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■オープニング本文 ●妙な噂 町外れに、一軒の屋敷がある。 かつては見事な様相を呈していたその屋敷は、火事によって半焼している。かろうじて残っている部分も、火に炙られてひどく煤けてしまっていた。 出火が夜半ということもあり、家人は全員死亡している。 その火事から三ヶ月ほど経った頃、屋敷の周辺に住んでいる人々の間に、妙な噂が流れ始めた――。 ●噂の屋敷 「肝試しに行かないか?」 丈太は、友人である良二にそんな提案をした。 季節は秋。木々はすっかり色付き、紅葉した葉は落ち葉となって地面に積もり始めている。 「肝試しぃ? お前、今何月かわかってんの?」 無論良二はあからさまに怪訝な表情を浮かべて、丈太の提案を一蹴する。 「何月だっていいだろ? な、行こうぜ」 「はいはい、来年の夏にな」 言い出したら聞かない性分の丈太。だが扱いに慣れている良二はひらひらと手を振るばかりだ。 「固いこと言うなよ。その屋敷はさ、絶対に『出る』んだってさ」 「お前、今まで何回同じこと言ってるんだよ。そう言って結局どこも出なかったじゃねえか」 「今回は本当だって! しかも昼間に出るんだってさ。屋敷の近くに住んでる人に聞いたんだから、間違いないって!」 「それも聞き飽きた。‥‥行くなら一人で行け」 しばし押し問答を続けていた二人だが、やがて丈太が溜め息を吐いた。 「‥‥わかったよ。俺一人で行ってくる」 「おう、気をつけてな〜」 良二は彼に向かって手を振ると、その場にごろりと横になった。 ●幼き声 あくる日の昼頃。丈太は屋敷を前にごくりと唾を飲んだ。 「実際に見ると、やっぱ違うな‥‥」 割れた瓦屋根。焼け落ちた床。煤けた壁。異様な雰囲気が屋敷を包み込み、訪れる者を圧倒する。 丈太は唇を噛むと、屋敷に足を踏み入れた。 一歩また一歩と、屋敷の奥へと進むにつれ、空気が重くのしかかってくるような気がする。 恐怖に慄く己を叱咤しながら、丈太は屋敷の奥へと辿り着いた。煤けてはいるものの以前の形を残している扉。 手作りの可愛らしい札が下げられており、『子供部屋』という文字が読み取れた。 丈太は腹を決め、一息にその扉を開け放つ。 「え‥‥?」 煤けた室内で、二人の少女が丈太に背を向けた形で座っていた。 寄り添うように座っている彼女たちの間から、ちらちらと人形が見える。 「ここで、何してるの‥‥?」 恐る恐る丈太は声をかけ、そして、すぐさまそれを後悔した。 振り返った彼女たちの体は、まるで燃え盛る炎の中を彷徨い歩いたかのように焼け爛れていた。 少女たちは人形を手に立ち上がると、ゆらゆらとした足取りで丈太へと近付いてくる。 『アソボウ』 『ネエ、アソボウヨ』 掠れた幼い声とともに、人形が差し出された。恐怖で硬直した丈太の目の前で、人形たちは深紅の瞳を細める。 そして作り物であるはずの口をゆっくりと歪めて、笑った。 『イッショニ、アソビマショウ』 |
■参加者一覧
エーリヒ・ハルトマン(ia0053)
14歳・女・陰
神流・梨乃亜(ia0127)
15歳・女・巫
朱璃阿(ia0464)
24歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
鳴海 風斎(ia1166)
24歳・男・サ
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
介(ia6202)
36歳・男・サ
寒月(ia8175)
13歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●灰に抱かれし館 今にも崩れ落ちんばかりの様相をした屋敷。 以前は四季折々の花で彩られていたのであろう花壇も、今や枯れた葉や雑草しか見当たらない。 煤けた柱を見上げながら、神流・梨乃亜(ia0127)は口を開いた。 「このお屋敷にはね、お父さんとお母さんと、双子の女の子が住んでたんだって。それと住み込みのお手伝いさんもいたらしいの。でも、みんな火事に巻き込まれて死んじゃったって」 「アヤカシ化したのはその双子のようね。遺体を回収した際、双子だけ見つからなかったそうだから」 鋭い視線を屋敷に向け、胡蝶(ia1199)は言う。 「今まで帰ってこなかった人たちは、彼女たちの『遊び相手』になっちゃったのかな‥‥」 屋敷の奥を見据えながら、エーリヒ・ハルトマン(ia0053)は小首を傾げた。 「さあな。……ふむ、この位置からすると、アヤカシは子供部屋にいるようだな」 屋敷に結界を張った介(ia6202)は、事前に入手した間取り図と探知したアヤカシの位置を照らし合わせる。 「子供部屋は充分な広さがあるみたいねぇ。これならわざわざ広い場所を探さなくてもよさそうだわ〜」 介の手元を覗き込みながら、朱璃阿(ia0464)は艶っぽく微笑んだ。 「はっはっは、仕事で肝試しも出来てしまうとは愉快ユカイ♪」 鳴海 風斎(ia1166)は期待に笑みを零す。 『相手は食屍鬼‥‥実体を持つアヤカシですし、足音は消せるものでは在りません。音に注意していきましょう』 式神人形を介して青嵐(ia0508)は皆に注意を促した。 「警戒するに越したことはありませんね。アヤカシとはいえ相手は子供‥‥予想外の攻撃をしてくるかもしれません」 寒月(ia8175)は矢を番えながら、油断なく辺りを見回す。 開拓者たちの前にそびえるのは、漆黒の口を開ける、不穏な空気に包まれた屋敷であった。 ●アソボウヨ 屋敷の中は、あちらこちらが焼け落ちていた。八人は足元に注意しながら慎重に進んでいく。 一見大丈夫そうでも、脆くなっている床板や壁はあるもので。 「きゃっ!」 床板を踏み抜いて大きくバランスを崩した朱璃阿を、青嵐が咄嗟に支えた。 『大丈夫ですか、朱璃阿』 「痛っ‥‥私とした事が‥‥」 朱璃阿は顔を歪めて足をさする。見ればわずかではあるが血が流れていた。 「やれやれ‥‥医者の目の前で怪我は控えてほしいね」 呆れた溜め息を吐きながらも、介は朱璃阿を治癒する。 その後は心配していた奇襲も、誰かが床を踏み抜くこともなく、子供部屋の前まで辿り着くことができた。 煤けながらも以前の様相を保った、『子供部屋』という手作りの札が掛けられた扉。 「‥‥準備はいい?」 取っ手に手をかけて、エーリヒが皆に確認を取る。 「はい、大丈夫です」 矢を番えたまま寒月は頷いた。 他の面々も頷いたのを見ると、エーリヒはゆっくりと扉を押し開ける。徐々に明らかになる室内。 部屋の中央で、背を向けて座っている影が二つ。 夢中になって遊んでいるようで、一行には気付いていないようであった。 寒月はきりきりと弓を引き絞り、その影へと矢を放つ。矢は無防備な背中へと突き刺さり、開拓者たちの存在を示すきっかけとなる。 影――双子のアヤカシはゆるゆると振り向き、一行を見ると引き攣れた口元を笑みの形に歪めた。 『アソボウヨ』 『ネエ、アソボウヨ』 立ち上がり、よたよたと一行へと歩み寄ってくる。生気のない焼け爛れた肌が、妙に痛々しく映った。 「みんな、がんばろうねっ!」 梨乃亜がゆったりと『神楽舞「防」』を舞い、皆の防御を上げる。 「相手をしてあげる‥‥こっちへいらっしゃい」 柔らかな笑みを浮かべながら、朱璃阿は双子の分断を試みた。思惑通り、背中に矢の刺さった片割れが『アソボウヨ』と手を伸ばしてくる。 「我が敵の眼を喰らい闇に誘え‥‥『眼突鴉』!」 僅かな隙を見て、朱璃阿が術を発動した。現れた式はアヤカシの目を集中的に攻撃すし、アヤカシは腕を振り回して式を払おうとしていた。 「梨乃も手伝う!」 梨乃亜は素早く術を唱え、アヤカシの足元を攻撃。空間が歪み、アヤカシは足を取られて転倒する。 すると腕に抱かれていた人形が宙に浮いて立ちはだかった。まるで持ち主である少女を守るかのように。 「一気に片を付けさせていただきます」 寒月は微笑みを崩さずに素早く矢を番え、放つ。矢は人形を射抜き、けれど怯ませることしかできなかった。 『君達は何も悪くない。ただ少し思いの返し方を間違っただけです。‥‥雷姫、打ち抜け』 すっと青嵐が示した先へと走る雷撃。元より熱で脆くなっていた人形は、その衝撃に耐えきれずに崩れたのだった。 『アァァアアアアアーーー!!』 空気が裂けんばかりの絶叫。 人形を破壊されたアヤカシは、青嵐へ体当たりを喰らわせる。 子供とはいえ、肩からの渾身の体当たりを腹部に受けた青嵐は、数歩後ずさって膝をついた。 「青嵐さん! くっ‥‥地を這いずる黒き者よ、かの敵にしばしの苦痛を与えよ‥‥『毒蟲』!!!」 術を唱えた朱璃阿の袖から長い百足が這い出てくる。それは掠れた悲鳴を上げ続けるアヤカシの手足へと纏わりつき、拘束した。 「終わりですよ」 どこか楽しげに微笑んでいる寒月が放った矢は、アヤカシの胸を貫き、その動きを制止したのである。 「うちだってやればできるんだからっ」 凛々しい表情を浮かべたエーリヒは、『呪縛符』で残りのアヤカシの動きを制限する。 『イッショニ‥‥アソビマショウ‥‥!』 人形はふわりと浮遊し、エーリヒに呪われた声で囁いた。 「やだっ‥‥何これ‥‥っ」 ぎゅっと目を瞑り、エーリヒはつらそうに顔を歪めてしゃがみ込む。強すぎる思いが、彼女を苛んだ。 さらに攻撃を加えようとする人形を、風斎が引き付ける。 「僕の相手をしてくださいよ‥‥!」 人形はくるりと向きを変えると、風斎へと向かっていった。 空気を切る音。風斎は笑みを浮かべたまま、人形に渾身の一太刀を浴びせかける。 一拍置いて、人形は袈裟掛けに亀裂を入れ、ぽとりと床の上に落ちた。 「火の恐怖、その身が覚えているなら‥‥火蝶、行きなさい!」 彼の後ろから、胡蝶が動きを止められているアヤカシに向けて式を放つ。 迫り来る火炎の蝶に、アヤカシの顔が引きつった。刻み込まれた熱さを、そして苦しみを思い出したのだろうか。 「死者やアヤカシは専門外でね‥‥受付は拒否させて貰おうか」 恐怖に顔をそむけたアヤカシに、介はやれやれと溜め息を吐きながら『力の歪み』を発動する。 体を無理やり捻じられ、アヤカシは悶えた。 「‥‥っ‥‥さっきのお返しだよ!」 『呪声』のショックから立ち直ったエーリヒは、軽く頭を振りながら『氷柱』を放った。冷気を纏った小さな式とともに、彼女も走る。 式がアヤカシに当たると同時に太刀を抜き、すれ違いざまに斬りつけた。ぐらりと傾ぐ体。 「――眠れ、永久に」 静かな声で風斎が言う。アヤカシの小柄な体は床に縫いとめられ、その傷口からは黒い霧が立ち上っていた。 ●安らかなる永久の眠りを 重苦しかった屋敷の空気が一掃される。元凶であった瘴気が、霧散したせいなのだろうか。 「青嵐、大丈夫?」 心配そうな表情を浮かべ、梨乃亜は青嵐の治癒をする。 『ええ、なんとか。ありがとうございます』 頷き、微笑みながら、青嵐は礼を述べた。 「‥‥この館は、建て直すつもりなら家祓が必要になるわね」 胡蝶は煤けた天井を見ながらしみじみと呟く。 部屋に残されているのは、焼け爛れた容姿の双子と、壊れた二体の人形。 風斎はただ静かに、横たわる双子の遺体を眺めている。 「‥‥この子たちもお父さんからお人形を貰ったのかな‥‥?」 治療を終えた梨乃亜は、父親から譲られた人形である『冥夜』をぎゅっと抱きしめ、悲しげに眉を寄せた。 『まだ遊びたい』という強い願いから、アヤカシに付け入られてしまった双子の少女。 大切にされていたからこそ、持ち主の想いに応えようとした人形たち。 虚ろに開かれていた双子の瞼をそっと閉じさせ、青嵐は優しく囁く。 『もう、遊ぶ時間は終わりですよ。これからは眠る時間です‥‥再び、生を得る時まで、おやすみなさい』 「そうね。今は静かにおやすみなさい‥‥」 彼に寄り添うようにして、朱璃阿は持参した線香を手向けた。 寒月は胸元に手を当て、そっと彼女たちの冥福を祈る。 「今度は、もっといっぱい遊べるといいね」 手を合わせたエーリヒは、そう言ってにこりと微笑んだのだった。 |