった雪だるまをこしらえた。 重なった雪兎に似ている愛らしいものだ。 更にお小遣いをオートマトンに手渡した礼野は小声で、しかしハッキリと告げる。 「開拓者は沢山いるけど、お祭りの間は決して桔梗ちゃんから目を離してはだめよ」 「うん、わかった」 「孤児院で見た事ある開拓者がいたら、その人達と一緒に回るようにしなさい。雪若投げが終わったら自由時間だから、ここに集合ね」 いってらっしゃい、と見送られて礼野は警備の仕事に向かった。 今日、里の福男『雪若』が誕生する。 雪若は、周囲に福を齎らす福男。 たった一年だけの現人神だ。 毎年、大勢の未婚男たちが雪若を目指して半裸の肢体を斜面に捧げる。 まず先頭に立っていたのは緋那岐(ib5664)だった。 半裸になって根性を見せる緋那岐を人妖の七海が観察している。肺まで凍てつくような空気を吸いこみ大声で叫んだ。 「七転び八起き! 俺は何度でも立ち上がってやるー!」 とう、と地を蹴った。 緋那岐は雪の斜面を転げ落ちていく。 『あ、飛んだ。兄様、がんばってー!』 声に出さず心の中で応援する妹の柚乃(ia0638)は熱々の生姜湯で体を温めながら『男子だったら参加できたかな』とやや残念顔。少なくとも兄に勝つ自信があったに違いない。しかし今日は男の祭。上級からくりの天澪とともに、今日の予定を考える。 「えーっと、兄様の応援も終わったし、出店見て回ろうかな」 迷う。 『でも、ただ見回るなんてつまらないし……何かいないかな。流石にこの豪雪じゃ猫は不自然だし、うーん』 ぐるーりと見渡して悩んだ末に『ラ・オブリ・アビス』で天澪に変じた。 「遊びにいきましょ」 ダブルからくりが人混みに消える。 『……はて。この頂きに立ったのは、何度目のことであったかの〜』 ハッド(ib0295)は遠い眼差しで天を見上げた。 幾度となく挑んだ、精霊に愛されし者の座。 雪若には不思議な力が宿る事を、土地の者は大なり小なり知っていたに違いない。 今では単なる縁起物だが、それだけでない事を……ハッド達は知っている。 坂の下の観客席では鈴梅雛(ia0116)をはじめ農場組の者達が固唾をのんで見守っている。 昨夜の事。 『今年こそ、再び農場から雪若を! ハッドさん、蒼馬さん、宜しくお願いします』 農場の経理を預かる鈴梅の瞳はマジだった。 『うむ』 『あ、ああ』 『思いっきり、力の限り飛んでください。後は気合です! 気合いで飛距離をのばして下さい!』 根性論を叩き込まれた美しき思い出。 『ともあれ今年も雪神祭の日がきたの〜、杏んたちの幸せのためにも勝利を狙わねばの〜』 いざやきたれ! 雪神の加護よ! おっさんに抱えられて全身の力を抜いたハッドは叫んだ。 「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ三世。王である!!!!!」 ぶわん、とハッドは虚空へ舞った。 金糸の髪が輝く。 「おおおおおおおおおお!」 ハッドは雪原に散った。 後方で柔軟運動をしていた蓮 蒼馬(ib5707)は首を鳴らした。 眼下に見える養い子の蓮 神音(ib2662)と孫のような少女。 長く一緒に暮らしてきた農場の家族。 「センセーがんばれ! 春見ちゃん、センセーの番だよ。カナンもちゃんと応援して」 坂の下から声を張り上げているのは神音だ。 膝には半纏や手袋を着た春見がいる。春見の肩にいる上級人妖カナンは寒さ故に気怠そうだ。 『センセーがモテモテになるのは嫌だけど、春見ちゃんの手前そんな事言えないなぁ』 ささやかな葛藤。 何しろ雪若になれば町中の人間に追い回される事になるのだ。 蒼馬がいかに大勢の期待を背負おうとも、こればかりは運が全てを決定する。 一方、いい所を見せないとな、と決意した蒼馬は体をまっすぐに延ばしたまま寒風に叫んだ。 「世の鳳雛達に幸いあれ!」 蒼馬も銀盤の坂道を転がっていく。 次々投げ飛ばされる男たち。 勇気の証は無残な血の筋すら雪に刻みつけている。 『ひぃぃいぃ!』 頂上で怯んでいるのは音羽屋 烏水(ib9423)だ。 大事な三味線はものすごいもふらのいろは丸に託し、雪若投げに挑む者達の意気込みを聞いている内に『偶には楽しむ側に回るのもいいかの、運勢占うのも一興じゃ!』とうっかり参加してしまった……のが運の尽き。 只今、雪の絶壁を見下ろして何故ここに立っているのか、自問自答し始めている。 「お……思っていたよりも……高い上にさ、さささ寒いんじゃがっ!」 帰っていいでしょうか。 そんな気分になってくる。 「烏水殿は鍛え方が足りないもふ。ものすごいもふらとなった某にはこれぐらいなんともないもふ」 「お前さんはその毛皮があるからじゃろうに……」 苦労が耐えないと噂の福男雪若。 その誕生を待ちわびる人々の視線が痛い。 おっさん達が「……棄権するかい?」と心優しいのに対し、いろは丸は冷徹だ。 「烏水殿。祭の賑わいに水を差すのは無粋もふよ」 「え、ええぃ、飛ぶぞぃ!」 音羽屋は肺に息を吸いこんで叫び始めた。 「笑福招来! 皆に幸あ」 「さっさと飛ぶもふ」 ぼふん、と軽い衝撃。 「れのわあああっ?!」 押し出された音羽屋が真っ白な坂を転がっていく。 「いてぇ」 雪まみれになって凍えた緋那岐は、人妖の七海とともに蜂蜜入りの生姜湯を飲んでいた。 「あー、この後どうするかな。雪若の発表まで随分かかるし、福男になれるとは限らないしなぁ。どうせならここはひとつ、芸術的な雪像でも作るかな」 思い立ったらスグ行動。 向かった先は雪像会場。 未来の人妖師として人体の模写とも言える造形は譲れない。いい加減には作れない。 人体の理想型を模した人物像を何か、と考えた時、何故か……陰陽寮生時代の教員を思いだした。 「よし、柚子平にしよう」 何故だ。 しかし決めたらテコでも動かない。 緋那岐は狩野柚子平像を作りつつ、その手や肩、足下に沢山の雪兎を作って乗せた。中に結晶術でこしらえたハートの置物を押し込む。 「現実には無いな。うん。あ、そこのおねーさん、ちょっと運試しはどうだい」 「アタシの事かい?」 通りかかった火麗(ic0614)が足を止めた。 「ああ。雪兎にある物を仕込んだんだ。入ってたらラッキーって事でそれはやるよ」 雪像の飾られる区画では様々な雪像がある。 玄間 北斗(ib0342)はたれ狸姿を周囲に晒しながら、楽しそうに犬の雪像を作っていた。 勿論、モデルとなるのは忍犬の黒曜だ。 表題をつけるならばそう。 ここは『一足早い春の訪れに心躍り、楽しげにはしゃぐわんこ』というところだろう。 口に銜えさせた桜ひと枝が味を出している。 「大体こんな感じなのだぁ〜」 躍動感を出すこと。 これが実は意外と難しい。 玄間は雪で造形を定めた後、徐に宿で貰ってきた灰の袋と、そこらで叩き売りされている黄粉を持ち出した。 「色つけなのだぁ〜」 めらめらと燃え上がる雪像への情熱。真っ白い雪像は数多いが、本格的な色づけをしている像はみない。ここで最高の作品を仕上げて……と、考えて我に返る。 「そう言えば、何もたべてなかったのだぁ〜」 忍犬黒曜の首輪に、小銭を入れた巾着と買い物のメモを持たせる。 「買い出しを頼むのだぁ。青い屋根のお店だから、すぐに分かるはずなのだぁ〜」 忍犬は一声鳴いて走り出した。 「センセーお疲れ様」 坂の下で待っていた神音たちのところへ蒼馬が戻ってきた。 どっと疲れた気がする。むしろ寒い。しかし寒がってもいられない。 「よし、今日は特別にお菓子を配ろう。ならべー」 子供達にチョコレートを渡した蒼馬が顔をあげると、そこには見覚えのある羽妖精がいた。 「おや。遊びに来たのか?」 「主様の護衛よ」 「護衛、な」 「なによ」 ぷくっと頬を膨らませた羽妖精に「いや。楽しんでいけよ」と声をかけてチョコレートを渡す。 相変わらず素直でない羽妖精は「供物として貰っといてあげるわ」といって小箱を受け取ると雪の中へ飛んでいった。 蒼馬は子供達を振り返る。 「さぁて発表まで暇だし、雪だるまを奉納しにいこうか」 わぁい、と喜ぶ子供の姿は心和む。 かくして一日中続いた雪若投げは終了した。 沢山の男たちが空に散った。 何人か、顔面から叩きつけられて大変なことになっていたが、飛距離の計測が終わってから、司会が声を張り上げる。 「皆様、大変お待たせいたしました。本年の雪若の誕生をお知らせいたします! 本年の雪若に輝いたのは……『緋那岐』さんです! おめでとうございます!」 わぁ、と観客の歓声と拍手が巻き起こった。 「それでは……緋那岐さん? あれ? 緋那岐さん?」 当の本人は、雪若になるとは露ほども思っていなかったので、既に会場からエスケープして雪像作りに勤しんでいた。 それから一時間。 係員が総出で緋那岐の捜索を行った。 間もなく発見された本人は、雪若の福を貰おうと待ちかまえている狂気的な眼差しをした住民達の前に差し出されることになる。 雪若が決まった後の会場には、多くのかまくらが作られていく。 大勢がかまくらの中で夕食を楽しむからだ。ウルシュテッド(ib5445)とニノン(ia9578)夫妻も、養子の星頼、礼文と共にかまくらを作り始めた。流石に家族四人と相棒が入る大きさは難しいので、四人で作るのは子供が遊ぶ為のもの。 「星頼、礼文、皆でかまくらを作ってみようか」 「ここに?」 「どうやって?」 「おお。よいのう。まずは皆で雪山を作るのじゃ! 始めるぞ、それ!」 気力と体力の有り余るニノンが指示を飛ばし、ウルシュテッドがそれを手伝う。雪はふわふわしていて子供の力で圧し固めるのが大変だった。さらさらと簡単に零れていく。 「星頼。礼文。父さんと母さんの故郷の雪もすごいぞ、巨大迷路も作ってる。完成する頃に行ってみるか? 今度はお前達を、祖父さん祖母さんに紹介しないといけないしな」 時々休んでは、屋台で買った甘酒で指と身体を温める。 「中をくり抜いたら中も装飾せねばならんぞ。氷の窓もはめ込もう。……おお、そういえばな」 ニノンは子供達の顔を覗き込む。 「よいか。父上は昨年この祭で、出会って二回目のわしに結婚を申し込んだのじゃ。冗談かとおもうた頃もあったがのぅ。あの時は……一年後にこんな形で再びここに来るとは思わんかった。人生とはおもしろいものよ」 ウルシュテッドは「はは」と苦笑いしながら妻を見やる。 「我ながら思い切ったものだが、お陰で今は大切な家族が増えた。普通はうまくいかない。それだけ母さんの懐が深いって事だ、存分に甘えるといい」 空になった湯飲みを雪に突き刺す。 「これ」 「少し置くだけだよ、ニノン。さあて、肩車に一番乗りはどっちかなー?」 賑やかな声が響く中で、写真機のシャッターを切る音が聞こえた。 「来年も皆で来たいものじゃな」 仕事から解き放たれたネネ(ib0892)は養女であるののの着替えをすませ、娘と仙猫うるるを連れて宿を出た。 「ちょ、私の防寒は!?」 「ええ、のののしろくまんとの中に隠れててください、あったかいでしょう?」 「えー!」 「さてのの、名物から食べて行ってみますか? 色々ありますし、好きなものと……」 出汁や鶏肉の詰まった卵、蒸かした芋にあまくてしょっぱい餡をかけて。 食べ歩きをしながら予約していたかまくらの席に向かう。 雪が舞い散る空は、少しずつ夜の帳をおろしていた。 「今夜は、いい月夜になるといいですね」 雪若を追い回すのは来年にしよう。 そんな事を考えていると、ののの懐から飛び出した仙猫がかまくらの中に敷かれた毛布の上に飛び降りて丸くなった。 「ふ〜……腰を降ろしたらやっとあったかい場所ね」 一番良い席はうるるのもののようだ。 仕事を終えた戸仁元 和名(ib9394)が宿に戻り、孤児院の到真に引き合わせた相手は虚空に浮かぶ羽妖精の少年だった。 名前はまだない。到真が考える事になっていたからだ。 「はじめましてー、よろしくね? キミが到真?」 「うん。僕が到真」 ふたりの稚拙なやり取りが微笑ましい。おそろいの着ぐるみを着て祭へくり出す。 初めて会う羽妖精の少年に気を取られた到真は、苦い思い出の橋を通っても、さして気にとめていない様子だった。 『良かった』 ホッと胸を撫で下ろす。 戸仁元たちもかまくらに予約席を持っていた。冷たい雪でできた一室で食べる、熱々のお鍋が美味しい。 「到真くん、焦って火傷せぇへんようにね。こ、こぼしてるこぼしてる」 べっちょり、と口周りについた卵を手拭いで拭う。 「ありがとう。あのね、名前なんだけど」 羽妖精の少年が背筋を延ばした。 「本を読んでも、何にしていいかわかんないし、先生に相談してもよく分かんなくて」 何かに名前を付ける、というのは随分難しい事らしい。 孤児院でどう過ごしているか、という話になると……ここ暫く悩みっぱなしだった事を話し出した。 「それで。お姉さんと僕の名前から一字ずつもってきて別の音にするのはどうかな」 「つまり?」 「和と真で和真、かずま……って、読める、よ、ね」 自信がないのかオロオロし始める。狼狽える到真を見て「かずまくん、やて」と羽妖精に促した。 雪神祭は、新しい家族がひとり増えた記念日になった。 からくり甘藍が、かまくらの壁面に突き刺した提灯の蝋燭を交換する。 ぼんやりと灯る温かい光。 その時、くしゅん、と灯心が嚔をした。紅雅(ib4326)が「寒くはないですか」と声をかける。灯心は「大丈夫」と言いながらお弁当の焼き魚をぱくりと一口。 「少し張り切りすぎたかも」 「昼間は太陽が出ていたとはいえ、風邪が強かったですからね。無理は禁物です」 ふんわりと毛布をかけて微笑みかける。長いこと病院に缶詰だった灯心は体が鈍っていたので紅雅と一緒に屋外警備仕事を引き受けたが、案の定まだ加減を知らなかった。 「久しぶりの仕事はどうでしたか」 「楽しかったよ。最初は『子供じゃないか』って心配されたけど、開拓者だって言うと大人扱いに変わるのは何でだろう」 「ふふ。開拓者は一人前として扱われますから。そうだ」 外套の中に隠していた包みを手渡す。クリスマスに渡し忘れた本だった。そして特注のクリスマスプティングを切り分けていく。 「クリスマスは、一緒に出来ませんでしたからね。ふふ、お正月と反対になってしまいましたが、美味しい物は美味しい物です。そういえば今年の目標は決めました?」 「目標? まだです」 「目標を持つ事は大事ですよ? 小さな事でも構いません。例えば私は……そうですね、今年は灯心と色んなところに行きたいです。ジルベリアとか、どうでしょう?」 「いく。ジルベリア本国の料理、食べたかったから。覚えられたら家で作ります」 家で、と告げる少年の言葉に双眸を細める。 「楽しみです。灯心は色々なものを見て、もっと世界を広くしましょうね」 時は多くの物事を変えていく。 今までも。 そしてこれからも。 闇が明るい。空から降りそそぐ雪に光が乱反射しているのだろう。 「ニクスの腕の中は温かいわね。みて」 ユリア・ソル(ia9996)は手元の小箱から盃を取り出した。持参した盃は、澄んだ青瑠璃と金鱗緑晶。青瑠璃を夫のニクス・ソル(ib0444)に手渡すと、酒を注いで憩いの一時。 「これで飲むのか? 粋だな」 「あら、ただ飲むだけじゃつまらないわ。腕を絡ませて互いの杯から飲みましょうよ。息が合わないと大変なことになるけれど……責任は取ってくれるのでしょう?」 「違いない」 懐の中で腕を絡めた不安定な姿勢のまま、ユリアはかまくらの中から手を伸ばした。 「雪の華を探してみましょう」 「雪花か……どうだろう、見えるかな」 華奢で白い指先にふわりと舞い降りる真綿の白。 ユリアが引き寄せたしなやかな指の上で、結晶は儚く溶けて消えていく。 「こんなにふわふわなものが、実はこんなに綺麗な結晶だなんて神秘的よね」 これぞ正に雪見酒。 くすんだ空を埋め尽くす雪は止めどなく地に積もっていく。 掬う事はできるけれど、摘もうとすると微かな風圧で掌から逃げていく。まるで花弁だ。 「捕まえてみせるわ。淡くて、ふんわりとしていて、触ってとけるのだとしても」 寄っているのだろうか。とろん、とした瞳には童心の煌めきが見えた。少女のような無邪気さで夫の腕の中から飛び出し、雪の中を舞い始める。 「ユリア」 「ここよ、ニクス」 雪が音を吸いこんでいく。 「ねぇ旦那様、このまま溶けても、私を見つけてくれる?」 悪戯っぽい微笑みと甘い声音に導かれて、ニクスも雪原へ踊り出した。指を掴んで軽く引き寄せ、踊るように腕の中へ閉じこめてしまう。ゆっくりと口付けて囁く。 「綺麗だ……愛してるよ、ユリア」 君しか見えない。 雪の中を緋那岐が走っている。 妹と合流どころか、着くずれた格好を直す余裕もない。 「雪若さまあああああああ!」 「俺に! 俺に今年こそ嫁ぅおおお!」 「商売はんじょおおおおおおおおおおおおおお!」 「若返りたいのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」 なんか言ってる。 皆が両手を前につきだし、血走った眼差しで今年の雪若『緋那岐』に触れようと血眼で走っている。 「少しは休ませろよー!」 緋那岐は全力で逃げ続けた。 傍観気味の妹は『兄様大変そう。頑張って』と心で声援を送って、華麗に見捨てた。 あの苦難は雪若の勲章みたいなものであるからだ。 かまくらの中で鍋をつつく綺月 緋影(ic1073)は外から聞こえる雪若騒ぎに笑いながら酒瓶の栓を開封した。朱塗りの盃に注いで蒔司(ib3233)と乾杯しながら身を寄せ合う。 「うー、さみぃ。酒飲もうぜ! けど、みんな相変わらずだなぁ。去年ここにお前と来た時は、まさかこうなるなんて思ってもみなかったなー」 「おんし、昨年は盛大に雪まみれになっちょったのう。今年は雪若に挑戦せんかったが」 綺月は鍋をかき回しながら「だってさ、雪若投げは未婚男性限定だろ。ほら、俺もう既婚者だし。な?」と同意を求めて首を傾ける。 蒔司は『そういえば』という顔をしながら「うむ」と短く頷く。 「確かに今となっては……おんしを半裸で雪まみれにさせるのは忍びないわ。確か『雪神! 俺を選べよ! 後悔はさせねえ!』じゃったか? 必死じゃったのぅ」 「笑うなよ。あん時はあん時でマジ真剣だったんだって」 思い出して笑う蒔司を見て綺月は拗ねた。 「今は違うからな」 「何がじゃ?」 「あの頃の俺とは違う。今じゃ1日でも長く蒔司と一緒にいたいと願ってる。不思議なもんだよな。あのな、蒔司。俺一人が幸せになっても意味ねーんだぞ。ちゃんと二人で幸せになんねーとさ。まあ嫁のお前が幸せなら俺も幸せ……って、あーもー何言ってんだ俺」 がば、と杯を飲み干す。 強い酒は喉を焼いた。 綺月の顔は酒で赤かったが、蒔司の頬は別な意味で赤かった。耳を伏せ、暫く言葉を探して何か悩んでいたが、そっと綺月の頬に触れる。顎を掬い上げて、愛しい金の瞳を覗き込んだ。 「ワシにとっての幸福は、おんしやきに……儀の誰よりもワシは果報者じゃ。なればこそ、おんしを誰よりも幸せにしたい。ワシを伴侶に選んでくれてありがとうな、緋影」 帰りは雪神に報告して帰ろうか。 そんな話をしながら、二人の宴は過ぎていく。 かまくらの中は温かい。 「……二人とも、このままだと手伝えないぞ」 寒いからと言って、ここまで密着するのはどうだろう。 リューリャ・ドラッケン(ia8037)は回し呑み用の酒杯「金鱗緑晶」や照明用のアロマキャンドルを手に持ったまま身動きがとれずにいた。というのもドラッケンを両脇から、むにょん、むにょんと胸で挟んで……抱きしめあう形で鍋を作り続けていたからだ。 「りゅーにー、こうしてた方があったかいだろ。ほら、シチューもできあがってきたし」 当然のように宣うスティア・V・D(ib0161)と。 「細かいことはいいじゃねェか。そら、ちょいと珍しい具合かもしれねェが、故郷でもいつもこんな感じの作り方だったし、味は保証するぜぃ。ヘス、そっちの皿をくれ」 全く改める気のない北條 黯羽(ia0072)の返事に、ドラッケンも何か言うのを諦めた。 実のところ密着していた方が温かい。 地面は色々敷いているとはいえ雪なのだから。 鍋などの調理具以外は持ち込んで故郷のジルベリア料理を仕上げたヘスティアと鴨鍋を煮込んでいた北條は、のんべぇよろしく、円卓の上に酒のつまみを広げ始めた。焙った魚、豆腐のみそ漬け、デザートには携帯汁粉などもある。 「食い物に鍋も色々で上等ってとこかねェ。かまくらで雪見酒とは乙な楽しみさね」 言いつつ北條はヘスティアにぴしっと指を指し「身体のコトもあるんだから酒なんかは無理しねェようにしないとだぜ?」と一応釘を差しておく。ヘスティアも目が泳ぎつつ照れ笑いを浮かべて「ああ。酒は控えめに、ってな」とホットワインをお湯で割り始めた。一応、緑茶陽香も持ってきていたらしい。 「お茶も良いけど、身体を冷やす。腹にこれを身につけてからだ」 犬柄の腹帯をヘスティアと北條に渡した。 「りゅーにー、おかんみたいだな」 「念には念を、だろ。冷えは大敵だからね。ほら。湯たんぽも」 昼間、雪若投げに参加して愛する女性陣へ福を献上するか悩んだドラッケンは、散々考えた末にヘスティアと北條が身体を冷やさないよう、あれこれ使い捨ての道具を買い込む事に決めた。なにより少しでも長く……二人の傍にいる方がいい。 「それじゃ、かんぱーい。んー、鴨鍋は葱がきいてるな! うまい!」 「シチューもあったまるぜぃ」 「乾杯。……もしも足りなかったら続きは家で、だよ。帰ったら三人で温まろうか?」 ぼんやり揺れる円卓の蝋燭。 三人の笑い声が雪に溶ける。 そして福男雪若選出へ参加しなかった事を不満げにしているのが此処に一人。 「むー……今年こそウルグが雪若になれるように応援するつもりだったのに」 ぷくー、と頬を膨らませるレビィ・JS(ib2821)を見て、ウルグ・シュバルツ(ib5700)は「雪若や土地神に失礼になったらどうする」と言葉を返す。 「選ばれるだけじゃない」 ぱちん、と炙っていた餅が弾ける。 シュバルツは肩を竦めた。 「仮に選ばれた後が大変だという話だ。土地の者に一年間の福をもたらすと言うだろう」 「そりゃね」 「だから困る。俺には共にありたい土地が他にもあるからな。やはり相応しくない。それで辞退をしたまでだ」 きっぱりと言い切るシュバルツの隣で鍋奉行をしている玉狐天の導が笑った。 「参加しても罰は当たらぬだろうに、主も律義よのう」 七輪の火花がシュバルツの横顔を照らす。遙か遠い地に心を置いたシュバルツの話を聞いたレビィは「へぇー、そうなんだー」と相づちをしながら目を丸くした。 「ウルグ、それどういうとこなの」 「別に此処とかわらないさ。一度は瘴気に呑まれながらも乗り越えてきた……逞しい地だ」 「それじゃわかんないよ」 「主、もう少し説明してはどうだ。そうよの、白き地を染めし花吹雪の絢爛たるや……人とケモノが共に棲まう地も、今後が楽しみであることよの。だが主の目にはそれよりもヒマワリパンが魅力的に映るのかのう。ま、機があれば訪れてみるがよいぞ。百聞は一見に如かずと言うであろう?」 レビィがシュバルツの袖をひく。 「……ね、わたしも行ってみたい!」 すると闘鬼犬ヒダマリの耳がピーンとたった。これは見過ごせない。 「それじゃお姉ちゃん、私と二人で行こう!」 「え、ウルグとも一緒に行こうよ?」 「いやほら、ウルグさんにも都合があるし!」 「あ、そっか。じゃあウルグの都合がいい時に一緒に行こう!」 レビィ達のかみ合わない会話を聞きながら、シュバルツは鍋を黙々と食べていた。 駆け回る雪若を見て微笑む白 桜香(ib0392)は、かまくらの中の神棚に祈る。 『雪神様。どうかこれからも農場や白螺鈿を見守ってて下さいね』 「随分、熱心に祈るんだね」 隣には、上級人妖桃香だけでなく、白螺鈿の大地主である如彩幸弥が座っていた。円卓に置かれたトマト鍋、蜜柑や柚子の果物が三つずつ、重箱に詰まった豆餅や大福、蜜柑餅は『差し入れに』と白が持参したものだ。 「巫女ですから。それより宜しいんですか、幸弥さん。皆さんの所へいかなくて」 「平気だよ。年寄りや男衆が仕切ってくれているし、僕は顔出しだけで充分さ。それとも……僕がここにいるのは、いけないかな?」 「幸弥さん、いじわるです」 「あは、ごめん。でも、こうやって一緒に食事できて本当によかった。会いたいな、と思っていたから。手料理を振る舞ってくれてありがとう。おいしいよ、とても。毎日食べられたらな、って期待してしまう訳だけど……なんて」 「幸弥さんはずるいです」 ぷい、と顔をそらす。 すると人妖桃香が焙った餅を口に入れて「あふーい」と悪戦苦闘していた。慌てて「桃香、熱いから慌てないで」と世話をやくと「ふわーい」というくぐもった声が聞こえる。 幸弥が穏やかな眼差しで様子を眺める。 和やかな空気が心地よい。 雪若は疲れていた。 否、疲れない方がおかしい。 「やすませろー!」 「雪若さーん、こっちへどうぞー! 警備とバリケードも万全です」 かまくらから救いの声を投げたのは礼野だった。 毎年の事ながら雪若の隔離場所を提供できているのは彼女くらいである。 傍にオートマトンのしらさぎと孤児院の桔梗が居て、偶然、火麗が相席していた。七輪の小鍋から手料理のブリ大根が芳しい香りを漂わせている。味のしみたおでんも含めて、しゃれた雪見酒には丁度良いツマミだ。 「たすかったー。おじゃましまーす」 「おや、さっきの。どうやら雪若の御利益がありそうだね」 掌に転がしているのは、瘴気から創りあげた小さなハートの小物だ。 「あはは、だといいけど。妹とはぐれるし、本当に腹へったぁ、そのブリ大根貰っていいかな」 どっかりと腰を下ろす。 「勿論。生姜が強めだけど、大丈夫かい」 「雪の中を走り回って手足冷えてるからありがたいよ。いやー、今年は俺かぁ」 実感が湧かない。 延々と追い回されて、ぽけーっとしている雪若に「大変だねぇ」と声をかけつつ杯を渡す。 「まぁ祝い酒だ、一杯やりなよ。今宵の雪は一際きれいだしね」 皆と賑やかに過ごすのも悪くない。そう思いながら火麗は酒を呷った。 人々が夕餉の鍋をつつく頃合いを狙って、鈴梅は杏やミゼリ、聡志や小鳥を連れて新しい雪若『緋那岐』へ会いに行った。勿論、今年も福をお裾分けしてもらう為だ。杏たち子供達の頭を撫でてもらい、ミゼリに触れようとした途端。 パチン、と指先で何かが弾けた。 「あれ? なんだ、今の」 緋那岐が指を見た。 まるで微弱な電流が走ったような気がした。 「ミゼリさん、大丈夫です?」 ひいなが顔を覗き込む。 『もしや雪神様の力同士、何か干渉を……?』 「ええ大丈夫、なんともないから」 ミゼリも「変ね」と首を傾げた。 静電気でも身体に溜め込んでいたのだろうか。 ともかく雪若に触れて祈った後、御礼を告げてその場を去った。 さくさくと雪道を歩いて家へと帰る。白螺鈿の郊外、白に染まった農場へ。 「雪神様が、今も白螺鈿を領地に入れてくださっている……これは喜ぶべき事なんだと思います。きっと御利益があるはず。雪若だけのお祭りになっても困りますし。ちゃんと由来と、雪神様の事も……伝えていかないといけませんね」 からくりの瑠璃と一緒に天を見上げた。 雪降る祭夜に祈るように。 恵みの雪は、静かにふり積もっていく。 |