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■オープニング本文 陰陽寮が朱雀寮と青龍寮、それぞれで入寮試験がつい先日に行われればその合否も通達され‥‥いよいよ今日この日、入寮式が執り行われる。 その最初、各寮での入寮式を行うに際して補欠含め合格の通知受けた者が一同に揃い結陣にある知望院に集められれば、五行が王の架茂 天禅(iz0021)を前にしていた。 それは陰陽寮へ入寮するに当たり行われる、一種の儀式の様なものか。 合わせて場に介し居並ぶ陰陽師は各寮の寮長もいる事から恐らく、五行の内部でも陰陽術に長けた精鋭だろう事が醸し出す雰囲気も相まって容易に察する事が出来て。 「‥‥先ずはこの場にいる皆へ、自ら望んだ上で入寮を果たした事に対して祝辞を言おう。おめでとう」 暫く、沈黙だけ積み重なる場の中であればやがて皆がそちらへ気を向けるのは必然で‥‥故にそんな頃合になったその時、架茂が漸く口を開けば言葉を発し始めた。 「形式ばった挨拶は好かん故、面倒な事は言わん。入寮した以上、生まれも育ちも気にしない。ただこれからの三年は純粋に力を、知恵を養い蓄えろ。そしてそれをどの様な形であれ寮を巣立ってから後、五行の為に、我の為に捧げろ‥‥故に励め」 果たして厳かな口調でこそあったが、彼が発する雰囲気はこの状況下において似合う筈もない威圧的且つ一方的なものであり、場に介する新たな寮生達はそれぞれに思う事もあったが‥‥架茂は当然の様にそれを気にする事もなく、身を翻しその場を辞すれば次いで後に穏やかな雰囲気携える一人の陰陽師が皆の前に進み出ると、これからの予定を皆へ告げるのだった。 「王の挨拶は以上です、以降はそれぞれが属する寮へ赴き入寮式に臨んで下さい。その仔細については実際に確認して貰うと同時、必要な手続き等は全てそちらにて行いますので遅参はしない様に‥‥それでは、これからの三年間が皆さんにとって掛け替えのない時間になります様に。そしてこれからの五行を支える重要な存在になって貰える事も、祈念しています。それでは、解散」 ●朱雀寮入寮式 式を終えて、微かに緊張も解けた様子でおしゃべりを始める朱雀寮の新入生達の前に一人の陰陽師がスッと音も無く進み出た。 「新入生の皆さん、入寮おめでとう。自己紹介の必要も無いでしょうが改めて。 私が朱雀寮を預かる寮長を拝命します各務 紫郎(iz0149)と申します。どうぞよろしく」 黒髪、黒い瞳。長身に眼鏡。 柔らかい印象を一つも持たない青年は眼鏡を軽く上げると、目の前に並ぶ30名の新入生をじっと見つめた。 鋭い視線。 一度緩みかけた緊張がまたぴんと張られる。 新入生達の思いを知ってか知らずか。彼は一度眼をつぶり、再び開けると言葉を続け紡ぐ。 「さて、これから皆さんを寮に案内します。 皆さんが三年間を過ごす寮です。 入寮する者は、学費、身の回りの品、そして‥‥告知してあったとおり持ってきたであろう自分の好きな食材を持って付いて来て下さい」 ざわり。 新入生達の間に緊張感とは真逆のざわめきが広がる。 入学案内にあった、あの項目は冗談ではなかったのか。と。 かさかさ。 何人かの手によって広げられた入寮案内にはこう記されていた。 【朱雀寮 入寮案内 朱雀寮合格者は以下のものを入寮式当日持参すべし。 学費 身の回りの品 (筆記用具その他 学業に必要と思われるもの)‥‥料理用品(貸し出しあり) 好きな食材 調味料など。 また可能な限り人魂のスキルを活性化させておくこと】 「何をしているのです。行きますよ。ああ、本日に限り付き添いの父兄などの立ち入りも許可します。 普段は寮生以外の立ち入りは原則禁止ですので、ご理解下さい。では」 歩き出す寮長を、新入生達は慌てて追いかけていく。 「朱雀寮の入寮式は伝統的に、皆で食事会を行う事になっています。先輩たちもいろいろ用意をしていますが、皆さんにも一人、一品作っていただくのでそのつもりで。 また食事会の後、それぞれ自己紹介の場を設けます」 ざわめきが止まらない新入生達の前で、紫郎はぱちんと指を鳴らした。 放たれた人魂が炎の鳥となって、開拓者の周りを回り‥‥紫郎の腕に止まった。 「まあ人魂でなくても、自分を表す何かであれば構いません。これから、短くない時をともに過ごす仲間に、自分という存在を知ってもらういい機会となるでしょう。まあ、羽目を外し過ぎない程度に楽しみなさい。私も、楽しみにしていますよ」 ここで初めて見た紫郎の技と笑みに、驚き、和みつつ新入生達は試験の時と同じ、あるいはそれ以上の緊張を背中に走らせたのであった。 |
■参加者一覧 / 劉 天藍(ia0293) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / アルネイス(ia6104) / ジェシュファ・ロッズ(ia9087) / 劫光(ia9510) / ベルトロイド・ロッズ(ia9729) / 尾花 紫乃(ia9951) / アッピン(ib0840) / ノエル・A・イェーガー(ib0951) / 琉宇(ib1119) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 夜雲(ib3282) / 秋山 堕惡姫(ib3299) |
■リプレイ本文 ●陰陽寮入寮式 その日、知望院の門は大きく開かれ、全面的に開放された。 この門が開く日はそう多くは無い。 かつての入寮試験のように入るものを選ぶ事無く、受け入れる。 今日は年に一度の陰陽寮の入寮式が行われる日なのである。 「無事、入寮できて良かったです」 玉櫛・静音(ia0872)は空を見上げる。 入寮試験の時はいろいろな事が頭を支配していて、のんびり空を見上げる暇も無かったが今は、空の青さと緑が‥‥涙が出そうになるほど美しい。 「静音‥‥さん」 静音は自分を呼ぶ少女に振り返る。 「静乃さん。おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」 深々と頭を下げる静音に瀬崎 静乃(ia4468)同じような礼で答える。 「いいえ。いい天気ですね。今日は、よろしくお願いします」 似た名前の二人はお互いにそんな挨拶をして顔を見合わせた。 どちらも人付き合いが極端に得意な方ではない。 けれど、静乃に静音が声をかけて以来、二人は友人となっていた。 なんとなく気が合っていた。 「では‥‥行きましょうか? 静乃さん」 「ええ、行きましょう」 彼女達は目線を合わせ、互いに小さく微笑み合うと肩を並べて歩いていった。 二人でやってきたのは彼女達だけではない。 「‥‥朔さん。なんだか‥‥緊張します‥‥」 「大丈夫ですよ。紫乃さん。気楽に行きましょう」 「おや、貴方達は‥‥」 相変わらず仲良さげな泉宮 紫乃(ia9951)と尾花朔(ib1268)に新入生の出迎えをしていた寮生が目を止める。 二人を見やり、嬉しそうに微笑む。 「二人揃って合格されたんですね。おめでとう」 「ああ、貴方は‥‥」 朔も紫乃も二人揃って出迎えてくれた先輩に頭を下げる。 「その節はお世話になりました」 彼女とは入寮試験会場で会った。あの時は精一杯であったが、今なら解るし気付く。 彼女らの役割が。 だが、彼女は微笑して手を横に振る。 「いえいえ、私は何にもしてませんよ。それに、今日からは皆、同じ寮生です。仲良くやっていきましょう。‥‥どうぞ」 会場に促され、二人は中へと入った。 式典が行われる会場にはすでに青龍、朱雀の新入生。 他にも多くの者が整然と並んでいる。 最前列にいるのは劫光(ia9510)。逆に最後尾で仲間達と一緒に並んでいるのは平野 譲治(ia5226)。 「でも、こんなに陰陽師さんばかりいるなんて滅多に見ないから壮観だね」 友人であり、仲間である琉宇(ib1119)やベルトロイド・ロッズ(ia9729)達と一緒のようだ。 美しいドレスを纏ったアルネイス(ia6104)。身長は同じくらいであるのに横に並ぶアッピン(ib0840)と好対照である。 見れば緊張の面持ちのノエル・A・イェーガー(ib0951)に静音と静乃が声をかけている。 人形を抱きながらも真剣な様子で席に着く青嵐(ia0508)もいる。 「これから、皆さんと三年間、一緒に学んでいくのですね」 紫乃は微笑む。大事なものを抱きしめるように。 そんな二人にもまた新しい友が声をかける。 「真名(ib1222)よ。三年間よろしくね」 「は、はい。よろしくお願いします!!」 紫乃は音がしそうな程勢いよく頭を下げた。 「私は、陰陽師の力を治癒や、守る事に使いたいの‥‥。貴方達とは友達になれそうな気がするわ」 そう言うと真名は二人に手を差し伸べた。 朔と紫乃はその手を強く握り締める。 「‥‥こちらこそよろしく」 「一緒に頑張りましょう」 と‥‥。 やがて周囲の空気が変わり、微かなざわめきがやがて、静寂と共に一人の人物を迎える。 三人も、新入生たちも皆、口を閉ざした。 そして前を見る。 式典と、新たなる生活が今、始まったのである。 ●自分自身を作る事 知望院での式典は思ったよりも短く終わり、新入生達は寮長各務 紫郎(iz0149)に促されそれぞれの寮へと向かって歩き出した。 「ふぅ、厳しい戦いだった。ああも静かだと、ってクシャミをしたくなる衝動がムラムラと沸いてきて大変だったぜ。『ぃえっくし!』ってな。うん、我ながらよくガマンしたもんだ」 「それも面白かったかもしれないけどね。まあ、ガマンしてくれてよかったよ。入寮前に変に目はつけられたくないから」 思いっきり伸びをして式典の堅苦しさから身体を解放した喪越(ia1670)にくすくすと笑いながら俳沢折々(ia0401)は答えた。 「とはいえ、これで、いよいよ陰陽寮寮生か。この歳でまた一から勉強する事になるとは思わなかったな」 「何が出来るか、何が待ってるのか‥‥。ともあれ合格は嬉しいし、せっかくの機会が与えられた訳だしこれから勉強を頑張らないとな」 「真面目だねえ〜。俺の一番の興味はパッツンパッツンの美女先生がいるかってことで〜」 真剣な眼の劉 天藍(ia0293)を喪越は茶化す。 ひょっとしたら持ったかもしれない微かな不快感を表す間もなく彼らは朱雀寮に到着した。 「まずは入寮手続きを取って下さい。全員の手続きが終り次第中に案内します」 新入生達はそれぞれに調達してきた学費を取り出し、入寮の手続きをしていく。 「遥か彼方から来たアッピンと申します。どうぞよしなに〜」 「真名よ。どうぞよろしく」 合格者達がそれぞれ手続きをしていく中、居心地悪そうにキョロキョロする譲治がいた。 「どうしたの? 譲治?」 付き添いにやってきた仲間ジェシュファ・ロッズ(ia9087)が覗き込むようにらしくない態度を見せる譲治を見た。 「おいら‥‥まだ本当に合格はしてないのだ。‥‥どこなのだ? 早くして欲しいのだ」 落ち着かない様子の譲治にくすり、と小さく笑って寮長が近寄ってくる。 「やきもきさせてしまったようですね。では、お待たせの追試と参りましょう。入寮試験の時に間違えた質問を正しく答えなさい」 「あっ‥‥! え〜っと‥‥」 譲治は緊張に頭が真っ白になりかける。だが、その時気付いた。 自分を真っ直ぐに見る寮長と、後ろを守るように側にいてくれる友。 彼らに共通するのは優しい眼差し。 それに励まされて譲治は手を強く握りしめると 「ごめんなのだっ!」 頭を下げた。 「はぎょっふじゃなくて、りーさるうぇぽんだったっ! ごめんなのだっ!」 言ってから伺うように顔を上げる。 そこには眼鏡の下に隠れた、でも間違いのない笑顔があった。 「よろしい。合格とします。手続きに進みなさい」 「ありがとうなりっ!!」 「やったね! 良かった!」「おめでとう!」 仲間達が譲治の周りに駆け寄り、祝福する。 手を繋ぎ、飛び跳ねて喜ぶ子供達を柔らかい笑みで見つめる寮長。 だが直ぐに厳しい眼差しを眼鏡の下に作る。 「次からはもっと慎重に行動しなさい。何気ない行動が命取りになる事もあるのですよ」 「わかったのだ! ありがとうなり!」 「ほら、早く行きなよ!」 促す琉宇に背中を押され駆け出しかけて 「のわっ!!」 譲治は思いっきりのけぞった。 「な、なんなのだ!?」 振り返る譲治。そこには自分の服の裾を引っ張るベルトロイドがいた。 「譲治‥‥忘れ物。学費と荷物」 「あ、ありがとうなのだ!!」 差し出されたカバンを握り、譲治は手続きの方に今度こそ走り出していく。 「‥‥彼は良い友達を持っているようですね」 「‥‥」 一緒に譲治の背中を見送った寮長は付き添いの三人の少年達に微笑んでいる。 ベルトロイドと琉宇は照れくさそうに顔を背ける。 どうやらお見通しのようだ。 譲治のカバンにさっき二人が包みを入れた事を。 今頃、譲治も気がついているだろう。 「これは‥‥」 ずっしりと重い金の包み。中にはおそらく5000文ずつ‥‥。 「‥‥ありがとうなのだ」 「譲治くん入学おめでと〜」 手を振る少年達に背を向け、寮長は去っていく。 「本当に良い友達を持ったものだ。大切になさい」 彼らには聞えない。でも、きっと解っている言葉を呟きながら。 「は〜〜い! 手続きが終った子はこっちだよ〜〜」 手続きを終え、正真正銘の朱雀寮生徒となった新入生達は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振る人物の方へ足を向けた。 「君は‥‥人妖か?」 問いかける劫光にそうで〜すと。燃えるような赤い髪、赤い瞳のその少女? は明るく笑って頷いた。 「私はこの朱雀寮の皆さんのお世話をする人妖の朱里です。どうぞよろしく! 何か困ったことがあったら言って下さいね〜」 そして朱里と名乗った人妖は新入生一人ひとりにまずは小さな飾りを手渡す。 炎の鳥、朱雀を象ったそれはブローチと呼ばれるものであった。 「胸に付けて下さい。それは朱華。朱雀寮生の証のようなものです。無くしちゃ駄目ですよ!」 自分で付けたり、互いに付け合ったり。 朱華を胸に付けた新入生達はどこか、誇らしげであった。 寮長と顔を見合わせ、朱里は満足げに微笑むと大きく手を上げた。 「用意はいいかな〜。では、しゅっぱーつ!」 新入生達の前に立って歩き始める。 始めて入る陰陽寮、朱雀の『中』 資料室、研究室、講義室、実習室、ホールさえも素通りして、彼らがまず案内されたのは 「いらっしゃーい!」 多くの人がひしめく台所であった。 「わっ?」 そこにはまだ小さい子供から妙齢の女性。さらには初老の男性までいろいろな人がいる。 「これ、全部朱雀の寮生?」 驚く真名の背中に 「朱雀寮に属すると、言う意味で言うならそうなるでしょう。生徒ばかりではありませんが‥‥。皆さん、用意は終りましたか?」 「はい!」「ほぼ準備できました。今、運んでいます!」 「わあっ! 凄い」 誰からとも無く歓声が上がる。煮物や焼き物、揚げ物など、いろいろな種類の美味しそうな料理が言葉通り、どんどんと新入生達の前を通り運び出されていく。 鼻腔を擽る香ばしい匂い‥‥ 「? 香ばしい‥‥?」 ボボン! 「キャアア!」 新入生達は突然上がった煙と、悲鳴にとっさにそちらの方を向く。 「火を止めて! ああ! もう入れちゃ駄目ですってば!」 側に走った朱里が慌てて女性を油の鍋から引き離す。 残骸からするに揚げ団子でも作っていたのかもしれない。 「寮長‥‥ゴメンなさい。また料理爆発させちゃいました‥‥」 「怪我が無いなら何よりです。また次に頑張れば良いのですよ。これからは、新入生達の料理の時間です。君は会場の準備に向かいなさい」 「はい! 次こそ頑張ります! 皆さん、頑張って下さいね〜」 女性は気を取り直したように走って行った。 それを見送って後、寮長は今度、新入生達の方に向かう。 「朱雀寮の入寮式の伝統です。寮生は可能な限り、何かを作り皆に振舞う事になっています。その人間の食べるものはその人物を現している。という理念からです。 これから暫く、皆さんにこの台所を開放します。刻限まで自由に料理を作って下さい。食材などは持ってきていますね。解らない事は朱里に聞くといいでしょう。では、始め!」 寮長の言葉に、一瞬眼を丸くした新入生達ではあったが、そこは試験を潜り抜けた精鋭たち。直ぐに動き始める。 「好きな食材って、そういうことだったんですね‥‥どうしましょうか」 戸惑い顔のノエルに静音と静乃が声をかける。 「何を作りますか?」 ノエルが持ってきたのは砂糖漬けの杏。静音と静乃は野菜をいろいろ持ってきているようだ。 「私達は、季節の野菜たっぷりの冷たい野菜スープを作ろうと思っています。ナスは‥‥合うかしら?」 「えっと‥‥それじゃあ‥‥私は餡蜜を作ろうと思います。杏入りの‥‥」 「それなら、冷やすのは手伝ってあげる。楽しく作りましょ」 「冷やす? どうやって?」 ノエルの言葉に二人は顔を見合わせて笑ったのだった。 彼女達と同じことを考え、実践している者は他にもいた。 「南瓜‥‥固くて大変でした」 手を擦りながら笑う紫乃はやっと完成した南瓜と玉ねぎの汁物を氷柱の術で冷やしている。 「これもお願いできますか? この時期冷たい方が美味しいでしょうから」 朔はお盆に載せた水饅頭を紫乃に差し出す。 「私の冷麺もいいかしら?」 「はい」 あちらこちらで火も使い、暑い台所に天国の余り風のような心地よい風が吹く。 「貴方は何を作っているの?」 「鮎の土鍋炊き込みご飯ですよ。焼いた鮎と昆布、醤油とシンプルですがその分鮎の旨みが楽しめます。貴方のそれは、冷麺の汁なのでしょうけれども、それでは辛くなりすぎませんか?」 「いいのよ。辛いほうが美味しいもの」 「私のスープは、少し‥‥甘めですから、ちょうどいいかもしれませんね。どちらも美味しそう。後で‥‥味見させて下さいね」 笑顔が彼女達の料理のさらなる調味料となった。 「随分と、豪快な料理だね」 次席合格者は主席合格者と末尾合格者の不思議に共通した料理を見て、笑った。 声を上げて、楽しそうに。 劫光が用意したのは大きな肉の塊がいくつか。 棒を突き刺し竈で焼いているだけだ。 「俺が獲って来た猪だ。肉好きだし、細かい料理を作る技術もないしな‥‥」 「へい! らっしゃい! 安いよ。安いよ! って、しまった。商売じゃなかったんだ」 一人ノリツッコミをしている喪越はやはり直火でトウモロコシを焼いている。まだはしりではあるが、醤油の匂いが食欲をそそる。 「まあ、いい食材は単純な調理法の方がいいのかな?」 「そういうあんたは何を作ってるんだい?」 喪越に言われ折々は自分の鍋の蓋を開ける。ふんわりとした赤飯が顔を覗かせていた。 「これは、見事だな」 「やっぱりおめでたい日には、お赤飯に限るよ。色味も朱雀の赤と同じだし、ちょうど良いかなと思ったんだ。 ‥‥っと、最後は南天の葉で彩りも加えて。みんな仲良く寮生活を送れるよう、願いを込めて‥‥」 顔を見合わせた二人がどう思ったかは解らない。 だが後に宴に出された赤飯のおむすびの形は不思議に様々であったようだった。 こちらは少年探偵団達。 わいわいと料理を作るにも大騒ぎ、である。 「おいらは芋幹縄と干飯の雑炊なのだ。卵と梅干を添えてどうぞどうぞなのだ。‥‥ジェシュファとベルトは何を作ってるのだ?」 「ガルショークとツェペリナイ。肉入りつぼ焼きスープと、ジャガイモの団子。向こうの料理だから、珍しいかなと思って‥‥」 「あれ?」 料理がほぼ終ったと見てあちらこちらを見て回っていた琉宇は何故か何皿も並んでいる不思議な料理を見つけた。 白いご飯に赤い液体がどろりとのっている。 見栄えはあまり良くないが、匂いは食欲をそそる。 「どんな味だろ‥‥」 ちょっと舐めてみる。 「うわああああっ!!」 口を押さえて走り出す琉宇に料理に気を取られていたアッピンは、彼が消えた後に気が付いた。 「あら? ひょっとしたら激辛に当たったのかしら」 彼女は本当に楽しそうに笑っていた。 時間は意外なほど早く過ぎ去り 「そろそろ、宴を始めます。料理はできましたか?」 新入生達を寮長が呼びに来た。 「はい!」 頷いて新入生達はそれぞれの料理を運び始めた。 珍しい、凝った料理。シンプルな料理、そしてごく普通の料理まで様々だ。 「これは故郷の料理で良く食べてた。棒々鳥っていうのかな? 蒸し鶏のサラダ。もやしも入れてさっぱり胡麻だれで。酒のツマミにも良しと」 「私は肉じゃがを作ってみました〜〜。結構自信アリですよ〜」 そして青嵐もニッコリと笑って『言った』 『簡単なものですけどね。妹によく作ってましたから‥‥ね』 積み上げられた卵と小麦粉の焼き菓子は丁寧な手順と思いで、ふんわりと暖かくできた。 『皆さんに、美味しく食べてもらえると良いのですが‥‥』 緊張しながら彼らは皿を運ぶ。 案内された先は白洲の広場で、中央にはかがり火が赤々と燃えていた。 その炎の周りに料理が詰まれた沢山の机と、それを取り巻く人々がいる。 「さあ‥‥皆さんも席について」 促された新入生も車座になる。飲み物が杯と共に配られた。 炎の前には各務 紫郎。彼は高く、己の杯を掲げる。 「では、改めて始めましょう。新たなる友を迎える、朱雀寮の入寮式を!」 喜びの声と合わされる杯の音が、朱雀寮の庭に高く、高く、響いたのだった。 ●自分を表すもの 「では、恒例の新入生の自己紹介を始めてもらいましょう。皆さん、人魂の活性化は済んでいるようですね。では、端から順番に‥‥」 「えっ? おいらから?」 声をかけられて戸惑ったようであったが譲治は、仲間達に促されて立ち上がる。 「はっ!!」 彼は人魂を空に向けて高く、打ち上げる。 鳥かと思われたが、現れたのは 「兎?」 驚く人々の前で、譲治は深くお辞儀をする。 「姓は平野っ! 名は譲治っ! 皐少年探偵団が三番手! 齢十が陰陽師っ! 皆々様よしなに!」 90度に曲げられた背中、その頭上にぽて、と兎が落ちた。 「おお!!」「可愛い!」 拍手が沸き起こる。 「ふ〜〜。どうやら、掴みは成功なり!」 腰を下ろす譲治に 「お疲れ様」 ベルトロイドは飲み物の杯を差し出したのだった。 天藍が呼び出したものは取り立てて変わったものではなかった。 普通の鷹、である。 「偵察とかには空を飛べる姿が便利だったりするんで。街中なら小鳥、森は大きめの鳥、でしょうか? 臨機応変に、ですね」 そして彼は誠実に礼を取る。 「田舎の森で育ち独学で陰陽の勉強をしてきました。ここ朱雀寮で正式に勉強し、もっと陰陽師としての知識を深めていきたいと思います。宜しくお願いします」 それは文句の言いようの無い完璧な挨拶であった。 逆に色々ツッコミどころが満載だったのは喪越。 「『人魂』を使った自己紹介は、やっぱりこれしかねぇだろ。――出でよ、陰陽戦隊『式神連邪(レンジャー)』! 焙烙玉を爆発させて、決めポーズ!!」 彼の紹介が盛り上がったが、凍りついたかは‥‥ご想像にお任せする。 静乃と静音の二人も進み出る。 それに躊躇いがちにノエルも寄り添った。 「‥‥新しく入寮した、瀬崎静乃です。判らない事ばかりですがよろしく、ご指導お願いします」 「玉櫛の陰陽師、静音と申します」 「ノエル・イェーガーです。こういうのは余り慣れてないのでご迷惑かけることもあるかもしれません。 大変な事も多いと思いますけど、これからよろしく願いします」 静乃が生み出したのは垂れ耳の子犬。 「貴方には『橙音(トオン)』と名付けましょう。お行きなさい」 静音が空に飛ばせたのは純白の小鳥。 ノエルが指差した先に止まったのは、首飾りをした黒い小鳥であった。 打ち合わせたわけで無いだろうが静音とノエルは好対照。 真ん中に立つ静乃と共にそれは、まるで一幅の絵のようで、微笑ましい少女達に見ていた者達は拍手を惜しまなかった。 「は〜い♪ これが私の式のピコリットちゃんでーす」 挨拶より先にアルネイスはカエルを召還した。 制限いっぱいの大きさのカエルに人々は驚きを隠さない。 「よろしくなのサ〜♪」 式に手を降らせて後、彼女は優雅にお辞儀をした。 「アルネイスです。えっとですね、歳は二十歳。すでに結婚していますです。カエルさん達が大好きです♪ ‥‥カエルさんを馬鹿にしたりしたらキツイお仕置きをしてあげるので覚悟して下さいです」 苦笑と微笑が交じり合ったような笑みが会場に広がっていった。 本当に彼女を怒らせたらどうなるのだろうと、考えながら。 彼女の紹介の時、周囲は騒然となった。 「遥か彼方から来たアッピンと申します。ふふっ。世の中の不思議を解明していくのが好きなのです。 どうぞよしなに〜」 そうアッピンは確かに礼をしたのに人魂が、いない? その時寮生の一人は声を上げる。 「キャアア! カメムシ〜〜」 いつの間にか女性の一人の手に止まっていたカメムシは、その後も現れては消え、消えては現れ、笑われた。 よろしく、と言った青嵐は人形を自分の代わりに喋らせて、自分は口を開かない。 寮生達は首を傾げたが、でも、彼の優しさは式で伝わってくる。 優しい目をした羽ある蛇。 その由来を知る者は多くは無いだろう。 かれど、式と同じ眼をした青嵐の心は多くの者達が理解していた。 『軽鳧の子や 意気揚々と 水をかき』 俳沢折々 「わたしたちはまだまだ朱雀とは言えない、よちよち歩きのかるがもちゃんだけど、先達の心配や不安もよそに、元気に進み始めたことを表現してみたよ。と、言うわけで人魂はカルガモちゃん」 折々は手の中のふわふわ仔鴨を撫でながら微笑んだ。 「あと、朱雀寮でも川柳を流行らせたいなってね。よろしく!」 いつか、朱雀寮に川柳ブームがやってくるのかもしれない。いや、彼女が巻き起こすかもしれない。 紫乃と朔は一緒に前に、は進み出なかった。 紫乃は勇気を出して、一人で皆の前に立ちお辞儀をする。 一度だけ朔の方を見て頷くと大きく深呼吸をする。 そして、手を伸ばした。彼女の手の上で符はくるりと回って小さな兎になる。 「わあっ! 可愛い」 ぴょんと手から飛び降りた兎は紫乃の周りをくるりと回るとまた掌に飛び乗り、ぺこんと頭を下げる。 それが紫乃の動きとピッタリあって、見た者達、特に娘達の喝采を浴びる。 「初めまして、泉宮 紫乃です。 まだまだ未熟ではありますが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」 深々と頭を下げると兎に彼女は 「ありがとう」 と囁いた。抱きしめるようにして符を戻す紫乃。 その優しさは誰もが感じることとなった。 紫乃の挨拶を見届けて後、料理配りの介添えをしていた朔は道具を置いて前に進み出た。 「頑張って下さいね」 一生懸命応援する紫乃に軽くサインをきって彼は優雅にお辞儀をした。 「お初にお目にかかります、尾花朔ともうします。こちらにいるのは私の人魂、黒龍が敖炎」 ひらりと返した手の中で漆黒の龍が踊っている。 「もろともよろしくお願い致します。ちなみに趣味は料理、得意技は雷閃と‥‥毒舌? になります。 許可があれば術、無ければ口で‥‥沈静化させて頂く事になるでしょう。何か言いたいことがおありになればどうぞ。でも、後悔はなさらないで下さいね」 ニッコリと人当たりの良さそうな、柔らかい笑みを彼は浮かべる。 劫光は頭を抱え、周囲は笑っている。 彼の今後を心から、楽しみにして‥‥。 彼女、真名が苦心しつつ符から呼び出したものは、この寮のシンボルである炎の鳥、深紅の霊鳥、朱雀であった。 人魂を具現化するには明確なイメージが必要であり、同じものを具現化しても差が出るものである。 彼女が目指したのはさっき、寮長が見せた優美な朱雀。 見た者達は拍手をしてくれたものの、自分にはまだ届いてはいないと彼女自身が一番良く知っていた。 お辞儀をして場を離れて後、真名は寮長の前に立ち一礼する。 「先の業は見事でした。先ずは貴方を目標に。習い、アレンジし、そして独自を編むのが上達の早道だもの」 「私、を目標にするだけでは駄目ですよ。追い越し先に進むを目的となさい」 「ええ。それに考えてみればこれほど私を表すものも無いわ。火が象徴するのは破壊と再生。灰になってもそこから優美に舞い上がるもの。どんな時にも迷わず、前を進んでいきます」 そう真っ直ぐに告げた彼女に、紫郎は静かに頷いた。 最後に、場に立ったのは劫光だった。 今年の主席合格者であると、周囲がざわめくが風を気にする様子も無く、彼は真っ直ぐに場にたった。 「陰陽師の劫光。よろしくな」 彼は胸に着けた朱華に触れながら彼はパチンと手を鳴らし符を人魂へ変換させた。 ざわり。空気が揺れる。 直前に真名が見せた朱雀とは正反対。 彼が具現化させたのは青みがかった蛇のような体躯の龍である。 「‥‥自身を示すって事でな。最強をイメージするとやっぱりこいつだ」 龍自体は見事な出来ではあるが (朱雀寮で、よりによってなんで青龍を) そんな空気が広がっていく。沈黙の時。 だがそこに ぱちぱちぱち。 一人だけの拍手が鳴る。 「どうしました? 皆さん。青龍さえも従え、上を目指す。技も見事ですよ」 寮長の言葉に、寮生達も思い出したように拍手をする。 その時にはもう大きなわだかまりは消えていた。 彼を仲間として認めてくれる。 その朱雀の空気に彼は深く、深く礼をした。 ●夢の終わりと始まり それからは本当に無礼講の大騒ぎとなった。 「あら? それしか食べていないの? ほら、もっと食べたら? これ、見かけは強烈だけど美味しいわよ」 「あ‥‥餡蜜、もう終っちゃった。でも、皆に食べてもらえて嬉しいな。楽しんで料理したのも‥‥久しぶり」 「静乃さん。この水饅頭、いろんな味があるみたいだから半分こしませんか?」 「‥‥冷たくて、美味しい‥‥。紫乃さんも術で冷やしたんですね?」 「あ、はい‥‥お気に召しましたか?」 「紫乃さんのお料理はいつもながら美味しいですよ」 「随分とお守りいっぱいだね。‥‥それだけ、大切に思われているんだ?」 「はい。100個まで後ちょっとです!」 「私の冷麺は辛いわよ。お子様達は気をつけて」 「げっ。また辛いの?」 「大丈夫なのだ。辛いのが苦手なんてまだまだお子様なのだ〜」 「そんなこというのなら譲治くんが食べればいい。唐辛子ソースたっぷりかけてあげるよ〜」 「おや。君もいける口かい? 君は陰陽師ではなく?」 「まあ、そうですね。ああ、ありがとうございます。陰陽寮には興味はありましたが、僕は巫女ですからね」 「ジェシュ。飲みすぎちゃ駄目だよ」 「お! パッツンパッツンの美女はけーん! あんたはセンセ? それともセンパイかな?」 先輩、後輩、教師、職員も入り乱れ、炎を囲み、食べ、飲み、語らう。 新入生達の料理はおおむね好評で、皆の口に、腹に消えていく。 一番人気は甘さと食感が好評の青嵐の焼き菓子と美しい朔の水饅頭。 赤飯のおにぎり、各種のスープも、もう殆ど残っていない。 冷麺に、謎の料理、ジルベリアの料理と異国の味も好評だ。 ‥‥もっとも辛さに火を噴く姿も見られたのであるが、それも一つの余興となる。 「どんな音楽でも演奏するよ。何? 楽しく踊るダンス曲がいい? 任せて!」 吟遊詩人の奏でる音楽に合わせ、歌い、踊る者もいる。 賑やかで楽しいことだけの一時‥‥。 その中、 「ん?」 劫光は一人、その賑やかな輪から離れ、壁沿いで杯を揺らす人物に気付いて、立ち上がった。 「寮長。一緒に飲まないのか?」 「お気遣い感謝します。ですが、私があまり大きな顔をしていると皆、くつろげないでしょう。これくらいがいいのですよ」 「そうか‥‥」 それだけ言うと劫光も輪の中には戻らず、その横にどっかりと腰をおろす。 「さっきは感謝する。悩んだのだが、やっぱり自分自身に嘘は言えなかった」 「それで構いません。人の夢見る道、望むことを止められはしませんから」 「龍がこの姿になったのは必要だったからと思ってる。始めから最強であった訳でなく、必要があったからこの姿になったのだと。俺も護る為、必要だからこそ龍となる。この朱雀で」 「朱雀と龍を従える、王の如き陰陽師。君ならなれるかも知れませんね」 「あんたは、そうなろうとは思わないのか?」 「『私』は王に忠誠をと誓っています。与えられた役割を果たすのみですよ。『私は』‥‥ね?」 「?」 彼の言葉の意味が、今はまだ解らず劫光は首を捻る。 寮長はそんな彼に微笑むと、杯を向けた。 劫光は座ったまま、杯をこつんと合わせる。 それはお互いが目指す夢への互いの激励であった。 そして、夜が開け朝が来る。 「楽しい夜は、過ごせたようですね」 寝不足や二日酔いに頭を抱える寮生達の前に、寮長は完璧な身なりで彼らの前に立つ。 「では、これから、寮生の生活について簡単に説明します。 基本的な講義の選択は皆さんに任せます。‥‥但し、月に一回、十五日目安に実技を含めた合同研修を行うのでそれには可能な限り参加すること。それから年に数回、祭のようなこともあります。寮対抗戦の競技になることも多いです。これは事前に告知をしましょう‥‥それから‥‥」 いくつかの説明をして後、彼は見ていた記録簿を閉じて、寮生達を見る。 眼鏡を直し、真っ直ぐに‥‥。 「ともあれ、これで、皆さんは朱雀寮の寮生です。朱雀寮生の誇りを持ち、寮生は一つの家族、そう思って助け合い、学びあい、共に高めあっていきましょう」 寮生達は背筋を伸ばし、朱華に手を触れた。そして‥‥ 「はい!」 大きな声で、そう答えたのだった。 陰陽寮朱雀の新しい一年が、今、始まった。 |