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■オープニング本文 「もーっ! どーしてうちの店はお客が入らないのよぉっ!」 甘味処『ぶらい』。店主である美世は、いささか男っぽく頭を掻いた。 「入ったとしても男ばーっかり! ‥‥まあ、あたしが可愛いのは認めるけどさぁ」 どこか自慢げに腕を組んで、平らに近い胸を反らせる。 が、すぐさまがっくりと肩を落とすと、深く大きな溜め息を吐いた。 「女の子のためにお店を開いたのになぁ‥‥。『美少女店主』だけじゃ個性がないのかしら」 『美少女店主』という時点でどのような客が来るかを察するべきである。 そんなことなど露知らず、美世は顎に手を当てて考え込んでいた。ぶつぶつと何かを呟いたかと思えば、目を閉じて唸る。 「格好いい店員が一人か二人いれば‥‥って、そうよ、そうだわ!」 最高の考えと言わんばかりに両手を打って喜ぶ美世。すぐにその考えにいたるあたり、しっかりしていると言うべきか。 「募集すればいいじゃないの! 目の保養にもなるし、お客もバンバン入ってくるだろうし、一石二鳥だわ!」 どこか気味の悪い笑みをにやにやと浮かべながら、美世は意気揚々と開拓者ギルドへと向かったのであった。 ――数日後、開拓者ギルドにとある依頼が張り出される。 内容はいたって普通の店員募集であったが、最後には次のような言葉が書き添えられていた。 『ただし美男に限る』 |
■参加者一覧
斎賀・東雲(ia0101)
18歳・男・陰
木戸崎 林太郎(ia0733)
17歳・男・巫
国広 光拿(ia0738)
18歳・男・志
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
ロックオン・スナイパー(ia5405)
27歳・男・弓
日野 大和(ia5715)
22歳・男・志
秋冷(ia6246)
20歳・女・シ
楓 絢兎(ia7318)
20歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●美貌の看板息子 「最高だわ! 言うことなしね!」 開拓者たちを前にし、店主である美世は手を叩いて喜んだ。 斎賀・東雲(ia0101)は笑みを浮かべて美世に手を差し出す。 「ほな、今日一日よろしゅうな」 「こっちこそお願いするわ。じゃあ、まずは着替えてもらいましょうか。この日のためにわざわざ頼んだんだから♪」 そう言って美世が一人ひとりに手渡したのは、白いワイシャツに黒のズボン、そして腰から膝辺りまでの、いわゆるギャルソンエプロンであった。 「おお、まるで俺の思考を読んだかのような準備! でさ、提案なんだけど、外見年齢含んで十八歳以下は半ズボンなんてどーよ? ‥‥キメ細やかな美少年の素足って見たいよなぁ、みったん」 にやにやと笑いながら、ロックオン・スナイパー(ia5405)が美世に進言する。 「ふふ‥‥その言葉を待っていたわ」 美世もにやりとあくどい笑みを浮かべ、どこからともなく黒の半ズボンを二着取り出した。 「さあて、これ着るのは‥‥うふふふふ‥‥」 彼女の気味の悪い含み笑いを受け、伊崎 紫音(ia1138)はびくりと肩を揺らす。心なしか涙目であった。 「えっと、あの‥‥美世さん‥‥?」 「ふふ‥‥恐がらなくていいのよ? あたしがもっと可愛くしてあげ」 「まだお店は始まってませんよ」 楓 絢兎(ia7318)は微笑みながら、美世の両肩を引いて現実へと引き戻す。 「やだ、あたしってば。‥‥っと、もう一着は、はい」 半ば強引に手渡された衣装に、日野 大和(ia5715)の動きが止まる。 「‥‥俺‥‥なのか?」 美世は答えず、ただにこりと笑うだけ。 その笑みに何を見たのか、紫音と大和は顔を見合わせると、渋々といった様子ではあったが頷いたのであった。 「別の意味で不安になってきたな‥‥」 秋冷(ia6246)は、少々困惑した様子で溜め息を吐く。 「安心しろ。俺も自分がここにいることを疑問に思い始めたところだ」 慰めるように、国広 光拿(ia0738)は彼女の肩を軽く叩いた。 「さて。そろそろ開店の準備を始めませんか」 いつの間にか着替えを終えていた木戸崎 林太郎(ia0733)は、淡々とした口調で皆を諌めたのであった。 ●心を込めて 身支度を整え、各々が美世の指示に従って準備を始める。 「調理担当も、ちっとでいいから店に顔出せよな〜」 ひらひらと手を振りながら、ロックオンは店内へ向かった。 「店長、店ではどんなものを出しているんだ?」 「はいはーい、レシピならあるわよ」 大和は手渡されたレシピを真剣な眼差しで読む。そして納得したように頷くと、それを美世に返却した。 「美世、季節ものの甘味を出すのはどうだ?」 「何かいい案があるの?」 首を傾げる美世に、光拿はレシピを記した二枚の紙を差し出す。 「さつま芋のタルトにホイップクリームを添えたものと、ざくろジュースだ」 「へぇ‥‥いいわね、面白そうだわ。これはあなたに任せるわね」 レシピに目を落としたまま、美世はうんうんと頷いた。 「ボクはいつもお店で出している甘味を作るお手伝いをします」 紫音の言葉に、美世はほわ、と微笑む。 「嬉しい! じゃあ、おねーさんが手取り足取り腰と」 「店長」 怪しい動きで紫音に迫る美世を、大和は呆れながら押さえた。彼は支給された衣装の上に、持参した黒の外套を羽織っている。 「まったく‥‥先が思いやられそうだ。じゃあ、俺はおまえを手伝うよ」 美世を押さえたまま、大和は光拿を振り返って言った。 「ああ、助かる。裏ごしがあるから、案外骨が折れるぞ」 大和は光拿の台詞に苦笑しつつ、美世を解放すると手伝いを始める。 「まずはタルトを作ろうか。生地を休ませなくてはいけないし、それなりに時間がかかるからな」 甘味好きである所以か、光拿は淀みなくタルトを作製していった。 大和は料理やケーキ作りを趣味としており、やはり手際よく作業を進めていく。 唐突に、大和の脳裏を死んだ恋人のことがよぎった。いつも自分の料理をおいしそうに食べてくれていた恋人。 「何であいつのことを思い出すんだよ、俺は‥‥」 かすかな呟きと共に、大和は作業を再開する。 「さ、あたしたちも始めましょうか」 「はい」 こくりと素直に頷く紫音に思わずやけた美世であったが、仕事はこれからだということを思い出したのか、ふるふると頭を振って邪念を払った。 しばらく甘味の作製に専念していた美世だが、不意に顔を上げて新作に取り掛かっている二人を見やる。 「‥‥それにしても、素足に外套‥‥いいかもしれないわね」 彼女の呟きが聞こえたのか、大和はびくっと肩を揺らすと何かを振り払うように頭を振った。 ●ようこそ姫君 開店の時刻。接客担当の五人はそれぞれ準備をしていた。 「お店の趣旨が変わったこと、皆さんに知らせねばなりませんね。私で客寄せになるかは不安ですが‥‥通りがかったお嬢さん方に声をかけてみましょう」 客引きを買って出た絢兎は、さっそく店先へと出る。 「よっしゃ、気合い入れてこか!」 東雲は胸の前で手の平と拳を打ち合わせた。 「ようこそ、姫‥‥ってどうよ、たは〜俺様もあれか、演技派俳優目指しちゃうよハリウッド行っちゃうよコレ!」 ロックオンは恭しくお辞儀をしたかと思うと、すぐさまニマニマと笑みを浮かべて頭を掻く。 しばらくして絢兎に声をかけられた女性客たち、そして常連客であろう男性客たちが次々に店内へと入ってきた。 「よく来たな。案内する」 客たちが秋冷に案内されて席へと着くと、林太郎が伝票を持って注文を取り始める。 「では、ごゆっくりどうぞ」 注文を取り終えた林太郎は丁寧に一礼し、伝票を手に厨房へと向かった。 五分もしないうちに、注文品をお盆に載せた紫音が店内に姿を現す。 途端に湧き上がるのは女性客の歓声。 「やーん、可愛いっ!」 「本当! 女の子みたい!」 「こんな可愛い子が女の子のはずがない!」 思わず突っ込みたくなるような台詞も聞こえたが、あえて触れずにおこう。 「はーい、店員には触らないようにね〜」 ロックオンはさりげなく周囲を宥める。 店の雰囲気に一瞬圧倒された紫音であったが、すぐさま照れたような笑みを浮かべて注文品をテーブルへと置いた。 「姫様、お茶とお団子をお持ちいたしました」 「ありがとう」 笑みを返されて、紫音は嬉しそうに笑う。 秋冷も厨房で大和に受け取った注文品をお盆に載せて運んでいた。 「注文の品だ。ゆっくり食うといい」 「ミステリアスな人ね‥‥素敵だわ」 彼女が無表情にも関わらず、接客された女性客は嬉しそうである。 接客組その様子を美世は厨房からぼーっと眺めていた。 美世に気付いた東雲は仕方ない、といった様子で笑う。 「美世ちゃーん、ぼーっとしてたらアカンよー?」 彼女の顔の前でひらひらと手を振ると、はっと我に返ってきょろきょろと辺りを見回した。 「‥‥自分そないにイケメン好きなん?」 「そうね‥‥好きだわ」 言い切る美世に、東雲は耳打ちする。 すぐそばに端麗な顔があるというのに動じないのは、美世のすごいところである。 「ほな、そんな美世ちゃんにエエ話があるんやけど‥‥」 「なぁに?」 「俺が皆の仕事中の絵姿描くから、それを買ってくれへん?」 安くしまっせと、東雲は手の平を上に向けて親指と人差し指で円を作る。 「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。美男子の絵‥‥最高だわ。是非お願いするわ」 にこにこと嬉しそうに美世は笑う。 「モデルは誰がええ?」 「そうね‥‥伊崎くんがいいわ」 「了解。なあ紫音ちゃーん」 東雲に声をかけられ、厨房に戻っていた紫音はひょこっと顔を出した。 「何ですか?」 「紫音ちゃんのこと描いてもええかな?」 「絵ですか? はい、いいですよ」 紫音はにこりと 東雲は絵画道具を取ってくると、店の隅で厨房の方を向いて絵を描き始めた。 その手元を、後ろを通りがかった林太郎が興味深そうに覗き込む。 「林太郎ちゃん、興味ある?」 「巧いなと思いまして」 「おおきに。あ、林太郎はんのことも描いてええ?」 「構いませんよ」 「よっしゃ。なら、遠慮なく描かせてもらいまっせ〜♪」 林太郎の許可を貰った東雲は、楽しそうに筆を動かした。 「‥‥ところで美世ちゃんは俺の絵もいるん?」 笑いながら東雲は美世に問う。 「もちろん」 美世はふふん、と笑い声を零すと、腰に手を当ててにっと口角を上げた。 ●お客様は、神様です 店は盛況の内に終わり、美世と開拓者たちは茶を飲みながら一息吐いていた。 開拓者たちはすでに私服に着替えを終えている 「美世ちゃん、はい」 「描き上がったの? ありがとう」 美世は机の上に湯呑みを置くと、東雲から絵を受け取り、満足げに笑った。 「これお店に飾ってもいいかしら?」 描き手である東雲、モデルになった紫音と林太郎に確認を取る。 三人が頷くと、美世は空いている机の上に絵を大事そうに置いた。 「今日は本当にお疲れさま。助かったわ、ありがとう」 「いやいや、楽しかったぜ〜」 ロックオンは伸びをしながら感想を述べる。 「いい勉強になりました」 「ああ。今までは人前に出るのは苦手だったが、この依頼のお陰で少しではあるが慣れることができた。礼を言う」 林太郎も秋冷も満足そうだ。心なしか、かすかに微笑んでいるようにも見える。 「美世、聞きたいことがあるのだが」 光拿が真剣な顔で美世に質問を始めた。 「この後のことを考えているのか気になったのでな‥‥。方向性が見えているなら、代わりの人を雇えるように動く必要があると思う」 美世の表情を見ながら、光拿は続ける。 「美世の店だから客層を変えるのは自由だが、今まで来ていた男性たちも立派なお客さんだと思う」 美世は光拿の言葉を胸の内で反芻しているようだ。顎に手を当てて考え込んでいる。 「‥‥あたしは女の子のためにお店を開いたわ。でも、来るのは男性客。‥‥でも、でもね。皆あたしの店が好きだって言ってくれてるの」 開拓者たちを見回し、美世は笑う。 「だからね、今までのお客さんも大事にするわ。好きだって言ってくれる人がいるんだもの。無碍にはできない。‥‥お客さんは神様だもの。ね」 彼女の言葉を聞き、光拿はわずかに微笑んだ。 まったりとした時間が過ぎ、開拓者たちは帰宅の準備を始める。 美世はおもむろに紫音に歩み寄ると頭を撫でた。 「本当に可愛いわぁ‥‥」 ほやほやと微笑む美世に、紫音はあたふたとしている。 「まったく‥‥」 大和は苦笑し、美世を紫音から引きはがす。 「おやおや。依頼主さんが誰に落ちるかは確かに楽しみでしたが‥‥そうきましたか」 言いながら絢兎は、心底楽しそうに見守っていた。 |