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■オープニング本文 人が多いところには必ずそれを当て込んだ食べ物屋が存在するものである。 人は食べずには生きられない。 そして、どーせ食べるなら美味しい者が食べたい、と思うのもまた世の常。 美味しい店が評判を取り、不味い店が潰れるのもまた盛者必衰の理で‥‥。 まあ、長い前置きはさておき、ここに一軒の開店したばかりの店がある。 店の中には客の姿は見えない。閑古鳥が鳴く中。 「どうして売れないんだ!!」 若い店主の叫びにも似た声が響いていた。 店には丁寧に作られた大福や、焼きたての煎餅、薄紅色に染められた桜餅などか並べられている。 「丁寧に作ってるのに! 美味しいのに! どうして!!」 彼は、料理が好きで、特に菓子を作って食べるのが大好きだった。 自学独習で料理を覚え、自分で研究してお菓子を作り、最近小さい店を構えることができた。 両親に金を借り、やっとの思いで出した店。 上等の材料で、丁寧に作った濃厚な味の菓子が並んでいる。 自分の菓子は美味い。だからきっと、大繁盛すると信じていた彼はやがて打ちのめされた。 『不味い訳じゃないけど‥‥なーんか、違うんだよなあ』 『ちょっと高いわよね。味の割に‥‥』 『同じ値段だったら栄堂行こう! 今、丁度桜餅のシーズンだもの!』 そんな客達の声に。 そうして彼の店は素通りされていくのだ。 おりしも武道大会の最中、桜も咲き始めた神楽の街でわいわいと楽しそうな声が絶える事はない。 彼らが胸に抱いていくのは、栄堂の折り詰め‥‥。 「何が、違うんだ? どうして、うちの店には誰も来てくれないんだ‥‥」 餅の上に、雫が一つ落ちる。 「何が‥‥」 「お兄ちゃん‥‥」 涙ぐむ青年を見ていた唯一の人物は、やがてそっと店を出ていずこかに消えた。 落ち込む青年は、それにもずっと気が付かなかった。 「お料理が、上手な方はいませんか?」 やってきた少女はそう言って『開拓者』ギルドにはどこか不似合いな依頼を出す。 「店の建て直しの手伝いか‥‥」 係員に菜奈と名乗った少女は、はい、と頷いた。 「私の兄、央太は小さな菓子屋を開いています。ですが、その店は何故か評判が悪く、菓子が売れないんです」 菜奈は菓子のいくつかを係員に差し出した。 彼が取ったのは季節柄の桜餅。 葉っぱごと口に頬張った彼は 「う〜ん、不味くは無いんだけどなあ‥‥」 唸るように首をかしげた。 不味い、訳ではない。だが、二個目を食べたいと言う気持ちは出てこない。 「そうなんです。皆さん、そうおっしゃいます。だから‥‥」 なんとか売れる様にアドバイスをして欲しい、というのだ。 「兄は頑固なところがあって人に、教えを請うたことが無いんです。で、自信家で自分を曲げようとしない。 でも、本当に美味しいものを目の前で作って食べさせて貰えば、きっと足りない何かに気付けると思うんです。どうか、よろしくお願いします‥‥」 菜奈はそう言って頭を下げて去っていった。 係員は依頼書と残された菓子を交互に見ると、もう一度、ぱくりと饅頭を手に取り口に運んだ。 「味は、濃厚。皮もしっかりしている。でも‥‥本当に何かが違う気がするんだよなあ〜」 それが何か、と問われても彼には解らない。 だから、解る者が依頼を受けてくれることを願って、彼は依頼書を貼り出した。 |
■参加者一覧
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●砕かれたプライド 彼は自信を持っていた。 自分の作るものは美味しい。 誰もが喜び称えてくれる、と。 けれど‥‥ 「お前さんは井の中の蛙や」 そう言われて彼は黙ってしまった。何もいう事ができなかった。 並んだ二つの菓子。その上に涙が落ちる。 突きつけられた味と言葉が真実を告げていたから。 久しぶりに客を迎えた小さな菓子屋『月神庵』。 だが 「帰って下さい!! 菜奈。お前も余計なことをするな!」 その店主央太は、声を荒げてその客達に言い放っていた。 やれやれと肩を竦める八十神 蔵人(ia1422)。 「ん〜、どうしようか? ニクスん? 朔ん?」 顔を見合わせるフラウ・ノート(ib0009)にニクス(ib0444)や尾花朔(ib1268)も苦笑としか言いようのない表情を浮かべている。 まあ、これくらいの抵抗は想定の範囲内であるから、言われて引き下がるつもりもないのであるが。 「ヤー 央太さん。彼らは貴方と菜奈さんの為に集まって来たのです。少しは話を聞いてみてはいかがでしょうか?」 宥めるモハメド・アルハムディ(ib1210)を央太はキッと睨む。 「モハメドさん。貴方も菜奈に言われてきた開拓者だったのですか? 僕を芝居だ、出し物だと連れ出したのは、説得の為?」 問われモハメドは言い淀み、顔を背ける。 開拓者達の多くは正面から、真っ直ぐに央太の店にやってきて、菜奈の依頼の事を話し、手助けをすると申し出た。 少し先んじて店にやってきたモハメド。 央太と話友達になって、さりげなく説得をしていた彼だが、見ようによっては確かに騙していたと思われるかもしれない。 「モハメドさんを責めるのは間違っていますよ。どんな形でも彼は‥‥いいえ、私達や妹さんもあなたの助けになる為にここに来たのですから」 「助けなどいらない!! 僕は一人でやっていける!!」 妙に意地を張ってしまった央太はフェンリエッタ(ib0018)にさらに声を荒げた。 だが、その声にひるむ事無く、それどころ優雅に笑ってフレイア(ib0257)は微笑んだのだった。 「私、パン焼き達人と呼ばれておりますの。職人として、若い方の成長をお助けしたいと思いますのよ」 「君はプライドが高いようだ。自分の料理に自信もあるようだね」 ゼタル・マグスレード(ia9253)も央太を観察、分析しそう告げる。唇を噛み締め横を向く青年に、だがと彼は言葉を続けた。 「自信を持つのは悪い事ではない。だが自分に足らないもの、必要な事から目を逸らし、曇らせるようなプライドなら、寧ろ彼にとって足枷だと思うのだよ」 「‥‥でも、僕は‥‥」 「あー! もう、ええ! 何が違うかなんて喰えば分る、名店と自分のと比べてみよ!」 どん、と蔵人は菓子の入った箱を机の上に置いた。それは栄堂の『小豆桜餅』。 「自信ある。負けない言うなら平気やろ」 「う‥‥っ」 天儀に名だたる名店自慢の銘菓と、並べられた自分の菓子。 彼は今まで食べ比べたことは無かったと聞く。 だから開拓者達は突きつける事にしたのだ。 真実を。 彼のプライドを打ち砕く為に。 ●味比べ 二つの店のお菓子食べ比べ。 その結果は開拓者達の顔が、物語っていた。 「皆、ほれ妹さんも‥‥はっきり言うたり、本人のためや」 「‥‥味が濃いですね。一口目は美味しい。でも、二口目からはくどくなる‥‥」 「餡も、生地もそれぞれは十分な美味です。でも合わさることで互いの良さを崩して結果として後味の悪いものになってるかと‥‥」 「それからひと味が足りません。言ってみれば平坦な味、というところでしょうか」 開拓者達の正直な言葉に、央太の唇がさらに音を立てた。 「‥‥食材は最高のものを使ってる。手間もかけてる‥‥それなのに‥‥美味しくないというのか?」 手を握り締める央太に 「あほか? お前?」 蔵人は一切の遠慮をしなかった。 「高級な食材使って丁寧に作りました‥‥だからなんや? そんなん料理に慣れた奴なら誰でもできんねん。栄堂の味は先代から受け継がれ、職人が磨いてきた工夫の味。独学独習でやってきたお前さんにはこんな工夫を思いつく見聞の広さも無けりゃこの塩加減、味加減を作り出す技術もなんも下地があらへんのじゃ!」 「くっ‥‥」 蔵人の言葉は真実で、本当は央太にも解っていたこと。 「厳しく言うなら身の程知らず、井の中の蛙や。己が未熟を自覚できん奴に進歩は無いで!」 「あ‥‥」 フラウは声を上げた。二つの菓子の上に一つの雫が落ちている。 「央太さん‥‥」 呼びかけかけた言葉を止めてフラウは思いっきり、元気よく立ち上がった。 「よーし! 皆でお菓子作りましょう!!」 空気を変えるようにそう言うと仲間達に声をかける。 「ニクスん、朔んも、‥‥皆でね」 そして‥‥俯く央太の顔を覗き込むように彼女は微笑みかける。 「原点に返る意味でも、他人の作ったお菓子を食べてみるのはどう?」 「美味しいは幸せの形。気分を変えるには甘いものが一番。菜奈さんも‥‥手伝ってくれますか?」 フラウの言葉に答えるようにフェンリエッタは笑い、仲間達も動き始める。 「濃い味と丁寧な仕事は央太さんの良いところなのですから、それはなるべく残す様な形で改革して参りましょう」 まだ凍ったように動かない央太の肩をゼタルはそっと叩いた 「おいで‥‥君の菓子で喜んでくれる人の笑顔を、僕達も見てみたいんだ」 「はい」 その言葉と開拓者達の笑顔に、央太は顔を挙げ歩き出した。 ●誰の為に、何の為に 「世界は広くてね。いろんなお菓子‥‥だけじゃない食べ物があるのよ。これはその本当に少しの一例」 慣れないであろう天儀風の竈で、それでも開拓者達は菓子を作っていった。 「ニクスさん、済みません泡立てを手伝って下さいませんか? フラウさん、味付けどうされます?」 「ちょっと薄味でね。素材が良いんですもの。そんなごてごてと飾り付ける必要はないのよ」 「ですね‥‥。知っていますか? 餡子に少しお塩を入れるだけで味が引き締まるし甘味も出るんですよ。砂糖を入れるだけじゃないんです」 「央太さん。このお店で使っている大福の餅、少し頂けますか?」 手際よく台所を動き回る彼ら。 「では、僕はお茶の用意をしようか? 実際に長椅子を置いてお客に茶を出すのもいいと思うよ」 「ハサナン、そうだ。私の祖国では、茶葉をそのまま器に沈めて醸し、お砂糖を山のように入れてナシュラブ、飲むのです。面白いでしょう? イザン、そこで天儀ではあまり馴染みのない泰国やジルベリアの風習も取り入れてみたらどうでしょうか?」 菓子を作る開拓者達は勿論、その手伝いをするニクスに妹、菜奈。 お茶の用意をするゼタルやモハメドたちその様子を見ながら、央太は言葉も無く佇んでいた。 彼らにあって、自分に無いものを感じ始めているのだろうか。 「ほれ、よーくみてみい」 くいと、蔵人は央太の顔を後ろから固定させて料理をする開拓者達の方をさらに見させる。 「いろいろ工夫してるやろ? 独自の工夫ってやつは大事なんや。でも‥‥」 「本当に大事な事は別の事だと思うよ。君に無くて彼らにあるものが何か解るかい?」 ゼタルの言葉に答える代わりに、央太は一歩進み出て開拓者達に問うた。 「あの‥‥どうして、そんなに楽しそうなんですか?」 料理を作る開拓者達の顔は笑顔で溢れているのは何故だろうと。 少し考えてフラウは答える。 「う〜ん。なんていうかな? 自分が作ったもの、美味しいって言われたら嬉しくない?」 にっこり笑ってフェンリエッタは逆に問いかけた。 「央太さんは作っている時何を考えます? 私は食べて貰いたい人の顔を想像します。喜ぶ顔、驚く顔、パッと咲く笑顔‥‥すると色んな事に挑戦してみたくなるでしょう?」 優雅に母親のような優しさでフレイアは笑う。 「菓子は素材の調和で素晴らしい曲を奏でるのです。それを楽しまないのはもったいないでしょう?」 そして隣で肩を竦めるニクスやフラウを見ながら朔は静かに告げた。 「私は、自分が美味しい物を食べて貰うより、皆に喜んで貰える物を作るのが好きです。笑顔が、一番の報酬ですから」 「皆に‥‥喜んでもらえる物を‥‥」 ぽん、と央太の背中をゼタルが叩く。蔵人はよいしょと伸びをし、モハメドも微笑んでいる。 「‥‥あの、僕も一緒に作っても良いですか?」 「「「「勿論」」」」 差し出された手を掴んだ央太は微笑む。 開拓者達は、この時やっと感じていた。 彼の心の雪解けを‥‥。 それから暫くの後、桜も、武闘大会も最後の賑わいを見せる神楽の街で、ある菓子屋台が評判を集めることとなった。 屋台、というよりおかもちを担いだ菓子の出張販売ではあるのだが。 「いらっしゃい、いらっしゃい! 期間限定のお菓子はいかが? 珍しいお菓子。美味しいお菓子。安くしておくよ!」 明るい声で品物を売る兄と妹。 その笑顔もさることながら、その珍しい品揃えと味に人々は目を丸くしたのだった。 「この焼き菓子、さくさくして美味しい! 果物の砂糖煮がぴったり!」 「わっ! この大福の中に苺が入ってる。餡も‥‥ふわふわしてるわ」 「さくっとした歯ごたえ。これはジルベリアの菓子か? あっさりとした生地に中に入ったあんこが強い味わいを与えていて‥‥うむ、美味だ」 「よもぎのあんころ餅最高! 春の味よね!」 「このくるくるのお菓子、カタツムリみたいでかわいー。味も美味しいわ」 「そのお饅頭、味噌風味? こっちは梅紫蘇風味なの。後で半分こしよー」 花見、祭りの高ぶりも加わって、彼らの菓子は飛ぶように売れていった。 「『月神庵』ですって、今度本店にも行って見ようか?」 「おーい、こっちにも一つ」 人々の美味しい笑顔と美しい花を、兄妹の頑張り。 影からそっと見守る開拓者達は満足そうに微笑んだのであった。 ●世界の広さと空の高さ 数日後。 「ヤッラー! なんてことだ。噂は本当だったんですか?」 菓子屋『月神庵』の前に立ったモハメドは思わず声を上げた。 『月神庵』が閉店した、という噂を聞いて駆けつけた開拓者達も呆然とする。 『月神庵は暫く休業いたします』 確かにそう張り紙がしてあった。 店の周りに集まっているお客達のざわめきも聞える中、 「皆さん‥‥どうぞこちらへ」 「菜奈さん‥‥」 裏口から顔を見せた店主の妹の手招きに、開拓者達はそっと中に入ったのだった。 店の中に商品は無く、綺麗に整理整頓されている。 その中で 「あ、皆さん。いらっしゃい」 央太は掃除の手を止め微笑んだのだった。 「どうしたんです? 閉店なんて‥‥?」 「そうよ。ホントに何があったの? お菓子作りいやになっちゃったとか?」 心配げに問うフラウやフェンリエッタに央太は首を横に振る。 「いいえ。閉店じゃなくて、休業です。暫く休むだけ。‥‥僕、菓子修行に出る事にしたんですよ」 「えっ?」 目を丸くする開拓者達に央太はにっこりと笑って続けた。 「確かに出張販売や新商品のおかげで、ここ数日の売り上げは倍増です。人気も上がってきています。でも‥‥それは皆、皆さんのおかげなんです。人気を取ったお菓子は全て、皆さんに教えて貰ったもの。僕の力じゃない。僕は、まだ何もできていない」 寂しげに言う彼、でも表情はどこか晴れ晴れとしている。 「だから、修行に出る事にしたんです。幸い、本店栄堂からのれんわけした職人の方がやってる栄堂の支店が神楽の街にあるんですけど‥‥そこで使って貰える事になりました。そこで一からお菓子作りの勉強をしなおすつもりなんです」 「あー、わいらが言ったこと気にしとるんか?」 少しバツの悪そうな顔をする蔵人に、いいえと彼はまた首を横に振った。 「職人芸や工夫も無いのも、井の中の蛙なのも、全部本当のことです。それに‥‥気付いた、というか思い出したんですよ。僕がお菓子作りをするようになったわけを」 ゼタルや朔の顔を見ながら、央太は胸に手を当てた。 「僕も、自分が作ったお菓子を家族や友達に美味しいって言って貰えたから、その笑顔が嬉しかったからその笑顔を見たくて、お菓子作りをしようと思ったんです。なのにいつの間にかそれを忘れていた‥‥。自分の作りたいようにだけ作って、食べてくれる人の事を忘れていた」 彼は忘れていた思いを抱きしめるように確かめて、彼は開拓者達を見た。 「皆さんに、教えてもらって、そして美味しいっていうお客さんの笑顔を見て、それを思い出したんです。もっと、そんな笑顔を見たい。‥‥だから、店は必ず再開します。一から勉強しなおして、食べてくれる人が食べやすくて、喜んでくれるようなお菓子を作れるようになったら、必ず!」 「栄堂の味を真似るのでは本物には追いつけませんよ」 フレイアの微笑に、はいと央太は頷く。 「真似るのではなく、自分のものにします。そして、皆さんから教えてもらったことを、取り入れて本当の新しい味を作って見せますから!」 彼の決意に開拓者達はそれ以上、説得の言葉を紡ぐのをやめた。 何よりその決心は正しいものに思えたからだ。 「‥‥いいんじゃないか? 自分が決めた道なら」 「インシャッラー 素晴らしいことだと思います。どうか、頑張って下さい」 静かにニクスが頷き、モハメドも同意する。ゼタルは笑って手を差し伸べた。 「なら、いつか見せてくれるね。君の作ったお菓子で、人々が笑顔になるのを」 「はい! 必ず!」 彼の約束と誓いを開拓者は、眩しく見つめていた。 帰路、自分達を見送る兄妹を見ながら 「彼は、本当に大切な事はちゃんと解っていたようですね」 朔は優しく微笑んだ。そーねーとフラウも嬉しそうに頷く。 「肩の力もちょこっと抜けたみたいだし、きっといいお菓子職人さんになるよ。そう思わない? ニクスん?」 「そうなればいいな‥‥」 「少しでもお若い人の、成長のお助けになったのでしたら幸いですわ」 「新しいレシピも教えてもらいましたし、楽しかったですよ。そう言えばリーガ城には甘味処ってあるのかしら?」 「アーニー、私も美味しいお菓子を食べられて楽しかったですよ」 「休業は寂しいけど、大丈夫だろうか」 「もう、あいつは井の中の蛙やないからな」 蔵人は静かに目を閉じた。 水の深さ、空の青さを知っていた蛙が外に出て行く勇気を持ったのなら、どんな困難でも飛び越えていける強さを知る蛙になれるだろう。 いつかきっと、央太の『月神庵』はみんなの笑顔が集まる、本当に良い店になる。 彼は、彼らはそう信じていた。 |