救われた子供達〜先見章〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 24人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/02/28 14:01



■オープニング本文

【★重要★この依頼は、開拓者になった【アルド】【結葉】【灯心】、養子になった【恵音】【未来】【明希】【エミカ】【イリス】【旭】【星頼】【礼文】【スパシーバ】【のぞみ】【のの】、孤児院に残っている【華凛】【到真】【真白】【仁】【和】【桔梗】【春見】に関与するシナリオです。】


 宮仕えをしていると所属施設や高位官僚からの召還というものに遭遇することが屡々ある。緊急の仕事であったり、昇進の話であったり、内容は様々だが……足を運べと召還が掛かるのではなく、役人が家を尋ねて来るというのは、大抵よからぬ問題である可能性が高い。
 例に漏れず。
 その老人の家にも似たような現象が起こった。
「お前達、何をしている! 私有地だぞ! 勝手にはいるな!」
 きぃきぃとわめき散らす老人。
 しかし土足の役人は耳を貸さない。
「年貢の納め時という奴ですねぇ」
 玄関に立っていたのは悠然と頬笑む封陣院の分室長こと狩野柚子平だった。
「あなたの子飼いが吐きましたよ。手駒は選ぶべきでしたね」
 開拓者達の作戦と心理的誘導により、子供達を害して狩野柚子平を陥れようとした男は自白した。殆ど保身の為の協力である。証言を元に、指示した者の証拠を差し押さえることになった。正式な手順を踏むと、どうにも物事は遅くなりがちだ。これだから、お役所仕事というのは困る。
 しかし役所仕事だからこそ出来る報復というものもある。
「安心なさい。きっと楽に死ねますよ」
 柚子平は優美な微笑みを浮かべた。
「畳の上ではありませんけどね」
 老人はゾッとするような微笑みを見た。

 +++

 ところ変わって此方は神楽の都。

「例の黒幕、捕まったらしいよ」
「へぇ」

 孤児院の屋根に降り積もった雪を除雪しながら、開拓者達はそんな話をしていた。眼下には雪だるまを作って遊ぶ子供達がいて、裏山には紅梅の花が咲いていた。既に桃の花も蕾をひらきはじめ、じきに桜を拝める春が来るだろう。
 年が明けてから、開拓者達は比較的おだやかに過ごしていた。
 ある者は旅行に出かけ、ある者は自宅で過ごし、戦ばかりの以前に比べて夢か幻のような日常を享受していた。
 ああ、平凡な日々とはこういうものなのか、と。
 しみじみ考えてしまう事もある。

「はーい、手を休めない」
「へーい、やるかぁ。雛祭りの支度もしないとだしなぁ」

 生成姫一派に誘拐された子供達を魔の森から救出して、二年が過ぎた。
 どの開拓者も人助けは散々やってきたが、その後の手助けを行う事例は比較的少ない。
 問題解決がアヤカシと戦うばかりでない事を知った者もいるだろう。
 そして。
 この孤児院も、開拓者が引き継ぐ事になる。
 建物と土地を買収する資金に関しては、大凡の見積もりができていた。
 具体的に誰が管理者になるかはこれから話し合われるが、少なくとも子供が散り散りになったり、政府の介入がなされる危険は無くなるだろう。
 あの狩野柚子平も、1月に斎竹家の第一令嬢と無事に結婚したという。
 しかし相手が貴族であるせいか、はたまた仲人が両国の国王であったからか。開拓者達は狩野柚子平の姿をひとつきほど拝む事はなかった。
 まずは石鏡国で挙式、親戚で披露宴、貴族関係の挨拶回り、そして嫁入りに関する盛大な送り出しにお迎え、さらに似たような騒ぎが五行国に来てからもあったらしく、連絡を取ろうとしてもまるで捕まえることができなかった。

 +++

「みーんなー!」

 開拓者と狩野柚子平の間を取り持っていた人妖樹里の声が聞こえた。
 みれば門の辺りで手を振っている。

「ひさしぶりー! ちょっと話があるんだけど、いいかなー!」

 開拓者……といっても、アルドや灯心、結葉を抜いて、昔からの大人達が応接室に集められた。扉の向こうでは、子供達が遊んでいる。

「どうしたの、樹里ちゃん」
「まあ、まず此処の買収と引継関係の事と、それと」
 よいしょ、と分厚い報告書の束を取り出した。
「養父母や後見人のみんなに渡さなきゃいけない奴ね」
「……なにこれ」
「ユズが結婚したでしょ? 何しろ相手が他国の大貴族様だから、旦那をド田舎の封陣院分室長のままって訳にはいかなくなったのよ。これから国交を盤石にする為の社交行事への出席も増えるだろうし、数年間は色んな所の政府施設を点々として……所謂、出世コースね。そうなるとギルドやこっちには余り来られなくなるのよ。でも、子供の監視はしなきゃいけないし」
 狩野柚子平の人妖である樹里やイサナも、国内の仕事が増えることになる。
 今までは樹里達が回収していた報告書を、開拓者達が定期的に発送しなければならないらしい。
「つまり連絡先を書いてよこせと」
「ペースは毎月よ」
「ま、お役所仕事だから仕方がないね」


■参加者一覧
/ 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 郁磨(ia9365) / ニノン(ia9578) / 尾花 紫乃(ia9951) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / 紅雅(ib4326) / ウルシュテッド(ib5445) / 明星(ib5588) / ローゼリア(ib5674) / 宵星(ib6077) / ニッツァ(ib6625) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 白雪 沙羅(ic0498


■リプレイ本文

●救われた子供達〜先見章〜


 開拓者達は人妖樹里に連絡先を渡した。
 一歩部屋を出れば、孤児院は雛祭りとお別れ会の準備で忙しい。

 双子を始め子供達に「掃除をしよっか〜」と提案した郁磨(ia9365)はやることと一緒に説明を始めた。
「和や仁たちにもさっき説明したけれど、雛祭りは女の子の為の行事だから、男の子のみんなは当日優しくしてあげるんだよ〜? でもね、五月になると今度は男の子の行事があるから交代で頑張ろうね〜」
 言葉に出さなくとも『いいなぁ』という羨ましさを抱えていた少年達は、俄然やる気が出たようだった。早速、散らかった部屋を片づけていく。

 度々集う21名の子供達にとって。
 やはり開拓者以外の人間で尊敬すべき年上といえばアルド達になるらしい。
 言葉少ないなりに黙々と手を動かす少年は、一時は兄弟姉妹から距離を置いて疎遠になっていたものの、いざ一緒に動くと司令塔のような雰囲気は残っていた。昔はただ命じられるままの関係であったけれど、今は年下に慕われているように見える。
 憧れの兄なのだろう。
「アルド」
 无(ib1198)が声をかけた。
「なんだ?」
 くりっと頭を傾けてくる少年に「院長先生の書庫の整理を手伝ってくれないか」と声をかけた。司書業をしている无にとって一人でもすむ仕事だが、アルドが陰陽寮に所属した以上はこうした特化分野の作業も勉強になる。
「すぐにいく」
 アルドの返事を聞いた无は玉狐天ナイを呼び出し「子供達の手伝いと話し相手を頼む」と命じた。ふよふよと飛ぶ玉狐天。无は『もう雛祭りか』と感慨深そうに目を細めた。


『例の件はなんとか片づいた様子ですし、今はこちらですね。よき一日にせねば』
 御樹青嵐(ia1669)は同席している子供の顔色を窺いながら話をしていた。
「主食に据えるなら、ちらし寿司がよろしいと思います」
 彼を含め、礼野 真夢紀(ia1144)達は数日後に迫る雛祭の献立を考えている途中だ。
「うーん、蛤のお吸い物、ちらし寿司は鉄板、あと手鞠寿司も可愛らしくて良いかな?」
「ですね」
 礼野の手元を覗き込んでいた御樹が何かを思いつく。
「そうだ灯心さん、あなたも何か一品、作ってみませんか」
 御樹は子供の自主性を引き延ばそうと声をかける。
 料理が得意な開拓者と多く接した影響なのか、料理に強い関心を傾ける子供は一人や二人ではない。子供の手でも作れて美味しいものならちらし寿司、少し手先が器用な子供には手料理の提案も促していく。
「最初は失敗したり戸惑う過程があるかも知れませんが、あまり難しく考える必要はありませんよ」
「でも特別な日なのに」
「だからこそです。この新たな旅立ちに際して、仲間や兄弟姉妹、院長先生、他の皆さんにも御礼や感謝をこめて何を食べて貰いたいか、考えることは重要です。難しい料理、手の込んだものでなくとも構いません。後ほど考えてみましょうか」
「う、うん。じゃあボクも、作ります」
「いいですね、それ。必要な食材が決まったら教えてくださいね」
 礼野も頷く。
 新鮮な魚や生肉は、霊騎の若葉に材料を運搬して貰えばいい。氷霊結で氷をこしらえれば、例え小春の陽気でも腐ることはないだろう。夜は冷え込むから、屋外においておくだけで保冷庫になる。尤も野良猫やら裏山の獣が怖いので外に放置は出来ないから、勝手口の内側にでも盥を置いて保管になるだろうけれど。
「献立決まったら、買い物と材料の予約にいかないと。何人か手伝ってね」
 料理が好きな子供が「はーい」と愛らしい声を投げた。


 刃兼(ib7876)と旭は、弖志峰 直羽(ia1884)や結葉達とともに雛壇を出すのを手伝う。
 重い骨組みは大人の仕事だが、緋色の絨毯をかけることくらいは旭たちにもできた。
「雛祭の定番料理って何だろう?」
 と声を発したのは刃兼だった。
「お魚?」
「それは旭が好きな料理、だな。まあ台所で相談中だから見てくればいい話だが」
 ちらりと視線を動かす。
「ハガネー、陽州の雛祭って、ここと一緒?」
 小首を傾げる養女に刃兼は苦笑いを返す。
「……いや、わからない。ごめんな。男兄弟ばかりで馴染みが薄くてさ。幼馴染の姉妹はどうしてたっけか」
 今度聞いてみよう。
 そんな事を考えながら、窓の外を見た。樹里が横切る。
『柚子平、結婚したんだな……色々大変そうだし、そのうち直接顔を合わせて、祝いの言葉を伝えられる機会があるといいんだが……』
 時と共に全ては変わっていく。
 人も、他人も、関わりかたも。それでも変わらないものがある事は分かる。
「ハガネー! 布の端っこもってー!」
 旭が無邪気に笑う。
 この少女と親子になった絆は、何年経っても変わることはないだろう。

 雛壇の設置という肉体労働を終えた弖志峰は「こうかな」と出来上がった飾りに満足顔。
 そして子供達を振り返った。
「よーし、今日は手作りのお雛様もつくって、あっちこっちに飾っちゃおう」
 尾花 紫乃(ia9951)も「みんなで流し雛をつくりましょうね」と語り、桔梗を膝に乗せて折り紙を始めた。時々桃色の布で桃の花を作り、少女の達の髪飾りにしたりと、尾花たちの周囲には「私も私も」と賑やかな輪ができていた。
 何度も作ってきた折り紙は、子供達にとって馴染みやすいものとなった。
 ゼス=R=御凪(ib8732)とケイウス=アルカーム(ib7387)はイリスとエミカを挟んで座る。ゼスはうろ覚えの知識を頭の中からひっぱりだす。
「確か桃の花も飾るんだったな。ケイウス……先日『教わってくる』とは言っていたが」
 大丈夫なのか?
 と澄んだ瞳が問いかけている。
 聞き漏らしがなければいいが、と懸念を抱くゼスの前で、アルカームは太陽のような輝く笑顔を見せてきた。
「心配そうだね、ゼス。事前に折り方は教わって練習もばっちり、完璧だよ!」
「そうか」
 見事な紙細工を見せつけられたゼスは納得した。
 これはすごいな、と立体的に織り込まれた折り紙の花を掌に転がす。
 その一方で、得意満面のアルカームは、ちらりと養女エミカを見た。エミカは何も言わずに黙々と折っている。教えられるまでもない的な状態には、ある理由があった。
『やっぱり黙っててくれてるんだ……あー、家の中のお雛様試作費品、後で片付けないと』
 今日この日の為に。
 折りまくった折り紙の残骸を知っているのは、折ったアルカームと同居しているエミカのみだ。
 努力は実を結んだ。
 後は折るだけである。ひたすら。
「エミカ、お雛様を折ってもらっていいかな。俺は……お内裏様かな」
「分かったわ、ケイ兄さん」
「イリス、ケイウス達からゆっくり教えてもらおう。俺とケイウスはお内裏様として、イリスはお雛様、か」
「じゃあ、とびっきり可愛らしいお雛様にするわ。お花も服に飾りたいの」
 教わりつつも、やり方がわかると黙々と折るようになってしまいがちだ。
 が、アルカームは飽きないようにと配慮してか、必死に覚えた折り紙で色々なものをつくってみせた。桃の花を二輪折り上げ、イリスとエミカの髪に挿す。
「お揃いだよ!」
「じゃあケイ兄さんの髪にもさしてあげる」
 ころころと笑いながら雛飾りを作った。
 世の中には紙で立体的且つ複雑な相棒を作る者もいるというから驚きだ。
『折り紙って楽しい。相棒達の折り紙が折れるまで極めてみようかな? それでエミカに』
「ケイウス、何故か形が崩れた」
「ああ、そこはねー、逆に折るんだ」
 穏やかなひとときが過ぎていく。

 一方で蓮 神音(ib2662)は台所から保管して貰っていた卵のまぁるい殻を持ってきて、春見と一緒に絵の具を揃える。
「さぁ、お顔を描こう。春見ちゃんは上手にお内裏様とお雛様がかけるかな?」
 居間の片隅に設置されていく人形の方を、じーっと凝視して顔を描こうと奮闘する。
 ぷるぷる震える筆遣いが愛らしい。
「あはは、春見ちゃん、そんなに似せなくて平気だよ。ほら、さくらのお雛様」
 蓮は自分の描いた女雛をみせた。
 糸のような優しい目、紅で弧を描かせた口元、そして黒髪を表現する墨の線と、気分で描いた桜の花。少しずつ自分らしい絵をかきながら「仕上げは折り紙で衣装にするんだよ」と人形遊びのように楽しげな声を響かせていた。
 楽しい思い出であってほしい。
 幸せな日々であったと思えるように。
『院長先生が心置きなく孤児院を離れられるようにしたいなぁ』

 吊るし雛を作っているのはアルーシュ・リトナ(ib0119)と養女の恵音。こちらは裁縫が手際よく進み、縮緬の端切れを使って花や人形を作っていく。ローゼリア(ib5674)と養女の未来も手伝った。小さな布袋に綿を詰めていく。
 これがなかなか難しい。
「アルーシュお姉様、こちらはこのままでよろしいのでしょうか」
 リトナはローゼリアの手元を覗き込んで「はい、合ってますよ」と優しく囁く。
「未来、このままでひっくり返せばいいみたいですわ」
「う〜〜、あたしのやつ、なんか変」
 兄弟姉妹の中で灯心の次に年嵩の少女は、図体はさほどかわらないのに心は幼い節があった。
 あきっぽくて短期で集中力が短い。昔は癇癪もおこしたものだが、それは過酷な生活から解放されたが故の幼児返り、いわば甘えの一種なのだと……共に暮らすようになってからローゼリアは気づいた。
 我慢ができない訳ではない、けれど今はしたくない。
 そういう幼い揺らぎを感じる。
『まぁそうですわね。考えても見れば、あんな所で囚われていて、甘えがあろうものなら』
 未来はアヤカシに『使えぬ』として殺処分されていただろう。
 甘えられる相手ができた。
 それがローゼリア達であった事は、未来の幸運に違いない。
「ねえ、あたしのあってる?」
 大事な一日を過ごすにあたり、甘えはなりを潜めて真面目に作っている。
 ローゼリアは娘の頭を撫でた。
「ええ、ちゃんとできてますわ」
『未来が、そして恵音や他の子が皆幸せになって欲しいものですわね。輝かしき希望と可能性……私が貴女に選んだ名前。その通りに生きて欲しい』
 どうかこの先も幸せでありますように。

 一方の恵音も、養母のリトナに縫い目を見せながら尋ねてくる。
「おかあさん、ここどうすればいいの?」
「そうね。ここは指一本の穴をあけて、綿を少しずつ詰め込んで」
 華やかな布の吊るし雛は、髪飾りに仕立て直したり、毎年少しずつ増やしても素敵なはずだ。羽妖精の思音が「恵音っ恵音〜、縫うの上手になったよね〜」と肩から手元を覗き込む。
「そう? でも出来るのは小さいのだけよ。大きいのはむり」
「そのままでいてもいいよ。そしたら衣装持ちになれそう!」
 現在、羽妖精の細々とした衣類は恵音が縫っている。
 少女は縫いながらいつも微笑む。
『よろこんでもらえるって、幸せね。おかあさん』
 リトナは「恵音」と囁きかけた。
「ん?」
「今日の帰りは雛あられをかいに行きましょうね。他に何が食べたい?」
 お買い物はいつも心躍る。恵音は首を傾けて「桃まんじゅうがいい」と甘いものを連ね始めた。羽妖精の思音が「こっちには聞いてくれないの?」と頬を膨らませる。
「あら、だって雛祭りは女の子の祭ですから」
「えー。あ、でも女の子じゃなくてもお菓子は食べていいでしょ? 恵音、半分こしてね」
 賑やかな娘と羽妖精を眺めながらリトナは思う。
『一年毎に素敵な女の子への階段を健やかに、のぼってくれますように』

 雛飾りをはじめ紙で作る細工物は、今まで七夕などの節目に皆でつくってきた。
 愛らしいものもあれば、全く関係のない簡単な飾りもあるけれど、好きなものを作った後には……やはり千羽鶴を折り始めた。
 弖志峰が鶴を見せる。
「これはねー、千個折って院長先生におくるんだよ」
 子供と開拓者をあわせれば、一人二十個と少し折れば千羽に届く。
「私もやるわ」
 ちゃっかり弖志峰の隣に座す結葉が、真剣な眼差しで鶴を折る。
 つむじの見える位置から結葉を見た。
 弖志峰の口元が弧を描いた。
『樹里ちゃんは黒幕が捕縛されたって言ってたけど……子供達も恙なくそれぞれの道を歩む事ができるのかな。誰もが悲しみを背負ってた。少しでも時間や大切な人が癒してくれるのを願うばかりだけど……』
「おにいさま、なあに? 簪曲がってる?」
 枝垂桜の簪に手を伸ばす結葉を見て、弖志峰は「ううん。もうじき桜が咲くなぁって」と微笑みを返した。

 子供達が必死に折り紙をしている所へ、郁磨が順番に回っていた。手に持っているのは院長へ渡すための寄せ書きである。ひとりひとり順番に回って、書き漏れがないように気を使っていた。
 手伝っているのは和達双子。
「和、次は?」
「えっと、にーちゃんがまだだけど、お台所からでてこないし、じゃあ……」
 きったない平仮名文字に線を引いていく。
 その作業一つとっても大事なモノだった。
「小さい子からいこうか。あのね、和。院長先生は皆の笑顔や幸せを願ってくれてる。だから雛祭りの日は辛くて大変なお役目なんて考えず、幸せな夢を抱いて、幸せな未来を作ろうね……」

 他にもつくるものは沢山ある。
 例えばニノン(ia9578)は子供達と一緒に内裏雛の冠を紙と糸で手作りしていた。人数分揃えるのは、思い出を描かせて、そして別れの際に院長へ渡すためだ。


 ふんわりと香る甘い香りは、焼きたての苺マフィン。
「いたいた。お久しぶり、調子はどう? 叔父様の家での生活はなれたかしら」
 休憩の頃合いを見計らって、フェンリエッタ(ib0018)は星頼と話をしていた。ここ最近あった事を報告しあう。するとフェンリエッタは、よしよしと星頼の頭を撫でながら話を始めた。
「ずっとね、思ってた事があるの」
「なに?」
「星頼は叔父様と似てるなって。考え方というか、人間の根っこの部分が……やっぱり親子ね。一緒に暮らしていると、性格や癖とか、どこかしら似てきたりするものよ。近づきたい、って思うから……かな」
 いまいちピンとこない小顔は「似てたら、いいなぁ」という儚い声を零した。
 まふ、と焼き菓子を囓る。
 まだ幼い横顔に、フェンリエッタは囁きかけた。
「あのね。自分では我が儘かな、と思える事も偶には言っちゃうといいわ。それが案外、我が儘でなかったりするのよ。言わなければ伝わらない。けれど相手は、あの叔父様だもの。どんな形でも星頼の気持ちに応えてくれるはずよ。だってあの二人はあなたのお父さんとお母さんだもの。星頼が家族は大好きだって事、叔父様達も分かっているわよ」
 さらさらと風に揺れる前髪に触れて、フェンリエッタは微笑む。
 星頼は「……うん」とだけ告げた。
 甘えるのも、思いを伝えるのも……勇気と後押しが必要なことなのだ。

 休憩を終えた星頼を迎えたのは、袖をまくり上げて模様替えに勤しむ養父ウルシュテッド(ib5445)だった。フェンリエッタと一緒の姿を見て「おや、かくれんぼはおわりかい」と朗らかに話しかける。提灯南瓜のピィアはふよふよと飛んで星頼の腕の中に収まった。
「丁度、良かった。今から休憩なんだ、つきあってくれるかい」
「ぼく、もうおかし食べちゃった」
「そうか。じゃあ、父さんのを食べてくれるかい。太りすぎると母さんに愛想を尽かされるから、減量につきあってくれると嬉しいな」
 優しい人だと姪っ子は目を細めた。
 洗濯を手伝ってくるわ、とフェンリエッタが遠ざかる。
 残されたウルシュテッドは「よいしょお」と声を上げて星頼を膝に乗せた。
「重くなったなぁ」
 骨と皮だった頃に比べると、なんと筋肉や脂肪の付いた身体だろう。ぎゅーっと腕の中に閉じこめていると、後方から「そなたの筋力が落ちたのではないか、我が夫よ」と妻ニノンの声が聞こえた。休憩用のお茶と菓子を運んできてくれたらしい。ちなみに本気でそう思っていないことぐらいは声の調子でよく分かる。
「ニノーン」
「ははは。星頼、そのまま今日一日テッドにひっついて筋力をきたえてやるがよいぞ」
 その時。
「礼文、みつけた」
 ニノンを手伝っていた礼文に声をかけたのは、宵星(ib6077)だった。にこにこと笑いながら自分で作った雛飾りを見せる。
「礼文はどんな絵を描くの?」
 手元を見たニノンは「おお、随分と上手ではないか」と言い、礼文に「一緒に描いておいで」と背を押した。後でまた手伝ってくれると嬉しい、そう花の笑顔で囁く。
「じゃあ、僕も描こうかな。何を描いて良いの?」
「すきなものでいいんじゃない? 苦手なら作文や工作でもいいと思う〜」
 にっこにっこしながら礼文の手を引いて大勢が賑わう席に座る。
「さて我が夫だけでなく皆にも休んで貰わねばな」
 ころころ笑ってニノンが通り過ぎていく。
 ウルシュテッドは「そうだなぁ」と小声で呟いた。
「時々、星頼に付き合ってもらうのはいい案かもしれない」
 ウルシュテッドは紅茶で喉を潤すと、本日よっつめのマフィンを囓る星頼の顔を伺う。
「星頼、この前の話の続きをしよう。先ずは……父さんの仕事を手伝ってみるかい? きっといい経験になる。簡単に言えば領民の暮らしを支え向上させる事だ。飢えや戦で苦しまぬよう、多くを学び楽しく生きられるようにね。将来一人前になってから、きちんとそういった仕事をするかどうかは星頼の自由だよ。どうかな」
 淡々と紡がれる言葉に「やる!」と小さな声が聞こえた。
「なんの話ー?」
 ひょっこり顔を出したのは明星(ib5588)だ。
 ウルシュテッドが「星頼が父さんの仕事を手伝ってくれるって話だよ」と語った。
「将来の話? お父さんの跡継ぐの?」
 星頼は口を開けようとして、押し黙った。
 一番でなくて良い、と物分かりの言い考え方をする大人びた子供故だろうか。
 躊躇いを気にしない明星は「星頼はえらいなあ」と感心した。
「将来の事とか、ちゃんと考えてるんだね。僕がそれくらいの時って遊んでばかりだったな」
 ウルシュテッドは「いいじゃないか。今はどうだい」と声をかける。
 明星は、もふらの天音をちらりと見た。
「将来かあ……僕はいつかもふら様と仕事がしたくてさ。何か良い案があったら教えてよ」
 にっこりと笑った。

 沢山の飾りが量産されていく。
 そこへ丁度、薪割りをしていた酒々井 統真(ia0893)が戻ってきた。
 美しく飾られた雛壇を眺めて「いい出来じゃないか」と組み立てていた結葉達を褒める。
「おにいさま、まだ薪は裏に運ぶの?」
「ああ、少しな」
「じゃあ、お手伝いするわ。折り鶴もおわったし」
 少し思案した酒々井は「じゃあ頼むか」と言って、薪の一束を談話室に置くと、袖を縛った結葉と外へ歩いていく。重いだろう、と気遣っても、全然平気よ、という華やかな声は嘘ではないのだろう。悲惨な昔の生活に比べれば、楽すぎてお話にならないはずだ。
「結葉。今日は夕方以降、予定はあるか」
「ううん。ないけど」
「じゃあ、ちっと街に買い物へいくか。雛祭ってのは、女の子の祭だからな。好きな髪飾りでも買ってやろう。きちんと髪をとかして用意しとけ」
 思わぬ話に、結葉の顔がぱっと華やいだ。
 一般的な金銭感覚を叩き込む為、酒々井は鞭役でいる事の方が多い。けれど手綱を緩める時だってある。何度も「本当?」と確認してくる結葉に苦笑いしながら「嘘はつかねぇよ」と言って白い頬をつついた。
「し、支度してくる!」
 猫のような動きで走っていく背中に「まだ、はえーだろ」という声は届かなかった。
 こういう所は、まだ子供だ。
 やれやれと肩を竦めながら思う。
 あの娘の背中は、自分の生きた軌跡が間違っていなかった事を明確に示すものだ。
『……ここまできたんだなぁ。腕っ節しか頼るもんが無い中、俺もよくやったもんだ。これからも、なんとかやっていくしかないな』
 人生はまだまだ続いていくのだから。


 食材買い出し班は幾重にも分かれた。
 やはり買い物は楽しみたいものだ。

 ネネ(ib0892)とからくりリュリュは、ののの手を引いて商店街を歩いていた。
「お吸い物用のはまぐり、はまぐりー、と。ありました、こっちですよ、のの」
 ネネがわざわざ少し遠い魚屋を選んだのは、海や川から引き上げられた生きのいい魚たちが木桶の中で泳がされている店だったからだ。この世の生き物とは思えぬシャコ貝などもぱっくり口をあけていて、ののは「ふあー」と変な声を発して魅入っている。
「のの、危ないから手を出しちゃだめですよ。リュリュ、見張ってて。おじさーん」
 店の奥にいる店主を呼ぶ。
 大人数分の蛤の調達は簡単にできるものではないので、必要量を伝えて配達を頼み込む。
「じゃあ、おねがいしまーす。ののー、次のお店に行きますよー」
 あれこれ楽しそうに見ていたののは「はぁい」と言って手を繋いだ。
「次は……あ、アラレも作らないと! 三食にする為の食紅もいりますよね」
 雛祭になったら、めいっぱい楽しもう。近所におすそわけもしたい。
 そんな話をしながら、道沿いの桃の花を見た。
 もうすぐ、春。
「こんなに大きくなりましたよ、って色んな人にお知らせできるのって、幸せですね」
 ふ、と目元を緩めた。


「ボク、こういうの初めて見た」
 紅雅(ib4326)と買い出しに出ていた灯心が、じっと凝視しているのは金箔だ。食べるために特別薄くのばされたもので、祝いの席などで使われる。けれど灯心が見つけた金箔は桜の花や星形に切り抜かれた美しいものだった。
「結葉姉さんとか、イリスとか、好きそう」
「買っていきますか?」
 紅雅が背後から声をかける。
「でも、おつかいとは違うし」
「ふふ、大丈夫ですよ。買ってあげます。雛祭のお祝いの日に使いたいのでしょう? 誰かの為を思う灯心の気持ちが嬉しいのです」
 買い物に出かける前の話である。
 料理に関して色々熱心に聞き入る灯心は「女の子の祭の料理かあ」と悩ましげな顔をしていた。
 それを見ていた紅雅は囁いた。
『雛祭は確かに女の子のお祭りという雰囲気ですが、和やかで、とても素敵だと思いませんか? 皆さんがおっしゃるように男の子の祭もありますからね、今は女の子の為に大人しく裏方作業をしていましょう。でも、何の変哲もない普段の料理も、可愛らしい形に工夫してみると心配りになるものですよ』
 姉妹は総じて綺麗なものや愛らしいものが好きだ。
 ずっと一緒にくらしていたから、好みくらいは知り尽くしている。
 紅雅の言葉に甘えて愛らしい金箔を買い込んだ灯心は「お菓子が良いかな」と、作る料理に想像を馳せていた。
 その横顔が微笑ましい。
 紅雅は、ふとあることを思い出した。
「灯心、そういえば……誕生日、を聞いたことがありませんでしたね。覚えてます?」
 すると灯心は「おぼえてない」と言った。
「そうでしたか……では、今からでも遅くありません、誕生日を決めませんか。特別なお祝いができます。そうですね、4月はどうでしょう? 私と灯心が出逢った日です」
 もう二年、されど二年。
 荷物を抱えた灯心は「誕生日までもう少しだ」と言って顔をほころばせた。


 メモを手に商店街を歩くニッツァ(ib6625)とスパシーバは、雛飾りや雛祭用菓子で溢れる店先に立ち止まっては「みてみい、あれ美味しそうやで」とか「こういう形にも意味があるんは初めて知ったな」と感心しながら歩いていた。
 勿論、食べ歩きも。
「さーて、帰ったら女の子達の為に和紙で花飾りをつくらんとなぁ。橘と桜やったっけ」
 ブローチや髪飾りにもできるようなデザインにすれば、きっと楽しいはずだ。
「うん」
「せや。シーバ。先生にも作ったりぃな。ありがとうてな」
「うん。あと甘ひ」
 ばりん、と囓ったのは菱餅の菓子。
 スパシーバは思わぬ御馳走に上機嫌で、眺めるニッツァは笑っていた。
「いやぁ、ぎょーさん手伝ーてもろたから、おつかれさんのご褒美やって。味見もかねてな」
 髪を撫でる。
 指の間から、さらさらと零れる艶やかな黒髪。食べ歩きが仲間に見つかったら『お行儀が悪い』なんて言うかもしれないけれど、今は男二人の買い出しだ。
「しっかしまぁ、雛あられやったっけ。随分と種類があったなぁ。味も違うし、豆も入ってる奴があったり……せや、何かうまそうやったし、今度家でも作ってみよか!」
「僕、女の子じゃないよ?」
 ばりんばりんお菓子のいい音をさせながら、ささやかな主張が聞こえた。
「なーに言ってんねん、シーバ。雛祭は女の子の祭らしいけど、お菓子に男も女も関係あらへんて。そもそも天儀の祝い事は俺もよう知らんねんでな、雛あられは菓子やろ? つまり異文化交流の一種や、つまり食い物の見聞やな!」
 どーん、と言い切るニッツァの男らしさに注がれる輝く眼差し。
「僕が雛あられ食べても変じゃないかな」
「変じゃないて」
 免罪符を獲得したスパシーバが「緑のあられ、どんな味かな」等と店頭でみかけたお菓子の話を始める。すると遠巻きに「ちょいと、おにーさん」と第三者の声が聞こえた。
 見れば。
 猫又ウェヌスが店先の試食品を囓っていた。
「ああ!? こらウェヌ! つまみ食いはゆるさへんで!」
 つーん、と顔を背けた自由奔放な猫又に叱りつけた後、店のおばちゃんに謝って、ついでにスパシーバが欲しそうにしているあられ菓子を買った。金平糖が混ざっている。
「味見とつまみ食いは別や。ほれ、シーバも食うてみ?」
 どうやら寄り道が楽しくて早く帰れそうにない。


「誰かと話せました?」
 道を歩くリオーレ・アズィーズ(ib7038)が養女明希の顔色を窺う。すると少女は少し寂しそうな、悩んでいるような、そんな表情を讃えた。隣を歩く白雪 沙羅(ic0498)も会話に聞き耳をたてる。実は進んで買い物に出たのも、明希の胸中を思ってのことだ。
「話はしたけど……聞けなくて」
 声が途中で出なくなってしまうのだ、という。
 挨拶はできる。笑顔は作れる。美味しい物を食べれば幸せになるし、遊ぶのだって楽しい。だけど『おかあさま』や『里』の話をしようとすると、不思議なほど喉から声が出ないのだという。ひゅ、と呼吸が苦しくなって、唇だけがぱくぱくと動く。
『なあに、明希。私の顔、なんかついてる? 髪型へん?』
 そう言って首を傾げる結葉は笑った。
 綺麗で、明るくて。
 里でみた無機質な硝子の瞳ではない温かさがあって、とても事実を知っているようには見えない……と話す。けれど白雪たちは、年長者や誘拐された年中組が宿で全てを打ち明けられた事を知っている。
「みんな乗り越えてきたんですよ」
 アズィーズは微笑んだ。
「色々な事があって、沢山の事を知って、全部納得したわけでなくとも納得しようと考えて後悔しない生き方を選んできたように」
 白雪は「いいですか、明希」と手を握る。
「私達はいつでも傍にいるから大丈夫です。心配なんてしなくていい。勇気が足りないなら分けてあげます。後ろを振り返れば、私達が必ずいます。忘れないで」
 そんな話をしている間に、孤児院に着いた。
 兄姉の姿を見つけて「……少し行ってきていい?」と小首を傾げてきた。
「どうぞ。いってらっしゃい」
 アズィーズは、とん、と背を押した。
 愛娘の背中が遠ざかる。
「ここで……色々ありましたよねえ。リオーレさん」
「ええ、そうね。沙羅ちゃん」
「でも明希がうちの子になってくれて本当良かったですよね」
 あの子には悩み事が多いし、世間の事にもまだ疎い。けれどお祭りや行事を楽しみにしたり、お洒落に気を使ったり、表情をころころ変える愛らしい明希を見ていると……唐突に思い出すのだ。
 かつて孤児院の桜が満開だった二年前。
 ひっそりとした廊下で出刃包丁を握りしめ、愛玩用のウサギだった肉の塊を腕に抱え、ぐっしょりと血に濡れた衣類を気にもとめず、誰かに褒めてもらおうと屋敷の中を歩き回っていた、常人の想像を絶する明希たちの無機質で恐ろしい行いの話を。
『…………どうして褒めてくれないの?』
 報告でしか聞いていない。
 けれどあの頃の瞳をみれば、全員が悲惨な状況だったと推察はできた。
 もっとも今では、泣いて笑って物思いもして、愛らしい小動物を思いやる気持ちが身に付いているわけだけれども。
「状況は変わっていくものですね……」
 変えることができた。
 その事実は、なによりもアズィーズ達の胸を打つ。
『これからは兄弟達とお話しできる機会も減るかもしれませんが……お別れやら結婚やら。変わった先にも、明るい希望が満ちている事を願うとしましょう』
 春になったら、どこへ出かけようか。


 この日、もう一つ大きな祝い事があった。
 年少組の最後の一人、桔梗が尾花紫乃の娘として迎えられていった。