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■オープニング本文 毎月恒例の陰陽寮の合同講義は月の半ば十五日頃に行われる。 今回の寮長の講義は天儀の生物、特に朋友と呼ばれる存在についての話が主だった。 「人妖という存在は開拓者の皆さんには朋友としてなじみが強いかもしれません。しかし人妖というのは本来陰陽師が瘴気を集めて生成したものであり、どちらかというとアヤカシに近い存在です。成長することもなく、気まぐれなところが多いですが、絆を深めれば大事なパートナーとなってくれます‥‥。瘴気から生まれた存在が‥‥」 今月は丁度石鏡の大祭と被るのであるが、授業であっては仕方ないと諦める者もいただろうか? だから寮長各務紫郎が続けた言葉に驚く者も多かった。 「今月の課題実習は、石鏡にて人妖の捕縛を行って貰います」 「い、石鏡?」 石鏡と言えば、今、安須大祭の真っただ中。 街中、いや、国中が祭り騒ぎに明け暮れている筈。 もっとも祭り中とはいえ石鏡にも国を守る兵士など当然いるし、どうしてもであれば開拓者に依頼もするだろう。 それなのに、なぜ、五行の陰陽寮が動かなければならないのだろうか? しかも、人妖の捕縛? 寮生達の疑問を間違いなく理解していたであろう寮長は、一人の人物を説明に呼んだ。 正確には人物というのは正しくはないが。 呼び寄せられたのは陰陽寮朱雀の人妖。朱里であったのである。 朱里が説明するには石鏡の辺境にある村の側の山に最近、不思議な蒼い髪の少女が現れるようになった。 それがどうやら主とはぐれた人妖であるらしいというのだ。 「私がそれを知ったのは、寮長からのお使いの帰り、偶然だったんだけど、どうやらその子。主を無くしたらしくて自暴自棄になってるみたいなの。私の話も聞いてくれなくて」 森に入る人々に攻撃を仕掛けてくる不思議な子供。 村人達は彼女をアヤカシだと思っている。 人を殺めこそしないが、時に姿を消し、時に現れて攻撃を仕掛けてくる。 森の恵みを求める人々はその存在に顔を顰めていた。 「もうじき大祭だというのに」 「そんなこと以前に、薪やきのことか集めなきゃいけないのに、これじゃあ冬の支度できないよ。なんとかしないと!」 耐えかねた村人達が退治の為にギルドに依頼をしようというのを朱里が止めて、寮長にその人妖の救出を頼んだのだと聞いて、寮生達は押し黙った。 「人妖という存在は、簡単に作れるものではありません。主がその人妖の手を離したというのなら、おそらく最悪の事態になっているということなのでしょう」 おそらく悲しい目にあって、人間不信に陥っているのだろうと寮長は告げた。 だがもし、人妖ということが普通の人間に知られれば捕えられ、さらに辛い目に合うことも考えられる。 「最初に捕縛という言葉を使いましたが、正確に言うなら保護です。その人妖を保護し、陰陽寮まで連れてきて下さい。アヤカシに属する生き物を倒さず、捕える実習です」 「あの子、一人ぼっちで可哀そう。なんとか助けてあげて」 涙ぐむ人妖の願いを開拓者達はそれぞれの思いで見つめていた。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●救いを求めるモノ 寮長は実習であると言った。 アヤカシに属する者を捕える実習であると。 だが、それを実習であるとなど考えた人物は朱雀寮の一年生の中には一人もいなかったようだ。 「寮長さん。その人妖さんを保護したら朱雀寮に連れてきてもいいですか? 実験動物になんかされませんよね?」 そう問うたのはアルネイス(ia6104)で、寮長の返事は勿論、是であったのだが、同じ頃、出発前の寮生達はそれぞれに動き出していた。 「っと〜、伊織ちゃん。ちょーっと記録見せてもらうな〜。よろしく!」 と図書室に来るなり喪越(ia1670)は真剣に資料のページを繰り始めた。 いつものチャラけた姿とは違う彼の横に図書委員長はそっと朱雀寮の卒業生名簿を置いていく。 保健室では薬戸棚の整理をする保健委員長の前に、保健委員二人が静かに膝を付いていた。 「保健委員長。人妖には人の薬草や薬は効果があるのでしょうか?」 「静音さん?」 委員長に問いかける玉櫛・静音(ia0872)の目は真剣で、まっすぐに委員長を見つめている。 「僕達‥‥人妖さんを、これから探しに行くんです。もしかしたら、怪我をしているかもしれない。薬の使用を許可頂けますか?」 瀬崎 静乃(ia4468)の眼差しも同じ色をしている。 傷ついた者を助けたい、癒したいと言う思いが込められているのを感じたのだろうか。 保健委員長は微笑むと、小さな小箱に包帯や止血剤、他にいくつもの薬を入れて二人に手渡した。 「人妖は人と同じように傷薬や治癒符が効きます。助けてあげて下さいね」 「「はい」」 二人は一つの思いでその救急箱を受け取って仲間の元へ戻って行った。 「ねえ? 朱里ちゃん。人妖の好物って何?」 陰陽寮の人妖朱里にそう問うたのは真名(ib1222)である。 「人妖も、人間と同じように好き嫌いや個人の好みがあるからな。色々持ってけ。ほれ、これも、あれも!」 話を聞きつけた調理委員長は真名にいろいろと食材を持たせてくれたが、それを抱えて歩きながら真名は思わず呟いていた。 「一人ぼっち、か‥‥」 その痛みは自分も良く知っている。だから彼女は何かを決意をしたように頷いた。 「人妖というのは瘴気を集めて特殊な形で固定した存在。瘴気を集めることを含め、その製法は難しく、陰陽寮ですら簡単に創り出すことはできません」 『先輩でも?』 「卒業生でも、ですよ。故にその人妖に陰陽師が関連しているかもという意見は正しいと思います。喪越君が今、資料をあたっているらしいですから後で聞いてみるといいでしょう」 はい、と頷いて青嵐(ia0508)は用具委員長を見る。その視線に気づいて彼は青嵐を見つめ返した。 「つまり、君は彼女がそこにいる理由があると、思うのですね」 再び彼ははいと頷いた。 『確証はありません、しかし‥‥私は、彼女の「思い」を保護したいと思うのです』 「人妖は清浄な空気を苦手とします。森ならば大丈夫でしょうが気を付けて行ってきて下さい」 『ありがとうございます。いってきます』 そうして青嵐は仲間達の元へと向かう。頭上に飛んでいくのはアッピン(ib0840)と彼女の駿龍だろうか? 「待つのだ〜〜」 平野 譲治(ia5226)が小金沢 強と共に追っていくのが見える。 「不動、お願いします」 「行くよ。文幾重」 「朔、クリムゾンと先に行ってるわね」 「十六夜。紫乃さんたちを頼みますよ」 そんな声も聞こえる。もう出発した者も多そうだ。 「待っていた。行くぞ」 そう言って促す劫光(ia9510)と彼の人妖に頷き青嵐は愛龍嵐帝へと跨った。 「実際のところ人工か天然かくらいしか人妖と怪の違いはないと思うんですよね。人妖さんが暴走を続けて本当のアヤカシになってしまう前に何とかしてあげたい」 旅立ち前、アッピンはそう仲間に言っていた。 実際に人妖として形を取ったものがアヤカシに変化することがあるかどうかは知らないがあったとしてもそんなことには絶対にさせる訳にはいかない。 寮生達にそう言った人妖の言葉を思い出す。 『あの子、一人ぼっちで可哀そう。なんとか助けてあげて』 寮長は実習だ、と言ったがおそらくこの仕事を授業の為の実習だと思っている者はいないだろう。 いつもと同じ心で依頼に向かう。 助けを求める者がいる。それが、ただ人では無かっただけの話なのだから。 ●考えたこと、考えなかったこと 「旅の男‥‥ですか?」 尾花朔(ib1268)の問いに、村人はそうだ。と静かに頷いた。 祭りの準備に賑わう村。だがその顔には微かな憂いがある。 「少し前だけどな。子供連れた旅の男が森の中に掘っ立て小屋立てて住み着いたんだ。怪しい奴とは思ったけど村を襲うアヤカシとか退治してくれたんでそのまま放っておいた。けど、ある日妙な男達が森に入って行った。そいつらは戻って来なかったが‥‥男も姿を見せなくなった。殺されたんじゃないかって皆で噂しとったよ」 「子供連れとおっしゃいましたね?」 朔の疑問を先取るかのように泉宮 紫乃(ia9951)が問いかける。 「ああ、いつも連れて歩いてた。えらく綺麗な子だったよ。けど男の姿を見なくなってから、子供も見なくなったな」 「‥‥その子供は人妖さんと同じくらいの歳ではありませんでしたか」 「そう言われれば。でも、髪の色が黒かった。それにあんな切羽詰まった顔はしてなかったように思うんだが‥‥」 「と、いうことは可能性があるということですか」 アッピンは息を吐き出した。 髪の色はカツラなどで変えられる。青い髪は目立つから隠していたということは考えられる。 「おっちゃんっ! いいお野菜あるなりかっ!?」 情報収集の仲間の傍ら野菜や食べ物を買う譲治の服の裾を、くいくいと小さな手が引いた。 「ん? なんなりか?」 「‥‥そらちゃん、さがして‥‥」 「そらちゃん?」 子供が(自分より小さな子が)呼ぶ声に譲治はスッと膝を折った。 「そらちゃん、おともだち。ひとりぼっち‥‥さがして」 「ああ、この子はその男の連れてた子と偶に遊んでたからね」 「その子はそらちゃんって、言うんだ?」 横で話を聞いていた俳沢折々(ia0401)が柔らかく問いかけると子供はうん、と頷き返した。 「やさしい‥‥かわいい。ちょっと、なきむし」 「解った。大丈夫。私達はその子を迎えに来たんだ。ちゃんと探して来るよ」 「‥‥おいら達も仲良くしたいから。安心するなりよ」 「ありがとう」 パッと笑顔を見せた子供の頭を撫でて譲治は目くばせをする。 その意味に気付いた寮生達は無言で頷き 「アヤカシについては私達が責任を持ちます」 「ですから任せて下さい」 朔と紫乃は村人達にそう強い口調で告げたのだった。 寮生達の集めた情報を総合すると、森にいるのはかつて陰陽寮にいたこともある陰陽師の人妖であるのではないか、ということであった。 「蒼い髪とそらって愛称からしてな。本当の名前はもちっと違うっぽいが、石鏡出身で人妖連れてこっちに戻ってきた筈の陰陽師にそんな名前を見つけた。今の寮長が入る前っつーからもうだいぶ前の話だ」 陰陽寮で資料を漁った喪越が仲間達に報告する。 「ただ、そいつは結婚して子供までいた筈なんだが、その二人が病気で亡くなってからは行方不明なんだとさ。詳しい事情は分からんが厄介なやつらに追われていたようだってえ話もある」 「噂ですが、人妖を狙う者がいて、それから逃げていたようだとの話もあります」 「と、するとやっぱり‥‥」 言葉を濁し俯く紫乃の背中をそっと真名と朔が優しく撫でた。 「とりあえず、手分けをして探そうか。二人か、三人、四人で組んで周囲から探す。戦闘は‥‥極力しないで説得の方向で‥‥いいんだな?」 『劫光‥‥』 心配そうに自分を見る人妖双樹の頭に手を置いて言った劫光の言葉に異論は出ない。 「よし、じゃあ行こうか。ほ〜ら、行っておいで。かるみも偵察よろしくね」 「あなたには橙音(トヲン)と名づけます。行きなさい」 「瑠璃、無茶はダメよ。慎重に‥‥ね?」 人妖や朋友を放って動き始める仲間達を見送りながら、小さく息をついた劫光を青嵐が小さく笑って声をかける。 『どうしたのです?』 「いや、本来なら軽く攻撃して、牽制して、それから呪縛符かなんかで動きを止めて捕えるのが定番だろ? だけど、なんだかそんな気失せちまったぜ。最初っから攻撃なんてこと、誰の頭にもねえんだからな」 『そうですね』 「ま‥‥そっちのが嫌いじゃねえけどな。感化されたかね」 仲間や、朱雀寮に‥‥。最後の言葉を紡がない代わりにもう一度側の人妖の頭をぽんと撫でて劫光もまた森の中に入って行った。 武器も符も、何も持たずに。 「よろしくね。2人とも。頑張って見つけてあげましょ」 人魂を放った真名はいつも行動を共にする二人に、そう微笑みかけた。 手にはお弁当。人妖と一緒に食べようと用意してきたものであった。 「足元には気を付けて下さいね。荷物を持ちましょうか? これでも、男ですから」 朔の気遣いに少し甘えながら、真名は寂しそうに呟いた。 「一人ぼっち、か。怖いよね、寂しいよね」 「真名さん?」 「あ、今は寂しいなんて思わないのよ。でも、解るの。なんとなく、彼女の気持ち」 「真名さん‥‥」 自分を見つめる優しい目の親友達に真名はどこか寂しげな笑顔を見せた。足元で紫乃の忍犬が心配そうに見つめている。 でも、それは一瞬で消えた。 「だから、教えてあげなくっちゃ。彼女にも、誰かと一緒にいる事の楽しさを、もう一度ね?」 そして笑った彼女の顔はいつも通り。 「そうですね」「私も、そう思います」「ワン!」 頷きあって彼らは森を進んでいった。共に肩を並べあって。 森の中に甲高い(?)声が響く。 『神秘的な森の中でキャッキャウフフするワタクシ‥‥またグッドルッキングガイ達のハートをわしづかみにしてしまいますわね☆』 「誰も見てねえぞ。あんまり大騒ぎすると噂の人妖に攻撃されっぞ。ジュリエット」 声を上げた自分の土偶ゴーレムに肩を竦めると喪越は枯れかけた藪の中を進んでいく。 『そうと決まれば、早速ティータイムですわね♪ モコス、さっさと用意なさい!』 「今の状況を放置したところで誰もハッピーにならねぇし、森の外縁部から少しずつ調べるか」 『‥‥珍しくやる気ですのね?』 自分のペースに取られずスルーした。珍しく真剣な目の主にジュリエットは問い、彼は真剣に答える。 「俺の想像通りなら、弔わねぇといけねぇ魂があるんだ。ま、これも予想通りなら、そこに近づくと攻撃されるんだけど‥‥ン? こいつは‥‥ジュリエット!!」 『キャアアア!』 ジュリエットが声を上げる。その足元から絡み付くような闇がジュリエッタを襲っていたのだ。 「下がれ! ジュリエット。地縛霊の罠だ!」 それを踏みつける様にしてなんとか退いたジュリエットを横に口元を抑えながら喪越は足元をじっと見ていた。 土偶ゴーレムには解るまい。周囲に漂う死臭。 足元に転がる‥‥もの。 「これ‥‥じゃないな。奥か‥‥。行くぞ、ジュリエット」 『あの。ワタクシ、術には弱いのですけれども』 「どうせ俺を盾にするんだろ? 無問題だ。行くぞ」 『ああ、待って〜〜』 森の別方向、上がり始めた声を信じる眼差しで見やって喪越は森の奥、そのさらに奥へと進んでいった。 ●森の中での呼びかけ 最初の襲撃を受けたのは静音、静乃の組であった。 「何かが、動く気配が‥‥」 「玉櫛さん、危ない!」 静乃が静音を押し倒す形で、膝を付いた。 いきなり森の中から現れた影から攻撃が放たれたのだ。 「斬撃符?」 『来ないで! 私は、どこにも行かないの!』 どこらか声が聞こえてくる。 「話を聞いて‥‥私達は敵ではないんです」 静音が呼びかけるが、返ってくる答えは再びの斬撃符。 頭上をすり抜けた威嚇のような攻撃を静乃は見つめると、静音の前に手を出した。 そして、自分自身は一歩前に進み出たのだ。 『来ないでって行ったでしょ!!』 斬撃符の風が静乃の足元や、頭の側、腕の周りに奔る。 「!!」 微かに静乃は顔を顰めたが、それでも一歩、また一歩と前に歩み出ていく。 少し笑みを浮かべ、黙って手を差し伸べる静乃。 そこに 「こっち? ご苦労。かるみ!」「大丈夫なのだ!?」 余所を探していた寮生達も音を聞きつけ集まってくる。 「うわあっ!」「大丈夫?」 『来ないで!!』 集まってきた者達に怯えたのか、止まっていた人妖の攻撃が、また激しさを増した。 「下がれ!」「下がって!」 仲間を庇う様にして攻撃を受けた劫光と静乃の声が重なった。 顔を見合わせる様にした二人。そして劫光はくすりと小さく笑って静乃の背を押した。 「心配してんな、頑丈だけが取り柄だ。これ位なんでもねえよ。それよりも自分で決めた事を為せ」 『待って。話を聞いて』 双樹も声をかける。 静乃がさらに前に進み、集まってきた寮生達も、一切の攻撃のそぶりを見せずその場に立って呼びかけ始めたのだ。 「どうして、そんなに怒っているの! 僕達は何もしない。ただ、お友達になりたいんだ!」 折々は真摯に手を伸ばす。木陰に小さな姿が見える。 『嘘! 私を連れて行こうとしているのでしょ? お師匠様を傷つけた人みたいに! 私が人妖だから!』 自らを傷つけるような言葉を青嵐は人形を動かしながら諌めるように言った。 『ダメですよ。そんなことをしては。自分を、傷つけてはいけません。人を傷つけるたび、貴方も傷つく。人妖でも痛みは同じでしょう?』 『だって、私は人間じゃ無いもの! 私のせいでお師匠様も‥‥みんな、みんな!!』 「そんなことはないよ!」「貴方は何も悪くないのです。」 時折ぶつけられるように放たれる斬撃符。けれどもその場から離れる者はだれ一人いなかった。 「そうなのだ! それに、種族や因果なんて関係ないのだっ! おいらは君に興味があるだけなのだっ!」 「教えていただけませんか? 何があったかを、私に何かできませんか?」 「大丈夫、そんなに恐がらないで」 「あなたを自分のものにしたい訳じゃない。ただ、貴方と友達になりたいんです」 『友‥‥達?』 三度攻撃が止まる。噛みしめるように呟かれた言葉に、一瞬主を見て双樹が頷いた。 『そう。友達。一緒に、生きて、笑いあう人。あなたの事、聞かせて。私の事も聞いて欲しい。友達になりましょう?』 「ここにゃお前の敵はいねえ。いたとしても、俺がいや、俺達が守ってやるよ。お前の‥‥主の分まで」 劫光は視線の先、彼女の背後のさらに向こうに喪越の姿を認め、‥‥言った。 『お師匠‥‥様の分?』 「貴方の主‥‥お師匠様はどこ?」 『‥‥お師匠‥‥様は‥‥』 人妖の声が震える。認めたくないというようなその声と喪越の表情に、寮生達はその結末を理解した。 「そうやってても‥‥戻ってこないの、誰も‥‥ごめんね。酷い事言ってるよね、あたし‥‥。怖かったね。きっと‥‥寂しかったね」 真名は静乃と目を合わせ声を強く訴えた。 「でも、放っておけない。だって、解るもの、ひとりぼっちの寂しさ。それに好きな人がいたなら‥‥きっと今のあなた見たら悲しむわ。だから!」 「一緒に、行こう? ここにいるのは、皆、貴方の仲間よ」 静乃がもう一度強く手を差し伸べる。 かさり、と木々の間の影が揺れた。 「怖かったんですね‥‥大丈夫。もう大丈夫です。さあ‥‥いらっしゃい」 『う、う、うあああああんん!!』 静乃と静音、二人の腕の中に、小さな体が飛び込んでいく。 まるで蒼空のような美しい青い髪が流れる。 美しい顔を伏せて泣きじゃくる少女を、寮生達は泣き止むまで、そっと静かに見守っていた。 ●蒼空色の娘 そして、森の中で奇妙なピクニックが始まった。 「さっき村で買ったばかりの新鮮お野菜でお料理なのだ〜。朔、料理は任せた!」 「はい、任されましたよ」 皆でたき火を囲んで、譲治の持ってきた野菜や魚。 「こっちにも食べるものはいっぱいあるから。あの子、何が好きなのかしら」 真名のお弁当を広げてわいわいと食べている。 「はい。できました‥‥」 『ありがとう。‥‥ごめんなさい』 自分が怪我をさせたのに、怪我の手当てをしてくれた静乃にその人妖はしょんぼりと頭を下げた。 寮生達は彼女に一度たりとも攻撃をしてはいないが、人妖の少女はいくつかの傷を残している。 それは、おそらく彼女の主が死んだ時の襲撃の傷なのだろう。と寮生達は思った。 アッピンの瘴欠片で傷そのものは殆ど治癒している。 さらなる消毒と手当ては静乃の思いやりだ。 「大丈夫。‥‥気にしないで」 静乃は救急箱を閉めかけるが、静音がそれをさりげなく奪い取る。 そして小さく肩を竦め微笑む。 「そうだ。私達もあるの。お弁当。食べて」 「うん」 「こっちも食べるのだ〜。食べ物は皆で食べた方が美味しいのだ〜」 林檎を差し出すジライヤムロン。 そちらに人妖の意識が行ったのを確かめて静音が小さな声で囁いた。 「無茶を‥‥しないでください」 「ありがとう」 周囲は賑やかになってきて、二人の声が聞こえない程。 「帰りに、お祭り見て行こう! 楽しいこと、いっぱい教えてあげるよ」 これも食べて、あれも食べてと寮生達が人妖の世話を焼く中 「そだっ! っと、おいらの名は譲治っ! 姓を平野っ! 名前、貰えないなりかっ!?」 譲治が流れる様にさりげなくそう言った。 瞬間、人妖の動きが止まり、周囲も静まる。口を閉ざした人妖を見つめていた折々がふんわりと笑った。 「そうだね。教えて。貴方の口から。新しいお友達になるんだから、うん、ぜったいここは譲れないよ。森子ちゃん(仮)や青ちゃん(仮称)じゃあんまりでしょ?」 『呼び名ではない、貴方が作り手から頂いた名前を。それは願いであり思い。親の子に対する最初の贈り物であるのですから』 「私達と一緒に陰陽寮に来ませんか? 寮長さんはきっといいようにしてくれますから」 「うん。私達は貴方に、一緒に来てほしい。貴方の作り手もいた陰陽寮に。‥‥私達があなたの居場所になってあげる。寮の先輩達の様に。だから‥‥教えて、貴方の口から」 折々、青嵐、アルネイス。そして真名、皆の柔らかい笑顔と心が人妖の心を包む。 人妖は振り向いた。背後には秋ももう終わりだと言うのに開拓者達が集めた花で埋められている墓がある。 喪越が陰陽師の家で見つけた『彼』は、既に腐敗の色を見せていたが、どこか優しい表情をしていた。 借金の形にと狙われた人妖を、守って『彼』は死んだらしい。 詳しい事情を寮生達は人妖に問い詰めることはしなかった。 ただ、優しく見守る。きっと『彼』が彼女にしてきたように。 喪越や劫光、朔達が弔い作ってくれた墓と花々に彼女は涙する。自分を庇って死んだ主が新たなる道へ進めと誘う笑顔に見えたのかもしれない。 「教えて‥‥くれますか? 貴方の名前を」 再びの紫乃の問いに、人妖は一度だけ瞬きして、墓を見つめると寮生達に向かい、静かに空を仰いで告げた。 「蒼空音(ソラネ)」 その声はまるで蒼空に響く鈴の音のように美しく寮生達の心に響いていった。 それから寮生達は、蒼空音と共に石鏡の大祭を楽しみ、陰陽寮へと戻ってきた。 村人達には詳しい事情まで話はしなかったが、心配していた女の子には蒼空音はちゃんとお礼を言ってきたようだった。 最初に出会った時とは見違える表情の彼女の手を引いて朱雀の門を潜ると 『おかえり〜〜!』 「ご苦労様でした」 寮長と朱里が笑顔で出迎えて。 「‥‥合格、ですね。貴方方に任せて良かった」 寮長がそう褒めてくれた理由が、彼女の様子と表情であることに寮生達は勿論気付いている。 だから彼らは新しい友と一緒に笑顔で告げた。 「ただいま」 と。 |