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■オープニング本文 桜舞う神楽の都。 街の大通りには、なぜかもふら様の隊列が歩いていた。 ぽかぽか陽気なのに道草をしない、もふら様が荷車を引いている。 覆われた幕で、何が積まれているかは分からない。 もっふ、もっふ、と懸命に荷を運ぶもふら様たちは、一つの建物に吸い込まれていく。 搬入口、と書かれた裏口だ。 そして建物の正面入口には、淡色の衣をまとった幅広い年代の男女が列を成していた。 頭の禿げた素敵なオジサマが、人々に向かって大声を張り上げる。 「これより、サークル参加者様の入場を開始いたします。皆様、お足元にお気を付けて、ゆっくりとご入場ください。尚、一般参加者様の入場開始予定時刻は、一時間後となっております」 誘導係員たちが掲げる看板には、 『カタケット〜春の陣〜』 という謎めいた文字が記されていた。 しかも北館と東館で、刹血華と生成姫のプチオンリー実施中らしい。 + + + カタケットとは『開拓業自費出版絵巻本販売所(絵巻マーケット)』の略称である。 親しみを込めて業界人からは『開拓ケット』(カタケット)と呼ばれている。 何を売っているのかというと、名だたる開拓者や朋友への一方的で歪んだ情熱を形にした、絵巻や雑貨品の数々だ。 もちろん本人の許可を得ているわけではないので、半ば犯罪である。 また開拓ケット会場には著名な開拓者の装備を真似た仮装を得意とする、仮装麗人(コスプレ◎ヤー)なる方々も存在していた。 業界人にとって、開拓者や朋友は、いわば憧れと尊敬の的。秘匿されるべき性癖のはけ口といえよう。 開拓者ギルドに登録する開拓者の数。 およそ2万人。 神楽の都が総人口100万人と言われる事を考えると、僅か2パーセントに過ぎず、世界各国で活躍する活動的な開拓者に条件を絞れば、その数は更に減少する。 開拓者とは、アヤカシから人々を救う存在である。 そして腕の立つ開拓者は重宝される。 英雄たちの名は人から人へと伝えられ、人々の関心を集める結果になった。 問題は……彼ら英雄を元に、想像力の限りを働かせる奇特な若者たちが、近年大勢現れたことにある。 憧れの英雄は、彼らの脳内において好き勝手に扱われた。 その妄想に歯止めなど、ない。 妄想は妄想を呼び、彼らに魂の友を見いださせ、分野と呼ばれる物が確立される頃になると「伴侶なんていらない、萌本さえあればいい」そう言わしめるほどの魔性を放っていた。 + + + そして何故か、アナタはカタケットの会場にいた。 大きな催しがあるので、会場設営という簡単なお仕事に駆り出されたのだ。 夜明け前に会場へ集い、設営を終えた。 それはいい。 しかし仕事が終わった後、開拓者達は其々の戦場へと向かっていく。 戦う相手は、アヤカシではない。 ある者は、夜明け前から凍死寸前で並んでいる一般人に混じって、入場者列に並んだ。 ある者は、急いでもふら様のいる搬入口へ走り、売り物の数々を取りに行った。 ある者は、急いで手荷物預かり所へ走り、衣装を受け取る。 そして事情を知らない不運な者は、警備仕事の延長を申し込まれ、気がついたら雛壇にいた。 そう、ここはカタケット住民の聖地。 開拓者たちを愛し、相棒を愛してやまない、情熱に満ちた人々の夢の国。 会場の渡り廊下では、出張してきた飲食店が立ち並び、身もココロも満たす用意は万全。 お昼になれば、お決まりのテーマソングを歌う吟遊詩人たちが現れる。 入場者全員で起立し手拍子を行う、あの一体感が再来する! 「えー、皆様。 大変長らくお待たせいたしました。 只今より『開拓ケット〜春の陣〜』を開催致します! また今回は、開拓者様のご厚意により、外部会場にて相棒祭を実施しております! 普段は報告書でしか目にできない相棒たちとの交流をどうぞ! えーっと、あとは。 今回は『生成姫ぷちオンリー』と『刹血華ぷちオンリー』を同日開催中です! 東館の生成姫と、北館の刹血華をお間違えのないようお願い致します! 生成姫と刹血華の仮装麗人の皆様は、今回の華! 入場料が無料でございます」 世の中ではアヤカシは脅威として知られている。 しかし此処は開拓者本拠地。 神楽の都は他国に比べて、安全は保証済みと言っても過言ではない。 しからば萌えずにはいられない。 ぷちオンリーとは、それを議題として扱うサークルの集合体である。 つまりちょっとしたお祭りだ。 「ひーめーさーま〜〜〜! ナマナリさまぁ〜〜〜!」 「セツケツカちゅわぁぁぁぁぁん!」 珍妙な世界? いいえ、愛に満ちた世界です。 |
■参加者一覧 / 鈴梅雛(ia0116) / 音羽 翡翠(ia0227) / 真亡・雫(ia0432) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 九竜・鋼介(ia2192) / ニノン(ia9578) / 不破 颯(ib0495) / 杉野 九寿重(ib3226) / シーラ・シャトールノー(ib5285) / 緋那岐(ib5664) / ローゼリア(ib5674) / 蓮 蒼馬(ib5707) / 雪刃(ib5814) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 雁久良 霧依(ib9706) / ジャミール・ライル(ic0451) / 暁 久遠(ic0484) |
■リプレイ本文 開拓ケット(カタケット)……そこは未知の知識に溢れる楽園である。 ニノン・サジュマン(ia9578)の戦背嚢は、無骨ながら戦における活用を意識し、実用性を追求して作られた品である為、雨でも中身が濡れにくい特別な背嚢だった。 「くく、始まるぞ、もう一つの合戦がなっ!」 赤い唇が弧を描く。本日のお宝を確実に持って帰る為、保存には気を配っていた。 後方にずらりと並ぶ入場待ちの大行列。 「遂に来てしまったぜ禁断の聖地へ」 行列に並び、館内案内図を眺めていた不破 颯(ib0495)も不敵な笑みを浮かべていた。 音羽屋 烏水(ib9423)も熱心に案内図を眺めている。 「開拓者だけでなく小隊のこと描かれた絵巻もあるはず。わしらや著名な小隊のことも載っていたりはせんかの」 一度来てしまえば開拓ケット(カタケット)の性質はわかってしまうものである。 目を皿のようにして熟読すること数分。 「北館と東館か……おおう、戦で活躍する有名な小隊は、やはり区画になっとるんじゃなぁ。東館にいくかの」 行列は徐々に会場へ飲み込まれていく。 ところで開拓ケットにおいて、一般客が入場する前に席に着くのが『さぁくる』と呼ばれる売り手である。 例えば。 さぁくる『瑞穂の国の人だもの』では、礼野 真夢紀(ia1144)と音羽 翡翠(ia0227)がすぺぇすを綺麗に飾っていた。筍料理に愛を注いだ最新刊の「開拓メシ」の冊子を箱から出し、知り合いの委託本(ほのぼの朋友擬人化アンソロや、創作系薔薇18禁多数)も横に並べていく。 「……やっぱり席配置が変わりましたね」 音羽は『胸が足りないから』と断念した生成姫や刹血華の仮装をしなくてよかった、と心底安心していた。既に開き直って覚悟完了の礼野が、手提げと財布と地図を預ける。 「ゆっくりしてる場合じゃありません。狩りの時間です! 本とお昼ご飯を手分けしないと! しらさぎ、ちゃんと売り子やっててね?」 館内にも響き渡る入場開始の声。 「うん。……マユキ、あっちのヒトすごい」 買い物に出かける二人を見送り、からくりは手を振った。 人々は己の魂を埋めてくれる萌えを探して突入してくる。 「いざ参らん! ってかぁ」 不破は恐るべき勢いで委託整理券一番を勝ち取ると、狙いの絵巻や雑貨へ向かう。 素人とは思えぬ、館内の把握ぶりだ。 第一標的は生成姫。そして冥越八禍衆のお笑いネタ等である。 「ナマナリさぁーん」 声が喜びに踊っている。 戦いと萌えは別分野である良い例だった。 「これが委託整理券一番の特許よ! ええい時間が惜しい! 表紙買い上等!」 サジュマンは耽美な爺が表紙絵の新刊を、根こそぎかっさらっていく。 「くぅ! この色使い! やはり、じじいずらぶ本は外せぬ!」 歓喜の声が響く。 頬に手を当て、熱っぽい眼差しで見本を眺めていた。 「藤原殿は最近ますます小物感……もとい、存在感が増してきたからのう。おイタの過ぎる藤原殿に大伴爺のいけないお仕置きが炸裂しておる本がモットある筈じゃ……」 むくむくと湧き上がる腐れた衝動。 既に両腕のカゴが満杯だ。 「……くく、あんなコトやこんなコトをされても、反抗的な視線で大伴爺を睨みつける藤原殿……たまらぬー!! 次は生成姫と穂邑殿……うん?」 サジュマンが何かの騒ぎに気づく。 人の出入りが激しい委託会場では、好奇心旺盛な少年少女が成人向けの巨乳本を購入しようとして止められていることもあった。禍輪公主姿のファムニス・ピサレット(ib5896)が、支払いを済まそうとして騒いでいる。 「子供には売れない? 人間の分際でこの私に逆ら……」 「何をしておる禍輪よ……ほう、妾の胸では満足できぬか。欲張りじゃの」 そこには化粧直しから戻ってきた生成姫姿の雁久良 霧依(ib9706)が艶然と微笑んで立っていた。つかつかと歩み寄り、成人向けな絵巻をピサレットから没収すると、華麗に受付に返却する。 「手間をかけさせたな。この子は妾が躾直しておこう」 雁久良の口調は生成姫を気取っていたが…… 「御姉様、これには訳が……お許しを!」 二人が物陰へ消えた。 ぺしーん、ぺしーん、とお尻を叩く音が聞こえる。 「ふしだらな! 反省せよ!」 「ごめんなさーい!」 年齢制限は守らねばならない。 「ああ! 姫様のお子様だった、あの子と某開拓者のBL本!」 回を増すごとに好みの分野が増えていく北花 真魚(iz0211)の腕には、女体化した男子開拓者が生成姫様に飼われる百合っぽい絵巻があった。複雑なBLである。絵巻作者の名は【鷹羽柊架】……北花の好みはBL主体とは言え、カゴの中身は混沌としていた。 「これは最新刊!」 ぱしぃ! 三つの手が重なる。不破とサジュマンだ。 開拓者が有名人であるように、開拓者ギルド受付も開拓者の間では有名人だ。 「お?」 「え?」 「こ、これは違います!」 北花は絵巻を隠す。 「文学や絵画は芸術です! 禁断の世界とはいえど、これらは夢の賜物! 表現の自由はあってしかるべきです! 私は日々開拓者を応援する身! 巷に溢れるアヤカシや開拓者像を、今後の為に潜入して購入して調査しているだけです!」 言い切った。 何か言われる前に言い切った。 とりあえず買って帰るのは間違いない。サジュマンは、意味ありげな微笑みを浮かべ「お近づきの印じゃ」と買い物カゴの中に何冊か『おすすめの衆道』を押し込んだ。 女たちは無言で分かりあった。 影で不破が生成姫の絵巻を自分のカゴに押し込んでいく。サジュマンが覗き込んだ。 「そっちもすごい量じゃのう。絵巻だけでなく雑貨も一通りか。資金は大丈夫か?」 隣り合う会計の席で響く笑い。 「依頼で貯めた分が腐るほどある!」 どさぁ、と文が降り積もった。不破が拳を握る。 「ナマナリさんオンリーは今回だけかもしれないだろ!? 絵巻も冊子も番傘も雑貨も抱き枕も! 全て買って帰るに決まってる! 持てない分は勿論、宅配を頼むから問題ない!」 不破、初回一般参加にして、深みにはまりすぎる。 その頃、搬入仕事を終わらせた鈴梅雛(ia0116)は、もふらの長老様を相棒祭会場に解き放つと『遊んでいてください』と言って更衣室へ向かい、まるごともふらを着込み、差し入れの点心を買いに行った。 「両方ひと袋ずつ欲しいです。……小分けの袋も一緒だと……嬉しいです」 「はーい! ツォンファビンとジーマービンね」 搬入口のすぐ傍の渡り廊下では、桜の下で野外飲茶の店が出来上がっていた。 販売員は浪志組でお馴染み司空 亜祈(iz0234)。 地元の飲茶屋【青空希実】店から道具を借り、熱々の葱花餅と芝麻餅を販売中である。刻んだネギのオヤキと、練りゴマ入りのオヤキの香りが、遠くまで流れてきているので、長蛇の列が出来上がりつつあった。 鈴梅からお代を受け取り、蒸しあがったオヤキを紙袋に詰めていく。 「次の人どうぞー! あら、いらっしゃい。天儀のお花見って、美味しいわね」 「こんにちは」 音羽もまた司空の点心を買いに来ていた。オヤキを詰めてもらいながら。 『……どうしていつもは大雑把なんだろう』 司空を見て、首をかしげていた。 一方、鈴梅は挨拶回りを始めていた。 「差し入れはあったかいうちに食べてください。真麗亜先生、行ってきます」 「もっとゆっくりしてってもいいのに」 「カタケットも広くなったので……新しいもふらさぁくるも開拓しないと。いいところが見つかるといいんですけど」 絵巻の出会いは運命の導き。 砂利の中から砂金を探すようなもので、好みを探し出すのは至難の業だ。 「あなたも、もふらが好きなの?」 唐突に声をかけてきた真麗亜の知人――来風(iz0284)に、鈴梅は「はい。ほのぼのとか」と答えた。 「じゃあ参列目の壁に【四月朔日さくら】さぁくるがあるから、一緒に行ってみる?」 「ありがとうございます!」 「わたしも行ってきます。真麗亜さん、また今度」 去り際、真麗亜絵師さぁくるの行列に並んでいた音羽にも手を降る。 「これがこの前、雪白が絵巻を買ったところかぁ」 人妖のルイは財布を抱えて会場を飛んでいた。時々「ルイちゃーん」なんて呼ばれる。主人が雛壇で自暴自棄に絵のモデルをやっているので、隙を見ての買い物だ。 「……なんか、親子扱いが多い? まいっか、一冊くださいなー」 一方。 「染まってきたかな、俺……」 騙された警備員こと酒々井 統真(ia0893)は、人妖ルイの外出も気づかず、雛壇の上にいた。ここから会場はよく見える。指定された武術の型を決めつつ、溢れかえる生成姫の商品に「縁起でもねぇ」と小さくぼやいた。 「なぜ俺はこの危険に対して回避行動がとれないんだ」 「……くっ、そっちもか。何故ここ(雛壇)に来るまでに気付かなかったんだ……どう見ても去年と手口が一緒だってのに!」 さめざめと泣き出す九竜・鋼介(ia2192)の背を叩く。 少し前まで九竜と一緒にいたはずの人妖瑠璃も、新作絵巻『這い寄れ、クリュウさん』を買いに出かけていた。 暫く戻ってこないだろう。 探しに行こうにも、絵師達からは簡単には逃げられない。 「そっちも女の子来たんだ?」 ジャミール・ライル(ic0451)がぽそ、と九竜に話しかける。 「ああ。帰ろうとは、したんだ」 「俺もさ、仕事終わったら速攻で帰ろうと思ってたんだけど、可愛い女の子に『警備も頼める?』って聞かれたらオッケーするしかないじゃん?」 騙されている。 見事に騙されているが、ライルは全く悲観的に見えない。 「順応が早いな」 酒々井に感心される。 「で、だってほら! 女の子の頼みなら断る理由ねぇかなって!」 ライルはあくまで前向きだった。書きあがった絵を見せてもらっては、絵師の女の子の画力を「これ俺? すっげー、上手いね」と褒め称え、ついでに開拓ケット(カタケット)後の食事にまで誘う猛者だった。 「気力と体力が違うな、すげぇ」 「……何故こんなことに」 ほんわか笑顔だった真亡・雫(ia0432)の口元も引きつっている。 今日は警備仕事の手続きをうっかり間違え、いつもの人妖ではなく甲龍のガイロンを連れてきていた真亡は、予定通り人妖を連れてきたらどうなっていたか考えるだに恐ろしい、と思っていた。 この仕事を斡旋してきたのは人妖だったからだ。 ついつい持ち前の人の良さで延長仕事を引き受けて、この有様。 「頑張って仕事はしますけど、これ、ずっとこうしているのが仕事なんでしょうか」 真亡に問われたライルが頬をかく。 「よくわかんねぇけど……もう設営で力仕事したし、ゆるーっとやっとけば良いよねー? キメポーズ取ればいいみたいだけど? いっそ踊る?」 「お、踊るんですか!?」 「俺は本職だし」 ええ、見るからにジプシーです。 ノリノリの約一名を覗いて、嘆く男たちの隣では、事情を把握していない雪刃(ib5814)たち女性陣も刀を構えていた。 「んー……これ、どういう意味があるんだろう」 「知らぬが花だぜ」 「そう? それにしても凄い熱気……これなら確かに警備は必要そう。警備なのに巡回しないでお客さんの前に立つ、っていう仕事の意図がよくわからないけど……現役開拓者が警備してるって見せて、騒ぎを事前に抑えるつもりかな」 確かにそれはあるかもしれない。 しかし運営側の意図は明らかに、客寄せの看板代わりだ。 酒々井が、はっと我に返った。 「……というか俺の場合、もしかして生成姫ぷちオンリーだからこそ第六感に呼ばれたとかじゃねぇだろうな」 「何、姫様の夢でもみたの?」 開き直ったシーラ・シャトールノー(ib5285)が「私は夢の中へ生成姫が現れて、にこやかに手招きされたわ」と悪夢を語った。気づいたら仕事に参加し、からくりアンフェルネは渡り廊下で食べ物まで販売している。 様子を見に行きたいのに、逃げられない。 「あ、ロッセ風の剣とタワーシールドを持った騎士風の人、もしかしてあたしの扮装?」 「仮装麗人って奴だな。おれの扮装も結構みるんだよな」 姿勢を変えながら、逃げ時を失ったまま天井を見上げる。 「今回は師匠とかいねぇから、流石に抱きつけーだなんだの妙な指定はなさそうなのが救い、か」 数時間後、酒々井は己の見積もりの甘さを知る。 普通の衣装のまま姿勢をとっている者たちは、まだマシな部類だったかもしれない。 「先生、お願いします!」 「任せたまえ」 その金髪碧眼の女性は、特別な更衣室で威圧感を放っていた。 ほぼ半裸に剥かれたのは流韻(iz0258)と暁 久遠(ic0484)、緋那岐(ib5664)だ。 「なんじゃこりゃー!」 元の衣類をお預かりされた緋那岐は、生成姫の紅蓮の衣装を預けられていた。 隣では布の薄い衣装を眺め、暁がぷるぷる震えている。 「女性用の踊り子衣装なんて、俺に着せようとして何が楽しいんですか! 無理です」 流韻は白い眼で鬻姫の衣装を凝視していた。 「ぼく……男なんだけどな――」 な――、な――、響き渡る虚しい呟き。 女性は微笑んだ。 「その程度の衣装で狼狽えてどうする。とくに緋那岐君。生成姫の格好ぐらい、君の武勇伝にもならない仮装じゃないか。君は根っからの仮装麗人とみた!」 ぺらぺらとギルドの報告書の写しを捲る謎の女性。 その調査書、どこから出した。 「そりゃ、調査依頼で女装した過去は数あれど、決して趣味では。そこお間違えなく……って、カソウレイジン、てなんだよ?」 「僕に残された尺もないから始めようか」 「おい、人の話を聞け」 「諸君。君たちは生まれたて花の蕾、いずれは大輪の花となる僕の芸術!」 変人だ。 三人の心は一つになった。 「僕は憂汰。さすらいの美食家にして、新時代の芸術家! へい、カマン!」 「く、菊浬――!?」 緋那岐のからくり菊浬が、大アヤカシ瘴海の格好で現れた。 露出が高い。大事なところは蒼く煌く粘泥をイメージしたぬいぐるみで立体的に隠されている。よく分かっていない菊浬は楽しそうだ。 「ではまず自力で着ようとしない君からだ、流韻君。腰は細いようだが、美しき天女鬻姫の衣装となると……腰を絞らねば」 憂汰が取り出したのは司空の自慢、ふかふか熱々の芝麻餅ふたつ。 「胸はコレを詰めようか」 「どう考えても(練りゴマの中身が)出るよな?」 冷静に突っ込む緋那岐。しかし憂汰さんはひるまない。 「私は真剣だよ。まずは最大限に腰を絞ろう。めざせヒサーキッ!」 「ぎぃやああああああ!」 男性と女性の骨格や肉付きは根本的に異なるものである。 容赦なく憂汰が帯を締め上げる中で、帯と流韻のボディが戦っていた。 哀れ極まりない流韻を眺め、暁と緋那岐は衣装を着る決意を固めつつあった。 これを着なければ、あれの二の舞。 拷問だけは勘弁こうむる! 覚悟を察したのか、待機していた地元の美容師軍団【月宵】が、暁達へにじり寄る。 「ご、ご婦人、何故ににじり寄って……その手にした化粧箱は? ちょ、止め……引っ張らないでくださ……アッ――――!」 一時間後。 しなびた三人の開拓者がいた。 帽子を死守しつつ、厚化粧を施された鬻姫な流韻が細い声で呟く。 「もう、すべてを呪ってやる……」 「け、化粧まで。なんという薄絹。珍しい書物が手に入ると聞いただけなのに……大僧正様に見られたら何と言われ……あの人だったら面白がるか。にいさん……助けてください」 涙目な暁の脳裏に浮かぶのは。 イイ笑顔をしたハゲ頭の老人だった。 「もういい。この格好で会場歩けば給料出るんだろう? ……妹、探しに行かないと」 からくりの菊浬を連れて、緋那岐が更衣室を後にした。 『絶影の裏切り者め! 今晩の飯は抜きだ!』 騙された警備員こと蓮 蒼馬(ib5707)は絵師に囲まれながら、笑顔のままで頬を引きつらせていた。頼みの綱だった相棒の迅鷹こと絶影は、女子にちやほやされてデレデレしたまま遠ざかったので役に立たない。美しいお嬢さんの願いは無下にできないと拳の型を取っていたが、いかに逃走すべきか悩んでいた。 『やばいな。眼がヤバイ。あれは狩人の眼光だ』 蓮を熱く見つめる眼差しに、以前、開拓男子の情報を集めまくった某女子軍団の顔が重なる。嫌な予感しかしない。 「じゃあ、次は近くの男性同士で抱き合ってください。傷ついた仲間を、身を挺してかばうんです! 男の固い友情です! 誰がが下でも構いません」 上か下か、右か左か。 その意味がわかってしまう虚しさ。 偶然、通りがかったギルド受付の北花真魚と目があった。 なんだか、うっとり九竜や真亡、ライル、蓮や酒々井を見ている。 無言で見つめ合う男たち。 『『『『『――で、できるかぁああああぁぁぁ!!』』』』』 目は口ほどに物を言う。 『かくなる上は!』 窮地に追い込まれた蓮は、丁度同じく雛壇にいたシャトールノーが「キサイさぁーん」と声を張り上げた事に気付き、手持ちの薔薇を投げ、執事服に南瓜頭の張りぼてを被って南瓜大王に仮装していたキサイ(iz0165)を大声でよんだ。 「キサァァァイ! 絡みの相手はお前しかいない!」 黄色い悲鳴が響き渡る。 気を利かせた女性たちがキサイと蓮の間から、ザッと身を退け、バージンロードならぬ生贄の道を作りあげた。 「来い! 俺の腕の中へ!」 「うわぁあ! 違うって! そんな関係じゃない! 人違いです!」 もがくキサイが徐々に雛壇へ近づく。腕に抱えた自分題材の同人絵巻を見られぬよう、必死に荷物を隠すキサイ。証拠を隠滅する為に、さぁくる【奈華綾里】で買い集めたものだが、実は興味があったのかと誤解を生んでいる。 蓮の後方にいる酒々井は、矛先が変わったと思って、ホッと胸を撫でおろしていた。 北花や群衆は、キサイが運ばれていくのを見守っている。 「おい! なんてこと言い出――」 「この瞬間を待っていた!」 蓮は恐るべき速さで、生贄の道を駆け抜けた。 瞬脚の技術である。蓮は目元をつまんで、悲しみをこらえる仕草をした。 「く、すまんな。長い付き合いだが、背に腹は変えられん。キサイ、統真、死ぬなよ!」 人混みに逃走。 蓮の策略で残された酒々井とキサイが向き合う。 突然、シャトールノーが立ち尽くすキサイの肩に手を置いた。 「ごめんなさい。邪魔をして。そんな関係だったなんて知らなかったの。私が責任もって、愛すべき蓮さんを探しておくから! …………私もアンフェルネのお店があるのよね、ごめんね」 シャトールノーは最後にキサイの耳元で囁き、芝居がかった仕草で「彼を探してこなくちゃ! 待ってて!」と叫びながら雛壇を駆け降りた。 逃走者、二人目。 「私も息抜きにお昼ご飯、食べにいってくる。警備任せるね」 雪刃、風のように離脱。 「俺もこの絵師ちゃんとご飯食ってくる。口で食べさせるって約束しちゃったからさ!」 ばちーん、と片目をつむったライルは、取り巻きとともに遁走。 酒々井はふと気づいた。 九竜に、真亡に、キサイ…… このままではマズイ。男だけになる。 「お、俺だって! 誰か近くに……ひいなあぁぁあぁ!」 助けを求めた酒々井の視線の先に、もふらさまの着ぐるみが歩いていた。 酒々井に見つかった鈴梅は、全速力で走り去る。 「な、何故だ。うお!」 観客の中に、白い眼差しをコチラへ向けるローゼリアを見つける。 喉が渇いたのだろう。桜の花茶が詰まった、会場限定販売の萌え竹筒(表面に生成姫と刹血花の姿柄付)を四人分持ち、意味深に微笑んで遠ざかった。 酒々井の中の何かが。 サラサラと音を立てて崩れ、塵になっていく。 シャトールノーが戻ってきた場所では、エプロンドレス姿のアンフェルネが生クリームたっぷりのお菓子を販売していた。制服も接客も評判は絶好調だ。 「ただいま」 「うん。おかえり。いらっしゃいませー」 「なんだか疲れてるわね。よかったら半分食べる?」 隣で営業していた司空亜祈が、熱々の芝麻餅をシャトールノーに差し出した。 草双紙作家志望の来風は、さぁくる【四月朔日さくら】のもふら絵巻を購入した後、鈴梅と別れ、見覚えのある顔――杉野 九寿重(ib3226)を見かけて近寄った。となりにはローゼリア(ib5674)がいる。 「あ、やっぱり。こんにちは」 朗らかな声に、杉野が慌てた。 「来ていらっしゃったんですか!?」 「はい。噂には聞いたことがあったんですけれど、ここってすごいですね……迷子になりそう」 「もしや……さぁくる?」 「わたしですか? 今日は一般で、もふらさまの、ほのぼの絵巻とかを探しに。知り合いも多そうだったので色々見て回ってます。これ差し入れです」 紙袋の中身は葱花餅だ。 「いつもさぁくる参加されてるんですか?」 来風が会場案内を見ると『わんことにゃんこのランデブー』なるさぁくる名で載っていた。机の上には獣人な冊子『ワンコ観察随筆日記』、『ニャンコの一日』などが置かれている。全年齢対象のお品物だが、どこか百合っぽい。 「こ、これは私が書いたわけではなく朱雀と桔梗が!」 朱雀は人妖、桔梗はからくりである。 「朱雀さん?」 「はい……朝早くから朱雀の荷物運搬の手伝いを頼まれたら、いつの間にか……売り子に」 朱雀も桔梗も買い物に出かけていた。 「売り子?」 「えーと、留守番の販売員ですわね」 目がうつろなローゼリアが代わりに答える。 ローゼリアは二度と来るまい、と誓っていたにもかかわらず、からくり桔梗に担がれてここへ強制連行された。しまいには強制連行した主人二人を、絵巻と食料の買い出しに走らせる横暴ぶりである。 ローゼリアと杉野は明後日の方向を見た。 「毎度思いますが、一体どこからツッコミを入れれば良いのか」 「土産物が山のようですよね」 「……大丈夫ですか」 さぁくるや仮装麗人に本人が堂々と混ざっているのを見かけた通りすがりの音羽屋は「人を隠すには人の中じゃな!」と妙な感心をしていた。 来風はその後、顔見知りの礼野のさぁくるにも顔を出した。 売り子のからくり改め、しらさぎが声を通路に張り上げる。 『開拓メシ最新刊後十冊です〜その後は予約を受け付けておりますので〜』 「ただいまぁ。……開拓メシは今までと同じ部数刷ったのに」 疲れ果てた礼野に、音羽が用意したおにぎりと岩清水を取り出す。 礼野は訪ねてきた来風と話をした後、再び狩りにいった。 音羽はお留守番である。 「さっきの通り、しらさぎちゃん……犠牲になってる数、前回より増えてたなぁ」 「ギセー?」 大人しか読めない分野は局所的な人気を誇る。だが純朴な子には見せられない。 朋友に萌える人たちの区画で、ひときわ輝いていたのが、さぁくる『じんよーもえ』の露草(ia1350)だ。 立ち止まる人々の視線の先には、人妖ぬいぐるみが豪華絢爛の生成姫衣装を纏って鎮座していた。ぬいぐるみで三面六臂が愛らしく表現されている。宝飾品もキラキラしていた。 本当なら、これは看板娘の人妖が着ているはずだった。 荷造りに慌てて、甲龍鬼薊に乗って出かけてきた際、連れてくるのを忘れて家にお留守番させてしまったのである。 「こんにちはー! 人妖お好きですか? ワンオフぬいぐるみ用やってますよ」 「はい、私も人妖たん持ってます! 新作かわいいですね、ぬいぐるみがぷんぷん怒ってる。勾玉は瑪瑙なんですね。ひめさま〜」 新作に注目が集まり、達成感を感じる。 値札見ずに買い揃えた高価な材料で作った、無茶ぶりゴージャス仕様だ。クオリティには自信があった。 本日の目玉商品は『人妖ぬいぐるみ用なまなりん仮装の型紙』! 「ありがとうございます! ……こほん。こちらはパタンナーとして一から作った型紙です! 初心者用・上級者向け・ゴージャス無茶振り、三パターンと作り方小冊子をセットで小部数領布中。現品かぎりですよ」 あくなき萌えと商売根性。 もちろん通常商品の相棒ぬいぐるみドレスは、背後にも吊るして並べてあった。 「そっちのもふら衣装は、本物に着せても大丈夫ですか?」 「はい! もふらさま用は実物大ですからナマにも使えますよ。こちらのアクセと合わせて特別な日のおめかしも素敵なのでオススメです」 通りがかった来風の質問にも、てきぱきと答える露草がいた。 散歩に勤しむ雪刃の前方で、音羽屋が大手さぁくるの前を行ったり来たり熊のように歩き回っていた。やがて顔を真っ赤にして立ち読みを始める。 雪刃が「あなたも設営の後にきてたんだ」と声を投げた。 音羽屋が狼狽える。 「は! わ、わしも齢十四! 立派な男子じゃっ! それに三味線弾きとして文化、風俗を理解するためには必要なことっ! 決して、やましい思いだけで春画を手にする訳ではないぞぃ!」 「……春画なんだ。別にいいけど、好みなら買ったら?」 後ろ並んでるよ、と雪刃が指をさした。 買い物を済ませ、音羽屋が逃げるように走り去った後も、雪刃はのんびりと通路を歩いて行った。途中で「……私の、絵巻?」と未成年お断りの絵巻を手にとって眺めたが、至って平然と最後まで見て「こういうのが売ってるんだ。あ、知り合いのがある」と歩いて行く。 全く動じない。 一つ島を挟んだ場所では、不破が面白半分で購入した自分の絵巻を見て、絶望にくれていた。 知らぬ方が良い世界もある。 ところで逃げ切った鈴梅は、ぽてぽてと廊下を歩きながら、そろそろ別な仮装を考えるべきなのかもしれない、と真剣に悩んでいた。 「統真さんにはすぐに分るみたいですし……ひいなの本があるくらいですし、見つかったらゆっくり見て回れなくなってしまいます。バレないような仮装、仮装……」 もふ、もふ、と足音が遠ざかる。 「何その格好」 「……仕事。それ以上、聞いてくれるな」 胡蝶(ia1199)が出会ったのは、同じ……と言っても別棟だが、陰陽寮の緋那岐だった。 生成姫の格好をしている緋那岐を見ても驚かない。 何故なら、散々別の生成姫な仮装麗人と対峙し、戦う姿勢を取らされていた為である。 「仕事、ね。実は私も、さっきなんか生成姫の仮装した子と一緒に」 「あの! 描かせてください!」 キタ。 胡蝶と緋那岐の会話が中断され、二人が機械的に姿勢を作る。生成姫に立ち向かう陰陽師の絵は何やら、一部に萌えるものがあるらしい。 暫くして拘束から解放された後、胡蝶が緋那岐を振り返る。 「何かネタが出来たって感謝されたけど、何だったのかしら」 「……知らない方がいいぜ」 「そう? あと『五行王は受けなのか攻めなのか』って聞かれることが多くてね。王は攻撃は部下に任せて防御術が多そうだったから『受けじゃないの?』って答えたりとか……」 緋那岐は認識の違いを訂正しないで、そのままにしておくことにした。 せめてもの優しさである。 遠巻きに胡蝶の話を聞いていた通りがかりのサジュマンは「ふ、受けの五行王。頑固で融通のきかない研究オタク、正に受け……とすると強引攻めはどこかのう」と煩悩の限りに妄想力を働かせていた。 普通に対峙の絵が描かれているかと思えば。 「御姉様も此方にいらしてしまったのですか!? なんということ」 「ふふ……禍輪、この時をどれほど待ったか。決して放さぬぞ……汝は妾のものじゃ」 「あ、御姉様っ、そんな、嬉しい……これからはずっと私と一緒にいて下さいませっ」 そこにいたのは。 生成姫姿の雁久良と禍輪公主姿のピサレットだ。ノリノリで禁断のアヤカシ劇を繰り広げているので、特殊な趣味をお持ちの男性たちがガン見している。ピサレットがすりすりと雁久良に頬を寄せた。 絡み合う指。 交錯する眼差し、そして巨乳と貧乳。 確立されたアヤカシ分野は、本日もやりたい放題であった。 「お姉さま、いけませんわ。鬻姫が見ておりましてよ」 「ふふふ、二人相手でも一向にかまわぬぞ」 なんか寸劇に巻き込まれている。 生成姫姿の雁久良が手招きをした先には、鬻姫姿の流韻が立ち尽くしていた。 雁久良とピサレットを見て、暁が目のやり場に困る。 「女人があの様に破廉恥な格好をするとは……」 自分も相当肌の露出が多い格好なのは、意識の外に弾き出しているようだ。 暁の声に、は、と我に返ると流韻が顔を覆って逃げ出す。 「ぼくは何も、何も見てない!」 そんな様を眺めてサジュマンが手に汗握る。 「くくく、恥じらうようにみせて純情路線のツンデレでヤンデレな鬻姫を狙うとは――あの少年、できる!」 脳内で暴走中? いいえ通常どおりです。 ちなみに本日のサジュマンの大本命は、じじぃずらぶ――ではなく『生成姫×穂邑』の絵巻であった。更にヤンデレ鬻姫と生成姫の歪んだ愛憎が絡む三角関係話を探して会場をさまよっていた為、生成姫(雁久良)と禍輪(ピサレット)と鬻姫(流韻)の絡んだ姿絵を、片っ端から買いあさった。 「大漁じゃあああああああああ! 花林糖よ、次は人魂で二階を偵察じゃ!」 練力尽き果てるまで探す。 サジュマンの決意は強固だった。 好みの絵巻は端から端まで買ってやる予定だった。 開拓ケット(カタケット)を知り尽くす女帝サジュマンの戦背嚢は、本日も大漁だ。 そんな仮装会場の片隅では。 「はいはい、その辺にしておきなぁ。せっかくのお祭りなんだから、楽しくいこうぜぇ?」 きらりと凛々しく姿勢を決める不破。 弁当の割り箸が、男の衣類を貫いて壁に刺さっている。 時折、露出の高い女子を狙って現れる不埒ものを成敗する不破はとても勇ましかったが、その荷物から顔を出す『ナマナリ★マギカ』や『ナマナリさんは、衰退しました。』等のギャグものの絵巻や冊子がイケメンなオーラを二割減させていた。 色々と惜しい。 太陽は次第に落ち、茜色に染まった空の下を、人々が帰っていく。 一日目は無事終了したが、二日目が待ち構えている。 俺たちの祭は、まだ終わらない! |