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■オープニング本文 「まっぴらごめんよ!」 その日、朝一番にギルド訪れたのは、色黒で痩せて背の高い、やたら威勢のいい老婆であった。 「ああ、そこのあんたでいいや、ひとつ頼まれておくれ!」 大股にずかずか進み、ちょうど依頼書を掲示していた職員を適当に指名する。 彼女の名は、おきん。家賃収入でつつましく暮らす温厚篤実な人情大家と自己紹介したその口で、ごうつくばりの因業大家とも呼ばれてるがね、と妙に得意げに付け加える。 「ええと、そうしましたら賃貸関係のいざこざか何かで――?」 「それッくらいなら、うちの若い者がどうにかするさ。手に負えないから来たんだよ!」 話は、こうだ。 おきん所有の住宅のうちに、街外れの一軒家がある。ごく小さな家だが、そこそこの賃料と身ひとつですぐに生活できる家具調度付きとあって、常に空き待ちの人気物件だ。従って、一定期間を越えて店賃を滞納した場合、問答無用で立ち退く決まりとなっていた。 そして昨日――只今の借り手からの入金が途絶え、おきんは部下を派遣した。在宅ならば最後の督促を、不在であれば私物を放り出して次の店子を迎えるためだ。近頃は居直って暴れる輩もいるので、腕自慢の強面を遣る。 その強面が傷だらけの恐慌状態で担ぎ込まれたのは、夜も更けてからのことだ。 「いくら声をかけても返事がないんで上がってみたら、棘の生えたばかでかい蔓草みたいなのが床やら壁やらぶち破って襲ってきたってんだよ」 どうやら植物型のアヤカシが出現したらしい。強面氏が逃げのびたのは不幸中の幸いだが、不運な借り主はおそらく―― 「でさ、アヤカシ退治はもちろんだが、あたしの護衛も頼みたいと思ってね」 「え‥‥貴女も同行されるのですか?」 「あッたりまえだろ!? 大家といえば親も同然、店子といやぁ子も同然。万が一いけなくなっていたなら、身内に形見のひとつも送ってやりたいし」 「はあ‥‥」 「滞納分も肩代わりしてもらわにゃならんし」 ちょっとホロリとした数秒前の自分の頭をはたきたい衝動に駆られる職員をよそに、 「じゃ、頼んだよ!」 これから店賃の取り立てに回るのだと言わずもがなのことを言い、おきん婆さんは現れたとき同様、勢いよく去っていった。 |
■参加者一覧
篠田 紅雪(ia0704)
21歳・女・サ
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
ノルティア(ib0983)
10歳・女・騎
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
セゴビア(ib3205)
19歳・女・騎
詠斗(ib3208)
17歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●おきん婆さん 開拓者達は、待ち合わせ場所でおきんを待っていた。 「家になるべく被害を出さずにアヤカシ退治、となりますと、アヤカシの動きを封じてから慎重に退治していく形になるんでしょうか」 朽葉・生(ib2229)が思案顔で言った。 「壊し、て。良い‥‥なら、いくらか。楽。なんだけど‥‥ね」 ノルティア(ib0983)は腰の刀を見やる。これなら家を壊すリスクが下がるだろう、と選んだ物だ。 「見た目は綺麗なのか気味が悪いのか‥‥」 植物型アヤカシの姿が気になっているのは詠斗(ib3208)だ。 「どちらにせよ、そんなものに突然襲われたんだから被害者は災難だったわね」 「できれば助けてあげたいところだけど‥‥それも難しそうだね。とりあえずアヤカシの退治に全力を傾けよう」 新咲 香澄(ia6036)の言葉に、「だよね!」とセゴビア(ib3205)が元気よく同意した。 「私達だって寝ているときにそんなことが起きたらただじゃ済まない。ここはきっちり倒して厄払いと行くよ!」 そう意気込む彼女、本日はアヤカシの棘に備えて重ね着をしている。 「植物の手入れをするときには厚着をしなさいって言われた記憶が‥‥」 説明しながらも、普段が軽装なだけに汗ばむ季節には少々辛そうだ。 「むう‥‥ちょっと暑いかも」 思わず本音が漏れたところで、老婆にしてはきびきびした足どりで、おきんが現れた。 「待たせたね!」 場に微かな緊張が走ったのは、受付係から依頼人の言動を聞いていたからだ。 「本日は誠心誠意つとめますので、どうぞご安心くださいね」 乱暴者と思われたらちょっとしたことでも弁償させられるかもしれない、と警戒し、セゴビアはいつもよりおとなしめに挨拶する。 「アヤカシを排除するのは任せてください。相手が相手ですので、少々家に傷など付くこともあると思いますが、極力被害は最小限に留めるように努力します」 香澄もまた、『因業大家』を刺激しないよう、言葉を選ぶ。 「最低限、に。‥‥被害。押さえられる、よう。頑張る、から」 と口添えするノルティアの傍らで、篠田 紅雪(ia0704)も静かに頷いた。生、詠斗も同様だ。 おきんは面食らったように皆の顔を眺め回した後、盛大に鼻を鳴らした。 「ふん、先手を取られたね。そう下手に出られちゃ、うるさいことも言えなくなっちまわぁな! ま、あっちこっち穴ぼこだらけなのはあたしも承知してるしね。炎上、全壊さえ避けてもらえりゃ、あとはいいようにやっとくれ」 ●貸家の怪 アヤカシが巣食っている、との予備知識があるせいだろうか―― ぽつんと建つ小さな一軒家は、遠目にもどこか不吉なたたずまいである。 近づけばなお不気味さは増し、開け放たれたままの戸口が怪物のあぎとの如くぽかりと黒い。 「ぞっとしないねえ‥‥こんな家じゃなかった筈だよ」 吐き捨てるおきんの声は、些か震えている。 無理もなかろう、と紅雪は胸の内で呟いた。アヤカシがいると承知で同行を申し出るなど、なかなかに度胸のある家主殿ではあるが、一般人では敵し得ないからこそ、その退治は開拓者が担うのだ。 「‥‥ん、と。これ以上、近づく‥‥と。お婆さんの。命、も。危ない、から。ここ、で。待ってて‥‥欲しい」 「ふん。まあ、餅は餅屋だしね」 ノルティアの心遣いは渡りに船だったようだ。いざとなったら勝手に逃げるからね、と憎まれ口を叩くおきんは、明らかにほっとしていた。開拓者側にとっても、彼女が戦いの場から離れていてくれた方が安心して動ける。ここまでの道々、アヤカシについては依頼書以上の情報は得られなかったものの、屋内の詳細は詠斗が聞き出してくれており、調度の類いまで全員の頭に入っていた。 「じゃ、やっつけたら教えておくれ。‥‥さっさと片づけとくれよ!」 依頼人なりの激励を背に、一同はアヤカシのねぐらと化した貸家に踏み込んだ。 よどんだ空気は、不快な青臭さを帯びていた。 広さ、というより狭さを考慮しつつ紅雪、ノルティア、セゴビアの後を香澄、生、詠斗が続く。土間と手前の座敷を隔てる障子は粉砕されており、卓袱台は足が折れて傾ぎ、ひっくり返った茶箪笥のまわりに割れた皿小鉢が散らばっている。借り主らしき姿はない。寝間に使われていたという奥の座敷との境の襖は、内側から力がかかったのか歪んで膨らんでいた。 「ん、結構。壊れてる‥‥。足元。気を、つけて」 ノルティアの指摘どおり、壁や畳のあちこちに大きな穴が開いていた。そして―― 「‥‥気持ち悪いわね」 詠斗の感想に異論を挟む者はいなかった。薄暗い室内のそこかしこ、壁から床からだらりと伸びる、暗緑と赤黒まだらの棘つき蔓草は、どう贔屓目に見ても綺麗とは言い難い。長さは様々だがどれも草と称するのもおこがましい太さ、『獲物』の接近を感じて動き出す様は鎌首をもたげる蛇にも似て、植物にあるまじき嫌らしさだ。 「まずは、あれを片付けるのが先だ」 淡々とした口調で紅雪が刀を抜き放つ。ノルティア、セゴビアも得物を構えた。 「では、参りましょう」 生、詠斗がフローズの詠唱に入る。火気は厳禁、ゆえに冷却と斬撃を組み合わせての連携攻撃だ。そうやって『剪定』しつつアヤカシの行動範囲を狭めて本体に近づく、というのが戦いの方針であった。 「今のうちに始末をお願いします!」 生の放った術に長大な蔓の一部が凍りつき、得たりと両断した前衛によって土間に蹴転がされる。切り落とした部分をできる限り排除するというのは、生の提案だった。本体から離れればいずれ消滅するとはいえ、これ以上足場を悪くしたくない。 「決めたわよ!」 新たな穴を穿ち突出する蔓を冷気で鈍らせ、詠斗が前衛に声をかける。 「アヤカシ、相手‥‥に、問答は。無用」 棘の攻撃を盾で受け流し、ノルティアは一気に詰め寄り刀を振り下ろす。 やたら太い部分を鉞で断ち割っていたセゴビアは、フローズをかけ続ける後衛に這い寄る蔓に気づき、小柄な身を翻した。 「甘ーい! ただで済むと思うなっ!」 ざぐ、と鈍い手応えと共に、アヤカシ植物が寸断される。 「こちらだ、化生め‥‥!」 目前の敵を屠った紅雪は、直感とともに振り返りざま咆哮した。 天井近くで仲間を狙っていた複数の蔓が、目標を彼女に変えてうねりながら迫る。 「‥‥く」 一閃、二閃と散らした最後、剥き出しの手の甲を棘が抉った。ほんのかすり傷なのに派手に血がしぶき、一瞬、目が眩む。血は、滴り落ちることなくしなる蔓に吸い込まれた。 「気をつけろ、こ奴ら、血を吸う!」 警告しざま、渾身の力で蔓を斬る。倒すべき相手に力を分けてやるほどお人好しではない。 一方、香澄は仲間とは別方向から攻めていた。 「燃やしてしまいたいところだけど、家にも被害でちゃうかもだからね。ここは斬撃符でざくっと切り落としちゃうよ〜!」 カマイタチに似た式が蔓を切り刻む。斬撃符を繰り返す彼女の向かうところ、細切れの嵐が発生した。もちろん、のたうつ大きめの欠片は脇へ蹴飛ばす。 新手が出なくなったことを確かめ、紅雪は歪んで開かなくなった襖を切り払った。 すぐさま襲いくる棘つきの蔓を、再び響く詠唱を背に、紅雪が、ノルティアが、セゴビアが斬る。 横倒しの箪笥や乱れた寝具の向こう、撥ね上げられ折り重なる畳と破られた床板から、最も太い蔓が伸びていた。 やがて―― 『剪定』を終えた開拓者達は、床の大穴を囲んでいた。 「ほんと、気持ち悪いわね‥‥」 床下を覗き込み、たちのぼる異臭に鼻にしわを寄せて、詠斗が皆の気持ちを代弁する。 もはや何物をも捕らえることのできぬ短い蔓をいたずらに揺らめかせ、食虫植物の袋めいたアヤカシが泥の上で蠢いていた。複数体が癒着したものか、暗緑と赤黒まだらの巨大な袋は多方向に広がっている。 冷却呪文をまともにくらい、びっしりと霜を張りつかせたアヤカシは完全に動きを止めた。とどめを刺すべく紅雪、ノルティア、セゴビアがその周囲に降り立つ。 かくして、貸家の怪は瘴気に還った。 ●再びおきん婆さん きれぎれの呪文や立ち回りの音に耳を澄まし、じりじりしていたおきんであったが、どうやら終わったらしいと見極めると、呼ばれるのを待たずにさっさと中に入った。そして家への被害を確認したり、一縷の望みを胸に生存者を捜したり、討ち漏らしがないか念を入れたりと事後の作業に励む開拓者を尻目に、店子の荷物を掻き回しはじめた。 「‥‥ん。ボク。も、お手伝い。する」 「ああ、頼むよ」 歩きやすいようにと倒れた家具などをどけるノルティアに短く答え、顔を伏せたまま作業を続ける。生存者もアヤカシも無し、家とアヤカシ発生の因果関係も不明と結論した他の者達も順次戻り、手伝いだした。 「着物なんかは駄目だね、変な臭いが染みついちまってる。書き物をするような奴じゃなかったし、後は‥‥」 立ち上がると、おきんは寝間の方を見た。 「アヤカシの野郎、あっちに居やがったのかい?」 床下に巣食っていたのだと聞かされ、勝手に棲みつきやがってと舌打ちをする。 と、床の穴から香澄がひょこりと顔を出した。 「あの! こんなの見つけたんですけど」 差し出したのは、鯉をかたどった小さな石細工である。 「間違いない、あいつのだ! お得意さんにいただいた根付だってんで、肌身離さず‥‥そっから出てきたってこたぁ‥‥そうかい、じゃあ本当に喰われちまったんだねえ‥‥」 ようやく実感が湧いたのかもしれない。しゃんと伸びていた背をまるめ、老婆は掌の小さな鯉を見つめている。セゴビアはつい、溜息をついた。 「安心して眠れる筈のお家で、こんなことになるなんて、ね」 「たく、若い身空でこんな死に方するなんて、間が悪いッたらありゃしないよ!」 口調は荒いが、おきんの表情は痛ましげであった。 「‥‥大切、な。もの、ちゃんと。ご家族‥‥に、届け、られる。と、良いね?」 ノルティアの言葉に、「ああ、届けるともさ」とおきんは頷いた。 「世話になったね、あんた達」 おきんは迎えに来た部下を「遅い!」と軽くどやしつけた後、開拓者達に向き直った。 「たいしたもんだよ。腕はたつし別嬪ぞろいだし、あたしの若い頃そっくりだよ!」 微妙に返しづらい褒め言葉に曖昧に頷く仲間達にかわって、詠斗が「あら、光栄ね」と流し、ウィンクしてみせた。 「また機会があればヨロシク」 |