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■オープニング本文 夏祭りシーズン。 ある街でもう直ぐ、夏の花火大会兼夏祭りが行われる事になっている。 商店街もそれぞれの店が趣向を凝らした店や出し物を用意して夏祭りを盛り上げる。 そんな中 「うちは何をしようかしら」 神楽の片隅の小さな店。孤栖符礼屋の美波は腕を組んで考えていた。 知り合いから夏祭りに出店を誘われたのだ。 兄は外出中で暫く戻らない。 『面倒なことはするなよ。大人しくしておけ』 と言っていたが知るものか。 「せっかくの集客&大もうけのチャンス逃してたまるものですか」 とはいえ、何をしようかと考える。 ここは貸衣装屋。やっぱり、それを生かしたものがいい。 「そうだ!!」 ぽんと手を叩いた少女は、さっそく夏祭りの実行委員会に話しに行く。 そして、こんな張り紙が張り出されたのだった。 『納涼 夏祭り&花火大会 仮装大会を行います。舞台上での出し物も歓迎。 当日、何かの仮装をしていらした方にはもふらの面一つ差し上げます。 さらに仮装大会に参加し、観客からの人気が一番高かった方には豪華粗品進呈。 お気軽にご参加下さい』 さらに下にはこんな張り紙も。 『貸衣装の店 孤栖符礼屋 夏祭り用の衣装貸し出します。一回五百文。浴衣からかぶりものまで』 なかなか商売上手の少女である。 |
■参加者一覧 / 奈々月纏(ia0456) / 柚乃(ia0638) / 奈々月琉央(ia1012) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 譲治(ia5226) / からす(ia6525) / 日向 亮(ia7780) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / シャルル・エヴァンス(ib0102) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / ブローディア・F・H(ib0334) / ファリルローゼ(ib0401) / ニクス・ソル(ib0444) / キオルティス(ib0457) / ルーディ・ガーランド(ib0966) / 尾花 朔(ib1268) / ミヤト(ib1326) / 伏見 笙善(ib1365) / 小星(ib2034) / 雨森 真耶(ib2075) / 蜜原 虎姫(ib2758) / 朱鳳院 龍影(ib3148) / 牧羊犬(ib3162) / 月影 照(ib3253) / ライディン・L・C(ib3557) / リリア・ローラント(ib3628) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 御影 銀藍(ib3683) / 嘉紗(ib3885) / 八重坂 なつめ(ib3895) / 久遠寺 繭真(ib3914) |
■リプレイ本文 ●祭りの準備(?) 祭りというのはハレの時。 いつもと違う時間の始まりである。 その日、貸衣装の店 弧栖符礼屋『西門』は空前の来客数を迎えた。 「は、はい。こちらはメイドドレスですね。こちらは浴衣ですか? 少々お待ち下さい」 次から次、ひっきりなしにやってくるお客達にたった一人で店を切り盛りする美波は正直息をつく暇さえなかった。 「ねえねえ、亮にいちゃん。この浴衣どうかな? こっちも迷うなあ‥‥おにぃちゃんはどう思う?」 雨森 真耶(ib2075)が赤い浴衣と白い浴衣を並べて同行の日向 亮(ia7780)や小星(ib2034)に呼びかける。 「うん、どっちも似合うと思うぞ。でも、どうせなら普段着たことがない服の方がいいんじゃないかな? ‥‥すまないが、こっちに燕尾服を貸してもらえないだろうか?」 「普段、着たことがない服‥‥か。それなら‥‥」 「ちょっとかっこいい服はないかな? あ、ヒーローだからやっぱりマントとか? すみませーん。マントの赤色ありますか?」 「少々お待ちください。ただいま!」 ミヤト(ib1326)に赤いマントを差し出して、大きな大きなため息をつく。 夏祭りに貸衣装の出店を開き、店のPRと新規顧客の獲得を目指そうという美波の考えは大幅以上に当たった。 特に開拓者が多くやってきてくれた事が大きな宣伝効果を招いたようだった。 最初にやってきたのはからす(ia6525)とその朋友の琴音。 「どうじゃ?」 いくつもの衣装を交換しては店の前に出てくる。 メイド、魔術師、まるごととら、もふらなど‥‥。 「決まりそうかね?」 「迷う‥‥」 それが一つのきっかけになって、彼女たちが衣装を借り受けて行って後、次々にお客がやってくるようになったのだ。 「ななっ! シノビ装束ってあるかっ!? 杖と魔道服もいいなりねっ! ちょっと転職の気分っ♪」 「あ、それ女物ですよ」 元気に吟遊詩人の衣装を借りていった平野 譲治(ia5226)。 「龍影の浴衣似合うね。‥‥僕はどうかな? ねえ〜。照も着ようよ〜」 「そうか? なんだか着崩れそうでよくわからん。それよりはふしぎの方が似合うだろう?」 「照も浴衣着てみない? 龍英! 捕まえて」 「あ、あたしはいいのです! 取材目的なですから! ちょっと、二人とも! 浴衣持って迫らないで〜!!」 朱鳳院 龍影(ib3148)や天河 ふしぎ(ia1037)とたのしげにおっかけっこを繰り広げた月影 照(ib3253)達や 「あの‥‥こんな素敵な‥‥ドレス‥‥なんだか勿体ないです」 「そんなことありませんよ。よくお似合いです」 白いドレスにハイヒール。慣れずおぼつかない足取りの泉宮 紫乃(ia9951)を執事服でエスコートする尾花朔(ib1268)。 仲間同士や小隊同士で誘い合って祭りにやってきた者も多いようだった。 休む間もなく走り回る美波は 「すみません。こっちにも浴衣を〜」 「はい! ただいま! あっ!」 手に持った浴衣の裾を踏み大きく、前へと倒れてしまった。 「危ない!!」 お客達が目を抑える中 「まったく、こんなことだろうと思ったよ」 フッと伸びた手が彼女と浴衣を支えた。 「あなたは‥‥」 「元気そうで何よりだけど、無茶しちゃあいけないよ」 美波を床に立たせてキオルティス(ib0457)は二カッと笑った。その後ろから 「はあい、お手伝いに来たわよ」 「シャルルさん‥‥」 かつて依頼で自分を手伝ってくれた開拓者の笑顔が突然、目の前に現れて、美波はまるで目の前で花火を見たように目を丸くした。 シャルル・エヴァンス(ib0102)はうふと、柔らかく笑うと店の中をくるりと見回す。 「お兄さんもいないって言うし一人じゃ手が足りないでしょう? お祭りで人が沢山来るでしょうからちょっとだけ工夫するだけでも、仕事が楽になるわよ」 そう言うが早いか、シャルルは勝手知ったる店の中に入り、くるくると仕事を始めた。 「でも‥‥あの‥‥」 「ほら、ほら、お客さんよ」 惑い顔の美波をお客の方に押しやって、腕まくりを始める。 やってきたのは六人の団体さん。 「浴衣、浴衣‥‥。嬉しい、な。ね、早く、いこ‥‥」 「ああこら虎姫、引っ張るなって。祭は逃げないっつの」 「虎姫さん、さっき買ったお揃いの髪飾りに合う浴衣にしましょうか?」 「いいですね。帯留めも合わせてお花にするのはどうでしょうか?」 「僕も浴衣着てみようかな。今日は保護者の奢り、でしょ?」 「この白地の浴衣いいなあ。って、ぇ、何?奢りって聞いてないよっ?!」 ルーディ・ガーランド(ib0966)の腕を引っ張る蜜原 虎姫(ib2758)。 リリア・ローラント(ib3628)はアルマ・ムリフェイン(ib3629)や御影 銀藍(ib3683)と楽しげに浴衣を物色しライディン・L・C(ib3557)はどこか目を潤ませているがそれでも、どこか楽しそうである。 「私は、メイド服を借りるわね。さあ、みんなを、楽しませてあげましょ♪」 ウインクするシャルルに、美波は一度だけ動きを止め、 「はい!」 大きな頷きと笑顔を見せた。 「失礼する。ん、妙な店‥‥衣装屋か。私には不要のもの‥‥すまないがこちらに知人が‥‥」 突然店に一人の女性が入ってくる。細身の彼女は殆ど裸で店先にいた開拓者達。 「八葉丸、あれ‥‥なに?」 柚乃(ia0638)はもふらの首に手をまわして凍りつき周囲のお客も声を上げた。 「キャアア!!」 「牧羊犬(ib3162)お姉ちゃん。なんてかっこしてるの! いつもはともかく、ここは街中で今日はお祭りだよ! そんなかっこしてちゃダメ!!」 悲鳴を聞きつけた真耶が彼女の手を思いっきり引き店の中に入れた。 「着飾るのはその、苦手で‥‥」 うつむく彼女に美波はにっこり笑う。 「大丈夫ですよ。素敵なお洋服お見立てしますから」 「ご希望とあればヘアメイクもやってあげるわ。ね? せっかくの美人さんなんですもの。たまにはちょっとオメカシしてみましょ」 シャルルの言葉の先に、何かを見つけたのだろうか。 「で、では、その‥‥このような場の普通の装いを‥‥」 赤面したまま頷く牧羊犬を囲み、笑顔の輪が広がる。 「あ! 走らないで下さい! 着崩れます!!」 夏祭りはまだ始まってもいない。 けれどこの店は一足早く、人々に心の祭りを与えているようだった。 ●君との夏祭り 「わあ〜。賑やかやねえ〜。なあなあ、あそこに飴細工あんで! もふらや! 龍もある。なあ‥‥こーていい?」 「ああ、好きなように‥‥」 たくさんの出店が並ぶ祭りの道。あちらの夜店、こちらの屋台。まるで子供のようにはしゃいで飛び回る藤村纏(ia0456)を琉央(ia1012)はずっと見守るように見つめている。 「見てみて。もふらの飴こーたんや。かわいいやろ? なんか舐めるのもったいないわ‥‥」 うっとりとした顔で飴を見つめていたかと思った纏は、ふと、琉央の後ろにあるものを見つけて飛び跳ねた。 「おぉお! りんごあめ。綺麗やなあ〜」 宝石を見るように纏は目を輝かせるが、やがてその目にじんわりと涙が浮かぶ。 「あー。飴細工こーてるから、二つ同時に食べられへん」 心底残念そうな纏に琉央は大きくため息をついて言った。 「その飴を食べてしまってから買えばいいだろう?」 「あ! ナイスアイデアや。でも、この飴結構大きいなあ。そや。はい、琉央。半分手伝どうて?」 纏がほんの今まで舐めていた飴を琉央に差し出す。 「これを‥‥食べろと?」 琉央は思わず数歩後ずさっていた。彼も自分の思いもよらぬ行動に驚いていたかもしれない。 「まあ、いいが‥‥」 琉央がらしくもなく頬を赤らめるのを見て纏は首をひねった。 そして彼が飴を受け取り、舐め始めるのを見て、かあ‥‥っと、頬を赤くする。 「あ! いや。その‥‥まあ‥‥ええわ。食べて」 「ああ‥‥悪くない」 周囲に人はたくさんいる。しかし、この二人の間にはどうやら二人しかいないようである。 八重坂 なつめ(ib3895)は静かに街中を歩いていた。 「にぎやか、ですね‥‥」 ゆっくり、注意深く歩いていた彼女に 「わああっ!」 大きな声と一緒にふと、何かがぶつかってきた。 「大丈夫ですか?」 あわてて手を差し出したなつめの前でしりもちをついていた少年は首を振ると、 「だ、大丈夫なり‥‥。ありがとうなのだ!」 ぴょこんと立ち上がった。 「ぶつかってごめんなさいなのだ! おいらは平野 譲治。よかったらかき氷をごちそうするのだ」 長いローブに三味線。不思議なミスマッチのかっこをした少年はそういうとなつめの手を強く握る。 「あっちに大評判のカキ氷屋さんがあるのだ! さあ! 行くのだ!」 「ちょ、ちょっと待って」 そして逆らう間もなくなつめは少年に引きずられていったのだった。 さて、引きずられて言った人物はもう一人いる。 「おい! こんなところで何をしてる? はやくこっちへ来い!」 伏見 笙善(ib1365)はいつの間にか立ち入り禁止区域に、わけのわからぬ間に引き入れられていた。 「なんで、こうなったのであろうか?」 「ほら! これを持って向こうの大筒まで! 走れ!」 こき使われながら彼は考える。 「お祭りなんて久しぶりですね〜、思いっきり羽を伸ばすとしま〜‥‥ん? 何か人だかりが‥‥」 祭り見物を楽しんでいた彼がその人だかりで見つけたのは腹を抱えて倒れる一人の青年であった。 どこか自分に似た彼を放っておけず救護所まで運んだ笙善は 「親方が‥‥仕事が‥‥」 うめく彼の伝言を伝えようと花火師達のところにやってきたのだ。 だが暗くなってきた上に、戦場のような忙しさの花火師達は笙善をおそらく倒れた青年と間違えたのだろう。 花火場に連れ込み容赦なく指示を与える。 「う‥‥祭りが‥‥」 最初は落ち込んでいたもののだんだんに彼にも使命感のようなものが芽生えてくる。 「ミーの‥‥ミーの頑張りが、若きカップルたちに一夜のラブロマンスを与えるんだぁぁぁっ!!」 彼の叫びは空に舞う花火の響きにかき消され消えていった。 もう日が暮れて間もないというのに日中かなり上がった気温は、まだ下がる様子を見せなかった。 それどころか人々の体温で、逆に暑さを強く感じるようになったかもしれない。 だから 「さあ、今日も張り切ってカキ氷作りますですの♪」 礼野 真夢紀(ia1144)のカキ氷は大評判であった。 「私もお手伝いしてもいいですか?」 そう名乗り出た柚乃を助手にしてもまだ足りないほどに。 「美味しそうなものがたくさんだ、ぜんぶ、‥‥食べきれるだろーか?」 食べ物屋巡りをしていた久遠寺 繭真(ib3914)もその屋台に辿り着く。 「うわ〜、おいしそう」 「はい。桃の果汁のカキ氷。大福と果物瓜サービスね」 それを受け取った瞬間。 「ここな‥‥!! うわあっ!」 少女の手を取り、走っていた少年がドン! 音を立てて繭真にぶつかったのだった。 「凍結‥‥注意です」 幸い今度は店の前にいたもふらが支えになってどちらも倒れなかったが繭真の手からはカキ氷が落ちる。 「あっ!」 山盛りのカキ氷が地面に吸い込まれていくのを繭真は寂しそうに見つめるしかできなかった。 「ごめんなのだ!」 それを見ていた少年は頭を下げると真夢紀に 「カキ氷三つ!」 と注文を出した。繭真が驚く隙もなく獣耳カチューシャを付けた巫女から三つのカキ氷が差し出される。 「一緒に食べようなのだ! なつめちゃんもはい!」 繭真には落としたものと同じカキ氷。一緒に来た少女なつめには西瓜と紫蘇ジュースのカキ氷を渡しそして自分には山盛りの宇治金時。 「一人で食べるより、みんなで食べた方が美味しいのだ!」 いう少年に二人は頷いて、一緒に匙を口に運んだ。 「美味しい!」「甘くて‥‥美味しいです」 店の巫女達も笑顔で顔を見合わせる。 知らない場所で、知らなかった者同士で食べるカキ氷。 それはなぜか不思議な味がしたのだった。 楽しげに祭りを回っていた中にひときわ目立つ一団がある。 金髪や白髪、赤い髪の彼らは外見で確かに目立つが、それ以上に彼らを目立たせていたのはずぶ濡れの姿、である。 「僕まで巻き込む事ないじゃんっ」 ふるふると髪を振って水を落とすアルマに誰のせいだ、と言わんばかりにライディンは強く睨んだ。 「くしょん!!」 同じようにずぶぬれの銀藍は仲間達とそんな二人を生暖かい目で見つめる。 ことの起こりはさっきの金魚すくい。 「リリアちゃんも姫ちゃんも、可愛い。こういう格好もいいねえ」 「飴細工、買っちゃった。藍くんも、食べよ?」 「ルディさん、私も飴細工食べたいですっ」 「ダーメ。奢らないよ」 「自分は焼きそば食べてるくせに。けち〜〜」 仲間達の楽しげな会話を後ろに聞き、虎姫から貰った花の飴細工を口に入れていた銀藍は、見つけた屋台に指を指した。 「あそこで金魚すくいをやっています。勝負しませんか? ライディンさん。負けたら皆に一品奢るということで」 「ぉ、金魚すくい?やるよっ。金魚も女性も優しくすくう、軟派紳士ライディン、頑張りま‥‥」 背後から感じる不思議な笑みに何かを感じながらもライディンは銀藍と金魚すくいに向かったのだった。 「金魚を全部救い出して、ルーディさんの書斎に池を作るのです」 真剣に勝負を続ける二人、その背後にアルマはそっと忍び寄った。 「あの金魚が、一番大きいみたいですね」 リリアがアルマの尻尾を引っ張った、それが合図となったようにアルマは、二人の背後にぐわあっと襲い掛かり トン その背中を押したのだった。しゃがんでバランスを崩していた二人は、そのまま金魚の池に落下する。 「えっ?」 アルマの手を振り返りざましっかりと掴んで。 かくして彼らは店の人物にしこたま怒られたあげく、ずぶ濡れで祭りを楽しむことになる。 「まったく。なんか奢って貰わないと!」「だから誰のせいだ!」 くすくすと笑うリリアの背中を、誰かがトントンと突いた。 「えっ?」 振り返ったリリアはもちろん水に押されたりしない。 「ほら、手!」 ルーディから差し出され彼女の手に落ちたのは丸い菓子であった。 「ありがとう!」 「よーし。屋台全部制覇するぞ。払いは保護者の奢り!」 「だから!!」 そんな明るい笑い声が彼らから消えることはなかった。 真剣に勝負に向かい合う二人は、 きょろきょろ、きょろきょろ。 なぜかフェンリエッタ(ib0018)は周囲を何度も見回している。 「何をしているの? フェン?」 まるごときたきつねを着た妹はまるごとたぬきを着ている身にはよく見えないが、様子を察してファリルローゼ(ib0401)がそう声をかけた。 「天儀の夏祭りは皆でまるごとさんを着て踊り明かすのだと聞きました。でも、私とお姉さま以外、まるごとを着ている人が見えないなあと思いまして‥‥」 殆どが浴衣。何人かがジルべリア風の洋装。ブローディア・F・H(ib0334)のような独特の服で視線を集めている者もいるが、自分達のような服装をしているものは殆どいない。 「フェン? 誰がそんな事を言ったの?」 「え、以前おじい様がそう仰って‥‥」 姉がはあ、とため息をつく姿が見えないのに見えるようでフェンリエッタは首をかしげた。 「全く、お爺様の冗談を真に受けないで? これはあくまで仮装パフォーマンスの出し物用よ」 「えっ?」 驚き立ち止まるフェンリエッタに何かがドン、音を立ててぶつかった。 「こら! こんなところでぼーっとしてんじゃねえ!!」 よく見えないが誰か男性とぶつかったようだ。 「ごめんなさい‥‥」 フェンリエッタは謝るが、男は酔っているのか 「こら! 冗談じゃねえぞ。腕の骨が折れたかもしれねえじゃねえか! どうしてくれる?」 変にからんでくるのだった。 「どうしましょう。お姉さま?」 フェンリエッタが姉に助けを求めようとしたその時。 「せっかくの祭りだ。喧嘩は止めにしておかないか?」 男とフェンリエッタの間に誰かが割って入ったようだった。 男は、自分より相手が強いと察したのか。 「今日のところは許してやる」 と言い置いて去って行った。 「ありがとうございます」 「いや、礼には及ばない。それより仮装コンテストに出るのだろう? 早く行くといい」 頭を下げた彼女におそらく、彼は笑って言い手を振った。 「行くわよ。フェン」 「私はフェンリエッタです。ありがとうございました」 「俺は琥龍 蒼羅(ib0214)。縁があればまた‥‥な」 姉に呼ばれて先に進んだフェンリエッタはそう言って立ち去った黒服の青年の背中にもう一度、深くお辞儀をしたのだった。 夏祭り。 仮装をしている人物は多いが、純白のドレスを纏った美しい少女と、それをエスコートする青年の組み合わせは目を引いた。 「まるで、なんかの絵みたいに綺麗だねえ〜」 そんな声も聞こえてくる。だから 「これはいいチャンスだと思うのよ」 そっとその二人の後をつけるユリア・ヴァル(ia9996)は同じように横を歩くニクス(ib0444)にそう囁いた。 彼女達も十二単に黒づくめと普通なら目立つ格好であるが、今日はそれほどは目立たない。 「‥‥うまくいくといいんだがな」 大事な幼馴染たち。近すぎて、大事すぎて近づけない彼らに幸せになってほしい。それや二人共通の思いだった。 「まあ、朔君には少し、声をかけておいたし。後は本人たちに任せるしかないものね。頑張ってくれるといいけど」 ニクスに一つ、ウインクして、ユリアは尾行を中止した。 彼らは、祭りの特設舞台へと上がっていく。 今回の祭りのメインである仮装大会が始まろうとしていた。 ●いつもと違う自分、そして‥‥ 仮装大会は、観客の拍手と投票で優勝者を決める。 だから、祭りの参加者達は仮装大会の開始とともに特設舞台の方へと集まっていた。 最初に舞台に上がったのは尾花朔と泉宮 紫乃だった。 執事と姫君という設定は天儀の人々には縁遠いものであったが二人の関係と衣装はそんなことを抜きにしても美しいと感じさせる何かがあった。 用意されたテーブルと椅子に姫をエスコートし、跪くと柔らかい声で、こう言った。 「何なりとお申し付け下さいませ。お嬢様」 「紅茶を‥‥朔さんの淹れる紅茶は美味しいですから」 姫は言ってから慌てた顔をするが、執事は平然と紅茶を入れる真似をしてテーブルに置く。 「どうぞ」「ありがとう‥‥」 二人の関係に、柔らかく優しい思いにたくさんの拍手が上がったのだった。 次は名前を名乗らない二人組が舞台に上がった。 黒地の着物に化猫の面、扇の娘は両手で艶やかな舞を舞う。 それから、舞台の中央で大きな布を広げたのだった。 人々が歓声を上げる。大きな布が広げられ、振られるたび鳥、ウサギ、リスとさまざまな動物が現れるのである。 最後に大きな烏が空に舞い上がる。それと同時に布はひときわ大きく広げられ、空に飛ばされたのだ。 観客がその布を追って再び地面を見ると、舞台には誰もいなくなっていた。 まるで化け猫に化かされたような不思議な時間に、人々は大きな拍手を送ったのだった。 次に現れたのはまるごときつねとたぬきのコンビ。 狸と狐の舞勝負。 狸は舞傘くるり力強く回し、狐は扇子でひらりとかわして踊る。 なかなか付かない勝負の決着は、不意に突然やってきた。 まさに佳境のそのさなかふいに吹いた大風に、両者突然バランスを崩し両者ぺたんと尻餅をつく。 顔見合せ笑い出し仲直り。 仲良くお辞儀をする二人は笑顔と拍手に包まれたのでありました。 それからもたくさんの仮装者達が舞台に上がって祭りに花を添えた。 演奏を見せた者もたくさんいて、特に執事服の蒼羅や吟遊詩人の譲治は大人の女性達からの評判を得た。 舞台で燕尾服を着てジュースを掲げた亮はなぜか大うけしていたし、いつの間にか舞台に引っ張り出された牧羊犬は、一番似合う格好とさせられたメイド服に赤面しながらもなんとかお辞儀と回転をこなしていた。 一番観客に受けていたのはスカートから出ていた尻尾と‥‥というのは下世話な話かもしれないが。 子供達の人気を集めたのはなんといっても二人の『ひーろー』であった。 「おめんもふらー! 参上! 人の身体にもふらのぱわー‥‥おめんもふらー、顕現!! だよっ」 赤い上着、赤いマントを身に着けてもふらのお面をかぶったミヤト。 「天儀マン、参上!!」 スカートと鉢巻、マントを組み合わせてかっこよくポーズを決める真耶。 のちの世と違い、正義の戦士という存在にあまりなじみのない子供達も元気に舞台を飛び回る二人の動きに目を輝かせていた。 舞台を降りてからも子供に囲まれた二人であったが、真耶は心細げに周囲を見回す。 「ううー、兄ちゃん達どこだろ〜」 その頃舞台を見つめる人々からひときわ大きな歓声が上がっていた。 「おや? 君も花魁かい? なら一緒に出ないかい? 演奏を合わせてあげるよ」 衣装を身に纏い出番を待っていた小星はそう声をかけてきたキオルティスの言葉にいろいろ考えた末同意した。 「今宵逢ふ人みな美しき‥‥ですよね。よろしくお願いします」 そして並んで現れた二人の花魁に観客からどよめくような歓声を上げる。 麗しの花魁二人は背中合わせにくるりと舞うと、一人が膝をついて琴を奏で始めた。 舞台の上で扇子を広げたもう一人がくるり、くるりと舞うとまるで手妻のようにその上で蝶が舞い水が踊る。 「うわ〜。綺麗だ〜」 舞台下の真耶がそんな声を上げているのが聞こえたのだろうか? 花魁の舞姿はより一層艶やかに美しく、人々の心を魅了したのであった。 ●花火の下の約束 仮装大会を終えた人々の視線は漆黒の夜空に向かっていた。 夜の空に満開に咲く花火。 それをグライダーの上からふしぎは仲間たちと見つめていた。 「それにしても見事な花火で。まさに夜空を彩る大輪の花ですな。お月様もご満悦そうです」 「綺麗だね‥‥僕達もあんな風に大空に輝ける、そんな存在になりたいな。これからもよろしくね」 素直なふしぎの言葉に龍影は素直な自分の言葉で答える。 「私はまだ小さな存在じゃが、いつかきっと大きい存在になる。その為には、一歩一歩を大事にしていかんとの」 「大丈夫。一人じゃないんですから」 友と心を同じにして見つめる花火を、彼らは一緒に心に焼き付けていた。 通りから少し離れた木陰で彼らは二人で花火を見つめていた。 肩を抱き合いお互いを確かめ合いながら、同じ気持ちで空を見上げる。 「琉央」 呼びかけられて顔を横に向けた琉央は、突然唇に触れたぬくもりに思わず瞬きをする。 横にあるのは自分よりもはるかに頬を上気させた纏。 「えへっ」 彼女の肩を強く抱き、琉央は小さくこう囁いた。 「また見にこような」 それは二人だけの約束だった。 「泣いても良いわよ」 花火の音にまぎれファリルローゼは妹にそう囁いた。 華やかな浴衣に負けないがごとく、祭りをはしゃぎ楽しんだフェンリエッタが、笑顔の下に隠しているものを彼女はちゃんと知っている。 「お姉さま!」 フェンリエッタはファリルローゼの胸に顔を埋めた。泣き声は花火の音にかき消される。 フェンリエッタの胸にいろんな思いが浮かぶ。悲しいこと、辛いこと、愛しい人のこと、負けたくないという思い。 それをファリルローゼの胸に涙と共に流して、彼女は顔を上げた。 そこにあるのはもういつもの彼女の顔だった。 「ありがとう。大好き、お姉様」 そう微笑んだ妹の頭を姉は優しく撫で、一緒に空を見上げたのだった。 小星が仲間たちと合流したのは花火も佳境を迎えようというところであった。 「どこに行ってたんだ? その荷物はなんだ?」 焼トウモロコシをくわえた亮に問われ、大きな荷物を抱えた小星はそれを隠してなんでもありませんと笑う。 「もう! 兄ちゃん達真耶のこと置いてった〜。もう置いてかないでよ」 頬を膨らませた真耶であったがその機嫌はすぐに戻る。 亮からもらったイカ焼きと次々に打ち上げられる花火。 「ピューってドーンってババーンって、すっごいきれい!」 飛び跳ねる少女の笑顔は、まるで花火のように輝いていた。 「‥‥ちょっと、これ着てみませんか?」 ふと小星は抱えていた荷物を解き、真耶に中に入っていたものを差し出した。 「? これは‥‥さっきの仮装大会の‥‥」 気づいたのか、ミヤトは小星を見るが彼は指を一本立てる。それに頷くとミヤトは真耶を促して、木陰で素早く浴衣を着替えさせた。 「うわ〜。かわいい♪」 それはサクラが豪華にあしらわれた浴衣ドレス。まだ珍しい天儀とジルべリアの文化の融合の品であった。 「似合いますよ」 微笑んだ小星を亮も牧羊犬も何も言わず、一緒にまた空を見上げる。 「来年の夏祭りもまたきましょう、ね」 彼の言葉に声の返事は返らなかったけれど、思いは完全に一つであった。 みんなと同じ思い出を共に胸に焼き付けていた。 「友達になろう! なのだ」 譲治はなつめと繭真にそう、手を伸ばした。 二人の手はためらいにゆれる。 なつめは自分の目が抱える重荷に、繭真は憧れながらも、まだよく知らない世界に戸惑っていたのだ。 だが、差し出された手はまっすぐで、その笑顔も迷いなく、なつめの目にもそれは輝いて見えた。 少女達は差し出された手をしっかりと握り返す。 打ち上げられた花火が、小さな約束を祝福するように彼らを照らしていた。 「あの‥‥私、朔さんの事、嫌いになってなんかいませんその、ちょっと、どきどきしてしまうだけで」 「良かった、です、嫌われていないのでしたら其れで‥‥皆さんと、そして貴女一緒に居られるのは幸せです」 肩を並べ花火を見上げる二人を確かめて、ユリアとニクスはそっとその場を離れた。 「まったく、世話が焼けるったら」 肩の荷が下りたというように腕を大きく伸ばすとユリアはニクスの前で、優雅に一回りして見せた。 重い十二単がドレスのように回る。 「月に帰る姫という伝説があるのですって。それをモチーフにしてみたの。私も空へ帰ろうかしら」 「ユリア!」 驚くような顔の幼馴染みにユリアはクスッと笑って首を振る。 「冗談よ、まだ暫くは此処にいるわ。もう少しだけ、ね。優しい『幼馴染』が引き止めたから」 「ああ、それを聞いて安心したよ。」 そう言うとニクスはユリアを背中から抱きしめる。 「ほっておくと本当に月の精霊のようにどこかへいってしまいそうだしな」 暖かいぬくもりと思い。それをユリアは抱きしめられながら抱きしめて、そしてニクスを見上げた。 「ほら、行くわよ。ニクス! ついてきて!」 くるりと腕から抜け出し、笑う幼馴染にニクスは肩を竦めて笑うと、黙ってそのあとをついて行った。 花火に気を取られていたから、だろうか? 「いいなぁ」 誰も彼がその時場を抜け出していたことに気付かなかった。 「ほら、りんごあめ」 「えっ?」 リリアがハッとかけられた声に顔を下げると、そこには両手にりんごあめを抱えたライディンがいた。 「約束、したもんね?」 仲間全員に一本ずつ渡してのち、リリアに飴を差し出したライディンはそう微笑む。 「ライディンさん、ごちになります」 (約束。覚えててくれて、ありがとう) リリアは心の中でお礼を言って、約束のりんごあめを抱きしめる。 「皆で、過ごせる時間‥‥幸せ、だよ」 「うん。また来ようね」 仲間と約束、そしてりんごあめ。 空にひときわ大きな花火が音と共に夜空に咲いて消えて行った。 彼らは大切なものを腕いっぱいに抱えて、静かに祭りの終わりを迎えたのだった。 祭りの終わり。 大繁盛のカキ氷屋の真夢紀と柚乃。花火の使い走りとして最後まで働いた笙善、彼らは感謝と共に報酬を得た。 祭りを影から支えた蒼羅もまた 「さっきはありがと」 ごろつきに絡まれていたブローディアから豊満な胸で礼を言われたという。 そして 「ほら!」 投げ出された小さな袋を受けってシャルルはあら? と悪戯っぽく笑った。 「何の真似です? 妹に店を任せて遊びまわっていた人が?」 シャラシャラ、鳴る音は中にお金が入っていると知らせている。 それを投げた男、西門は何も言わず、ただ入口に背を預けていた。 「もう余計な事はするな」 「どうして余計なことなのか説明していただかなくてはできませんわ。私、美波さんと約束しましたの。浴衣ドレスの製作者さんに今度紹介していただくって」 シャルルの問いに彼は答えず、店にも戻らず彼は闇に消えていく。 「何かあるのかねぇ〜」 流水の甚平を纏ったキオルティスがふとシャルルの横から声をかけた。 仮装の花魁姿もさることながら、こんな姿も粋で彼は、この祭りで大いに注目を集めた。 入口の外にはまだ取り巻きもいる気配だ。 だが、それらに気付かれず闇に消えていく弧栖符礼屋の主 「さあ、わかりませんわ。でも、またお会いする機会もありましょう」 シャルルはそういうとにっこりと微笑んだのだった。 こうして夏祭りは大盛況で幕を閉じた。 祭りの様子を知らせる瓦版もまた大人気であったという。 その後、弧栖符礼屋がさらなる客に恵まれたのは言うまでもない。 それがまた新たな事件を生むことになるのはまた別の話である。 |