【五行】朱雀寮の一日
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/31 20:34



■オープニング本文

 五行の都、結陣の一角に陰陽寮はある。
 一角と言っても東西南北にある4つの寮に加え合同施設もある。
 もはや一つの町とさえ言える陰陽寮は、今年新たな住人を迎えた。
 施設整備の為、入寮を見送られた白虎、玄武を除く二寮に若々しき声と笑顔が溢れていた。

「と、言うわけで今更言うまでもありませんが、陰陽師と言う者はアヤカシの根源と言われる瘴気を操り、再構築し使役する存在です。故に、正しき精神と理念を持って術を学び、また使うことこそが求められると思います」
 新入生に対する初の講義。
 朱雀寮長、各務 紫郎の話を寮生となった者達は、ある者は真剣に、ある者はやや不真面目ながらも聞いていた。
 どこの世界も同じだろうが、新しいことの始まりはいつも基本の再確認である。
「面倒に思われるかもしれませんが、良い仕事というのは何も派手な力を行使し、強引に解決することばかりではありません。地道な作業を堅実に積み重ねていくことこそが大事なのですよ」
 実践を経験してきた開拓者にとって、解っていることも多いがそう言った寮長の言葉は理解できるゆえに新入生達は真面目に授業に向かっているのであった。

 そんな時間が流れること暫し
「では、本日の講義はここまでにしておきましょう」
 寮長は書物を閉じて、新入生達の方を見た。
「ここからは皆さんの学び舎となる、この朱雀寮を知る見学授業を行います。朱里!」
「はーい!! 皆さ〜ん、覚悟はいいかなあ?」
 寮長に呼ばれて飛び出してきた赤い髪の少女は、教壇の上で彼の一歩前に立つと、指を立てた。
「覚悟?」
「そー。この朱雀寮はねえ結構広いんだよ〜。施設もいっぱいあるしね。ここは『講義室』でしょ、『厨房』でしょ? 『研究室』に『中庭』‥‥ここは実習の場所でもあるからね。あと『食堂』『購買部』『図書室』『物置』‥‥迷わないようにしっかり歩いて覚えてもらうから覚悟してね」
 朱里の言葉にある者は笑い、ある者はうわ〜という表情を浮かべながらも胸に期待と楽しみを抱きしめている。
「案内は朱里に任せます。何か疑問その他があれば聞いて下さい。それから注意をしておきます」
 寮長の言葉に室内がしんと静寂する。
「一つは朱里が案内しない場所には立ち入らないこと。特に上級生の研究室や資料室などは立ち入り禁止とします」
 寮生たちは頷いた。
「もう一つはみだりに寮内で術を使用しないこと。必要の無い時に術を使ったり、寮生同士のトラブルにおいて術を使い相手を傷つけるようなことをした場合は退寮もありえますので注意して下さい」
 二つ目の指示にも寮生達は頷く。学び舎でのそれは確かに基本である。
「では、これで講義を終了します」
「荷物室に荷物を置いたら中庭に集合ね〜。起立! 寮長に礼!」
 朱里の言葉に寮生達は立ち上がり、礼をとって寮長を見送った。

 寮生達は荷物室と案内された場所に、書物や筆記具を置きに戻ってきた。
「でも‥‥何度見ても、あんまり気持ちの良いところではありませんね。その‥‥男女合同でもあるし‥‥」
 一人の女性寮生が呟く。その言葉に他の寮生達も同意するように頷いた。
 講義室や厨房、今まで見てきた施設が清潔で古いながらも綺麗であった為、ここの汚さが余計に目に付く。
 二階建てのかなり広い建物。
 だがそこは、さながら人が住まなくなって何年、何十年も経った廃墟のようであったのだ。
 しかも、周囲の柱には何かがぶつかったような跡や、焼け焦げた跡、それに何か刃物で切りつけられたような跡まである。
 灯りの用意も無いし、窓のたてつけも良くない。荷物は好きなところに置け、と言われたが机も朽ち果て備え付けられたタンスもボロボロ。
 思ったより埃は無いが、正直、こんなところに荷物を置きたくない。と思ったものも多いようだった。
「あれ〜、何してるの。用意が出来たら早く出てきて!」
 なかなか出てこない新入生達を覗き込むように顔を見せた朱里が呼ぶ。
「あの‥‥。ここ、何とかなりませんか? その‥‥凄く、汚れてて荷物も置くしかできなくて、不用心ですし‥‥」
「なんか、アヤカシでもでそうだよね」
「出るよ」
 寮生の冗談のような言葉に、本当にケロリと朱里は答えた。
「えええっ?」
 ざわめく寮生達に朱里は指を立てる。
「何を驚いてるの? ここは陰陽寮だよ。アヤカシの一匹や二匹いて不思議は無いでしょ?」
(無いのか!)
 心のツッコミを口に出せぬまま寮生達は朱里を見つめている。
「ここにはね〜。夜になるといろんなアヤカシ達がねえ、現れては遊ぶって言われているんだ。今まで何度か取り壊そうかって話もあったんだけど、それもまた勉強だからって残してあるの。大丈夫。夜以外には出ないから。気になるなら、後で皆で掃除すれば?」
 あまりにもあっさりと言うので寮生達はそれ以上の抗議を告げることもできない。
「さあ、行くよ! 早くしないと本当に夜になっちゃうからね!」
 手招きする朱里の後を寮生達は追いかけていく。
 残していった荷物に、微かな心配を残しながら‥‥。

 そして、その日の夜。
 見学に時間をとられ真っ暗になった中、戻ってきた彼らが見たものは‥‥
「おいおい。‥‥百鬼夜行か? あれは??」
 荷物置き場と呼ばれていた建物で溢れ戯れるアヤカシ達の姿であった。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
ノエル・A・イェーガー(ib0951
13歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●朱雀寮、一日の始まり
 陰陽寮 朱雀の一日は、朝、寮生が通学してくる所から始まる。
「卑しながら世話になるっ!」
 大きな声で平野 譲治(ia5226)は建物に向かって礼をした。
 基本的に陰陽寮の内部に宿泊設備はないので、寮生は自分の家や拠点から日々通ってくるのだ。
 そして身の回りの事を整えて後、講義を受ける。
 午前中は座学が多いと、最初の説明で寮長が話していた。
 何人もの講義を受け持つ教官がいて、学年別や興味別にそれぞれの授業を担当しているらしい。
「よう! 新入生。元気にしているか?」
 時折そんな明るい声をかけてくる先輩達もいる。
 丁度午前の講義が終る頃、開拓者達は荷物を置き寮の中庭に集合していた。
「はーい。皆集まったねえ。これから陰陽寮内の案内を始めるよ〜」
 案内役の人妖朱里が明るい声で手を振る。
「あれえ? なんだか元気が無いねえ。皆? どしたの?」
 顔を覗き込んできた朱里に
「あ、別に大した事ではないです。ただ、さっきの所がちょっと気になって‥‥」
 ノエル・A・イェーガー(ib0951)は慌てて手を振る。
 彼女の脳裏にはさっき見た、古くて今にも崩れそうな、しかも、夜にはアヤカシが出ると言う荷物置き場が消えないようだ。
「さっきのって‥‥? ああ、実‥‥じゃなくて荷物置き場ね。気にしない。気にしない。陰陽寮でいちいちアヤカシ気にしてたらやってけないよ〜」
 パタパタと手を振り笑う朱里にノエルは軽く心でツッコむ。
(陰陽寮だからアヤカシって‥‥なんだか間違ってると思うんですけど)
 だがそんな思いを封じて、彼女は大きく首を振った。
「じゃ、出発するよ〜」
 朱里が声をあげて彼らを呼んだからだ。
「早く‥‥行きましょう。置いて、行かれますよ?」
 瀬崎 静乃(ia4468)が誘う。
「はい。判りました。夜までに戻ればいいんですよね。それに、楽しみですから!」
 走り出すノエルの心はもう、あの汚い家にはない。
 新しい陰陽寮での生活へと飛んでいた。

●朱雀寮見学ツアー
「それじゃ、まずは改めましての講義室ね。一年の授業は今の所は、術のコントロールと実践。それから応用がメインだよ」
 朱里ががらりと扉を開ける。
 ここはさっきまで寮生達が各務寮長の講義を受けていたところだから見知ってはいる。
 隣は二年次が授業中だからと指を立てられたので、劫光(ia9510)は改めて周囲とそして、自分達を見た。
 開拓者ばかりと思われているが、今回の合格者の中にはギルドにまだ登録していない志体持ちもいる。
 今年はいないそうだが、稀に生まれ持っての志体を持たないのに努力で合格する一般人もいるとか‥‥。
「よう。一緒に勉強する仲間だ。よろしく頼むな」
 開拓者に比べると少し緊張気味の彼らに劫光は手を差し伸べた。
「あ‥‥よろしく。僕‥‥」
 返された手。それがきっかけで開拓者とそうでない寮生達も一気に和気藹々と会話を始める。
「まあ‥‥良いけどね」
 最初から予定時間オーバーの見学会に、朱里はくすりと微笑んだのだった。

 その部屋は古い、墨と紙の匂いが広がる静寂の部屋、であった。
 入り口近くに座っていた人物が腰を上げて、朱里に向かって会釈と同時に人差し指を一本、唇の前に立てた。
 講義室よりも少し潜めた声で朱里は説明する。
「ここは図書室 その一。一年生用の書庫だから皆は自由に使って大丈夫。でも、本の寮外持ち出しは原則禁止。使用の時はちゃんと司書に申し出て手続きしてね」
 図書室はその一、というだけあって陰陽寮の規模からしてみれば小さい。
 だが広い部屋にいっぱいの本はそう他の場所ではお目にかかれない規模だと彼らは思った。
「わあ‥‥すごいです。こんなに沢山あるとどれから読もうか迷ってしまいますね」
「‥‥ん。いい感じ」
「静かで良いところですね。年月を感じて、なんだか落ち着きます」
 寮生の中には本好きも多い。ノエルや泉宮 紫乃(ia9951)はうっとりと本棚に見惚れ、静乃は深く深呼吸した。
 直射日光が当たらないように計算された本棚の配置。
 テーブルに椅子もあり夏だというのに、過ごしやすい部屋。
「授業の無い時は閉室時間まで、此処に入り浸ろう」
 静乃はそんな事を思いながら、本の配置を見て回った。
 もうノエルは何冊かの本を手にとっている。術の専門書が多いのは陰陽寮ならではだろう。
「ん〜? 卒業生名簿とかそういうのは無いのかしら。あと先輩とか架茂王の研究書とか、アヤカシ使役の法とかないかと思ったのに」
 アッピン(ib0840)は本棚を指差し確認しながら残念そうに呟く。
 一年生にはまだ見せられない、ということかもしれない。
 ちなみに架茂王は玄武出身なので、研究書があったとしても朱雀にはないだろう。
「あまり重要な研究資料はない感じ? でも地図や歴史書、アヤカシ図解図鑑とかは面白そう。‥‥それに、冒険小説や恋愛小説もいっぱい?」
 本の配置をメモしながら歩く静乃は、そろそろ集合の声に、前を向きかけ、ふと振り返った。
 後ろには何かを読みふける紫乃がいる。
「どうしたの? そろそろ集合だって」
「あ、すみません。つい夢中になってしまって」
 彼女が閉じた本は伝説の霊獣や式の図解絵本。
「式を、しっかりとイメージできるようになりたくて。私が形作ると何故か小さく丸く、ぬいぐるみの様になってしまって‥‥」
 小さく笑って紫乃は本を戻す。
「楽しみですね」「うん‥‥」
 二人の前に広がる知識の海は、新たな来訪者を心から歓迎していた。

 ほぼ素通りに近い状態で朱里はある部屋を通り過ぎた。
「ここは物置。いろんなものが詰め込んであるの。危ないから勝手に入っちゃダメだよ。持ち出しも禁止ね〜」
 扉も開けずに去っていく案内役の後を寮生達は普通に追いかけたが、一人だけ足を止めたものがいる。
「陰陽寮の物置という事は、何かおもろいものがあるかも‥‥」
 こっそりと周囲を見回して喪越(ia1670)は素早く中に忍び込んだ。
 中には本当に雑多に色々なものが積まれていた。書架や壺。人形や置物。何かわからないものまで。
「開けたら、何でも言う事聞いてくれる美女が出てくる壺とかないかな? ‥‥いや、全て思い通りってぇのも興醒めだな。やっぱりこう、嫌よ嫌よも好きの内的な‥‥」
 そんなことを考えながら物置を漁る喪越の背中を突然何かがぐいと掴んだ。
「な、なんや?」
『オホホホホ! 御機嫌よう♪ ジュリエット参上ですわ♪ 使用人がこんなところでなにをしておりますの?』
「げ! な、なんでこんなところに?」
 彼の首を引っ張ったのは喪越の土偶ゴーレム ジュリエットである。
『ここは朱雀寮でございましょう? 今日も今日とて、ワタクシに仕えるべきメンズが生産されているという。運命の出会いを見過ごすわけには参りませんでしょう?』
「いや、土偶ゴーレムの研究はしてるかもしれんけど‥‥」
『さあ、今日もグッドルッキングガイを狩りに、もとい、白馬の王子様との運命の出会いを探しにいきますわよ!』
「結局こうなるのねん‥‥。ああ、パッツンパッツンの美女よ。さらば‥‥」
 かくて喪越は土偶ゴーレムに引きずられて皆と合流する。
 ちなみに朱雀寮では主の責任下において人妖や式、朋友の同行は許されている。
 故に土偶ゴーレムを止める者はいない。念の為。

「ここは一年生の研究棟ね。まあ、一年次は大して研究って程の事はできないけど、いろんな資料を纏めたり相談したりする自習室みたいなものと思って自由に使って良いよ」
 机や簡単な書物の並べられた部屋で、玉櫛・静音(ia0872)は本の一冊を手に取った。
「他の学年の皆さんや、先輩はどんな研究をしているのでしょうか?」
『どんな研究が許可されているのですか? 術具なども研究するのか、或いは式の構成を主にやるのか』
 静音や人形を抱いた青嵐(ia0508)の問いに朱里は言葉を濁す。
「‥‥さあ、それはあたしが言えることじゃないから。当面は基本術の研究とかかな? 後で寮長とかに聞いてみて」
「そうですか‥‥。私、研究してみたかったことがあるのです。瘴気のコントロール」
 青嵐の言葉を聞きながら静音は本を戻し外を見つめた。
「陰陽師とは瘴気を操り形とするものですが、もっと具体的に出来ないかと思っています。その始めとして瘴気を浄化し消失させる事でアヤカシや魔の森の勢力を弱める事が出来ないかを研究してみたいです」
「難しいこと考えるね〜。陰陽師が術を使った後も、多少なりとも瘴気は残るもの。でも自分なりに研究をするのは別に構わないと思うよ。成功するかどうかは微妙だけど‥‥」
「解っています。出来るかどうかもわからないし、出来ても私一人には余るでしょう‥‥でも」
 静音は言葉を選びながら答える。これだけ多くの人と出会うのも、長く話すのも初めての経験。
(でも、ここは私一人で生きていく場所‥‥)
 震えながらも前を向く静音の前に青嵐の人形がふいと立って頭を下げる。
『共に学び、前に進みましょう。これから共に同じ寮で学ぶ者、よしなに‥‥』
 人形の仕草とそれを操る青嵐に、静音はくす、と微笑むと
「こちらこそ‥‥」
 優雅に礼を返したのだった。

 陰陽寮は年齢のバリエーションが広い。
 初老の者もいれば十代前半の者もいる。だがその中で最年少はおそらく譲治であろう。
「うわー。広い〜〜」「本がいっぱいだあ〜」
 だから常に一番前に立ち、何を見ても眼を輝かせる彼を仲間達は優しげに見守っていた。
 興味のあるものになんにでも近づいて全力で遊ぶ譲治に朱里も、もうすっかり友達顔だ。
 さっきの中庭の実習訓練場ではかけっこもしていた。
 意外に朱里の精神年齢は低いのかもしれないと寮生達が思いかけた頃
「い、いけないいけない。仕事に戻らないと。で、ここが仮眠室兼自習室ね。通学が基本だけど遅くなるときはここで寝ていいから」
 朱里が指し示した場所で譲治は一際大きな声を上げた。
「うわ〜〜。ひろ〜〜い!」
 朱雀寮の仮眠室は本当に広い建物の端に沢山の布団が重ねられているだけだった。
 男女の間は間仕切りで仕切られているが、それを外せば広い何も無い部屋である。
「走り回れて寝る場所があるなんて! わ〜い。布団もふっかふっかだ〜〜!」
 誰かが広げたままの布団に譲治は飛び込むように転がった。
 ごろごろ。布団にくるまり幸せそうである。
「譲治君。そろそろ次いくよ〜」
 呼びかけてもまだごろごろ。だが‥‥朱里は心得ている。
「次案内するの食堂と厨房だけど、行かない?」
「行くのだ!」
 譲治は秒で飛び起き、立ち上がった。
 皆が出る前に、そっと一冊の帳面を近くから引っ張ってきた机に置いて。
「早くおいで〜」
「今行くのだ〜」
 残された帳面にはこう書いてあった。
『なんでも好きなことを書いてくださいのーと』
 そして一ページにはこうある。
『質問大会! 皆の一番好きなものは? おいらは人〜♪ 平野 譲治』
 と。

 寮生達が食堂にたどり着いた頃にはもう日が暮れかけていた。
「とりあえずここで見学は終わり。お疲れ様でした。丁度良いから食事してく?」
 朱里の誘いに勿論寮生達は頷いた。
「まずはめにゅーチェックしないと!」
 言葉通りお品書きを開いた俳沢折々(ia0401)は声を上げた。
「なになに。只今、夜定食販売中? 冷やしソバ、カツオのサシミ定食、うな重、うどん。その他全て五文? 安っ! 昼のめにゅーも後でチェックしよっと!」
「結構メニューは豊富なんですね。おにぎり、漬物、お弁当はていくあうと可能。うわー。アンミツや大福とかまである。すごーい」
「ここの料理は美味しくて安くて、有名だよ。ただた〜まに料理長のわけの判らない新作もあるから気をつけてね〜」
「訳のわからんとはなんだ!」
 突然の声に、朱里はしまったと小さく舌を出す。
 厨房から出てきたのは恰幅の良い男性であった。
「新しい味の創造には試行錯誤が付き物だ。幾多の失敗あればこそ今の味がある! 料理は生きる基本。全ての根幹だ」
 見るからに職人気質っぽい料理長に尾花朔(ib1268)は立ち上がって近づくと丁寧にお辞儀をした。
「尾花朔と申します。料理長。私も料理に深い興味があります。食は生活の基本であり、また多くの勉強の基礎です一つ一つの行程、作法それら突き詰めると陰陽の術になったりしますし」
「ほお、お主、なかなか見所がありそうだ。今度あるばいとしないか?」
「それはぜひ。それで‥‥お願いがあるのです。ちょっと小耳に挟んだことがありましてご協力頂けませんか?」
 後ろに真名(ib1222)と紫乃がやってきたのを確認し、彼は料理長に何事かを耳打つ。
「厨房をお借りしたく。あと、朱里さんにも協力頂いて‥‥」
「面白い! 丁度、夕食の準備もひと段落したところだ。わしも協力しよう」
「楽しそうですねえ。何をするんでしょうか? 後でお手伝いに行きましょう」
 アルネイス(ia6104)は両手に山ほどのお菓子や、果物、おにぎりやからあげをテイクアウトして外へ行く。
「凄いのだ。それ全部食べるのだ?」
「違いますよ! ジライヤのムロンちゃんが待ってますからね。私が食べるんじゃないですよ〜〜」
 その頃、厨房では、なにかが始まろうとしていた。

●荷物置き場(?)の攻防
 そんなこんなで寮生達が朱雀寮を一回りし、戻ってきた頃にはもうすっかり夜が更けていた。
「すっかり遅くなっちゃった。荷物大丈夫かな?」
 だが寮生達が走り戻ってきた時にはなんとアヤカシ達が荷物置き場で大騒ぎをしていたのだ。
「‥‥何故、陰陽寮にアヤカシがいるのでしょう?」
 鬼や獣達が室内を歩き回ったり駆け回ったり、飛び回ったりしている。
「なんだか楽しそうですね。遊んでいるのでしょうか?」
 寮生達は暫く、様子を伺っていたが、彼らが建物にも持ち物にも手出しする様子が無いのを見て、戦闘で無理に追い払おうという気がどうにもてないでいた。
「どうするのだ? 追い払うのだ? なんなら強を連れてくるのだ」
 開拓者達の龍は殆どが寮外にある龍の宿泊場にいる。
「十六夜を連れてくる程では無いと思いますが」「ミストラル寝てるかな?」
 連れてくるのは直ぐであろうが‥‥。
 静かに哀桜笛で音楽を奏でる静乃の横で青嵐は言う。
『退治や実験は止めておきましょう。ここは『朱雀寮』真実に問題があるアヤカシであればとうに寮長からも注意が来ているはずです。あの人が把握していないとは思いがたいですからね』
 折々は頷き、喪越と顔を合わせる。
「なにやってるのか少し興味があるなあ」
「それでは早速、アヤカシの事をもっとよく知る為に、色々試してみましょうか〜」
 止める間もなく人形を投げ込んだ喪越と静乃の笛に、ガタン。
 どこか高いところで音がした。
「あら? 人の気配? ってカメムシさんが消えちゃった」
 アッピンが放った人魂の消失に驚いている時。
「そうか!」
 劫光はぽんと手を叩くとツカツカ中に入ろうとする。
「劫光さん。突っ込まないでくださいね?」
 ニッコリ笑顔でそれを止めようとする朔の手を払って
「なに、心配してんだよ朔! 術は使わねえって。信頼しろよ!」
 彼は中に入っていった。
「劫光さん!」
 慌てた紫乃が追いかけ、寮生達が後を追い中に入った時、アヤカシ達は動きを止めて寮生達の方を向いた。襲い掛かってくるか!
 身構えた仲間達を制して劫光は大きく深呼吸して声を上げる。
「これは、寮内での術使用禁止に入らないんですか? 寮長!!」
「えっ?」
 寮生達が瞬きした瞬間、アヤカシは動きを止める。そして
「気付きましたか。流石、朱雀寮一年筆頭ですね」
 微笑しながら出てきたのは朱雀寮寮長、各務紫郎と生徒達、だったのである。

●驚きと輝きの日々の始まり
「あれはまあ、新入生歓迎の儀式のようなものです。驚ろかせてしまってすみませんね」
 もう深夜に近い食堂で、紫郎は寮生達に笑ってそう言った。
「あそこは本当は実践実習室です。建物内での戦闘を想定して術の使い方を学ぶ為の場所ですが、例年新入生の緊張を解きほぐす為に先輩が式を出して、肝試し感覚で脅かすのが通例になっているのですよ」
 ちなみに寮内にはちゃんと個人用の荷物置き場があった。
 鍵付き男女別のいわゆるロッカーである。そこに荷物を置きなおして後、彼らはここにやってきたのだ。
「戦い前に見破られるとは思ってなかったぜ」
 笑う先輩の中には人妖や鬼火玉など連れているものもいる。
 さっきのアヤカシは先輩たちの式や朋友達だったのであろうか?
「まったく、たちの悪い悪戯だぜ。まあ、面白くもあったけどな」
 食堂のメニューには実は酒もお茶もあり、食堂は賑やかな宴会会場になっていた。
「皆さんを驚かせようと思って、朱里には黙っているよう命じました。‥‥私の方が驚かされるとは思っていませんでしたがね」
 微笑する寮長の前には朔や紫乃。そして真名が作った様々な料理が並んでいる。
 中央には桃で作った焼き菓子に粒餡おはぎ。水無月と小男鹿と甘い菓子が並んでいる。
「寮長さん。お誕生日おめでとう!」
 どこから聞きつけたのか各務紫郎の誕生日が七月と聞いて寮生の有志が誕生祝いをしてくれたのだ。
「‥‥はっぴぃーにゅ‥‥、じゃなくてはっぴぃばーすでい」
「あたしのは麻婆豆腐。辛くて熱いの作って暑い季節を乗り切らないとね! これからお世話になります」
「ありがとうございます。まさかこんなお祝いをしてもらえるとは思いませんでしたよ」
 祝いを言ってくれた静乃や酌をしてくれた真名にも紫郎は微笑を向けた。
「あ、この料理美味しいです。そう言えばさっきのおにぎりも美味しかったらしいので味付けの秘訣なんかを教えて貰いたいです! 旦那様の為にも!」
「ねえ、寮長。自由に動いちゃいけないのは、きっととんでもなく恐ろしい場所があるからだね。大アヤカシを封印した結界とか、超強力な宝珠刀が奉られた祠とか。くぅー。わたしも早く上級生になって、そういうところに行けるようになりたいなあ」
「むにゃ‥‥もう、おなかいっぱい‥‥。眠いの‥‥だ」
「そういえば陰陽寮の七不思議とかないのかしら。あったら教えて欲しいわ。朱里ちゃん」
「こら〜。離せ〜。美人の先輩とお近づきになるチャンスなのに〜〜!」
『ホホホ〜。それよりもグッドルッキングガイとのお茶の方が大事ですわよ』
「‥‥そういえば、少し、おなかすいたかも。静音さんも‥‥食べる?」
「頂きます。‥‥なんだか、とっても美味しいし、楽しいですね‥‥」
「そうですね。皆さん。力を合わせ、仲良く楽しくやっていきましょう」
 寮生達の宴会は遅くまで続き、結局彼らはその夜、仮眠室での始めての夜を過ごしたのだった。

 翌朝、皆で団子になって眠った部屋から抜け出して真名は龍達のところへとやってきた。
 折々のうがち、紫乃のシエルやノエルのミストラルら駿龍達と頭を並べ自分やアッピンの駿龍もまだ眠っている。
 炎龍は劫光の火太名だけであるが、静音の不動や青嵐の嵐帝とけんかもせずに仲良くしているようだ。静乃の文幾重ものんびりと見守っている。
 まるで自分達のようだ。
 寮長の言葉が胸に残る。
『皆さん。力を合わせ、仲良く楽しくやっていきましょう』
 彼女は自分に問う。
「‥‥楽しくやっていけそう‥‥かしら?」
 心は答える。
「大丈夫。楽しくやっていけるわ。きっと‥‥」

 振り返る朝日の中、仲間達の声がする。
「ふわあ! よく寝たのだ」
「あいつはいないな。よし今のうち‥‥」
『ホホホ! 逃がしませんわよ』
「ムロンちゃん! 朝ごはんですよ〜。今日のお勧めは、自家製すじこのおにぎりですって。美味しかったら作り方これも教えて貰うのです」
「おはよう。皆良く眠れた? 今日からまた元気に頑張ろうね!」

 朱雀寮の一日が始まる。
 仲間達と共に過ごし、学ぶ日々が‥‥。