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■オープニング本文 石鏡の奥にアジサイ神社、と呼ばれる場所がある。 そこには境内を取り巻くアジサイが美しく評判の場所である。 水色から徐々に紫に、そして赤へと変わっていく様はまるで虹を見ているようで人々の心を和ませる。 神社としては小さいもので社を守る老神主が一人住んでいるだけだがアジサイだけは毎年美しく咲く。 参拝客以外の立ち入りを許さない頑固な老神主だが、彼がきっと丹精を込めて育てている為であろう‥‥。 だが、この社には昔から流れる一つの噂があった。 アジサイの枝を折ろうとすると呪われる。 夜にアジサイを盗みに行くと帰ってくることはできない‥‥と。 実際、花を盗みに来た人物が姿を消す事件がかつてあったらしい。 だが多くの人はそんな話を気にしない。 「でも、最近、前より花が生き生きしてるよなあ。よく一人でここまで世話ができるもんだ」 朝露に濡れ、眩しいほどに輝くアジサイの前に人々は今年も足を運ぶ。 人の心を魅了する、そんな魔力がこの花たちにはあるようだった。 ある日、一人の女性が娘連れで開拓者ギルドを訪れた。 女性は20代後半、娘はまだ3〜4歳というところだろうか? そんな事を考えながら依頼人を見た係員に 「私の夫が、戻ってこないのです」 その女性は夫がアジサイ神社に行ったきり帰ってこないのだと告げた。 「一週間前、アジサイ神社のアジサイを盗ってくると言ったままそのまま何の連絡も無く、戻っても来ません。社に行っても知らないと言われるばかりで‥‥」 「盗ってくる?」 係員のいぶかしむ声に、女性は少し恥ずかしげに、躊躇うような顔で俯き、答えた。 「はい‥‥実は、その‥‥前日、ちょっとしたことで大喧嘩になりまして‥‥許して欲しかったらアジサイ神社の花を取って来い、と言ってしまったんです」 アジサイ神社の花は美しくて有名である。 だが、その神社の神主は絶対に株分けや枝盗りを許さない。 日中は特に眼を光らせている。 「なので、夜に出かけて行ったのに、彼は戻ってこないのです。‥‥あの馬鹿!」 吐き出すようにいうと彼女は、慌てて咳払いをすると彼のことを告げた。 「名前は京介。身体は大きいが、気の小さいところがある‥‥ね」 「真面目だけがとりえの男です。戻ってこないのは何か事件に巻き込まれたからに違いありません。どうか、探してください。お願いします。ほら、行くわよ。美月!! 忙しいんだから手間をかけさせないで!!」 女はそう言うと依頼書を出して、女の子の手を強引に引っ張って帰って行く。 「あれは‥‥結構、気の強い女だな。それに嫌気がさして逃げ出したんじゃあなかろうな?」 係員は冗談交じりでそういうと、依頼書を張り出した。 「花の下に埋められてなきゃいいがな」 これも勿論冗談だ。 だが、彼は知らない。 自分の冗談交じりの言葉に意外な真実が、秘められている事に‥‥。 |
■参加者一覧
奈々月纏(ia0456)
17歳・女・志
桐(ia1102)
14歳・男・巫
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
天霧 那流(ib0755)
20歳・女・志
レビィ・JS(ib2821)
22歳・女・泰
橘(ib3121)
20歳・男・陰
鷺那(ib3479)
28歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●赤き紫陽花 アジサイ神社は石鏡の辺境。小さな村のさらに外れにある小さな社である。 正式名称は別にあるのだろうが、皆がそこをあじさい神社と呼ぶ。 歩けば半刻はかかるその社に、今の時期だけ多くの人が集まる。 たかが花に、と思う者もいるだろう。 だが、そんな考えを持つ者も多くはそれを見た瞬間に心改める。 「はわ!? なんや。この色。こんなのが本当にこの世にあるんかいな?」 思わず声を上げた藤村纏(ia0456)。だが彼女が目立つ事はない。 周囲の者も皆、そういう様子だからだ。 小高い森の丘。上に社があり頂に至る細い一本の参道が通っている。 そして、その周囲一面にアジサイが咲き誇っていた。 「噂通りにめっちゃ綺麗やな‥‥。このアジサイ。ほら見てみぃな。この青、凄い色や」 「本当ね。こっちの白いアジサイも染み一つ無いわ」 周囲の木々は社から左右に分かれている。まるでアジサイを見せる為に引かれたカーテンのようだ。 纏は言うように青い花が主だが水色や城、赤紫の花も混ざり絶妙としか言えない美しさを見せている。 まさにため息が出るような美しさだ。 「お嬢さんたちはここ、始めてかい?」 横を歩く老婦人が声をかけた。はいと答える天霧 那流(ib0755)になら、と彼女は楽しげに笑う。 「境内に行ったらもっと驚くよ」 「えっ?」 首を傾げるレビィ・JS(ib2821)にほら、と指を指す先に境内が見えてきた。と同時に山門の横に彼女達は驚くモノを見る。 「あれも‥‥アジサイ? 真っ赤な‥‥」 山門とそれを取り巻くアジサイも白から青、そして赤紫へと変わって美しい。 だが何よりも開拓者達は山門の両脇に立つ真紅のアジサイに彼女達は眼を奪われたのだった。 「花の前で立ち止まられるな。参拝なら中へお入り下さい。後の方にご迷惑ですし中にもっと見事な花もありますから」 花の美しさに一瞬心奪われた娘達は、諌めるような声に振り返った。 そこには杖を手にした老人が一人、立っていたのである。 ●一つの推理 「さてもさて。美しい花を手折るは人の常‥‥此れは誰しも同じだろう。 まあ、今回は手折る意味合いが少し違うようだが‥‥そうは思わないかね? 御凪君」 鷺那(ib3479)は歩きながらそう横を歩く御凪 祥(ia5285)にそんな声をかけるが、 「まあな‥‥」 祥の返事は相槌くらいなもの。軽く肩を竦め、鷺那は会話を諦めた。 変わりに自分達が見てきた状況を整理するように口にする。 「あの神社のアジサイは確かに見事だった。山門に至る道は一本だったけれど、別に石壁とかも無かったし逆にアジサイの群生に身を隠しながら行けば侵入は容易なのではないかな?」 「そうだな」 「アジサイの株は山門の周囲に三桁はありそうだったし、遠めに見ただけだけれど山門の所にも特に見事な花が咲いていた。外の花を盗むだけならおそらく盗り放題であろうし山門の花も、中の人物に気付かれず盗るのは可能ではないのかな?」 「おそらくな‥‥」 周囲はあの神社以外何もないところであるから、いなくなった者が潜伏出来そうな場所は見当たらない。と、するなら‥‥ 真剣に考えに耽っている様子の祥の邪魔はしないようにしながら、鷺那も考える。 「アジサイは敏感な花で、土の性質によって色が変わるという。何故、あの土地にだけそんなに美しい花が咲くのかと考えると、まあ‥‥いろいろな想像も浮かぼうというものだ。まあ捜索人が無事であることをまずは祈ろう。とりあえずは皆と合流して、情報交換だね」 「ああ」 そうして祥はスタスタと躊躇わず歩いていく。鷺那は小さく笑うと黙ってその後を追いかけたのだった。 思ったより泊り客の多い、辺境の宿の夜。 集まった開拓者達は互いの情報をすり合わせる事にした。 まずは依頼人の下に情報の再確認に行った者達。 「正直、強烈な奥さんで有名、みたいですね。旦那さんが逃げたかも‥‥って言ったら、ありうるって聞いた方、皆さん言ってましたもの」 周辺で聞き込みをした桐(ia1102)に直接話を聞いたアーニャ・ベルマン(ia5465)と橘(ib3121)とはうんうん、と頷く。 「いわゆる鬼嫁っていうのみたいですね。村人に聞き込みの協力をお願いした時も、その迫力に逆に村人が引いてましたからね」 「服や持ち物も依頼人に比べて、消えた男性、京介さんのものは質素のようでした。少々、同情してしまいますね」 「夫婦の事をとやかく言う立場にはないだろうが、無事見つかればもうちょっと相手を思いやってもらいたいもんだな」 祥の言葉にアーニャは折り紙をしながら苦笑していた。気持ち的には同感だが、多分無理だろう、と。 「そう言えば、神社の方はどうでしたか? 時間が無くて手伝いに行けず申し訳なかったのですが‥‥」 問いかける橘に纏はウットリとした様子で微笑む。 「アジサイ神社。本当に綺麗やったで〜。今度はあの人と一緒に来たい思うたわ」 「でも、あそこは縁切りというか、新しく何かを始めたい人に加護を与えてくれるところだそうだから恋人同士で参るのは向かないだろうと、神主様は言っていたでしょ?」 那流の言葉に、残念そうに息を吐き出す纏。 「でも、あの三本の赤いアジサイはホントに綺麗やったで!」 「赤いアジサイ?」 問いかける祥にレビィは頷いた。 「山門の入り口と、境内の中に三本だけ赤いアジサイがある。それが神主ご自慢で、この神社の宝、なんだって」 聞けば他のアジサイは株分けを許すこともあるが、その花だけは許さないのだとも。 「この花を守る為に自分はいる。とも。本当に花を大切に思っているのだと感じたね」 「他の件ははぐらかされてしまいましたが‥‥」 レビィが言う他の件とは、行方不明の事件のこととか、一人で危なくないのかとか、である。 でも、花盗人を殺したりすることはしていないだろうと、レビィは続ける。 「あんなに綺麗な花を育てている人が、悪人だなんて思いたくないからね」 「周囲の人たちも花に関しては厳しいけど、子供好きのいい人だと言っていましたよ。自分の子を亡くされた事があるのだとか」 「ただ、夜は神社に近づかない方がいいと言われましたけどね。野犬が出るとか火の玉が出るとかの噂もあるそうです。‥‥アーニャさん。紙細工上手ですね〜」 「火の玉?」 桐の言葉に祥は腕を組むと神社の調査に言った仲間達に問うた。 「神社の広さはどうだ? 内部の作りとかは?」 「社は小さいものやけど、住居や物置はけっこう広そうやったで。参拝客が休む東屋みたいのもあったし」 「住居の中までは見られなかったけれど、人の気配を実は感じたの。だから、それは在り得ることだと思うわ」 「? どういうことか、説明してくれるかな?」 那流と祥の言わんとしている事に首を傾げる鷺那。 祥は自分の推理を話し、夜の捜索に仲間を誘う。 それは願望の混じった推察で在るが、きっとそうであろうと彼は確信していた。 ●花盗人の結末 その夜、開拓者達は静かに宿を出た。 月の光が明るい夜であるが、彼らは灯りを持たずに出た。 実は彼らより先に一人の泊り客が宿を出た事に気付いたからだった。 カンテラの灯りが揺れながら向かう先は開拓者の想像通り、アジサイ神社であった。 見れば寺のあちらこちらにも小さな明かりが揺れている。 「こんばんは! お久しぶりです」 「おお! よく来たの!」 「あの声は‥‥。なるほど、そういうことやったんか?」 身を潜め様子を伺う開拓者達。 だが、突然 「わああっ!!」 やってきた一人が声を上げた。 同時に背後から聞える唸り声。黒い影。 「野犬だ!!」 「早くこっちへ!」 神社からいくつもの声が聞えるが、落ちたカンテラは動かない。 腰を抜かしているのか、それとも‥‥。 「危ない!」 その時、開拓者達は弾くように飛び出して行った。 橘が呪縛符で影を足止めし、鷺那が火種で灯りを灯す。 桐とアーニャが彼を後ろに引き寄せ、二人の女志士と一人の泰拳士が飛び掛からんとする野犬を切り捨て、蹴り飛ばした。 『ギャウン!』『キャイン、キャイン!』 悲鳴を上げて去っていく野犬達が去った後、アジサイ寺から下りてきたいくつもの灯りは 「お前さん達は一体‥‥」 と問いかける。その明かりの中に会った事のない、だが良く知った顔を見つけて桐は手を差し伸べた。 「京介さん、ですね。お迎えに参りました‥‥」 と。 アジサイ神社の横。 神主の住居に招き入れられた人物は開拓者八名。 だが中には今十一名の人間がいた。 十一引く八は三。 そのうちの一人はこの神社の神主で、残りの一人で開拓者が追ってきた人物はこの神社を手伝いに来た神主の弟子であるという。 「弟子と言っても何を教えておるわけでもないがな‥‥」 つまりもう一人が開拓者の探す、いなくなった花盗人、京介である。 「奥さんが心配しておられましたよ」 「心配なんて! あいつが思っているのは自分の事だけなんです。私の事なんて‥‥」 頭を抱え俯く京介を庇うように神主は言う。 「こやつは数日前の夜、境内のアジサイを盗みにやってきたのだ。わしが捕らえ諌めたところ、花を持って行かねば家に帰れないというので、ここに置いておった」 「花を見つめているうちに‥‥心が、澄み切ってきました。神主様の大切している花を手折れない。けれど‥‥花がないと家には戻れない。いや‥‥あのようなことを私にさせる時点で私達は、きっと、もう‥‥ダメなのです」 「私も、かつて同じような事でここにやってきた者です。神主様のお助けを持ってその縁を切り、今は新しい場所で新しい縁に生きています」 その礼にたまにここに手伝いに来ている。と開拓者に救われた男が言った。 「他にも何人か、そういう者がおる。花を望むのは女が多いようじゃが、奴らは己の手を汚そうとはせず、男をつかうようじゃな‥‥」 呆れたような神主の言葉に開拓者達は返答の言葉を紡げずにいた。 「まあ‥‥ね。事情や君達の気持ちわからないでもないが‥‥」 ふうと大きなため息をついて鷺那は仲間達を見る。 図らずも祥の推理が完全的中であったわけだが、かといってここにこのまま京介を置いておくわけにも行かない。 どうしたものかという鷺那の目に決意したように桐は京介を真っ直ぐ見つめ、言った。 「それでも‥‥もう一緒にいるのが無理だと出て行かれたくなるのはわかりますが一人残されたお子さんがどんな目に合うかは考えておられましたか?」 「奥方は兎も角、幼い娘さんには父親が必要でしょう。御家族に対する責任は貴方以外他の誰にも肩代わり出来る事ではないのですから」 「それに‥‥変な噂を立てられたアジサイがかわいそうです。あと、子供も」 「家族が突然居なくなるって言うのは、とても辛い事だと思うんです。奥さんが依頼に来たのも、きっと自分の事だけ考えたわけじゃありません。だから‥‥依頼人の人と、お子さんの力になりたんです。ですから、どうか‥‥!」 橘が、アーニャが、レビィが京介に静かに、優しく言葉をかける。 開拓者達は無理に京介を連れ出そうとはしなかった。 あくまで彼の決意を待っている。 「そうじゃの。開拓者のいう事は正しい。まだ取り返しが付くのであれば戻るが良い。本当に取り返しが付かなくなって後悔することにならぬようにな‥‥」 「神主様‥‥」 話を黙って聞いていた神主は開拓者の方を見て微笑む。 「主達、こやつの助けになってくれような?」 「もちろん。できる限りのことはするで。な?」 縦に動く開拓者達の首、そして、優しく彼の背を押す神主に見守られ、京介は 「はい。‥‥戻ります。ご迷惑をおかけして、すみませんでした」 そう、静かに頭を下げたのだった。 ●秘密は花の下に 「神主様は昔、奥様とお二人のお子様と一緒に暮らされていたそうです。ですがお子様を亡くされて後、この地に来られたと。だから、ここのアジサイは神主様にとってお子様の代わりなのだと、そう申されていました」 翌朝、開拓者に付き添われ、境内を歩いていた京介は開拓者達に神主が話してくれたという思い出話を聞かせてくれた。 「子供の代わりかあ。だからこんなに丁寧に、大事に育てていて、だから、こんなに綺麗に咲くんやね」 朝露に濡れるアジサイたちはさらに美しく、開拓者達は見惚れるように境内を歩き、ゆっくりと山門を潜った。 「あ、そう言えば忘れてた。使わなかったし‥‥ここに供えて行こうかな」 手に持ったまま使わなかったアジサイの紙細工をアーニャはなんの気なしに山門の脇に咲く赤いアジサイの下に置いた。 「下の花は色が濃い〜ってあれ?」 アーニャはふと、そのアジサイの根元に半埋まりになっているものを見つけて、それを手で掘った。 「これは‥‥?」 「何かあったの?」 覗きこむ那流にアーニャは拾い上げたものを差し出した。 「これは‥‥手毬?」 それは刺繍が施された手毬であった。子供用のものであろうそれは、土と泥に汚れきっている。 長く土に埋められていたものであろうと思われた。 「何で、こんな所にこんなものが?」 「根元に雑草の一本も生えていないのに、これがゴミとしてあったはずはありません。おそらく意図して埋められていたとしか‥‥」 「意図して‥‥? 何の意味があって?? まるでお墓の供え物のじゃありませんか?」 「あ、こっちの方には竹とんぼが埋まってる? お菓子も?」 首を捻る開拓者達にふと那流が呟く。 「そういえば‥‥死骸から養分を吸って美しく咲く花の伝承を聞いた事があるけれど‥‥」 開拓者達は黙ってしまった。 神主には二人の子供がいた、とさっき京介は言っていた。 そして山門に咲く赤いアジサイは二株。 「ちょ、ちょっと待って‥‥」 開拓者達は山門から社をもう一度覗き込んだ。 社の中にはもう一株、赤いアジサイがある。この二株より一回り大きなそれは‥‥。 「ああ、そう言えばアジサイの手入れをしているときに、これ、拾ったんですよ。お返ししてこないと‥‥」 京介が回れ右しようとするのを開拓者は止めて持っていたものを取り上げる。 「これは‥‥」 汚れきった指輪であったのだ。 「女物? まさか‥‥ね?」 朝の風は湿って冷たい。開拓者達は身震いした。 「そ、そんなことより、早く帰ろう? 京介さんが無事に家に帰れるように助けてあげなくっちゃ。この指輪は後で返しておくから」 「そうですね。約束しましたし。はい、アーニャさん。この花は京介さんの奥様に渡すようにした方がいいかもしれませんよ」 「うん」 彼らは逃げるように社を後にする。 背中に走った冷たいものを、朝の風のせいにして‥‥。 神主は、開拓者達が去った境内でアジサイの花を抱きしめた。 「公平。真美。‥‥せつ子。愛しているよ‥‥」 アジサイの花は彼の言葉に答えず、ただ、美しく静かに咲いていた。 |