亡き声
マスター名:神櫓斎
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/24 18:30



■オープニング本文

 触発されたかのように各地で頻発する戦。
 戦う相手が人であれアヤカシであれ、奪われる命も数多。
 そうして戦場に残されるのは、壊れた武具や事切れた体。
 不意に一つの人影がゆらりと立ち上がった。右に左に傾ぎながら、武器を手に戦場を彷徨う。
 人の姿を成してはいるが、それは明らかに人の動きとは違った。
 大鎧を纏ったアヤカシの瞳は攻撃的な赤色に染まり、兜の奥にある顔は腐りかけ、骨が露出している。
『負ケハ許サレヌ‥‥負ケハ許サレヌ‥‥』
 続くように屍が起き上がる。アヤカシたちは歩きながら、遺体から刀や槍を剥ぎ取って武装していった。
『大将ヲ討チ取レ‥‥大将ヲ討チ取レ‥‥』
『首級ヲ獲ルノダ‥‥首級ヲ獲ルノダ‥‥』
 同じ言葉を繰り返しながら、アヤカシたちは戦場跡を徘徊している。
 死してなお勝利に固執し、あまつさえ瘴気にその体を操られて。
 もう眠りたい、と。
 死せる者たちの亡き声が、風に乗って聞こえたような気がした。


■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
九重 除夜(ia0756
21歳・女・サ
神無月 渚(ia3020
16歳・女・サ
月(ia4887
15歳・女・砲
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
夜叉刀(ia6428
17歳・男・サ
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰
瀧鷲 漸(ia8176
25歳・女・サ


■リプレイ本文

●乱、果てて戦
 一面に広がるは荒野。ちらほらと草が生えているのみで、ほかに動植物は見当たらない。
 ここで壮絶な戦があったことは、横たわる数多の遺体が物語っている。
「ふ〜ん、ここが戦場跡かぁ‥‥いかにもアヤカシが出そうな雰囲気だな」
 父の形見である煙管をふかしながら夜叉刀(ia6428)は辺りを見回した。
「嫌な場所だ。負の、どす黒い色で満ちている‥‥目が穢れそうだ」
 月(ia4887)は手にした刀を強く握りしめ、心底嫌そうに顔を歪めた。
「死してなお戦場に残り続けるとは、困ったものだな」
 肩口にかかった髪を後ろに流しながら瀧鷲 漸(ia8176)は言う。
『しかし‥‥死人に鞭打つか‥‥あまり褒められたものではないな』
 九重 除夜(ia0756)は、呟くように言った。けれど仮面のせいでその表情は知れない。
 少し離れた場所で、神無月 渚(ia3020)はくすくすと笑みを零した。
(「ま、血が見れて、たくさん狩れればそれでいいんだよねぇ‥‥」)
 誰に知られることもない心の内の呟きは、さながら血に飢えた獣のよう。
 その心情に導かれるかのように、ふらりふらりと影が立った。
 亡きはずの者の声は、風に乗り、一行のもとへと届けられる。
『大将ヲ討チ取レ‥‥大将ヲ討チ取レ‥‥』
「あんなことを言ってます。大将首ッぽい人は狙われそうですなァ」
 風鬼(ia5399)は影を見やりながら、おどけたように言った。
「死体だけど斬り応えはありそう‥‥」
 ふんわりと笑い、鬼灯 恵那(ia6686)は蛮刀を構える。
 まずその姿を現したのは群の大将格といっても過言ではない鎧鬼。
 後に続くのは虚ろな目をした屍人たち。
「無念の内にか、大志の果てにかはわからねど、もう戦いは終わっていると、示して差し上げましょう」
 鋭い視線を向け、志藤 久遠(ia0597)はすらりと刀を抜いた。

●死せるとも死せず
 真っ先に屍人の群に駆けだしたのは渚である。笑みを浮かべながら抜き身の刀を振りかざした。
「さぁ、私を感じさせてよぉ?」
 高らかに声を上げ、渚は屍人の注意を自身に引き付ける。
「出てきやがったな! かかってこいやぁ!!」
 夜叉刀は喜々として声を上げ、屍人に斬りかかった。二体の屍人が、赤黒い血と瘴気の黒霧を上げながら倒れていく。
「自分から斬られにやってくるなんて、健気な死体だね」
 果敢に向かってくる屍人に穏やかな微笑を投げかけながら、恵那は屍人の足元を狙って蛮刀を振り回す。
 足を斬り飛ばされ、数人の屍人がみっともなく地面に転がった。
「もっと愉しませてよねぇ!」
 渚の『地断撃』が屍人を喰らう。その数はあっという間に半分になった。
 人の姿を成しているとはいえ、相手は死者。よほどのことがない限りは苦戦するものではない。
 けれど油断をすれば最悪の結果に繋がりかねないことも、また事実である。
 再びゆらりと立ち上がる影。数こそ少ないものの、増援が厄介なことには変わりない。
「へっ、それだけでいいのか? もっと増やしていいんだぜ?」
 軽く血振るいをし、夜叉刀は不敵に笑う。そして一息に距離を詰めると、いとも簡単に斬り捨てていく。
「こんなにいっぱい‥‥アハッ。コわシテあゲる! アハハハハッ!!」
 増えた屍人を見、渚が狂喜の声を上げた。彼女の後ろには斬り伏せられた屍人が転がっている。
「ふふっやっぱりいいなぁこの感覚、バッサリ感が最高だよ」
 恵那は相変わらず微笑みを崩さずに、残った屍人の足を斬り飛ばし、転倒させていった。
 そしておもむろに蛮刀を振り上げたかと思うと、足を失ってもがく屍人の頭に叩き込んだのだった。
 その間に鎧鬼に突っ込んで行ったのは、久遠、除夜、月、風鬼、漸の五人だ。
 取り囲むように陣を組み、油断なく武器を構えている。
『眠れ。死者は眠っているものだ』
 除夜は静かに言い、駈け出した。鎧鬼の装甲の隙間を狙って太刀を捩じ込む。
 付近にいた屍人が、ゆらゆらと体を揺らしながら鎧鬼の背後から迫ってきた。
「邪魔をしないでほしいのだがな。‥‥逝くがいい」
 月は迫り来る屍人に円月輪投げつける。不意打ちを食らって怯む屍人に駆け寄ると、一刀のもとに斬り捨てた。赤黒い血を浴びる前に、月はすばやく飛び退る。
入れ替わるように、久遠が攻撃の間合いに入った。
「鍛えた技こそが武器‥‥小細工は無用です」
 久遠の武器が紅の燐光を纏う。彼女が武器を振るうと、紅葉のような燐光が舞い散った。
 全身を以てした久遠の攻撃に、鎧鬼は大きくバランスを崩す。
「一気に片を付けさせてもらうぞ」
 言葉と共に漸は駆ける。鎧鬼の足元を狙い、勢いを乗せた攻撃を加えた。
 鎧鬼はがっくりと膝をつき、その体を震わせる。怒りのためか、唸り声を上げて。
「これは好機ですかね」
 『早駆』で鎧鬼の背後に素早く回った風鬼。鎖分銅を鎧鬼の武器に絡め、その切っ先を対面している仲間から反らせる。
 残っていた屍人が、じりじりと近付いてきた。
「私がコわすの‥‥!」
 いつの間にか接近していた渚が屍人を斬ったことにより、屍人の掃討が完了した。
「さあ、幕引きにしよう」
 月は鎧鬼に一太刀浴びせると、その胸元を思い切り蹴りつけて倒し、離脱する。
 ずいぶんとダメージが蓄積しているのか、足掻くことをしない。起き上がろうと手足をばたつかせるその動きも緩慢だ。
 除夜が、鎧鬼の胸元を踏みつける。『強力』で強化されているせいで、その細い体を跳ね除けることができない。
 腰を低く落とし、武器を掲げて。
『来夜流、闇払‥‥終が崩し――影踏』
 声と共に、除夜は鎧鬼の首元を貫いた。両手でしっかりと握られた刀が、ずぶりと鎧鬼の首を貫き、地面に縫い止める。
 鎧鬼の兜の間から黒い霧が立ち上り始め、戦場跡に悲痛とも言える静寂が訪れたことを知らとなった。

●泰平を望み、安寧を祈る
「ふぅ‥‥。ん、満足満足」
 爽やかな笑みを浮かべ、恵那は頬に飛んだ返り血を手拭いで拭い取る。
 鎧鬼から立ち上る瘴気は、空中で溶けるように消えていく。
「どうぞ、安らかに‥‥」
 久遠はしゃがみ込んで目を閉じ、手を合わせた。同じ戦士として、何より人として、彼女は死者を悼む。
 人であるならいずれ必ず訪れる死。その訪れは、誰も予想することはできない。
 戦場跡に横たわる死者たちは、覚悟の上に死していったのであろうか。
「安心して逝くがいい。なに、向こうは綺麗な場所だと聞くぞ」
 風に遊ぶ長い銀髪を軽く手で押さえながら、月は優しげに微笑んだ。
「‥‥こんな戦場で生き絶え、放置されては浮かばれないだろうな。‥‥戦場だけではないが‥‥」
 漸は周囲の遺体を見やりながら呟く。
 そう、戦場だけではないのだ。死者が放置されている場所は。
 けれど各地でアヤカシの被害が頻発している今、そのすべてを弔うことはできない。
 魂を、肉体を喰われ、もしくはアヤカシ化して。遺体すら残らぬ者もいて。
 それらすべては、現実なのである。
『命尽きれば皆、骸と成り果てる。救いと呼ぶか、哀れと呼ぶか』
 相変わらず除夜の表情は読めず、声から男女の判別もつけ難い。だがその声音は、死を悼む音に聞こえた。
「死体になっても襲ってくるなら斬るまでよ」
 渚は満足げに笑う。屍人の血に濡れた刀が、鈍く光りを跳ね返した。
「さて、依頼人に遺品でも持ち帰りましょうか。‥‥お守りとかでいいですかね」
 事前に依頼人から特徴を聞いておいた風鬼は、屍人の顔を情報と照らし合わせながら見て歩く。
「‥‥‥‥倒した奴らも元は人間‥‥か‥‥」
 夜叉刀はそうぽつりと言葉を漏らす。
 煙管から静かにくゆる煙が、悲痛に歪められた彼の表情をぼんやりと滲ませていた。