|
■オープニング本文 皇帝から命じられた東房国への物資補給の緊急任務。 それを開拓者の力を借りて完了させた南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスは数日ぶりにリーガの都に戻ってきた。 城の一角では何やら賑やかな気配がしている。 どうやら、模擬戦のようなことをしているようだ。 「頑張れ〜!」「負けるな〜〜!」 戦っているのは若い騎士と初老に見える男性。 青年騎士は若さに任せた体力とスピードで相手をかく乱させようと動く。 けれども、見る者が見れば、その実力差は明白であった。 ほぼ立ち位置から一歩も動かず相手の攻撃を捌き続ける銀の髪の騎士は、 「ヤアアッ!!」 一際勢いよく、声を上げて踏み込んで来た青年騎士の攻撃を軽く躱すと足を払って膝を折らせた。 「…参りました」 「敵相手にいちいち声など立てるな。気合を入れる意味はあるかもしれないが敵に気付かれるだけでもデメリットの方が大きいぞ」 「はい……ありがとうございます」 「次は、私とお手合わせできないでしょうか?」「いや、私と…」 声をかけてくる騎士達から、ふと視線と顔を上げて騎士はグレイスと目を合わせた。 「ようやく戻ったか?」 にやりと笑う男性に 「はい。ただ今戻りました。お手数をおかけして申し訳ありません。…父上」 グレイスは深々と頭を下げるのだった。 彼はエドアルド・ミハウ・グレフスカス。 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの父親である。 皇帝ガラドルフに即位前から仕えていた叩上げの騎士であり 齢60を超え今なお現役。 現在は家督を息子であるグレイスに譲り、ジェレゾの屋敷で若い騎士達の指導にあたっている。 南部辺境伯としてグレイスがリーガに赴任して以来、南部辺境に訪れたことは無かったのだが、中央で教育を受けた騎士などには彼を知っている者も少なくない。 そのエドアルドが息子が大帝からの任務によってリーガを離れる間の留守居役を務め、若い騎士達はその指導を受けていたようである。 「それで、無事に任務を果たしてきたのか?」 「はい、開拓者の力を借りて、ではありますが責任を持って物資は東房へ届けて参りました」 「ならいい。自分の領地を空けて向かったのだ。せっかく留守番までしてやったのに失敗などしていたらその首を落していたところだ」 「……、相変わらずですね。父上。オーシが時々手紙をよこしますよ。父上の訓練はスパルタだと。 若い騎士達の指導に熱を入れ過ぎておられるのでしょう? だから母上が家出するのです。 ついでに言えば私が留守居役を頼んだのは母上なのですが?」 「私では不服だとでも?」 「いえいえ、そんなことは申しません」 ちなみにこの二人の会話全て、戦いながらのものである。 帰ってきた辺境伯を捕まえたエドアルドは 「腕がなまっていないか見てやる」 とグレイスに訓練という名目の勝負を挑んだのである。 「…生意気を。だが、私にそんな口をきくのは後30年早いわ!」 踏み込んだエドアルドが一気に両手剣を振り下ろす。 が、それは地面を叩くのみ。 逆にギリギリで躱したグレイスは逆に懐に飛び込んでその首元へと剣を当てる。 「ほお…。少しは腕を上げたか?」 「いつまでも子供のままではないと言う事です…」 そう答える息子を見やったエドアルドは剣を引き上げると 「…いや、お前はまだまだ子どもだ。相変わらず、肝心なことが解っていない」 静かに言い放った。 「…まったく、どこまで私に似たのやら。少しはサフィーラに似れば良かったのに…」 「父上?」 ため息をつく様に肩をわざとらしく落すと、エドアルドはグレイスに背を向けた。 「留守番を引き受けたのは南部に来たついで、だ。私はこれから仕事がある。 いいか? 邪魔をするなよ。ついても来るな。邪魔をしたり後をつけて来たら見合い話の山に埋めてやるぞ」 「仕事…って、父上!?」 軽く手のひらを反して去っていく父親をグレイスは言葉も無く見送るしか無かった。 「とある事情があって、南部辺境、リーガからクラフカウを通ってケルニクス山脈の西側に向かう経路を調査する事になった。護衛を担ってくれる開拓者を募集する」 開拓者ギルドに依頼を出した初老の騎士。エドアルドはそう告げた。 通常、南部辺境と呼ぶとき、それは小ケルニクス山脈と大ケルニクス山脈を中央とする大きな半島を意味する。 ジルベリアとしては比較的気候温暖な農業地域として知られているが、その人口の殆どはケルニクス山脈の東側に集まり、西側には町や都市と言えるものはほぼ皆無であった。 その理由はケルニクス山脈が千メートルクラスの厳しい山であり、踏破が難しい事。 アヤカシが多く存在し、危険である事。 そして険しい崖や荒野などが多く、危険を侵してまで居住する必要のない場所であると見なされていたからなのである。 「しかし、大帝陛下の威光はジルベリア大陸全土に普く広がるべきである。 詳しく調べれば荒野としか見られなかった場所にも、何か利用価値などがあるかもしれない。 故に、その調査を命じられたのだ」 誰に、命じられたかをその老騎士は語らない。 しかし依頼の主が「南部辺境伯」ではない以上、他に「南部辺境」を調査できる人物として思い当るのは…。 「リーガを出発し、クラフカウ城近辺を経て南部辺境の西側に向かう。 可能な限り徒歩で周辺の調査を行い戻ってくる。可能であるなら西側から海岸沿いを通りフェルアナ、メーメルへと回る。山間突破と調査に時間がとられる時は来た道を戻る。 どちらにしても約一週間の行程だ。相棒は連れて来て構わないが、空からでは解らないきめ細かい調査を行うのが目的であるので、基本は徒歩となることは理解してほしい。 私は犬を一匹連れて行く予定だ」 そう告げて騎士は静かに笑った。 「開拓者諸君の噂は耳にしている。我が妻から、頼りになる信頼できる者達だとな」 「奥方?」 「ああ、サフィーラという。知っているかな?」 「サフィーラ…って! ええっ?!」 「まあ、そういう訳で力を貸してほしい。よろしく頼む」 老騎士が帰って後、ギルドの役員は思い返す。 サフィーラという名前の貴族の女性は、いくつかの依頼の報告書に残っている。 年齢的に見てその女性が老騎士の奥方であっても可笑しくは無い。 可笑しくは無いが…。 「サフィーラってのは確か辺境伯の母上じゃなかったか? じゃあ、まさかあの人は…」 問うて確認しようにも彼はもういない。 報酬はかなりなもので、依頼としては問題ないので係員は依頼書を貼りだした。 この依頼の真実の意味を知る由も無く…。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●南部辺境伯の父親 待ち合わせ場所はリーガの大門前。 依頼を受けた開拓者達を依頼人であるエドアルドは待っていた。 「こんにちわ! はじめましてっ!」 明るく元気な笑顔で微笑むリィムナ・ピサレット(ib5201)に、そして開拓者達に 「ああ、今回は世話になる」 彼は笑顔で答える。 「ばっちり護衛しますよっ♪ よろしく!」 「クルーヴ・オークウッド(ib0860)と申します。エドアルド様、今回は宜しくお願いします」 背筋を伸ばし、緊張の面持ちで挨拶をするクルーヴ。 「ニクス(ib0444)という。よろしく頼む」 「歌い手のアイリス・マクファーレンと申します。イリス(ib0247)とお呼び下さい。お初にお目にかかります。騎士様。お噂はかねがね。この度はよろしくおねがいしますね」 二人の義兄妹はそれぞれの仕草で同じ思いを胸に挨拶をする。 (この人が辺境伯の…か) (この人が辺境伯の…) 皇帝ガラドルフを即位前から支えた強者。 エドアルドの名は噂程度には記憶にあるような気がする。若手騎士の名高き教導官としても名高い。 歳は壮年から老年に移りゆく頃、だろうか。短く整えられた銀の髪には所々白い物が混じっている。 顔には皺が刻まれ、手にも年輪を感じさせるが背筋には曲がりも緩みも見られなかった。 齢60をとうに超えている筈だが、纏う雰囲気は50代、下手すれば40代でも通りそうな若々しさだ。 「こちらは私の犬のゆきたろうです。エドアルド様も犬をお連れとか。仲良くして頂ければ幸いです」 「こいつの名はノーシ。よろしくな。ゆきたろう」 エドアルドはゆきたろうに笑いかけて見せた。ノーシと呼ばれたハスキー犬もゆきたろうに尻尾を振って見せる。 「宮坂 玄人(ib9942)。相棒は羽妖精の十束。全力で勤めさせて頂く。ジルベリアは知らない土地では無いが旅立ったのは数年前の話…。土地柄も大分変わっているだろうから気を付けなくてはならないだろう」 「ああ、特に今回は未開の場所だ。気を付けて行こう」 「見ているだけで、強そうなのが伝わってきますね」 龍牙・流陰(ia0556)、ジルベール(ia9952)、フレイ(ia6688)と続けられた挨拶の後、エドアルドを見て芦屋 璃凛(ia0303)は背筋を伸ばした。 力とか能力で言うのなら開拓者達の方が強いと言える。 だが目の前にいる人物の「強さ」はまた形が違う気がすると思ったのだ。 例えるなら大地にしっかり根を下ろした大樹の幹のような…。 「エドアルドさん、初めてお目にかかります」 最後にフェンリエッタ(ib0018)が静かにおじぎをした。 「奥様はお元気ですか? 去年の祭で出会い度々励まして頂いた…遠い思い出です」 「君か…」 微笑して告げるフェンリエッタを見たエドアルドは、一度目を見開くと…苦笑に近い笑みを浮かべながら肩を竦め、頷いて見せた。 「ああ、元気すぎるくらい元気だな。開拓者の事が気に入ったようでいろいろ話をしていた。俺が一人で依頼を出したと聞いたらきっとまた怒るだろうな」 その仕草と言葉に考えるように目を伏せていたフレイは周囲を確かめ周りに他に人がいないのを確かめて 「貴方は、グレイ…、辺境伯のお父様なの?」 と問いかけた。 「ああ、そうだが」 エドアルドの答えは明快なもの。一瞬の躊躇いも無く答えた彼に逆にフレイの方が怯むほどに。 「息子や、孫がいつも世話になっている。サフィーラ…妻の話も聞いて開拓者なら信用できると思ったから今回の仕事への助力を頼むことにしたのだ」 「仕事…と仰せられますか…」 流陰は呟く様に言うとジルベールやフェンリエッタと視線を合わせた。 依頼の話を最初に聞いた時から思っていたのだ。 この依頼はどこか不自然だ、と。 春めいてきたとはいえ、まだ雪の残るジルベリア。街道ならともかく人の通らない山道は歩行も困難な場所があるだろう。 「自国を把握しときたいっちゅーのは分かるけど、何でこのタイミングなんや。もっと暖かくなってからでいいやん」 「まあ、いろいろ事情があってな…」 ジルベールの言葉に今度は明らかな苦笑の顔でエドアルドは答える。 開拓者達は理解した。やはりこの依頼には何かがあるのだ、と。 「…もしも」 彼らの話を聞いていたフェンリエッタが静かな目でエドアルドを見た。 「我々が信用に足ると、貴方自身が思われましたら、ご依頼の本当の所をお聞かせ下さい。 憶測で話をするのは好みません。情報も増えれば気付ける事や防げる危険もありますから」 意思の籠った目に小さく微笑んで後、エドアルドもまた真剣に答える。 それは、今はできない、と。 「君達を信じていない訳では無い。むしろ信頼している。だが俺、いや私にも事情と責任があって、今、全てを話すわけにはいかないのだ。許して欲しい。 だが、この依頼がおそらく南部辺境、更にはジルベリアにとって害をもたらす事は無いとだけは誓う。 我が主に賭けて。今は…それで納得して貰えないかな」 「解りました」 フェンリエッタの言葉を代表として開拓者達は頷いた。 「感謝する。では、出発しよう。まずは街道を通ってクラフカウまで。それから先は道なき道だ」 「現地に置いて優先される調査は生活環境を整えられる水場等になりますか? 未開の荒野ですから地下資源や希少な植生もあるかと思いますけれど」 「今回、主に必要とするのはアヤカシの分布だ。それから水場、風土、海側の地形かな。詳しい話は歩きながらだ。行くぞ」 「はい!」 主の言葉に呼応するように嘶くノーシ。 そして開拓者達はエドアルドと肩を並べ、歩き出した。 ●未知なる大地 クラフカウ城までは物資搬入の都合上、一応道が整備されていた。 しかし、その先はまったくの未踏の地。 木々深く、雪も未だ厚い。そして… 「右前方に剣狼の群れ! 数は数十。ゴメン。振り切れなかったわ」 アヤカシもケモノも多かった。 「剣狼であるならその数でも、対応できるかと。…どうなさいますか? エドアルドさん」 今日で二度目の戦い。 流陰の問いにエドアルドは帯びていた剣を鞘から抜き放って答えとする。 「今後の為にも潰せる敵は潰しておきたい…。協力して貰えるか?」 「解りました。フレイさん。どこか戦える場所はありますか?」 「前方に小さな広場のようなものがあるの。そこに誘導するわ! ゼファー。低空飛行で敵を引き付けるわよ」 「ゆきたろう。フレイさんの手伝いを! 皆さん、足元には気を付けて。だいぶ固くなっていますが、雪に足を取られる危険がありますわ」 「ノーシ、お前も行け」 飛び立っていく空龍ゼファーを追う様にイリスとエドアルド。主の命令に二頭の犬達は先頭をきって走って行く。 「今後の為…ね」 軽く肩を竦めたジルベールは最後方で弦をかき鳴らし目を閉じていた。 その横では戦馬パルフェに跨るフェンリエッタが彼と殿を守る様に後方を見つめる。 「今の所後方やその他の方向に敵の気配なし。や。前方に集中してくれてええで」 「了解! 行くよ! サジ太!」 先頭を走っていたリィムナは広場に一番に到着。敵を確認すると空に向けて高く手を上げた。 主の声に呼応してやってきたのは迅鷹サジタリオ。木々の狭間に向けて羽ばたくと激しい風斬波が狼アヤカシ達に襲い掛かる。 「この程度の敵なら、こっちで十分だよね!」 続けて空気を切る音が連続して響く。 「ぐあっ!」「ぎゃあっ!」「がうっ!!」 体勢を崩していた剣狼達。その三匹の眉間に狙い違わず鑽針釘が突き刺さっていた。 「流石やな」 狼の突進を巴で避けた璃凛はその顔面に向けて陰陽刀を振り下ろす。 リィムナの言うとおり、数を冷静に捌ければ剣狼など大した敵ではない。 イリスの剣の舞で鋭さを増した刀は軽々と相手を両断してくれた。 「ニクスさん、右翼をお願いします。僕は左翼を担当しますので」 「解った。とりあえず数を減らすのを優先しよう。取り零しの処理は…任せて大丈夫だな」 「了解です」 ニクスのエスポワールとクルーヴのモラルタ。 二体のアーマーが守護神のように仲間達の前で文字通りの盾となる。 「この程度の敵に護衛はいらん。自分の役割に集中して敵を早めに片づけてしまおう」 エドアルドはそう言い、実際にその通りの実力を示しているのだが 「ここは依頼として、開拓者として曲げる訳にはいかない」 ニクスはオーラチャージで敵を一閃。 盾と剣で決意を表す。 「いい返事だ」 楽しそうに笑ってエドアルドもまた大剣を翻し狼を瘴気に還す。 『ふむ、なかなか強い御仁だ。一線交えたいものだな』 「気を逸らしていると危ないぞ。それに突っ走るな」 前衛で太刀を奮う玄人は相棒の羽妖精に声をかける。 数倍の敵に囲まれていてもそんな軽口を叩けるくらいの余裕が開拓者達にはあった。 背後から狙われるような少しの不利も シュン! 「! かたじけない」 「気にせんでええよ。ラファール! フレイさんやリィムナさんらの援護頼むで!」 連携で凌ぐことができる。煌きの刃を放つ迅鷹。 やがて剣狼達は波が引く様に去って行った。 「…後続や別方向からの敵の気配はありません。今回の戦闘は終了ですね。…お怪我はありませんか?」 フェンリエッタの言葉に仲間達はそれぞれ頷き微笑みあうのだった。 夜半、森の奥で開拓者達は天幕を貼って野営をすることにした。 手際よく準備を整えた夜更け、燃えるたき火を取り巻く様に開拓者達は集まっていた。 「思ったよりアヤカシの数が少ないですね。主に出てくるのはケモノ。アヤカシは獣系や自然系のアヤカシが多いようです」 やかんから上がる蒸気が柔らかい音を立てる。 「人が少ないとアヤカシも餌がないから生きにくいのかもしれない。…っと、これでいい。運ぶの手伝ってくれるか?」 ニクスがかき混ぜる鍋のシチューの温かい匂い。 素早く動いたフェンリエッタと共にリィムナも給仕を手伝いながら思い出したように声を上げる。 「氷柱の下がった木かと思っていたのがいきなり襲ってきた時はびっくりしたよねえ。擬態している敵は反応鈍いのは解ってたけど、動き出すまで全然わからなかった」 「確かに。いきなり真横から蔓でうち叩かれた時は何が起きたのかと思った。そう言えば…あの時は世話になったな」 今日の調査の纏めと検討を行う開拓者達。そんな輪の中に相棒達も混じって穏やかな時間を過ごしている。ニクスに賛辞を向けられた瑠々那は 『治療がボクの仕事だから…』 照れた様に微笑んでいた。 「ふむ、人がいないからこそアヤカシが少ない。そこに人が入れば…やがては…」 地図を見ながらエドアルドは小さく唸る。 「リーガからこっちへ道を抜けるとすれば、クラフカウを中継として今回通ってきたコース一択でしょう。山脈を抜けるのは一般の人には難しいかと」 「空も、安全じゃないしね。以前スケルトンドラゴンが出たこともあった筈だし、飛行アヤカシも…多くないけどいたわ」 フェンリエッタやフレイの報告になるほどとエドアルドは頷く。 「だが…できない訳では無い。あとは…それだけの価値がこの先に見いだせるかどうか」 開拓者の情報をかきこみながら地図を見て真剣に考えるエドアルド。 やはり、彼は彼なりの目的とビジョンを持ってこの依頼を出したようである。 (やっぱ、自治区計画がらみで探り入れに来たんやろか…いや、違うな。なんか、もっと先を見とる感じや…) そんなことを思いつつジルベールはやかんを火から取り上げると紅茶セットの蓋を開けた。 プリニャキを添えてまずは 「エドアルドさん。ちょっと休憩したらどやろ」 依頼人に差し出す。暖かい紅茶の香りは人の気持ちを和らげる最高の薬である。 「ああ、すまないな。一つの事に集中してしまうと他の事が疎かになってしまう。俺の悪い癖だ。 いつも妻にも怒られる」 カップを受け取って苦笑するエドアルドの子供っぽい表情に思わず開拓者達の頬にも笑みが浮かんだ。 皆にカップを配り終え…ジルベールは残ったプリャニキを指でつまみ上げる。 「あのな。このプリャニキくれたん、リーガの下町の人でな。皆生き生きして良い街やった。 ああいう人らが大きなものの為に踏み潰されることがないよう、上の人には頑張って欲しいっていうんが、俺みたいな庶民の願いやな」 プリャニキは手作りっぽくて少し不恰好。 でも、だからこそ温かみがある。 「おいしいね」 素直に告げたリィムナの言葉に誰もが心から頷いた。 「…今までのジルベリアは厳しい気候と大地、そしてアヤカシの存在にバラバラに立ち向かい、敗北してきた。 だからこそ、一つに纏まる事が必要であったのだ。例えそれが強引に見えても、どんなに血を流してもそれが、結果として民を人を守ることになると我々は信じてきた。 その行為に疑いも、迷いも持ってはいない」 カップの中の紅い液体をエドアルドはじっと見つめる。 「だが、ジルベリアが曲がりなりにも一つに纏まった今、更なる発展を目指すには新たな視点、新たな対策が必要になってくるのかもしれない。 ジルベリアはいつまでも我々だけのものではないしな」 「…エドアルド殿…」 噛みしめるように告げたエドアルドは流陰の視線に小さく微笑を返すと紅茶をぐっと飲み干した。 「とはいえ、簡単にこの国の舵取りを任せるわけにはいかないがな。さあ、早く休んで明日に備えるぞ。まだまだ先は長い」 にやりと笑って腰を上げるエドアルド。それに呼応するように開拓者達も立ち上がる。 「では、見張りは3交代で。十束。一応言うが、俺が見張っているからって寝るなよ?」 『…ジルベリアの寒さは充分理解しているつもりだが?』 「ジルベールさん、ニクスさんご馳走様でした。美味しかったです」 「いやいや」「暖かいものを食べると少しは違うからな」 それぞれが、それぞれに動き出す中。 「…エドアルドさん」 フレイはそっとエドアルドを呼び止めた。 「何かな?」 振り返り彼女を見つめた眼差しは、色も何も違うのに何故か『彼』を思い出させて…フレイは胸の前で組んだ手を強く決意と共に握りなおしていた。 ●広がる未来 「うわあっ!!」 目の前に広がる光景に思わずリィムナは声を上げた。 それは確かに目を見張る風景であった。 クラフカウを出て三日。 「これは…予想外だったな」 山脈の間の森林地帯を抜け、突きあたった河沿いを下った丘の向こうに辿り着いた時、開拓者達は思わず声を上げていた。 荒れ地しかないと思われていたその先には見事な入り江が広がっていたのだ。 河は緩やかな漏斗状に開いた入り江になっている。 いわゆる三角江と呼ばれる地形で河口には大ケルニクス山脈を背にした平野が広がっている。 半島側には険しい崖が地形を遮っているが川沿いに開けた地形は向こう側の島さえも一望できた。 しかし、開拓者達を驚かせたのはそれだけでは無かった。 「雪が無いな。しかも…暖かい」 広がる大地が既に緑に覆われていたからだ。 人のまるで入っていない豊かな大地。クローバーにレンゲ、雑草もいっぱいだが 「ツッ! これはイラクサではないでしょうか?」 川沿いに降りたクルーヴはアリが噛みついたような痛みに顔をしかめながらもそっと自分を刺した棘だらけの植物を見つめる。 「確かイラクサって薬草としても使えたよね」 「ええ、ハーブとしても料理にも使います。探せば他にもあるのかも」 リィムナの言葉にフェンリエッタは頷く。 いろいろな手間はあってもここは新しく道を切り開くだけの価値のある場所であると思えたのだ。 「やはり、何事も確かめてみないと解らないものだな」 くすりと笑うとエドアルドは開拓者達に指示を出す。 「この地についてできる限りの調査を行いたい。なるべく色々な方向、視点から調べてくれ」 「了解!」「解りました」 「私達は空から南下して別のルートを探ってみます。行きましょう。パルフェ」 「周囲の敵については任せて!」 散った開拓者達の背中を見つめながらエドアルドは静かに大地を、海を見つめていた。 ●照らす者、導く者 数日の調査期間を経て開拓者達はリーガへと帰還した。 飛行相棒を持つ者達の調査により半島を南下して行くコースは徒歩では困難と判断された為、来た道を戻るコースである 時折位襲撃してくるアヤカシやケモノを退治しつつも穏やかな旅の中で帰路につき、やがてリーガに無事帰還する。依頼はここで終了だ。 「今回は本当に世話になった。礼を言う」 働きぶりに満足したとエドアルドは報酬と共に消費した物資の補給も行ってくれた。 但し、 「この情報はグレイスにはまだ伝えない事」 という条件付きで。 「…エドアルド殿。俺は僭越かもしれないが辺境伯を友だと思っている」 少し考えた様子で口を開いたニクスは彼を見つめる。 「貴方は…いや、もしかしたら陛下は知っておられるのか? 辺境伯のしようとしている事を…」 「知らん。だが、想像はつく。あれは俺とそっくりだからな。だから、私が来たのだ」 苦笑交じりで答えたエドアルド。 言葉遊びのような彼の答えの意味を今、開拓者は理解できたとは思っていない。 けれど、彼の視線は優しかった。驚く程に。 「きっと南部はこれから、大きな試練の時を迎えることになるでしょう。 正直な所、僕に何ができるかなんてわかりません。 ただ一つだけ言えるのは…僕の全てを掛けて、僕にできる方法で、僕が守りたい人たちのために…戦います」 流陰の誓いにも似た言葉に頷いて彼は微笑む。 「そうしてやってくれ。あれは、若いころの私そっくりな馬鹿で考え無しだ。 だが、一人で無ければきっと何かを成し遂げられる奴だと思っている。…親バカかもしれんがな」 やがて彼は人ごみに消えた、 開拓者に真実、父のような笑みを残して。 帰路 「ちょっと…いいかしら」 フレイはフェンリエッタを呼び止めた。 「何でしょう?」 人気のない路地で二人は向き合う。 「伝えておかないのはフェアじゃないと思うから言うわ。エドアルドさんからの…伝言」 旅の夜。フレイはエドアルドに告げた告白を思い出す。 『私はグレイスの事を愛してる。出来うる限り隣りにありたいと思ってるし、そうあれるように力を尽くすつもりです。 騎士として。それ以上に女として』 『君はサフィーラに良く似ているな。そして彼女は…エメラーナに似ている』 フレイの手に頭を撫でてくれたエドアルドは言ったのだ。 『グレイスは本来人の前に立てる者では無い。誰かに導かれ、指揮された時、その真価を発揮する男だ。 故に今まで分不相応な責任に、迷い、悩み、虚勢を張り…、周りを気にし、自分を出す事も出来ず皆に迷惑をかけて来たのだろう。子供と同じだ』 『それは…』 『あれが通ってきた道は俺が過ぎてきたものと同じ。だからこそ、解る。そしてだからこそ…君達に頼みたい』 「…グレイスに必要なのは献身ではなく、太陽だ。 奴の頬を叩き、道を照らして共に歩いて行く者。 奴を本当に愛してくれるというのなら、虚勢でもいい、強くいてくれ。皇帝陛下が、サフィーラが俺にそうしてくれたように、揺るぎない自分を持って、背を押し道を示してやってくれないか? そうすれば、あいつもいつか…人を導き照らす太陽になれる。って。 確かに、伝えたわよ」 「フレイさん…」 一人を思う二人の女性。視線と思いがそこに交差していた。 そして彼はジェレゾに戻り、主の前に膝をつく。 「ご苦労」 「いえ、色々と収穫がございました。報告はこれに…」 差し出された報告書を見て彼は笑って見せる。 「どう…思う?」 「まだ今は話にも。ですが…奴も一人ではありません故」 「そうか…。楽しみだな」 そう言って二人は若い頃のように顔を見合わせ笑っていた。 南部辺境伯グレイスにジルベリア皇帝ガラドルフからの召喚状が届いたのはそれから数日の事である。 |