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■オープニング本文 崩れた家屋に、荒れた畑。 一面に雑草が生い茂った、荒れ果てた村――。 寒風が吹く中で、少女は一心に散乱した木片を拾い集めていた。 村の片隅には彼女が拾ったのであろう木片やがらくたの類が積み上げられている。 一体どれくらい前から作業をしているのであろうか。 「‥‥やっぱり一人じゃ無理ね」 少女は立ち上がって背中を伸ばしながら、額にうっすらと浮かんだ汗を拭う。彼女の顔には、額から頬にかけて、爪痕のような傷跡があった。 彼女は、かつてアヤカシに襲われて滅んだ、この村の唯一の生存者であった。 生まれ育った村を以前のようにすべく、こうして地道に作業をしているのである。 着物の裾についた汚れを払い、村を見回す。 踝ほどまで伸びた雑草は地面を覆い隠し、倒壊した建物は未だそのままである。 壊れた建物を除去するにせよ建て直すにせよ、それらは彼女一人の力では到底成し遂げられるものではない。一面に生えた雑草の除去や畑の整備、散乱している廃材等のごみの片付けも同様だ。 家屋が十数軒ほどしかない小さな村ではあるが、一人では限界があるのだ。そしてそのことは彼女自身もよくわかっていた。 より多くの人に村の状況を知ってもらうためには。何より村を復興するためには。 「やっぱり、頼んでみようかしら」 彼女は筆を取り、村の復興へと改めて一歩を踏み出したのである。 |
■参加者一覧
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
霧葉紫蓮(ia0982)
19歳・男・志
白姫 涙(ia1287)
18歳・女・泰
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
こうめ(ia5276)
17歳・女・巫
氷那(ia5383)
22歳・女・シ
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
鼈甲猫(ia8346)
23歳・女・弓
一心(ia8409)
20歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●『思い』を残す方法 依頼人の待つ村がある山の、その麓。都市からそう遠くない場所にあってか、市場は人で賑わっていた。 「‥‥暢気なものね」 氷那(ia5383)は両手に食材を包んだ風呂敷を持ったまま周囲を見回し、呆れたように溜め息を吐いた。危惧すべきアヤカシはすでに討伐されているものの、再び出現しないとも限らない。 しかし行き交う人々の表情に不安の色は窺えなかった。 「実感湧かないんだろうなぁ。実際、被害を受けたのは依頼人さんの村だけだし‥‥」 同じように風呂敷を持った九法 慧介(ia2194)は、店先に並んだ干物を手持ち無沙汰に眺めながら言う。 「――お待たせしました」 静かな声に顔を上げれば、こうめ(ia5276)が袋を抱えるようにして立っていた。 「私も買い物、終わりましたよ」 鼈甲猫(ia8346)が袋を手にぱたぱたと駈けてくる。 「‥‥失敗した。重い」 大量の岩清水を買い込んだ一心(ia8409)が、途方に暮れたような呟きを漏らす。 「それじゃあ、行きましょうか。依頼人の女の子も、先に行った人たちも、あまり待たせては悪いものね」 深山 千草(ia0889)はゆったりと微笑んで、五人を促すのだった。 一方、先に村へと辿り着いた四人は、依頼人である少女と挨拶を交わしていた。 わずか微笑み、白姫 涙(ia1287)が少女へ手を差し出す。 「白姫と申します。微力ながら、お手伝いに来ました。よろしくお願いします」 「こっちこそ。わざわざありがとう」 握手を交わしながら、彼女の視線が一瞬だけ少女の傷跡へ向けられた。額から頬にかけて走るそれは、獣の爪痕のようである。 少女の傷跡を気にはしながら、けれど涙はそれをおくびにも出さなかった。 「もしやとは思っていたけれど‥‥またお会い出来て嬉しいよ。‥‥今回も精一杯やらせてもらうね」 以前の依頼で少女と顔見知りになっていた痕離(ia6954)は、ぷかりと煙管をふかして笑う。 「名前で呼び合えば打ち解けるのも早いはずだ。ぜひ名前を教えてもらいたいな」 霧葉紫蓮(ia0982)の言葉に、少女はどこか恥ずかしそうに名を告げた。 「‥‥さちか。幸せに花で、幸花。‥‥あたしには不釣り合いな名前だから、あんまり名乗りたくなくて」 だから依頼の際も名を告げなかったのだと、少女――幸花は言う。 「そんなことありませんよ。幸花さん、ですね。では、よろしくお願いします」 紙木城 遥平(ia0562)は優しく微笑み、幸花と握手を交わした。 「さて、さっそく聞きたいことがあるんだけど」 相変わらずのんびりと煙管をふかしている痕離の方を向き、少女は首を傾げる。 「犠牲になった村人を弔うために、慰霊碑を建てたらどうかな」 「今後の復興の標にもなると思うんです」 続いて遥平が考えを述べた。幸花は口元に手を当ててしばし考え込む。 やがて納得したように一度頷き、足元に落としていた視線を元に戻した。 「‥‥ここで何があったか、口で伝えるだけじゃ限界があるものね」 「『思い』をどう残すかは人それぞれですが、今回は慰霊碑という『形』で、あなたの『思い』を残しましょう」 涙は再び幸花に微笑みかけ、幸花もまたはにかむような笑みを零した。 ●復興は着々と 四人が挨拶を終えてから一刻半ほど過ぎた頃、事前の買い出しに行っていた六人が村へと到着した。幸花に簡単な挨拶を済ませてから作業に取り掛かる。 村ではすでに有志たちが倒壊した家屋の撤去や畑の整備に勤しんでいた。 「頑張ります!」 たすき掛けをした鼈甲猫が意気揚々と声を上げ、倒壊した建物に向かって走っていく。 「男性陣には負けないよ?」 痕離はにっと笑いながら、手伝いを欲する大工のもとへと歩いて行った。 「おーい兄ちゃんたち、ちょいと手伝ってくれ」 「この木材を運んでくれないかね?」 「やれやれ。引く手数多、だな」 四方から声をかけられ、紫蓮は苦笑しながら小走りに駆けていく。 「‥‥それにしても‥‥寒い」 一心は村のあちらこちらに散らばる家屋の残骸を拾い上げながら、吹く寒風にふるりと体を震わせた。 村に響く大工仕事の音と声。作業は順調に進んでいるようだ。 「持ってきたよ」 板材を抱え、痕離は大工に声をかける。大工はそれを受け取りながら、感心したように呻った。 「しっかし嬢ちゃんは働きもんだな。うちの若いのはすぐばてっちまうってのによ」 豪快に笑う大工に「こんな別嬪さんがいりゃあ、俺らだってもっと頑張れますよ!」と笑い交じりの声が飛び、痕離もつられてくすくすと笑った。 ふと彼女は村の奥にある墓地に視線を向ける。以前の依頼で、アヤカシの犠牲となった者たちを葬った場所。一つ一つに供えられている花は幸花の手によるものだろう。 そこには、慰霊碑を納めるための社を作っている紫蓮と有志たち、そして幸花の姿があった。 「社も慰霊碑も、立派なものじゃなくていい。この村で何があったか、それを伝えられたらいいの」 「なら慰霊碑は大黒柱にしたらどうだ? 幸花の『思い』を伝えるにはその方が合う気がする」 「大黒柱‥‥。探してみるわ」 くるりと背を向けて駆けていく幸花の背中を、紫蓮はじっと見送る。 「『思い』を伝える、か」 あえて表に出さぬ思いを自身の中で反芻しながら、紫蓮は小さく笑った。 「こっちは少し削ってもらえば充分使えますね‥‥。あれは叩き割って薪にするしかないかな‥‥」 好奇心に駆られた鼈甲猫は、倒壊した建物に小柄な体を滑り込ませてあれやこれやと引っ張り出す。商家の育ちであるゆえに目が利くようだ。 「では、これは廃材の方にまとめておきます」 一心は彼女が出す指示に従い、仕分けを進めていく。 「使える物も結構残っているんですね‥‥あ」 鼈甲猫が小さく声を上げた。周囲が崩れぬよう、一心とともにゆっくりとそれを外へと引っ張り出す。 「どうしたの?」 幸花が駆け寄り、二人を手伝う。 それは黒の表面を獣の爪で深く抉られた、丸木の大黒柱だった。乾いた血のような跡も付いている。 柱の傍にしゃがみ込んだ幸花が、泣き出しそうに顔を歪めた。 「‥‥‥‥ここは、あたしの家だった場所」 やっとのことで幸花が紡いだのは、そんな台詞だった。 「あの時何もできなかったから、せめて村を復興させようと思ったの」 「幸花殿は、多くの人に村の状況を見てもらいたいんですよね?」 一心の言葉を受けて、鼈甲猫は何か言いたそうにもじもじとした。きゅっと唇を噛んでから、彼女はようやく幸花と視線を合わせてまっすぐに問いかける。 「幸花様は、村に新しい住人を迎えてもいいとお考えですか?」 「‥‥素直には頷けないわ。でも、村が寂しいままなのは嫌なの。‥‥それにこのまま一人でいたら、あたし、あの時のことを思い出してばっかりだもの」 「お心の強い方なんですね」 痛々しく笑う幸花の手を握り、鼈甲猫は優しく微笑んだ。 ●心を込めて 急ごしらえではあったものの、台所の設備は整っていた。簡素な作りではあるが、食事場所となる居間まで設けられている。 台所には、村へ来る前に購入した新鮮な食材と、一心が苦労して持ってきた水が用意されていた。 「これなら皆様においしいものを作って差し上げられますね」 「ええ。日も落ちてきたことだし、夕食としましょうか」 台所を見て嬉しそうに言うこうめに、千草も笑顔で同意する。 「白菜は汁物かしらね。南瓜は煮つけにして。ごぼうと人参があるから、きんぴらが作れるわね」 「小松菜と厚揚げは煮びたしにしましょうか」 「鰤もありますし、鰤大根もいいですね」 三人は食材を見ながら、あれやこれやと意見を出し合う。かくして献立は、実に豊富な種類を揃えることになったのである。 三人が夕食の準備に取り掛かったことで、村には美味しそうな匂いが漂っていた。 「いい匂いがしたので、見に来ちゃいました」 「全部おまかせで、何だか申し訳ないわ」 鼈甲猫の後ろから幸花も台所へ顔を出す。 「気にしないで。‥‥そうだわ。幸花さん、郷土料理があったら教えてくれるかしら?」 「郷土料理と言えるかわからないけど‥‥レンコン餅ならよく作るわ。すりおろしたレンコンを、焼いたり、丸めて汁物の具にしたりするの」 氷那の問いに幸花は答えた。触感はもっちりとしているらしい。 「それなら、汁物の具にしようかしら」 火加減を調節しながら、千草がにこりとして言う。 「レンコン餅‥‥おいしそうですね。では、もうひと頑張りしてきます!」 「無理はなさらないでくださいね」 夕食楽しみにしてます、と飛び出した鼈甲猫を見送り、こうめは小さく微笑んだ。 ●明日の活力 日もすっかり暮れ、作業をしていた者たちが食事のために居間へと集まっている。 「沢山お召し上がりになって、明日も頑張って下さいませね」 こうめが微笑みながら告げた労いの言葉が、夕食開始の合図となった。 「これがレンコン餅ですか。とてもおいしいです」 レンコン餅を口にした遥平は笑顔で感想を述べる。 「きんぴらもうまいよ。三人ともすごいなぁ」 「どれもおいしいです」 食べるたびに感心しきりの慧介の横では、涙が静かに箸を進めていた。 「幸花はどんな花が好きなんだ?」 南瓜の煮つけを口にしながら紫蓮が問う。 「えっと‥‥芙蓉、かな。薄桃色の。‥‥でも、何で急に?」 「花を植えようと思ったんだ。せっかくなら、きみの好きな花を植えたいからね」 痕離はさりげなく紫蓮の言葉を補った。 「それにしても、幸花ちゃんは髪が長いわね。簪でまとめたりとかはしないのかしら?」 千草が小首を傾げながら尋ねる。幸花は髪に手をやりながらしばし口篭もった。 「‥‥簪、持ってないもの」 「嫌いなの?」 幸花は首を横に振る。嫌いじゃない。彼女は黙したままそう答えた。 和気藹々とした雰囲気の中で食事は進められ、料理はあっという間に平らげられた。 「喜んでもらえたようで何よりだわ」 食器を片付けながら氷那は笑顔で言った。料理を作る者にとって、「美味しい」という言葉は何より嬉しいものだ。 「明日も美味しいものを作らなくてはね」 くすくすと笑う千草に、こうめは頷く。 「力仕事は不得手ですが‥‥こういったことなら、私にもできますから」 ●未来の情景 最終日である今日まで、天気は雲一つない快晴であった。 千草、こうめ、氷那の三人は朝のうちに買い出しに出かけ、今は休憩用の軽食を作っている。千草だけは街に残り、村の宣伝と移住者の募集をしているらしい。 瓦礫を撤去していた慧介は、ぐるりと村を見回しながら額に浮き出た汗を拭った。 「この広さを、今までたった一人で頑張ってきたのか‥‥」 倒壊した家屋はそのほとんどが撤去され、大工たちの手で同じ場所に新しく家が建てられている。 「女の子なのに無茶するなぁ‥‥そういう子、嫌いじゃないけど」 うんうんと一人で納得しながら、慧介は使えるものとそうでないものを大雑把に分けていった。 近くの畑では遥平と涙が畑の整備をしている。有志の経験者や幸花から指導を受けたお陰か、腕は格段に上がっていた。 「‥‥よし」 畝を作り上げ、涙は腰を伸ばした。几帳面にまっすぐと作られたそれに、満足そうに頷く。 「では、苗を植えましょうか」 同じく畝を作り終えた遥平が苗を涙に渡す。晩秋から冬かけて植え付けが可能な作物は少ないが、ないわけではない。苺、玉ねぎ、小松菜などがそうだ。それぞれを畝ごとに分け、丁寧に植え付けていく。 「うまく育ってくれるといいですね」 手に付いた土を軽く払い、涙が言う。 この苗が育ち花を咲かせる頃には、村が復興していたらいい。そんな思いを胸に、二人はしばらく畑を眺めていた。 村が夕日染まる頃になって、千草が一組の男女を伴って村へと戻ってきた。 「いい知らせがあるの。移住希望者よ」 聞いた途端鼈甲猫は喜びのあまり両手を挙げて叫び、集めていたおがくずを撒き散らす。 「こら。嬉しいのはわかるけれど、散らかさないの」 「‥‥はい‥‥」 氷那に窘められ、鼈甲猫は申し訳なさそうに片付ける。 移住希望者はアヤカシによって娘を亡くした夫婦だった。たった一人で復興のために頑張っている少女がいると聞き、居ても立ってもいられなくなったらしい。 「彼女の手伝いができれば、それでよいのです」 生きていれば彼女と同じくらいだと、夫人は涙を浮かべながら語った。 その晩は夫妻の歓迎と開拓者たちを労うための宴となった。飲めや唄えと大騒ぎをしながら、互いの苦労を労い合う。 「開拓者さんたちにゃあ、お世話になりましたなぁ」 「完全にとはいきませんが、あと一歩というところまで漕ぎ着けることができました」 「僕たちはほんの少し手伝いをしただけさ」 痕離は笑う。 「皆様のお力添えがあってこそです。ね、紫蓮殿?」 「ああ」 同意を求めるこうめに、紫蓮は猪口を傾けながら頷いた。 「幸花ちゃん、ちょっと」 千草が小さく手招きをする。何事かと首を傾げながら隣に座った幸花に、千草は耳打ちした。 「ねえ、お化粧をしてみない?」 「化粧‥‥?」 「傷を隠したいとはお思いでないかもしれないけれど、いつか、必要となるものだから。‥‥復興がなって、この村で祝言を挙げる日に、ね」 にっこりと笑う千草。戸惑っていた幸花であったが、最後には恥ずかしそうに頬を染めながら、こっくりと頷いたのだった。 千草はこうめと氷那を呼び寄せて、居間の隅で幸花に化粧を施していく。 「できたわよ」 氷那は化粧筆を置くと、幸花に手鏡を渡した。 「‥‥自分じゃないみたい」 鏡に映った自分の顔を見て幸花は照れ臭そうに言う。紅を差された唇が、笑みの形に引き上げられた。 「女の子の一番のお化粧は笑顔だと、叔父に教えられました」 幸花の笑顔を見たこうめは、彼女が心から笑みを浮かべられることを願わずにはいられなかった。 ●願いを叶えて 翌朝。村を発つ前に、一行は出来たばかりの社に手を合わせていた。収められているのは、あの、傷のついた丸木の大黒柱。花と酒を供え、犠牲者たちの冥福を祈る。 「幸花に渡すものがあるんだ」 言いながら紫蓮が懐から取り出したのは、布で作った花が縫い付けられた、朱塗りの簪であった。 花は更紗灯台と待雪草、そして幸花が好きだと言った薄桃色の芙蓉。紫蓮が発起人となった簪作りは、痕離とこうめが手伝いもあって形となったのである。 「待雪草は『希望』、芙蓉は『繊細な美』」 煙管をふかし、痕離は静かに花言葉を告げた。 「そして更紗灯台は――『明るい未来』」 言葉を紡ぎながら、紫蓮は幸花の髪をまとめて簪を挿してやる。 そっと手をやる幸花の瞳から、一筋の雫が零れ落ちた。 涙は幸花をそっと抱き締めながら、今一度社へと視線を向ける。 「幸花さんの願いが、叶いますよう」 その声を聞いたかのように、穏やかな一陣の風が、復興へと歩み続ける村に吹き渡るのだった。 |