|
■オープニング本文 陰陽寮朱雀の一年生が、初の実戦実習から戻って数日後。 一年生達に突然の招集がかかる。 月に一度の合同実習にはまだ早い10月のある日。 何事かと講義室に集まった一年生達の前に現れたのは、寮長と、五人の若者達であった。 「諸君。入寮から数か月が経つが、陰陽寮には慣れたか?」 壇上に立ちそう告げたのはその中でひときわ背が高い青年である。 一年生は彼の名前は知っている。 「私は西浦 三郎。陰陽寮の三年生で体育委員会の委員長だ」 「委員会?」 耳慣れない言葉に首を捻る一年生に寮長が補足するように前に立ち説明を始めた。 「陰陽寮は国営の研究機関であると共に、寮生達の学び舎でもあります。勿論、専任の職員も大勢いますが、特に朱雀寮では寮生の自立と勉学の一端として寮生が運営の手伝い等を行う委員会活動を推奨しています。 寮生は各委員会に所属し、さまざまな作業を先輩、後輩と共に行うというものです。無論、強制ではありませんが、活動の実績は成績に大きく加味されるうえ、実践的な勉強にもなるので参加する者が多いです」 「入寮から数か月、そろそろ陰陽寮の生活にも慣れてきた頃だろう。ぜひ、一年生達にも委員会に所属し共に陰陽寮の為の活動に参加して欲しいと思う」 手にこぶしを握った三郎はまず、と後ろに並んだ者の一人を前に呼び出した。 「私は綾森 桜。保健委員会の委員長です」 長い髪の女性は年の頃、二十歳前後であろうか、どこか暖かい、ほんわりした雰囲気を纏う女性だ。 「保健委員会は陰陽寮内での怪我人や病人の手当、治療にあたる委員会です。実習や実戦で怪我をした時の治療、回復も担当します。陰陽師や開拓者は術で怪我を癒すこともできますが、術に頼ってばかりでは身体の持つ力は弱まってしまうでしょう。いざという時に治療の知識は無駄にはなりません。保健委員会では薬学や応急手当てを学ぶことによって自分と、大切な者を守る力を身に着けていきたいと思います。ぜひ、興味のある方はご参加下さい」 優しく微笑むと彼女は次に図書委員長だと十四〜五歳の少女を紹介した。 先の二人より、緊張した面持ちの少女はぺこりと頭を下げて前に進み出る。 そして大きく深呼吸すると顔を赤らめながら懸命に話し始めた。 「‥‥私は図書委員長の源 伊織です。‥‥図書委員会は、その、陰陽寮の図書室を管理しています。たくさんの本を整理したり、新しい本を選んだり‥‥研究の、資料を纏めたり‥‥します。虫食いの図書の修補を行ったり‥‥寮生に限り、図書の貸し出しも‥‥します。本の、好きな方‥‥ぜひ、どうぞ」 ぺこりと頭を下げた少女の後に、がっしりとした体格の男性が進み出る。 二十代半ばから後半に見える彼は、大きな声で俺は黒木 三太夫と名乗るとこう言った。 「調理委員会の委員長だ」 と。 男性と調理、想像もつかない組み合わせに驚いたり、コケたりした一年生を無視して彼は続ける。 「調理委員会はその名の通り陰陽寮の食堂の手伝いを行う委員会だ。実習生の弁当を作ったりもする。まあ、メインは学食の料理長の手伝いだが、いろいろな素材で料理ができるぞ。お菓子なども作って販売することもあるし、陰陽寮の食堂などに自分のメニューが並ぶこともある。美味いものが好きな奴。美味いものを作るのが好きな奴。ぜひ調理委員会へ!」 大きく頭を下げた彼の後に続いたのは三太夫よりも十は若く見える細身の青年だった。 「僕は七松 透。用具委員会委員長です。用具委員会は、陰陽寮で使われる道具、施設の管理、修補を行うのが仕事です。陰陽寮ですから符や術道具の管理も行っています。まあ、実情は足りないものを作ったり、壊れた品物や建物を直したりとかの、大工仕事や工作仕事が多いですけどね。物を作ったり、直したり、改造したり。そういうのが好きな人をお待ちしていますよ」 悪戯っぽく笑った透が下がったのを見て、最後に西浦 三郎がもう一度前に出た。 「そして私が体育委員会委員長というわけだ。体育委員会の仕事は運動会や、実習の準備や補佐が主になる。ああ、この間の新入生歓迎会のお化け役や、興業実習のチンピラ役は私達が行った。身体を動かす仕事が多いし、鍛錬もするから体力付くぞ。陰陽師も体力が第一! 元気のある奴は体育委員会へ。待っている!」 五人の委員長たちの言葉が終わるのを待って、寮長は一歩前に進み出た。 「と、言うわけです。陰陽寮は皆さんの学び舎であると同時に、生活の場でもあります。自分達の場を自分達で作り守っていく。その意味で委員会活動は朱雀寮では特に重要視されています。ついては皆さんに委員会をよく知って貰うために各委員会が数日後、活動見学会を開きます。皆さんはそこで、それぞれの委員会を見学し、自分に合ったところに参加申請を出して下さい。見学会には友人、家族を招待しても構いません。未来の後輩を誘うのも良いですね」 寮生達にチラシを回し、寮長は小さく、そして優しくほほ笑んだ。 「朱雀寮は、一つの家族のようなものです。先輩と共に学び、成長し、いつか皆さんが先輩になった時にそれを、後輩に教える。そんな関係を築いていってくれることを願っています」 そう言い残して去っていく寮長と委員長達。それを見ながら ‥‥家族。 その言葉に一年生達は少し前の実戦依頼を思い出していた。 ひょっとしたら、この活動見学会は自分達への‥‥。 優しい思いを感じながら、寮生達はチラシを見る。 『陰陽寮 朱雀 委員会見学会開催! 外部からの見学者可 体育委員会 場所 中庭 実習訓練場 模擬術戦闘 挑戦者求 調理委員会 場所 学生食堂 秋の新作メニュー公開&料理実習 図書委員会 場所 一年図書室 新刊公開 + 暗号解読ゲーム 用具委員会 場所 実践準備室 術道具展示会&木工工芸体験 保健委員会 場所 保健室 応急手当と身近な薬草講習会 共に陰陽寮を作っていく仲間を待っている!』 そこには先輩達の優しい文字と、絵と、思いがふんだんに散りばめられていた。 |
■参加者一覧 / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 玉櫛 狭霧(ia0932) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 紗々良(ia5542) / アルネイス(ia6104) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / アルセニー・タナカ(ib0106) / アッピン(ib0840) / ノエル・A・イェーガー(ib0951) / 琉宇(ib1119) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / グラナ(ib4506) / Azazel(ib4507) / 霧雨 鏡花(ib4515) / 珠緒(ib4538) / 瀬名(ib4544) |
■リプレイ本文 ●委員会勧誘祭り 秋晴れの空の下。 陰陽寮朱雀の扉は珍しく大きく開かれている。 今日は陰陽寮の委員会勧誘会なのだ。 この祭り日、玉櫛・静音(ia0872)は大きくため息をついていた。 「そうは言ってもあの人は来ないのでしょうね」 今日の事は知らせたがあのとぼけた兄は陰陽寮に足を運んではくれないだろう。 門の方では 「ふーん、此処が陰陽寮なのね。本だらけの場所しかないかと思ったら、意外と広いし‥‥賑やかね」 「‥‥来て下さって嬉しいです。ご案内します‥‥ね」 泉宮 紫乃(ia9951)が誰かを案内している。彼女は確かユリア・ヴァル(ia9996)。尾花朔(ib1268)と共通の幼馴染と言っていた。 「保健委員か、調理委員なんだけど‥‥用具も面白そうねー。紫乃は決めた?」 真名(ib1222)と一緒にもう足を進めている。 「ほら〜! るー! 行くなりよっ!」 「ちょ、ちょっと待ってよ。譲治くん!」 元気な平野 譲治(ia5226)は友達である琉宇(ib1119)に手招きしている。 「楽しそうですね」 寂しげな笑みを浮かべる静音を 「そろそろ行きませんか?」 呼ぶ声がした。 「静乃さん」 振り返った静音は友人瀬崎 静乃(ia4468)を見つけ、頷く。 「はい。行きましょう」 「委員会ってどんなでしょう? 楽しみね」 「ええ。図書委員会も気になりますが、保健委員会の薬学講習会も興味があります」 二人は笑いながら歩き出す。 今日はお祭り。楽しまなくてはつまらない。 と、背後から静音に声がかかる。 「やぁ静音」 「えっ?」 驚きに顔を輝かせた静音の後ろには友と、先輩達の賑やかな笑い声が響いていた。 ●図書室の図書委員会 いつもは静かな図書室。けれど今日は少し様子が違った。 机には楽しげに声を上げる子供達。 「え〜っと『木にふく風と西の木はノ木と火からの贈り物?』るーるー! これ、よく分からないぜよっ!」 「どれ? ああ、これは分解漢字だよ。木と風を合わせると楓。同じように西と木を合わせると栗になる」 「じゃあノ木と火からは?」 「ほら、秋っていう字はノと木と火じゃない? だから」 「あ! 『楓と栗は秋からの贈り物』なりかあ!」 「やるね。君は寮生じゃないよね? 名前は?」 譲治と一緒に暗号解読クイズをしていた琉宇に上から声がかかった。 「人に聞くときは自分から名乗るのが筋ってもんじゃない?」 遠慮ない言葉に苦笑しながらそうだね。とその上級生は笑った。彼は十五〜六歳だろうか? 「僕は土井貴志。図書委員の副委員長だよ。今度は少し難しいのをやってみる?」 一方で 「うわ〜、これはジルべリアの戯曲集じゃないか。読んでみたかったんだ」 『『アヤカシ図録』『ケモノの生態』これは手書きですか?』 「歴史小説に随筆、恋愛小説。楽しいわね〜」 年上の寮生達は新刊展示に目が行ったようだった。珍しい本を手に取る寮生達。 「‥‥皆さん、本は‥‥好き?」 「わっ!?」「あ‥‥源‥‥先輩」 いつの間にか背後に立っていた少女の気配に気付かなかった事に驚きながらも俳沢折々(ia0401)と青嵐(ia0508)。そしてアッピン(ib0840)が小さな先輩を笑顔で迎えた。 「好きですよ。本は人類の叡智がつまっているんですよ。ですからこうして本に多く触れられる機会っていいですよね」 「私もたくさんの本を読みたいな〜。歌詠みの勉強になるような、詩集や随筆とか」 明るく言う二人に頷きつつ青嵐は一歩前に進み出た。 『伊織先輩。先日はアヤカシの資料をありがとうございました。不十分な知識で迷いを生み、『彼』を解放出来なくなるところでしたからね』 伊織に頭を下げる青嵐に伊織はううん、と首を振る。 「こちらこそ、ありがとう‥‥」 静かな空気。それを断ち切るように 「ん、こいつは春画の新刊かと思ったら女同士の人情本じゃねえか? こういうのも悪くはないが、もっとボン、キュッとしただな〜〜」 妙に明るい声が響く。 本の一冊を手に取って見ていた喪越(ia1670)がポンと投げ置いて何やら頷いていたのだ。 その時図書委員たちはゲッっと顔を青ざめ、側にいた一年生達はプツン、何かが切れる音を聞いたとか。 「本を‥‥乱暴に扱うなああ!!」 「げ、げふ。い、伊織ちゃん?」 それは目にもとまらぬ早業であった。伊織は自分より頭二つは大きい喪越の足を払うと、その腹部に突きを埋めたのだ。 喪越は膝をつきがくんと倒れた。 あ〜あ、と言いつつ喪越を見る副委員長の顔は生暖かい。 「伊織先輩。本を乱暴に扱う人と延滞者には怖いから気を付けるんだよ〜。体術の成績も良くて強いから」 「言うのが遅いって‥‥。でも、ま、いっか。私も暗号解読ゲームさせてね〜」 『今度はどんな問題ですか?』 「これ。『むこうに月でた。こっちにひがでた、ひがでた、よっつでた?』盆踊り?」 「『シのそばに あるのはなぜか 古い月』? ムム。これは私への挑戦?」 「それはどっちも漢字一文字です。これは皆さんへのメッセージですね」 「『四宇困相 安隊蘭詩意 南格真 ヒント 垂残句はすざく 翠鏡はすき』な、なあに?」 わいわいと響く声。 「お‥‥おーい。がくっ」 呻く喪越の声に答える人物は誰もいなかった。 ●準備室の用具委員会 「あ〜、酷い目にあったっと」 腹を押さえながら歩く喪越はそれでも賑やかな寮内を楽しげに見つめている。 溢れる笑い声。互いが切磋琢磨する学び舎の陽の姿がどこか眩しい。 (ま、我流じゃ限界は見えてたし、今回のチャンスにはこっそり感謝してるんだけどね。こういう雰囲気も悪くはないし) 「でも入寮して幾星霜。パッツンパッツンの女教師はいずこ‥‥って、あれは?」 その時喪越の前を荷物を抱えた女性が歩いていく。そして扉の前に立ち開けようと困った顔をしてた。 喪越は息を呑みこむ。 スタイル抜群、伸びた背筋に長い髪が揺れている。 ふと、女性が足元をふらつかせよろめく。 「大丈夫ですか? お荷物をお持ちしましょう」 突然の声に彼女は振り返り息を呑む。眼鏡をかけた優美な目元が驚きに開かれている。 「美しいお嬢さん。貴女はセンセ? それとも先輩? どうです? お茶でも」 「あ、あのっ?」 「おや。どうぞお入りなさい」 突然扉が開かれた。 「あ、七松先輩」 安堵の表情を浮かべる彼女と反対に喪越はギョッとした。彼は確か用具委員長の七松透。ということはここは実践準備室。 術道具を扱うという用具委員会に興味はあったが、野郎が委員長のここに足を踏み入れる気がしなかったのだ。だが 『喪越さん? 早く入って下さい』「大きな身体して、邪魔よ」 青嵐と真名に背中を押されて喪越も入る。 中には木と墨の匂い。そして賑やかな音が広がっていた。 「用具委員会はものを研究し作るのが好きな集団です。壊れたものも放っておけなかったり。このボロ屋も見かけは汚いですがちゃんと修復してあるんですよ」 見ればここは確かに面白いところだった。 「本当。いろいろね。術道具って」 符だけでも基本的な符から陰陽符、呪殺符、道符、発火符など色々並べられていたし種類も「海妖」「アラハバキ」「稲荷神」など様々。人形も天儀人形から西洋人形も種類が多い。呪術道具も。 「符はいろいろありますがこれらの種類の違いは?」 「名前程、大きな差があるわけでは無いのですけどね。効力の差と‥‥」 青嵐の質問に一つ一つ透は丁寧に答えている。 「勿論、この全てが陰陽寮で作られている訳ではありませんけどね。道具を整備しどんな構造か考えたりするのは楽しいものですよ。はい、皆さんも作ってみて下さい。天儀人形の基本形です」 そして開拓者達はノミ、トンカチを握る。譲治や真名にも、喪越にも。変わらぬ笑みで透は道具を渡した。 「ありがとうなのだ。で、お姉さんは?」 「私? 二年の白雪智美。用具委員会副委員長。よろしくね」 全委員会を回る気満々の譲治達は、楽しげにトンカンと何やら作っている。 「こことここ、繋げられないなりか‥‥あり? 変なおぶじぇ??」 『私も、作らせて頂いていいでしょうか?』 話を終え、差し出された木板を受け取った青嵐は丁寧に、静かに何かを作り始めた。 「上手ですね。貴方の気持ちが伝わってくるようです」 透はきっと彼の製作の、意味を知っているのだろう。 「きっと先輩も喜んでいますよ」 青嵐は静かに笑う。 彼の手の中で小さな木彫りの人形が、面影を残して笑っていた。 ●保健室の保健委員会 廊下を少年と少女が歩く。 「‥‥久しぶり。元気だった? 清心さん?」 「はい、こちらこそご無沙汰して。その節はお世話になりました。紗々良(ia5542)さん」 少年の真摯な礼に少女はうん、と優しく微笑む。 「でも、紗々良さんはなぜここに?」 「友達の応援と、見学。それから清心さんに、会いに‥‥こうして会うのは、初めて、だもの‥‥ね」 ちゃんと授業、出てるみたいで、安心、した。そういう紗々良に清心は顔を赤らめながら頷いた。 「ご心配をおかけして‥‥」 「清心さんの、ことも、心配してる、から。困った事が、あったら‥‥いつでも、相談して、ね」 優しい笑みに少年の顔はますます朱に染まる。 「は‥‥はい。あ、ここが保健室です」 顔を朱に染めた清心は扉を開いてすぐ指を立てる保健委員長と目が合って、すみませんと頭を下げ紗々良と共に寮生達の後ろに座る。 「では続けます。実戦の時、まず必要なのは止血です。傷を塞ぎ、血を止める。それだけでもかなりの命を繋ぎとめる事ができるのです」 そう言うと委員長は側の青年を呼んで座らせる。 「傷口は可能な限り高く保持。それから出血している部位に清潔な布を直接当て、その上から手や包帯で圧迫して止血します。片手で圧迫しても血が止まらない時は、両手で体重を乗せさらに圧迫。血が落ち着いたら薬草や止血剤を付与し、さらに圧迫を続けて下さい」 助手の青年を怪我人役に桜は実際にやって見せる。手順を見守る紫乃や静乃の目は真剣そのものだ。 「手当てには止血剤などを利用するのが一番ですが、場合によってはヨモギ、イチヤクソウ、ミゾソバ、チドメグサなどの生葉の汁を塗るのも効果があります」 保健室の奥には薬棚があって、様々な薬品が整頓されている。 「目に見える植物は多くが薬草か毒草であるという言葉があります。例えばスミレの花は煎じれば不眠症に効くと言われ、タンポポは根も葉も健胃、消化不良に効きます。キキョウの根は咳止めに、リンドウも根が健胃.食欲不振、消炎に効果があるのです。朝顔の種などは強力な下剤なんですよ」 ノエル・A・イェーガー(ib0951)も真剣な顔だ。 知っている知識もあるが、知らないものも多い。 特に薬草は収穫の後、どう処理するか。どの程度までが適量かは危険な事なので間違いは許されない。 真剣にメモを取る寮生達に彼女は微笑みながらも強く言う。 「傷は術でも治せます。しかし病はそうはいきません。また薬は裏を返せば毒となり人を傷つけることもできるのです。薬学と医術を学ぶ者は術を学ぶ心と同じかそれ以上に、家族や友、大切な者を守りたいという志を忘れないで下さい」 「はい!」 迷いのない返事に桜は今度は心から微笑む。 「そういえば、寮長さんが朱雀寮は一つの家族って言ってましたっけ。家族かぁ‥‥いいですね」 ノエルは抱きしめる様にその言葉を呟く。 『大切な人。家族』 静音も胸が熱くなるのを感じていた。 『元気にしてた?』 思い出すのは大事な兄。 「では実習に行きましょう? 左近。準備を」 「はい」 副委員長藤村左近は、もう既に救急箱を持って待機している。 「行くって、どこなり?」 保健員会特製ナズナのお茶を飲んでいた譲治に桜は窓の外を指さす。 彼女の指差す先、中庭の実戦訓練場は驚く程の人と、歓声が溢れていた。 ●中庭、体育委員会 「うわあっ!」 上がった悲鳴と共に一人の志士が体育委員長西浦三郎に投げ飛ばされていた。 「お兄様!」 駆け寄る静音に玉櫛 狭霧(ia0932)は擦り傷と、痛みを隠しながらはは、と笑って見せた。 「いや、ちょっと陰陽師との手合せって奴をやらせて貰ったんだけど完敗しちゃったよ」 正眼に構え、警戒を十二分にしていた。だが開始の合図と同時に放たれた斬撃符の衝撃を身に残したまま動きが鈍った自分は懐に入り込まれてしまった。とっさに炎を纏わせた竹刀で反撃したが、巻き打ったそれを横に躱して彼は竹刀をいなし狭霧を投げたのだ。 ヒュウと喪越は口笛を吹く。驚いたと思った。自分と同じかそれ以上の身体能力を持つ陰陽師が朱雀寮にいたとは。 レベルの違いが倍どころでは無い。仕方ない結果だろう。 「もう! 心配させないで下さい」 悪いなと苦笑しながらも三郎は余裕の表情だ。戦いの結果は頬に微かに残った赤い筋でしかない。 「陰陽師の術は必中なんだ。視覚で相手を捕え術を放てば確実に当たる。受け流せない。だからその術を受けた上で向かって来る覚悟がないと!」 「ありがとう。感謝する」 狭霧はそう言うと後ろに下がった。静音は何かを決意するような目で手当てしている。 次は? との声に初めまして。と見知らぬ陰陽師が前に進み出た。 「ジルベリア貴族、ベルマン家に仕える執事アルセニー・タナカ(ib0106)です。よろしくお願いします」 優雅な雰囲気を崩さず頭を下げるタナカに、ああ、と。三郎は頷く。 「本場の陰陽師の戦い方を勉強させて頂きます。陰陽寮に興味ありましたが、すでに貴族に仕えているので参加は断念しました。友人の紹介とは言え機会を頂けて嬉しく思います」 振り返る彼の背中では 「タナカさん、ジルベリア陰陽師の実力を見せ付けて頑張ってくださいね〜。ヘタレな負け方したら、お父さんに言いつけちゃうから!」 何やら物騒な事を言いながら少女が大きく手を振っていた。あれがおそらく彼の主君の一人アーニャ・ベルマン(ia5465)なのであろう。 「給料減っちゃうよ〜? うちのメイドさん達からもファンが減っちゃうよ〜? 帝国の威信もかかっているよ〜? いけ〜!」 「大変だな」「おかげさまで」 そんな会話の中、開始の旗が振り降ろされた。 先手は三郎。走り出すと同時斬撃符がまずタナカに向けて放たれた。 「うっ!!」 重い斬撃符にタナカは顔を顰めた。膝を付きそうになるのを抑えて自分も術を完成させる。 タナカは斬撃符を放ち、呪縛符を整える。どちらの術も確かに吸い込まれた筈なのに、三郎は躊躇わず踏み込んでくる。 「うわあっ!」 鳩尾に撃ち込まれた斬撃符の衝撃にタナカは転がると、膝を付いた。 「参りました」 「え〜〜っ!」 瞬く間の終幕にアーニャは不満そうだが仕方ないとタナカは諦める。この場合は技の威力と能力、そして体力が違いすぎる。 薄い装備も仇になった。 「術のキレはいい。でも陰陽師同士の戦いは受けた後も止まっちゃダメだ」 「よい経験をさせて頂きました。ありがとうございます」 潔い彼の態度に周囲からの拍手が上がる。 「次は誰かな?」 腕組みする三郎にアルネイス(ia6104)がはいと手を上げる。 呪殺符を構えたアルネイスと三郎が見合う。 「始め!」 副委員長の声と共に動き出したのはアルネイス。三郎は、動かない。 「甘く見て貰っては困ります!」 アルネイスは渾身の呪縛符を放つ。術を受けた三郎は動かない。術が効いて動けないのか、それとも‥‥ 「あんまりからかわないで下さいね?」 誘うように笑って三郎にアルネイスは踏み込まず、逆に距離を取った。 「こちらにも考えがあるんです。行きますよ! 出でよ! 『海妖』この地に水を‥‥あれ?」 符を掲げたアルネイスは首を捻る。掲げ上げた符からは何も出てこない。三郎は笑いを堪えているようだ。 「おやおや」 『確か委員長、符は‥‥』 「ええ」 青嵐に頷くと用具委員長が首を傾げる寮生達に説明をする。 「多くの符は名前が違えど陰陽師の術の効果を上げる触媒の効果しか持ちません。使った所でその式が出てくるわけではないのですよ」 故に符だけを使っても意味もないし彼女の望む水は出ない。 「ぶっつけ本番で使うのはちょっとまずかった‥‥な!」 立ち尽くすアルネイスの足元を走り寄った三郎は蹴り上げて砂煙を立てた。 「えっ?」 視界を奪われたアルネイスは、ハッと背後に立った気配に両手を上げる。 「参りました。応用どころか基本でも歯が立ちませんか」 「最初の呪縛符は効いてたんだ。かなり動き辛かった。変に考えずに攻めに来てれば変わったのに」 「そうですね。それにしても‥‥あれは実力の何割なのやら」 苦笑しながら肩を竦めるアルネイスとすれ違う様に劫光(ia9510)が前に進み出た。 「真剣勝負。頼むぜ」 「望むところ。さあ、行くぞ!!」 二人は合図の音も待たずに動き出した。 やはり先手は三郎、ほぼ同時に劫光も斬撃符を放った。 互いが互いの術をその身に受ける。苦痛に顔を歪めながらも、そのまま三郎は一歩を踏みこみ劫光の懐へと飛び込んでいた。 真っ直ぐ蹴り上げられた足をとっさに躱して劫光は用意していた呪縛符を放つ。 けれど三郎の微笑は消えず、動きも止まらない。 効果を上げていない呪縛符は三郎にとっては動きを鈍らせる程度でしかないらしい。 そして規格外の体力を持つこの陰陽師は術を使わず、素早い動きで突きを、蹴りを放ってくる。 それを紙一重で避けながら劫光は笑った。 「純粋な力比べ‥‥。面白い!!」 「うわ〜、楽しそうですねえ」 アルネイスが本心からの言葉を呟く。 劫光の蹴りが三郎の腹、一寸を通り過ぎていく。 崩れた体勢を勢いに変えて三郎が放つ回転蹴りが劫光の髪を掠った。 本気だ。本気で戦っている。 でも互いに楽しそうで、それが解るから観客も保健委員も止めないで応援している。 「あっ!」 誰かが声を上げた。三郎が劫光の突きに怯んだのか膝を付いている。 見逃さず攻撃を入れようとする劫光。しかし瞬間三郎の目が楽しげに揺れた。 「甘いな!」 「なに!」 気付いた時には遅かった。三郎の手から放たれたのは呪縛符。勢いを殺された劫光をさらに斬撃符が襲い彼の身体は宙に舞って地面に落ちた。 「最後まで体術でと思ったけど、ここは陰陽寮だからな。悪く思うなよ。でも‥‥強いな。流石一年筆頭だ。体育委員会に来ないか?」 自分より年下なのに、大人びた目をしている委員長。 だが子供のような笑みで自分を見下ろす顔、差し出された手。それを見つめ 「負けた相手に褒められても嬉しくないんだが‥‥」 「ん?」 劫光はその手を受け止め、握り返した。 「悔しい、けど嬉しくもある。見てろ! 体育委員会で修行して、卒業までに超えてやる!」 「おー、いつでもかかってきなさい!」 三郎は嬉しそうに笑っている。 「さぶろー。次はおいらと勝負なりよ!」 「譲治くん、がんばれ〜。負けるな〜〜」 鳴り物を鳴らして応援する琉宇に手を振り、譲治が前に進み出た。 気に入りの少年の挑戦に挑もうとする三郎の耳を、突然背後に現れた桜が引っ張る。 「その前に三郎! 傷の手当!! 来なさい!!」 「げっ! 桜!? まだ大丈夫だって。治癒符ならともかくお前の治療染みるからヤダ!」 「連戦でもう練力無いでしょ! 逃げるな! 立花副委員長! 委員長を確保!」 「はい!」 「うわっ! 裏切るな。一平!!」 瞬きする譲治。救急箱を抱えた保健委員長に青ざめ、逃げる体育委員長。 並外れた体力の体育委員長を保健委員長は互角に追っている。 「こえっ。保健委員長にマウス・トゥ・マウスなんて言わなくてよかったあ〜」 その光景に寮生のみならず見学者からも、明るい笑い声が弾けて広がった。 ●学生食堂 調理委員会 昼時の食堂、その厨房はいつも戦場である。 「急げ! 皆が腹減らせて来るぞ! 用意はいいか!! 三太夫? 秋刀魚の方はどうだ? 香玉。握り飯は任せた。朔。そっちの方はどうだ?」 その厨房で既に一員となって働く一年がいる。 「あら? 朔。もうこっちに来てたの?」 台所に顔をのぞかせた真名にええ、と朔は楽しそうに笑っていた。 「他に興味が無かったわけではありませんが、せっかく誘って頂きましたし」 「こいつは筋がいい。いい料理人になるぞ! ああ、陰陽師になるんだったな!」 朔の肩を抱き、豪快に笑う料理長に調理委員会の面々は笑みを浮かべている。既に仲間として認められている雰囲気だ。 「私も調理委員会に入りたいの。厨房に入れて頂けるかしら? チャーハンを作ろうと考えているのだけど‥‥」 「じゃあ、こっちにおいで。ご飯を分けてあげるよ」 「ありがとう」 真名を手招きしたのは恰幅のいい中年女性だ。 「貴女も寮生?」 「そう。副委員長の香玉だよ。よろしくね」 「はい、よろしくお願いします」 母親のような笑みに真名はふと胸が熱くなるのを感じる。 「ほら! 皆が来たぞ。用意はいいか? 仕上げに入れ!」 「おう!!」 どさくさに紛れ、真名は気持ちを切り替え料理に集中したのだった。 「うわ。美味しそう!」 食堂に入ってきたアーニャはテーブルに並べられた料理に思わず目を見張った。 「今日のメニューは秋尽し。秋刀魚の塩焼き、栗ご飯にキノコ汁の定番に、委員会の新作もたくさんある。今日は特別に食べ放題。早い者勝ち特別セールだ」 委員会見学を終え腹を空かせて食堂にやってきた寮生達は声を上ずらせる。 「タナカさん、模擬戦でおなかすいたでしょ? 何か面白いメニューないですか〜?」 「栗と手羽と里芋の出汁煮、甘藷と鶏肉のクリーム煮がお勧めです」 「秋刀魚の焼きしめ。キノコの卵焼きはどうだい? 美味しいよ」 「新作チャーハン召し上がれ〜。デザートはサツマイモの焼き菓子と梨もち〜〜」 料理達は歓声と共に寮生達の腹に消えていく。 「新作のレシピとかもらえませんか?」 皿を空にしたノエルの問いに三太夫は勿論と頷いた。 「よければ今度、料理を教えよう」 「お願いします。本格的な料理ってあまりしたことないので」 「朔くんとは課外活動は別なのね」 「はい。自分の原点に戻ろうと思って‥‥」 「ふ〜ん、紫ちゃんは昔からそういうの得意だったものね」 朔からの差し入れの栗羊羹を食べながら、ユリアと紫乃は楽しそうにおしゃべりをし、アーニャはタナカと一緒に 「いいなあ〜。こんなおいしいもの寮生はいっつも食べてるんだ? タナカさんも興味まだある?」 「いいえ。後悔はありませんよ」 互いを確かめ合うようにして笑いあった。 「でもさぶろー。ずるいのだ。せめて転んでくれればよかったのに」 「はは。力の乗ったいい斬撃符だったぞ。でも、まだまだだけどな」 「ぶう〜。新しい委員会作ろうかな、なのだ。美化委員会とか」 (悩みの結論出たのかな?) 体育委員長は模擬戦で戦い終えたばかりの譲治の頭をぐりぐりと撫でている。頬を膨らませているが口で言うほど譲治も嫌がっていないようなので、琉宇は梨を食べながら見守ることにした。 「ぐあっ!」 突然劫光が声を上げた。 「朔! なんだ、こりゃあ!!」 涙目の劫光に朔はにっこりと答える。 「涙巻きです。ワサビの海苔巻ですよ。お口に合いませんか?」 「合うか!」 「では、口直しにこちらのハニートーストは?」 「‥‥止めろ。死ぬ」 「胃薬入ります?」 もくもくと食事をするグラナ(ib4506)を含め、おいしい料理は人を笑顔にする。 その日朱雀寮の食堂から笑顔が消えることは無かったという。 ●朱雀寮委員会 委員会勧誘祭りを終え、早くもいくつかの委員会入会申請書類が出ていた。 「としょいいんかい‥‥にはいります、よろしくおねがいします。だそうです」 折々の暗号を伊織は微笑んで差し出した。アッピンも図書委員会に申請を出している。贈ったメッセージは届いたろうか? 「用具委員会はまだ申請がありません。興味を持ってくれた人がいればいいのですが」 苦笑する透の横でごめんなさい、と桜は四人の申請書を差し出す。 「いずれも優しい女の子達です。教えがいがあります」 「うちは確定二名。譲治は‥‥どうなるかなあ? どうです?」 体育委員会から劫光とアルネイスの申請を確認し、寮長は新委員会設立は保留だと答えた。 「来年も同様の希望があれば考えましょう。調理委員会は?」 「こちらも二名。やる気のある子達で嬉しいですよ」 それぞれの申請を確認受理し、寮長は微笑する。 「委員会活動は勉強では伸ばせない技術や知識を学ぶところ、上級生と下級生が一緒に朱雀寮を楽しむところです。皆さんは、今年一年。後輩たちをしっかり指導して下さい。そして朱雀寮の志を伝えていくように」 「はい!」 委員長達の返事と机の上の申請書。 その上に見える一年生達の笑顔に寮長は寮生達の健やかで楽しい未来を心から祈っていた。 |