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■オープニング本文 ひらり、ひらり。咲き始めの淡く色づく桜の木から、気の早い花びらが飛び離れ、風の波に漂っている。 「おお、もう桜が咲いてるじゃねぇか」 そんな花舞に色を添えたのは、鮮やかな紅の着物に長い髪という派手な出で立ちの伊達男。名は市村天乃丞、とある歌舞伎一座の二枚目役者である。 「いいねぇ、これが粋ってヤツだねぇ」 足を止めた天乃丞の正面には、幾つもの齢を重ねたであろう老桜が、枝先を白と薄紅に染めて佇んでいる。暖かな春の吐息が、天乃丞と桜の木を包み、しばしの間、天乃丞は空から降る花びらに身を任せた。 「よう、珍しいとこに居るな」 ふらりと現れ天乃丞の横に並んだのは、地味な柄の着物に身を包んだ男である。身なりに加えて身長が一回り小さいこともあってか、天乃丞とは正反対の印象を与える人物である。 「おうよ。咲き始めの桜ってのも、いいもんだなぁと思ってさ」 腕組みして得意げに口にした天乃丞の言葉だったが、吐いた相手は泣く子も黙る一座の親方、大谷治仲蔵である。年も経験もまだ若い天乃丞には、少々相手が悪い。 「へ、おめぇが語るには十年早ぇ‥‥だが、目の付け所は悪くねぇな」 「え‥‥あ‥‥そ、そうだろ」 しかし、返ってきた言葉は意外にも穏かなものだった。常なら苦くて食えない返しがくるせいか、天乃丞の表情が思わず間の抜けたものになる。 「‥‥次の演目、桜を使うぜ」 「んあ?」 しばし物言わず桜を眺めていた仲蔵が、唐突に告げる。横で言葉を投げかけられたはずの天乃丞だったが、その唐突さに再び間の抜けた表情で声を発した。一応、二枚目なのだが、反応だけ見るとどうにも三枚目である。 「桜にまつわる悲恋物だ。巷で仕入れた丁度いい本があってな、そいつをやる」 続けて仲蔵が口にした話は、戦へ向かい死んでいった開拓者が、幽霊となって恋人の元に戻ってくるという内容であった。 「へぇ‥‥しかし、それが桜とどう繋がるんだ?」 「ある場所にな、戦に向かう者の帰りを願って、『不知緋の桜』なんて名づけられた桜があるんだよ。そこを使って、野外に演場を仕立てる」 「野外でやるのか、そいつは面白そうだ」 不敵な笑みを浮かべた天乃丞の言葉は、二枚目役者らしい自信をにじませている。 「そういうわけだからよ、また開拓者を雇っておいてくれ」 三度、天乃丞の顔から間が抜けた。 「‥‥また俺が?」 「他に誰が居るって言うんだ」 桜から視線を外すことなく、仲蔵が当然のように口走る。 「たく、行きゃいいんだろ‥‥」 さすがに勝手が分かってきたのか、渋々ではあるが天乃丞も多くは言わずに、引き下がった。 「今回は決まった役がそんなに多くねぇ。何なら、大筋以外は筋書きで遊んでも良いって伝えとけ。突発でやるから、裏方だけでも来てくれりゃありがたいしな」 「へいへい」 仲蔵が念を押すように付け加えると、天乃丞が不貞腐れたように斜めを向いて答えた。 「あとな」 「まだ何かあるのかよ‥‥」 うんざり顔で天乃丞が振り返ると、ここまでずっと厳しい顔つきだった仲蔵の口許に、一座の親方らしい食えない笑みが浮かんでいた。 「宣伝、忘れんじゃねぇぞ」 脱力を垂れ流すように天乃丞がその場を去ると、仲蔵は桜へと視線を戻した。 「‥‥『不知緋の桜』か‥‥手向けのつもりかね、俺は」 ひらりひらりと舞う桜の花びらは、早すぎる故かまだ白く、雪のように仲蔵の体に薄く振り積もる。それを振り払うことなく、仲蔵は桜に背を向け歩き出した。 |
■参加者一覧
柄土 神威(ia0633)
24歳・女・泰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
水波(ia1360)
18歳・女・巫
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
鶯実(ia6377)
17歳・男・シ
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
リスティア・サヴィン(ib0242)
22歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●散ル桜 八人の開拓者達は、天乃丞に連れられ作業場所へと向かっていた。通りを歩く一団に、すれ違う人々の視線が集まる。開拓者集団と派手な格好の歌舞伎役者の組み合わせは、それだけで目を引くには十分である。 「ウチの座長の抜け目無さには舌を巻くぜ」 先頭で苦笑いする天乃丞に、リスティア・バルテス(ib0242)とアグネス・ユーリ(ib0058)が横に並んだ。 「白の吟遊詩人、リスティア・バルテスよ。ティアって呼んでね」 「あたしはアグネス、踊り子だけど、今回は演技も頑張るよ!」 「おう、二人とも期待してるぜ」 天乃丞が応じると、それを皮切りに各々が挨拶やら舞台についての話を始める。 「不知緋の桜‥‥中々に楽しそうな」 柔らかい仕草で淑やかに微笑むのは水波(ia1360)である。 「合法的に女性と接吻できると聞いて」 続いて、鶯実(ia6377)がさらりと放った言葉は、やや間を空けてから女性陣の視線を集めた。見れば、他の開拓者は皆、女性である。 「冗談です。たまにはこういうのも良いと思いましてね、息抜きです」 鶯実の言は穏かな川の如く、剣呑な空気を流し去ってしまう。彼の持つどこか掴み所の無い雰囲気も、それ以上の追求をかわす手助けをしているのかも知れない。 「劇、か‥‥ま、演じるだけなら色々できるかな」 「男役‥‥男役ね‥‥」 鶯実の後では、ブラッディ・D(ia6200)と鴇ノ宮 風葉(ia0799)が何やら呟いている。 「ん、風葉は女役が良かったのか?」 さり気なく問うブラッディに、風葉は胸を張って答える。 「このアタシが役を選ぶと思う? どんな役だって完璧にこなしてみせるのが本物ってもんよ」 「あの‥‥風姉様なら、どんな役でもきっと素敵です」 二人の後ろで様子を見ていた倉城 紬(ia5229)が控えめに言葉を発する。 「紬は良い子だねぇ」 風葉が紬の頭をなでくり回して可愛がる。紬は風葉の溺愛ぶりを、されるがままに受け止めている。 ふいに、暖かな春風が吹き抜けていった。その吐息に運ばれた花弁が一片、巫 神威(ia0633)の額にちょこんと乗っかる。 「もう、咲いているのですね」 指先でそっと花弁を挟み、微笑みながら桜色を眺める。しかし、再び吹き寄せた風にすくわれ、花弁は空へと舞い上がった。 「会いたくて、だけど会えなくて‥‥引き裂かれた物語は数知れないでしょう」 空を見上げ、神威は呟く。 「それでも不知緋の桜に篭められた願いはきっと今も‥‥」 さて、現場へ付いた一行は、情緒もへったくれも無い混沌へと叩き込まれることになる。 「材木運べぇぇ!」 「布地まだ来ないの!」 怒号が飛び交う中で開拓者達が立ち往生していると、天乃丞が奥から人を連れて戻ってきた。 「見ての通り忙しくてな、親方も出払っちまってる。悪いが後は各自で動いてもらうぜ。裏方組みはこいつらに聞いてくれ。役者と演奏はこっちだ」 舞台に絡む面々が奥の間に消えると、喧騒の中に残されたのは、鶯実と紬である。 「初めまして、倉城といいます。初めてなので不手際があるかと思いますが、宜しくお願いしますね♪」 「よろしく。貴方は小道具と衣装の手伝いだから、頑張ってね」 紬が深々とお辞儀をすると、物腰の柔らかな一人が笑顔で応じた。 「来い。あんたは力仕事だ」 もう一人の大柄な男は、鶯実に顎で作業場を示してみせる。材木だの金具だのが散乱し、数人の男達が大工さながらに腕を振るっていた。 「思ったより、やりがいありそうですね」 作業場へ向かう男の背を見て、鶯実が困ったような笑みを浮かべた。 さて、天乃丞に連れられた面々は、段取りや台詞の稽古に励んでいる‥‥はずだが、風葉は一人、裏方の作業場を歩いていた。そんな彼女の目に止まったのは、仕事に励む紬の姿である。 「‥‥あ、あの。えと。お茶を淹れたので、もし宜しければどうぞ。はい‥‥」 紬がお茶を配っているの見つけ、風葉はどこからか持参したお茶とお菓子を手に、場の中にさりげなく紛れ込む。 「ふーん、こんな衣装着るんだねー」 「風姉様‥‥?」 「あ、気にしないで続けて続けて」 しげしげと作業を眺める風葉を不思議そうに見つめる紬であったが、やがて聞こえてきた怒声にびくりと肩を震わせた。 「役者が一人居ないぞ! どこ行った!」 「え?」 思い当たる節に紬が振り返ると、お茶とお菓子を手に掴み新たな逃亡先を探す風葉の背中が見えたのであった。 ●一幕 当日は青く晴れた空の下に、天井の無い桜舞台が築かれた。人々のざわめきの中、開幕に響くはリスティアの朗々たる桜語りである。 「『不知緋(しらぬい)の桜』〜第一幕〜」 語りに合わせ、黒子に扮した鶯実が舞台と客席の間を駆ける。手にした紐が幕を開け、舞台には一本の桜。そして降りしきる花びらの中では、和装に身を包んだアグネスがゆるりと舞っている。 「返らぬものを待つ桜〜、巡り巡るは幾千の〜」 つまびかれるリスティアのリュートが、アグネスの幽玄な舞に重なる。くるりと大きく舞台を回り、アグネスの姿が老木の裏に消えた。 『散りゆく命の花吹雪〜さりとて願うは緋色の桜〜』 演奏に合わせ二人の声が重なる。その声音に導かれるように神威が袖から舞台に現れた。舞を終えたアグネスが逆袖に下がり、入れ替わるように神威が桜の下へ歩み寄る。 「帰らぬ夫を偲ぶ妻〜未だ緋色の桜を知らず」 神威が桜を前に立ち止まると同時、リスティアの歌が消え、舞台上は時の流れが動き出した。時折、リュートの弦が小さく弾かれる中、神威はひざまずき、長い髪を結い始める。 「彼が帰ってこれますように」 丁寧に髪を結い、祈るように目を閉じる。ひと時の静寂を挟み、続いて舞台に現れたのは水波だ。黒い喪の着物で現れた水波は神威の母親役である。神威を目にして束の間、戸惑うように動きを止めるが、すぐに思いなおして神威の元へ歩み寄った。 「お別れ、しなくていいの?」 「帰って来たのは物だけだもの。なら、彼自身が戻るまで、信じて待つのが妻の務めでしょう?」 淡く微笑む神威を前に、水波は継ぐ言葉を失ってしまう。 「‥‥そう。けれど、まだ外の風は冷たいから、早く帰ってくるのよ」 物言いたげに娘を見やり、やがて水波は神威を残して歩み去った。すると、一人残った神威を煽るように、強い横風が吹き抜ける。袖の陰から鶯実とブラッディが二人がかりで大団扇を扇いだのだ。 「桜が」 神威が舞い上がる花びらを目で追う。その裏で、穏かだったリスティアの弦音が、徐々に速度を増し不安定な音色へと転じていく。一際強く弾かれ、音の余韻と共に花弁が舞台に落ちると、神威の背側から男装の風葉が現れた。風葉は身長を底高の履物と髪型で補い、ほぼ同じ高さで二人の視線が交じり合う。 「今、帰った」 風葉が短く告げると、神威は沸きあがるものを抑えるように、ゆっくりと風葉の前へ足を進めた。 「遅くなったな」 風葉は無造作に羽織っただけの着物姿と、腰に差した銀扇。その姿そのままに、飾り気の無い言葉で風葉は妻への侘びを述べた。 「言ってもいいのよね? ‥‥おかえりなさい」 そんな風葉を神威はそっと抱きしめた。 ●二幕 舞台は戦場から返ってきた主人公の夫に、村人が不信感を表す場面へ移っていた。そんな舞台の裏で、奮闘するのはブラッディである。裏に戻ってくると、すぐさま紬に声を掛ける。 「次の衣装だ」 「こちらです!」 主人公の父親用衣装を受け取り、ブラッディが仕切りの陰へ消える。すぐに両親が主人公に不信を説く場面が待っているのだ。次々と他の村人役が戻り、同様に紬が衣装を手渡していく。 「ど‥‥ど、どうぞ」 男性陣がその場で着替え始めるので、衣装を渡す紬は顔を赤く染めたまま、何とか衣装を配っていた。 「いくぞ」 「いつでもどうぞ」 着替えを終えたブラッディと水波が、舞台へ向かう。この後は両親の説得から始まり、桜の前で神威と風葉が別れる場面に繋がる。 「本当に信じているのか? 例え生きていたとしても、五体満足であるはずは無い。送られてきた遺品を見れば、それは明らかだ」 舞台から厳しい父親を演じるブラッディの声が聞こえ始めた。続いて、水波の台詞。穏かだがはっきりと意志を伝える母の言葉である。 「このままではいけないよ」 だが、神威の言葉もまた母親ゆずりであろう、揺ぎ無い強さをにじませる。 「彼は私が待っている事を信じて帰ってきてくれたんです」 まっすぐに両親を見て、神威は微笑んだ。 「大丈夫、彼は何も変ってないわ。今でも私の愛する夫ですもの」 台詞の終わりをきっかけに、リスティアの演奏が始まり場面の変わり目へ入っていく。黒子の姿で鶯実が幕を引くと、そこにはアヤカシの姿絵。最終幕の伏線である。やがて、演奏が盛り上がりを見せる頃に幕が開き、そこには桜の前で願掛けをする神威の姿があった。 「桜を散らす春疾風〜いざなう姿はこの世にあらず〜」 語りが終わり演奏が小さくなると、桜の前で祈る神威が何かに気付いて後方を振り返る。刹那、舞台を駆ける一陣の風。現れたのは役者が扮した黒衣のアヤカシ達である。 「アヤカシ‥‥どうして、こんな所に‥‥」 数を増すアヤカシ達に追い込まれ、翻弄されるように神威が舞台上を右へ左へと揺り動かされる。何度目かのアヤカシとの接触で願掛けの髪紐が外れ、地に倒れた神威の長い黒髪が積もる桜花弁の上に広がった。 ビィ――‥‥ン‥‥。 時を止める強弦の振動が、リスティアの指先から放たる。アヤカシ達の動きが止まり、舞台に現れたのは風葉。銀扇はすでに抜かれ、切っ先を地へと向けている。 「‥‥」 無言で駆け出す風葉とアヤカシ達が交差する。風葉はアヤカシ達を切捨て、神威の元へと辿りつく。 「無事か」 「はい‥‥!」 夫婦が交わす短いやりとり。その中にあるのは確かな絆。だが、アヤカシは標的を風葉に絞り襲い掛かる。一対多数の攻防に、劣勢が覆るはずも無く。 「あなた!」 前後から襲ったアヤカシの腕が、風葉の体を捉えた。 「く‥‥!」 だが、それを意に介さぬかのように風葉が再び刀を振るう。次々と打ち倒される同胞を前に、アヤカシの群れは舞台から退いていった。 「怪我を‥‥」 「いい。怪我は無い」 歩み寄ろうとする神威を、風葉は背を向け、片手で制する。舞台には立ち尽くす風葉と、沈黙と共に見据える神威が残された。 桜を挟み、しばしの静寂が訪れる。やがて、風葉が一言、呟いた。 「済まん。俺はもう、戻れない」 舞台にあるものは、ことごとく動きを失っていた。ただ、桜だけが静かに花を散らせていた。 「まさか‥‥魂だけになっても、私のところに帰ってきてくれたの?」 恐る恐る問う神威に、風葉は不器用そうな笑みを浮かべて、頷き返した。神威の瞳から、一筋の涙がこぼれる。 「達者で暮らせ」 言い残して去ろうとする風葉の背を、神威は迷うことなく追った。神威と風葉の手と重なり、二人が相対する。 「ずっと一緒にというのは、私の我侭ね‥‥貴方は十分、私を幸せにしてくれたから」 神威は泣いていた。そして、笑っていた。 ふわりと風が吹きぬけ、別れの口付けを二人だけの時間にせんと、神威の美しい黒髪が二人の顔を隠す。吹く風が徐々に強くなり、神威と風葉の体が距離を開けていく。 やがて風は止み、立つのは神威、一人のみ。 「いつの日かまた‥‥貴方に会えますように‥‥この満開の桜の下で」 ――チリリィ‥‥ン。 桜の陰でアグネスが奏でた鈴音が、逝くものを送るかのように響いた。 ●桜宴 舞台は好評の内に幕を閉じた。開拓者達の提案もあって、今は打ち上げの真っ最中である。すでに日は落ち、一同は裏方が設置した灯りに照らされる夜桜を楽しんでいた。 「っあ〜‥‥花見酒、サイコー」 「舞台の時とは随分違うなぁ」 「ふふっ‥‥あたしは、踊り子だから踊っている間には誰にでも‥‥何にでも、なるの」 役者連中に混じってアグネスは花見酒を決め込んでいた。持参した桜火の酒はすでに空っぽである。 「さぁって、一曲踊っちゃおうかな!」 「やれやれー!」 「ティア姉、音よろしくっ。それじゃ、いっくよー!!」 興が乗ってきたのか、アグネスが速いテンポで踊り始めた。リスティアの弾むような弦捌きに乗せて、華麗にステップを踏んでみせる。 「やっぱり奏でるなら、楽しい音が良いわ。悲恋は物語だけにしたいわね」 宴の賑わいと共に、二人の踊りと音は勢いを増していった。 桜並木から離れた場所で、紬とブラッディは料理を拵えていた。作っているのは菜物や乾物を使ったシンプルなおにぎりだ。 「このくらい作ればいいかな」 「そうですね‥‥そろそろ配りに行きましょう」 二人はおにぎりを乗せた盆を手にして歩き出す。ブラッディの盆にはおにぎりの他に、野菜だけの料理も幾つか乗っていた。 「いいものもってるじゃない」 美味しそうな香りに釣られて現れたのは、風葉である。 「食べるか?」 ブラッディが勧めた野菜の料理は、風葉のために用意されたものだ。勝手知ったる仲、と言ったところである。 「ほういえば、鶯実ってどこに居うか知ってふ?」 おにぎりを頬張りながら風葉が問う。 「いや、見てないぞ。しかし、風葉に男が‥‥ここは俺がしっかり見届けてやろう」 「そんなんじゃないって。役を譲ってもらったから、礼くらいはね」 「明日は雨だな」 「月緋〜‥‥」 喧嘩するほど仲が良いとは、よく言ったものである。 賑わいを離れ、鶯実は仲蔵と遠巻きに宴を眺めていた。手にした杯には、鶯実が持ち寄った酒が注がれている。 「あんたも変わった人だな。面子を見れば、夫はあんたが適役だろうに」 「裏方の方が、性に合ってるんですよね」 会話が途切れ、二人が示し合わせたように杯を口にする。 「桜‥‥この季節は好きなんですけどね。思い出は、あまりいいものではないんですよ」 ぽつりと鶯実が呟く。目線だけを向け、仲蔵が呟き返した。 「舞台、楽しかったかい」 「ええ」 「そうか、ありがとよ」 再び無言で二人が杯を煽る。 「こんな所でお花見ですか?」 二人に声を掛けたのは、神威である。 「お疲れさん。飲んでるかい?」 「これで楽しんでます」 杯を掲げた仲蔵に、神威はお茶を示して見せた。 「あんたらも物好きだな。こんな場所で飲みたがるとは」 すでに酒の入ってない杯を、仲蔵は口に運んだ。 「届いてますよ、貴方の想いは」 「やれやれ‥‥俺には、何のことだかね」 静かに微笑む神威の言葉に、仲蔵は苦い顔を見せた。 「何やってんだ、こんなトコで」 そこへひょいと顔を見せたのは、天乃丞と水波である。 「いい眺め。桜の下で舞を披露するのも、良いですね」 桜並木の美しさに水波が笑みを浮かべた。 やがて、人の集まる気配に他の開拓者達も集まりだした。 「これぞハーレム状態」 華に囲まれ鶯実は満足気だ。こうして、長い華宴の夜は更けていくのであった。 |