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■オープニング本文 その木はずっと昔からそこにあったと伝えられている。 実り豊かな山の奥に、ただ一本だけ咲き続ける山桜。 樹齢は500年とも1000年とも伝えられ定かではない。 ただ村の始まりは、その桜の木を見つけ愛した者が、少しでも側で暮らしたいと思って住み着いたことからと言われるほどであり、人々に愛されていた木であった。 春になると農繁期の忙しい手を止め、彼らは山を登る。 そして桜の木の下に、集い、酒を酌み交わし、その年の元気を貰っていたのだ。 『愛されていた』 過去形にするのは本来正しくは無い。 今も人々はその木を愛しているし、今年ももうじき訪れる春、桜の季節を楽しみにしていた。 準備は、万端整っていたのだ。 ‥‥山にあのアヤカシ共がやってくるまでは。 「それじゃあ、何か!? 皆、この村を捨てようってのか!!」 村人の集会場、顔役たちが集まる会合の中で、一人の男が目の前の膳を強く叩いた。 微かに顔を顰めながらも真っ直ぐに自分を見つめる男に 「だが、わしらに奴らに敵う術はない‥‥。解っておる筈じゃ」 長老は柔らかく、諌めるように宥めるように声をかけた。 男はぐっ‥‥と、手を握り締める。唇を音がするほどに噛み締めて。 「アヤカシ共の襲来で、村の男達の殆どがやられた。死者が出ておらぬのが不思議な程じゃ。銀二。お前もまだ傷はいえておらぬじゃろう?」 「これくらいの傷‥‥なんてことは‥‥」 腕に、足、肩。 長老の言葉を否定したいと顔は言っているが、布が巻かれた彼の身体はそれを肯定している。 「奴らがまた襲ってくるようなことになれば、今度は大切な種籾が奪われてしまうかもしれぬ。いや、食べる者がなくなった、と村人を喰らう事さえありうる。奴らに蓄えも、我々にできるのはこれ以上の被害が出ないように、ただ耐え忍ぶが逃げ出すか‥‥」 「だが! 耐えて奴らがどこかに行くという保証があるのか!? まして逃げ出すなんて! この村はずっと俺達や先祖が守ってきた土地だ。それに‥‥桜だって‥‥」 「お主の気持ちは痛いほどよく解る。‥‥じゃが、桜より土地よりも命が大事じゃ。忍んでくれ‥‥。よいな?」 優しく肩に触れた長老の手を、男は振りほどく事ができなかった。 ことの起こりはある山ふもとの村がアヤカシに襲われた事に始まる。 子鬼や豚鬼、それは今まで見たことの無い鬼の群れで、禍々しい姿の大鬼に率いられたそれらは、村の人々を傷つけ、家を襲い、やっとの思いで冬を越えたばかりの村から、食べ物、酒、金などを奪っていったのだ。 そして、彼らにとって生活の糧であり、心の支えてもあった山に住み着いてしまった。 村から奪った食べ物で、日毎夜毎大騒ぎをしているらしいと聞いても、人々にはどうすることもできない。 今や、この村に残されているのは人々がやっとの思いで隠し通した籾や、種、芋などのみ。 本当にこのままでは村を離れでもしない限りは皆は安心して暮らせない。 いつか種籾を食べるハメになるかもしれないというのに‥‥。 「食べ物が無くなったら、また襲ってくるだろう。一気に襲いつくさなかったのは、俺たちをいたぶる為か‥‥。くそっ‥‥、せめて奪われた金や蓄えが取り戻せれば、開拓者とかいう者達に助けを求めることもできるのに‥‥」 男は山を見上げた。 ここからでは見えないが、あの山は花見山とさえ言われ春は様々な花が咲き誇る美しい山であった。 特に、山奥に一本だけ咲いている桜の木は樹齢500年とも1000年とも言われ、言葉に出来ない程の花を咲かせる。 「愛莉‥‥」 ふと、彼の脳裏に懐かしい影が過ぎる。 二年前死んだ妻。 誰よりも桜の木を愛し、桜の木の下に眠る彼女は、男とわが子の手を握りこう言ったのだ。 『約束して‥‥。毎年、私の代わりにこの桜を見に来ると‥‥。そうすれば‥‥私はいつも貴方達と一緒に‥‥この桜を見ることができるから‥‥』 「今年は、あいつとの約束を守れないのか‥‥」 もう一度、唇を噛んだ男はその思いを胸の奥に隠して足を引きずりながら家の扉を開けた。 「ん?」 部屋の中に人気は無く、灯りも点いてはいない。待っている筈の息子の名を男は呼ぶ。 「遼?」 返事は無い。 「どこにいった? 遼?」 やがて小さく灯した明かりに男が見つけたのは、一枚の書置き。 その書置きを握り締めた男は、蒼白のまま家の外に飛び出す。 「遼!!!!」 山に向けて叫ばれた悲痛な呼び声に、だが返事は返ってはくれなかった。 「どうか、お願いします。遼を‥‥息子を探して下さい」 開拓者ギルドにやってきた男、銀二はそう言うと床に座り込むと土下座をした。 「鬼アヤカシが住み着いた山に、10歳になる息子が一人で飛び込んで行ってしまったのです。アヤカシに奪われた村の蓄えを取り返す、と‥‥」 少年は村唯一の志体持ちで優れた狩人でもある。 だが、鬼アヤカシの数は20を超え、さらに大鬼が率いているのだ。 山を知り尽くしているとはいえ、少年一人が敵う相手ではない。 「妻を亡くした私にとって、遼はただ一人の家族です。なんとしても失いたくは無いのです。お金は‥‥今はありませんが必ず、一生かかってもお支払いしますから、どうか!!」 『おとうさんへ。 僕は、あの鬼たちをゆるせません。 このままじゃ、お母さんとの約束を守れないし、みんなの桜が見れなくなってしまいます。 だから、僕は鬼をやっつけに行って来ます。 もし、無理でも必ず捕られたお金は取り返してくるから、待っていてください 遼 』 神楽の都の桜の花蕾も大分膨らんできている。 桜の開花ももう直ぐだろう。 涙ながらに訴える父と、少年の置手紙。 それを係員は黙って貼り出した。 |
■参加者一覧 / ヘラルディア(ia0397) / 奈々月纏(ia0456) / 四条 司(ia0673) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 八十神 蔵人(ia1422) / 蒼零(ia3027) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 倉城 紬(ia5229) / 御凪 祥(ia5285) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / 一心(ia8409) / リエット・ネーヴ(ia8814) / ジェシュファ・ロッズ(ia9087) / ベルトロイド・ロッズ(ia9729) / 千代田清顕(ia9802) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / アレン・シュタイナー(ib0038) / 蒼魔(ib0149) / ファリルローゼ(ib0401) / ニクス・ソル(ib0444) / 不破 颯(ib0495) / †夜風†(ib1304) / 涼魅月夜(ib1325) / あやね(ib1331) / 伏見 笙善(ib1365) / あぽろ(ib1426) / ユテイ(ib1464) / ぶらげたん(ib1468) / 月み団子(ib1509) / ヒトナリ(ib1510) / 七子(ib1582) / 納遊蛇(ib1586) / 霊夢(ib1591) / 赤い彗星のシャア(ib1627) / mayuko(ib1638) / リンゴ(ib1640) / 暗殺者(ib1648) / スーリャ(ib1687) / ウシワカ(ib1691) / 葛西陣(ib1703) / 悠馬(ib1704) / †アゲハ†(ib1717) / :零:(ib1719) / 五十君 晴臣(ib1730) / 華子(ib1739) / オエオエ(ib1743) |
■リプレイ本文 ●桜に集いし者達 彼の母は彼が幼い頃、死んだ。 もう記憶は遠く、顔どころか声さえもおぼろげにしか思い出せない。 ただ一つだけ、覚えていることは、満開の桜の下、彼女が言った言葉。 『遼。‥‥‥‥よ』 そして暖かな手と、笑顔。 ぼろぼろになった身体を必死に転がして、彼は空を見上げる。 やっとほころび始めてきた桜の蕾が涙で滲む。 彼は思っていた。 死ぬ前に、もう一度満開の桜を見られるだろうか‥‥。 そう思って目を閉じかけたとき、彼は見た。 薄桃色の枝に揺れた花と共に現れた‥‥彼の救いの神を‥‥。 「えっ‥‥?」 その日、村長も、村の住人達も目を丸くして都から、ギルドの依頼を見てやってきたという開拓者達を見つめた。 「やれやれ、揃いも揃って30人強‥‥アヤカシの数より多いやないかい?」 貴方もその一人でしょう、と言われ肩を竦める八十神 蔵人(ia1422)は一心(ia8409)と顔を見合わせ笑った。 「最初の話では50人近く名乗り出ていたそうですよ。‥‥大丈夫です。これほどの数の開拓者が集まるなんて‥‥そうそうあることではないのですよ」 そして、村人達に笑いかける。あまりの明るさに 「でも‥‥おいで下さったのはありがたいのですが‥‥ご存知の通り、この村はアヤカシの襲撃の為、ろくなものがないのです。とてもこれだけの人数の開拓者の皆さんに満足のいく報酬を渡せるとは‥‥」 心配そうに村長が言った。 村人達が開拓者ギルドに依頼を出さなかった理由がそこにある為、息子である遼の救出に銀二が依頼を出したと聞いた時も彼らはあまり良い顔をしなかったのだ。 けれど、そんな彼らを蔵人は訳が解らないというように笑う。 「あ、報酬? 花見に来ただけで何で金貰えるん?」 「花見?」 再び彼らの目が丸くなった。 「そう。綺麗っていう桜を見ながら饅頭片手に花見したいってね」 冗談めかして言う涼魅月夜(ib1325)や蔵人を見る村人達の様子にくすと、小さく笑って藤村纏(ia0456)はぺこり頭を下げた。 「藤村いいます。宜しくお願いするな。お金の事とかは心配せえへんで下さい」 「孝行息子を死なす訳にはいかん。無事父上の所へ返してやらねばな」 御凪 祥(ia5285)は銀二の方を見て微笑むし 「僕のように、家族を失う苦しみを味わってはいけない」 噛み締めるように納遊蛇(ib1586)も頷いている。 「泣かせる話じゃあないですか! ミーで力になれるかわかりませんが‥‥ご助力いたしましょう!」 胸を叩く伏見 笙善(ib1365)。 「些か無謀と言わざるを得ないが、それでも少年の勇気は称賛に値する」 蒼零(ia3027)はぶっきらぼうにだがそう言い 「大変やわ」 と言いながらもヒトナリ(ib1510)はこれからの戦いを楽しみにしているようでもある。 それにね、とウシワカ(ib1691)は続けた。 「それにね。あの山はそりゃあキレイな桜の木があるって聞いた。その見事な桜ってのをミーは見てみたいんだ」 「無事解決して皆様と見物できる様になれば良いですね」 ヘラルディア(ia0397)も優しく笑って村人達を見ている。 「皆さん‥‥」 銀二も、そして村人達も息を飲みこんだ。 「初の依頼だ、緊張する」 「初めてだが、頑張るしかない」 緊張を顔に浮かべる五十君 晴臣(ib1730)や蒼魔(ib0149)ら駆け出しの開拓者達。 「遼さんの救出が最優先ですね。アヤカシに捕まる前に見つけ出しましょう。それから敵の殲滅と、可能ならば金品の回収を」 「うむ、迷惑な客には早々に立ち退いてもらおう」 菊池 志郎(ia5584)やからす(ia6525)のような実力が目に見える者達。 「桜が散るのは美しいけれど妖に散らせる命はないわね。しっかり頼むわよ。ニクス(ib0444)」 「解っている。ユリア。まったく、どこにいっても厄介なものだな、アヤカシとは‥‥だからこそ俺達がいるのだが」 「ほらほら、時間は無いんだから、とっとと準備をするよ」 朱麓(ia8390)やユリア・ヴァル(ia9996)も。 ここに集った全員が、報酬など気にしていないと『解った』のだ。 村長は、膝を折った。他の村人達も地面に膝をつき開拓者達に頭を下げる。 「な、なんです?」 慌てたようにフェンリエッタ(ib0018)は手を振り立つように促す。 けれど彼らは開拓者達に頭をあげようとしない。 「どうか‥‥、遼を‥‥村をお願いいたします」 「お任せ‥‥下さい」 答えたのは倉城 紬(ia5229)。 けれどもそれは、開拓者、全ての思いであった。 ●鉄壁の守り 到着日当日は、準備と情報収集に開拓者達は費やした。 「夜目の利く人以外は捜索夜明け前から日暮れ前までにしませんか?」 村人達からの情報を絵地図にしていた礼野 真夢紀(ia1144)は仲間達にそう提案する。 山は開拓者達が想像していたよりも木が多く、深いこと。 桜への道以外は岩山などがあり険しいことが理由であった。 「勿論、遼君、心配なんだけど‥‥二次遭難とかしたら大変だし‥‥」 真夢紀は持ち込んだ米で仲間や村人の分まで握り飯を作っている。 「おなか‥‥きっとすいてるよね。どうか‥‥無事でいて」 その一つ一つには彼女の、優しさと思いが込められていた。 彼女が運んだ握り飯を手に見張りをしていたリエット・ネーヴ(ia8814)はふと、気配を感じて目を閉じた。 「どないしたんや? リネットはん?」 「やっぱり来たみたい。纏君」 そうか。と纏は黙って頷くと周囲を見た。 多分、仲間たちも気付いているだろう。 遼の救出に仲間達が山に向かっている。 だが、それが知れたり、そうでなくても鬼達が村を襲ってくる可能性を考えて開拓者達の何割かが村に残ったのだ。 そうして、今、敵が近づいてきているのを彼らは感じている。 村を守る為に何人かが残る。その選択はどうやら正しかったようだ。 「蔵人はん? 来るで! 村の人らは?」 「一箇所に集まって貰ったから平気やろ。フェンリエッタや笙善達もおるしな‥‥」 そうか、と頷く纏の元に真夢紀が駆け寄って来た。 「来たんですか?」 「そうや。村人達は?」 「奥に避難してもらっています」 真夢紀の言葉に蔵人は顔を上げる。視線の先には一心。 彼と目線で会話する。 「敵の数は‥‥それほど多くはなさそうや」 開拓者達は顔を合わせた。剣を抜き、武器を構える。 その時、開拓者の耳にも奇声を上げながらやってくる、鬼達の姿が見えた。 「よっしゃあ。いくで!」 開拓者達は鬼達に向かって踏み込んでいった。 村人達には先の鬼襲撃の記憶が残っている者が多い。 鬼の襲撃があったら迎え撃つ、と言って避難を促した開拓者達に心配と顔を潜める者もいた。 「確かに‥‥あんた達なら勝てるかもしれんが、もし、奴らが仲間を増やして襲ってきたら!」 だが、フェンリエッタはそんな彼らににっこりと笑ってこう言った。 「歌いましょうか?」 「えっ?」 「桜の歌とかあったら教えて下さい。私が笛を吹くから歌いましょう」 怯え顔の彼らの目に戸惑いにも似たものが浮かぶ。 それを見つめ、彼女は優しく微笑んだ。 「何より命が大事。でもそれだけでは人は救われませんよね。命も想いも守る為、全力を尽くします。だから‥‥信じて待ちましょう」 「フェンの言うとおり。何も心配しなくていい。‥‥大丈夫だ。私達が守る」 ファリルローゼ(ib0401)は苦手な笑顔を作って、彼らに微笑みかける。 美しい二人の女騎士の言葉に、彼らも僅かながら緊張が緩んだようだった。 「お姉ちゃん、うた、おしえてあげる」 少女達と一緒に歌を歌うフェンリエッタを見ながらファリルローゼはホッとした反面、少し心配そうな表情を浮かべた。 彼女が村人に見せず握り締めている桜の栞を見て‥‥。 バン! その時、音がして扉が開いた。駆け込んできたのは笙善だ。 「来なすった!!」 彼の声と一緒に駆け込んできたフェンリエッタの忍犬の様子に、一瞬で部屋に再び緊張が走る。 二人は武器を取り、外に駆け出す。 「皆さんミーたちから離れないで。ここから動かないで!!! 」 笙善はそう言って、扉の前に立つ。 二人を守るように。ファリルローゼとフェンリエッタも立つ。 「前線を抜けて来るのは少ないわ。貴女と戦えるのは心強いけど‥‥無理はしないのよ。フェン!」 「お姉さま‥‥」 「来まーす!!」 そして二人は背中合わせに戦う。オーラを纏い、スマッシュを放ち‥‥ 「守るは命と心。どちらも欠けさせてなるものか!」 決意と共に剣を奮って。 実際に、フェンリエッタとファリルローゼのところまでたどり着いた敵はそう多くは無かった。 村を襲撃にやってきた鬼は十体強。 その殆どを村を守る開拓者達が倒したからだ。 「援護するよ!」「頼むで!」 背中を庇うリネットの感覚に安堵し、纏は自分を取り囲む鬼に遠慮なく牙突を放った。 「ウチの牙は痛いでぇ? 覚悟しー!」 喉を、胸を貫かれる鬼が苦し紛れに纏の腕を掴む。 「わっ!」 だがそれはリネットの円月輪に落とされた。 「大丈夫?」「あんがとな!」 蔵人は大斧を振り回す。ぶん! 音を立てて鬼の首が飛んだ。 その背後を狙って金棒を振り上げる鬼。だが、それは彼の肩を僅かに擦って地面に落ちた。 「おおきに!」 蔵人の視線の先には弓を構えたまま微笑む一心がいる。 「大丈夫ですか?」 真夢紀が神風恩寵の術を唱える。蔵人はああ、と頷いてまた前を向いた。 「一気にかたづけたるわ!」 渾身の攻撃を鬼に放つ。 彼らの活躍とさらなる背後を守る開拓者達によって、村の二度目となる鬼の襲撃は鬼の全滅で幕を閉じたのであった。 「あっちはだいじょうぶやろか?」 鬼達の残骸を見つめながら纏は山を見つめた。 ここに来た鬼達に手ごたえがないということは、向こうに鬼を統率すると言う大鬼がいるということだからだ。 心配げに見つめる彼らの視線の先で、山に向かった開拓者たちもまた鬼との戦いに挑もうとしていた。 やっと見つけた、大切なものを、守り、取り返す為に‥‥。 ●救出、そして奪還 遼という少年は森の中は知り尽くしていると子供達は言っていた。 「ただ、それは逆に言うなら最短距離で敵に近づき、最短コースで捕まる可能性があるということなんだよね。多分、もう捕まっているんじゃないかな?」 慣れた様子で先頭を歩きながらジェシュファ・ロッズ(ia9087)の言葉は事実であり、遠慮が無い。 「ジェシュ‥‥それを言っちゃあおしまいだって‥‥」 ベルトロイド・ロッズ(ia9729)がはあ、と大きくため息をつく。 「まあ‥‥その子も村を助けようと一生懸命だったんだから、その辺は考えてあげないといけないとおもうのだ。無謀だったのは事実だけど‥‥」 苦笑しながらフォローのようなものを平野 譲治(ia5226)も口にする。 自分と同じ年の少年。大切なものを守りたいという気持ちはよく解る。 「森を歩いた痕跡はあるよ。道は通らず、遠回りしたようだね」 そのフォローには答えずジェシュは冷静に周囲を観察した結果を弟と仲間に告げる。 「‥‥そしてここから先は、木の陰に隠れたりしながら道の方へ戻った‥‥。街道や‥‥広場の方も誰か調べていたっけ?」 「うん、確か四条さん達が‥‥あっ!」 譲治が顔を上げる。ベルトロイドも気付いてジェシュファにしっ、と仕草をした。 聞えたのは呼子笛の音。 それも‥‥発見の合図だ。 「行くのだ!」 走り出す譲治を追うように二人もその後を追いかけていった。 広場から程近い森の中。 「こっちだ!」 やってきた譲治達を見つけ四条 司(ia0673)は手を振った。 一緒に偵察に出ていた千代田清顕(ia9802)や月夜、志郎だけではなく、祥に晴臣。 ヘラルディアや紬達もいる。 「ありがとうなのだ。目印を付けてくれて!」 「確かにおかげで合流しやすかったですわね」 譲治やヘラルディアの礼にそれは志郎と彼、と司は指差す。 不破 颯(ib0495)が苦笑しながら手を振るが、正直それどころではないと解っている。 全員の視線が広場の奥を見る。柳のような巨木の根元で楽しげに騒ぐ鬼達。 彼らが楽しげに蹴り飛ばし、踏みつけて遊んでいるのは 「やはり‥‥もう捕まっていましたか」 冷静に告げる瀬崎 静乃(ia4468)の言うとおり、開拓者達が探していた遼であった。 「途中で血の跡を見つけたから心配していたのですが‥‥」 紬の言葉におそらく、森の中で見つかり戦闘や逃亡の後、捕まってあそこに連れて行かれたのだろうとヘラルディアは続けた。 「鬼を退治する為に来たんだから、もしかしたら捕まっていても捕まってないにしても広場の近くにいるんじゃないか、って思ってね」 「遼君は多分、生きてはいるね。でも手足は折られていると思う。縛られている訳でもないのに動く様子はないから」 敵の数は子鬼、豚鬼を合わせて十数体。その殆どは雑魚に近いが一匹だけ、侮れない実力がありそうな敵がいると月夜と清顕、そして納遊蛇は調査の結果を仲間達に知らせる。 「時間は、あんまりないと思うね。一刻も早く救出しないと」 「OK。じゃあとっととやっちゃおうか」 アレン・シュタイナー(ib0038)がクレイモアを構えた。 「結局のところは、あいつらを‥‥敵を斬ればいいんだろう。どうせ俺に出来るのはそれだけだしね。なあ? ユリアにニクス」 「同感ではあるな。どうせ始末せねばならんのだろう? ならば早いか遅いかの差だけだ」 祥もそういうが待って下さいと司は止めた。 「鬼にどれほどの知恵があるかはともかく、遼君をまずは助け出さないと」 それについては全員が同意見であるので、その場で簡単に彼らは役割を決めた。 「よし、久しぶりに遠慮無しに暴れられそうだね」 朱麓の言葉にニクスやユリアも苦笑する。 「じゃあ行こうか。早く助けて、あの無謀で、肝の据わった少年に、沢山の説教と少しのほめ言葉を届けないとなぁ」 颯は弓を構え、広場の一番奥の鬼に向けて矢を放った。 ギャアアア!! 矢は遼を殴ろうと振り上げられた鬼の手を射抜く。 それを合図に開拓者達は、雪崩込むようにそれぞれの武器を構え、広場へと飛び込んでいった。 「ほらほら! あんたらの命運は此処までさね。さあ、とっとと降参しな!」 朱麓は槍をまるで竜巻のように回転させながら、敵の中に飛び込んでいく。 「ニクス。背中は任せたわよ」 「‥‥まったく、幼馴染の誼だぞ」 ユリアとニクスは文字通り背中を合わせてお互いのフォローをしながら、子鬼達を切り伏せていく。 逆にアレンは一人、クレイモアを振り回す。 叩き潰される鬼の頭蓋。後ろから突進してくる敵を、ダガーで封じたアレン。 「無理は禁物ですね」 ヘラルディアに神風恩寵をかけてもらいながらアレンは、嬉しそうに笑った。 「ああ、やっぱりアレだ。俺はこういう風に戦ってるのが性にあってるんだ」 紬の舞の力でいつもよりよく身体が動く、と楽しそうでさえある。 「いいかね? 突出しすぎてはいけない。無理せず、できることをする。それが君の役割だ」 祥に言われたことを思い出しながら、自分を気にしながら戦ってくれる祥を援護するように晴臣は動いた。 「余り役には立たないだろうから、補助に回らせてもらおう」 呪縛符で敵の動きを止めた晴臣。その隙を見逃さず祥は的確に敵を倒していく。いいコンビネーションであった。 「村の者の怨みを代弁してやろう」 からすと颯は弓で前線の戦いを援護し、静乃も斬撃符や雷閃で敵を狙い打っていく。 「‥‥思い知るがいい」 蒼零もまた村人の思いを代弁するように、叩きつける様に二刀流を振るう。 「行くでござる」 オエオエ(ib1743)や月み団子(ib1509)も彼ら達なりに一生懸命戦っている。 ‥‥彼らが武器をふるうごと、敵は消えていく。倒れていく。 開拓者達も完全無傷な圧勝、ではなかったものの、確かに、勝利は少しずつ、開拓者の方に傾きつつあったのだった。 獄卒鬼という鬼がいた。 この鬼は3mに近い身の丈と共にあるものを持っていた。 それがこの鬼を鬼達の長とならしめたのだ。 その「あるもの」とは人間並みの知恵。 人を苦しめることにおいてこの鬼は、その知恵を振るうことを惜しまず、いかに人を苦しめるかを常に考えて行動していた。 村人から、食べ物や酒を奪ったのも、勿論その一環である。 アヤカシにとって食べ物も酒もさしたる意味は無い。 だが、それを失うことで人が苦しむことを知っていたから獄卒鬼は、人々からそれを奪った。 そして、やがて全てを奪い、喰らうつもりだった。 村人達にいくらかの品を残したのも、それをさらに奪うことで、絶望を与えようとしていたから。 宝を取り戻そうとした少年も、思いっきりいたぶり遊んだ後は喰らう。 絶望と恐怖に彩られた人間はさぞかし上手いだろうと、楽しみにしていたのだ。 だから、獄卒鬼にとって、今、目の前に広がる光景は鬼も夢を見るのなら、悪夢としか思えなかった。 人間達が自分達に襲い掛かり、倒しているのだから。 何故、などと問うことを獄卒鬼はしなかった。そんな事をしても無意味だと解っていたから。 武器を構え、人間に襲い掛かる。 鬼の本能が動き出す前に、獄卒鬼はあることを思いついた。 あの子供を盾にして、この場を逃げようと‥‥。 だが、そうしようとした時、鬼は既にそれが手遅れであったことを知る。 少年を守るように膝を折る子供達が三人。 そして彼らを守るように立つ大人達。 ‥‥いつの間に‥‥。 獄卒鬼はきっとそう思ったことであろう。 そして、やがて気付いた。 思った以上の人数が、ここにやってきたこと。 自分達の意識を向ける為に、彼らは正面から乗り込んできたのだと。 「何故‥‥」 背後からも仲間を倒し終えた開拓者達が迫ってくる。 ‥‥獄卒鬼は暴れた。棍棒を振り回し、爪を振り上げ。 人間達の何人かを引き裂き、動きを止める事はできた。 けれど‥‥最後に倒れたのは、獄卒鬼であった。 自慢の知略も何の役には立たず、身体に無数の傷と、幾本もの矢をつき立てたまま、それは倒れ、二度と目を覚ます事はなかったという。 獄卒鬼の背後に回りこんだベルトロイドは遼の身体を必死に近い顔で揺すった。 「しっかりして! ジェシュ。傷を治して!!」 「死んじゃ駄目だ! 父上や母上がどんな顔すると思う? 見たこと無い様な、くしゃくしゃの顔で、泣くんだよ? それに。家族が襲われていて、平時でいられるような人はいないんだから!! 気持ちをしっかり持って! 生きるんだ!!」 譲治も一生懸命呼びかける。 そんな中、獄卒鬼を倒した開拓者達が、ボロボロになった遼の側へと駆け寄ってくる。 「これは酷い。両手両足が折られている」 「術で傷は治せますが、衰弱しきった体力は戻りませんわ」 「傷の応急手当をする。そしたら急いで村に運ぶんだ!」 「しっかりするんだ。頑張れ!」「頑張れ!!」「目を覚ますんだ」 開拓者達が必死の治療と、呼びかけを繰り返す中‥‥遼は細く、目を開けた。 「神‥‥様?」 それだけ呟いて意識を手放した少年、遼。 だが、その呼吸はさっきまでのそれとは違い、穏やかで静かなものであった。 遼を助け出し、アヤカシを殲滅させた開拓者達は村人から熱狂的な感謝を受け、村人達の奨めもあり傷の治療もかねて彼らは数日、村へ滞在することにしたのだった。 そのうちに遼も意識を回復し、徐々に健康を取り戻した。 彼は父から、長老から、そして開拓者達から、沢山のお説教と、少しの労いの言葉を貰ったという。 そして‥‥ ●黄金の報酬 「わああっ!!」 そう声を上げたのは誰であったか。 一人か、それとも全員か。 全員であったと聞いても誰も嘘とは思わなかったろう。 それ程に、その花は美しかった。 事件から数日後。元気を取り戻した遼が見せたいものがあると言って開拓者を促したのは、あの広場の柳の木であった。 「こいつは‥‥枝垂れ桜だったのかい??」 「はい。桜長、と皆は呼んでいます」 朱の呟きに遼は答えた。まだ微かに足を引きずっているものの、体調はもう、いいようである。 助けてもらったお礼にと桜長の所まで開拓者達を案内してくれたのは、彼であった。 彼が示した山の中腹。 村人達が愛する桜は、少年を救出した時にはまだ蕾だった花を、今は満開に咲かせている。 見上げる空の蒼に生える桃の色の枝。 その一本一本が開拓者に向かって下ってくる。 まるで流れる滝のように。雪のように‥‥。 「桜長、確かに。ここに来るまでにもいろいろな花はあったが、彼らの長と呼ぶにこの木は相応しい‥‥。見事じゃ」 からすはどこか夢見るような顔で腕を組んだ。 美しい、華麗、豪華、荘厳‥‥ありとあらゆる美しい形容詞が頭に浮かぶが、それでも言葉に出たのは一言。 「綺麗‥‥舞っているよう、いえ、降ってくるようね」 「素晴らしいでーす! 来たかいがあったです!!」 他の言葉は無く、また必要ない。 彼らは暫くの間、その綺麗な桜の滝に、夢の回廊に浸るように立ち尽くしていた。 そしてその後は‥‥ 「花見だ!」 桜長の下での花見となった。 「花見をするのに酒は必須だからね」 ウシワカ持参の酒は「桜火」 真夢紀の米を使ったおにぎりとそれぞれの手持ちの保存食。 他に蒼魔や料理自慢達が作った料理も加わって昼食も兼ねた宴会となった。 「茶はいかがかな?」 からすがお茶を入れ皆に振舞う。 花見弁当には少し、物足りないが味は、なかなかであったという。 煙草で一服をするオエオエやヒトナリ。 ごろりと寝転がると目の前に桜が降ってくるようで極上の桜の見方であるというものもいる。 本当に寝ている者もいる。あれは、蔵人であろうか‥‥ 「ここは本当に花見の一等地です」 「うんうん、うち‥‥昔をおもいだすなあ。後は‥‥本当に饅頭でもあったら最高なんやけど‥‥」 桜を見上げていた志郎は月夜の呟きに気持ちは解ると微笑した。 その時だ。 「みなさーーん! これ召し上がって下さい!!」 そんな声が聞えた。 案内の後、どこへともなく消えていた遼が父や村人達とやってくる。 手に持っているのは折り詰め? 「これは‥‥噂に聞く栄堂の桜餅?」 覗きこんだ開拓者達に桜餅を一つずつ渡しながら、遼は頷く。 「ええ、頼んでおいた品です。良ければどうぞ‥‥」 「これはありがたいわ。いただくで! ‥‥うん、美味い」 「本当に、いう事無しですわね」 「月み団子ならぬ桜団子、かな? ‥‥餅だけど」 「春を感じさせてくれる食べ物はいいですね」 開拓者達が本当の意味での桜餅を楽しみ始めた頃、 「譲治さん。ちょっと来てくれませんか?」 遼は小さく手招きして譲治を桜長の裏手へと呼んだ。 根元から少し離れたところに、小さな塚がある。 塚に一つ、桜餅を供えた遼に 「これは?」 譲治は問う。 「母の墓です。母は、この桜が大好きで‥‥死んだ後、ここに眠ることを望みました。幼い頃の事で、もう顔も殆ど覚えていないですけど‥‥」 目を閉じる彼、だが、決して忘れられない事があるという。 「満開の桜の中、母さんに抱かれて聞いたあの約束‥‥」 『遼‥‥この桜はずっと、私達が生まれる前から咲いて、そして死んでもまた咲き続けるわ。人の命は花のように短いけれど、心を受け継ぐ人がいれば、この桜のようにきっとまた咲くのよ』 「だから、約束して‥‥。毎年、私の代わりにこの桜を見に来ると‥‥。そうすれば‥‥私はいつも貴方達と一緒に‥‥この桜を見ることができるから‥‥。母さんはそう言ったんだ。僕は、その約束を守りたかった。だから、無茶をしたんだ‥‥」 自分の力を過信し、沢山の人に迷惑をかけた。己の失敗と、そして何より譲治の言った言葉が彼の胸を抉っていた。 『家族を心配させるのは絶対に駄目。父上や母上がどんな顔すると思う? 見たこと無い様な、くしゃくしゃの顔で、泣くんだよ? それに。家族が襲われていて、平時でいられるような人はいない』 目覚めた時、最初に見たのは今まで見たことの無い顔で泣く、父の顔であった。 そんな顔をさせたのは自分であると反省すると共に、彼は一つの事を心に固めた。 「ごめんなさい。そして、ありがとう‥‥。僕、もうこんな無茶はしません。そして、もっと勉強して、練習して村を、皆を助け守れるような開拓者になります! 皆さんのように!」 首につけていた襟巻きを譲治に渡して、遼は桜と、母と開拓者に誓う。 その思いを襟巻きと一緒に握り締めると 「よーし! 遼。おいらと競争なのだ! どっちが早く、家族や皆を守れる開拓者になれるか!」 譲治は遼の肩に腕を巻いて引き寄せた。肩を組み合うような形になった二人に 「はいはい。おいら、じゃなくておいら達、にしておかない? 俺も誰かの頼りにされる人間になりたいんだ」 「人間、探究心がなくなったらおしまいだよね。向上心も」 「はーい、私も混ざる〜〜!」 ベルトロイドやジェシュファ、リエット達もとりまいて楽しそうな輪ができた。 「遼という少年、故郷に残した弟達と同じ位の歳か。あの子達も。あの歳でアヤカシに立ち向かうとは勇気があるな」 「仲がいいのはええことやねんで」 「いい光景よね。ニクス」 「‥‥そうか? ただ働きとは、揃いも揃って物好きな事だと思うだけだが」 「ホッとしてる、って顔に書いてあるよ。まあったく、素直じゃないねえ〜」 「皆いい笑顔‥‥こんなにも愛されてる貴方も幸せね」 フェンリエッタは桜の木を見上げ、笛を唇に当てた。 演奏するのは子供達に教えてもらった桜の歌。 「笛の音にあなたの優しさが溢れ出てるわね」 美しい調べと桜。 大人たちはそんな子供達を柔らかい笑顔で見つめ、花と共に楽しむ事にしたのである。 風に花びらが踊るように舞う。 笛の調べと共に。 手に残った報酬は桜餅一つ。 けれど彼らは眩しい光景を見つめながら、開拓者達は目に、胸に、心に焼き付けていた。 子供達の輝く笑顔と、青い空。そして満開の桜。 桜色、いや黄金に輝く報酬を。 |