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■オープニング本文 神楽の都から森に行くこと数時間。 栢山遺跡と呼ばれる遺跡は、不思議な姿を開拓者達の前に現していた。 まだ多く謎を秘めたこの遺跡は、最近本格的な調査が入り、開拓者達が幾人も調査に向かっていた。 それを遠くから見つめる青年一人。 「‥‥いいなあ」 彼の名は竜也。遺跡の山麓に暮らす猟師である。 「こんなところに、遺跡があったなんて‥‥。中に入れる開拓者はいいなあ‥‥」 弓を肩に彼は深いため息を付いた。 「俺も開拓者になりたいなあ〜」 そのため息に何かを感じたのだろうか? 足元で犬が彼を見上げた。 「大丈夫だよ。竜。解ってるから」 愛犬を撫でながら、彼は寂しげに微笑む。 子供の頃から、竜也の夢は開拓者になることだった。 龍を駆り、空を飛び、見知らぬ遠い世界を旅する。 だが、それは叶わぬ夢だと彼にはわかっていた。 彼は腕の良い猟師ではあるが、志体を持って生まれてはいない。 故に開拓者にはなれないのだ。 もっとも、志体があったとしても彼は開拓者にはなれない。 年老いた両親と幼い弟妹。それを彼の稼ぎが支えているのだから。 こうして狩りの傍ら、遺跡やそれを探索に来る開拓者を見るのが精一杯である。 「あ、遺跡の中から、誰か出てきた。調査、終ったのかな? 遺跡の中ってどんな風なんだろう‥‥、何があるのかな」 首を伸ばして覗き見るが、それ以上は彼は動けずにいた。 以前近づきすぎて、見張りに怒られたことを思い出したのだ。 大きくため息をついて、彼は振り切るように首を遺跡から遠のけた。 「仕方ない。帰るか‥‥竜? 竜!!」 その時、竜也は気付く。 竜が、真っ直ぐに遺跡に向かって走っていくのを。 「竜!!」 「えっ?」 遺跡から出てきたばかりの開拓者達はまるで放たれた矢のように走っていく影が、なんであるか解らぬまま横を見た。 そして、見送ってしまう。 犬が一匹遺跡に入っていくのを。遺跡の扉が閉じるのを。 「竜!!!」 竜也の目の前で遺跡の扉は、音を立てて閉じていった。 彼の大切な相棒を飲み込んで。 「竜を、竜を助けてください!」 突然やってきた青年の言葉の意味に最初、ギルドの係員は意味が解らずにいた。 「龍を助ける?」 彼の言う竜というのが依頼人の青年竜也の愛犬で、それが例の栢山遺跡に迷い込んでしまったらしいと聞いて後、係員は青年に 「かわいそうだが見つかる率は少ないぜ。生きて見つかる率はなおのことだ‥‥」 静かにそう告げた。冷酷に思えるかもしれないが、構造もわからぬ遺跡の中、食料も無い。 しかもアヤカシもいるというあの遺跡で、犬一匹を生きて見つけられる可能性は少ないというのは紛れもない事実なのだ。 「解っています。‥‥でも、あいつは大事な俺の相棒なんです。冷たい遺跡の中一人になんてしておけない。それに‥‥」 竜也は唇を噛む。そして顔を上げた。 「あの‥‥できれば、俺を遺跡の中に連れて行って貰えませんか? 足手まといであるのは解っていますが、それでも‥‥あいつを迎えにいってやりたいんです」 駄目であるなら、犬の捜索だけでもいい。 そう言って彼は帰って行った。 犬の捜索、というのはさておいても遺跡の調査もできるから、依頼として受理するのは問題ないだろうと彼は思った。 「まあ、こればっかりはどうしようもないからな」 係員は青年の顔と様子を思い出しながら、小さく苦笑する。 彼も長く開拓者と依頼人を見ている。 だから、感じるのだ。『彼』の思いも。 こうして栢山遺跡調査依頼に犬の捜索依頼が重ねられて、貼り出された。 青年は涙する。 「馬鹿野郎‥‥お前の方が大事だって言うのに‥‥」 その声は遺跡の扉に閉ざされて、届けたい者には届いてはくれなかった。 |
■参加者一覧
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
鶯実(ia6377)
17歳・男・シ
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
ミヤト(ib1326)
29歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●差し伸べられた手 依頼人の少年の家は山麓の村の外れ。 本当に小さな家であった。 「あれ? お兄ちゃん達だれ?」 外で遊んでいた子供達が丸い目で、やってきた大人の集団を見つめる。 「こんにちは。竜也くんというのは貴方のお兄ちゃんかしら? 御用があるので、呼んできて貰えると嬉しいのだけれど」 膝を折り、子供に目線を合わせた深山 千草(ia0889)の言葉に、子供はうんと頷き駆け出した。 「兄ちゃんは、竜の犬小屋だとおもう、竜にいちゃ〜ん! お客さんだよ〜〜〜」 子供達が走っていった庭先を開拓者はふと覗き込む。 そこには、犬小屋を見つめて俯く少年の姿があった。 「‥‥すみません。僕の依頼を受けて下さった開拓者の皆さんですか?」 声をかけられ、開拓者に気付いた少年は顔を上げた。 目元を擦りながら駆け寄ると彼は少し驚いたように目を見開く。 「あなたが竜也ちゃん? あたしは桜でこのコが桃よ♪ あら? どうかした? 何か付いているかしら?」 忍犬の頭を撫でながら笑いかける御陰 桜(ib0271)に、竜也少年はいいえ、と言いながら言い淀む。 「あ‥‥そうじゃなくて‥‥その、沢山の方が来て下さったことに、ちょっとビックリして‥‥本当に、いいんですか? 僕、お金もそんなに出せないのに‥‥」 「お金のことを気にしている人は、多分ここにはいませんよ。目的は、皆、人助けならぬ犬助け、です。‥‥相棒とは離れたくないですよ、絶対に、ね」 そう言う鶯実(ia6377)もまた横に連れた相棒、忍犬黒楼丸と目を合わせあっている。 「どうも〜ウチら二人、迷惑かけるかもしれんけどよろしくねぇ」 「竜也君、おばちゃん達が絶対助けるけん、心配せんのよ♪」 土偶ゴーレムの住家 エリーと笑いあうミヤト(ib1326)。 「弓術師のコルリスと申します。よろしくお願いいたします。竜さんの匂いが残る品等ございますか?」 「竜也ちゃん、竜ちゃんの寝床ってどこかしら? 桃、よぉく覚えるのよ♪」 「水明もお願いします」 コルリス・フェネストラ(ia9657)は桜と彼女の犬と一緒に忍犬水明を連れて手がかり探しに動いている。 鶯実の言葉に嘘は無い。 彼らになら、任せられる。 それが感じられたのだろうか? 竜也は開拓者に聞かれるまま素直に犬の外見、性質、好物まで答え、そして頭を下げた。 「皆さん、竜を‥‥よろしくお願いします」 だが、千代田清顕(ia9802)は小さく笑うと肩を叩いて声をかける。 竜也に 「何してるんだ。一緒に来るだろう?」 と‥‥。 「えっ? 連れてって‥‥下さるんですか?」 竜也の目がさっきとは比較にならないほど驚きと、そして喜びに輝く。 開拓者全員が微笑み、そして頷いた。 「遺跡探索といえば宝探しだが‥‥飼い主にとって犬は宝だものな。大丈夫。竜は必ず無事に見つかるさ。一緒に探そう」 「竜くんと早く会わせてあげたいし、竜也くんの声を聞いて竜くんも寄ってくるかもしれんしね」 「そんなに長いことじゃない。2〜3日なら家を空けても大丈夫だろ? ‥‥悪いな。兄ちゃん、少し借りるぜ」 酒々井 統真(ia0893)の言葉に子供達は顔を見合わせ、大きく首を縦に動かした。 「うん。お兄ちゃん達。おねがい。竜をたすけに行って」 「兄ちゃんと竜をおねがいします」 「お前達‥‥」 弟妹の思い、開拓者達の思い。 優しいそれらに包まれて竜也の目元に光っていたものが雫となって落ちた。 「まだ、涙を流すのは早いぞ。竜也殿。では、準備を。直ぐに出発する」 差し伸べた手で皇 りょう(ia1673)はもう一度ぽんと、今度は押すように竜也の背中を押した。 「はい!!」 勢い良く駆け出した少年の背中を開拓者達は優しく見つめていた。 ●開かれた扉 栢山遺跡の扉は合言葉によって開く。 「ーーーーー!」 重い石の扉が千草の呪文で開いていくさまはなかなかに圧巻で 「凄い‥‥」 竜也のみならず、開拓者も息を飲み込んで見つめていた。 山の側面に築かれた小さな社。 その扉は今、開かれ漆黒の闇を覗かせている。 「さて、突入だ。準備はいいかね?」 清顕の言葉に開拓者達はそれぞれ頷く。 「遺跡の内部は迷路になっていて、道はそれ程広くないそうなの。だから隊列を組んで行きましょう。私は統真くんと最前列に立つわ。地図もなんとなくは覚えているから。茉莉花もお願いね」 「了解、だ。ルイ。おめえは俺の後ろで灯り持ち。いいな?」 「ワン!」 「前に、私だって戦えるって、とーまに見せたのに。仕方ないから、回復ぐらいは手伝わせてもらうからね」 嬉しげな忍犬と不機嫌な人妖。それを母親のような笑みで見つめながら 「じゃあ、ウチらは最後尾に付くわ。目印つけながら言ってみようと思うから。おぅかーさんは打たれ強いし」 「まかせなさい!」 ミヤトとエリーも自分の立ち居地を決める。 「なれば私はいついかなる時でも竜也殿を守れるよう、隊列の中心付近で竜也殿の傍を歩こう。同行して頂く以上、万に一つの間違いもあってはならぬからな。‥‥真名殿はいつものように懐の中へ?」 「鎧を着込んだところに、わしが入る隙間は無かろうて。自分の足で歩こうぞ。‥‥ま、疲れたら肩にでも乗らせてもらうがな」 「わっ! 猫がしゃべった」 さようで。と苦笑するりょうは、素直な竜也の反応にくす、と笑い声をあげる。 「猫又を見るのは初めてかな?」 「わしは猫又の真名じゃ。よろしゅう頼む。犬好きであろうと偏見はせぬぞ」 りょうの背中を駆け上がって真名は竜也と目を合わせる。 「‥‥世の中には、本当に僕の知らないことだらけなんですね。皆さんの連れている犬も、僕自身も‥‥ぜんぜん違うと解ります」 そう呟く竜也の声が寂しげで、 「お前はそそっかしいから心配だよ‥‥ん?」 忍犬にお守りを付けていた清顕が、考え込むように口元に手を当てた。何かを言おうとしたのだろうが 「‥‥」 言葉が見つからない。時間はあまりない。 「この扉は時間で閉まるらしいです。皆さん、中に入りましょう。竜也さん。弓使いは後ろから援護をするのがいいと思います。心持ち下がって前はお任せしましょう」 「はい」 コルリスの言葉で隊列はほぼ完成する。 「よし、準備は良いな? 行こう」 そうして開拓者達は灯りと、仲間と共に静かに闇の中へと下って行ったのだった。 ●遺跡の中の戦闘 暗い闇の中、開拓者達は慎重に歩を進めていった。 最初は緩やかな下り道。土壁の道をゆっくりと進んでいくと、それはやがて石造りの壁へと変わった。足元も石組みの床。明らかに人の手によって作られたものであることが開拓者にも解った。 真っ直ぐに進んでいくとその先に黒く開かれた入り口が彼らを待ち構えていた。 「入り口は一つ、ここから入るしかなさそうだな」 先に入った開拓者から借りたまだ中途半端な地図を広げながら清顕は筆を握った。 「地図の完成や迷路の踏破が目的ではないですからね。念のため行き止まりのところも見てみないと‥‥。茉莉花。慎重に‥‥ね」 地図をもう一度確かめて、開拓者達は先に進むことにする。 道は少し行くと二つに分かれていた。足元の埃は思ったよりも少ない。 「足跡は‥‥解りませんね」 たいまつは普通に燃えているが、欠片も灯りのない状況。片手でたいまつを掲げながら千草は息を吐き出し問う。 「皆さん、解りませんか?」 この場合の皆さんというのは忍犬達の事で、彼女の問いに答えるように彼らは鼻を地面に擦り付けて、何かを探す。 やがて‥‥ 「ワオン!」 犬達は揃って同じ方向に顔を向けた。 「右か。よし、行くぜ」 すたすたと歩き始める統真を、たいまつを持って人妖ルイが追う 「とーま。待ってったら。アヤカシが出たら危ないでしょ?」 心配そうな人妖に統真は平気だ、と笑った。 「竜、だっけ? その犬は賢い犬なんだろ? だったら、自分からアヤカシのいる方向や危ない方向に突っ込む事は無い筈だ。まあ、おっかけられて、とかはあるかもしれないけど、だから敵はそんなにいないと思‥‥うわあっ!」 「統真さん!」 ほんの今まで楽しそうに話しながらしゃべっていた統真は突然飛びのき、身構えた。 何もいなかった筈のところに突然現れたのは薄い影のような「何か」。 「ちっ! 壁抜けしやがったな」 「ほら、だから油断しちゃだめなんだよ〜」 ルイの言うとおり、既に開拓者達はそれぞれの武器を構えている。一瞬遅れて統真も身構えた。 最初一体であったそれは、いつの間にか集まり既にこちらと同じくらいの数にもなっている。 「アヤカシの数は十体。それほど強い敵ではなさそうですが、前と後ろから寄ってきます。気をつけて」 コルリスの言葉に慌てることも無く 「あれは、アヤカシですか?」 思ったよりも冷静に事態を把握し、武器を構える竜也に微笑んで、多分そうだと清顕は頷いた。 「アヤカシは瘴気の塊だが、ああ見えても武器は通じる。無理はしなくて良いがタイミングがあったら援護してくれ」 「はい!」 「いい返事だ。‥‥モクレン。彼を守れよ」 忍犬にそう囁いて清顕は前方。もう戦いを始めている統真を援護するように苦無を放った。 人であれば額に刺さった苦無に動きを止めた敵を 「はああっ!」 泰練気法で気合を込めた攻撃を、全力で叩き込み、統真はアヤカシの一匹を消滅させる。 「練力は温存したかったけど、仕方ないわね。‥‥桔梗」 「真名殿?」 「幽霊相手ではあまり意味もあるまい。どうしてもの時は助けてやるゆえ安心するがいい」 小さく苦笑しながらも竜也の側に寄った猫又を見て彼は千草の援護に専念する。 「幽霊だけあって掴みどころがないわね。でも、武器が通じるだけ‥‥ましかな?」 「危ない!!」 背後を取られかけたミヤトをエリーは割り込むようにして庇う。 その隙に飛んだ二つの手裏剣が敵を足止めして、ミヤトはオーラを込めた一刀で敵をかき消した。 「ありがと!」 援護に感謝するように振り向いたミヤトに桜は軽くサインをきり鶯実も柔らかく笑った。 「まだ終っていませんけれどね。がんばりますよ、黒楼丸」 刀を握って鶯実が参戦したこともあり、幽霊はもうほんの一〜二体になっていた。 「烈風!」 最後の止めを刺すようにコルリスは矢を連射し幽霊を牽制する。 「とりゃああ!」 最後に渾身の一撃を放った統真の攻撃と、もう一つのダメージで最後の幽霊アヤカシは消えうせ、場は戦いが始まる前の静けさを取り戻した。 何人かの怪我人と、疲労を開拓者に残して。 「あ〜。疲れた。ルイ」 「もう! 仕方ないんだから」 腰を下ろしてため息をつく主を回復する人妖の横。 落ちた一本の矢を拾い上げて、はい。と清顕は竜也に返した。 「やるじゃないか」 竜也さんの背を叩く。 「あ‥‥僕、アヤカシを倒す役に立てたのでしょうか?」 「ああ。立派なもんだぜ」 「筋がよろしいですわ。竜也さんなら技もいくつか覚えられるかもしれません」 「頼りにしてるよ」 「はい!!」 少年の真っ直ぐな瞳と心に、開拓者達は心からの笑みを浮かべたのだった。 それからの探索は決して容易いものではなかった。 幾度と無く襲い掛かるアヤカシや、行く手を阻む迷路は開拓者達の歩みを止めてしまう。 「こっちも行き止まり‥‥」 ミヤトは地図に再び印を入れた。さして大きくない紙はもう細い線でもういっぱいになっている。 「本当に奥の方まで迷い込んでしまったのですね。でも、きっともう直ぐですよ」 コルリスが竜也を慰めるように声をかけた。 その時、 「皆さん! 来て下さい!」 千草の声に開拓者は駆け出した。集まった仲間に千草が指差す先の岩陰。 そこには階段があったのだった。 漆黒の闇に繋がるそれは地獄へ導く階段のようにさえ見えた。 「罠などは無いようですが、階段はかなり深く続いています。この遺跡の次の階層への道であると考えられますが‥‥」 どうします? 言葉にならない声で鶯実は仲間に問うた。 「こっちに竜君が行った可能性はあるのかな?」 ミヤトは穴と階段を覗き込むが、人や獣が最近入ったような様子は見られない。 そして何より、開拓者達の忍犬は全員が穴から顔を逸らし、別の道へ向かおうとしている。 「こっちには行ってない、か? じゃあ、決まりだな」 統真は仲間達を促し、彼らは全員が階段に背を向ける。 最後に残ったのは、意外にも竜也であった。 「‥‥いいんですか?」 「? 行きたいのか?」 「いえ! ただ‥‥」 返事は即答。その言葉の意味を開拓者達はちゃんと理解していた。 「お前さんは、ちゃんとわかってるみたいだし。まあ、わかっててもボヤいちまうことはあらぁな。でも、忘れちゃあなんないんだぜ。一番大事なことって奴をな」 「今、一番大事なのは竜くんを探すこと。遺跡の探索なんていつでもできるから‥‥ね」 「はい‥‥。ありがとうございます」 竜也が階段から離れた直後、 「ワン! ワンワン!!」 犬達がその声を高くあげて主たちを呼んだ。 「行くぞ!」 そして開拓者達は一つの迷いも階段には残さず、目的に向かって走り出したのだった。 開拓者達がその場に着いたとき、先行していた忍犬達は既に目的の敵と戦い始めていた。 敵とはアヤカシではない。大量のネズミ達であった。 そして足の踏み場も無い彼らの先には、行き止まりに追い詰められた一匹の犬がいる。 「竜!!」 「待て! 危ない!!」 駆け寄ろうとした竜也を清顕は引き寄せた。 ネズミなど、一匹二匹であれば敵でもないが、この数ともなれば不用意に近づくのは危険である。 「でも、あいつらをなんとかしねえと、竜に近づけねえぜ」 既に数匹を潰している統真が悔しげに吐き出す。 開拓者の技も小さな相手にはなかなか効果を発揮させられない。 「無理に倒しきることもあるまい。奴らを追い払えばいいのじゃろ?」 「真名殿?」 足元からりょうの肩へ、そして全力のジャンプで飛んだ猫又は、最奥、犬の竜の側に立つと小声で何かを呟き、前足でネズミ達の眼前を指差した。 「皆さん! 目を閉じて!!」 りょうの言葉と同時、目の前に白い光が爆ぜるように広がった。 そして、ネズミ達は方角を失ったように仲間同士ぶつかりながら、開拓者の足元を逃げていく。 全てのネズミが消え去り、足元が石畳だけになったと同時 「竜!!!」 竜也は走り出し、犬の元へと駆け寄った。 今度は清顕も止めはしない。 「良かった‥‥。本当に‥‥良かった」 「くうう〜〜〜ん」 「竜? 竜!?」 「大丈夫ですよ。疲れと傷で意識を失っただけです。怪我は治しておきますから、心配しないで」 「まったく。人騒がせな子ですこと」 千草は足元で甘える忍犬茉莉花を頭で撫でながら、そう笑って肩を竦める。 主の腕に抱かれ意識を手放した犬は、とても、嬉しそうで幸せそうな顔をしていた。 ●宝より大事なもの 遺跡から戻った日の夜。 「はあ〜い! 皆で竜くんが戻ってきたお祝いをしましょう! 美味しいものいっぱい作ったから食べてねえ〜」 小さな部屋に集まった者達の前でミヤトは大机にかけた布を引いた。 並んだ料理に子供達のみならず、大人も開拓者も声を上げる。 「おねえちゃん。おいしい!」 「そう、良かった。いっぱい食べてね」 賛辞に頬を緩ませるミヤト。開拓者達もその料理に舌鼓を打っている。 飲み物として出された甘酒は竜也の両親からの、ささやかな礼であるとのことだった。 部屋には犬や猫又達の場所も用意されていて 「桃〜♪ えらいえらい♪ 竜くんも、みんなも頑張ったわねぇ♪」 「水明、美味しいですか?」 「黒楼丸もご苦労様」 主人達に労を労われながら、仕事の後の食事を楽しんでいた。 「しかし、わんころが六匹、いや七匹か。沢山いるのぅ。どうもあやつ等は苦手じゃ。居心地が悪いわい」 「可愛いではないですか。‥‥変な趣味も無いでしょうし」 「ほほぅ。どうやらわしの取って置きを見たいらしいな?」 「お願いですから勘弁して下され」 楽しい一時、その中で依頼人であり、今日の主役となるべき二人、正確には一人と一匹は部屋の隅にいた。 「おなかすいたろう? 無茶しやがって」 餌を一心不乱に食べる愛犬の額を依頼人はぽんと指で弾く。 「キュウウン」 抗議するようなその声にくすくす、や笑いを噛み殺すような声がいくつも重なった。 「竜也くん、竜くん」 呼び声に気付いた竜也は顔を上げる。竜と呼ばれた犬も一緒にだ。 「皆さん‥‥」 そこには彼らを助けてくれた開拓者の笑顔があった。 「今回は、本当にありがとうございました。竜を助けてくれて、本当にお礼の言葉もありません。ほら、お前もお礼を言えよ」 主人の言っている事が解ったのだろうか。犬の方も立ち上がりお礼を言うように並んだ。 「本当にいい子ね。竜也くんに開拓者としてのひと時を与えたかったのかしら。でももう、お友達を心配させては駄目よ」 「そうだぜ。こいつにとって、開拓者になるより冒険よりお前の方が大事なんだ」 開拓者達の言葉が理解できたのだろうか、竜はしゅんと首を下げている。 そんな相棒を慰めるように優しく頭を撫でて竜也は開拓者に笑いかける。 「僕も、悪かったんです。でも、皆さんと一緒に迷宮を探索できたこと。不謹慎ですけどとっても楽しかった。こいつが命をかけてくれた思い出、一生の宝物にします」 「開拓者を目指す、のではないのですね」 りょうの気遣うような問いに竜也ははっきりと首を横に振る。 「僕は解ったんです。僕は開拓者の外見に憧れていただけなんだって。僕にとって一番大事なことは家族を守ること。 遠くや未知の世界も心惹かれますけど、今、自分にできてなすべきことを全力を尽くして頑張ろうと思います。‥‥皆さんが、見せて、教えてくれたように‥‥」 「そうか‥‥頑張れよ」 彼の決意に清顕はそれだけ言って肩をぽんと叩いた。 もし、資質があれば彼は優れた開拓者になったかもしれない。 けれど彼の心は立派な開拓者だ。自分の道を自分で切り開こうとしている。 「竜也くん、家族を大事にねっ」 「困った事あったらおばちゃんに言うんよっ」 「なにか困ったことがあったらいつでも言って下さいね」 開拓者達の暖かい心に包まれて、少年は 「はい!」 元気よく頷いたのだった。 遺跡を目指し今日も開拓者が山を登る。 だが少年がそれを追う事はもうなかった。 横に、自分を見つめてくれる真っ直ぐな瞳がある。 自分の本当の宝が何か、開拓者が教えてくれたのだから。 少年がそれから遺跡に足を踏み入れる事はなかった。 彼が開拓者に教えられた弓技で優れた猟師として名を馳せるのは、まだもう少し先の話である。 |