【師弟】二つの依頼
マスター名:夢村円
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/22 21:58



■オープニング本文

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 その日、少年は一人家を飛び出した。

「ダメじゃ。世間知らずのお主に何が出来る? 一人で五行で暮らせるか? 生活費の金はどう稼ぐ? そもそも入学金がないと陰陽寮に入ることもできぬぞ」
「でも! 僕は勉強したいんだ。色々な人と、外の世界で!」
「もう一度言うぞ。ダメじゃ。学びたいならわしが全て教える。外に出る必要など無い」
「お師匠のわからずや!!! どうして、どうして解ってくれないんだよ!!」
「彼方様!!」
 長い言い争いの末、彼は山を真っ直ぐに走り降りて行ったのだ。
 少年も山の住人、守り手のアヤカシたちは彼を遮る事無く見送ることだろう。
「よろしいのですか? 桂名様」
 心配そうに問いかける人妖に
「よい。放っておけ。どうせ外に出た事も無い、金も持たない世間知らずじゃ。直ぐに音を上げる」
 桂名は机から顔も上げずに答えた。
 声に苛立ちがあるのは解っている。桂名にとって彼方は大事な存在だ。
「しかし‥‥もし、彼方様に何かがありましたら‥‥」
 書物のページは繰られること無く、また筆も動かない。
 そして、彼女はある決断をしたのだった。

 開拓者ギルドに二人の少年が現れたのはそれから数日後の事。
「まったく。お前さあ、僕がお前に何したか解ってるのか? 僕はお前の師匠に弟子入りしたいんだぞ。その僕に何を頼むかと思えば‥‥」
「だって、他に知り合いなんていないし。お前以外に頼めそうな相手なんて開拓者しか知らなかったんだもん」
「開拓者ギルドの場所も意味も、何もわかんないくせに〜〜」
 そんな会話をしながら訪れた少年達は彼方と清心と名乗って開拓者に依頼があるとギルドの係員に告げた。
「彼方? 清心?」
 ギルドの係員は首を捻る。
 その名前には覚えがあった。
「確か、お前さん達は‥‥」
 少し前、行方不明になった陰陽師の弟子を探す依頼があった。
 その弟子の名前が彼方であり、清心というのは陰陽師の弟子になりたいあまり彼方をおびき出し、誘拐した犯人であった筈なのだ。
 その被害者と犯人が並んで、仲良く話している。
 彼方と言う少年が犯人を許し、友達になってと言った話は聞いていたが‥‥。
 少し驚いた顔の係員に少年達が何かを話しかけようとしたその時。
「! 隠れて!!」
 子供達は突然、その身をカウンターの影に隠した。
 彼らが姿を隠すと同時、優美な女性がギルドの中に入ってくる。
「あんたは‥‥」
 お辞儀をした女性は雪名と名乗り、陰陽師桂名の使いと名乗って依頼を出す。
「我が主、桂名様の弟子である彼方様が家出をしてしまわれました。以前と違い、自分自身の意思で山を降りられたので大きな心配をしているわけではございませんが、やはり山以外の生活に慣れておられない方。心配でございます。どうか彼方様を見つけ、山までお連れ下さいませ。よろしく、お願いいたします」
 もう一度丁寧にお辞儀をし、雪名は去っていく。
「ふう〜。見つからなくて良かった」
 雪名の影がギルドから消えたのを確かめてカウンターの裏に隠れていた二人は、ぴょっこりと顔を出した。
「でも、どうしよう‥‥。もう手が回ってる〜」
「戻れば?」
「ヤダ! せっかくここまで来たのに‥‥」
「で、お前さん達の依頼はなんなんだ?」
 言い合う二人は、思い出したように顔を見合わせ、自分達の依頼書を出す。
「アヤカシ退治を手伝って下さい」
「この依頼が成功すればこいつ、五行の街に住めるようになるんです」
 少年達曰く、師匠とケンカをして彼方は山を降り、開拓者以外唯一の知り合いである清心の元に身を寄せた。
 という。
「僕は、山を降りて陰陽寮に入りたいんです。いろいろな人と出会って、いろんなことを学びたい。でも‥‥お師匠はダメだって言うんです」
 住むところも、金も着替えもない彼方に、清心の知り合いがこう言った。
「私の家の墓地にアヤカシが現れるようになったのです。退治していただけません? もし退治していただけたら私どもの古い家の一室をお貸ししますから」
「お師匠もきっと、僕がちゃんと街でやっていけるのを知ったら、山を降りるのを許してくれると思う‥‥。
 だから、お願いします‥‥」
 敵は‥‥どうやら幽霊系アヤカシが殆どで、それほど強敵はいないようでもある。
 ただ、駆け出しの子供達には確かに荷が重いかもしれない。
 家出少年をこのままにしておいていいか、はともかく、アヤカシ退治でもあるので依頼の受理に問題は無い。
 依頼を受けながら係員は、二つの依頼の中心に立つ少年を黙って見つめていた。


■参加者一覧
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
玲瓏(ia2735
18歳・女・陰
紗々良(ia5542
15歳・女・弓
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
劫光(ia9510
22歳・男・陰
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
アッピン(ib0840
20歳・女・陰


■リプレイ本文

●はじめての「依頼」
 陰陽師というのは瘴気を操り、アヤカシと呼ばれる存在を己の手で再構築し使役する存在である。
 故にアヤカシを恐れていては意味が無い。
 と多くの術者は言う。
 彼らの師もまたそう言い、その言葉は彼らもよく理解していた筈だ。
 だが、現実と実践は違う。
 容赦なく襲ってくる敵。自分に迫り来る爪。白骨化した凶骨が腕を伸ばす。
「うわああっ!」
 めちゃくちゃに放った術は敵の前で破裂する。
 その炎を乗り越えて迫り来る敵に少年達は自分の未熟さ、甘さを身にしみて感じていた。
「こ、こら! 彼方。ちゃんと良く見ろ」
「お前こそ‥‥。でも、こんなに‥‥アヤカシって強いのか‥‥」
 息を切らせながらも少年達は、まだ減る様子を見せないアヤカシ達を睨みつける。
「筋は悪くないんだがな。うん、術の威力も悪くない」
 戦いの様子を劫光(ia9510)は後方で、腕組みをしながら見つめていた。
「ほら、言い争いもボーっとしている暇も無いよ! こらー、のんびり見てないで手伝ってよ。劫光さ‥‥ひみつ! うしろ!」
 天河 ふしぎ(ia1037)は少し頬を膨らませながら自分の人妖ひみつに声をかけた。
 そして刀をふるって迫ってきた骸骨を袈裟懸けにする。それでも動こうとする骸骨をひみつの武器が頭蓋ごと打ち砕いた。
 それで、なんとか動かなくなる。
「これは、こいつらの仕事や。甘やかしすぎはかえって為にならんで」
「まったく、変なところで厳しいんですから」
 肩に担いだ剣を抜こうともせず言い放つ八十神 蔵人(ia1422)に人妖雪華は肩を竦める。
 だが逆に子供達には気合が入ったようだ。
「は、はい!!」
「大丈夫、硬くならないで。フォローは僕らがするから」
「この依頼の、主役は‥‥あくまでも、二人。だから‥‥頑張って、ね?」
 暖かく笑いかける真亡・雫(ia0432)や紗々良(ia5542)の優しさに彼方は一度だけ、眼を伏せた。
 それは辛さからの逃げではなく、自分への確認。
「そうさ、これくらいなんとかしなきゃ、お師匠様を説得なんかできない! ほら、ボヤボヤしてんな! 清心。また来るぞ」
「な、なんだ? その言い草。僕に命令するな!」
「あらあら。ケンカはダメよ」
 玲瓏(ia2735)は緊迫した状況の中で、それでも調子を取り戻して来たような二人を、見守る仲間達と同じように優しく見つめていた。

 今回の依頼は墓場のアヤカシ退治である。
 依頼を出してきた二人の少年を
「清心さんと彼方さん、随分仲良くなったのですね‥‥よかったです」
「うん、二人とも良い相性の様で良かったよ。本当」
 菊池 志郎(ia5584)や雫は微笑んで見つめる。
 照れたように顔を背け合う少年達。かつて誘拐犯と被害者として見えた二人。
 だが、今はその奥に深い絆を感じる。
「誘拐? 清心も無茶するなぁ‥‥。僕が来られなかった間に、色々あったんだね。でも、二人が仲良くなったみたいで良かった」
 ふしぎも笑いかける。
「ちょっと、素直になった? 清心くん?」
 雫の人妖刻無が清心の顔を覗き込んだ。
 確かに清心からもほんの少し前まで感じられた恨みや暗い妬みのようなものが消えて、明るく少年らしくなったように見えた。
 誘拐のような事は勿論良くないし、トラブルは無いに越した事は無いが、それが結果的に本来なら出会うことの無い二人を出会わせ、絆を深めさせたのなら正直、それは良かったと言えるだろう。
「ごきげんよう。彼方くん。それで、家出をなさったと伺いましたがどういう状況でどんな風に桂名さんと喧嘩したのか、教えて下さいませんか?」
 ふんわりと優しく笑うアレーナ・オレアリス(ib0405)に彼方は口を濁すように、だが事情を説明する。
 開拓者達と出会い、また清心を見て山の外を見てみたくなったのだと。
 特に陰陽寮という陰陽師が集まる学び舎があり、かつて桂名がそこにいたという場所で自分を試してみたくなった、と。
「でも‥‥お師匠様、ダメだっていうんだ。それで‥‥家を飛び出して、清心のところへ‥‥。他のみんなの居場所‥‥知らなかったし」
「そっか。二人、仲良くなった、のね? いい事だと、思う、わ。でも‥‥喧嘩して、飛び出してきた、のは‥‥悪い事、かな?」
「だって!」
 紗々良の言葉に彼方は俯く。強く握り締められた拳。
 良くないことであるのは解っている。それでも‥‥少年の心は止められない、ということなのだろう。
「まあ、それ自体を悪いとは思わんが‥‥家出とはね。思い切ったもんだ」
「彼方様は何か持ってますよね。こう、何か面白いことを惹きつけるような天性の才能が。そういう方は是非とも陰陽寮で学んで欲しいですね〜。面白くなりそうですから」
 腕組みする劫光の言葉にアッピン(ib0840)は励ますように笑う。
「しかし、陰陽寮の入寮が容易いものではないのもまた事実です。特に二万文の学費は‥‥子供には簡単に稼げるものではないでしょう」
「二万文つうと、わしらの仕事の大体二〜三回分か」
 現役寮生宿奈 芳純(ia9695)の言葉に蔵人は小さく笑う。
「よし。その二〜三回がドンだけ面倒か体感させたる。その依頼のアヤカシ、お前らが退治せい」
「「えっ?」」
 開拓者がメインで自分達はその戦いぶりを見学しながら手伝う。
 そんなつもりであったろう子供達は蔵人の言葉に瞬きする。
 だがそれに同意するように他の開拓者たちも頷いている。
「僕らが全力でフォローするから。後でフォローされた部分も覚えて行けば‥‥良い経験になると思うよ」
 かくしてアヤカシ退治は依頼人の少年達主体で行われることと決まったのだった。

●知っていること、知らないこと
 依頼は少年達主体、と言っても勝手の判らない子供達をただ放り出すようなことを開拓者はしない。
「おっかえり〜」
 アッピンはカメムシの人魂を軽く労うと符へと還した。
 緊張の面持ちの子供達の前で、ふしぎは人妖と共に墓場の外から偵察をする。
『どこにいようと、妾の目からは逃れられぬのじゃ‥‥ふしぎ兄』
「うん、僕も見えた。敵の数は‥‥十体以上、十五体未満ってところかな? 先に行った人たちの数を抜くとね」
『怨霊、鬼火、屍人に凶骨。典型的な墓場のアヤカシというかんじじゃな』
「でも、油断は禁物だよ‥‥ん? なんか来た?」
 ふしぎは顔を上げ夜の空に手を伸ばす。一羽のふくろうがそっと彼の手に止まった。
「よしよし‥‥」
 ふしぎはふくろうの足に結び付けられていた紙を開き、確認する。
「準備はできたみたいだよ。この先のちょっと広いところにおびき出してくれるって」
「依頼はお前等が受けてんやから死ぬ気で励め‥‥気を抜いたら本当に死ぬが」
「‥‥は、はい」
 脅すような蔵人の言葉に少年達が少し、気弱になったのは判った。
 それを励ますようにぽん、と紗々良は背中を叩く。
「大丈夫。自信を持って。‥‥光陰。二人を‥‥お願い」
「清心君、攻撃系の技は得意と言っていたわね。今こそそれを見せる時よ」
 優しい紗々良の、玲瓏の少し笑みを含んだ励ましに、二人の緊張が程よく解けた。
 足元には身を摺り寄せる犬。そして、
「行きましょう。勇気を出して」
 雪華が大きく背中を押した。
「「はい!!」」
 そして二人は先に行く開拓者の後を走り出して行ったのであった。

 結論から言うのであれば敵の数、能力とも開拓者の目から見れば大した事は無かった。
 墓場に溜まった瘴気が化身したアヤカシ。
 ただ、まだそれ程時間が経っていない事もあり、開拓者達だけであれば連携し、ものの半刻で倒せただろう。
 それが思いの外、手間取ったのは開拓者達が、少年二人を前面に立たせた為。
「危ない! 彼方さん!!」
 骸骨の指が伸びる。彼方は術を発動するがそれより先、敵の方が腕を掴んでしまう。
 術に集中できず彼方は悲鳴を上げた。
「うわっ!」
 開拓者達が助けようとするその一瞬の間。
 どこからともなく飛んできた鷹が、骸骨の腕の骨を体当たりで砕いた。
「危ないよ。下がって!」
 雫がとっさに彼の手を引き、後ろに下がらせた。そして、刀でその頭蓋を打ち砕く。
「刻無。任せた」
「判ったよ。大丈夫? 術士が前に出ちゃダメだよ」
「あ、そっか」
 人妖にツッコまれたように彼らが、自分の能力や仲間の力を把握した戦い方ができなかった為だ。
「前に出過ぎない! 前衛は僕らに任せて、自分の術に集中!」
「後方でも、いえ、後方にいるからこそできることもあるのですよ。仲間を信頼することです」
 側に付いたふしぎと玲瓏ももどかしそうではあるが、基本は彼方と清心、二人に任せると決めていたのでアドバイスをするに止める。
 最初は状況も考えずやたらと術を飛ばすだけであった少年達だが、徐々に彼らも戦いに慣れてきたのだろうか?
「彼方、そっちに一匹行くぞ!」
「判った。援護頼む!」
 二人で背中を合わせながら、的確に戦えるようになってきたのだ。
「能力は高いようだな。あの年で火炎獣まで使えるのか?」
 劫光は素直に感心した。清心も口で言うだけの力は持っているようだし、彼方の資質には眼を見張るものがある。
 既に何体かは彼らの手でアヤカシも瘴気に還っている。
 勿論、その裏には遠距離から矢を放ち、アヤカシの動きを奪う紗々良、前線に立ち舞うような散華の技で敵の力を殺いでいく志郎。
 斬撃符で敵を切り刻むアッピン、魂喰で墓を壊さずアヤカシの動きを止める芳純らの援護があったからでもある。
「陰陽師は接近戦をさせないことが大事ですよ。距離を取って下さい」
 上空、駿龍ウェントスを駆り敵を空に逃がさないように見張るアレーナが声をかけた。
 一度、劫光の炎龍火太名の全体攻撃で、多くの力を失わされていたアヤカシ達は以降、空への逃亡はできないと察したようだった。
 とはいえ地上にいてもアヤカシたちの運命は変わらない。
『無骨な武器でも妾の手にかかれば、優雅なものなのじゃ‥‥触れるな不埒ものっ!』
 大蟹鋏を振るう人妖ふしぎの手によって倒されるたけである。
 敵の数もかなり減った最後の局面。周囲の様子の変化に気付いた志郎が
「初霜!」
 声を上げる。アヤカシたちがひとところに集まり一斉突撃をしかけてきたのだ。
「あの子達を道連れにする気か!」
 横をすり抜けられた芳純が符を構える。
 もう眼前に迫る怨霊。その迫力に彼らの足が止まっている。
 だが‥‥怨霊は少年達にその手を触れる事はできなかった。
 彼らを守るように立つ忍犬達に、人妖達。そして
「詰めが甘いな」
「最後まで気を抜いたらあかんで!」
「深き愛の心にて、今悪しき霊体を断つ‥‥精・霊・斬っ!」
 開拓者達の渾身の攻撃が固まりのようになっていたアヤカシ達を文字通り木っ端微塵にする。
 瘴気は霧散し、消えていく。
「お、終ったああ〜〜」
 力が抜けたようにへたりこむ二人に開拓者達はくすくすと笑いながら手を差し伸べたのだった。

●知らなかったコト
 全てのアヤカシを退治し終わって、開拓者達は墓場の外の小さな場所で、彼方と清心を取りかこんでいた。
 本当は宿まで戻りたかったところではあるが、疲労で足腰も立たない様子の少年達をひとまず休ませなければならなかったからだ。
 ちなみに残敵の確認と後始末は玲瓏と芳純が行った。
 そこまで手も意識も子供達には回らなかった、というのが実情である。
 本当の仕事であれば手落ちもいいところであるが、
「まあ、その辺は経験をつんで判ることやからまあええ、だがな‥‥彼方」
 蔵人は家出少年を見やり腰に手を当てた。
「どや、これだけやっても普通、一回一万文なんてもらえへん。二回、三回、命張ってやっとやぞ。
 清心も聞け、お前等と同じ歳の丁稚奉公が何年も働いても生活費やら差し引けば貯まる金ちゃう。二万文いうのは、いや金稼ぐちゅうのはそれだけ大変なことなんや」
 戦いが終わりへたりこむ少年達の傷をアッピンと雪華が治療している。
 立つこともできず疲労しきった子供達に、そう説教したのだ。
「‥‥ほんと親に感謝しろよ」
 蔵人の言葉が自分に向けられた者だと知り、清心は頭を下げた。
 正直思っても見なかったことだろう。裕福な家に育った子供にとってお金を稼ぐのがこれほど大変なこと、だとは‥‥。
『親のすねかじりの駄目人間さんですね、清心さんはっ! 将来親御さんに十倍返しです!』
 ペシン、治療が終った清心の肩を雪華が叩いた。曲がっていた背筋を伸ばすと清心は‥‥
「知らなかったです。ゴメンなさい‥‥」
 そう素直に謝罪した。
 一方
「彼方、お前は桂名が嫌いか?」
 清心を見つめる彼方に今度はそんな問いが降る。
「そんなことない! 僕は、お師匠様の為に!」
 答えは即答であったが、それを問う劫光はそれをわかった上で続けた。
「気持ちはわかる。俺もそうだったしな。だが、いきなり家を飛び出して一人で暮らす、というのはそう取られるということだ」
「桂名さん、きっと心配しているよ。このまま恩師の納得も得ないまま飛び出しても、良いことはないと思うんだ。キミが自分で選ぶ道は応援してあげたいけど、ちゃんと話し合ってみないとね」
「山と行き来をしながら、経験を積むのもよいと思う。でも、お師匠さんの理解は必要ね。育ててくれた恩もあるし、これから先、世に出てやってこうと思うなら、自分の気持ちだけ押し通そうとしたって良い結果は得られないわ。
 お師匠さんの気持ちも汲み取って受け止めた上で、何でそうしたいのかもう一度話してごらん」
 雫、玲瓏の思いやりのある言葉が、彼方の心に静かに、だが確かに染みこんで行く。
「‥‥」
「一度帰ろうよ。彼方。広い世界を見てみたいって気持ち、僕も良くわかる。でも、それにはまず、師匠と話し合って納得して貰うべきだと思うんだ。大丈夫。世界は逃げ出したりしないよ」
 俯く彼方の肩にそっとふしぎが触れる。
「焦って大事な人との仲を壊しちゃったら、それはとても悲しい事だと思うんだ。僕、今ならそれが良くわかるもん」
『ふしぎ兄‥‥』
 ひみつが心配そうに見つめるとふしぎは自分の目元を手で拭った。
 そして笑顔を作ると、彼方を真っ直ぐに見つめる。
「‥‥僕達も一緒にいって、師匠とちゃんと話せるよう力になるから、ね」
「でも‥‥、お師匠様は、きっと許してくれないよ‥‥」
「‥‥そんなこと、ない。ほら‥‥」
 紗々良が指差した木の陰を彼方と、開拓者が一斉に見つめる。
「雪名‥‥」
 そこには師匠の人妖、彼方にとっては親代わりとも言える雪名が立っていた。
「皆様、彼方様を守って下さり、ありがとうございます。主に代わりお礼申し上げます」
「私‥‥来て欲しい、って呼んだ、の。‥‥でも、本当に‥‥許さないと思ってたら‥‥来ない。だから、ね?」
 彼方は俯いたまま涙をこぼした。
「多くの事を学びたいという彼方さんのお気持ちには賛同します。
 ただお師匠様の納得なしで生活を送られるのは難しいと思います。一度戻り話し合いをされては如何でしょう?
 勿論彼方さんの意思を尊重できる様、私達も話し合いに参加します」
「私も‥‥外への興味を、加速させた、責任が、あると思う、し」
 暖かく包み込むような開拓者達の思いに、彼方は
「‥‥はい。帰ります」
 小さく、だが、はっきりとそう答えたのだった。

●スタートライン
「と、言うわけで現在の陰陽寮では編入生は特別な事情以外では受け入れてはいないようです。
 ですので、来年の試験まで入寮試験日まではお手元にて『課題』を課し続け彼方さんがそれをこなす毎に入寮に必要なお金を少額ずつ渡し十分な額に達したら一度試験を受けさせるというのは如何でしょう?」
「でも、多少の見学くらいは許してもらえると思うのです。それかいっそ彼方様と清心様の交換留学とか。結局のところ一番の問題は本人の『納得』です。『納得』は全てに優先しますし、試してみてダメなら納得がいくでしょ」
「必要であれば、代書屋や瓦版屋の記者など文字を扱う職業を紹介しますわ。彼方君に自分を見つめて、自分の道を考えて選んで欲しいと思うのですわ」
 山に戻った開拓者達は、桂名にひとしきり以上怒られた彼方を見守って後、約束どおり助け舟を出すべく桂名の説得に入った。
「お金の問題とかではない。こやつは山を降りるべきではないというておるのだ!」
 最初、桂名は当然のように反発した。
 だが、開拓者は残らず彼方の味方。
「自分から何かをしたいと思い、それに進む意志ってとても大切だと思います。切磋琢磨するお友達もできたことですし」
「別に今すぐって訳じゃないから、焦らなくてもいいと思います。その間に彼も桂名さんも心の準備をすればいいのではないでしょうか?」
「もし、彼方が五行に来るなら、僕が面倒を見ます。そりゃあ‥‥できれば桂名様に弟子入りしたい気持ちはまだあるけど、彼方がいればそのチャンスがくるかもって下心はあるけど、でも‥‥彼方はもう、僕の大事な友達だから」
「清心‥‥」
 十人+一人の説得に徐々に彼女は無言になっていった。
 それに拍車をかけたのが、こっそりと訪れた三人の開拓者であった。
「桂名。聞きたいことがある。彼方の素性とあの子がお前さんにとってどんな存在なのか、だ」
 劫光は問い、蔵人は清心から預かった研究帳をぱらぱらと捲る。
「これは、まだ途中みたいけどあんたの研究は瘴気をアヤカシに再構築するんでなく、既に生まれているアヤカシを紐付けるってものらしいなあ?」
「‥‥ひょっとして、彼方さんはその研究の‥‥成果? 自分にはできない術を‥‥行使する‥‥才能の‥‥持ち主、とか?」
 紗々良の問いにも蔵人の言葉にも桂名は無言。
 だが沈黙が語るものもある。
「差し出がましい事だが‥‥抑えつけても反発するだけだ。子供は親の所有物じゃない」
「でも‥‥彼方さんの、可能性を、信じてあげて欲しい、とも‥‥思い、ます。同じ年頃の、人達の中で‥‥学べる事も、多いと思う、から。大丈夫、きっと、彼方さん、桂名さんを‥‥助けて‥‥くれる、から」
 無言を続ける桂名に三人は、それ以上を言わず静かに部屋を後にした。
 だから、彼女がその後、何を思い、どんな結論を出したかは判らない。
 けれど、翌朝、桂名は言った。
「行くが良い。お前の心の示すまま進め」
「お師匠様!」
 抱きついた彼方を桂名は抱きしめ、静かに優しくその思いを受け止めたのだった。

 そして彼らは山を降りる。
 彼方の側に控える美しい人妖に何事か考えていた刻無は意を決して問うた。
「あの。ボクもいつか雪名様のように大きくなれるんでしょうか」
「それは判りかねますわ。私は生まれた時からこの姿でしたゆえ」
「そうですか‥‥」
 しょんぼりとする刻無を慰めるように雫は頭を叩いた。
 彼女は柔らかく微笑むと彼方の側に寄った。
 彼方が町で暮らす条件として桂名が出したのは雪名を連れて行くこと。
「でも、お師匠様は‥‥」
 心配する彼方に桂名は笑って首を振り、雪名はマメに様子を見に行くからと告げた。
「まあ、お目付け役がいるんなら安心かいな。でもはよ、雪名ちゃんもう一人くらい作れるようになって師匠安心させたり。それがだめなら責めて雪華くらい」
『くらいってなんですか!』
 楽しげに笑いあう開拓者達の中、紗々良は一度だけ山の上を振り返った。
 劫光と眼が合う。桂名が答えてくれなかった問いの答えが、彼らは少しだけ気になっていたのだ。
「でも、せっかくお師匠が許してくれたんです。僕、一生懸命頑張ります。そして、必ず来年陰陽寮に自力で入ってみませます!!」
 そう笑顔を見せる彼方。
 彼を見守る雪名。そして桂名。
 彼らの見つめる先は、願う未来は同じなのだろうか。と。

 とにかくも一人の少年が開拓者の力を借りてスタートラインに付く。
 彼の行く先はまだ、見えない。