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■オープニング本文 一年生達に苦い思い出を残した調査実習から数日。 まだ、どこか割り切れない、やりきれない思いを抱いている一年生達の講義室。 「お〜い! 迎えに来たぞ〜〜!」 ガラッと音を立てて扉が開くと元気な声と顔が飛び込んできた。 「あ、三郎先輩?」 一年生達がぼんやりと顔を上げると、三郎先輩と呼ばれた三年生。 西浦三郎がおいおいと笑いながら一年生達に大きな声で呼びかける。 「忘れてるかもしれないけど、今日から朱雀寮の委員会が始まる。迎えに来たんだ」 「委員会?」 そういえば、と寮生達は思い出す。 先日の体験会を経て、一年生達はそれぞれ朱雀寮の委員会に所属が決まったのだった。 「まずは、委員会がどんなものかを経験してもらおう。それから徐々にいろんなことをしていくから。ほらほら、出発出発!」 「出発って、どこに行くんですか?」 あっという間に体育委員三人の手をとり引っ張っていく体育委員長に委員の一人が溜まりかねて問いかけた。 「今回はランニング兼ねて王都周辺のアヤカシ調査。それが終わったら体術授業の組手の相手役な」 「体術って‥‥陰陽寮でそんな授業あるなりか?」 「ああ。放課後希望者に、だけどな。お前達もやる?」 そんな会話をしながら体育委員会は委員長に引きずられて外へと出て行った。 「え〜っと、用具委員の方、いますか?」 次に顔をのぞかせたのは眼鏡をかけた二年生だった。 『はい?』「お〜や? 貴女は!!」 「え〜っと、用具委員長が先の実習で使用した道具の在庫確認と点検整備を手伝って欲しいとのことでした。なので、手が空くようでしたら用具倉庫に集合して下さい、と」 『用具倉庫は立ち入り持ち出し禁止、なのでは?』 「用具委員はいいんですよ。じゃあ、お待ちしています」 ぺこりと頭を下げた用具委員会副委員長の後からは、いつの間にやってきたのか保健委員長が微笑んでいる。 「保健委員の皆さん。もうじき冬が近づいているので、今のうちに薬の作成と薬草の分類をしたいの。手伝って下さるかしら? 先日の実習で貴女達がとってきてくれた薬草もいい感じに乾いてきているから」 陰陽寮の術や知識を頼って来る病人、けが人も偶にいるし、そうでなくても大勢の人間が一度に集まる場所では風邪やはやり病が広がると大変なのだと保健委員長が言う。それに頷いて調理委員会委員長がうんうんと頷いた。 「風邪の予防には体力を付けるのが一番。陰陽寮生に風邪などひかせない為の冬の新メニュー作成会議をするから、調理委員会もアイデアと材料を持って食堂に集合だあ!」 さて、各委員会の出迎えの終了と共に取り残された委員会がある。 「どうしようか?」 図書委員会が顔を見合わせた直後、 「キャアッ!」 声と共に廊下でバサバサッと何かが落ちて広がる音がした。 「今の声‥‥」「委員長?」 駆け出した図書委員はそこで散らばった書類を涙目で見つめる図書委員長を見つけ、瞬きした。 「これは‥‥?」 「‥‥一年、二年、三年が今回の実習で集めたアヤカシ資料‥‥。これから図書委員が中心になって‥‥整理分類するの‥‥。でも、すごくたくさん。‥‥お願い。手伝って‥‥」 小さな委員長が涙目で一年生達を見上げている。 一年生達は気持ちを切り替えると笑顔で走り出した。自分達を待つ仕事と委員長の元へと。 |
■参加者一覧 / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / アルネイス(ia6104) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / アッピン(ib0840) / ノエル・A・イェーガー(ib0951) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / みあのん(ib5332) |
■リプレイ本文 ●ある日の陰陽寮 それは、ごく普通の晴れた秋の日の陰陽寮の一日。 「体育委員会全員集合!」 陰陽寮の中庭、実践実習場で、集まった体育委員会の寮生を前に委員長 西浦三郎は満足げに笑っていた。 「委員長、全員揃ったようです」 控えるのは副委員長、立花一平。他にも一年、二年、三年が集まっている。 総数十二〜三名というところだろうか? 「今日は一年生も含んだ初めての委員会だ。少し加減するからしっかりついてこいよ」 「今日は何をする予定なん‥‥ですか?」 一年の中から手が上がる。劫光(ia9510)の問いに三郎はぱたぱたと手を振った。 「敬語とか余計な気は遣わなくていい。陰陽寮には私より年上が多いんだ。私だって本当なら年上に敬語を使わなきゃならないところだろ? ここにいる限りは皆陰陽寮の寮生だ。一年と、二年と三年。それ以外は気にしない。それでいいんだ」 「それで言うなら一年は三年に気を遣わなくてはならないでしょう? 敬語は当然では?」 副委員長の突っ込みにそうか? と三郎は応えて明るく笑う。 「まあ、その辺は好きにすればいいさ。私は気にしないから。では行くぞ!」 「っと! 劫光っ! アルネイスっ! さぶろーっ! それから皆、〜誰が先に着くか勝負なりよっ!」 既に走り出した平野 譲治(ia5226)に三郎が苦笑する。 「おい! こら譲治! どこにいくのか解ってるのか?」 「あ゛」 「まぁ、落ち着け、場所を聞いてからな」 「じゃあ、じゅんびうんどーっ! 体柔らかくしないとなりねっ!」 くしゃくしゃと譲治の頭を撫でた三郎は、委員会の寮生達にどこに行くかを説明する。 「結陣の街を出て街道沿いを見回る。ここと、こことここ。簡単に言えば結陣の都の周りをぐるっと一周走ってくる感じだな」 「結陣一周と簡単におっしゃいますけど、一体どのくらいの距離があるのでしょう?」 不安そうに問うアルネイス(ia6104)に軽く準備体操をしながら三郎は答える。 「まあ、五〜六里かな? 軽いランニングコースだよ」 「どこが!!」 一年の間に悲鳴のようなものが上がる。それを見る二年、三年生の顔は微妙に生暖かい。 ちなみに三郎は一年生の抗議など聞いてはいない。 「よし、じゃあいくぞ。出発! ほれ、一二、三四!」 「ひえええっ!」 十一月の寒空の下、体育委員会は委員長を先頭に並んで走り出した。 『おや』 用具倉庫の中で、ひふみ、と棚のツボを数えていた青嵐(ia0508)は背後から聞こえた声にふと振り返った。 扉の向こうから覗く中庭では一列に並んで走る体育委員会が見える。 『この寒い中、ランニングですか。体育委員会は大変ですね』 彼の声を聞きとめたのだろう。苦笑しながら用具委員会委員長七松 透は肩を竦めた。 「三郎の体力は半端ないですからね。でも、あれに一年着いていくと結構身体が鍛えられるから。体力もつくと思いますよ」 『なるほど。あ、この網も備品ですか?』 用具倉庫の中には本当にいろいろなものがある。呪術道具以外に実用的な道具がいろいろあるのが意外と言えば意外である。 「そうです。二年生が小さなアヤカシを捕えるのに使用していましたね」 『他は筆に、紙、後は小動物用の罠ですか‥‥。なるほど、瘴気に還るまで実体があると考えれば捕獲も有効な手段というわけですか?』 「用具の数は目録を見ながらしっかり確かめて下さい。古い品物の中には店で簡単に買えない道具とかもありますから。壊れているものは除けて下さい。後で修理します」 頷く青嵐の視線の先には珍しくも驚くことに、喪越(ia1670)が楽しげに仕事をこなしている。 他の一年二年と手分けしてとは言え用具の確認整備という地味な仕事は嫌がるかとおもったら 「よう。青嵐。一緒におんなじ所やるのは効率悪いし混線の可能性があるな。手分けしてやるか? 俺は武器と術道具メイン。お前さんは符とか人形とかな」 と、思いの他積極的である。 『解りました。でもずいぶんやる気がおありになるのですね』 素直に感心した様子の青嵐にまあなと、言いながら喪越は周りを見回す。 「いや、けっこう、好きなんだよ。こういう場所。空気が格別やね。埃とカビと、積み重ねられた時や想いがたっぷりと詰まってやがる」 「ほう、解りますか?」 委員長の声に喪越は一瞬顔を顰めたが、まあなと頷いて目を閉じる。古いランタンをそっと指で弾いて。 「こんなありふれた品でさえ、何人もが繰り返し使い、大事に育ててきた思いを感じる。錆一つない傘とか油の良く染みた縄とかな。新しく買えば直ぐなのにずっと大事に使って来たんだろ?」 「そうですね」 「古きが滅するは世の必定。しかしだからこそ、その摂理に抗いたくなる――ヒトが時に過去にこだわるのは、神の定めた運命に対する抵抗のように思えるんだわな」 くすっ。小さく笑い七松は感心したように微笑する。 「なかなかいいことをおっしゃる。貴方にも語らないものの声が聞こえるようだ」 『そうですね。少し、見直しました。では改めて確認と整備点検と参りましょうか』 仲間や先輩の素直な賛辞に居心地が悪げに喪越は肩を竦めるが、同じ思いを持つ者同士が認め合う、心地よい空気が広がっていく。 だがそれは 「すみません。遅くなりました。残りの仕事はなんですか?」 副委員長白雪智美が部屋に入ってきた瞬間に霧散した。 「な〜んちゃって!!」 シュタッと音がする程素早く智美の側に寄った喪越は止める間もなく彼女の手を取って笑いかける。 「おお、白雪副委員長、頭脳労働の合間には糖分たっぷりの休憩が必要だと思われるであります!」 『やれやれ‥‥。良いのですか? 七松先輩?』 「いい機会です。思い知って頂きましょう」 『?』 止めようかと思った青嵐は意味ありげに笑う透の言葉に首を傾げた。 その時の喪越はと言えば智美の肩に手を回し、完全ナンパモードに入っていたのだが 「ここは一つ、俺とがっぷりよっつで甘いひとと‥‥ぐはっ!」 『えっ?』 気が付けば、見事なまでに床に沈没していたのであった。 「智美に手を出す奴は俺達が許さん!」 どうやら用具倉庫の武器を手にした二年生達が彼を闇討ちしたようである。 「大丈夫ですか? もう! 皆やりすぎよ」 と智美は駆け寄るが、まだ喪越の意識は戻らない。 笏や扇はともかく、金棒で殴られた分は痛そうだな〜と思いながら青嵐はとりあえず、見ないふりをして仕事に戻る。 「白雪は二年の首席でしてね。優しい子ですがこと術に関しては全学年でも指折りです。反面視力と足が弱くて、走ったり飛んだりが苦手です。後方支援に回ることが多いのです。あの子の性格と、他いろいろあって二年生は男女問わず、白雪を守る事を自分達の使命に感じているようなのですよ。彼女を攻略するには二年生の壁を潜り抜けないとなりませんね〜」 楽しげに説明してくれた透の手伝いをしながら、青嵐は喪越の方を見た。 智美に膝枕をして貰いある意味幸せなのかもしれないなあ、と思いながら。 その日、一年図書室は立ち入り禁止となっていた。 もっとも無理に入っても本は読めなかったろう。 図書室は朱雀寮生総出のアヤカシ生態調査の資料が足の踏み場も無いほど広がっていたからだ。 「え〜っと、これは火兎、黒狐‥‥魔の島のアヤカシかな? どっちも結構かわいいっぽい?」 「こちらは海藻人形、こっちは飛び魚のアヤカシ。海のアヤカシが中心のようですね」 俳沢折々(ia0401)とアッピン(ib0840)二人の図書委員一年生は、他の一年二年と共にまずは資料の読み込みを命じられていた。 「はじめての図書委員の仕事はやっぱり資料を読むことか〜。頑張らなくっちゃね!」 「しかし、遺跡や島にはまだこれほどの種類のアヤカシがいたんですね〜」 二人は山のような資料に驚きながらも、どこか楽しそうである。 「‥‥面白い?」 「わっ! 委員長!」 いつもながら図書委員長 源 伊織の気配は読みづらい。気が付いた時には横にいた伊織にうん、と折々は頷いた。 「皆で頑張って集めた資料だし、知らないことを知れるのはやっぱり楽しいものね」 「まだ誰も見ていない資料を見られるというのは少し得をした気分になりますね」 「よかった‥‥」 二人の返事に、伊織は嬉しそうにその頬を緩めたのだった。 「それで、これを纏めるのだよね」 「そう、何かいい案はあるかい?」 「貴志先輩」 副委員長の気配は委員長よりは解り易い。頭の上から降ってきた声に折々は驚かずにう〜んと腕を組んだ。 「せっかくだし、既存の枠組みにとらわれない分類法を編みだしたいな。名前や種別、強さで分けるのはありきたりだし〜そうだ!」 ぽんと叩かれた手と声が楽しげに跳ねる。 「見た目で分類してみたらどうかな? 『かわいい』『かっこいい』『こわい』『しょぼい』なーんて具合にね」 少しふざけ過ぎたかとも思ったが、意外に先輩達は真面目に考えてくれた。 「しょぼい、はともかく外見が動物に似ているとか、妖怪風であるとか、そういう見た目で調べられる分類をつけるのはいいかもしれませんね」 「どういうのがベストかはひとそれぞれですし、でも資料を求める人に探しやすいのをこころがけないとダメなわけで‥‥見た目というのは結構いい視点かもしれませんわ」 アッピンのサポートもあり、資料の新たな分類項目に外見が加えられることになった。 系統別、名前別、外見別。 資料の写しを作り、色紙で分けた資料を一つにまとめていく。 前回取られたアヤカシ拓も、外見部類の資料として一つに閉じられた 「資料検索の為の目録も作っておきましょうか?」 アッピンは綺麗に一つ一つの項目を書き綴っていく。 どの作業も手を抜けない地味で、同じことの繰り返し。けれど 「こうして、資料が纏まっていくのも楽しいね。本を作る過程みたいでいいなあ〜」 折々はそんなことを考えていた。 「『紙の束かきわけ触れる指の先〜』」 手はいつの間にか墨などで汚れていたけれど、 「ご苦労様」 手にしみ込んだ紙の匂いと墨の香り、そしてそっと手を触れて微笑んでくれた委員長のぬくもりとに彼女らは小さな幸せを感じていた。 保健室に一歩足を踏み入れると、不思議な香りが漂ってくる。 「皆さんが取ってきて下さったオオバコは、煎じて飲むと咳止めになります。シマカンギクの花も良く乾燥させてすりつぶしましょう。煎じると頭痛を収め熱を下げる効果があります」 保健委員長綾森 静の指示に従って、保健委員たちは丁寧に一つ一つの作業を行っていた。 「えっと、委員長。薬草は効果ごとに分けて分類するんですか?」 資料を見ながら薬草を確かめるノエル・A・イェーガー(ib0951)にそうね。と委員長は答える。 「同じ効果のものでも単品で使用するのがいいものと、調合して効果を発揮するものもあるので、その点は注意して下さいね」 「はい」 頷くノエルの向こうで、委員長! と、躊躇いがちに呼ぶ声がする。 「どうしました? 紫乃さん?」 近寄ってきた委員長に泉宮 紫乃(ia9951)は薬研の中の薬を指し示す。 「薬のすりつぶし具合はどうでしょうか?」 指でそっと薬に触れた静はニッコリとほほ笑んで頷く。 「とても丁寧な仕事ですね。申し分ありません。後は左近と一緒に量を間違えないように薬包紙に包んで下さい」 褒められた紫乃の頬に笑みが浮かぶ。 「それにしても随分と薬草の種類が多いのですね。秋にこれほどの薬草を採取するとは思いませんでした」 「覚えきれない程‥‥たくさん。ちゃんと覚えておかないと」 玉櫛・静音(ia0872)と瀬崎 静乃(ia4468)は一つ一つの薬草やその効果を先輩に聞きながら丁寧に分けている。 薬は間違いが許されないと解っているから、その表情も真剣だ。 「薬っていつもこの時期になるとまとめて作っておくんですか?」 ノエルの問いに静はええ、と頷く。ものに寄よりますけどと付け加えて。 「秋と春は薬草などを採取補充するのによい時期なのです。春は主に生葉を取りますが、秋は根や実の薬効が高まります。それぞれに良い時期に合わせて採取し、薬を作っておくことが必要なのですわ」 「なるほど。陰陽寮を頼ってくるんだから実績と信頼があるんですよね」 その実績と信頼は今までの寮生達が積み重ねてきたもの。 それを受け継いで次に渡していかなければならないと思うと、保健委員達の背も緊張で自然に伸びていた。 「あら? これは生姜ですか? こっちはギンナン?」 紫乃が手を止めた。 薬草の棚の中に料理に詳しい紫乃でなくても料理に使う食材だと解るものがあったのだ。 他にもニンニク、ニラ、クチナシにカリンの実もある。 「以前言いましたでしょう? 植物の殆どは薬草か毒草であると。これらもちゃんと薬効を持っているのですよ。特に生姜は生の時と干して乾かしたものは薬効がかなり変わりますからね」 そういえば、思い出したように静乃は顔を上げた。 「あの、お願いがあるのですがよろしいでしょうか?」 「なんです?」 ノエルが静音と共に躊躇いがちに頷きあった。 「料理委員会の友人に頼まれたのです。冬の新作料理に食べられる身体によい薬草を提供してもらうことはできないかと」 「‥‥風邪等の予防は、日頃の食べ物も重要だと思うの。余裕があればお願いします」 「あら、何かと思えばそんなこと?」 遠慮がちだった二人にくすくすと静は笑って見せた。 「三太夫なんか貰っていくぞ、って普通に持って行ってるわよ。好きなだけとまでは言えないけれど、必要ならいつでも持って行って頂戴。それから、必要で、自分達が扱える薬品に関して保健委員は自由な使用を許可します。ただ、申請書は書いて行って」 お見通しと言った様子で静は微笑み、静音を含む一年生達は委員長に感謝の思いを込めて頭を下げた。 「ありがとうございます」 「いい機会だから、自分達で選んで御覧なさい。今の時期だから身体を暖める物がいいでしょう。味や特性も考えてね」 「「「はい」」」 「今の時期だと生姜に韮、ギンナンと乾燥ヨモギに桂皮などでしょうか?」 少女達は嬉しそうに、相談しあって薬草を選び始める。 そんな様子を見ながら。 「随分美味しそうな料理ができそうよ。調薬ができたら後で私達も頂きに行きましょうね?」 仕事を続ける保健委員たちに委員長はそう言って笑いかけたのだった。 そして食堂の調理委員会。 「やはり冬は身体を暖める料理が一番だ。ふろふき大根、おでん、白菜の豚肉の鍋などは定番だが、他に何かいい案はないか? 体力を付ける食べ物。風邪をひいたときの料理、どちらでもかまわん!」 集まった調理委員会の寮生を前に委員長の黒木三太夫はその大きな手を振り上げた。 はい、と手を上げるのは一年生の尾花朔(ib1268)だ。積極的な性格と料理で委員長からも可愛がられている。 「なんだ? 朔?」 「ポトフ、というのをご存知でしょうか? 言ってみればジルべリア風おでんなのですがスープがメインでもあり、肉も野菜もたっぷり取れます。これからの寒い季節にはぴったりではないかと」 ほうほうと、感心したように皆は頷く。 元より調理委員会は料理好きが多いのだ。新しい料理には興味が惹かれる。 「後は生姜湯を少し進めて生姜紅茶。身体が暖まります。蜂蜜をたっぷり使ったじゃがいもの焼き菓子などもいいかもしれません」 美味しそうよね。と頷いてから真名(ib1222)も自分の提案を口にする。 「これなんか、どうかしら? きのこご飯とひき肉の千草揚げ。千草揚げはいろんな薬草を混ぜてみるのがいいと思う。後は、やっぱり辛い物ね。唐辛子や辛子は身体を暖めるっていうし」 「そういえば、真名さんは辛い物好きでしたね」 朔に言われて、照れたように真名は頷いた。いい提案ねと。副委員長は二人の一年生の頭を撫でた。 まるで母親のようにどっしりとした彼女香玉の前では二人など子供のようなものだ。 「風邪をひいてからの刺激のあるものは辛いでしょうけど風邪をひく前にそういうのを食べるのは予防医学的にもいいと思うは。しっかり栄養も取らないと。ブリにイワシに秋刀魚。魚もいろいろ取り入れましょう」 どんどん出てくるアイデアに、委員長も、脇で見ている料理長も楽しそうだ。 「よし! さっそく皆で色々試してみよう。朔、真名。保健室から薬草を少し‥‥ん?」 指示を出そうとした委員長は扉の外に誰かの気配を感じたのだろう。 静かに扉を開けた。 「あ、紫乃さん、ノエルさん、静乃さんも‥‥」 「‥‥頼まれた薬草を届けに来ました。どうぞ使って下さいとの‥‥ことです」 静乃が差し出した袋の中には、いろいろな食材、薬草が詰められている。 「お、気が効くな。静からの差し入れか?」 ひょいと後ろから一年生を覗き込んだ委員長にノエルはどう答えてよいか迷いながら 「いえ、あ、そうなのですけれども、朔さんに頼まれていたので‥‥」 そう口にした。 「全ての基本は食からですからね。薬膳、というほどではありませんが、薬草を使った料理ができれば、とお願いしていたので」 「そうか!! 偉いぞ!!」 委員長にわしゃわしゃと髪を撫でられて、朔は少し身を固くした。彼にかかるといつも子ども扱いだ。 それも嫌ではないのだが。 「よーし、じゃあ料理に入ろう。もうじき委員会が終わった連中が腹をすかして来るだろう。皆、用意はいいか!」 「おう!!」 手が上がる調理委員会。 「君たちもいっしょにやっていくか? 医食同源。静には後から俺が言っておくから」 「は、はい!」 保健委員も巻き込んで、調理室は暖かい香りを部屋中に、寮中に広げて行った。 そして、再び体育委員会。 「よーし、ランニング終わり。良く着いてきたな」 中庭に戻ってきた三郎は、はあはあ、と息を切らせる体育委員達を労うように言った。 「急に座り込むのは身体に悪いらしいぞ。身体をほぐしながらゆっくり休め」 「そんなこと言っても‥‥、寒いし疲れたし‥‥体力が無いのを再確認させられました‥‥ああ」 崩れる様に座り込んだアルネイス。譲治も、流石に声は出ないらしい。 ランニングに加え、通りすがりに見かけたアヤカシはもれなく退治してきた。 一年生はおろか二年生も指一本動かせないだろう状況で、 「それで、一平、アヤカシの位置はどうだった?」 「はい。今日発見したところの他に、こことここに目撃例があって‥‥」 委員長と副委員長は今日のランニングという名の見回りの状況まとめをしている。 「大したものだな」 「何がです? 劫光?」 いつの間にやってきていたのだろうか? 救急箱を持った静音が、劫光の手の擦り傷の消毒をしていた。 「いや、流石上級生と思ってな。上には上がいるもんだ」 「?」 呟くように苦笑した劫光に静音は首を倒す。けれどもそれには答えず、劫光は静音と声をかけた。 「後で、俺達用のアヤカシ地図作りたいんだ。手伝ってくれるか?」 「いいですよ。図書委員にも後で手伝って貰いましょう。でも、無理はしないで下さい」 微笑する静音であるが、それにはどうやら劫光は同意できないようだった。 「よーし、夕飯にはまだ早いから組手練習始めるぞ。最初は誰だ」 「俺から頼む。お願いします!!」 言うより早く立ち上がって行ってしまった劫光の背中を見つめ、呆れたように静音は肩を竦めたのだった。 陰陽寮の廊下が薄暗さを帯びる頃、 「おや、お疲れ様〜〜」 図書室から出てきた図書委員達は、廊下を連なって歩く用具委員に気が付いてそんな声をかけた。 「そちらも、今日は終わりですか?」 問われて青嵐はええ、と応える。 『在庫と符の数が合わなくて、少してこずりましたがなんとか終わりましたよ』 「高いところの荷物も取ってくれるし、整理整頓も上手だし。真面目で働き者が入ってくれて嬉しいですよ」 「うちは‥‥あと少し。でも‥‥思ってたよりずいぶん進んだのは‥‥貴方達のおかげ。ありがとう」 思いもかけない委員長達の褒め言葉に、一年生達は、はにかんだ様に笑った。 慣れない仕事は大変だったけれど、その一言で全て帳消しにできる気分だった。 「委員長。今度時間があったら正拳突きを教えて下さいね」 「あれ? 喪越は?」 『ああ、あそこですよ』 青嵐はくいと指を後ろに向ける。そこには 「こら! おめえら。いい加減にこれ放せ!!」 「なら! 智美に手を出さないと約束しろ!」 「できるか!」 「もう。皆止めて!!」 「君達いい加減にしなさい!」 紐でぐるぐる巻きにされた喪越と二年生が激しい言い争いを、まだ続けていた。 朱雀寮の食堂。 日が完全に落ちた外とは違い、中には眩しい明りと煩いほどの人が溢れていた。 一年、二年、三年。 朱雀寮の委員会全員がそこに揃っていたのだった。 「‥‥今日の夕飯は私達が、奢るね」 「初めての委員会の打ち上げですね。料理長、三太夫。美味しいものをお願いしますよ」 「おーし、任せとけ。今日のメインはおでんにジルべリア風ポトフ。薬草入りであったまるぞ〜。アラカルトにきのこご飯とひき肉の千草揚げ。梅干しと生姜で臭みを消したイワシと秋刀魚の煮つけだ。飲み物は保健委員会特製のハーブティに生姜紅茶。寒くなって来たからよ〜く、温まれよ〜。デザートには生姜飴と蜂蜜タップリのジャガイモの焼き菓子だ」 委員長達が言葉と笑顔を交わし歓声が上がる中、慌てたように折々は手を振る。 「いいよ。お礼なんて。皆やってる仕事でしょ? それに勉強にもなったし」 『そうですね。仕事をしながらいろいろ教えて貰いましたから』 青嵐も同意するように声を上げた。最初の時、委員会活動も勉強の一環だと寮長が言ったことを思い出す。 先輩達が使った道具を知れば、どんな作戦を使ったか解るし、集められた資料を整理すればどんなアヤカシがいるか誰よりも先に解る。 自分の身体で走って周囲を見れば、地形やアヤカシの分布状況がはっきりと解るし、人々とも顔見知りになれる。薬も自分で作れば、いざという時に役に立つだろう。 陰陽寮の委員会は、本当に教育の一環なのだと体験してみてよく解った。 でも、委員会の本当の意味。一番大切な事はきっと違う。 普通であれば出会わない、話もしない相手同士が、同じ寮、同じ委員会ということで一緒に過ごす。 一緒に笑いあい、話し合い、助け合う。それこそがきっと‥‥。 それを証明するように委員長達は明るく彼らの遠慮を笑い飛ばす。 「いいのよ。毎年恒例みたいなものだし、私達も最初は奢って貰ったんですもの。今年は先輩に甘えなさいな」 「そうだ。後輩が遠慮なんかするな!」 そんな先輩達に一年生達は顔を見合わせて、そして頷いて甘えることにした。 並べられた料理と暖かいお茶が寮生達の心と体を暖める。 お酒もないのに朱雀寮恒例の大騒ぎだ。 「じゃあ、ゴチになるのだ〜」 「よ〜し、いっぱい食べろ〜〜」 「さぶろー。次は組手の練習負けないのだ!」 「はは。お前はまず一平に勝つことを考えないとな」 「俺も次は負けないさ」 「おう! いつでもかかってきなさい!」 「うっ。これ‥‥すごく辛い」 「あ、辛いのに当たりました? それ大当たりですよ〜」 「‥‥良かった。私、辛いの‥‥嫌い」 「伊織は甘いものが好きなのよね。私は、逆に薬に慣れているせいか甘いものは、なんだか物足りなくて‥‥。でも、舌にあんまり刺激を与えたくないから、生姜とか少しクセのあるものが好きなんだけど」 「えっと、伊織先輩は辛いのが嫌い。静先輩はクセのある薬草が好き‥‥っと、メモメモ」 「そういえば伊織先輩は好きな人いるの?」 「あー! 伊織先輩が顔真っ赤にして倒れた〜。水、水!!」 「‥‥いろいろな人と、接するということは、楽しいことですね」 「うん、僕も‥‥結構、楽しいと思う」 「紫乃さん。今日はお世話になりました。真名さんも、お忙しいのにお手を煩わせて済みません」 「朔さん、お役に立てたのなら、嬉しいです。あと‥‥薬草ではありませんが、春菊などの緑黄色野菜や果物を食べると良いそうです」 「そうですね。次はそんな料理も提案してみましょうか」 「う〜ん、寒かったし、ランニング、大変だったですぅ〜。体育委員会は大変ですけど、やっぱり陰陽師たるもの体力も鍛えないといけないのですかね〜」 「でも、それぞれ個性があっていいと思います。私なんか、皆に助けて貰わないと何もできないし‥‥」 「智美先輩。俺はあきらめねぇ。今度こそ、俺が貴方を助け出し、甘い時間を‥‥一緒に」 「諦めろ!!」 ハハハハハ‥‥。 その日も食堂から、夜遅くまで楽しそうな声と笑顔は消えることがなかったという。 こうして陰陽寮の平凡な一日は過ぎる。 いつか振り返った時、きっと寮生達の心に残る輝きの日となって。 |