【メーメルの姫】策謀
マスター名:夢村円
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/11 00:12



■オープニング本文

 ヴァイツァウの乱から数ヶ月。
 戦場となった南部辺境地域は徐々に安定を取り戻しつつあった。
 リーガ、クラフカウ城は修復が進み、人々の顔にも笑顔と活気が戻ってきている。
 他の地域の反乱軍に組した貴族達の処分も済みそれぞれ領地の把握にいそしんでいる。
 そして最終戦場となり、最後までアヤカシなどが住み着いて復旧の目処が付いていなかったメーメル城も、開拓者の功績により住民が戻ることができるようになった。
 これで、戦災復興の第一段階が終ったと、南部辺境地域を預かる辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスがホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、その耳に信じがたいことが伝えられたのだった。

「メーメルの復興が進んでいない?」
 辺境伯の言葉に信頼する執事と部下は頷いた。
「リーガ城外に避難していたメーメル城の住人達は、先日無事戻りました。とはいえ、崩壊の激しい街と城です。住居と食べ物の奪い合いがはじまっているようなのです」
「先日、私が見に行った街は秩序も無く、乱れていました。家を失った人々は路上で寝転び、家が無事だった者達も食べる者も無く、仕事も無くぼんやりとして‥‥」
「そんな筈は無いでしょう? やることは沢山あるはずです。崩壊した街の瓦礫の撤去、家や街の修復。食べるものの修復の為の資材も少なからず送っています。あれほど戻りたいと願った故郷でしょう? 彼らは一体何をしているのです?」
「それが‥‥」
 部下は言いよどんだが周囲に人がいないことを確認して答える。
 資材が、人々の手に殆ど届いていない、と‥‥。
「何故?」
「こちらから発送した荷物が、向こうに届いていない、というのです。何でも途中で盗賊に奪われたと管理を任せた役人達は言っているのですが‥‥」
『申し訳ありません。我々も監視の目を光らせているのですが‥‥なにぶん人手が足りなくて‥‥』
 そう手もみするように言い、伯爵の元側近だったと言うヘンレーはぺこぺこと頭を下げた。
 しかし、調査したところ盗賊が出たと言う話はどこにもなかったのだ。
 なのに資材は消えている。
 それはつまり‥‥
「彼らが着服している可能性がある、ということですね」 
 辺境伯の言葉に、部下は頷いた。
「城下には商人達も多く入っています。ですが彼らの売る品物はあまりにも高く乱で多くの財産を失った者達には命を繋ぐ分を手に入れるのがやっとのようです。彼らに話を聞いてみると商売の為の税が高くて安く売る事はできないと‥‥」
 辺境伯はため息をついた。
 メーメル城の領主である伯爵とその子息は亡くなっている。
 後継者の無い領地の管理を、復興を急ぐあまり伯爵の下で働いていたと言う下級貴族や役人達に任せたのが良くなかったのかもしれない。
「税を安くしろ、と言っても復興の為にお金がかかると言われれば頭ごなしの注意もできませんね。ですが、荷物の護衛や治安維持にリーガの兵も送っている筈ですが?」
「恥ずかしい話ではありますが、リーガから派遣した兵も何人か買収されている可能性もあります。実際私にも金銭を差し出す者がおりましたから」
 食料を巡ってや、家、建物に関するトラブルも多くなってメーメルでは争いも耐えないという。
「なんとかせねばなりませんね‥‥」
 かといっておそらく、メーメルの役人達の多くが関わっている陰謀。
 辺境伯が表立って動けば、証拠は隠匿されてしまうだろう。
「となれば方法は一つ‥‥」
 そして極秘に一つの依頼が開拓者ギルドへと送られたのだった。

 辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカスからの依頼は二つ。
 表向きはメーメル城の復興支援である。
『歌、踊り、医療、建築その他、どんなことでも構いません。疲弊しきっている人々を助けて下さい』
 だが、もう一つの依頼は‥‥
『メーメル城で下級役人や貴族達が復興資材を着服したり、高額な税をとって私腹を肥やしているという情報があります。それを内偵し、本当であるなら証拠を掴んで下さい』


 崩壊を免れた館で、彼らは
『乾杯!』
 杯を重ね合わす。
「これからは、我々の天下だ!」「コンラート殿には感謝せねばな」
 楽しげな笑い声が館に響く。
 苦々しく唇を噛む使用人達の思いなど、知ろうともせずに‥‥。 

 メーメルで戦災復興というもう一つの戦いが、始まろうとしている。
 
 


■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
桐(ia1102
14歳・男・巫
龍威 光(ia9081
14歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
アルベール(ib2061
18歳・男・魔
カルル(ib2269
12歳・男・巫


■リプレイ本文

●メーメルの灯火
 その日、メーメル城下街に子供達の笑い声が響いた。
 それは、本当に久々の事であった。
「えへへ。僕カルル(ib2269)。ねえ? 一緒に遊ぼうよ!」
 どこからともなくやってきた一人の少年が、ボールを差し出しぼんやりと座り込む子供達を笑顔で遊びに誘ったからだ。
「‥‥うん!」
 最初は見知らぬ少年に警戒したような顔だった子供達も、一人が立ち上がると皆が後に続き、廃墟の瓦礫の中、それをどかして遊び始める。
 少年や子供達の笑顔はまるで翼が生えているようであったという。
 ボール遊びに入れないでいる少女達には
「良かったら、一緒に遊んでもらえませんか? これ、お手玉っていう天儀の玩具なんですよ。綺麗でしょう?」
「♪一番初めはもふらさま〜 二〜は〜 あれ? なんだかうまくいかないんですねぃ?」
「お兄ちゃん。私にもやらせて?」
 すっと寄り添ってきた姉弟のような二人が、なにやら小さな玩具での遊びを誘いかけていた。
 歌を歌いながら赤や、黄色のそれらが空を踊る。
「まったく、手伝いもしないで‥‥」
 子供達の様子に顔をひそめる大人もいるにはいた。
「良いではないですか? 子供達のあんな笑顔は久しぶりです」
 だが声を上げて止める者は、誰もいない。
 街の片隅にまだ花をつけない向日葵と桜の木が風に揺れる。
「我々に、もっと力があれば‥‥」
 彼らはどこか、寂しげな瞳で微笑むと遊ぶ子供達、そして悔しいほどに青い空を眩しげに、悲しげに見つめていたのだった。

「ふ〜。暑い暑い。ジルベリアの夏は過ごしやすいって言うが、やっぱり長袖に鎧に兜は暑いねえ〜」
「仕事がきつい上に暑いとはやってられないな。まったく、騎士の仕事も楽じゃないぜ」
「ハハハ。こんな楽な仕事でそんな愚痴を言ってたら騎士なんか務まらないぞ」
 どこか緩んだ雰囲気が広がるここは、街道を行くリーガ城救援物資輸送隊。
「先に行った連中は大丈夫かねえ?」
 その中でグリムバルド(ib0608)他の兵士達に気付かれないような小さな声で、そんなことを囁いた。
 彼の囁きを聞きとめたのはニクス(ib0444)だけ。だから彼も他の者達に気付かれないように
「彼らは、彼らの役割を果たすだろう。我々は我々のやるべきことをするだけだ」
 そっと答える。
「まあな」
 頷きながらグリムバルドは身体を伸ばす。
「しっかし、横領かよ。戦争が終わって皆で頑張ろうって時に何時でも何処でもロクでもねー事する奴は居るもんだな。どうせやるなら元通りになってからにしろよ」
 眉をひそめかけたニクスにグリムバルドは笑う。
「まぁどっちにしたって許さねぇけども」
 ニクスもその返事にくすりと小さな笑みを浮かべた。
「確かにな。見下げ果てた話だ。民を護る事こそが騎士の本分だろうに。戦争と言うものはそんな事さえも忘れさせてしまうのだろうか? ん?」
 頭上を影が過ぎる。
「シックザール‥‥」
「ウルティウスも着いてきてるようだな」
 空を飛ぶ三頭の龍。
 彼らは遠くから距離を守って付いてきている。
「おい、そこの二人!」
 ふと、かけられた声に彼らは背筋を伸ばした。
「「はい?」」
「お前達、新入りだったな。今日の夜の見張りを担当してもらうぞ」
「はい」
 輸送隊のリーダーと聞いていた騎士の命令に二人は瞬きする。
「俺‥‥、いえ、我々が、ですか?」
「そうだ。簡単な仕事だ。言うとおりにすればいい。儲け話を探しているのだろう?」
 怪しく笑う『隊長』の笑みに、彼らは顔を見合わせ、一度だけ空を仰ぐと
「はい」
 そう頷いたのだった。

●大きな力、小さな力
 メーメルの街は子供だけでなく、大人も僅かながら活気を取り戻しつつあった。
「リーガ城からの救援物資を持ってきました!」
 ほんの僅かではあるが、食料、医薬品などの救援物資がリーガ城から届いたからだ。
「並んで下さい。まずは子供や女性が優先です。それから負傷している人はいませんか?」
 フェンリエッタ(ib0018)が駿龍キーランヴェルから降ろした荷物を広場に積み上げると
「及ばずながらお手伝いをさせて下さい」
「どなたかテント張りや、炊き出しを手伝って下さる方はいませんか?」
「美味しいお菓子もあるみたいですねぃ! みんなも行きましょうですねぃ!」
 アルベール(ib2061)や桐(ia1102)、龍威 光(ia9081)が手伝いを始めた。
 彼らの言葉に答えるように
「そうですね。私達も手伝いましょう」
「はい、ランディス先生」
 人々は笑顔で集まり列を作る。
 それは、勿論役人達にほぼ無許可の行動だ。
「こら! 何をしてるんだ?」
 諌めるように役人が走ってくる。
 それに気付いたフェンリエッタは仕事の手を止め、優雅にお辞儀をした。
「貴方は‥‥」
 役人達や町の住民の中にはフェンリエッタの顔を覚えている者もいようだ。
 かつてこの街の苦境を救い、人々に花という希望を与えてくれた騎士の顔を。
「私はグレイス辺境伯に荷物の輸送を頼まれた者です。復興のお手伝いをさせて頂けないでしょうか?」
「それは、勿論かまいませんが‥‥リーガ城から間もなく出発すると連絡があった物資の輸送隊というのは貴方ですか? 今後の荷物は全て開拓者の皆様が?」
「いいえ」
 フェンリエッタは役人の問いに首を振った。
「今後の事など、グレイス様のお考えは解りませんが、これは私が個人的に頼まれただけです。手伝って下さっている皆さんも依頼を受けたわけではありません。近いうちに正規便がリーガを出発するとのこと。それに先駆けて少しだが新鮮な品を届けてくれと頼まれまして」
 確かに見れば積荷は薬の他は新鮮な魚や野菜などがメインである。
「そうですか‥‥。ありがとうございます」
 役人達はなにやら浮かない顔で去っていく。
 それを密かに追いかける二つの影と
「後を頼みます。少し、忘れ物をしました」
 別方向に去って行く人を見送って
「はーい。美味しいお料理を作れる人いませんか? お給料が少し出るかもしれないですよ〜」
「城壁の壊れたところはありませんか? 案内して下さい」
「お料理できましたですねぃ。運ぶの皆でお手伝いするですねぃ」
「ぜひお手伝いをさせて下さい」
 街の人達も動き始める。
 人々の顔に希望が灯ったのを確かめて、開拓者達は、人々への支援活動を開始したのだった。

 周囲を伺いながらやってきた役人は、ある屋敷の前に来ると注意深く周りを見て後、身をその門の中に滑らせた。
「ここは?」
 役人の後をつけてやってきた龍牙・流陰(ia0556)は門の周辺を巡り
「わっ!」
 いきなり腕を引かれると、そのまま瓦礫の影へと身体を落とした。
「しっ! 大きな声出しちゃダメだよ」
「君は‥‥」
 自分を引っ張ったのは先行して街に潜入していたカルルだった。
「メーメルはあの乱の時以来なのですが、ここはどこだか解りますか? 穿牙を連れて空からと言うわけにも行かず困っていたのです。」
 流陰の問いにカルルもまた身体と声を潜め手招きする。
「中に入るなら、こっち。ともだちがね〜。教えてくれたんだ〜。おもしろいところがあるよ〜って」
 中に入って流陰はすぐああ、と頷いた。
 壁を潜り塀の中に入ると、そこは大きな館。
「なるほど‥‥。ここが着服を行っている役人の家、なのですね」
 戦乱の崩壊も免れたその屋敷の庭には大きな荷物が詰まれ、幾人かの商人達が荷車を並べている。
「ほら、あそこ。あそこに食べ物があるんだって。時々こっそり盗みに来てたみたいだよ」
 運び出される荷物がどういう品であるかはもう解っている。
 暫く聞き耳をたて、情報を纏めると
「判りました。とりあえず、一旦戻りましょう」
「そうだね」
 二人は静かに屋敷を出た。
「この地の人々が立ち上がれずに居るのを、見過ごすことはできませんね」
 彼らの会話から手にした、一つの言葉を最大の手土産にして。

 夜更け、彼らは静かにある場所へと集まった。
「やはりまた『盗まれた』品物は思ったとおりの場所に運ばれました」
 フェンリエッタは龍から降りて仲間達に、そう告げた。
「愚かなことです。もし、今回少し我慢して救援物資を見送っていれば、証拠は掴めなかったのに」
 一つの賭けであったが、どうやら『奴ら』は餌にくいついたようだ。
「商人と役人がぐるとは‥‥。町の人達も皆、それを知っていた。人々が逆らえないのをいいことに‥‥最低です!」
 吐き出すようなアルベールの言葉に光が、
「全部が全部じゃないんですねぃ。役人さんの中にもいっしょうけんめい皆のために働いている人もいるし、商人さんだって良心的〜に品物を売っている人もいるんですねぃ。でも〜」
 一生懸命に弁護するように言い、桐も頷く。
 街の世話役、奉仕活動をする者達もいる。開拓者の呼びかけに応えてくれた青年を始め手伝いを申し出てくれたも少なくなかったし、子供達はむしろ積極的に手伝いをしてくれていた。
 希望を失っていると聞いていた人たちも、僅かに届いた物資で笑顔を見せて、活気を取り戻していてくれたのに‥‥。
 だが、数日後役人が人々に告げた言葉は、その僅かな希望さえも討ち砕く。
「リーガ城から運ばれた救援物資がまた、盗賊達に奪われた」
 と彼らは告げたのだ。町中が諦めにも似た吐息に支配される。
 多くの兵士が戻らない、近く大々的な山狩りをすると平然と告げた役人達。
「盗賊のおかげで迷惑ですよね」
「‥‥盗賊か、確かにそう呼ぶ方が正しいよな‥‥」
 桐は思った。人々から生きる気力を失わせていたのは、役人という名の盗賊達だったのだ。
「奴らの声は大きく、力も強い。解っていても、今、目に見える心の支えを持たず、生きるのに精一杯の人たちにとっては逆らう為の力を振るえない、ということだと思います」
「ならば、せめてここの人々が自力で復興を進められる切っ掛けだけでも与えられれば‥‥」
「ええ、その為に私達はここに来たのですから」
 開拓者達は顔を見合わせて頷きあう。
 彼らの見つめる先には灯りの灯らない街がある。
「今夜が最大のチャンスです。今日を逃せば彼らの尻尾を掴む事は当分できなくなるでしょう」
「歌月、ここで待っていて下さいね」
「須臾。人参さんをあげるので待っててくださいですねぃ」
「行きましょう」
 そうして彼らは、正面から敵の本拠地へ乗り込んで行ったのだった。

●『盗賊』退治
「夜分、失礼します。火急の用にて開門を願います」
 門の前。フェンリエッタは堂々とそう名のって、開門を促した。
 動揺の気配が感じられる中、門はやがて静かに開いていった。
「誰が開けた?」
 そんな声が広がる中、進んでいく開拓者の前にやがて、一人の男が現れる。
 数人の護衛と、役人を背後に従える恰幅の良いその男は、不機嫌な顔で開拓者達を睨みつけた。
 だがフェンリエッタも開拓者もそんな視線に怯む事無く逆に、さらに進み出た。
「盗賊に盗まれた荷物がこちらに運び込まれたという情報があります。グレイス辺境伯の依頼により調査させて頂きます」
「お前達がグレイス辺境伯の使い? 何か証明するものはあるのか? そもそもその通りだとしても何の権利があってこんな夜遅くに人の屋敷にやってくるのだ」
「証明は必要と在ればグレイス様がご自身でして下さるでしょう。権利と言うのであればリーガ城主には自領の分を割って用意した救援物資を着服する盗賊の退治を行う権利はあると思われます」
「メーメルを先代様より預かる我らを盗賊と愚弄するか!?」
「盗賊だから盗賊って言ったんだよ〜。だってほら〜、ここに盗賊に盗まれた筈の品物があるもの〜」
 カルルが庭の片隅に積み重ねられた品物の前でぴょんぴょんと楽しそうに飛び跳ねた。
「な、なんだ? あの子供は? しかも、なんであれが、あんなところにある? 取引はもっと奥で行う予定だったろう?」
「判りません。確かに奥にしまって置くように命じたはずですのに」
「語るに落ちたな」
「ま、荷物を運びかえるの苦労したんだ。それくらいは驚いて貰わないと」
 動揺する役人達の前に、二人の兵士がどこからかやってくる。
 服装は‥‥リーガ城の兵士だがここにいるということは、自分の味方になる者の筈。
 買収を受け入れた自分達の同類‥‥。
「お前達! こんなところで何をしている? それに他の荷物の運搬や護衛の兵士はどうした??」
 少しずつ不利になる状況に役人は怒鳴るように声を荒げた。
「ああ。あいつらなら疲れたからって昼寝しているぜ。いや、もう夜寝か?」
「まったくロクでもない奴らだよな。みーんな、唆されてててさ。でもまあ、一番悪いのは唆す奴だけどな」
 武器を手ににやりと笑う二人の兵士を
「ご苦労様です。ニクスさん、グリムバルドさん」
 フェンリエッタが笑いかけて出迎える。
「あっ!」
 その時、やっと男達は状況と自分達の立場を察したのだった。
「お前‥‥いや、貴方達は本当に辺境伯の使い? つまり、辺境伯は全て気付いていたと?」
「そうです! いろいろと調べさせてもらいました。貴方達が立場を悪用して救援物資を横領していた事。その品物を商人達に横流ししていた事も、既に聞き取り調査が済んでいます!」
 桐が羊皮紙を広げる。
 自分達に逆らうものはいないとたかをくくっていたのだろう。
 彼らは特に隠蔽工作らしいものも行ってはおらず、少し調べただけで物資がこの屋敷に運び込まれたことや、それを商人達に横流ししていたことが簡単に解ったのだ。
「今日を最後に暫く取引を休むつもりだったのでしょうが‥‥外で待機していた商人達はもう捕らえています」
 先に潜入した時に最後の取引の日時を確認したカルルと流陰は外で屋敷に来ようとしていた商人、取引を終えた商人達達を捕らえていた。
「彼らは殆どが既に自白を始めています」
「まだ言い逃れできますか?」
 桐の笑みに役人達は後ずさった。慌てふためく様子にさっきまでの余裕は感じられない。
 開拓者達は微笑する。
 彼らの様子があまりにもおかしかったからだ。
 戦争において己の責任を果たす事無く逃亡し、平和になれば簡単にその手を返して戻る醜悪さ。
 生活に苦しむ民への物資を自分達の物だと言わんばかりに奪い取り、私腹を肥やす。
 己が行動を恥じようともせず、隠そうともせず、誰も自分達には逆らうまいとたかをくくる傲慢さ。
 あまりにも醜悪な『貴族』という存在。
「領民を捨て置き私服を肥やす‥‥貴族としてあるまじき姿ですね。恥を知りなさい!」
 アルベールの怒声に答えたのは声ではなく、逃亡の足音!
「逃げるつもりか?」「逃がさねぇぜ!」
 ニクスとグリムバルドは駆け出し逃げようとする何人かを追う。
 だが役人達の前には
「どこにも逃げ場はないですねぃ」
 いつの間にか回り込んだ光がいる。
 護衛たちは開拓者との戦闘の意思を見せない。
 前にも後ろにも開拓者。本当に孤立無援となった役人達はカルルと光の方に突撃した。
「光さん!」「カルルさん!」
 だが次の瞬間には勝負は決まった。
「炎魂縛武!」「骨法起承拳!」
「盗賊を〜、つっかまえた〜〜」
「人を外見で判断してはいけませんよ」
 二人の少年達に転がされた役人達の前に、今回の救援物資盗難事件、基、救援物資横領事件は一つの決着を見たのだった。

●メーメルの希望
 ほんの数日前のメーメルを知るものがいたら、今日の街を見て眼を疑うことであろう。
「エイレーネー。外から押さえていて下さい。皆さん、危ないから下がって」
 アルベールが魔法を唱えるたび、石の壁が現れて城壁の穴を塞ぐ。
「‥‥あの、僕に何かできることはないですか?」
 顔を見上げる少年の頭をアルベールは微笑しながら撫でると‥‥
「それじゃあ、向こうの建築班の人たちに食べ物を運ぶのを手伝ってくれますか?」
 そう頼んだ。
「うん!」
 元気よく頷き走る少年の視線の先には
「他所の奴らに負けるな! 賞金は俺らのもんだ!」
「何を! 負けねえぞ!」
「早さも大切だが、丈夫さをないがしろにしてはいけないぞ」
 ニクスに釘を刺されながら、楽しそうに競うように仕事をする人々がいる。
「グリムバルドさん。こっちの大岩、どけるの手伝ってもらえますか?」
「勿論。どこだい?」
 腕まくりするグリムパルド。流陰は大工の棟梁に話を聞きながら、ジルベリア風の建築について習っている。
「そうですね‥‥。まず仮設住宅には女子供を優先して収容し‥‥」
 フェンリッタは街の纏め役と街づくりについて相談しあい、桐は、料理人や腕自慢の女将さん達と料理の準備をしている。
「お土産の果物一緒に食べよう!」
「うわ〜。このベリー美味しい! 今年は食べられないかと思った!」
「メーメルの果物はとっても美味しいんだよ。今度食べにきて」
「絶対食べにくるですねぃ!」
「光さん、ほら食べる時はそんなにこぼさないで。口元が真っ赤ですよ」
 手や顔を汗と、果物の汁と、泥んこで真っ黒に遊ぶ、子供達の笑顔が眩しいまでに輝く。
 街は生き返ったのだ。
 開拓者達のおかげで横領を行っていた役人達は捕らえられ、溜まっていた多くの物資が人々の下にやっと届いた。
 また
「貴方はあの役人から、品物の横流しをされていましたね?」
「な‥‥何を証拠に?」
「ほら、この荷物にマークがつけてあります。先の立ち入りの時には免れたとしても言い逃れはできませんよ」
「あ‥‥っ」
 人々に別方面からの『援助』もあり、少なくともこれからこの街が以前のように食べ物に困る事はなくなった。
 今まで動こうとしなかった人々も、積極的に動き始める。
 救援物資の横領が行われていたと聞いて、多くの者達がやっぱり、と言う言葉を口にした。
「彼らは貴族、役人と言っても先代様がいらっしゃる間は、頭を抑えられるばかりであったようです。だから先代様が亡くなり自分達が街のトップと思い込むともう我慢ができなくなったのでしょう」
 事の顛末を聞き積極的に手伝いに動いてくれたランディスという青年は、寂しげに笑って開拓者に話した。
「先代様が、生きておられたら‥‥。厳しい、何事も自分の思い通りにしようとする方でしたが、それ故に頼もしい方でした。私達は彼を‥‥尊敬していました」
「貴方はひょっとしたら、城で何かの役割についていた人では?」
 フェンリエッタは問うが、彼の返事が沈黙であったのは、今はまだ余談である。
「なんにせよ、役人達が捕らえられた以上、街を指揮する人が必要ですね」
「理想は、先代の血を引く方が見つけられること、ですが‥‥」 
 街を見ながら開拓者達は思う。
 メーメルは、少しずつではあるが復興の道を辿り始めている。
 けれどその道のりは長くやっと始まったばかり。
 開拓者の援助はあくまできっかけにすぎず、最後には彼らが自分でどんなことにも立ち向かっていかなくてはならない。
 だからこそ、今、心の支えが必要なのではないかと‥‥。

 開拓者達は数日後、花と人に見送られメーメルを後にした。
 復興の兆しを胸に。
 だがその道のりの遠さも感じながら。

 それから数日後メーメルに戻る事になるとはまだ、誰も知らずまた想像もできなかったけれども‥‥。