【彼方】月に酔う女
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2010/10/11 20:06



■オープニング本文

 彼と出会ったのは、美しい満月の夜だった。
 誰と共に見る当てもなく、一人縁側で月を見てた時、彼はふと庭に現れたのだ。
 そんな彼が私にはまるで、月から降りてきた精霊のように見えた。
「助けて‥‥美しい人‥‥」
 そう呼ばれ、その腕に崩れ落ちるように彼が倒れてきた時から、私は彼の為にどんなことでもしようと決意したのだった。

 五行の都、結陣の片隅でひそやかに囁かれる噂話があった。
 美しい少年が最近次々に消えている。と。
 最初は下町や裏町の貧しい子供だったから、かもしれない。
 のちの世に言う都市伝説のように、囁かれては消えるたわいもない噂話だけ、のことであった。
 だが最近は確実な恐怖を持って語られていた。
 美しい少年が闇に消える。そして、二度と帰ってはこない。と。
 最初のきっかけは下町の茶屋で働いていた人気の少年であった。
 それから旅の若い芸人。
 どちらも身寄りはないが、整った外見と明るい性格の持ち主であったという。
 その二人が突然消えた。
 人気者ではあったといえ、家族もいない彼らなど気にする者はなく、いなくなれば、ああ、残念だ。くらいで忘れられていく。
 だが、それを若い瓦版屋がネタにした。
 ある種の怪談仕立てで公開したのだ。若い少年を狙う殺人鬼、現ると。
 ‥‥その三日後、彼は河原に浮かんだ。
 心臓を抉り取られ、さらに苦痛にゆがんだ顔をして。
 集まる野次馬や子供を追い払おうとした役人の間をすり抜けて鳥が死体に近づいた。
 鳥は彼の顔の周りをくるりと飛び、手元に舞い降りるとその握られた指の中を突いた。
「こら! 寄るな!」
 振り払われた鳥は煙のごとく消える。
 あっけにとられた役人は、人ごみの向こうから走り去る少年の姿などにもちろん気づくことはなかったという。

「連続殺人犯を捕まえに行くのを手伝って下さい!」
 やってきた少年はそう言って依頼を出した。
 既に顔見知りになりつつある少年の、だが突飛な言葉に係員は驚いた顔で彼を見つめた。
「連続‥‥殺人犯? どういうことだ?」
 彼方という少年は係員に説明する。
 最近五行の裏町、下町で少年が何人も行方不明になっていると。
 表向きに知られているのは二人であるが、彼の住む家の大家は自分が世話をしていた一家の子が行方知れずになったと心配していた。他にもどうやら家のない子も何人か。
「そのうちの一人と、僕、友達だったんです。遊ぼうって約束して、あるお屋敷に届け物の仕事を頼まれたから終わってからねって。でも、いくら待っても彼は帰ってこなかった‥‥」
 家族のいない子供の失踪など周囲は殆ど気にしなかった。
 届けを出す者もいないし、出したところで役人が動いてくれる筈もない。
「それで、知り合った瓦版屋の留蔵さんに話をしたんです。そしたら、留蔵さんは丁度他の子の失踪の噂を掴んでいたらしくて面白いって、瓦版にしてくれて。そしたら、今度はその留蔵さんが殺されてしまって‥‥」
 自分のせいだ、と責める様子の少年に声をかけかけた係員は、だが顔を上げたその目に止める。
 彼の目はただ後ろを向いてなどいなかった。
「僕は、もう絶対に許せない。何が何でも犯人を捜して捕まえると決めたんです! 留蔵さんは亡くなる前に、面白い情報を掴んだって言ってました。なんだか、一人暮らしの後家さんが、家に若い男を連れ込んでるって噂がある、って。そこに潜り込んでみるって。留蔵さん、一人暮らしですけど友人もいるって言ってましたし、家に何か情報が残ってるかもしれない。それから、あの時は気にしなかったけど、届け物を頼まれたって言ってたあいつにそれを頼んだ人や見てる人もいるかもしれない。ひょっとしたら、その後家とやらが‥‥。でも、調査にも捕えるにも僕一人じゃ手が足りなくて。だから‥‥お願いします。犯人捜しを手伝って下さい!」
「連続殺人犯、ってことはその瓦版屋はともかく、お前さんの友人も死んでる、殺されてると思ってるのか?」
 依頼受理の手続きを取った係員は最後に、と彼に問いかけた。
 彼方の首はゆっくりと、だが確かに前に動く。
「留蔵さんが、死んだ手に握っていたのは帯の切れ端だったんです。血で、汚れてました。それはいつか染物職人になリたいと言っていたあいつの染めた下手くそな染物で、僕、留蔵さんにそいつの特徴として話したんです。それに、気のせいかもしれないけど留蔵さんの死体に感じました。微かな‥‥瘴気。ひょっとしたらアヤカシが関わっているかもしれない。もちろん、生きていればいいけど留蔵さんが殺されたってことは、きっと‥‥」
 だから、と少年はまっすぐな決意を開拓者に向ける。
「彼らの敵討ち! どうか手伝って下さい。お願いします!!」

 月が日々細くなっていく闇の中、夢の中。
『このまま月が消えれば、私はもうここにはいられない。貴女の側にいられなくなる』
「離しはしないわ。貴方は私のもの。その為なら、いくらでも血肉を集めてあげる。いくらでも殺してあげる‥‥」
 その誓いの通り、女はその身体を真紅に濡らしながら潤んだ瞳で横にいる筈の『男』を見つめていた。
 月も明かりもその影を作らない、幻の男を‥‥。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
朧楼月 天忌(ia0291
23歳・男・サ
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰


■リプレイ本文

●後家と消えた友
 金持ちの後家という存在は意外に人の目を引き、噂を引く。
 五行の町外れの大きな家に住む彼女は、資産家であった夫を亡くした後、夫の財産の殆どを親戚に奪われ、当座の生活費と住む家のみが財産という見かけに比べれば地味な生活と開拓者が話を聞くのは簡単な事であった。
 その家を確認した開拓者達は遠巻きにその家を見つめている。塀に囲まれた家は来訪者を拒絶するように固く扉が閉じられていた。
「ふむふむ、使用人も無し、他に人の住んでいる様子も出入りもないっと。噂の後家と、いなくなる人々かいな、こらまた色々においそうな話やなあ」
 どこか楽しげにそんな物騒な事を口にする天津疾也(ia0019)に軽い口調で犬神・彼方(ia0218)も同意する。
「子供‥‥しかも美少年のぉ失踪‥‥キナ臭ぇこと、この上ないねぇ? そう思わないかい? 統真?」
 軽く体をポンポンと叩く彼方に少し苦笑しながらも酒々井 統真(ia0893)の思いも彼らと同じだ。
「死人まで出てるんじゃ、無聊を癒す為っつーには物騒過ぎるな。彼方!」
「ん?」
 首を傾げた犬神彼方に、あっと、気が付いて統真は手を振る。
 ここで言う彼方とは彼にとって家族同然という犬神彼方、ではない。
「依頼人の、彼方」
「は、はい!!」
 呼ばれた少年は緊張の面持ちで彼らの元に寄る。
「お前さんが瓦版屋から聞いたのは、あの家で間違いってのは解った。でも、消えた友達ってのがあそこに行ったとはまだ限らねぇんだよな?」
「はい」
 少年彼方はそう頷く。
「その仕事は、本当の仕事とは別に、個人的に受けたものらしいので」
「なら、まずは周辺捜査だ。その瓦版屋のことはおいても先入観だけで犯人とは決められねえ」
 朧楼月 天忌(ia0291)のどこか厳しい言葉に少年彼方は俯いた。
「彼方‥‥君。信じていないわけじゃ‥‥ないのよ。心配なのは‥‥解るけど、だからこそ‥‥しっかり調べなくっちゃ」
「紗々良(ia5542)さん‥‥」
 いつも心配してくれる開拓者のことばに少年彼方は頷きを返す。
「美少年を集める後家。その家に集められ戻って来ない美少年達。噂だけ聞く分には色気の有る怪談だけどそこに知人が係ってたとなるとそうも言ってられないわよね〜」
 多分慰めてくれるように葛切 カズラ(ia0725)は言うが少年の表情は以前出会った時と比べるなら明らかに冴えない。
 友人が消え、それを探してくれていた相手も死んだ。その怒りに任せた依頼提出を彼自身どこか反省していたのだろうか。
「仇討ち、ですか。気持ちは解ります。だから、お手伝いに来たのです。でも‥‥一人で危ないことはしないと約束して貰えますか?」
 落ち込む少年と顔を合わせた乃木亜(ia1245)は真っ直ぐ彼方の目を見る。
「誰も、アヤカシの犠牲になって欲しくはないのです」
「はい。皆さんの指示を守ることを約束します」
「じゃあ手分けして当たろう。集合は夜、宿屋でいいな?」
 仲間を見渡して竜哉(ia8037)は言い、仲間達もそれに答える。
 着替えたり乃木亜のミズチ藍玉、疾矢の疾風や天忌の凶津緋のように朋友を預けたり、確認する手間もいるだろう。
 だが、言いながら竜哉は何となく感じていた。
「急いだ方がいいな。なんだか嫌な予感がする」
 小さく呟いた言葉が現実にならないように願いながらも、宿奈 芳純(ia9695)はその未来が現実になることをなんとなく感じていた。

●見つからない証拠
 夜。
 集まった開拓者達は宿の一室で顔を合わせていた。
「しかし、これだけ情報を集めても『怪しい』以上の証拠が得られねえってのは参ったな」
 竜哉はそう言って悔しげに頭を掻き毟る。
 開拓者達の前にはそれぞれが聞き込みを行い、集めてきた情報が重ねられていた。
「怪しいのは間違いないわよ〜。瓦版屋が集めていた資料でも、例の後家ってのはどうやら明らかに人付き合いをしない寂し〜い生活だったようだし、特に最近は家人も全部解雇して一人暮らししてるって話だし。寂しさのあまり美少年集めるってのはあり得る話だと思うから」
 カズラがのほほんと笑みを浮かべながら説明する。彼女と疾也は瓦版屋が集めていた資料に目ぼしいものはないか調べに行っていたのだ。もちろん明確な証拠は見つからなかったが、瓦版屋はその後家に狙いを絞ってかなり細かく調べていたようだった。
「それにな〜。その後家のする買い物は一人暮らしの量から増えてないってのが問題だ。集められた連中がまだ家の中にいるとすれば、食い物が必要のない状況にされてるってことだろう‥‥」
「ちょ、ちょっと待て。あの後家は今もまだ一人暮らしなのか?」
 少し驚いた様子で確認する天忌にああ、と疾也は頷く。目でカズラを見ると彼女の人妖初雪が纏めた資料を差し出してくれた。
「さっきも言ったけど家人は全部解雇してる。掃除とかに家へ人を入れることも稀だ。買い物も彼女がマメに出ているようだぜ」
「それはおかしい。あの家、というか後家には男がいる筈だ」
「えっ?」
 天忌の言葉に開拓者達は全員で同じ方向を向く。後家の家、周辺近所を調べていた天忌は間違いない、とそう頷いた。
「一人暮らしで金持ちの後家、だからな。チンピラや周囲は結構噂にしていたらしい。そして聞いたんだ。ここのところ彼女が明らかに変わったようだ、と。男ができたに違いない、と」
 夫に先立たれ、陰謀で財産を失い生きる気力を無くしかけていた後家は、ここ最近急に明るく元気になったという。
 衣服も喪服を脱ぎ捨て明るい色を着るようになった。
「お綺麗になりましたね」
 そう言った店の店主に
「やっぱり見て、褒めてくれる人がいると違いますよ」
 後家はそう答えたという。
「やはりこれは、いよいよキナ臭くなってきましたね」
 芳純はそう呟く。彼らの調査でも死んだ留蔵はあの後家の家を調べていたという噂が聞かれている。
「留蔵さんの最後の消息らしきものが、あの家の近辺での目撃証言ですからね。やはり何かあると思うしかありません」
「新しい着物を買う様になったと言っていたか? 行方不明になった少年は染物屋の見習いだったろう? 届けに行ったのは服だったらしい。その染物屋に例の後家が服を頼んだことも裏付けが取れてる。少年に頼まれた仕事は別口だったらしいが」
 消えた少年の雇い主の方から調べた竜哉。
「子供達もね、機嫌よく声をかけたりお菓子をくれたりする彼女を覚えていたよ。遊びにおいでと声もかけられたと、言っていたかな?」
「俺達の前には姿は現さなかったんだが、ルイが子供らと遊んでるときにはそれらしい女がいたらしいんだ? なあ、ルイ?」
 頬を少し不機嫌に膨らませる人妖ルイは統真に宥められるように声をかけられて、そのまま、まあね、と頷く。
「鶴祇も後をつけてくれた。例の後家だったよ」
「じゃがのお?」「うん」
 人妖二人は顔を見合わせあい告げる。
「あの女。永くはないと思う。表情は明るいが顔も身体もコケてボロボロじゃった」
「綺麗になったっていうのは多分、お世辞。どう見てもマトモじゃなかったし」
 周囲に大人がいない時を狙ってとはいえ、子供達を直接家に呼ぶようになったということは、連続失踪事件が表ざたになっていることに気付いているということだろう。最後に何かをしようとしているのか、それとも‥‥別の理由かは解らないが。
 何にしても時間が無くなってきていることへの焦りを感じさせる。
「裏付けは取れた。だが、証拠はない。どうするか‥‥」
 考える開拓者達に、今まで黙って話を聞いていた依頼人彼方が顔を上げる。
「証拠がないなら、作ってしまえばいいと思います」
「えっ?」
 瞬きする何人か。だが統真はそれしかねえか、と微苦笑する。
「まあ、何にもなければごめんなさいですむ。お前も納得できるだろ」
「でも、約束しましたよね。危険な事はしないで」
「だったら、俺らが守ればいい。寝覚めの悪い朝はもう御免だ」
「じゃあ、決行は今晩。できるだけの準備を進めておこう。屋敷の見取り図も必要だな」
 そして、打ち合わせをする開拓者と少年は一つの決意を固めたのだった。
 闇に正面から立ち向かうという‥‥。

●偽りの姿、偽りの恋
「無茶はいけませんよ」
 緊張の面持ちの少年彼方に芳純はそっと物陰から声をかけた。
 開拓者の思いやりに少年は微笑を浮かべ頷く。
「大丈夫です。気分は落ち着いていますから」
 もふらさんのおかげですかね。
 そう笑った少年は芳純のもふら典膳に打ち合わせの間、ずっと抱きついていた。
 ここ数日気持ちが高ぶっていたであろう彼を励ます意味であったのだが、少しは効果があったのなら良いと思う。
 そして彼もまた自分の位置についた。
 決意を固めたであろう彼方に統真は声をかける。
「よし、行くぜ。彼方!」
「はい!」
 少年彼方にかけた言葉ではあるが、それは同時にもう一人の彼方と仲間達へかけた言葉でもある。
 護衛役でもある統真と一緒に彼方は門に閉ざされた門を叩く。
「すみません! 開けて下さい!!」
 何度か扉を叩く事を続けて暫く。
「こんな夜遅く何か、ご用でしょうか?」
 中からそんな静かな声が聞こえてくる。
「あの‥‥先日、僕の友人がこちらにお世話になったようなのですが、まだ戻らないのです。何か、ご存じないでしょうか?」
「ご友人?」
「はい。染物屋の見習いで、先日こちらに服をお届けにあがったと留蔵さんから聞いたのですが」
 暫くの沈黙があって、ゆっくり開いた扉に二人は息を呑んだ。
「どうぞ‥‥。お入り下さい」
 先に彼方が、そして統真が中へと進んでいく。
 意図して扉を開け放した統真は先に行く女が、気付いて閉めないか心配であったがなんとか女は気にせず先に進んでいく。
 女の姿が消えたのを確認して開拓者達は中へと滑り込んだ。
 既に内部をカズラと芳純の式が探っているし、前にここで働いていたという相手から簡単な見取り図は得ている。
「建物の中にはあのお二人と、後家さんと‥‥もう一人?」
 心眼で周囲を探った乃木亜は建物の奥を見た。
 後は彼方達に危険が及ばないように見張る。筈だった。
「! 大変です!」
 芳純は声を上げた。音を立てるべきではないのを承知の上で彼は走り出していた。
「どうした!?」
「奥の寝室に、少年が縛られて‥‥」
「なに!!」
 人魂の小鳥が見た光景に彼を走りながら彼は仲間に伝える。そして、彼らは辿り着いた最奥。
 一つの部屋の襖を開けた。壁も、柱も床も、布団さえも赤く染まった部屋の中で、まるで何も見ていないようにぼんやりと座り込む少年の姿があった。
 純白の肌。金の髪。まるで月から落ちてきたような少年が首を紐で繋がれ、手を縛られ布団の上に座り込んでいた。
 服らしい服は身に着けておらずただ、開拓者を見ようともせず。天井を見上げる少年を開拓者達は黙って見つめていた。

 統真は目の前の女を見つめていた。
 後家とは言え情報に寄ればそれほど歳を経ている筈ではないと思うのに、彼女はまるで、五十代の後半にも見える。
 しわくちゃの手、ハリのない肌。艶やかさを失った髪。そのどれもが派手な服には似合わない。そして目だけが異様なほどに光り輝いている。
 正直背筋が寒くなるのを感じながら統真は彼方と後家の話を聞いていた。
「僕の友人が、ここにいる筈です。どうかお返し下さい」
「何の事だか解りませんわ。こちらは女の一人暮らし。余計な男の出入りなどはありませんもの」
「ですが、貴女には恋人がいると聞いています。そして、その男と貴女が僕の友人を殺したと留蔵さんが言っていたのです」
「人殺し? 証拠はございますの?」
 留蔵などという男は知らない。彼女そういう言ってはいるが口元は笑ってはいない。
「あります。証拠なら‥‥」
 彼方が懐に手を入れた瞬間だった。
「! お前達! あの人を奪っていくつもり!!」
 まるで般若のように女は眉根を上げると、二人の横をすり抜け信じられない勢いで廊下へと飛び出し走り出した。
 状況が解らないまま二人はその後を追う。そして‥‥最奥の廊下で彼らは部屋の中から出てきた開拓者と鉢合わせたのだ。
 正確には間に後家を挟んでいるが、後家を見る開拓者達の視線は冷たく、暗い。
 後ろには白い布を体に巻いた少年に肩を貸す芳純と乃木亜がいる。
「貴女は、どうしてこんな事をするんですかっ!?」
 体中血だらけ、傷だらけの少年を守るように背にし、乃木亜がそう告げた時だった。
 後家は身構える開拓者達をすべて無視して乃木亜に向けて飛びついた。
「その人を離せぇ!!!!」
「何?」
 アヤカシに操られているのか、魅了されているのかそう驚くよりも早く。
「キャアアア!!!!!」
 悲鳴が上がった。乃木亜から。
 気が付けば乃木亜が崩れる様に倒れていた。床が彼女の流れる血に染まった。
 芳純は近くにいた天忌に手に持った笏で襲いかかっている。
「な、なんだ!!」
 驚く天忌はなんとか芳純をいなして抑えるが、状況は解らない。
 その時、やっと少年彼方達を守って身構えた彼方と乃木亜を抱き上げて下がった疾也は状況を把握する。
 後家が歓喜の表情で抱きつく、まるで力を感じられない、人よりも脆弱そうなこの少年。
 手の中に血まみれの小刀をもてあそぶこの子供のような姿の者こそが、今回の全ての元凶たるアヤカシであるのだと。
『お前達、僕の餌場によくも踏み入ってくれたな』
 悔しげにゆがめた顔はもはやさっきの頼りなげな印象はない。
「大丈夫よ。私があなたを守って見せるから。早く、早く逃げて!!」
 後家は少年を、いやアヤカシを背後に守るようにして開拓者を睨みつける。
 だがそこに悲鳴が響く。今度はその後家から。
「ぎゃあああ!!」
 崩れ落ちた後家の足元に、斬撃符の攻撃が放たれたのは解った。だが、廊下にまた血の花が咲くことに術を放ったカズラ自身が驚く。
「ど、どういうこと?」
 理由は明らかであった。
 カズラが後家の足を狙うより早く、アヤカシが彼女の背中に小刀を埋めたのである。
『馬鹿な女。僕の餌場にこんな奴らを呼び込みやがって!』
 踵を返し走り去ろうとするアヤカシ。変化の術を使おうとでもするのか、身体が解ける様に崩れる。
「させるか!」「逃がさん!」「ルイ! 怪我人の治療頼む!!」「天竜の牙は、月を穿つ!」
 その背中に動ける開拓者達は全力、渾身の一撃を放った。
「?」
 一瞬統真は足元を見る。だが踏み込みは止まらない。
『ぐ、ぐああああっ!!』
 攻撃が当たってしまえば消滅は一瞬であった。
 人の心を操るが故に脆弱な力しか持たなかったそのアヤカシは言葉もなく、瘴気の欠片さえも残さず消失した。
 頭を振り正気に還る芳純。彼方とルイの治療の術で意識を取り戻した乃木亜。周囲を心配そうにミズチの藍玉が回っている。
 薄紫に染まりつつ空の下。
 開拓者達の足元には既にこときれた後家が転がっている。
 だが、その表情は不思議にも心から満ち足りたような笑顔であったのだった。

●夜に消えた思い
 翌朝、というには遅い昼間、開拓者達は屋敷を後にした。
 屋敷を遠巻きに見つめる野次馬も集まりかけている。
 どうやら噂はもう広がりかけているようだ。と開拓者は思った。
 あの館の後家が本当に行方不明になっていた少年達を殺していたと。
 五行の役人達の調査も入っている。
 事情を説明する一方で、屋敷の調査を手伝った開拓者達は屋敷の寝室。
 その床下から行方不明になった少年達の遺体が見つかったと聞くことができた。
 アヤカシに喰われたのであろう。
 それは正視できない程、酷い状態のものが多かったが、生前の面影を残すものもあった。
「あっ‥‥」
 依頼人彼方の友人も、その一人であった。
「ごめん。間に合わなくて‥‥」
 涙ぐむ彼方の肩に手を触れ乃木亜は、そっと抱きしめる。
「きっと、喜んでいますよ。迎えに来てくれたこと」
「うん‥‥」
 そして事後処理を役人達に任せ、開拓者達は屋敷を出たのだった。
「しかし、なぁんであの後家はアヤカシなんぞに狂っちまったのかねぇ〜」
「まあ、寂しかったんやろ? で、そこを狙ったアヤカシに付け込まれた」
「で、アヤカシの為に餌を運んでたってことか。側にいてくれるならアヤカシでもだれでもよかったのか‥‥」
「寂しさのあまり、ね。身寄りのない子を引き取ってあげることも選べたはずなんだが‥‥」
 男性開拓者達の思いは辛辣でもある。
 その中で乃木亜は一人、黙ったまま歩いていた。
「大丈夫ですか?」
 傷を負った気遣う彼方に大丈夫と、彼女は微笑する。
 その目は何かを思いかえしているようだった。
「寂しかった、だけじゃないのかもしれません‥‥」
 本当に小さく囁いた言葉だったから、聞こうと思わなかったら聞けなかったろう。
 だが開拓者達の耳には届いた。
「彼女は、きっとあのアヤカシが好きだったんですね」
 アヤカシに触れていた自分達へ向けた視線。あれはきっと嫉妬だった。
 誰にも『彼』を渡したくなかった。その背を刺されても、彼を守ろうと手を伸ばした。統真の足を掴んだ。
 そして満足げな笑みで死んでいった。
「きっと、命を懸けてもいいくらい、恋をしていた‥‥」
 少女の言葉に少年は首を振る。
 まだ恋も愛も知らない少年には解らない話だ。
「僕には、よくわかりません‥‥。ただ、皆さん。本当にありがとうございました。これであいつや留蔵さんも、安心して眠れます」
 少年は小さな包みを胸にぺこりと頭を下げる。
 そして笑顔を見せた。
 その笑顔を見た時、開拓者達は悪夢の終わりを、やっと実感したのだった。

『愛してる‥‥愛してる‥‥。貴方に出会えてよかった』
 月夜に現れたアヤカシに酔った女。
 彼女が残した最期の言葉は、誰にも届くことなく闇に消えていった。