|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る メーメルの姫、帰還。 その噂は、数日後、リーガからの正式な告知としてメーメルの民に伝えられた。 「アレクセイ・ウロンスキィ伯が一子アリアズナ姫が、正式にメーメルの領主として、爵位を継承しこの街を治めることとなった。 ついては十月吉日。領主としての継承式をこのメーメルにて執り行う。 メーメルの民においては城の修復、並びに祝宴の準備を速やかに進めてくれるように願うものである。 無論、祭りの準備、経費については辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの名において正当な代金を支給する」 「「「「「わあ!!」」」」」 沸いた人々の声はまるで、天を揺らすようであったと、のちに伝令役を務めた兵士は告げる。 涙ぐむもの、抱き合う者、天にこぶしを突き上げるもの。 皆が、敬愛する領主の血筋の帰還を心から喜んでいた。 ウロンスキィ伯爵家はこの街を守ってきた平安の象徴。 最後の領主は結果としてメーメルを戦乱に巻き込んだが、それでも彼らは領主を慕っている。 その忘れ形見の姫が戻ってくる。 半ば諦めていた者も多かっただけに喜びもまたひとしおであったようである。 街の人々は進んで城の修復に、祭りの準備にと動き出した。 ジルべリアの冬は早く長い。 それだけに秋の収穫の祭りはにぎやかになるのが常であるが、今年はさらに華やかなものになるだろう。 人々は喜びに胸を膨らませていた。 だが一般の人々と違い為政者達の心は、喜びとは程遠いところにある。 「姫、本当によろしいのですね?」 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは眼前にあるメーメルの姫に、確認するようにそう問うた。 城を出され、姫としての位置を失っていた彼女を探しだし、領主継承を促した張本人とは思えない言葉であるが、直接の捜索にあたった開拓者達の思いと、これからの彼女の苦難を知る者であるから彼は、最後にそう問うたのだ。 だがメーメルの姫。アリアズナ・ウロンスキィは静かに、だが確かな口調で、はいとそう答えた。 「不安は確かにあります。 でも、私が共にありたいと願うのは私を育ててくれたメーメルと見守ってくれた人々です。ここから逃げ出してしまったら自由と引き換えに私は二度と故郷に戻れなくなる。大切な人たちを守れなくなる。‥‥手を離してはいけないと。教えて貰いましたから」 真っ直ぐに目を見て答えるアリアズナを見てグレイスは思う。 目の前の少女は志体を持たないはずだが、貴族としての魂は確かに受け継がれているようだ。 いや、かつての父親よりもよっぽど‥‥と。 だが、その思いは口にせずただ、わかりました。とだけ彼は答えた。 「その覚悟があるのなら、もう何も言いません。貴女には期待してますよ」 話を割るようにノックの音がした。失礼します、と入ってきた侍女は丁寧に辺境伯に礼をすると、アリアズナに向けてこう告げたのだった。 「アー‥‥いえ、アリアズナ様。儀典官の方と、礼法の先生がお待ちです。お戻り頂けますでしょうか?」 「解りました。今行きます。では‥‥」 継承式の準備に忙しい二人を見送ると、彼は部下を呼ぶと自身もまた部屋を出て行った。 そして開拓者ギルド。奥の部屋に集まった開拓者達にグレイス辺境伯は一通の招待状を差し出す。 「長く、皆さんにはお力をお借りしたことを感謝します。皆さんが探し出して下さったアリアズナ・ウロンスキィ姫は皇家からの正式な認可を経て近日正式にメーメルの女伯爵として家督と領地を継承することとなりました。これは継承式の招待状です。継承式は当日メーメルの城で行い、来賓の前で叙勲を行い、その後、街の人々に挨拶をする形になります」 差し出された書類を開拓者達はまだ開けない。 ただの喜びの宴への招待状であるならこの部屋に、彼らを呼ぶ必要はない。ならば‥‥ 開拓者達の思いを知るのだろう。グレイスは頷きさらに続ける。 「自分が願い、皆さんに依頼しておきながら勝手な事をと思うかもしれませんが、これからの彼女が選ぶ道は苦難に満ちたものになります。ならばせめてその道を少しでも歩きやすいようにしてやりたい。だから、皆さんに一つ大掃除をお願いしたいのです」 そう言いながら彼が二度目に差し出したのは南部辺境の小さな町と、その地を治める貴族の調書であった。 「前回、皆さんの要請もあり姫を反乱の旗印にと狙っていた貴族について調査しました。その結果一人の人物が浮かび上がったのです。爵位は子爵。彼自身はそれほどヴァイツァウ家に近かった訳でもなかったようですが、彼の元にやってきた男性が彼を唆した上、チリヂリになっていた反乱軍の残党を集めているようなのです。ロンバルールの弟子と名乗るその男も人々の心を動かす不思議な力を持っていると‥‥」 彼らの元には再び兵が集まりつつある。 あとは旗印があればまた再び戦乱の炎が燃え上がるかもしれない。 「姫の継承式には小貴族も多く招待されています。彼もその一人。継承式を邪魔しようと何か目論むかもしれないし、何もしないかもしれない。ですが‥‥彼女が正式に爵位を継承すればそれは皇家への忠誠を誓うことですから彼女を旗印にしようとする者には遠回りとなるでしょう。だから、動く可能性が高い‥‥」 だから、 「皆さんにお願いしたいのは、彼らの調査です。そしてもしはっきりとした証拠が掴めたら、子爵とそのロンバルールの弟子を捕えて欲しいのです。多少手荒な方法でも構いません。方法は任せましょう。もちろん、責任は私がとります」 辺境伯はきっぱりとそう告げた。二度と悲劇を繰り返してはならない。その決意がはっきりと見て取れる。 「華やかな祭りと継承式に背を向けることになってしまいますが、メーメルの人々の喜びを守る為に、そして何より姫を守る為に。よろしくお願いします」 そう言って辺境伯は頭を下げる。 これもまた、一つの上に立つ者の決意の姿であった。 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
桐(ia1102)
14歳・男・巫
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
龍威 光(ia9081)
14歳・男・志
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
アルベール(ib2061)
18歳・男・魔
カルル(ib2269)
12歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●終わりの始まり ジルべリアの秋は短く冬は早い。 だから、秋の祭りは人々にとって、長い冬を迎える為の最高の楽しみであるという。 加えて一度は崩壊に見舞われた故郷に戻ることができ、さらには失われた領主一族の最後の姫。 アリアズナが戻ってきた。 「メーメルの人々の表情には活気と笑顔が溢れていましたよ」 そう告げる龍牙・流陰(ia0556)の声に、そうですか。と静かに窓の外を見つめるメーメルの姫、アリアズナは微笑んだ。 ここはリーガの城主グレイスの館。 メーメルは遠く、その面影さえも見ることはできないが、彼女の目にはきっと、メーメルの人々の笑顔が今も映っているのだろう。 長い旅路を経てやっと戻ってきた故郷。 なのに、それを邪魔しようとする者がいる。 そう。開拓者達は彼らを止めるために集まったのだ。 「騎士のアイリス・マクファーレンと申します。イリス(ib0247)とおよび下さいませ」 優美に礼を取るイリスと、流陰。そして八十神 蔵人(ia1422)が開拓者としてここにいる。 彼らに向かい合うのはメーメルの姫、アリアズナとその乳兄弟で侍女であるアンナ。そして 「それで、首尾の方はどうですか?」 リーガ城の城主にして南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスであった。 「現在、我々を除く仲間達は皆、子爵領に向かっています。子爵の反乱の噂は間違いのないもののようで、彼も本気で動き出そうと兵士を集めているとの連絡が入っています」 「兄様や、他の皆さんは傭兵として中に入り込む手筈のようです。それから密かに情報を集める班と、辺境伯の命を受けたとして正規の手続きを踏んで中に入った方も本格的に動こうとしている様子。彼らの動きからして証拠隠しはもはや二の次でしょう。おそらく明日中には何らかの証拠を彼らは見つけてきてくれると思いますわ」 流陰とイリスはそうグレイスに報告する。 「いつもながら危険な仕事を頼んで申し訳ありません。私の名を使い、情報収集を行うのは問題ありませんが、それが却って敵の目を引くことにはなりませんか?」 心配そうにグレイスは言う。事前に桐(ia1102)などは彼に資料の提供などを頼んで行った。 彼らの実力を心配しているわけでは無いだろうが、冴えない表情のグレイスに大丈夫ですわ。とイリスは微笑んだ。 「アルベール(ib2061)様や桐様はあえて人目を引く為にそうしていらっしゃるのですから」 「そうそ。それにそっちの心配をするよりも、あんたらが今しなきゃならん心配は他の事やろ?」 今まで黙って壁に背を預けていた蔵人が話に入ってくる。 「他の心配?」 首を傾げるアンナにそうや、と蔵人は言う。 「外からの軍勢はあいつらに任せておけばええ。外から来る奴らはなんとしても止めてくれるやろ。問題は、まだ、中に残っている方や」 「あっ」 アンナは口に手を当てる。流石に理解が早いなと笑って後、蔵人はグレイスに念を押すように確認した。 「伯爵ぅ‥‥儀典官とか礼法の先生とか身元は大丈夫やな? 成りすましとか身内が人質とか‥‥無いよな?」 「それは、心配なく。同じ轍は踏みません」 グレイスの返事に満足そうに頷くと蔵人は流陰と視線を合わせた。 「ならええ。わい達で明日までにはなんとか片づける。だから姫さんは絶対に城にから出すな」 「ランディスさん達も協力を約束してくれています。だから、僕達を信じていて下さい」 「私がお側に仕えさせて頂きますわ」 「解りました。彼女には準備もあります。事が済むまで外には出さぬとお約束しましょう」 イリスとグレイスは頷くが、一人だけ首を前に動かせないものがいる。 「それは、もちろん信じておりますが‥‥でも‥‥」 心配そうなアリアズナ。彼女が案じているのは開拓者達と、メーメルの民であろう。 彼女の気を紛らわせようとしたのだろうか? 「大丈夫よ。アーナ。彼らを信じましょ。兄様達もついてるし‥‥」 「ああ、そうや。アンナちゃん? 前に言ってた、わしとデートとか今どない♪」 「は?」 明るい声で前に出かけたアンナの手を蔵人が軽く引きよせる。 「ちょーっと協力してほしいことがあるんやけど」 「はい?」 瞬きするアンナとアリアズナを見つめ、開拓者達とグレイスは何故だかくすくすと笑いを堪えていた。 それとほぼ時を同じくする頃、メーメルからさらに南に下った小さな街でカルル(ib2269)は、信じられない。というように首を動かしながら道を歩いていた。 「子供が‥‥いないのにゃ?」 決して人気が無いわけでは無い。なのにこの街に入って既に数刻。カルルは一人の子供の姿さえ見ることができずにいたのだ。 若い人も少ない。店をやっているのは中年以降の者ばかりだ。 「なんでかにゃ?」 周囲に気を取られていたせいだろうか。 ドスン。 小さな頭はふと、大きな胸にぶつかった。 身軽なカルルは少し、後ろに下がるだけで済んだがぶつかった方の相手は大袈裟にしりもちをつく。 背後にあった露店が勢いで品物を路上にぶちまけてしまうほどに。 「いてて‥‥。何しやがるんだ! 骨が折れちまったじゃねえか?」 「ご、ごめんなの。ちょっとよそ見をしてしまったの」 カルルが下手に出たせいだろうか? 男達はにやりと笑って詰め寄ってくる。 「おいおい、俺達は打倒帝国の為に集まった精鋭なんだぜ! こんなところで怪我なんかするわけにゃあいかねえんだ、ほれ、とっとと出すもん出しやがれ」 「お金なんかもってないの!」 「だったら背中に背負ってる果物寄越しな。特別にそれで許してやるぜ」 「ダメなの。これは!!」 カルルが後ずさる。それを男達が追おうとした時だ。 「お止めなさい!」 鋭い静止の声が男達を止めた。びくりと身体を震わせて後ろを向いた先にはレイピアを構えた戦士がいた。 「フェルル=グライフ(ia4572)隊長‥‥」 「私達は人々を虐げる帝国と戦う為に集った筈。弱いものいじめをしてどうするのです?」 「ですが‥‥」 「それに御覧なさい」 男達に向けたレイピアを外して隊長と呼ばれた女剣士は指をさす。 見れば倒れたカルルの側に開拓者らしき者達が駆け寄っている。さらに奥からは貴族らしき人物も。 「彼は辺境伯の元から来た調査員という噂です。余計な行動が軍全体を危険にさらすかもしれないのですよ。引きなさい」 「文句があるというのなら、相手になろう」 「ゲッ! カレス・レジュエ!」 知らず背後に忍び寄られた人物に舌打ちして、男達は去って行った。 「大丈夫ですか? カルルさん?」 「ありがとう。フェンリエッタ(ib0018)さん。光くん」 カルルは自分を助け起こしてくれた人物にそう礼を言った。 「知り合いかい?」 そう問う露店の主に、ええまあ。と頷いてフェンリエッタは彼らが去って行った方を見た。 「あの方達は? 隊長とか言っておられましたがここの正規軍とか、でしょうか?」 独り言のような呟きに、違う違うと店主は手を振った。 「ここの正規軍はもう先の戦闘で使い物にならなくなっちまってるんだよ。あいつらはここのご領主が最近集めた傭兵たちだ。あの隊長とやらは新顔かね?」 「傭兵? じゃあ、あの噂はほんとうなんですねぃ? 帝国に反旗を翻すためにここの子爵が兵士の募集をかけているというのは‥‥」 売り物を拾って渡す龍威 光(ia9081)の言葉は本当であれば否定すべきものであった筈だった。この街の民には。 領主が反乱を企てているという明確な証拠であるのだから。 だが、店主はそれをああ、と肯定した。 「ご領主様は、もう誰の言うことも聞いては下さらないのさ。ヴァイツァウの乱に参加し、敗残の貴族として生き残って以降あの人は、皇家を憎むことしか考えなくなった。高く課せられた罰則税の為に我々から高額の税金を徴収し、さらに傭兵を雇って帝国に反旗を翻そうとする。‥‥本当に、なんでこんなことになっちまったのかねえ。あの戦乱の前は、いや、あの変な男が来る前少しはマシな領主様だったのに‥‥」 「じゃあ、子供達は?」 カルルの抱き続けていた疑問の答えがここに至り開拓者達にはやっと解った。 「皆、未来のある者達は街を離れたよ。ここに残っているのはもう老いぼれとか、行く場所の無い連中ばかりさ。この街もそう長いことはないだろうしね‥‥」 「変な男、というのは? 噂に聞くロンバルールの弟子という人物ですか?」 これはフェンリエッタの問い。それに人々はそうだと頷いた 「でもロンバルールといえば、アヤカシであるという噂があった筈です。アヤカシの弟子に手を貸すのは‥‥」 「そんなことは‥‥皆、解ってる。でもご領主様だけは解ってないのさ。この街は、もうおしまいさ‥‥」 項垂れた店主は仕事に戻り、周囲を取り巻いていた野次馬達も去っていく。 その中で、三人の開拓者と彼らを背後から見つめていた二人のみが、何かを考える様に立ち尽くしていた。 ●願うこと‥‥ 「危険ではありませんか? アーナは、皆さんはご無事でしょうか?」 城の中で幾度目かの心配を口にする姫に、イリスは同じ回数分の返事を繰り返す。 「大丈夫です。信じて下さい」 今、部屋にいるのはアリアズナとイリスのみ。乳兄弟のアンナは蔵人達と囮のおびき寄せに動いている。 さらには敵に潜入している開拓者達の事を思うと、彼女はじっとしていられないようだった。 「姫は、実は結構心配性で身体が先に動いてしまう方なのですね?」 微笑するイリスにアリアズナの頬がカッと赤くなった。兄と思うニクス(ib0444)が信じた姫。 その目の確かさに微笑みながら彼女はメイド服の裾を摘まんで彼女の前に膝を折った。 「少し、お話致しましょうか。私はかつての戦乱に参加いたしました。その折、コンラート様とお話をする機会があったのです」 「コンラート様‥‥」 ご親戚ですわね、と微笑しイリスは言葉を続ける。 「あの方は挙兵も戦乱も民を思っての行動であったと伝えてくれました。そして自分の行動は間違っていたと最後に罪を受け入れ、自らの命と引き換えにこの戦乱に幕を下ろした筈だったのです。そのご遺志を守りたい。もうあの方の名を悪用させたくない。それが、依頼を受けた最大の理由です‥‥姫」 イリスはその瞳で姫と呼ばれる少女を見つめた。真っ直ぐに。 「明日、貴女はメーメルの姫として皆さんの前に立ちます。その時、どんな思いを持って皆に接しますか? 領主として何を願いますか?」 「領主として‥‥」 アリアズナの部屋は、その後、継承式の朝まで明かりが消えることはなかったという。 けれどアリアズナの思いを、人々は知ることはない。 まして遠い空の傭兵達はそれを知ろうともしていなかった。 「ほら! 姉ちゃん。酒もってこい!!」 「皆様、明日は出陣でございましょう? こんなに飲んでおられてよろしいのですか?」 「いいんだよ! 俺達が行けば帝国軍なんか一ひねりよ!」 下卑な笑いを浮かべながら酒を飲む男達に酌をしながら下働きとして入り込んだヘラルディア(ia0397)はこの時、誰よりも冷静に、的確に状況を把握していた。 この子爵領が帝国への反乱を企ていることは、この街に入った時から解っていた。 詳しく調べる為に戦災被害者を装って雇われたが、余計な小細工など必要もないくらいに簡単に入り込めたのだ。 ‥‥正直に言えばここは、軍と言えるものではなかった。 軍の兵士達の殆どが寄せ集めの傭兵で、まともに指揮を取れるものはごく僅か。その中で本当にヴァイツァウ家に恩義を感じたり、真剣に帝国打倒を考えているものなど、おそらくは片手の数さえもいないのかもしれない。 そして、そんな者達はまっさきに危険なリーガでの任務に投げ入れられたのだろう。 現に一緒に入り込んだニクスも、フェルルも、そしていつも決して人前では脱がない鎧を外して潜入したシュヴァリエ(ia9958)も小隊を任されている程である。 「本気で‥‥帝国を打倒することができるなどとは到底思えません」 かつてコンラートが帝国に敗れたヴァイツァウの乱。 あの時とは比べる事さえお粗末な軍備、行動。財力も民を苦しめる徴税の割に大したことはない。 勝てる要素など何一つないのに、何故、彼らが戦を起こそうとするのか、ヘラルディアにはまったく理由が解らなかったのだ。 もっとも、それ故に潰すのは簡単に思えた。 既に、手に入れた限りの反乱の資料は仲間を通じ、アルベール達の手に渡してある。 帳簿と含めて兵を出し、十分彼らを追及することができるだろう。 「皆様、どうか、飲みすぎなさいませぬように‥‥」 酒を飲みすぎて前後不覚に陥った頃を見計らって、ヘラルディアはその場をゆっくりと離れた。 子爵も、噂にあるロンバルールの弟子も、館の奥の奥にずっとこもったままだという。 会うことができないまま、おそらく明日の朝には出陣を迎えるだろう。 フェルル達も幾度も面会を求めながらも会うことができなかったらしい。 「ここからだと‥‥解るでしょうか?」 ヘラルディアは目を閉じて術を紡いだ。瘴索結界。 近くにいる瘴気が解る筈の術であった。だが 「えっ?」 ヘラルディアは瞬きした。そして、仲間達の元へとひた走る。 彼女の術が示した結果はあまりにも驚くべきものであったのだ。 ●読み違えた目的 翌朝、天に祝福されたような美しい秋晴れの空の元。 「良いか! 遂に時が来た。我らが慈悲もない皇帝から世を救い、神の名の元、支配者となる時がやってきたのだ!」 鬨の声を上げる子爵。その背後は長いフードつきのマントを纏った男が立っている。 あれが、噂に聞くロンバルールの弟子かと、開拓者達は思った。 「まずは我らがメーメルに入り、招待客として継承式に列席する。そこで、ヴァイツァウの姫を説得し我らの元においで頂く。心配するな。姫は必ず我らの元へ来て下さる。その頃には、メーメルに先に侵入している兵士達が、街に火を放つだろう。そこを狙ってお前達は攻め込み、メーメルを落すのだ。辺境伯や他の列席者は殺しても構わん。我々の宣戦布告だ!!」 「おおお!!」 「では! 出陣!!」 子爵は一軍のみを側に置き、残りは少し離して進軍させていた。 側の軍を率いるのはフェルル。帝国に家族を殺されて敵を討ちたいという彼女を子爵は気に入っていたのだ。 「‥‥まずはヴァイツァウの姫を。だが‥‥いずれは‥‥ぐふふふ」 彼の頭の中ではヴァイツァウの姫を妻にして、我が子を皇位につけて‥‥、そんな妄想が進んでいるようだった。 だがそんな夢のような一時は‥‥ 「止まりなさい!!」 美しくも鋭い声に止められた。 「何事だ。我々がメーメルの継承式に向かう領主の一行と知っての振舞か!」 窓から声を荒げる子爵にアルベールと名乗る貴族は、一枚の羊皮紙を彼の前に差し出した。 「無論。グレイス辺境伯の名において貴方の一行の捕縛をここに宣言します。罪状は脱税と帝国への反乱、姫の誘拐未遂です」 「な、なんだと? 何を証拠に‥‥」 「証拠ならすべて揃っています。帝国への納税を不作を理由に怠っていたこと。その分を傭兵達への武器や鎧などに利用していたこと、その流れから帳簿に至るまですべて調べはついているのです」 桐は説明しなかったが光が調べた武器の流れをヘラルディアが持ち出した帳簿が補足した。もっともそれらを持ち出すまでもなく、中に潜入した開拓者達が反乱の証拠は全て届けてくれているのであるが。 「ついでに言えばなあ、メーメルに潜入しとったあんたの部下達もみんな捕えてある。あんた信用ないし頭も悪いで。金積んで仲間にしたやつとか人質取って脅したりしとった奴とか使ってたらしいけど、そういうやからに姫の誘拐とか、城に火を放つとか重要な仕事任せたらあかんって、ちょっと穏便に話しかけたらすぐにわいらに協力してくれたしな」 「あれが、穏便なんですか?」 苦笑しながら流陰が蔵人に突っ込む。アンナを囮にして町中の潜入者を炙り出す作戦はランディスや兵士たちが協力しても大変なものであったのに、と苦笑しながら。 けれど、そのおかげでメーメルは全ての憂いから解放され、今、人々が待ち望む式典を迎えている筈なのだ。 「メーメルの民を再び戦乱に巻き込まないためにも、姫の決意を無駄にしないためにも‥‥。貴方を先に進ませる訳には行きません!」 目の前に立つ開拓者達。さらにその後方には辺境伯が手配した兵士達もいる。 くそっ! と言わんばかりに子爵は舌を打った。 「つまり、全てバレていた、ということか。ならば!! 兵士達よ。そやつらを殺せ! 我々は姫を迎えに行く!!」 強行突破。式典の姫を奪い返す。 人質がいれば、側にいる兵士達とこれから来る兵を合わせればまだ太刀打ちできるかもしれない。どうやら子爵の頭の中でそんな計算が繰り広げられたようだった。 無駄とは知らずに。 「どうした!? 早く奴らを倒せ。彼らは帝国の手先。お前らの仇であろう?」 子爵は自分の横に馬で立つ小隊長やその補佐にしたいと申し出られた巫女に、そう声を荒げた。だが、彼女らは動かない。彼女らの部下も動かない。 「申し訳ありません。嘘を申しておりました。私の願いは復讐に非ず。メーメルの民のとの約束を守ること。ただ、それだけ」 微笑したフェルル。子爵も兵士達も敵ではなく自分達に向けられたレイピアに身体を凍らせていた。 「剣を下しなさい。今ならまだ間に合うのです」 所詮雇われのゴロツキ兵士達はフェルルの声にあっさり剣を落し膝をついてしまう。 後方からやってくる筈の兵士達も近づく様子を見せない。 馬車の車輪は完全に壊され、馬も光によって放たれてしまった。 もう前に進むことも、逃げることもできない、完全な孤立無援となった子爵は、 「くそおおっ! リガ! 来い!!!」 馬車から男の手を掴むと外へと飛び出した。 「お前達。こいつはあのロンバルールの弟子なんだぞ! お前たちなんぞ一ひねりにしてくれる。そうだよな! リガ!」 縋るように言う子爵をリガと呼ばれた男は一瞥すると、嘲笑う様に口角を上げた。 目深にかぶったマントの下からもそれが解って、開拓者達は身構えた。 子爵など操られていた小物にしか過ぎない。こいつこそが、今回の黒幕か。と。 「ホーリーアローよ。眼前のアヤカシを射抜き倒せ!!」 アルベールが呪文を詠唱し、光の矢を放つ。それは狙い謝ることなく確かに目の前の男の腹に刺さっている。なのに、男は平然と立っているのだ。 「何故? アヤカシではないのですか?」 驚く彼らの油断を付くように、男は地面を強く蹴るとフェルルとヘラルディア。 二人の娘たちの馬を狙った。手に持ったナイフがその喉を切り裂き 「キャアア!」 彼女らは地面に投げ出された。そしてそのタイミングを待っていたかのように男は高く空に手を掲げたのだった。 何かが現れる筈であったのかもしれない。だが森は風に揺れるだけ、草むらから何かが出てくることもない。 「大丈夫か?」 向こうからニクスとカレス。いやシュヴァリエがやはり馬を駆って走ってくる。 「遅くなった。だが、潜んでいた食屍鬼はあらかた片づけてきたぞ」 昨晩ヘラルディアは、その術で周囲に食屍鬼がいることを感じ、仲間に報告したのだった。その為、シュヴァリエとニクスが、予定より少し遅れ、兵士達と一緒に食屍鬼を掃討した。 「兵士達の何人かが顔見知りの屍があったと、言っていた。徴兵に一緒に応募したはずなのにいつの間にか消えた仲間だったと。‥‥もしかしたら、俺達は大きな思い違いをしてたのかもしれない」 そう言うとシュヴァリエは子爵の方に顔を向けた。そして手に持った剣はリガの方へ。 「子爵。離れろ。そいつはアヤカシだ。お前はアヤカシに騙されていたのだ」 「な、なんだと!!!」 子爵が声を上げたと同時、リガはすさまじいスピードでシュヴァリエに駆け寄るとその手元を蹴り上げ、両手のナイフで息も付かせぬほどの攻撃をかけた。 一瞬の見合い。その隙を狙っていたかのようにリガの目が輝いた。 「くっっ!!」 顔を顰めるシュヴァリエを助け避ける様に蔵人とフェンリエッタがリガに迫る。 その隙にシュヴァリエは自分の心に迫った呪縛を自らで引きちぎってさらなる攻撃を加えることに成功した。 ナイフを空に、マントを地面に落ち、開拓者達に謎の男の正体を知らせた。 「お前は‥‥?」 素顔を見せた『ロンバルールの弟子』。それは見知らぬ少年であった。 紛れもない人であるのに、人を感じさせない白い肌。 鍛え上げられた身体が魔術師を想像させず楽しそうに笑う表情に深い陰謀を読み取りことはできない。ただ、楽しげに笑う。 『ごちそうさま。十分に楽しませて貰ったよ」 男の言葉に、開拓者達は青ざめた。 他の開拓者もさっきシュヴァリエが告げた思い違いの意味に気付いたのだ。 「ひょっとして、お前は姫を誘拐するとか、帝国の転覆などに興味などなく、ただ、争いの種を蒔く為に来たのか? 人の命。それを奪う苗床を作る為に」 返事は無かった。ただ、大きく笑い彼は踵を反して逃げ出そうとする。 そこにフェンリエッタとニクスの攻撃が飛んだ。少年の背が真一文字に切り裂かれ、居合抜きの剣が彼の膝を砕く。 瞬間、少年の身体ががくんと、まるで糸のない操り人形のように崩れ落ちた。と同時靄のようなものが少年の身体から抜け出て消えていく。 「なんだったんだ? 一体?」 吐き出すようなニクスの問いに答える者は、答えられるものは誰もいない。 静寂を取り戻した森には開拓者達と、少年の死体と‥‥ 「私は‥‥、私は‥‥ハーハハハハ」 気が触れたように笑い続ける子爵だけが残されていた。 ●光の国と百花の香り 開拓者達がメーメルの広場に足を踏み入れた時、丁度、継承式を終えたメーメルの姫、アリアズナがバルコニーに現れ、手を振ったところであった。 笑顔で手を振る彼女にメーメルの民達は熱狂に近い喜びを顔に浮かべて彼女を見つめている。 その時、静かにアリアズナの両手が広場に向けて伸ばされた。どこからか爪弾かれるリュートの音色と彼女の仕草に人々の目と耳が集まった時、それはアリアズナ自身の口から紡がれた。 「‥‥いずこにありや、光の国〜」 澄み切った高音が秋の青い空に広がっていく。 開拓者達の幾人かは青ざめた。止めに走ろうとした者さえいた。 だが、バルコニーに共に立つイリスも、グレイスも黙って見守っている。 それに気付いた時、開拓者達はメーメルの姫の思い全てを見つめることにした。 歌は続く。 「どうか導きたまえ。迷い子達を 暗闇の彼方に光あらん‥ 願う彼方に光射さん‥ 迷う我らを照らすがごとく ‥‥いずこにありや、光の国 どうか導きたまえ。迷い子達を‥‥ 守りたまえよ。我らを‥‥」 静寂の中、歌い終えたアリアズナは呼吸を整えて、民に真っ直ぐにその視線を向けた。 「神は、信じる者を救うと言われています。ですが、それは真実でしょうか?」 彼女の問いは風に乗り、返事が返らぬまま空に溶ける。 「神が信じる者を救うというのなら、何故ヴァイツァウの家は滅び、我が街は崩れ、コンラート様は死ななければならなかったのでしょうか?」 この問いもまた答えは返らない。誰の返事も待たず、彼女は言葉を続けていく。 「私はメーメルを追われて後、長く彷徨いました。道筋を失い、迷い苦しんだ時、手を差し伸べてくれたのは生きた人々の温かい手であったのです。彼らは言いました。光の国は‥‥此処にある、と。天上の光ではなくとも、人々の光のある、国が。皆が、私を待っている、愛している。と‥‥」 開拓者達は知っている。この言葉を贈った時、彼女は迷いに揺れていた。だが今、彼女の目に迷いはない。 「命は森に還り大地の揺籃に抱かれ、今を生きる私達を支えてくれる。光は、共に紡ぎゆく明日にこそあるのなら、私はこの街の光になりたい。皇帝陛下のように皆を強く守り、導く光に」 真っ直ぐに両手を民に差し出したアリアズナは民に向けて跪いた。人々がざわりと揺れる。 「私は力を持たぬ未熟な一人の娘に過ぎません。でも、皆を守りたい。光の中を共に歩いていきたい。だから、力を貸して下さい。一緒に光の道を歩みましょう!」 「「「「「「わあああっ!!!」」」」」 次の瞬間、上がった歓声はメーメルの大地を揺るがす程であったと吟遊詩人は告げる。 皇家と、辺境伯の名の元、ジルべリアの都市として復活を果たしたメーメルの新たな領主は、その血筋ではなく心で人々に迎え入れられた。 開拓者達は彼女を助け、その決意を見届けることができた事を、その時、心から誇りに思ったのである。 それから二日後、開拓者達は静かにメーメルを後にする。 華やかな宴も人々への披露も断った開拓者達の心は 「約束も半端で‥‥民の皆さんに顔向けできません」 フェルルの言葉が代弁していた。 アヤカシを逃がしたこと。アヤカシの残した言葉が彼らの胸にまだ棘のように残っていたからだ。 ただ、昨夜、アリアズナにだけは言葉を残してきた。 「どんな時でも、大切な人々の手はぎゅっと握っていて下さい‥‥命を護り通す強い意志、貴女の瞳に確かに宿っています」 フェルルはアリアズナの手を強く握ってそう伝え、 「姫はメーメルの希望の灯火です。どうか、その御身大切になさってくださいませね」 ヘラルディアはそういって深くお辞儀をした。 「もうお会いできないのでしょうか‥‥」 涙ぐむアリアズナにそんなことはないですよ。と光は鮮やかに笑った。 「何かあればいつでもいってくださいですねぃ。すぐに駆けつけますねぃ♪」 「メーメルが平穏なら会う必要は無い、そうある事を祈っている」 一見冷淡に聞こえるシュヴァリエの返答。だがその奥には光の言葉と同じ輝きがある。 頬にこぼれた雫を拭い、フェンリエッタはフェルルの手ごとアリアズナの手を強く握った。 「私は騎士で開拓者だけど‥‥叶うなら貴方を助けたいこの手は友達としてのもので在りたいと思うの。いつでも応えるわ。そしてまた一緒に歌を奏でましょ?」 「ぜひ‥‥。その時まで、私‥‥頑張りますから」 「どうぞ、健やかに、メーメルの希望の姫よ‥‥」 「はい。皆さんも‥‥、どうか‥‥お元気で‥‥」 あの日、群衆の前で立った指導者とは思えない少女のアリアズナであった。 「ま、大丈夫やろ? ランディスやアンナとかも付いとるし、暫くは伯爵も補佐につくというとったしな」 蔵人は軽く笑うが、楽観できる要素はあまり無いことを開拓者達は知っていた。 「でも罪により領主が廃嫡となった子爵領のこともありますし、それに倒し切れなかったアヤカシのこともありますから」 「グレイスおじさんは頑張ってくれると思うけど、あの街に子供が戻ってくるのはいつになるんだろうにゃ‥‥」 預けてきた果物が腐る前に、と願うのは夢を見すぎだろうか‥‥。 「頑張ったつもりですが‥‥南部辺境の完全平和は遠そうですね。僕は、僕達は‥‥皆が笑顔を取り戻せるようになるために‥‥少しでもお役に立てたでしょうか?」 空を仰ぐ流陰。それに 「あたりまえよ!」 明るい声が返事をした。 「アンナさん!? ランディスさん?」 リーガとの領域間近、駆け寄った桐を手で制しアンナは、丁寧に正式な礼を開拓者達に贈る。 「わが主、メーメルの姫、アリアズナの名代として皆様に、心ばかりの感謝の品を持ってまいりました。どうかお納めください」 差し出されたのは小さな包みと小さな瓶。 「うわ〜。プリニャキなの! これ、美味しかったの〜」 「それはジルべリアの祭り菓子です。母達の事まで気にして護衛を差し向けてくれたことを感謝していると伝えて下さいと頼まれたのです」 ランディスの言葉に光は照れたように頭をかくと、菓子を一つ口に運んだ。 優しく甘い味が口いっぱいに広がっていく。 「こっちは蜂蜜ですか? 花の香りが凄いですね‥‥」 「メーメルはまだ復興途中でこんなお礼しかできないことをお許し下さい。ですが、皆さんの恩義にいつか報います。どうか、いつでもおいで下さいとの姫からの伝言です。‥‥また来てね。待っているから」 「そうやな? 今度は本当にデートでもするか?」 ウインクをしたアンナの頭を蔵人は撫で、妹を心配そうにランディスは見つめ、そんな兄をニクスは肩をぽんと叩いて励ます。 森の中でメーメルからの最後の贈り物を開拓者達は笑顔と共に受け取ったのだった。 小さな瓶の蓋を開ける。 その中にはジルべリアの春と夏の香りが詰まっていた。 開拓者達がメーメルに贈った花は冬を前に既に枯れ、また葉を落としている。 けれど、彼らの残した思いは、優しさは枯れることはない、人々を支えてくれると開拓者達は信じていた。 この百花の蜜のように‥‥確かに残っているのだから。 |