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■オープニング本文 「美しい乙女だと思ったんだ」 優しい声だった。それはさながら月光の降るような高貴な音だった。 「誇り高く、汚れがない、そして心も殻も美しい」 「――おさ、お願いです。戻りましょう」 すがるような、少女の声。 青年は懇願など気にもとめず、ゆらぐ気配がない。 響くのは声だけ。とても――満ち足りた色を滲ませて。 「誰の言葉だったか、僕は覚えていないけど‥‥内面は容姿も磨くと言うだろう? あの言葉は正しいと思うんだ。気高いからこそ、かように輝き、人を魅了してやまない。‥‥そうは思わないかい?」 全身を包帯で巻いた少女は、一瞬だけ悩んだが、やがて瞼を伏せた。 一瞬だけ脳裏に閃いたのは、咲かなくなった梅の花。 焼けただれた手を握りしめて愛しい記憶を葬る。 ああ、そうだとも。 気高く優しい主人を愛さずして、一体誰を信じるというのだろう。 「‥‥はい、長」 たとえ変わってしまっても。 もう幸せな時代に戻れないとしても。 この卑しい身を気遣ってくださる、貴方が心穏やかでいられるのならば。 私は何も、望みはしない――――。 + + + とある山麓に、蝋燭作りを生業とする村があった。 人口は少なく、身を寄せ合って蝋燭を造り、一本一本、女達が丁寧に絵付けを行っている。 村の見せ物といえば、村の中央広場に鎮座する大きな鍋程度だ。数年前から使われていないが、元々蝋を溶かす大鍋で、焚き火は祭の賑わいを見せていたという。 そんな村の傍に森がある。 少々前から3メートルほどの、がしゃどくろが居座っているらしい。 下半身がなく、斧を持って、大人の背丈をいったりきたり。 森には蝋燭作りに必要な薪を取りに行ったり、生活の恩恵を受けている。 森に入れないのは、村人にとって死活問題に他ならない。 そこで依頼に訪れたのが、病弱な若き村長と小間使いとして働く包帯まみれの少女だった。 「大変困っているのです。今も、村の者が被害にあっていると思うと夜も眠れません。もしも被害が出ぬうちに退治してくれたなら、さらに報酬を上乗せいたしましょう。お願いできませんか?」 大金を積むと約束した。 その生真面目な姿勢からは、逼迫した空気が感じ取れた。 開拓者たちは、去り際にしっかりと手を握った。 それから数分後。 一人の男が部屋に侵入してきた。 それは無精ひげを生やした中年の男――村人の服ではない。体のあちこちが汚れ、擦り切れている。青い顔をした男は開拓者達を見回して、さっき村長と娘の陰陽師がきたな? と確認をとった。 開拓者達が不審者の言葉に眉を顰める。 「さっきの少女が陰陽師? お前は一体何者だ」 「お前さんたち新しく頼まれた開拓者だな? ‥‥悪いこた言わねぇ、早く断れ。絶対に村にくるんじゃない」 男の発言が理解できなかった。 問い詰めると、男は「いいか」と名乗りもせずに語りだす。 「記録に残る最初の依頼では旅の開拓者が七人、がしゃどくろに挑んで一人が仲間を守り、命を落とした。なんだかんだ言って、でけーし、タフだし、素人に相手できるアヤカシじゃねえからな。命からがら逃げ出した仲間たちが仲間の遺体を回収しに翌日で向いたが遺体は無かった。やっぱりアヤカシに食われたという話になり、その女は以後、村の救い主として守り神の祠に祀られた。 今から五年前の話だ」 「其れが何だというんだ」 「まあ聞けよ」 鬚の中年は懐から和紙の束を取り出した。 紙面を読み上げる。 「半年もしないうちに同じアヤカシが出現。集まった開拓者は八人、女二人が命を落とした。結果は一度目と同じで遺体は消失。二人の名前は祠に刻まれた。 その五ヵ月後に同じアヤカシが出現、この時に死者はいない。 祠には名前は刻まれず、報酬を受け取って終わった。 四度目はその半年後、重体の人間が一人出たが――戦いで死者はでなかった。急所は避けていたから開拓者達は治るだろうと踏んでいた。だが翌日、村医者から死んだと報告があった。葬儀は村をあげて行われ、守り神とあがめられて名を碑石に刻まれている。守り神の墓と称された共同墓地に葬られたが、俺が何人か雇って人知れず墓を暴いたところ、棺はあったが中身は空」 開拓者達は嫌な予感を募らせていた。 着実に早くなっていく、がしゃどくろの出現。 失われていった『守り神』と称される者の命。 「十五度目のアヤカシ出現が三ヶ月前、冒険者は五人。こいつらは駆け出しばかりで全滅。一部村が崩壊。村人に死者が出た。祠には名前すら刻まれず、村人には見向きもされずに野晒しになってた。俺が手厚く葬ってやったよ。身元の分かる奴には飛脚を飛ばしたな。 十六度目が一ヶ月前。 三人死んだ内、一人はいいとこのオジョーちゃんで実家に帰された。祠には刻まれていない。一人が夫婦で、同じパーティの旦那が奥さんの遺骨を持って帰った。これも祠に名前はなし。 ただし残り一人、死んじまった仲間を守ろうとした御人好しのオネーちゃん遺体は行方不明になった。こいつが一人だけ祠に刻まれてる。過去の死者は総勢十九人ってとこか。――俺が何を言いたいか、分かるよな?」 「其れは本当なのか?」 信じられないような、何処かすがるような声で訊ねる。 男は眉をしかめた。 「こんな趣味の悪い嘘なんかいわネェよ。俺は去年、妹を奴らの村の化け物退治で亡くした。打ち所が悪くて死んだ? その辺の石よりつぇー鍛えこんだ体を吹っ飛ばされただけで? かすり傷だぞ? 信じられるかよ。俺は絶対秘密を暴くと誓って調べまわってるんだが、いまいち尻尾をださねぇ」 今、彼らの村の家々はかたく閉じられているそうだ。 アヤカシが出るのだから当然といえば当然の処置だろう。 がしゃどくろは殺戮を繰り返す。 開拓者達は、村長から森の奥のほう、朽ちた村跡からアヤカシがやってくると情報を得た。 どうも二日周期で村まで来るらしい。 村の中央に、例の蝋燭に使っていた古い大釜がある。 その傍らには、蝋燭漬けのようになった謎の枯れた梅の木と、真新しい祠がある。 増えていく祠の名前。 男の説明によるとアヤカシに襲われやすい村を守ってくれた、数々の戦乙女の名前が、守り神として褒め称えられて彫られている――というのが村人の言い分だとか。 「悪いことはいわねぇ、村は何か狂ってやがる。数人でなんとかなるもんじゃない。断ったほうがいい、あと、俺のことは秘密にしてくれよ」 じゃあな、と男はギルドの人ごみに消えた。おそらく依頼人をつけるために戻ったのだろう。 明日の夜には頼まれた依頼をこなす為に現場へ向かわねばならない開拓者達。 依頼を放棄すれば村人は襲われ何人かは死に至るだろう。 しかし依頼を受ければ、一体何が待ち受けているのか計り知れない。 心の闇は静かに、忍び寄っていた‥‥ |
■参加者一覧
シュラハトリア・M(ia0352)
10歳・女・陰
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ
オドゥノール(ib0479)
15歳・女・騎
クリスティア・クロイツ(ib5414)
18歳・女・砲 |
■リプレイ本文 遠ざかる男の足音。 一同は、顔を見合わせた。緋神 那蝣竪(ib0462)の脳裏には、疑問ばかりが浮かぶ。 「同じアヤカシが、何度も村の脅威になる‥‥細々と身を寄せ合って蝋燭作りをしている村が、多額の報酬を用意できる? 女性ばかりが村の為に命を落とし、祀られる‥‥アヤカシ退治は是非もないのだけれど、この村、何故こんなに胸がざわつくのかしら」 嫌な予感しかしない。 サーシャ(ia9980)は嗤った。 「裏が途轍もなく気になる展開になってきましたね〜」 普段は愉快な物言いをするハッド(ib0295)も、今回ばかりは様子が違う。 「‥‥ふむ、爛れた心の良い香りがするの。熟れた果実は腐りゆく、腐った果実は樹を枯らす‥‥いや、既に根も腐っておるのかもしれぬの」 瞳に宿る底知れぬ興味。 クリスティア・クロイツ(ib5414)も同意した。 「ええ、感じますわ。この腐臭にも似た独特の香り‥‥穢らわしい闇の中で嗅いできた其れによく似ていましてよ」 シュラハトリア・M(ia0352)が熱い吐息を吐き出す。 「んふふぅ‥‥なぁんかこぅ、ドロドロな匂いがするねぇ」 未知への好奇心。 予感めいた野生の感が、シュラハトリアの体を舐めるように這う。 「さぁて、この裏にナニがあるんだろぉ〜? 様子を見つつぅ、討伐でいいよねぇ?」 「倒しても何度も現れ、犠牲者を生み続けるとは」 不可解です、と斎 朧(ia3446)は呟く。魔の森ならばいざしらず、付近の村でこのような。被害者や状況を聞く分には、悪意しか感じ取れない。 「理由はどうであれ、アヤカシは滅ぼすに変わりなく。廃村から現れるとの事ですし、攻め入りませんか?」 「一体この村に何が潜んでいるのか‥‥「鬼が出るか蛇が出るか」」 斑鳩(ia1002)とオドゥノール(ib0479)の言葉が被った。 顔を見合わせて笑う。 緊迫した空気が霧散したところで、斑鳩は手を挙げた。 「斎さんの言うとおり、受けた依頼は解決しないと始まりませんね。龍に乗り、村へ向かいましょう。切り札として、かつぶし‥‥いえ、龍は村の付近で待機させます。討伐は出向きますか?」 「女性が多いから、もし話どおりなら村としては願ったり叶ったりだろうな」 オドゥノールの意見に、緋神も同意する。 沈黙していたバロン(ia6062)が急に口を開いた。 「わしはプロフェッショナルだ。少なくとも『仕事』の上では、な」 人助けも、道を示すことも、なんだってやってきた。 しかし彼にはゆずれない考えがあるらしい。 仕事を終えたら、報酬だけ受け取って去る、とだけ宣言する。「そういう選択肢もある」と呟くだけだ。思うこと全て、胸の中に浮かんで沈む。 クロイツも一つの決断を下した。 「では――神の名の下に、わたくしは行動させて頂きますわ。依頼の方は辞退し、裏方からサポートさせて頂きます。これは同行できないせめてもの気持ちです」 斑鳩たち巫女組の練力消耗を少しでも抑える為に手持ち回復剤全て提供した。 「それでは皆様方、ご武運をお祈りして居りますわ」 立ち去るクロイツ。 一方、相川・勝一(ia0675)は朋友と物陰で話していた。 「深く関わらない方がいいんだけど」 我が身の危険を感じるし、ただで済むとは思えない、と。 そう言っても聞く耳もたない相棒がいる。 『こんな楽しそうな事に関わらずどうするのじゃ! 楽しいものがないかみるとするかの』 主導権は相棒。 「見つからないようにね」 と言う、主人の背中に哀愁が漂う。外を見たハッドが嗤った。 「とても善い、実に良い‥‥では、我が輩たちもいざ参ろうか」 村の依頼『がしゃどくろ退治』までに、皆調査にでかけた。 まずクロイツは相棒クリスを連れてすぐ村へと向かう。 「あの男を信じたわけではございませんが、依頼人が陰陽師なら式による警戒には注意しなければなりませんわね」 身を潜める必要があった。 クリスに周囲を警戒させつつ、一定の距離から遠雷の照準眼鏡越しに村の観察開始した。 緋神は、ギルドで過去の村の報告書を探した。村の様子や犠牲者について知りたかったからだ。サーシャは緋神にギルドの記録を任せ、近隣の商店で聞き込みへ。村の特産の蝋燭の品質と売り上げ等の売買の記録、ついでに当時の村人の様子の変遷など可能な限り。すると高貴な身分の者の出入りや、蝋燭の商いが廃業寸前だとわかった。 「おさ、と侍女の、ほうたい、が怪しいのは明白じゃからの」 警戒したハッドは、せっせと色を塗った駆鎧をケースにいれておき、手の内を隠す。 「玉響、怪我で村に泊まる方が休んでいる家の裏なりに、身を潜めておいて下さい」 村の外に朋友「玉響」を隠して待機させた斎は、すれ違いで村が襲われないよう、瘴索結界「念」を展開した。シュラハトリアは村中央の釜が最近使われていないか、蝋まみれの木はどんな状態か。人の手の痕跡を探し求める。 それは開拓者が村に訪れ、もてなされた頃。 「御機嫌よう。このような場所でお逢いするとは奇遇ですわね」 クロイツは奇妙な情報をもたらした男に出会い、微笑んだ。 話が決まらずに散々もめたが、多数決で急遽、討伐に向かうことになった。 オドゥノールは駿龍のゾリグに跨り、悠々と空を飛ぶ。 朽ちた村跡は、魔の森の傍にあった。汚染と侵食が進んでいる。遠からず現在の村ものまれるだろう。胸を痛めつつ、がしゃどくろの姿を探して森の隙間に目を凝らす。 闇夜に浮かぶ、白い骨。 そのがしゃどくろは、人の背丈ほどの高さを漂っていた。 力無く垂れた腕で大きな武器を引きずっている。首からのびる、草臥れた縄は何を示すのだろう。 斑鳩は瘴索結界で探索を実施しながら、がしゃどくろとは違う存在に気づいた。 「やはり」 一瞬だけ視線を走らせると、遠くに白い鳥のようなもの。 あれは式だ。包帯まみれの娘が陰陽師だという話を考慮すると、やはり何かがある。瘴気の濃度や流れに注意したいところだが、まずは目の前の問題が先だ。 幸いにも斑鳩の閃癒や人妖だけでなく、斎の神風恩寵もあり、怪我で生死を彷徨う可能性は低いだろう。 「精霊砲で支援も致しますが」 大事なことは、欺くこと。 今回、餌食を演じるのは、壁役として正面から打ち合うサーシャだった。 曰く『敵を沈めると同時に機能停止に陥った』という自己犠牲的な見栄えを目指すつもりらしく、色々と面倒な計算をしていた。 上手く死んだふり、ができるかは、腕次第だ。 ハッドは遠方で虚空を飛ぶがしゃどくろを見上げながら「さしたる問題ではないな」と気を取り直した。怒りの名を冠する大剣を構え直す。 「獲物が己の体躯より大きい、という意味ならば、我が輩達は同じであるな」 剣の刃にオーラが宿る。 「廻っていくようにしながら切り裂いてくれようぞ」 ではいくぞ、と嗄れた声が先を促す。 「さっさと片づけさせてもらうぞ。あまり長居をしたくないのでな」 霊騎シルバーガストに騎乗したバロンがカザークショットで能力を引き上げた。 恐れる相手ではない。 「シルバーガスト、間合いを詰めすぎるなよ」 主人の命令に嘶きで応じる。 それはたった一瞬の出来事だった。 上空にいたゾリグによる突風と衝撃波が、がしゃどくろを地面に叩き伏せる。 多少の負傷は覚悟の上で、武天製の槍を手にしたオドゥノールが高度を落としていく。 「先手必勝! ゆくぞゾリク!」 「ふふふぅ、今がチャンスかなぁ? ナハトゥスは前に出てぇ、壁になってあげてね」 シュラハトリアは素早く後衛に周り、暗影符の機会を狙う。命令を受けた土偶ゴーレムは前進を始めた。 「デーモンズソードで攻撃・軍配で防御ぉ‥‥それにしてもぉ、何で上半身だけなんだろねぇ?」 きらりと光った瞳が、風に揺れる紐を見た。 覚悟を決めた相川は、髑髏の仮面をつけ前衛に立つ。 「これを倒さないことには始まらないですね」 『骨だけのアヤカシのぉ。美しくないのぉ』 そりゃあ美しさは二の次だ。 『適当に頑張るのじゃぞ。怪我したらわしが神風恩寵で回復してやるのじゃ。喜ぶがよい』 相川の頭上で酒を飲んでいた桔梗は、飛び上がって酔拳の構えをとった。 「はいはい‥‥相川・勝一、参る! 我が正義の刃を受けるがいい!」 「こっちのことも忘れないで欲しいわ」 緋神が雷火手裏剣を解き放った。 「結局、来たのか」 「いけません? もっともわたくしは依頼を受けておりませんが」 物好きだな、と男は言った。 クロイツは、お互い様ですわ、と短く返す。 仲間達が廃村で戦っている爆音は彼らの所まで届いていた。仲間の影で色々と調べ回っていたクロイツ。男は怒りと狂気に憑かれていた。犯人を血祭りに上げてやろうという執念に、些か紙一重の悪意を感じ取ったが、それも無理のないことなのかと考えた。暫く様子を伺っていて気づいたこと。 「お金持ちの方がいらっしゃる、ですか」 「立派そうな服だったぜ? おい、お仲間の様子がおかしいぜ」 目を凝らす。 アヤカシは討ち取ったようだが、動かない仲間の周りに人が集まっていく。 芝居が始まった。 戦いが終わった頃、狙ったように村人が歓喜の声をあげてやってきた。 監視されてるとみて、間違いない。 安全確認をしてくると言って上空に舞い上がったオドゥノールは、どうしてもひとつ気になった。破棄された村跡だ。人が住んでいるはずがない。それでもまるで獣道のように、一定の場所だけ雑草が薄い。やはり何かある。ギルドに現れた男を信用し、警戒は怠らないことにした。手を出されることを想定し、呼子笛は隠し持っておく。 一方、地上の斑鳩は、村人に暗い表情で訴えた。 「仲間が、私を庇ってしまって‥‥術で傷は塞ぎましたが、目が覚めませんし、安静をとって、一日だけお部屋をかして頂きたいのですが」 「こんな何もないところで、よろしいのであれば是非」 案の定、宿泊や世話を買って出る村人。 「申し訳ありません、助かります」 「皆さんは我らの救世主でいらっしゃいますから」 アヤカシ退治ありがとうございます、と頭を垂れる村人が続々とやってくる。 「では付き添いの方は」 「私も付き添います!」 緋神がびし、と手を挙げる。交代で様子をみたいからと、言いながら、村の蝋燭に興味があると話しつつ、蝋燭作りで手伝えることはないかと積極的に話しかける。 こうしてサーシャは瞬く間に村へと運搬された。 人の波が、生きて戻った開拓者を取り囲む。 その中で唯一、バロンが村人をかき分けた。 「報酬は頂いた。わしはこれで失礼する」 暗い真実も、この先何が起ころうと、わしは関わらない。 そう心に決めた。黙して一切を語らず。そしてあっという間に走り去った。 感じたこと、考えたこと全て胸中にのみ問うた男。それもまた一つの選択であるとともに、酸いも甘いも嗜んできた長き人生の苦悩から身を守る術として体得した哀愁‥‥老い故に身に付いた忘却による処世術の片鱗だったのかもしれない。 対照的に。 近くに潜む目的で立ち去ったのは相川だった。 半ば人妖の我が儘として、強制的に後の様子を見守ると決めたものの、全員餌食になっては目覚めも悪い。万が一も考慮し、村の周囲に隠れるという。 何かあったら必ず助けにくる。 そう誓った相川の背中が頼もしい。 「どうかお大事にしてくださいね」 「一命は取り留めた。ゆっくり養生するがよいぞ」 斎やハッドも帰ったふりを装う。意識の戻らない演技中のサーシャを心配するように耳打ちした斎は「仲間をお願いします」と頭を下げて回った。ハッドは、長を相手に「今は体に触る故、明日迎えに来るまで頼む」と朗らかに頼みこむ。 二人とも近くの家や森に潜む予定だ。 サーシャはサーシャで『‥‥或いはアレの蝋なのか?』と健全さの欠片もない悪夢を思い浮かべては考え直す。体を張った生け贄役も楽ではない。 ところで村跡を調べていたシュラハトリアは、やはり蝋に覆われた枯れ木を何本も見つけた。枝に巻き付く白蛇のような物体が気になる。ナハトゥスの背を借りて「上見ちゃだめぇ」なんて言いながら、鋭い視線を注ぐ。 「やっぱりぃ」 蝋に包まれた、古めかしいロープ。断面は鋭い刃物で切られた跡があった。 何かが吊り下げられ、蝋がかけられたような。 「どぉせ一泊するんだしぃ、包帯のおねぇちゃん捕まえてぇ、色々きいてみよぉかなぁ」 異変は、深夜に起こった。 サーシャが男の集団に浚われかけたのだ。付き添いの者はもてなしの食事に混入された睡眠薬で何人か眠り込んでいたが、幸いにも異変をかぎつけたシュラハトリアのナハトゥスとオドゥノールのゾリグ、緋神の武流が騒いで撃退した。 逃げていく男達を、相川や斎、ハッド達が追う。 眠った者を叩き起こしたシュラハトリアとサーシャ達も、おぼつかない足取りで追いかけた。 村を抜ける。 廃村が近づく。 魔の森が見えてくる。 男達は洞窟の中へと消えていった。そして見えた、歪な光。 そこでは、上半身だけの乙女達の遺体が黙々と加工されていた。 下半身だったらしい肉の塊が積み上げられ、手際よく解体されてゆく。 村人がいる。男も、女も、見た顔だ。 「お助けを! 奴らがおってきました!」 男の叫び声が、開拓者達を現実にひき戻す。 「もうちょっと上手くやれと言っただろう。‥‥お目覚めですか?」 長が嗤う。守るように立つのは、昼間は健気に主人に寄り添っていた少女。 「何を、しているんですか」 「神を作っているのさ」 開き直ったのか、それとも理性が残っていないのか。 村人は一瞥しただけで、手を止めることなく作業に徹する。 「こんなことが許されると思うの? 神を作るだなんて、何を言っているの」 「この神々は、沢山の富をもたらしてくれる。所有する財産、その身の栄光、未来の村を支えるために必要なもの全てだ!」 長が陰陽師の娘を抱き寄せた。 そして女の包帯を剥いだ。 「おさ、やめてください! ああ!」 露わになる酷い火傷。 「真の神は救ってくれない。どんなに祈っても届かない!」 シュラハトリアと緋神が聞いた話では、若い頃に突風の所為で全身に煮えたぎった蝋を浴びたというが。 「君たちも見ただろう。魔の森にのまれゆく、この場所を! 細々と蝋燭を作る時代は終わったんだよ。材料は取れなくなり、出費は嵩む。絶望しかない者達に必要なのは輝ける希望だ! そして辿り着いたのが、朽ち果てることのない、奇跡に祝福された乙女たちだ。どれだけの巡礼者がくるか、闇市でいかな高値がつくか、君たちは知らないだろう?」 聖遺物信仰、というものがある。 偉大な功績を挙げた殉教者の遺品や遺体の一部を所有することで、奇跡の力にあやかろうというものだ。価値ある聖遺物は時に信仰の要になり、村や町の格を高め、人心を集め、そして巡礼者という名の、重要な観光資源を無尽蔵に生み出してくれる。 「彼女たちは救いの神だ。死して尚、村を守る奇跡」 永久死体を生み出す方法を、彼らは熟知していた。 獣のように皮を切り裂き、腐敗の原因となる臓器や血液を取り除く。酒と酢の海に順に漬けた後、蝋を詰めながら凹んだ体の形を整えて、苦土と花崗岩の砂を詰め、全身を蝋の膜で覆い尽くす。微生物に犯されることのない体を低温湿土中に埋めて酸素供給を絶てば、様々な要因による腐敗を最小限に押さえ、約一年ほどかけて変質し、死蝋化を促す。 それはまるで山の薬草を見分けるように。 長い歴史をかけて体得してきた技術と知恵を、歪んだ執着心に集約した悪夢だった。 いずれは地に返る生ゴミを、より気高い形で利益に変える。 それを祀って、何が悪い? 吐きそうだ、と。 何人かが体調不良を訴える中で、クロイツは言った。 「有罪、と判断させて頂きますわ」 あの男は言った。 狂っているのは『村』だからと。 真実を知る前に、開拓者達は選ばなくてはならなかった。 多額を得て、村人の感謝を受け‥‥それこそバロンの選択と同じく、澱んだ真実や犠牲になる者達、忌まわしい未来の全てから目を背けて、何事もなかったと思い込むか。 多額の金も何十と言う村人の命も捨てて、無惨に殺された者達の無念を晴らすか。 運が良くても無罪はないし、罪を免れた幼子や赤子が親を失うのは間違いない。 殺人に加担した村人は、残らず捕縛されて法の裁きを受けるだろう。 真相を暴く代償は、村の壊滅。 村人のした事は許される事ではない。けれど、罪を負う者の数は多すぎた。 結局。 どのような選択をしたにせよ。 おとぎ話のような幸せに満ちた結末には、ならなかったのだけれど。 某日、ギルドから報告を聞いた開拓者達はどこか暗い顔をしていた。 「心のどこかで‥‥こうなるだろうと、分かっていた気がする」 「ふふふぅ‥‥そうだね、予感はぁ‥‥あったねぇ」 相川の自嘲にシュラハトリアが答えたが、それ以上の言葉はでない。 「これでよかったんですよね」 相川の問いに、サーシャの返事は淡泊だ。 「少なくとも、これ以上の被害はでない」 けれど。 「選べないものもあると言うことでしょう」 「斑鳩さんの言う通りよ。結局、片方を選んで救ったのね、私達」 無意識に選ばされた決断を思い出して、緋神が俯く。 けしかけられた陰陽師をいとも簡単に倒して脱出に成功したことにより、事件は白日の下に晒された。 おかげで牢屋で薬漬けになって死にかけていた者は家族の元へ帰れたという。例の情報提供者の男の妹は生きていたらしい。村がアヤカシに襲われていたのも、陰陽師の外法のひとつで、アヤカシを捕まえては村に放って襲わせていたらしい。旅人を呼び、偉人を手に入れて、邪悪な村おこしに使う為の自作自演である。 途中で帰った男が、この事実を小耳に挟んだかは知らない。 少なくとも関わった開拓者達にはギルドの方から大変な難事件を解決したとして報奨金が出た。 ふと、思う。 この報奨金は、死者の感謝と正義に輝く金なのか。 それとも村人に呪いが詰まった血塗られた金なのか。 斎は感情のない言葉を綴る。 「行く末は決まったも同然だった‥‥道を外して歩んだ先に、何を夢見るのか。彼らが分かっていなかったとは思えません」 それでも破滅に手を伸ばした。 道を行きながらオドゥノールはしばらくして答える。 「彼らにも私達にも、別の道はあったかもしれない。でも私達は選ばなかったということだ」 「なんにせよ、王たる我は記録を残すのと、コトを見届けるのみ。全ては終わった」 ハッドの言葉が示す意味。 あの村は、もう誰も住んでいない。 男も女も、家族も子供も。平等に手を汚していたから。 真実を暴き、悪を滅ぼしたと思えば、心も軽いかもしれない。彼らは間違いなく悪を滅ぼし、私欲に振り回された命を救い、無用な死者を未然に防いだ。あれから『首にロープを巻いた上半身だけのアヤカシ』は近隣の魔の森で見られていない。 「‥‥無念、だったんだろうなぁ」 ぽつりと呟くシュラハトリア。 確証はない。 けれど、忘れてはならない事実がある。 悪と呼ばれる彼らも、生ける人間であったこと。 誰しもが心に闇を抱え、何人たりとも彼らのようにならぬ保障が無いことを。 「幸せな結末が見つからないのなら、あがいても非道な未来しか待っていないのならば‥‥私達に架せられた使命は、負の連鎖を断ち切ることですわ」 それもまた、悲劇の連鎖を止める選択だから。 語りかけぬ全知全能の神よ、如何か彼の者達に慈悲をお与え下さい。 クロイツは晴れ渡る空を見上げた。死後の安らぎくらいは祈っても許されるだろう。 「――あぁ、風が啼いているな――」 瞼を閉じたオドゥノールは呟く。 深淵に魅入られた村人たちが、露と消えた事を思い起こしながら。 |