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■オープニング本文 一二月 早いもので一年の終わりの月を迎えようとしている朱雀寮で、ある一つの事件が起きた。 実習を明日に控えたある二年生が用具準備の為、用具倉庫の奥に足を踏み入れたその時だ。 「うわああっ!」 突然、躓いて転び、小さな壺の置いてある棚をひっくり返してしまったのだ。 ガシャン!! 「どうしたのです?」 大掃除の準備に用具倉庫にいた用具委員長の七松透が駆け寄るが、その生徒はひきつった顔で、あれ、と指を指す。そこには棚に置いてあったいくつかの壺が粉々に壊れていた。 「あれは、実習用の封印壺? でも、だいたいは瘴気が入っているだけですから心配いりませんよ」 申し訳なさそうな顔の二年生を透が慰めるが、ふと、感じた気配に振り返る。 そこには‥‥一匹の小さな赤い鼠がこちらを睨むようにして立っている。 「こいつは!」 透が呪縛符を放とうとするが、それをより一瞬早く鼠は用具倉庫の外へと走り去って逃げてしまった。 「しまった!!」 透が倉庫を飛び出した時には既に、その鼠の姿はどこにも見えなかったのである。 「大掃除? ですか?」 月に一度の委員会活動の日。集められた寮生達は各委員会の委員長に異口同音、そう聞いたという。 「そうです。一二月の委員会活動は年に一度の朱雀寮大掃除となります」 もちろん、朱雀寮の基本的な清掃は職員が行っているし、それぞれの担当箇所は委員会や学年でも掃除しているが、なかでも年に一度の大掃除は大掛かりなものになると保健委員長は答えた。 「冬の季節が訪れて、薬品や備品の減りはかなり激しくなっています。その確認と買い出しをしなくてはなりません。また薬戸棚の整理もして新年に備えたいと思うのです」 薬もすべてが保健室で調合されているわけではないので、それは当然だと保健委員達は思った。 「‥‥天気がいい日を見計らって‥‥本の虫干しをしたいと思うの。‥‥本は湿気ると蟲に食われやすいし、冬になると無理だから‥‥」 幸い、ここ数日は天気が良い。 今のうちにという、委員長の意図に図書委員達も頷く。 もう少し、寒くなってしまったら本を外に出すどころではないだろう。 「調理室は清潔第一、いつも丁寧に掃除はしているが、それでも生ごみなどは傷みやすい。食器も少しずつの汚れが蓄積してきているので皆で一気に綺麗にするぞ! 大掃除を終えた連中に暖かいものも作ってやらないといけないしな」 腕まくりする調理委員長に仕方ないな、と調理委員達も腕を捲ったという。 そんな中、体育委員長と用具委員長は密かに委員達を呼び集めて言った。 「朱雀寮の大掃除をする!」 何を今更と、集められた委員達は思った。 今頃各委員会は大掃除を始めているというのに。 その不審を読み取ったのだろう。体育委員長は声を潜めて言った。 「実は、朱雀寮の中にアヤカシが一匹逃げたんだ。まあ、鼠程度のちっさい奴なんだが、これが素早い。油断をしているとすぐに逃げられてしまう」 「かつてアヤカシ調査に言った先輩の一人が、普通とは違うその鼠に興味を持って捕えてきたものだということでした。赤い外見と普通よりやや俊敏なくらいで、他に変わったことはないと判明し、用具倉庫の中に封印されて忘れられていたものが実は逃げてしまったのです」 用具委員長が補足説明する。 「この朱雀寮から出てはいないと思います。できるなら、他の委員会に見つからないうちに捕えたいと思いますので力を貸して下さい」 それで、大掃除か、と皆は納得する。 体育委員会と用具委員会の合同作戦ということらしかった。 「但し、ここは陰陽寮だ。下手に人魂とか使うと何してるんだと皆に不振がられることになる。だから、なるべく手と頭を使って探してくれ。‥‥まあ、別に見つかったからって何が困るわけでもないから、いざとなれば皆にも知らせるけど‥‥」 「見つけたアヤカシは始末してもらって問題ありません。下手に増えられるのもやっかいですからね」 相手は鼠である。どこに出没するか解らない。何をしでかすかも解らない。 「陰陽寮は広いからな。手分けして探すのもいいだろう。二年生は実習中だから頼りにしてるぞ。ほら。‥‥よろしくな」 「よろしくは、いいんですが何ですか? これ。体育委員長?」 委員長に押し付けられるように渡されたものに委員の一人が首を傾げた。 「勿論、箒と塵取り。探しながらついでに委員会担当箇所の掃除はしとかないとな。寮長に怒られる」 「用具委員会はとりあえず鼠退治が優先ですが、終わったら倉庫の大掃除はしないといけません。だから、急いで片づけてしまいましょう!」 「よし! 行くぞ!!」 寮生達は互いに顔を見合わせながら、それぞれの武器‥‥箒や塵取りという‥‥を持って歩き出した。 |
■参加者一覧 / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / アッピン(ib0840) / ノエル・A・イェーガー(ib0951) / 琉宇(ib1119) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 死神(ib5690) / とある(ib5702) / 空雅(ib5712) |
■リプレイ本文 ●朱雀寮大掃除 晴天! 朱雀寮生達の行いがいいのか悪いのか。 年に一度の朱雀寮の大掃除の日。 空は雲一つない快晴で、空気も12月とは思えない程暖かく絶好の天気となっている。 「絶好のお掃除日和なりね!」 寮の廊下をタッタカと走っていた平野 譲治(ia5226)はそう言って足を止めると眩しげに空を見上げた。 「おっと、急がないと怒られるなりね!」 集合時刻はもう少し過ぎてしまっている。 再び走りだし、足を速めた譲治は程なく集合場所である実践練習場へと到着することができた。 「遅いぞ。譲治」 「そうだよ。譲治君くん。お手伝いの僕が来ているのに君が遅れてどうするの?」 腕組みをした劫光(ia9510)と指を立てた琉宇(ib1119)に諌められ、 「ごめんなのだ。ちょっと寄り道しすぎてしまったなりね!」 譲治は照れたように頭を掻いた。 ちなみに琉宇は譲治の側で掃除の手伝いをするという約束で、今回寮への立ち入りを認められていた。 「っと、さぶろーはどうしたなり?」 本当だったら一番最初に注意を与えたであろう体育委員長西浦三郎の声が聞こえないことに気付いて、譲治は首をきょろきょろ、左右に振った。 「委員長ならほら。用具委員長と作戦の相談中だ」 劫光がくいと指差す先で確かに用具委員長の七松透と彼は地図を広げて何か検討している。 「ああ、鼠退治の相談なりね。でも、どこにいったなりかね〜」 「さてな。朱雀寮は結構広い。鼠なんぞに紛れられたら確かに探すのは大変だろ」 「やっぱ、そうなりよね〜、‥‥一応知らせてきてやっぱり良かったなり」 「ん? なんか言ったか?」 「ううん? なんでもないなりよ」 そうか。頷く劫光の向こうでは今回、合同捜索、基、掃除をする用具委員会の姿も見える。 彼らは既に各委員会に掃除道具などを配布するという一仕事を終えている筈だ。 『少し、やってみましょうか』 なのに方や腕まくりにたすき姿、いつもの人形にも雑巾を持たせ、モップ靴を履かせるという清掃モード。 やる気満々の青嵐(ia0508)と 「あ〜。麗しの副委員長はお留守と来たもんだ。やる気出ね〜〜」 だらり、べったら。地を這うナメクジのごときテンションの喪越(ia1670)の姿が面白いほど対照的だ。 「よーし。皆、集まってくれ」 体育委員長の呼び声に、用具委員と体育委員は集合した。 「これから、皆で手分けして鼠アヤカシを探す。私と透は全体を回る。何かあったらすぐ駆けつけるから」 「確かに、皆、バラけた方がいいだろう。出来ればペアで見つけたら見張りと報告に分かれるというように」 劫光の提案にそれ採用と頷いて三郎は、改めて指示を出した。 「譲治とその友達は図書室、劫光には人妖がいるな? だから二人で調理室、それから喪越と青嵐は保健室の方を担当してくれ。他は‥‥」 委員長達の指示に委員達はそれぞれ頷いた。 相変わらずやる気なさげなのは喪越だけであるが、そんな様子を見ていた透はその側に立つと独り言のように囁く。 「白雪達二年生が戻ってきたころ、もう掃除が終わっていたりしたら、きっと喜ぶことでしょう。そして、ひときわ頑張った人とかがいればきっと、感心するのではないですかね〜」 ぴくっ! 喪越の身体が跳ね上がるように立ち上がった。 「そうか、直接的な接触は妨害される恐れあり‥‥間接的に好感度を上げる方が確実ってか。よ〜し、テンション上がってきた。俺に任せとけ、ワハハハハ」 手に持った箒はさっきまで杖替わりであったが今は、棒術の棒のようにくるくる踊る。 『お見事です』 ぱちぱちと手を叩く人形と青嵐にくすと小さく笑って透は肩を上げた。 「いえいえ。彼は私の言葉などに踊ってくれる程小さな器ではありませんよ。でも、とりあえずやる気になってくれたのなら良いことです。私と三郎は全体を回ります。皆さんは担当箇所を手分けして。よろしくお願いします」 『解りました』 もう仲間達は各委員会に分かれて動き始めているだろう。 手に握り締めた武器は箒とハタキ、塵取り。そしてトリモチと陰陽符。 かくして陰陽寮の大掃除が始まる。 普通のそれとは少し異なる陰陽寮朱雀の大掃除が‥‥。 ●調理委員会と鼠 食堂の台所は衛生には特に気を配っている。 常に委員会や食堂の料理長、他にも職員などが日々掃除はしているのだが 「それでも、けっこう埃とかは溜まってるのね〜。鍋とかも曇ってるし」 真名(ib1222)はそう言って棚の中に並ぶ鍋や包丁を取り出してテーブルの上に並べた。 「そうですね。今年の汚れは今年のうちに全て落してしまわないと」 微笑する尾花朔(ib1268)に頷いて真名は服の腕を高く捲った。 「男はとりあえず外で食糧倉庫の整理と食材の確認だ。力仕事だからな。女は中で拭き掃除や鍋磨き。昼までに一度区切りを付けなきゃならないからしっかり頼むぞ」 調理委員長、黒木三太夫が委員達に指示を与える。 「よーし、要領よくてきぱきやってちゃっちゃと終わらせよ。蒼空音ちゃんも手伝ってね〜」 「は‥‥はい。よろしく、お願いします」 「そんなに緊張するな。おい。真名に朔。今日はこいつのことは頼んだぞ」 どこか緊張の面持ちの人妖蒼空音の背中を豪快に笑って調理委員長はぽん! と叩いて押しやる。 「元気そうですね」 「はい。皆さんの‥‥おかげです」 先日の依頼で保護した人妖を一年生達はとても気にしたのでこの再会をとても嬉しく思っていた。 今、三年生預かりになっているという彼女は、最初に出会った時とは比べ物にならない幸せそうな笑みを頬に浮かべている。 よかった。 二人は心からそう思っていた。 「では、掃除に入りましょうか。私は外の委員長のお手伝いをして食糧倉庫などの整理をしてきます。真名さんと蒼空音さんは中の方をお願いしますね」 「了解!」 真名の返事に朔は微笑むと 「ああ、それから鼠には注意して下さい」 思い出したように告げた。 「鼠?」 「さっき、譲治君が来たときはお二人は席を外していたでしょう? なんでも用具委員会から鼠アヤカシが逃げたとか。ここは食堂ですからね。来る可能性もあるでしょう。気を付けて下さい」 「鼠のアヤカシ?」 「外の区切りが付いたらトリモチでも貰ってこようかと思っています。食糧など食べられては困りますからね。では」 そう言って朔は彼を呼ぶ委員長の元へ行ってしまった。 「鼠かあ〜。調理室は一番お世話になる上に一番汚れ厳禁な場所だもの。虫とかネズミなんて出たら即座に燃やしたくなるわ」 仕事をはじめながらため息をつくように言った真名に蒼空音は笑んだが、何故かその笑みが凍りついたように動かなくなった。 「なに? どうしたの? 蒼空音ちゃ‥‥!」 振り返った真名は蒼空音が驚いたモノを見る。つまり、テーブルの上に堂々と鎮座する鼠の姿を。 「キャアア! 鼠!!」 決して怖い等の理由で上げたわけでは無いだろうが、真名は悲鳴を上げた。 その悲鳴と重なるようにガラガラと響くのは鍋などがテーブルから落ちる音。 鼠はそれらを蹴り飛ばして外へと逃げていったのだった。 ちなみに外では 「なんでこんなことに?」 「すまんな。助かる!」 劫光が調理委員会の棚出しと修理を手伝わされていた。 もちろん、劫光は鼠探しに来たのだが 「朔、こっちに変なのが来なかった‥‥」 はっきりと鼠、と言えず戸惑っていたところ 「あ、劫光さん丁度良いところに、棚がゆるんでまして、手伝って貰えませんか?」 朔のペースに巻き込まれ、いつの間にか手伝う羽目になっていた。 ちなみに双樹も調理委員長と材料の確認作業中だ。 「あのな。朔、俺は‥‥」 「鼠アヤカシの件なら聞いていますよ。後でトリモチを借りに行きます」 すっかり朔のペースである。劫光は大きくため息をついてから素直に手伝いを始めた。 ふと、周囲に人がいないのを確認して気になっていたことを問う。 「お前、紫乃と真名についてどう思ってるんだ?」 「どう、と言われても。私にとって朱雀寮の皆さん大切ですよ?」 劫光は多少なりとも覚悟をして聞いたのだが、朔はけろり、当たり前というように答えた。 それは、もちろん劫光の望んでいた答え、ではない。 「朔‥‥」 「ただ、‥‥そうですね、中でも特別、でしょうか。あのお二人は‥‥」 問い詰めかけた劫光は朔の返事を、黙って聞いた。 彼の笑顔は大事なものを抱きしめるかのように優しい。 「お前‥‥」 それがかえって不安にも不満にも思って劫光はさらに何かを言おうとしたのだが、彼が発するはずだった言葉は 「キャアア! 鼠!!」 調理室の悲鳴に遮られた。 悲鳴を聞きつけた寮生達が部屋に飛び込んだ時には、もう鼠の姿は赤い残像を残すのみ。 「真名。鼠はどこに行った?」 「向こう! 図書室の方」 「解った。朔。話は後だ。双樹行くぞ!」 「劫光さん。これを!」 「ん? ああ、ありがとな!」 朔は投げたものを片手で受け取って駆け出して行った劫光をくすり、笑って見送る。 「どうしたの?」 「なんでもありませんよ?」 首を傾げた真名に朔は楽しげで、嬉しげな笑みで答えたのであった。 ●図書委員会と鼠 「今日は風もなくていい感じだね。うん、絶好の虫干し日和かな」 外に並べられた机の上。抱えてきた本をゆっくりと置いて俳沢折々(ia0401)は空を見上げた。 「‥‥本当は、夏の少し前が‥‥虫干しに一番いいの。でも、最近‥‥本の紙魚が多くなってきてるから。‥‥その茣蓙は木の陰に‥‥運んで」 「あら? 直射日光に当てるのではなくて?」 図書委員長源 伊織の言葉にアッピン(ib0840)は書見台を手に持ったまま首を傾げた。 「‥‥夏程じゃなないけど、‥‥太陽の直射日光は本の大敵‥‥。だから‥‥紙魚の酷いもの以外は、陰干し‥‥ね」 「着物の虫干しはよくやってるけど、本の虫干しも面白いねえ。綺麗に並んでまるで、手を繋いでるみたいだ」 くすくすと笑いながら折々は手際よく、本を並べていく。 「虫干しが終わったら‥‥、今度は図書館の掃除‥‥」 「はーい。そっか、本棚の中なんて本が入ってるときはできないもんね〜」 「ん〜。天儀の冬は湿気が多いんですかね〜」 「雪や雨で天気が悪い日も多い‥‥から。図書室は‥‥乾燥させるのに‥‥暖房、焚かれるけど、そうすると今度は乾燥しすぎて‥‥紙が痛む‥‥の。だから、そのバランスが‥‥大変」 図書委員達はそんな話をしながらも掃除の手は止めない。てきぱきと室内の掃き掃除、拭き掃除を済ませていく。 「‥‥水を使う掃除は‥‥先、ね。せっかく、乾かした本に、湿気うつらないように‥‥」 委員長はその中でひときわ小さな体でくるくると、働いている。 変わりやすい天気の事を考えるとそんなにのんびりもしていられないからだ。 それに‥‥。 「ああ、そうだ!」 思い出したように折々は本棚を拭く手を止めた。 「委員長。実はさっき体育委員会の同級生が教えてくれたんですけど‥‥」 「? なに?」 委員長に折々が話し始めようとするより早く。 「ちょっと、見て。あれ!」 アッピンが外を指差した。木陰の本の真ん前に小さな、赤い影が見える。 「あれがそう?」 「多分、そうみたい。ほら、あっちから譲治君達が追っかけてく‥‥わあっ!」 一年生二人の会話に首を傾げる委員長の眼前、木陰からほぼ直角に鼠は開いていた窓から図書室内に入り込んでしまった。 「!!! な、何?」 「ごめんなり! さっき言ったアヤカシ鼠が逃げたなりよ! やっと見つけたのに、どこに逃げ込んだなりか〜」 呆然と立ちつくす図書委員長の前に、鼠と同じコースを辿って譲治が飛び込み頭を下げる。 「ね、ねずみ?」 その頃にはアッピンと折々も、他の委員達も図書室内をあちらこちら探し始めていた。 「いた!! あっち!」 気が付けば本棚の一際高いところに、小さな赤い姿が見える。 「伊織いいんちょはネズミ嫌いじゃないですよね? 出ておいで。眼突鴉」 アッピンが式を発動させる、のとほぼ同時、伊織の手からシュン! 風を切る音と斬撃符が飛んだ。 『チュウ!!』 「いいんちょ?」 気が付けば伊織の目が怒りに震えている。 「図書室に、鼠。許さない!!」 尻尾の先がふいと切り落され、鼠はくるりと背を向けて書棚から飛び降りてしまう。 「行きなさい!」 眼突鴉も後を追うが、鼠は図書室の床を走り回るとまた外に出て行ってしまう。 「ルー! そっちに行ったなり! 劫光! 罠の所に誘導するなりよ。‥‥お騒がせしてごめんなのだ。この借りは後で体育委員長が必ず!」 ひらりと窓を乗り越える譲治。だが、その後を伊織も飛び出さんばかりに走り出す。 「このおお!! 鼠待てええ!!」 「ちょっと、委員長落ち着いて。鼠、もう行ったから!」 折々やアッピンらに押さえられ、抑えられてやっと落ち着いた委員長は、こてんと意識を失ってしまう。 「あ〜。うちの委員長見かけによらず気が短いのかも。子供みたいだねえ〜。あ、実際子供なのか。疲れたのかもしれないね」 「本の虫除けついでに気持ちが落ち着くハーブとか保健委員会から貰ってきましょうか?」 「そうだね。掃除のめどが付いたら。行こうか」 くうくうと静かな寝息を立てる図書委員長に、手近いところにあった毛布を掛けて折々は仲間達と静かに掃除を再開したのだった。 ●保健委員会と鼠 陰陽寮の端にある薬草園は、それほど規模の大きいものではない。 ただ、歴代の保健委員の手によって丁寧に手入れされているのだと聞いた。 「ふう〜。これで終わりでしょうか?」 泉宮 紫乃(ia9951)は曲げていた腰を伸ばして大きく伸びをした。 秋の薬草の残りを取り除き、土を丁寧に整える。 春に向けての種を蒔いたり、お礼肥えを土に入れたり。 晴天に助けられたが思っていたよりも大変な冬の農作業。 だが紫乃は仲間の寮生達とこれに取り組み、今丁寧にやり終えたところであった。 「畑の薬草さん達もお疲れ様。また来年もよろしくお願いしますね」 苗の一本をそっと撫でると紫乃は畑の端に置いていた籠を手に取った。 「皆さん、保健室に戻ってお茶にしましょう。マフィンを持ってきたんですよ。柚子の蜂蜜漬け入りです」 紫乃の言葉にわあ、と歓声のような声が上がった。 「柚子茶とかが合うかもしれませんね。皆で食べま‥‥ん?」 紫乃の首が微かに傾げられた。籠の中が何か動いてい‥‥る? 「な‥‥に?」 そっと籠にかけてあった布を取る。そこにはいつの間に入り込んでいたのか赤い鼠が‥‥ 「キャアアア!!」 目があった瞬間、紫乃は籠を取り落した。 その隙に鼠は飛び降り走り抜けていく。 「あ、保健室の方に行った」 「紫乃さん、大丈夫ですか?」 「ごめんなさい。大丈夫です。でも‥‥マフィンが‥‥」 紫乃はおそるおそる籠の中を確認する。籠の中からはふんわりと柚子の香り。 だが中に入っていたマフィンは、食い荒らされたばかりではないようだがぐちゃくちゃに噛み砕かれ、食べられる状態ではなくなっていた。 「そんな‥‥」 「紫乃さん!」 しょんぼりと落ち込む紫乃に保健委員達が駆け寄るが、大丈夫です。そう言って紫乃は顔を上げた。 「落ち込んでばかりはいられません。鼠は保健室に向かったんですね。急いで連絡しなくては。そして捕獲です! 行きましょう」 紫乃は籠を持って走り出した。 鼠の後を追いかけて。 「一年の締めくくり‥‥、もうそんな時期なのですね。いろいろなことがあったものです」 「うん。なんか、あっという間‥‥。あ、静音さん。そこは水拭きしちゃダメ。湿気は薬草戸棚に大敵だから。乾拭きで丁寧にね」 ほんわりと空を見上げる、玉櫛・静音(ia0872)に瀬崎 静乃(ia4468)は、やはりほんわりとけれど、しっかり掃除の仕方を指示する。 「終わったら、今度は洗濯に行こう」 「ええ」 布がいっぱい乗せられた桶を抱えて静音は頷いた。 「今まで掃除は家の者がやってくれていたので、よく手順が解らないのですが‥‥」 躊躇い口調で言った静音に保健委員長は優しく笑ってこう言った。 「解らなければ覚えればいいのよ。やる気はあるみたいだから問題なし。静乃さん。一緒について教えてあげて」 それで二人はペアを組んで仕事に当たることになったのだ。 薬草園は紫乃に任せて布団を日干しし、包帯や、三角巾、カバーやカーテンなども洗濯をする。 水は少し冷たいが、力を入れて洗うと汚れた水が桶に浮き出てくる。 「清潔にしているようで、汚れはやはり溜まっていくのですね」 「一年間一生懸命仕事をしてくれたということ‥‥」 「はい。感謝の気持ちを込めて綺麗にしたいですね。お疲れ様‥‥またよろしくお願いしますね」 洗濯を一通り終えて保健室に戻ろうとする二人の前に、タカタカと走る音が聞こえた。 「ノエルさん。どうしたんです?」 「ああ、お二人とも。用具室から鼠が逃げたんだそうなんです。こっちに来るかもしれないとのことなので、トリモチや罠を用具室から借りてきました」 ノエル・A・イェーガー(ib0951)は抱えた箱を指し示す。 「相当、素早い相手みたいです。鼠が通りそうな所に仕掛けるのがいいでしょうか?」 「地縛霊も、追加しておく? もちろん、人が通りにくいところに」 静乃とノエルの連携作戦を聞きながら静音ははあ、と息を吐き出した。 「何やら騒がしい気がしたのは、そういうことですか。戻ったら傷薬とかの準備もしておいた方が良さそうですね。‥‥本当に騒ぎに事欠かない所です」 だが、彼女の頬にも浮かぶのは笑みである。 少女達は楽しげな笑い顔と共に保健室へと戻って行った。 その頃、保健室。 「その鼠。アヤカシでしょう? まったく。三郎も透も素直に知らせればいいのに、変な見栄はって」 トリモチ罠設置作業中の用具委員一年生達に保健委員長 綾森 桜は呆れたようにため息を吐き出した。譲治が知らせてくれたので、極秘の筈の鼠捜索は、もう各委員長に知れていた。 「まあまあ、委員長達にも一応オトコのプライドってのが多分あってだねえ〜。それにアヤカシっていうと殺伐としちゃうだろう? 愛が無いのはいけねえよ」 『喪越さん。作業の手が止まってますよ。気が散ると余計に散らかるから気をつけて下さい』 「はいはいっと〜」 一年生達は肩を竦めあいながら、アヤカシ鼠確保のための罠を仕掛ける。 「できれば、保健室での大捕り物は避けてほしいんだけど」 『調理室では逃げられて、図書室も経由してきたようなので、こちらに来る可能性は十分ありますから』 「外でジョージの友達が怪の遠吠え歌ってる。奴はかくれんぼが好きみたいだから建物の中に来るんじゃないか‥‥って、しっ!」 喪越が珍しく真剣な顔で唇に指を立てた。 何かの気配が、それも小さなモノの足音が外から近づいてくる。 「来た!」 窓から周囲をうかがう様に入ってきたのは赤い鼠である。 普通の鼠ではありえない気配。だが、実体はあるようだ。トリモチの罠が効くだろう。 そっと、静かにその動きを観察する。青嵐は呪縛符を放とうと式を練り始めた。瞬間 『あっ!』 いくつもの足音が近づいてきた。 「ただ今、戻りました‥‥ってキャア!」 「しまった!」 アヤカシ鼠は床を蹴ると入ってきた少女達、特にノエルの足元を蹴りあがった。 と、同時青嵐の呪縛符が鼠を空中で捕えその動きを封じる。 結果、行き場を無くしたジャンプは少女達を乗り越えることができず、その身体はノエルの手に持つ箱へと落ちる。 敵の気配を察して逃げるつもりだったのかもしれないが、鼠にとってそれは最悪の選択であったようだ。 ガサガサ、ドサドサ。そして‥‥。 『音がしなくなりましたね。ノエルさん。その箱の中、見せて下さい』 「あ、はい‥‥」 ノエルが箱の中を逆さまに振り落した。 中には、トリモチを全身に絡めた鼠がいる。 その赤い身体をさらに赤くしてチュウーチュウーと何かを訴えているようだが、何を言っているかは解らない。 「あ〜。意外にドジっ子だなお前さん」 喪越は笑いながらピンとその小さな頭を指で弾いた。 『まったくですね。あれだけ素早く逃げ回っておきながら最後は、自分から罠に飛び込んでいくとは』 「あ〜。見つけたなりか。よかったのだ〜」 「こっちに誘い込めた? なら、良かった」 「おー、ベタベタだな。もう逃げられないとは思うが、念のために呪縛符をかけとくか」 鼠の気配を察知して集まってきた体育委員達もホッと安堵を浮かべたのだった。 完全に動きが止まった鼠を、劫光は持ってきたごみ袋にぽいと投げ入れて入口を縛った。 そして保健委員達に礼を言って部屋を辞する。 「そいつは、どうなんのかねえ〜?」 委員長達に引き渡す、と袋を肩に担いだ劫光は喪越の言葉にさてね、と肩を竦めた。 アヤカシの末路は多分、決まっている。 「個人的にゃ無用の殺生はしたくないんで、無害なようなら『森へお帰り』でも良い気はするんだけど」 「とはいえ、アヤカシだからな。集団で人を襲うような真似をする可能性もある」 「だよなあ〜。あ〜、一年の最後になんだか後味わりーなあ」 珍しくもしんみりと肩を落とす喪越。だが 『おや、二年生が実習から戻って来たようですよ』 瞬時に彼の意識は浮上する。 「副委員長〜お疲れ〜〜。大掃除終わったぜ〜。俺は大活躍してだなあ〜」 「白雪に近づくな!」 相も変わらないいつもの朱雀寮の光景。 それを笑い、見つめる寮生の背で小さなアヤカシが一度だけ、かさりと音を立てた。 ●大掃除の後で 委員会活動の後は、おおむね食堂での大騒ぎになる。 芸がないと思われるかもしれないが、特に今回は一日、一生懸命大掃除をした結果、全員の身体がすっかり冷えてしまった。 暖かいもので暖まりたいと思うのは心情で、それにはやはり食堂が一番だったのである。 「‥‥ごめんなさい。‥‥一番大事なところで、寝ちゃった‥‥」 「なんてことないよ。そうだ。委員長。本の虫除けにハーブ使ってみようと思うんだけどいいかな? 本に匂いつくのまずい?」 「保健委員にいろいろ意見を貰ったんです。月桂樹とかどうでしょうか?」 「薬草は傷を治すだけじゃないんですね。いろいろな使い方ができるとは勉強になります」 「足りない薬種をメモしておきました。今日は買い出しまでできなかったですけど」 「今度、一緒に買い出しもしてみましょうか?」 「‥‥手が、ちょっと冷たい」 「水仕事でしたからね。はい、柚子入りマフィンと柚子茶どうぞ。作り直したんです」 「こっちもどうぞ。ハニージンジャーミルクティ」 「粕汁もあります。あったまりますよ」 「粕汁を貰うか。うん、美味いな」 「ホント朱雀寮のお料理は美味しいからまた来たくなっちゃうよ。あれ譲治くんは?」 「まだ、外じゃねえか? なあ? 副委員長。今度二人でゆっくりお茶でも‥‥。こら、止めろ! 二年生!」 『相変わらず懲りない方ですね。ああ、でも美味しいです。暖まりますね』 賑やかな食堂の外、三年の委員長二人は空になったゴミ袋を持ってその声を静かに聞いていた。 「今回はうちの不手際で、すみませんね」 「いや、頑張ってくれたのは一年だから。まあ、かえって楽しんだんじゃないか?」 そう言って三郎は透にゴミ袋をほいと投げた。 「先に行っててくれ」 「? 貴方は?」 「頑張ってるやつを迎えに行ってから行く」 そういうと体育委員長は、薄暗くなった実習室。 その裏手をひょいと覗き込んだ。 「感謝感謝っと」 木目を一生懸命磨く子供が一人。 「よう。そろそろ上がらないか?」 「あ、さぶろー。もうそんな時間なりか?」 冷え切った手にはあ、と息を吐きかけて譲治は雑巾と桶を持って立ち上がった。 「こんなところ誰も見ないだろ」 「見えるところは皆がやってくれるなり。皆でやった廊下の雑巾がけリレーも面白かったけど、こういうところも掃除すると、きっと建物も喜ぶなり。奴さん方も綺麗が一番なりよっ」 「そうか。偉いな。譲治は」 「わっ!」 くしゃぐしゃ。三郎は大きな手で譲治の頭を撫でた。 「ただ、おしゃべりは頂けないな。そのせいで私は後で連中に借りを返さないと」 「あは。ごめんなのだ」 「ま、そのおかげで早く事が済んだしな。さあ、早く戻るぞ。食堂で三太夫達があったかいものを用意してくれてる筈だ。走って行こう」 「了解なり。まけないぜよ〜??」 譲治の冷えた手が大きな手に包まれる。 そして、強く引かれた。競争かと思ったのに。 大きな手と大きな背中。 まだ届かないけど、いつも自分達を見守り導いてくれる。 なんだか、まだ何も飲んでも食べてもいないのに走り出したせいか。 譲治の胸は不思議な暖かさを感じていた。 かくして朱雀寮大掃除は終わる。 だが、朱雀寮の一年はまだ終わってはいなかった。 |