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■オープニング本文 それはどうやら、ジルべリア由来の祭りであるらしかった。 元は神教会の流れをくむイベントであるにもかかわらず、現在は土着の伝説などに取り込まれ、収穫祭と合わせて地味に愛されているという。 最近、商魂たくましい商人たちによって天儀にも伝えられているその祭りのことを貸衣装の店「弧栖符礼屋 西門」の美波が知ったのはジルべリアの人間を父に持つ友人からであった。 「なんでも、その日はアヤカシや精霊に人間が変装したり仮装したりして、周りの人を脅かしたりして楽しむらしいよ。面白いよね」 その時は、彼との会話はそこで終わったのだが、考えてみればせっかくのイベント。 楽しまない手はない。 「変装や、仮装なんて、うちにうってつけだもの。いつまでも落ち込んでいられないし。兄さんが留守のうちに、ここはいっちょ新規顧客獲得大作戦ぱーと3実行よ!!」 かくして美波は動き出した。 「はろういん、とかいうのを知っているか?」 開拓者ギルドの係員に問われ、首を傾げたもの半分。ああと頷いたもの半分。 確かに、まだそれほど周知されたイベントではないようだな。と手元の書類を見ながら係員はそういって頷いた。 「はろういんってなんだ?」 「はろういん、じゃなくてハロウィンだろ? 確かジルべリアの収穫祭で、いろいろ子供が仮装しておやつを大人に貰うとか‥‥」 「そうそう、そんなイベントらしいな。実は天儀にもぼちぼち入ってきているんだが、まだそんなに有名な祭りじゃない。で、それをイメージしたパーティを開いて周知を図ろうと、天儀の何件かの店が動いているらしいんだ。その中心になっているのは貸衣装屋の美波って娘でな。開拓者に手伝いとアピールに協力してもらえないかって依頼を出してきたんだ」 開拓者ギルドに持ち込まれた書類は二枚である。 どちらもタイトルは 【はろういん 仮装パーティと秋の夕べ】 一枚はハロウィン仮装パーティの準備の手伝い。 料理、飾り付け、イベントの出し物協力など。 イベントまで半日と、イベント中盤まで拘束される代わりに衣装の貸し出しは自由。飲み放題食べ放題。 「ついでにハロウィンについて詳しい人がいたら、教えて下さいとあるな。やってる方もよく解らないのかな?」 やれやれと笑って壁に貼り出したもう一枚はパーティ参加者の募集だ。 「お好きな衣装、貸し出します。秋の味覚食べ放題。煮カボチャ早食いコンテストやジルべリア風ダンスパーティもあり。どちらも優勝者には豪華粗品進呈?」 参加費は1000文。 料理、飲み物、貸衣装代込ということらしい。 「やってる本人たちも手探りのイベントらしいから、他人に迷惑をかけなければ思いっきり楽しんでいいんじゃないか?」 丁度、秋の収穫シーズン、果物も、魚も、野菜も米も美味いだろう。 一番穏やかな秋の一時、新しい祭りを皆で楽しむのも、悪くはないのではないかと係員に言われるまでもなく、開拓者達も思っていた。 |
■参加者一覧 / 静雪 蒼(ia0219) / ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / 静雪・奏(ia1042) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 拾(ia3527) / 平野 譲治(ia5226) / 鈴木 透子(ia5664) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / マテーリャ・オスキュラ(ib0070) / シャルル・エヴァンス(ib0102) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / キオルティス(ib0457) / 琉宇(ib1119) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 蒼井 御子(ib4444) / φのα(ib5208) |
■リプレイ本文 ●新しい祭り その祭りは天儀でこそ、新しい祭りであったが起源となるジルベリアではもちろん古い祭りである。 「故郷の祭りとこんなところで再開できるとは嬉しいですわ」 「そうそ。なつかしいねえ〜」 そうジルベリア出身者達は微笑んでいた。 「正式名称はハロウィン、もしくはハロウィーンと申しますの。死者などこの世界にない存在が、一年に一度戻ってくる日であり、それを迎え、災いがもたらされることが無いようにかがり火をたいて祈るものであった、と聞いておりますわ」 準備をしながら語ってくれたヘラルディア(ia0397)の話に、周囲からいくつもの「へ〜」という声が上がる。 「柚乃もばば様から聞いたことがあるよ‥‥仮装をして楽しむお祭りなんだってね」 「うん、確か、お化けに関係した仮装のお祭りだったよね?」 「ボクはハロウィンってお菓子を貰うお祭りだと思ってたよ。パーティだってきいて、お菓子貰えないのかなあ〜って、ちょっと残念」 準備の手伝いをする柚乃(ia0638)と琉宇(ib1119)そして、蒼井 御子(ib4444)の言葉にヘラルディアはくすり、と小さな笑みを浮かべた。 「確かに、子供はお菓子を貰える風習があるのですわ。仮装をした子供達が、家々を回り言いますの。トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞって。元々災いをもたらすものを追い払う祭りでもありますし、悪戯されては大変ですから、皆さんお菓子を用意しておくのですわ」 「じゃあ! やっぱりお菓子だね! わーい!」 「わーい」 「わ〜〜いなのだ。全力で遊ぶなりよ!!」 「えっと‥‥わーい」 無邪気に飛び跳ねた御子の後ろで、琉宇に平野 譲治(ia5226)、そして控えめに拾(ia3527)も声を上げる。 「おいおい。お前達、遊びに来ただけではないのだろう? ちゃんと仕事をしてから‥‥」 料理の材料を運びながら顔を顰める琥龍 蒼羅(ib0214)にキオルティス(ib0457)がぽんと肩を叩く。 「まあまあ、いいじゃないか? 子供達が楽しそうだといい客寄せになるだろ? それに‥‥」 ほら、と二人はキオルティスが目で指した方を見つめた。 彼らの視線の先には 「美波ちゃん? たくさん小さなかぼちゃが届いているんだけどこれはなに?」 「あ、それは参加賞に取り寄せたおもちゃかぼちゃです。だから、受付のある向こうの入口の方へ‥‥それから‥‥」 シャルル・エヴァンス(ib0102)と一緒に右へ、左へ忙しく動く少女がいる。 貸衣装の店『弧栖符礼屋 西門』の娘。美波。 その表情は笑顔であるが、縁の深い彼らは気付いた。きっと、シャルルも気付いているのだろう。 「‥‥心配した通りか」 「でも、今はまだ余計な声かけちゃいけない。俺らにできるのは、この祭りを思いっきり盛り上げてやることだ。そうだろ?」 片目を閉じたキオルティスに蒼羅は言葉では答えず、腕に抱えた野菜籠を台所へと運ぶ作業に戻る。 「あ、台所に行かれるのですね。お手伝いします」 「あの、すみません。大きめのカボチャ、一ついただけないでしょうか?」 蒼羅を手伝う様に礼野 真夢紀(ia1144)とフェンリエッタ(ib0018)が駆け寄って準備を始めている。 厨房にも、確かもう何人かが行って料理を始めている筈だ。 向こうでは飾りつけをするはずの子供達が 「ハロウィンですか‥‥あちらにいた頃、色々調べたことがありますよ。 確か‥‥ケチな金貸しが死んだ後も家々を回って『同情するなら金をくれ』とせがんで回ったのが始まりだとか」 「さっきと話違うなりよ?」 「その時回った家の一つか『うるせえ、これでも持っていけ』と投げつけたのがカボチャだったのです。投げつけられて割れたカボチャはその恨みから口を大きく開いて‥‥ケケケケエ!! と!!!」 「きゃあ! こわい!!」 いつの間にか怪談話で遊んでいる。 楽しんむのはいいが、限度もあるだろう。 「こーら。お前さんたち」 こつんとマテーリャ・オスキュラ(ib0070)の頭に軽い拳骨を落して、キオルティスは指を立てた。 「もうじき、お客さんも来るんだ。それまでに準備をしなきゃならないんだよ。着替えに出し物の準備、料理に飾り付け。もう万端なのかい? 遊ぶのは準備が終わってから」 肩を竦めた子供達ははーいと、それぞれの持ち場に走り出していく。 「拾。広場で手品の準備するのだ!」「は、はいです」「じゃあ、僕は衣装の準備しようかな! 誰もやらないようなビックリする仮装するんだ」 秋の日が落ちるのは早い。オレンジ色に染まりかけた空。 山向こうの太陽が完全に落ちるのは間もなくだろう。 「さ〜て、俺も着替えと準備っと」 キオルティスは忙しく走る少女の背中を見つめながら、そう言って大きく伸びをした。 ●いくつかの出会い パーティは街の外れの小さな広場で行われる。 そこにはもちろん台所などないので、近くの店の台所を借りることになっており、料理を担当することになった料理自慢の開拓者達は決して広くないそこで思う存分腕を振るっていた。 今回の祭りのスポンサーには八百屋や果物屋などもいたようで、食材は秋の幸を中心にかなり揃っている。 「はい、カボチャのプティングが蒸しあがりました。運んで下さい」 蒸し器から取り出した小さな器からかぼちゃの甘い匂いが湧き上がり、鼻先を優しく撫でる。 「さっすが朔。手際もいいし、上手よね。一つもスが立ったりしないで、凄くきれい」 感心したように微笑む真名(ib1222)に尾花朔(ib1268)は 「ありがとうござまいます」 と素直に礼を言った。 「そちらはどうですか? 紫乃さん?」 別の机で作業をしていた泉宮 紫乃(ia9951)は朔の呼び声にはい、と答えると自分が作業していた皿をおずおずと差し出した。 「なんだか‥‥考えていたのとは少し違うのですが‥‥」 「うわ〜。可愛い!!」 今度も真名は遠慮なく、素直な賛辞を言葉に乗せて贈る。紫乃が作っていたのは飴細工だ。 果汁などを溶かして砂糖と共に似た液は冷やすと固まり飴となる。 それを熱いうちに整えると色々な形を作れるのだが、手早くしなければならない為、かなり難しい作業なのだ。 紫乃の皿の上には花や、ウサギがやや丸みを帯びているが可愛く形作られている。 「もう少し、すんなりとした形になれば良かったのですけど‥‥」 「いいえ、本当にとても可愛らしいですよ。子供達もきっと喜びますね」 「そ、そうでしょうか‥‥」 俯きながらも頬を赤らめる紫乃にもちろん、と朔は微笑みを返した。 そんな会話の後ろ、トントンと呼び声のようなノックが聞こえる。 「朔、紫乃。元気〜。相変わらずいい匂いさせてるわね〜」 声をかけられた二人は即座に振り向き、少し遅れて真名も振り返った。そこにはやっほーと手を振る幼馴染の姿が。 「「あ、ユリアさん」」 二人は料理の手を止めて駆け寄る。 真名はそんな二人を見て、そういえばと目の前の人物の名前を思い出した。 確か彼女はユリア・ヴァル(ia9996)。以前、陰陽寮で幼馴染だと紹介された。 「お久しぶりです。そのドレスもお似合いですね」 挨拶をしながら真名だけではない、朔と紫乃もユリアの美しい装束を見て頷く。 真紅のドレスにハイヒール。赤い手袋が彼女の白い肌と銀の髪に映える。ハロウィンの仮装というには少し場が違うが、その美しさは息を呑むほどである。 花嫁のような白いヴェールと仮面をひょいと上げて彼女は素直な賛辞にありがとうと、微笑んだ。 「結婚をするつもりはないけど、衣装は来てみたかったのよね。もう日も落ちるわ。お客さんもだいぶ入っているようよ。貴方達も準備しなくていいの?」 「あら、もうそんな時間ですの? 大変ですわ。料理の準備を急がなくては‥‥。しかし、もうお客様が来ている、とは。まさに腕の揮い甲斐が有りますね」 会釈をしたヘラルディアはその言葉通り大急ぎで作りかけの料理の仕上げに入る。 「ぐらたんも、もう火を入れてよろしいでしょうか? 焼き立てが美味しいかと思うので‥‥」 「かぼちゃのニョッキができました〜。見栄えはちょっとアレですが美味しいですよ〜」 「この料理は、もう運んでもいい。後は、区切りがついた者から着替えてパーティの方に行けばいいだろう」 真夢紀やマテーリャ、蒼羅の言葉に慌てたように振り返る三人にユリアはまた後でね〜っと笑って手を振って去って行く。 それを見送って三人もまた最後の仕事に取り掛かる。料理を待っている客と、仲間と美波の為に。 「な、なあに? この真っ黒いスープ。食べられるの?」 「もちろん。毒なんて入ってませんよ〜」 ユリアの言葉通り、人が増えてきたパーティ会場には既に賑やかな笑い声が広がりつつあった。 「今日は参加者として来させてもらいましたん。よろしゅうおねがいします」 馴染みというか世話になった顔を見つけた美波の会釈を手で制して静雪 蒼(ia0219)は鮮やか笑みを見せた。 「はろうぃん、か。変わったお祭りだね。こういうのが流行なのかい?」 横に立つすらりとした人物の手に枝垂れかかる蒼。二人とも似たアレンジの魔女の衣装。 「奏兄ぃは何きはらはっても美人さんやわぁ〜お嫁にきてほしわぁ」 まるで姉妹のようにも見えるが‥‥。 「あの、こちらは?」 美波の問いにまるで蕩ける様な笑みを浮かべ蒼は微笑んだ。 「うちの兄ぃどす」 「秦拳士の静雪・奏(ia1042)。よろしくね」 兄ぃ、ということは男性なのだろう。美波は余計な事は問わずに二人をパーティ会場へと促した。 「なるほど。‥‥みなして奇矯な格好をして騒ぐお祭りなのですね‥‥」 中では和奏(ia8807)がぼんやりと飲み物を片手に集まって来た人を見つめ呟いていた。 相場が解らないので普通に入場料を払ったら、何やらわからないうちに変わった服を着せられた。 黒くて長いローブに三角帽子。これはどうやら異国の魔法使いの衣装らしい。 艶やかに光る記事はやや薄くて涼しいが、マントとあちらこちらにあるかがり火のおかげで寒いとは感じずに済みそうだった。 「でも、なぜにこんなにかぼちゃがあるのでしょうか? 何故だか不思議な仮装も‥‥ありますね」 素朴な疑問に答える人物は今は彼の側にはいない。だから、持たされたステッキに口がある南瓜頭が付いている理由も解らない。 「人、アヤカシ、はろういん‥‥百鬼夜行」 「アヤカシ?」 同じように人ごみを見つめた女性の、同じようなぼんやりとした呟きに和奏は横を向き下を向いた。 そこにあるのは大きな角の付いた兜。その下から黒く純粋な目が自分と祭りを見つめている。 「あちこちにあるカボチャのランタンもアヤカシを模したものらしいです。アヤカシは恐るべきもの。危険なもの。なのにここではみんな、遊んでいるんですね。ほら、アヤカシの仮装をした人、いっぱいいます」 確かに、彼女の指差す先には吸血鬼の仮装をしたキオルティスや蝙蝠の羽を付けたドレスのからす(ia6525)達がいる。 魔女や魔法使いの仮装をしているものも多い。演奏役をキオルティスと一緒に努める御子もなりきり魔女セットを身に着けて楽しそうだ。 他の参加者には鬼や、妖狐の扮装をしている者さえいた。 「お祭りですからね」 和奏が答えると少女は頷く。 「はい。‥‥きっと恐れてばかりじゃ、ダメだってことなんだと思います。私達は、アヤカシと生きて行かなくてはならないから‥‥」 『怖がってばかりじゃ気が滅入るから、試しに剽軽に考えてみるのさ』 何かを噛みしめる様な少女に和奏はふと声をかけて問うた。 「お名前は?」 「鈴木 透子(ia5664)と申します」 「では、透子さん。行きましょうか? そろそろ祭りが始まるようです」 和奏が差し出した手に透子ははいと、頷いてそっと自分の手を重ねたのだった。 ●祭りの宵 入口と、広場の中央に作られたオレンジ色のカボチャのランタンに灯がともる。 それが開幕の合図だった。 今回のパーティの主催は弧栖符礼屋だけではないので、いくつかの挨拶のようなものがあって後、はろういん祭は開幕した。 「お飲み物をどうぞ。お料理もいかがですか?」 広場の真ん中に並べられた料理を客達に勧める美波。 彼女は今のところ、特に衣装も着けず、化粧もせずホスト役に徹していた。 並べられた料理は栗ご飯に、茸ご飯のお握りを中心に軽くて手軽なものが中心であったが集められたお客達を満足させる味と質を見せている。 特にカボチャをメインとした料理と菓子は人気を博している。たくさんのパンプキンパイ。キャンディ、クッキーなどなど。 「カボチャのプリン、美味しい!」 「このサラダのカボチャ、生‥‥じゃないよね。どうやって作ったのかな? 茸と合って食べたこのない味〜」 「お母さん、そのどーなっつおかわり!」 大人から子供まで大人気だ。 中にはどうみても暗黒料理という怪しい品(作者いわくカボチャのニョッキ)もあったが食べた人物曰く 「あ、味はまともやのに姿形が‥‥こ、こないなんが?!」 「味は美味しいですよ? 皆さん? 悪戯用に如何です? しかし懐かしい味ですね、祖父の?」 だそうだ。 「ワインは如何かな?」 ワインを片手にからすが微笑む。用意されたワインや酒も客達の心を浮き立たせる役割を果たしているようだった。 舞台の中央では子供達の出し物が繰り広げられ 「さあさあ、よってらっしゃい。世にも不思議な大手品なりよ! お集まりの皆様方っ! 摩訶不思議をごらんなさられますれっ。さて、まずはこの棺の中に入るなり。そして‥‥拾!」 「えっと‥‥蓋を良く閉めます。そして、この棺に火を付けます。すると‥‥」 「じゃああん! こちらから現れたなり! ささ、皆の衆、拍手拍手〜」 大きな歓声が上がり、別の方では‥‥ 「おねえちゃ〜ん。のっぺらぼうのアヤカシが出た〜」 「あのね、かおのないまほーつかいがりゅーとひいててね。ワハハハ! ってわらいながら下がっていくの。こわい〜〜」 子供達にフェンリエッタが囲まれている。 彼女の白い服の、まるで雪の女王という衣装だがランタン作りを一緒にした子供達はすっかりなついている。 「あ〜! 来た〜。お姉ちゃん!」 フルートを奏でていた手を止め、しがみ付く子供達を受け止めたフェンリエッタの元に、その謎のアヤカシとやらがやってくる。それを見つめたフェンリエッタはくすり、小さく笑って 「何をしているの? 後ろ向きじゃ弾きづらいでしょう?」 ローブのフードを下ろした。 「はは、バレた? びっくりしたでしょ?」 くるり振り返った琉宇が笑いかけると、フェンリエッタにしがみ付いて子供達も笑顔を取り戻す。服を後ろ向きに来ていただけの簡単な仮装であったがしてやったりと琉宇は嬉しそうだ。 そして、琉宇とフェンリエッタ。二人の演奏は子供達の声と合わさって優しい歌を会場に響かせている。 そんな祭りを目立たぬ服装で、裏から美波は眩しそうに見つめていた。 「みんな、楽しそうで何よりですね。皆さんもどうぞパーティに参加して下さい」 食事の一区切りがついて裏方の開拓者達にそう声をかけた美波は、皿を重ねて微笑む。 片付けをしようとしているのだろう。 その様子を見てキオルティスと蒼羅。そしてシャルルが頷きあうとそっとその後を付けた。 そして、お客達から見えない死角を見計らうと 「攫いに来たゼ。み〜な〜〜み!!」 「えっ???」 キオルティスと蒼羅は美波をその手で抱き上げると黒いマントで包んだのだった。 そうして彼女を抱き上げると、店の奥へと連れ込み扉を閉めた。 「な、なんですか?」 ぷはと顔を出した美波の前には、美しいドレスを手に笑うシャルルが。 「美波さん。せっかくのお祭りですわ。一緒に遊びましょう? お化粧して差し上げますから」 「で、でも私は‥‥」 顔を背けて何かを言いかけた美波を、ストップと手に持った杖でシャルルは制した。 「今日は、いうこと聞きません。あちこち見て回って、喜んでいる人達を見て、一緒にうんと楽しんでちょうだい。‥‥藤九郎のせいで辛い想いをしたことなんか忘れるくらいにね」 「シャルル‥‥さん」 今まで張りつめていたものが切れたのだろう。シャルルの胸に顔を埋め美波は泣き出した。 「あらあら、せっかくの服が濡れてしまいますわ。目も腫れてしまいますよ」 シャルルは彼女を抱きしめると、子供をあやすようにぽんぽんと優しく背を叩く。 中の様子は外で伺う二人には解らない。 けれど、暫くして開いた扉から出てきた美波は美しいドレスを纏った姫で、 「はい! 美波。お菓子忘れちゃダメよ。悪戯されたら大変なんだから‥‥どう? お二人さん?」 二人の吸血鬼達の心をその笑顔で魅了したのだった。 それからの祭りは、賑やかに楽しく過ぎて行く。 「あの‥‥おかしくありませんか?」 大振袖に打掛、日本髪にかんざしという、美しく豪奢な衣装を身に着けた紫乃は恥ずかしげに顔を赤らめ俯いた。 「何言ってるの。可愛いわよ。ね? 朔?」 白いドレスの真名の言葉に朔は勿論と頷いた。 丁度紡がれ始めたダンスパーティの明るい音楽に微笑みながら 「両手に花、対の姫ですね。お二人とも綺麗ですよ。其れでは姫様方、お手をどうぞ」 泰風の皇帝の衣装を身に着けた朔が手を取る。 周囲から声が上がるほど、それは一幅の絵のようであった。 「私とダンスなどどうですか? お姫様。魔女の姿ではさまにはなりませんが」 「喜んで。奏兄ぃ」 二人の兄妹を合図にするように、お客達も身近な相手を誘ってダンスを始める。 「踊っていただけませんか? 姫」 「はい」 「どうかな? 俺とダンスでも」 「手を繋いでもらえるかな?」 和奏は透子の手を取り、御子に音楽を任せたキオルティスはからすの手を取ってステップを踏む。 「お相手頂けるかしら?」 優雅なユリアの誘いに、周囲の見回りをしていた蒼羅は周りの様子を確認し、大丈夫そうだと確認したうえで、丁寧な礼で答え 「拾! いくなりよ。 ほーん♪ ふーん♪ んっ! あ、それ!」 「ま、まって、じょーじ。えーっと、あーーと、とん、とん!! わわっ! じょーじだいじょぶですか! 思いっきり足ふんじゃったですっ」 拙いながらも楽しげに踊る譲治と拾はお互いの手をしっかりと繋いで離さない。 フェンリエッタはといえば、子供達に順番にくるくるとダンスのステップを教えている。 美波もまたマテーリャの手を強引に引いて、シャルルと三人で踊っている。 その楽しそうな様子に、意を決したように真名は声をかけた。 「あ‥‥あの、ね。よ‥‥良かったら私と踊らない?」 真名の口調は軽いが、顔は朱色。声は上ずっている。 「それは、いいですが‥‥でも、紫乃さんは‥‥」 「私は、この服では踊れませんから、どうぞ‥‥お二人で」 「ほら、ねえ、‥‥行きましょう!」 微かに振り返る朔を引っ張って、真名は踊りの輪の中へと入って行った。 「よろしいのですか? 泣きそうな顔をされていますが?」 ふと振り返った紫乃は、柔らかい声の巫女の言葉に慌てて目元をぬぐう。 「なんでもありません。大丈夫です。ちょっと、衣装が重くて‥‥」 紫乃は自分を包む言葉にならないわだかまりを、衣装のせいにして微笑んだ。 「着物は重いですからね。でも、少し着方を変えれば動きやすくなりますわ」 後ろからやってきたヘラルディアが、かぶっていた魔女の黒いつばひろ帽子を横に置いて打掛を袖から外させた。そしてそっと肩へとかける。 二人の微笑みにも、ダンスの輪にも目線を合わせる事ができず紫乃は打掛に顔を埋めた。 皆、優しいし、この祭りの時間は紛れもなく楽しいのに、何故こんなに胸がチリチリするのだろう? 「あ、音楽が変わりました。踊りませんか? 今度は男女のペアの踊りじゃないみたいですし」 巫女服姿の真夢紀が手を差し伸べる。 見ればみんな楽しげに輪を作り皆で手を繋いで踊っている。 「はい。ありがとうございます」 打掛を置いて、紫乃も踊りの輪の中に入っていく。目元を一度だけ擦って。 そうして夜の祭りはカボチャのランタンの中のろうそくが燃え尽きるまで、音楽が途切れるまで笑顔と共に続いていた。 ●はろういんの祭 祭りの最後を告げるのは子供達の大きなかけごえであった。 「とりっく・おあ・とりーと!!! おかしをくれなきゃいたずらしちゃうぞ!!」 その声に合わせ、参加者の周囲を回っていく子供達の籠に、大人達は求められるままお菓子を入れて行った。 「お菓子一杯もらいまひょ。兄ぃ。迷子ならはったらあきまへんよって、うちが繋いでおきますぇ〜」 「僕は子供じゃないから、待っているよ」 「あきまへん。いっしょにいきまひょ!」 「拾、琉宇! お菓子をいっぱい頂くなりよ!」 「あの‥‥とりっく・おあ・とりーと、です」 「おかしをくれなきゃ〜、おどろかせちゃうぞ〜〜」 「おっ菓子、お菓子〜。頂きま〜〜す」 籠いっぱいになったお菓子を頬張る子供達を見ながら、大人達もまたパンプキンパイをゆったりと楽しむ。 「かぼちゃのパイも。お菓子も美味しい! ハローウィンかぁ‥‥ジルべリアのお師さんを思い出すなぁ‥‥」 そんな御子の呟きを聞いたのだろうか? 「皆さん、楽しんでいただけたでしょうか?」 心配そうに言う美波に大丈夫、とシャルルは笑って声をかけた。 「みんな、思いっきり楽しんでいるわ。美波。貴女はどうなの? 楽しんだ?」 「はい! とっても!!」 美しいドレスの主催者はそのドレスより輝く笑みを浮かべている。 「それなら、良かった。雰囲気を少しでも味わって貰えたらジルベリア出身者としては嬉しい限りだからね」 「故郷を、思い出しました。またこのような機会があると嬉しいですね」 キオルティスとヘラルディアの言葉に美波ははいと頷いた。 「きっと、できると思います」 収入もかなりなものだし、今回の盛り上がりからして何回か繰り返せばきっと、新しい祭りとして定着するかもしれないと。 その言葉を聞いてからすは嬉しそうに頷く。手には、ダンスパーティの賞品として貰ったコスプレセットが抱きしめられている。 「うむ、ならば次の時はこれを着るとしよう。せっかくもらった賞品だしな」 「僕も次の時には、魔法使いになって蒼をエスコートしようか?」 「魔女もお似合いどすのに‥‥」 なりきり魔法使いセットを少しふくれっ面で見つめた蒼は、急に真面目な顔に戻ると美波に向かい合った。 「美波はん、先は見えはりましたぇ?」 「蒼さん‥‥」 「何事も問題はでてきはります、それにどう対処、対応するかが問題なだけやぇ。忘れんといてや。この楽しい言わはる声は、弧栖符礼屋はんが作りだしたんやぇ。だから‥‥頑張っておくれやす」 開拓者は優しい。どこまでも優しい。 美波はさっき、流しつくした筈の涙がまたこぼれてくるのを感じていた。 蒼だけではない。キオルティスに蒼羅、拾、そしてシャルルや他の開拓者達。 自分は一人じゃないのだと知った時、彼女は顔をまっすぐあげて微笑んだ。 「ありがとうございます。弧栖符礼屋はこれからもがんばっていきますので、どうぞごひいきに!!」 彼女の事情を知る者も知らない者もその前向きな心に、心からの拍手を送ったのだった。 帰り道。フェンリエッタはお土産の籠の中、パイと一緒に持たされたオレンジ色のカボチャを見つめる。 今日の参加賞にと貰ったおもちゃかぼちゃには、一緒に遊んだ子供達が描いてくれた、可愛らしい顔がまだ消えることなく笑っている。 あの手のぬくもり。自分に向けられた優しい笑顔。 「私はまだ大丈夫‥‥きっと大丈夫」 彼女は繰り返し、自分に言い聞かせていた。 かくして天儀の新しい祭り、はろういんの夜は更けていく。 楽しかったと笑いあう人々の思いが真実なら、また来年、その次と祭りは続き、いつかこの地に定着していくかもしれない。 そんな予感を残しながら‥‥。 |