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■オープニング本文 ここは神楽のとある下町。お天道様が照らす中、町の人々がそれぞれの日常に忙しく立ち回る時間帯のことである。 「てめえ! また逃げやがるのか!」 下町に男の怒声が響いた。通り沿いの平屋から何事かと町人達が顔を出す。見れば二人の男が距離を開けて通りを駆け抜けていくところであった。 「ちぃとばかし野暮用でねっ、すぐに戻るからよ!」 「馬鹿言うんじゃねえ! 舞台まで何日も無えんだぞ!」 逃げる男は紅や錦といった派手な色の着物を纏い、髪は長く、涼やかで彫りの深い顔立ちと如何にも伊達男といった風情である。一方、追う方の男は、小柄な体格に地味な色の羽織を纏い、堅実そうな雰囲気が出で立ちや表情から感じられる。 「役者が居なけりゃ舞台は始まらんだろうが!」 「あんたが居りゃ何とかなるだろっ」 逃げる男が適当な理由を言い放つ。 「無い袖が振れるかってんだ!」 追う男は鬼の面を被ったような表情で言い返した。油ならとっくに火が付いてそうである。 「じゃあな、後は頼んだぜ〜!」 言うが早いか、伊達男は通りの角をひょいと折れて、もの凄い速さで逃げ去った。 「待ちやがれ! ‥‥ええいくそっ、逃げ足の速え野郎だ!」 遅れて角に辿りついた男が足を止めて悪態をつく。 「みてやがれ‥‥こうなりゃ意地でもとっ捕まえて稽古に引っ張り出してやる!」 小柄な男は悔しさを顔中に貼り付けたまま、来た道を戻っていった。 「‥‥ふ〜、行っちまったみてえだな」 伊達男が戸の隙間から通りを眺めて呟いた。どうやら平屋の一つに飛び込んで隠れていたらしい。 「あんたさ、ここに逃げ込むの何度目になるんだい?」 平屋の住人と思われる女が、あきれた様に伊達男を見下ろした。 「悪いね。あんたの顔が見たくて、ついつい駆け込んじまうんだ」 「そうかい、なら真っ当な仕事見つけて、あたしを嫁にでもしてくんないかね」 冗談とも本気とも取れない様子で女が告げる。 「俺が神楽で一番の役者になったら、あんたを嫁にしてやるよ」 「そいつは上出来だ。期待しないで待ってるよ。ほら、さっさとお行き」 「じゃあな、また今度」 伊達男が歌舞伎の役者らしく、余裕たっぷりの笑みに流し目を乗せて女を見つめる。 「二度と来るんじゃないよ」 そう言いながらも、女は笑顔で伊達男を送り出した。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
龍凰(ia0182)
15歳・男・サ
織木 琉矢(ia0335)
19歳・男・巫
ザンニ・A・クラン(ia0541)
26歳・男・志
鳳・陽媛(ia0920)
18歳・女・吟
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
水月(ia2566)
10歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●第一幕 さて、集まったのは八人の開拓者。さっそく、挨拶やら捕り物の算段に言葉が飛び交っている。礼儀正しくお辞儀しているのは鳳・陽媛(ia0920)である。 「巫女の鳳・陽媛と言います。よろしくお願いしますね」 陽媛が頭を下げると、髪紐でまとめた綺麗な黒髪が揺れた。 「お稽古を抜けるのは感心しません‥‥本当にもぅ‥‥男の人は」 秋霜夜(ia0979)が真面目な表情で溜息をつく。横で聞いていた水月(ia2566)は、こくこくと頷き同意を示した。 「お仕事さぼるの‥‥良くないです」 さらにだめ押しのように陽媛の言葉が続く。 「舞台を控えているというのに仕事をほっていくなんて良くないです」 どうやら伊達男の印象は、不真面目なダメ男で一致しているらしい。 「二枚目の野暮用なんざ、知ったこっちゃねぇ! 大人しくお縄になって、俺の日銭になりやがれ!」 彼女達の裏側で、何やらパッションをたぎらせる男が一人。喪越(ia1670)だ。 「全員集まったようだな。ではこれを」 「ふむ、折角だ。これも使ってくれ」 織木 琉矢(ia0335)が頃合を見計らって、下町界隈の地図を取り出した。すると、ザンニ・A・クラン(ia0541)が苦笑しつつ同じ地図を懐から取り出す。二枚の地図を囲んで、開拓者達が分担を話し合う。 「まずは興行主さんに話を聞きたいですね。その後は下町で聞き込みをしましょう」 「俺も依頼主に色々聞きてーな」 六条 雪巳(ia0179)と龍凰(ia0182)は先に依頼主の所へ向かい、伊達男の人となりや逃亡経路について調べてみるようだ。 「なら丁度良い、俺も依頼主に聞きたいことがある。地図はこっちで片方使わせてもらうが、良いかな?」 ザンニが他のメンバーを伺うように、ちらりと視線を流した。 「問題無い。一通り情報収集を終えたら、再び集まり足取りその他をまとめて、追い込む場所を決めよう」 琉矢の答えにザンニが満足そうに頷く。打ち合わせの終わりに、雪巳がふと疑問を口にした。 「役者さんにとっては、お稽古も仕事のうちだと思うのですけれど‥‥それを放り出してまで行かなければいけない用事って何なのでしょうね」 「己のしなければならない仕事から逃げるのは駄目だ。舞台の仲間、それを楽しみにしている人達を裏切ってはいけない」 「でも‥‥ふふ。鬼ごっこや隠れんぼなんて、少しわくわくします」 厳格な琉矢の表情とは対象的に、ちょっと楽しそうな雪巳であった。 陽媛、霜夜、水月の三人は下町の比較的大きな通りを歩いていた。霜夜は町娘を中心に聞き込み、水月はファンの振りをして伊達男の足取りを追っていた。 「親に連れられて観に行った舞台でファンになってしまいまして」 「この辺りによく来ると聞いて」 「ちょっとでもお話できたら‥‥と」 といった具合に純粋一途なファンの雰囲気を醸し出しつつ、水月は町人から話を聞いていく。一方、霜夜は同年代の町娘を中心に、伊達男の評判などを聞いて回った。 「彼が居なくてお芝居のお稽古が進まないのよね‥‥見付けたら教えてね」 霜夜が町娘と別れると、水月と陽媛が駆け寄ってきた。 「伊達男さんと親しい方が居る場所‥‥分かりました」 陽媛が弾む息を抑えながら告げる。情報を元に三人が向かった先は、下町の隅にあるこじんまりした長屋の一室だった。 「すみません。どなたか居ますでしょうか?」 陽媛達が戸を開けると、中に居たのは布団に横たわった女の子である。来客の気配に気付いて、少女がふらふらと起き上がり出迎えた。 「そうですか‥‥兄様がそのような‥‥けほ」 三人が事情を話すと、少女が目を伏せ答える。 「お兄さん?」 霜夜が思わず聞き返した。 「実の兄では、無いです‥‥私も兄様も、親は居ませんから」 少女の返事に、顔を見合わせる三人であった。 場所は変わって、下町の裏側を歩くのはザンニと琉矢である。雪巳と龍凰は別の場所で、町人に聞き込みしながら、それとなく同情を引いたりして、協力を仰いでいるようだ。喪越は‥‥ゆらゆらと不思議なステップを踏みながら、恐らく、伊達男の出没場所を探っているだろう。 「男から見てもかっこいいものなのか?」 琉矢は町の男共を相手に情報を集めていた。 「役者なんてな伊達か酔狂の塊みてえなもんだろ」 男連中の印象は、まあ、両極端といった所だ。 一方、みったんジュース片手に往来を行くザンニは、主に女性を相手に探りを入れていた。飯屋に寄っては「女将、釣りはいらんゆえ‥‥かの二枚目役者について何か知らぬかな?」と問いかけ、遊郭の前を歩いては「金子と時間が足りるか否か‥‥いやまて何故入った後のことを考えている」などと楽しそうにしている。 今もザンニが道行く遊女に話を聞いているのだが、その様子を、女性が苦手な琉矢は複雑な表情で眺めていた。 「良い情報見つけたぜ!」 集合場所へと向かうザンニと琉矢の元に、龍凰が駆け寄ってきた。彼に続いてくる雪巳の姿も見える。 「下町に住むお婆さんの家に、良く来られるそうです」 「ふむ‥‥老婆とは」 雪巳の言葉を吟味し、ザンニが思案げに呟いた。 一通りの情報集めを終え、開拓者達は捕縛の相談へと移った。 「うむ‥‥よく見かけられている場所は大体決まっているか‥‥」 琉矢が目撃情報や関連する場所に印を付け、追い込み先を絞っていく。 「追い詰める‥‥とか、あんまり好きじゃないが、今回は仕方あるまい」 空を仰ぎ琉矢が呟いた。すでに日は高く、残す時間は半日ほどである。 「お婆さんの所と女の子の所、他にめぼしい所はないかな?」 「ここも印付けといてくれ。ちょいと訳アリなセニョリータが居るんでな」 霜夜の言葉に重ねて、喪越は地図の一点を指差した。 ●第二幕 龍凰が屋根の上から手を振り、地上の二人に合図を送る。 「喪越さん、あーゆーれでぃ?」 霜夜が屈伸しながら隣の喪越に声を掛けた。 「Yes! いつでもいけるぜ!」 ビシッと指を立て、喪越が陰陽スマイルで応える。 「いくよ!」 声を合図に霜夜と喪越が駆け出した。一つ目の角を曲がり、路地の先に伊達男の姿を捉える。喪越は真っ直ぐに伊達男へ向かい、霜夜は逃走経路を絞るように一本隣の道へ回る。 「Oh、サイン下さ〜い! カブキー、ゲイシャー、ハラキリー!」 喪越が異国の観光客を装い接近を試みる。 「げ」 しかし、問答無用で伊達男は逃げ出した。 「ち、バレてるんじゃしょうがねぇ!」 察した喪越が追跡モードに移る。背中から『ゴゴゴ』とか聞こえそうな気配を立ち上らせた。 「何度でも言おう! 二枚目の野暮用なんざ、知ったこっちゃねぇと! 大人しくお縄になって、俺の」 「急いでるんだ、また今度な!」 喪越が言い終わるのを待たず、伊達男はさらりと逃亡した。あっという間に路地を曲がって消えていく。 「逃がしません!」 「おっと、こっちもかよ」 伊達男が抜け出た先では、霜夜が逃がすまいと駆けてくる。伊達男は路地を真っ直ぐに逃げるが、足で叶わないと見るや、裏路地を細かく折れて姿をくらまそうとする。 「そっちいったよー!」 龍凰が屋根の上から声を掛けた。見失ったら龍凰が指示を出し、喪越と霜夜が徐々に追い込み先へ寄せていく。 「どうなってんだ、一体‥‥」 息を切らせて走る伊達男。背後に追跡者が居ないのを確認して、長屋の一つに飛び込んだ。 「悪い、ちっと‥‥おわぁ!」 「Yo! アミーゴ、茶でも飲んでくか?」 喪越が極上の笑顔を向ける。打ち合わせた地点に先回りしていたようだ。 「どうなってんだー!」 大慌てで伊達男が逃げ出していく。それを見届け、喪越は派手にダイビングして土下座した。 「御協力に感謝だ、セニョリータ! ‥‥しかし、良かったのかい?」 「何勘違いしてんだか知らないけど、ありゃ弟みたいなもんさ」 奥に潜んでいた女性が喪越に応じて微笑んだ。喪越は苦笑いで答える。 「そういうもんかね‥‥ま、助かったよ。邪魔したな」 セニョリータの家を離れ、伊達男の逃亡は続く。次に逃げ込んだのはとある老婆の家。 「よ、ばあちゃん。元気だったかい?」 「よく来たねぇ‥‥ところで、坊にお客さんが来てるけども」 「は?」 老婆の目線を追って振り返ると、戸につっかい棒を仕込む龍凰の姿があった。 「稽古も仕事のうちなんだからサボっちゃだめなんだぜ!」 「げげ‥‥たく、親方め本気出しすぎだぜ」 げんなりした様子で伊達男が奥へと歩いていく。 「お前も大切な用事かもだけど、こっちも困ってる人がいるんだからさ‥‥って、どこいくんだよ!」 「厠だ厠」 ひらひらと手を振り立ち去る伊達男を見送り、老婆が呟いた。 「裏から逃げたよ‥‥これで良いかい?」 「ありがと、ばーちゃん! 騒がしてごめんな」 「いいさ、あの子が顔見せに来ただけで十分だよ」 老婆は龍凰の顔を見て、にっこり微笑んだ。まるで誰かの面影を重ねるかのように。 伊達男の背に腹にと、開拓者達は容赦無く迫り、目的の路地裏へと追い込んでいく。 「こっちの道は、無理か‥‥っ」 左の道からはザンニ、右の道からは琉矢がじりじりと差し迫る。道を探して伊達男が袋小路への裏路地を抜けた、その時である。水月がとてとてと伊達男の前に歩み出て、おもむろに転んだ。 「おっと、大丈夫かい?」 伊達男が駆け寄ると、水月は伊達男の着物を掴み、ふるふると顔を振って応じる。そこにふらりとよろけた町女風の雪巳が倒れこんできた。 「あぶねぇ! ‥‥ふぅ。お姉さん、怪我は無いかい?」 「怪我は無いです。あと、お姉さんでも無いですよ」 伊達男の傍らには裾を引く水月、両手には抱えた雪巳、そして気がつけば、戻る道は琉矢とザンニが塞いでいた。霜夜達も合流し、伊達男はお縄となった。 「なんだいなんだい、すっかり袋のネズミってことかよ」 雪巳を立たせながら、観念した様子で伊達男が笑った。 「あんたを待っている人達の為にも、稽古に戻ってくれ」 「言われなくても戻るさ。どうにも俺は信用が無えみたいだな」 琉矢の言葉に伊達男が苦笑しながら答える。伊達男を囲むように立っていた開拓者達の後ろで、ふいに戸が開き、陽媛が顔を出した。そこは下町の隅、女の子が住む長屋だ。 「伊達男さん、妹さんがお待ちかねですよ」 「‥‥随分とまあ準備の良いこった」 呆れたように告げて、伊達男は長屋の戸をくぐった。 ●第三幕 伊達男を捕らえた一行は、そのまま依頼主の所へと足を運んだ。当の伊達男は道中で散々「サボリはダメだ」と開拓者達から突っ込まれ、今は依頼主の親方にこっ酷くしかられている。 「結局、伊達男さんの野暮用って、親しい方を訪ねただけみたいですね」 「みな親しい『女性』だったな‥‥伊達男、そもそもがこの下町で育ったとか」 陽媛とザンニが今回の真相を話している。元々、親無し子だった伊達男は下町で雑仕事をして食いつないでいたらしい。色んな所に出入りしては可愛がられていたが、それを拾ったのが今の歌舞伎の親方とのことだった。 「興行が忙しいらしいが、なんとか上手くやれぬものか」 「忙しいだけなら良いけどな、休みが無いんだよ‥‥それに、すぐに次の興行で遠くへ行かなきゃならなくてね」 琉矢の言葉を受けたのは、いつの間にか説教を終えた伊達男である。 「ま、あんた達には迷惑掛けた。すまなかったな」 意外に殊勝な態度で伊達男が告げる。 「よく判らねーけど‥‥いっぱい練習した方が早く一番の役者になれるんじゃねーの? そっちのがカッコいい! って思うぞ。違わね?」 「んなこた分かってるよ。第一、俺はいっぱい練習してるっての」 「でも、さぼってる兄ちゃんにしか見えないけどなー」 「サボリじゃねえ、大事な野暮用だ! ガキンチョ!」 「なにー! おまえだって大して変わんないだろー!」 龍凰と伊達男、二人並べると、売り言葉に買い言葉といった風情である。 「周囲にとっては、貴方の舞台を見る事が何よりの楽しみだと思いますよ」 「人を楽しませるのは素敵な事だと思う‥‥これからも頑張ってほしい」 雪巳と琉矢の励ましにふいを付かれ、伊達男は照れた様子で「お、おう」と応えた。 「お稽古さぼってたのは、恋人さんに会いに行ったのでは無かったのですね‥‥」 水月が申し訳無さそうに告げる。 「長屋のセニョリータも気は無えって言ってたしなぁ‥‥こう、熱いパトスを炸裂させてくれる展開を期待したんだが‥‥いや、まてよ?」 喪越の残念オーラが情熱の色へと変わっていく。 「口ではああ言いつつも、実はっていう展開もあるよなぁ‥‥さむずあっぷ!」 びしっと指を構えて伊達男に向ける。しかし、その伊達男が何をしているかと言えば‥‥。 「まあ、俺が天下一の役者になったら、あんたも嫁にしてやるぜ?」 と、水月を口説いていた。ちなみに本人は挨拶のように「嫁にしてやる」を連呼するらしいが、言われた水月は吃驚して、ふるふると首を振るばかりである。 「そりゃないぜアミーゴ‥‥」 喪越の力ない呟きは、流れる風にさらわれていった。 ここからは後日談となる。 依頼主に頼み込んで「良い席での観劇」を手に入れた霜夜は、意気揚々と歌舞伎の観劇に来ていた。依頼報酬と交換というのは無理だったが、依頼主が「ギルドで舞台の宣伝をしてくれるなら」という条件で席を用意してくれたのである。 (「ゆったり芝居見物、心の贅沢です〜」) 舞台小屋の門を潜った先には役者の看板がずらりと並んでいる。伊達男の看板も二枚目に収まっていた。 「‥‥ん?」 しかし、霜夜の目に留まったのは、看板の下にあった役者の宣伝文句であった。 (「アヤカシを煙に巻く、粋でいなせな伊達男???」) やがて、舞台を見るにつれ、霜夜の疑問符は解消されていった。 伊達男が立った一幕、それは――。 二枚目役者『市村天乃丞』が開拓者に扮し、派手なアヤカシ相手に大立ち回りを演ずるものであった。 |