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■オープニング本文 【これは陰陽寮朱雀 二年生用シナリオです】 ●新たな大地 大樹ヘカトンケイレスが消滅し、主要なアヤカシの多くを討ち果たした希儀――明向。かつての宿営地として建設されたその名は、やがて、隣接する都市の名として通ずるようになっていった。 希儀には精霊門も開かれ、大型輸送船の定期航路開通も決定。 「入植予定の方はこちらで身分改めを願います」 ギルド職員が木のメガホンを手に大声を張り上げる。希儀は無人の大地が広がっているとあって、天儀各国はおろか、アル=カマルやジルベリア、泰からも入植者を受け容れることとした。無論、土地は非常に安価で、魔の森に追われた家庭など、対象者の状況によっては一銭も徴収されない。 明向周辺は人口も急増し、俄かに活気付き始めた。 さて、月に一度の合同講義の日。 「今回の課題は希儀でのアヤカシ退治だ」 二年生担当教官西浦三郎は集まった寮生達にそう告げた。 折しも一年生が希儀でのアヤカシ調査に赴こうと言う頃。 「二年生も希儀でのアヤカシ調査ですか?」 問う二年生に 「違う。言っただろう? アヤカシ退治、であると。今回の目的は希儀のある遺跡にいるアヤカシを退治してくることだ」 アルテナ神殿近くに小さな遺跡が発見された。 最初の作戦の時は発見されなかったらしい古ぼけた小さな遺跡は宿営地「明向」からそう遠くない。 重要な情報が今更ある、とは思えないがこれから集まってくる一般の入植者達の安全を守る為に何があるか、何かあるのかを数名の開拓者が調査にでかけたのだった。 だが、その開拓者達の殆どは…戻って来なかった。 「ア、アヤカシがいたんだ。それも…おそらく中級か、上級の…」 命からがら戻ってきた戦士は、手当てを受けた後、悔しそうに唇を噛みしめた。 「そいつは…三つの顔を持つ、アヤカシだった。 恐ろしい素早さで襲い掛かってきて、俺達の回復役であった巫女の腕を食いちぎった。そして、助けに走ろうとしたサムライは…逆に巫女の胸に剣を突き刺したんだ」 おそらく、術で操られたのだろうと話を聞いたギルドの係員は思ったと言う。 「アヤカシに操られたそのサムライは仲間を数名切り倒して後、正気に帰り…自ら命を絶った。生きて戻ったのは俺一人だった…。仲間達を、見捨てて俺は…、俺は…」 泣きじゃくる戦士にかける言葉を持つ者はいなかったから、彼を一人にして後、とにかくそのそのアヤカシを倒す為、力や外見、能力に似たアヤカシの資料は無いかと五行に問い合わせが入り、陰陽寮に回って来たのだと言う。 「『鵺』と呼ばれるアヤカシに酷似しているところもあるが、おそらく新種と呼べるアヤカシだろうと調査の結果判明した。希儀は新種アヤカシの宝庫であるから、それ自体は驚くべきことでは無い。 アヤカシを放置しておけば入植者たちに危険が及ぶ可能性もあるし、新しいアヤカシ、その情報は把握しておきたい。 「そこで今回の課題となる。お前達には希儀に赴き、そのアヤカシを退治してくること。中級か上級近い強敵である可能性が高いが、力を合わせて必ず倒せ」 「課題は、そのアヤカシの退治、だけでいいんですか?」 手を上げた二年生の質問に、そうだ。と三郎は頷く。 「他のアヤカシを気にする必要は課題としては無い。退治に成功し、余力があると言うのなら他のアヤカシ退治は妨げないが、あまり油断できる相手では無いだろうと、我々は見ている」 誰かがごくりとつばを飲み込む音がした。 陰陽寮の教師たちが強敵と見る相手…。 「アヤカシと関わり、対峙することが多くなれば、中級、上級アヤカシとの対峙は避けられない。全力を持って事に当たり、必ず全員が生きて戻ること。以上だ!」 三郎が退室してからも彼らは考えていた。 『生きて帰れ』 三郎にそう言わしめる相手と自分達は戦えるのだろうか。 と。 三つの頭、恐るべき素早さ、そして人を操る魔力。 逃げるわけにはいかず、戦うしかない…。 そうして、彼らは一年生達とは違う思いを胸に、希儀へと旅立つのだった。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827)
16歳・男・陰
サラターシャ(ib0373)
24歳・女・陰
クラリッサ・ヴェルト(ib7001)
13歳・女・陰
カミール リリス(ib7039)
17歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●戦い前の思い 目を閉じて、精神を集中させる。 「絶対に負けられない」 自分自身に強く願い、言い聞かせる。 「うちは、これを乗り越えれば無鉄砲だけだったあの時から、成長できた事になるんだ」 己に言い聞かせて目を開けると 「行くよ。冥夜!」 相棒の猫又と共に芦屋 璃凛(ia0303)は敵に踏み込んで行った。 天儀に誇る五行陰陽寮に残されているアヤカシ記録。 その中に鵺というアヤカシはこう記されていた。 『複数のアヤカシが合わさったような合成獣と呼ばれる存在。多くはケモノの身体。空を飛ぶ翼をもつ。 複数首を持つモノも多く、知覚に優れ術を操る。 発見された鵺は雷撃を得意としていた。空から地上へ落とされる雷から人間は逃れる術がない』 「と、いうことは外見が似ていても希儀のアヤカシと鵺は中身はまったく違う別のアヤカシ、と思っていた方が良いですね」 本をパタンと閉じたサラターシャ(ib0373)にそうだね。とクラリッサ・ヴェルト(ib7001)は頷いた。 希儀に現れたと言う中級アヤカシ。 二年生に今回、課題としての退治が命じられたそのアヤカシは新大陸と呼ばれる希儀のアヤカシだ。 「一年生達のレポートにも上級生の報告にもその敵の資料はありませんね。ただ、似た感じの敵と出会ったと言う開拓者の話はあります。この辺が参考になるでしょうか?」 カミール リリス(ib7039)は大型の敵、素早い動きをするアヤカシのデータを調べては書き出していった。 勿論名前も解らない、始めて見る敵である。 「少しでも行動予測を立てらればいいんですけれど…」 明日は希儀へと出発すると言う日。 図書委員達三人は図書館で似た種のアヤカシの記録を調べていたのだ。 事前に少しでも何かが解らないか。弱点は無いか、対策は? 「まあ、まるで同じだとは思っていなかったけどね。でも…、ほら見て。ここ。 『攻撃と素早さに優れる反面、こちらからの攻撃などが当たると思う以上のダメージを与えることができた。また術も効果を発揮しやすい』 とも書いてある。あのアヤカシがどうかは解らないけど…可能性はあるよ」 「実際の行動とは誤差が出てくので過信はできませんけどね」 「希儀で直接出会った訳じゃないけど、キマイラって呼ばれているアヤカシがいてね。多分それじゃないかと思うんだ」 「同じかどうかは解りませんが、とりあえずキマイラと呼んでおきましょうか」 リリスの言葉にとりあえず敵の名前はキマイラと決まる。 「強い相手だけど、こっちには情報がある。大アヤカシみたいな出鱈目な相手でもない。 一体ならしっかり策を練れば斃せるよ」 『あまり気負わないようにな?』 足元でクラリッサに話しかける猫又のルナに、クラリッサも微笑んだ。 「ん、大丈夫。そんなつもりはないよ」 クラリッサとリリスの話を聞きながら、見つけた記録を書き写しながらサラターシャも頷く。 「ええ。きっと。そうですね。できるかどうか解りませんが、直接攻撃を当てる方法を考えてみましょうか」 今までにない強敵との戦い。できる限りのことはしておこうと三人はさらに資料をあたるのであった。 勿論、事前の準備に余念がないのは彼女達だけのことではない。 「彼方。終わったぞ。荷物は用意して纏めておいた」 「ありがとう。清心。蒼詠(ia0827)! 必要な品物は一通り準備できたってさ」 「ご苦労様。二人とも。こっちも大丈夫」 男子三人は手分けして希儀への遠征。それに必要な品の準備をしていたのだ。 「あ、それは救急箱?」 彼方は蒼詠が持つ箱に目を止め、そう問うた。 蒼詠は小さく頷いて箱を二人の前に開いて見せる。 中には傷薬や包帯がきっちりと収められている。 「使わないにこしたことはないけれど、そうはいかなそうだから…」 蒼詠のつぶやきに彼方と清心。二人は沈黙する。 今までの実習でも命の危険が無かった訳では無い。 しかし、今回は桁違いだ。 「…俺達、勝てるかな?」 不安そうに呟く清心を彼方は 「ば〜か!」 彼にしては珍しい態度で笑って見せた。 「勝てるかな、じゃなくて勝つんだよ。僕達にできると思ったから先生達だって、課題に出したんだろうからさ」 「それは正論だけど、バカなんて言うなよ。なあ、蒼詠?」 「うん」 蒼詠は頷いた。 「大丈夫。勝てますよ。強敵ですが、みんなで力を合わせればきっと大丈夫なハズです」 蒼詠は二人のいつもと変わらぬ様子にホッとしたし、蒼詠の笑顔に二人は胸のツカエが取れた気がした。 「そうだな」「頑張ろう」「ええ。頑張りましょう!」 彼らは誰からともなく手と心を重ね合ったのだった。 ●遭遇 そして 希儀の遺跡は独特の作りをしている。 「なんだか、不思議な感じがするね」 遺跡の入口に立った璃凛は身震いするようにそう言った。 言葉に出すのは難しいが、普通の場所とは違う空気を感じるのであった。 例えるなら神社のような神聖な場所のような…。 しかしそれともやはり違う。瘴気が満ち溢れていた。 「気を付けて下さい。この近辺にはいないようですが、だからこそ敵はどこから出てくるか、解りませんから」 サラターシャの言葉に彼らは頷き身構える。 「では、まずは作戦確認です。遺跡の中に調査隊が入る。そしてキマイラの発見に努め、見つけたら即座に入口近くまで戻る」 「龍達は遺跡の中に入れませんからね。彼らにも手伝って貰う為にはそうしないと」 龍朋友を連れているリリスと彼方、清心が彼らと共に外で待機する。 無論、何かあればすぐに中に入れるように準備をしておくのだ。 「ボクはラヒバと共に空で待機します。空からキマイラが逃げる様なことは絶対にさせませんから」 「僕達も、入口で待機しています。何かあったら直ぐに呼んで下さい」 彼方と清心が頷いた。 「まずは絶対に中では戦わないこと。とにかく引きつけることに専念して下さいね」 そしてサラターシャは中に入る仲間達、特に璃凛に告げた。 「解ってる。…でも、素直に逃がして貰えない可能性もあるから、その時は足止めするかも…」 「それでも、です。その時はボク達が助けに行きますから、無理しないで呼んで下さい」 リリスが腰に手を当てて言った。 「そうですよ。一人では無いんですから無理はしないで下さい」 柔らかく諌めるようにサラターシャが告げ、彼女の朋友レオもクラリッサも同意するように微笑む。 「…解った。ゴメン…」 「では、準備しましょう。カンテラと、それから…」 準備をする仲間達。それを見ながら遺跡の入口から動かない璃凛の足元で冥夜が囁いた。 『璃凜、震えるな…バレバレだぞ』 「ばれてたか、でも、皆が言ってくれたよね。一人じゃ無い…あの時みたいにはならないよ」 身体の震えは止まらない。けれど…彼女は誰よりも強い眼差しでまだ見えない敵を見つめていた。 遺跡の中は薄暗くはあったが、あちらこちらに壊れた所があって、陽も射していた。 「これだけ隙間があるのに…なんで逃げたりしないのかな? リリスじゃないけど、空から外に出ればいいのに…」 注意深く歩きながらリリスは独り言のように疑問を口にした。 「何かを守っているのか、それとも括り付けられているとかでしょうか…」 誰に向けた訳でも無いが、同じ疑問を持っていたのだろう。懐中時計「ド・マリニー」で瘴気の流れを調べていたサラターシャが答える。 「遺跡から出ない訳がなにか…!」 寮生達の会話は、そこで終わった。 「動かないで! 瘴気の流れが大きくなっています!」 と、同時猫又二匹も唸りを上げる。 『いたぞ! 逃げろ!!』 冥夜が放った閃光で、周囲が純白に染まる。 と、同時であった。駆け出した蒼詠。彼が三秒前までいたところに、ズシンと地響きにも似た音が響いたのは。 『グオオオ!!』 「早い!!」 走りながら璃凛は思った。 もし決断が一瞬でも遅れていたら、どうなっていただろうか? 勿論、そんなことを考えている暇もない。 彼らは全速力で遺跡を駆け抜けていた。 「ラヒバ…。そんなに拗ねないで下さい…」 上空で気の荒い炎龍を宥めながらリリスは遺跡を見つめていた。 戦いたいと、言わんばかりの炎龍の背中を叩く。 「多分、あと少しで、望みどおりになりますよ」 その言葉通り、遺跡の中から白い光が弾けるのが見えた。 と、同時に羽ばたきの音と響く唸り声も。 あの遺跡の崩れた所から、キマイラが出てくるのが見えた。 「行きます! ラヒバ! 全速力で! あれを入口まで誘導して下さい」 歓喜にも似た声を上げて、炎龍は地上に向けて降下していった。 ●キマイラとの戦い ギャアアア!! 形容しがたい悲鳴と共に炎龍ラヒバが地面に叩きつけられた。 勿論、乗っていたリリスごと。 「キャアアア!」 「リリスさん!」 「行け! あいつの目を逸らすんだ!!」 即座に駆け寄った彼方がリリスを助け起こし、清心の龍が追撃しようと襲い掛かってくるマイラの眼前をギリギリの間合いで飛んだ。 彼方の炎龍も後に続く。 「大丈夫ですか?」 「だ、大丈夫です。あいつの、素早さと遠隔攻撃を計り損ねただけ…。奴の片目は、頂いた筈…なのですが」 落ちた時にぶつけたのだろうか。傷む肩を押さえながらリリスは立ち上がった。 と、その時だ。 「リリス!」「皆さん、ご無事ですか?」「大丈夫ですか?」 遺跡の中に入っていた探索組が戻って来たのは。 「やっぱり、上空に見えたのリリスだね! 怪我はない? 蒼詠!」 言われるより早く、蒼詠はリリスに治癒符をかける。 「翡翠はリリスさんの炎龍に!」 『了解!』 蒼詠の人妖翡翠も倒れた炎龍を術で癒す。 『恩人、いや…恩龍だもんね』 翡翠はさっき、遺跡の中の事を思い出す。遭遇したキマイラからの逃走の最中、慣れない道のりもあって彼らは危うくキマイラに追いつかれそうになったのだ。 『わあっ!』 龍の首から放たれた火炎。 背中を焼かれたレオは蒼詠の治療を受けながらも心配そうに駆け寄る主に向けて首を振る。 『マスター。人の心配より自分の心配!』 確かに自分の心配が先かもしれないと思った。キマイラはもうすぐ側まで迫っている。 獅子の首が頭をもたげた。大きく開けられた口の周りで空気の渦が巻く。 「来る!」 「避けて下さい!!」 とっさに彼らは身を翻した。真空の刃が腕や手の服を切る。微かに血をにじませた手を押さえながら 「入口まで逃げられないかも…ここで、やるしかない?」 璃凛が覚悟を決めかけた時、何故かキマイラは空へと方向を変えたのだ。 おそらく、上空に見えたリリスと炎龍に気が付き攻撃に出たのだろう。 その結果、彼らは無事戻りつくことができたが、その分の攻撃をリリスと炎龍が受けてしまった形になるのだろう。 「ありがとう。…ボクは…もう大丈夫。…それより…」 「あっ! 危ない!!」 気が付けば二人の龍の時間稼ぎも限界にきているようだ。 「リリスは下がってて。彼方君、清心君。龍を下がらせて。そして、どちらか…、前に来てくれない? あの三つの首をウチとレオ君だけでは多分抑えきれない」 「僕が行く! 清心は後ろで援護して」 「解った」 「璃凛…。無理はするなと言っても無駄でしょうけど…、気を付けて」 大丈夫と言っても完治ではありえないリリスが身を起こす。 「ん。行くよ! サラターシャ! レオ君!」 それに小さく、だが確かに頷いて璃凜は敵に向かって踏み込んで行ったのだった。 戦いはすさまじい乱戦となった。悲鳴が響き渡る。 「ウワアアア!!!」 「彼方!!」 前方で山羊の頭と戦っていた彼方が、突然武器を捨て蹲ったのだ。 キマイラと呼ばれるこの敵は獅子と、龍とそして山羊の頭を持つ。 炎を吐き出す龍、真空の刃を繰り出す獅子に比べれば、爪と牙でのみ戦い、咆哮で自分に攻撃を向ける山羊はまだ戦いやすい相手に見えていた。 現に彼方は傷つきながらも山羊の目を潰すことに成功する。 だが、その瞬間だった。 彼方が震える様なしぐさを見せ、悲鳴を上げたのは。 「来るな!」 「ダメです! 清心さん! 下がって!」 近寄りかけた清心をサラターシャは引き留めた。何故、と問うまでもない。 「彼方さんが、山羊の目を潰した時、キマイラの尻尾にある蛇。その目が光ったような気がしました。魅了の術を使われたのかもしれません」 「そんな!」 「近寄っちゃダメ!! 大丈夫。彼方君ならきっと抵抗できる。その間にルナ! あの蛇を狙うよ!」 『まったく…早々にあんな化物とやる事になるとは予想外だ!』 「リリス! 動ける? あの蛇をなんとかしたいの」 「少しでも、動きが鈍れば…。ラヒバ抑えて下さい、チャンスは、幾らでもありますから…」 興奮する炎龍を宥めながらリリスは頷いた。 『仕方…あるまいな!』 自分達よりさらに厳しい戦闘にいる猫又冥夜のことを思えば文句も言えまい。 『行くぞ!』 ルナはキマイラの動きの鈍くなった山羊の頭の傍から背に上がり、振り落とされそうな揺れの中、自分を睨む蛇の眼前で鎌鼬を放ったのだった。 「気を付けて下さい! 蛇の頭が動いたら魅了の術をかけようとしている前兆かも!」 サラターシャの声が響く。 『おっと!』 自分が操られては意味がない。間合いを取りながらルナは敵をけん制し続けた。 そして蛇の頭が再び獲物を狙うように頭をもたげた瞬間。 「行くよ! 喰らえ! 神経毒! 蛇神!!」 クラリッサが敵の命中と、動きを阻害する術を立て続けに放つ。 そして、リリスが荒い息で痛みを堪えながら雷閃を浴びせかけたのだった。 「! ラヒバ!!」 傷の残っているであろう炎龍がほぼ突進に近い攻撃で、蛇の頭を噛み千切る。 『ぐああああっ!』 空気さえも震わせる衝撃と悲鳴を三つの頭が同時に上げた。 と同じ頃、彼方がバッタリと地面に倒れ伏したのだった。 「彼方!」 「だ、大丈夫です。ご、ごめんなさい。操られかけてて…」 「気にしないで下さい」 「これで…魅了の術は、大丈夫…かな?」 息を切らせながらクラリッサはキマイラを見た。 首が一つと、尻尾の蛇の頭はもう動かない。 だが、だからこそ残りの二つが怒りに燃えて目の前のものを全て滅ぼそうとしている…。 「まだまだ終わりじゃない。行くよ! ルナ!」 クラリッサも仲間達も苦戦する仲間の元へと疲れに震える足を懸命に動かして向かうのだった。 一つの頭と尻尾。それを失ってからというものキマイラの凶暴性はさらに増していた。 『わあっ!』 「レオ!?」 先ほどよりもはるかに威力を増した真空の刃がからくりレオを襲う。弾き飛ばされるようにレオは宙を舞った。 とっさに受け身を取るが地面に叩きつけられる衝撃は避けられない。 「翡翠! レオさんの治療を! これ以上、好き勝手にはさせません!」 蒼詠達がレオに駆け寄っているのを確かめて、璃凛はほんの少しホッとした顔を見せた。 『よそ見をするな。死ぬぞ!』 「解ってる」 巴で攻撃をよけながら璃凛は冷静に敵の様子を見定めていた。 味方が既に戦力の半分を削いでくれている。 璃凛の身体は血だらけ、傷だらけではあるが、それは相手も同じに見えた。 「あと、一押し…だね」 『そうだな』 「冥夜、一つ頼まれて」 「なんだ?」 囁く様に告げられた作戦に目を瞬かせながらも 『解った』 猫又は主に頷いて見せた。 『あちらの頭はどうするね?』 「大丈夫。レオ君や皆がなんとかしてくれる」 気が付けばもうレオは青銅巨魁剣を握り戦闘に復帰していた。 蒼詠が援護し眼突鴉で敵の視力を奪い、仲間達も駆け寄ってきている。 敵の動きが鈍ってきたのは、クラリッサの放った神経毒が効いてきているのだろう。 ならば、これが仲間達が作ってくれた最後のチャンスだ。 敵が炎を放とうとするそのタメの時を狙って璃凛は 「いっけぇ!!」 渾身の爆式拳を龍の鼻先めがけて打ち付けたのだ。 キマイラも全身で避け、辺りに石と土が舞い上がる。 その時を狙って冥夜が下方から鎌鼬を龍の真下から放ったのだ。 首を狙った空気の刃は微かな音を立てて僅かな傷をつけたのみであった。 しかし、その攻撃でキマイラの龍の首が微かに璃凛から意識を逸らした瞬間を彼女は見逃しはしなかった。それこそが彼女の待っていたもの! 「これで、終わりだ!!!」 高く飛び上がり、振り下ろした珠刀「阿見」。そしてそれに体重と共に乗せた全力の瘴刃。 断末魔さえ聞こえぬままごとりと音がして龍の首が地面に転がった。 そしてそれとほぼ同じ頃、レオもまた巨魁剣で獅子の首、その脳を叩き潰していた。 『グオオオオウ!!!』 こちらは最後の断末魔を遺跡全体に響かせるとズシン! その巨体を地面に落とした。 傷口から立ち上がる瘴気が、徐々にアヤカシの身体を空気に解けさせていく。 「や、やったああ〜〜」 それを見届けた瞬間、へなへなと璃凛は地面に座り込んだ。その目には涙が…。 「…、うちは…、みんなの…おかげで…、」 「璃凛さん! 大丈夫ですか? 蒼詠さん。治療を」 「任せて下さい」 遺跡に体を預けながらかろうじて倒れることをしていない璃凛の顔は、ぐしゃぐしゃになりながらも安堵と歓喜に溢れていた。 『ルナ、辛気臭い主人だが、私が好きな理由判ってくれただろう』 『そうだな』 二匹の猫又の小さな囁きは誰にも聞こえないまま、徐々に溶け行くキマイラの身体と共に天儀の空に消えて行く…。 ●信じる心 それから数日間、寮生達は希儀で過ごして後、陰陽寮に帰還した。 怪我は術で直すことが出来る。 しかし、失った体力気力はそうはいかず、特に璃凛などは2〜3日動くこともできなかったからだ。 「無事戻って何よりでした。ご苦労でしたね」 「頑張ったな。あの強敵を倒せたなんて立派だぞ」 全員で報告に向かった時、労ってくれた寮長と三郎の顔を見て、寮生達は自分達が生きて、無事戻れたことを実感したという。 「敵のレポートも受け取りました。今回の件については、何もいう事はありません。皆さんは、十分責任を果たした。合格です」 「できれば、もう少し他のアヤカシ退治をしてきたかったけど…」 『まだ言うのか? あの時点でのお前達がどれ程の役に立つ?』 「解ってるって」 明向で休息の間、回復するのに精いっぱいであったことを思い出しクラリッサは苦笑に近い笑みを浮かべた。それから 「あ、あと寮長。お願いがあるんです…」 小さな包みを寮長に差し出した。 「これは?」 「遺跡で見つけた遺品です。大したものは見つけられなかったけど…ギルドを経由して届けて貰えませんか? キマイラの犠牲者の…生存者の方に」 「…解りました。必ず届けましょう」 「ありがとうございました」 退室した一年生達を見送って後、側で聞いていた三郎に 「御苦労でした」 寮長は小さな笑みと共に告げた。 「私は、本当に見ていただけです。全ては彼らが掴んだ勝利ですから」 万が一の事があってはと三郎がついていたことを彼らは知らない。 「助けに行こうかと思った場面もありましたが…信じていましたから」 「そうですね」 優しく、愛しげに微笑む三郎に頷くと 「では、最後にひと仕事頼めますか」 「はい」 寮長は託された荷物を三郎に手渡したのだった。 後日、開拓者ギルドを通し、ある人物の元に届けられた荷物があった。 生きる気力を失っていた青年は 「…これは!」 その荷物を見た途端顔色を変え、抱きしめたという。 そして 「これを、遺族の所に届けに行くまでは死ねない!」 と回復への気力を見せ始めた。 その品は陰陽寮生が回収してきた仲間達の遺品。 彼らの生きた証である。 「ありがとう」 その言葉と彼の思いが陰陽寮に届くのはもう少し先の話であるがキマイラを倒した寮生達の行動が希儀の可能性と一人の青年の未来を開いたのは確かであった。 |