|
■オープニング本文 五行の都、結陣の一角に陰陽寮はある。 今年、猛暑という言葉も出る天儀の夏。 頭が煮えるような暑さはここ陰陽寮にも変わる事無く訪れていた。 月に一度、陰陽寮朱雀の合同演習授業。 講義室では陰陽寮寮長、各務紫郎の講義が続いていた。 「つまり陰陽師は極めて短命なアヤカシを生み出していると言うわけです。短命とはいえ、その存在は確かにアヤカシであり、術者は、その制御を‥‥」 しかし、窓を開けてもまだ暑い講義室。 頭が煮えそうな暑さの中での座学は正直 「ふわああっ。ちょっと眠いなり〜〜」 寮生達の眠気を誘っていた。 こくりこくりと船を漕ぐ寮生。それに気付いたのだろうか。 講義を止めた寮長は 「いてっ!」 持っていた出席簿で叩いた。 頭を撫でながら涙顔の寮生に軽く笑うと寮長は寮生達に向かい合った。 「皆さん、この暑さで気が緩んでいませんか? 陰陽師に何より必要なのは集中力です。それから想像力。では、座学はこの辺にして演習と行きましょうか?」 ざわり、生徒達の間で空気が揺れた。 演習、つまりは始めての術を使う授業ということ。 「では講義はここまで。外出の準備をして半刻後、門の前に集合」 開拓者達の間に緊張が走る。寮長の言葉に素早く立ち上がって礼をすると彼らは大急ぎで準備を始めたのだった。 そして彼らがやってきたのは、結陣の一角の小さな河原。 そこには古い平屋の掘っ立て小屋のようなものが立っていた。 「寮外での演習、なのですか?」 寮生の問いに寮長は答えず進んでいくと、小屋から一人の人物が出てきた。 「やあ、寮長」 「今年もお世話になります。全法寺殿」 中年ではあるが鍛えられた身体をした男性。 勿論寮生達は知らない。 その疑問を察したのだろう。 「こちらは放下師の全法寺殿。今回の演習の場所を貸して下さいます」 寮長はそう紹介をしてくれた。だが彼の名前が解っても、何をするのかは判らない。 「場所? というのはこの河原ですか? ここでいったい何を?」 寮生の問いに寮長はこう答えた。 「お化け屋敷、です」 「えええっ????」 驚く寮生に寮長は言葉を続ける。 「これから一年生は皆で力を合わせ、ここで一週間のお化け屋敷興行を行って下さい。建物は自由に使って構いません。基本的な衣服や道具は全法寺殿がご用意して下さいます」 「お化け屋敷‥‥ですか? 術を使って?」 「術を使わなければ陰陽寮の実習にはならないでしょう? 但し、絶対にお客を傷つけてはなりません。また建物を壊してもなりません。これは絶対の約束です。後の事は全法寺殿に伺って下さい」 寮長はそこまで説明して口を閉じる。 軽く笑って彼らを見つめている。 後は自分で考えろ、ということだろうか。 先の寮見学の時、先輩達がアヤカシを見せて驚かせたことがあった。 あれはこの授業への暗示だったのろうか? とにかく寮生達は始めて与えられた課題に全員で取り組む事になる。 それは陰陽寮という事場から想像していた授業とは少しかけ離れたものであったけれど‥‥。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●陰陽寮朱雀の夏季実習 陰陽寮朱雀と言えば、五行が認める最高学府の一つ。 エリートが集まる陰陽集団、という印象がある。 それはもちろん正しいのだが、その中で「朱雀」は若干趣が違うらしい。 「おや、今年も実習の季節かい?」 「楽しみにしているよ」 木材や布を抱えて歩く寮生に目を止めたのだろう。 笑顔でそんな声をかけてくる者が多くいた。 「‥‥ひょっとして、朱雀寮のお化け屋敷って恒例行事?」 腕いっぱいの黒布を抱えた瀬崎 静乃(ia4468)は答えの返らない疑問を口にする。 「お化け屋敷‥‥本当に考えもしないことを考えるものですね」 玉櫛・静音(ia0872)も苦笑しながら頷いた。家で英才教育を受けていたら決して体験できなかったことだ。 「あら、面白いじゃない! お化け屋敷。思いっきり楽しみましょ」 明るく笑う真名(ib1222)の言葉に静音ははいと頷く。 もちろん、静音とてこの課題を楽しむことに異論はない。 「布はこれくらいで、足りるでしょうか?」 「後は全法寺様も持ってきて下さるそうですから、足りなかったらまた借りに行きましょ」 「おー! おいらん家、おっばけや〜しきっ! あ〜おかえりなり〜。お使いご苦労様なのだ〜」 河原に下りた三人をトンテンカン。入口で何やら作っていた平野 譲治(ia5226)が声を上げた。 足元にはころころ、ころころ。もふらが踊るように転がっている。 その声を聞きつけたのだろう。入口にかけられた暖簾をあげて俳沢折々(ia0401)が仲間達を出迎える。 「おかえり。待っていたよ。大体の道筋とか用意はできてきたんだ。後は通路を布で区切って仕上げしないとね。もう明日には開店だから。ちょっと急ごう。衣装合わせもしないと」 「ほぼ設計図の通りにはできています。あとは配置と、役割分担を決めたいと思いますので入って来て頂けますか?」 手招きする尾花朔(ib1268)の言葉に娘達は頷いた。 「解りました。行きましょう」 足早に小屋の中に入っていく三人を見送って、譲治はさて、と腕まくりをする。 「立札はできたのだ。後は、これをあっちこっちに立てて‥‥、宣伝もしなくちゃいけないなりね!」 「それは、僕に任せてよ」 明るい呼び声に振り返った譲治はそこに友人の姿を見る。 「あ! 琉宇」 リュートを構えた琉宇はにっこりと笑って、譲治の方を見る。 「お化け屋敷をやるんだって? だから、見物と手伝いに来たんだ。看板立てと、ちんどん屋くらいは僕がやるよ」 「う〜ん、何と言ったらいいのか〜‥‥ちょっと違うなり〜」 「違うの?」 「でも、まあいいなりよ。お手伝いお願いするなり。二番目のお客さんにお迎えするのだ!」 「一番じゃないの?」 首をかしげる琉宇の背後。 小屋の中から 「キャアアア!!」 一足早い叫び声がする。 「ああ! もう誰か入ったなりか? まだ準備中だっていうのに〜」 「こら! ジュリエット。うろつくな! おめえの方がずっと怖ええんだよ! 外で働け!」 小屋の中から喪越とその朋友ジュリエットが飛び出してくる。 「あ! アミーゴ。俺らは街でちらし巻いてくるは、あとは頼んだぜぇ〜!」 土偶ゴーレムを全力で引っ張って走り出す喪越。 中からは 「ムロンちゃんは、外行っちゃダメ! お客さんの食べ物も取らないでね。ご飯はたーくさん、用意しておいてあげるから」 アルネイス(ia6104)のそんな朋友を諌める声も聞こえる。 二人は顔を見合わせてくすくすと笑った。 「流石、陰陽寮のお化け屋敷、一味違うものになりそうだね」 「うん、なんだかおいらも楽しみなりよ!」 河原の小屋の中と外。そこにはもう笑顔と期待が溢れていた。 ●お化け屋敷開店 街の人々が楽しげにざわめく。 朱雀寮のお化け屋敷が今年も始まるのだと。 撒かれたチラシと立札に導かれた人々は、河原で出迎えた龍達と、優雅にお辞儀をする案内役に微笑んだ。 「ようこそ。私達のお化け屋敷へ。ほんの一時浮世を忘れ、冷ややかで楽しい夏の一時をお過ごしくださいませ」 赤い小袖の折々はまるで座敷童のような愛らしさを見せる。忍犬瑠璃もお出迎え。 入口ではつくりもののしゃれこうべを動かして人魂のリスが踊っていた。 一番乗りは若い青年。 「整理券をどうぞ」 泉宮 紫乃(ia9951)が差し出した札には3と書いてある。 「一番乗りの筈なのに‥‥? まあ、いいか? さあ、毎年楽しみにしてるんだ。ちょっとやそっとじゃ驚かされねえぜ!」 そんなことを呟きながら入ってきた青年を物陰から三つの頭が覗き見る。 「きた! 来たなりよ! 準備がいいなりか?」 声をかける譲治に仲間達はそれぞれ頷き、それぞれの持ち場についた。 「一番客と二番客の感想はいかがなりか?」 案内役として身支度をする譲治は後ろで隠れている紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)と琉宇にそう声をかけた。 二人は顔を見合わせ‥‥そして微笑む。 「きっと‥‥成功すると思います」「面白かったよ。うん、ビックリした」 「よかったなり! さあ、やるなりよ〜〜!」 拳を上げた譲治はさっ! と客の前に現れると 「東西! さてさて、これより開かれるは朱雀が屋敷っ! 常世の変化を魅せるなりよーっ! どうかご覚悟の上、ささっ! どうぞ〜」 見事な口上を述べた。 朱雀寮の夏実習。お化け屋敷がその幕を開けたのであった。 小屋の中をゆっくりと進む。 まずは暗い道が続く。締め切られた小屋の中は暑いくらいの筈なのに、なぜかひんやりとした空気が広がっている。 足元にころころともふらのもふ龍が転がっている。それをよけながら歩き続ける譲治の後方。 「わっ!」 男はふと、声を上げた。 「どうしたなりか?」 「い、今、何かが髪の毛を、ひ、ひっぱったんだ!」 「ああ。それはアヤカシの悪戯なりね。それくらいで驚いてたら、このお化け屋敷は最後まであるけないなりよ〜〜」 にひひ、そう笑う譲治はどんどん前を進んでいく。 「あ、アヤカシ!? くそ、こんなことで驚くかってんだ!」 自分より小さな子供に笑われてはいられない、と思ったのか、ふと男の足が早まった。 だが、それはすぐ止まる。 ドーン! 暗闇でよく見えないが鈍い音と共に彼らの横を何かが落下したからだ。吹き上がる生暖かい風。 「ひいっ!!」 男は反対側の横に逃げるように飛びのいた。 何か、固いものが彼を押しとどめる。それは、人形であった。 人と見まごう大きな人形が行く先を指で指示している。 「なんだ‥‥人形か? えっ? あっち?」 彼が後ろを振り向いた瞬間! 「ウケケケケ!!!」 人形は突然動きだし、男の背中に抱きついた。さらに眼前にはガタガタと動くしゃれこうべが‥‥ 「ぎゃあああ!!」 悲鳴を上げた彼は人形を突き飛ばし、走り去っていく。 『上手くいったようですね』 しゃれこうべを拾い上げほほ笑むのは青嵐(ia0508)。朱雀寮きっての人形遣いである。 人を驚かせるのはお手のものだ。 男が必死に走り行く先に微かな光が踊る。そのぼんやりとした光が照らすのは‥‥ 「ひええっ! また人形?」 暗闇の中ぼんやりと立つ白い髪の娘に、男は慌てて回れ右をして逃げてしまった。 「そこにいるだけでいい、とは言われてるのですけど何故、そんなに驚くのでしょうか?」 真名は笑ったが静音は後に首をかしげたという。 小屋はそれほど広いものではない。道を工夫し長く歩かせるように工夫はしてある。 そしてそこには幾度となく叫び声が響いた。 途中案内役の少年が蹲ってしまったので、声をかければそばからは龍が飛び出すわ、茂みの中から飛び出た巨大なカエルに追いかけられるわ。 男は途中からはかなり本気で逃げ惑ったらしい。 やがて、ろうそくの明かりがまっすぐに道を照らす場所に辿り着いた 向こうの曲がり角には微かな、だが間違いのない太陽の明かり。 どうやら出口が近いようだ。 ほっと安堵する男は、だが足を止めた。止めざるをえなかった。 足が、動かなくなったのだ。何かに縛られるような感覚の中、やがて周囲のろうそくがゆっくりと消えていった。足元に柔らかい何かを感じる。そして背後にも気配が‥‥。 彼が、ゆっくりと後ろを振り向くと背後から白い女がその首にすーっとその手を伸ばしてきた。 「ねえ‥‥‥あなた? ‥‥‥ねえ? いいでしょう??」 耳元に囁かれたその言葉に、男は 「ひい〜〜〜〜!!!!」 と悲鳴を上げて再び走り出した。背後から女と稲光が襲ってくる。 そして‥‥ 「ぎゃああああ!!!」 最後に一際大きな悲鳴を上げ出口へと転がり出たのだった。 コロコロと転がるもふらを飛び越え、出てきた男は息を切らせながら待つ客にこう告げた。 「と、とんでもなく、こ、怖かった」 「どうやら掴みは成功のようですね。お疲れ様です」 最後の演出を担当した朔と静乃、そして死装束のアヤカシに扮した紫乃は嬉しげに微笑み顔を見合わせたのだった。 ●招かれざる(?)客 朱雀寮のお化け屋敷興業が始まって三日。 評判が評判を呼び、連日客が引きも切らず押しかけていた。 一番の人気の理由は、やはり日々ごと、一回ごと同じではない工夫と本格的な演出にあった。 お化けの順番などがその時々にシャッフルされるのは練力の維持が主目的であるが、より魅力的で楽しいお化け屋敷にする為に彼らは 「なかなかいい感じなりね。でも、術の演出は少しずつ減らした方がいいかもなりね。お客も増えているから一回ごとではもたないなりよ」 毎夜終了後に打ち合わせを開き、検討をしていったのだ。 「紫乃さん。紫乃さん‥‥その、手をずっと冷やすのは身体に悪いですよ。蒟蒻を棒の先に付けて、其れを冷やして使われませんか」 「夏だし、これくらい平気です。でも‥‥お言葉に甘えますね」 朔の心配を込めた提案は翌日には、顔を撫でる手として採用され、譲治と折々の記録している客の記録は、どこで、どの客がどう驚いたかを次へ生かす為に役立っている。 「こうして見ると意外に、子供さんの再来訪者が多いですね。お化け屋敷は怖いでしょうに?」 「どうやら、座敷童さんと妖怪さんが大人気のようですよ」 くすくすと笑う紫乃にもはや子供達のアイドルとなっている二人が顔を赤らめる場面もあった。 案内役たちも人気で、恐怖を隠して中に入り、途中で泣き出し助けてもらうのを狙う子もいたとかいないとか。 とにかく興業はあと二日。興行主の全法寺氏にもう布材木などの実費は返せた程の人の入りである。 最終日には寮長や先輩達も呼んで、先日のお返しをしようなどと楽しい計画を立てる寮生達。 だが翌日四日目。 彼らの努力、評判、それらをぶち壊すかのような事件が起きたのだった。 その日もよく晴れたいい天気で興業にはうってつけの日であった。入口で今日も客寄せ人魂が楽しそうに踊っている。 「ね〜え。遊んで遊んで!」 足元に纏わりついてくる子供達に笑いかけながら木戸番をしていた折々は 「?」 唯ならない雰囲気に顔を上げた。 見れば河原に繋いでいた龍達。朔の十六夜、蒼嵐の嵐帝。譲治の小金沢 強までが威嚇の様子を見せている。 「どうしたの? みんな‥‥」 己の龍うがちに声をかけた瞬間、折々はその理由を察知した。 龍達の前を、慄くことなく進み、怪しい男達がやってきたのだ。 数は三人。ぼさぼさの髪に汚い服。腰に剣を携えた絵にかいたようなゴロツキである。 「おい! てめえら。誰に断ってここで商売してんだよ! ここは俺達のシマだ。とっとと余所行きやがれ!」 並んだ人達を押しのけ前に進み出た男達は、ドン! 威嚇するように入口の柱をたたいた。 木戸銭、入場料を入れた箱が音を立てる。 「そうですか? ここが、貴方方の領地とはつゆ知らず失礼を致しました。ここは河原。芸人達の集まる番外地であると思っておりましたゆえ‥‥」 「うるせえ!!」 子供達を庇いながらも飄々とした様子を崩さない折々に男達は、さらに苛立ちを顕にするように足元の石を蹴り上げる。 「キャアっ!」 舞い上がる石に並んでいる一般人が声を上げた。お客に危害を加えさせてはいけない! 「待って下さい!」 折々は彼らの前に怯むことなく立ちふさがった。 「なんだ! 金を払う気になったのか?」 「お金で済むことでしたらお支払いいたします。ですが、準備までの時間、少しお化け屋敷でお楽しみ頂けませんか?」 ニッコリと笑う折々に、男達の手が止まる。 「最初っからそう言えばいいんだよ。よし。売り上げの用意しな。ちゃっちいお化け屋敷なんかに俺らは驚かねえ。暇つぶしに覗いてやるよ」 「ありがとうございます。では、お三方ご案内いたします。大丈夫だから、ちょっと待ってててね」 心配そうに服をつかむ子供達の頭を撫でて折々は、建物の中に声をかけた。 もうきっと中の皆は状況を察している筈だ。 「了解なのだ。ささ、どうぞどうぞ。朱雀寮のお化け屋敷、特別演目ご覧あれなのだ‥‥」 出向かえに出てきた譲治に片目を閉じて折々は合図をする。 そして、中に彼らを送り込んでふう、と深いため息をついた。 「ああ、彼らも傷つけちゃいけなかったかな? でも、ま、いっか」 くすりと笑うその笑顔にはもう、一欠けらの不安も残されてはいなかった。 次にやってきたお客に 「私も入れて貰えますか?」 そう声をかけられるまで。 譲治に案内されて中に入った男達は、言葉通りなかなかに気丈に振舞っていた。 ひんやりとした空気に喜び、足元に転がるもふらを蹴り飛ばし、髪をひっぱる仕掛けにも動じなかった。 だが‥‥ふわふわと夜光虫が飛び始まるころからその様子は変わってきた。 西洋人形を持って立ち尽くす娘の只ならぬ様子に足を止めた次の瞬間。 「ケケケ‥‥ケ〜ケケケケ!!!」 人間と同じサイズはあろうかという人形が覆いかぶさるように襲ってきたのだ。 「うわああっ!」 後ろによろけた三人の前後左右に岩首がドスンドスンと音を立てる。 「な、なんだこれは?」 「朱雀寮のお化け屋敷。半端に見てもらっては、困るのだああああ!!!」 今まで黙って前を歩いていた譲治が振り向くと同時、いくつかの龍が突然彼らの前に立ち上ったのだ。 入口にいた龍よりも大きくさえ見える。 「さあ、行くのだ!!」 「うぎゃあああ!」 逃げ出そうにも足が動かない。怯えだけではない何かが彼らの足を引っ張っていた。 思わず目を閉じる。だがいつまでたっても想像していた衝撃は来ない。 代わりに、すーっと冷えた手と息が彼らの首を撫でていた。 そこに立つのは青白い顔の娘。 「ここは暗くて、寒くて、寂しいの‥‥ねえ‥‥一緒にいきましょう」 「ひあああっ! く、来るなあ!」 真っ白い手が彼らを地獄に誘う様に伸びる、男達がその手を払いのけた瞬間氷の術が彼らを捕えた。苦痛に声を荒げ蹲った彼らの頭上 ! 「ムロンちゃん! ゴー!!」 明るい声と一緒に、巨大なものが落下した。 それがカエル、いやジライヤであることに気付いても、彼らはもう逃げることはできなかった。 「‥‥お仕置きの、時間だね?」 「速やかにご退去頂ければよし。さもなくば‥‥」 静乃と朔がジタバタと暴れる男の前に、一歩進み出る。 ふと、静乃は足を止めた。男の一人の頭から何かが取れて転がったのだ。 「これ‥‥カツラ? なんで?」 その疑問に答えるように、暗闇に声が響いた。 「そろそろ勘弁してやってもらえませんか?」 「「「寮長!!」」」 聞きなれた声に、耳慣れた形容詞。寮生達は振り返る。 そこには柔らかい微笑を浮かべて立つ朱雀寮寮長。各務紫朗の姿があった。 ●実習結果 「まったく! 最初から全部陰謀だったなんてずるいなり!」 最終日お化け屋敷の片づけをしながら、譲治は頬を風船のように膨らませた。 「すまないな」「寮長に頼まれたんだよ」 苦笑しながら片づけを手伝うのは朱雀寮の先輩達。 昨日寮生達のお化け屋敷にやってきたゴロツキだとは、この笑顔からはとても思えない。 「ま、俺達も去年やられたんだけどな」 「今回の実習の最大目的は、術の応用とコントロール。発想と工夫。そして危険時の対応です。とっさの事態にも臨機応変に対処する能力も陰陽師には必要なのです」 自らも通路に貼られた布を手際よく外しながら寮長はそう言って寮生達の方を見た。 この様子からして彼はずっと寮生達の事を見ていたに違いない。 時々二匹目がいたように見えた紗耶香のもふらはひょっとして? 「お客を守る為、ゴロツキにのみとはいえ人に傷つける術を放ったのは少々減点対象と言えるでしょう。ですが、術使用の応用や工夫についてはなかなかに面白いものがありました。何より、お客の事を思いやったいくつもの工夫は、今後どんな道を歩むにしても人々から受け入れられるでしょう。何より、彼らの笑顔が今回の実習の成績を物語っています」 言って寮長は暖簾の外を指差した。 そこにはすっかり仲良くなった忍犬や最初は恐々だった龍達、文幾重や不動達に笑顔で手を振る子供達の姿があった。 「全法寺殿も準備や工夫の手際を褒めておられました。入場料も黒字扱いですし、今回の実習は合格としておきましょう」 「やった!」 寮生達の顔に笑顔が咲く。 「さあさあ、差し入れですよ〜。冷たい素麺と冷えた麦茶はいかが? 美味しい葛桜もありますよ〜〜」 「もふもふ!」 紗耶香が外から声をかける。 「やった!」「おなかぺこぺこよ!」 寮生達は大喜びで外へと飛び出していった。 「? どうしたんです?」 一人、ほぼ何もなくなった小屋に佇む紫乃に気付いて朔が足を止め近寄る。 優しい恋人に紫乃はなんでもないと首を振ったうえで、小さく、悪戯っぽく笑った。 「結局、今回も寮長さんを驚かせることができなかったな〜と思ったんです」 「やはり一枚上手、ということでしょうか? でも次こそはアッと驚かせたいですね」 「ええ」 差し出された手をしっかりと握りしめて紫乃は振り返る。 その手は実習中の白い冷えた手ではなく、暖かいぬくもりを互いに知らせる。 「来年の新入生さん達も、ここで実習するのかもしれませんね。‥‥楽しかったです。とっても」 「どうしたの? 早くおいでよ」 「素麺なくなってしまうなりよ〜」 「はい。今行きます。行きましょう。朔さん」 「ええ」 そして誰もいなくなった小屋は静かに閉じられた。 夏の終わりを告げるように‥‥。 また、来年の夏を待って‥‥。 |