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■オープニング本文 ●伝承ノ御歌 ――白蛇様は、蛇の神様。 ――白蛇様は、水の神様。 ――村に禍来たるを恐らば、生贄捧げて鎮むるべし。 ●生贄捧げて 沢のせせらぎ、鳥のさえずり。鼻孔をくすぐるのは深い緑の匂い。 痛いほどの静寂の中で、少女は村の伝承歌を口ずさんでいた。 切り揃えられた黒髪と、蝋のように白い肌。 純白の着物の裾には、金糸の蛇が刻み込まれていた。藍の帯に挟み込まれた朱塗りの簪は、幼い頃に亡くなった母の形見である。 「白蛇様は、蛇の神様」 少女は閉じていた瞼をゆっくりと押し開く。 その瞳が宿すのは覚悟。生まれた瞬間から定められている死を、受け入れている色だ。 「白蛇様は、水の神様」 杉や欅などの背の高い樹木が鬱蒼と覆い茂っているが、湖を遠巻きに囲むように生えているためにその周囲だけが奇妙に明るい。 足元一面には小さく可憐な花々が咲き乱れており、所々にシダや苔生した石などもあった。 そして目の前にあるのは、冷たい水を湛えた清らかな湖。 だが、これだけ美しい景色を持ちながら、不気味なほどに生き物の気配はない。 頭上では鳥が忙しなくさえずっており、まるで誰かに少女の訪れを知らせているようであった。 「――村に禍来たるを恐らば、生贄捧げて鎮むるべし」 少女の声に応えるかのように、水面が細かく震える。 そしてゆっくりと姿を現したのは、巨大な白蛇だった。大きく口を開け、赤い舌を不気味に蠢かせている。 「十五の誕生日‥‥今日まで私は生きることができた。‥‥悔いはない」 少女は、穏やかに微笑んだ。 ●神の異変 「‥‥違う‥‥あれは、白蛇様じゃない‥‥!」 木陰にいた青年は、一歩後退る。彼もまた幼い頃より定められた人生を歩んできた。彼は今日までずっと、少女を世話してきたのだ。 家にある伝書を読んだ限りでは、白蛇は精せいぜい二メートルほどであったはず。 しかし今目の前にいる白蛇はどうであろうか。 丸太のような胴。全長五メートルはある巨体。ぬめぬめとした表皮は鱗で覆われ、どこか狂気じみた赤い眼は少女のいた辺りをじっと見据えていた。 神と崇められているものが、あれほどまでに狂気に満ちた目をしているものなのか。 自分たちが崇めていたものは邪悪なるものだったのではないか。 神でないとするならば何なのか。アヤカシなのではないのか。 青年の心を、恐怖と嫌悪が支配していく。 「あれが‥‥あれが神であるものか‥‥!」 彼は頭を振り、走り出した。 できるならずっと少女の傍にいたかったと、言いようのない後悔の念に駆られながら。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
天目 飛鳥(ia1211)
24歳・男・サ
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
かえで(ia7493)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●神か、禍か 一行は調査のために、依頼人である青年の手引きで件の白蛇が棲んでいるらしい湖の近くまで来ていた。 「白蛇様が現れるには、何か条件を整えなければいけないのでしょうか」 そんな疑問を青年に投げかけたのは菊池 志郎(ia5584)であった。 青年はしばし思案した後、自信なさそうに答える。 「条件かどうかはわかりませんが‥‥湖に生贄が近付くと鳥が騒ぎ出し、白蛇様が現れるのだと聞いたことがあります」 「あまり近付いては戦闘になりかねませんね。では、この辺りで‥‥」 斎 朧(ia3446)の体が微かに光を発する。 瘴気の有無を探る彼女の隣では、焔 龍牙(ia0904)が意識を集中させて生物反応を見ていた。 「生物が皆無に近いな‥‥やはりアヤカシか。アヤカシであれば、周囲の生物を根こそぎ食ってしまうからな」 生物の気配はせず、何の物音も聞こえず。完璧なる静寂に包まれたこの場所は、ある意味神秘的でさえある。 「白蛇様の伝承、か‥‥」 無防備な二人を守りながら湖の方を見据え、浅井 灰音(ia7439)は右目を瞑ってぽつりと呟いた。 「神様に生贄っていうのはそうそう珍しいことじゃないけど、その『神様』が怪しいんだもんねぇ」 かえで(ia7493)は周囲の様子に目を向けて言う。美しい景色を持つこの場所には、どれほどの生贄が眠っているのだろうか。 「‥‥アヤカシは、白蛇だけではないようですよ。上に五つほど瘴気が見えます」 「『鳥が騒ぐ』ことと何か関係があるかもしれないな」 御凪 祥(ia5285)は目を眇めながら上方を確認するが、それらしい影は見当たらなかった。 二人の言葉に頷きながら、梢・飛鈴(ia0034)は腰に手を当てて言う。 「元からアヤカシか、瘴気に取り憑かれたか‥‥実は本物の白蛇はコイツに食われた、なんてオチも考えられるかナ?」 「いずれにせよ、『証人』は必要だな」 天目 飛鳥(ia1211)は険しい表情のままで、くるりと踵を返した。 村では、村人たちが開拓者たちの到着を待っていた。 青年は一足先に戻っており、心配そうな表情を浮かべて後ろの方で様子を窺っている。 「開拓者が来ると聞いてはおったが‥‥何用かの」 村長らしき髭を蓄えた初老の男性が、うろんな目つきで一行をじろりと眺めた。 祥は一歩前に出、飄々とした笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。 「白蛇伝承の調査依頼を受けて参りました。よければお話など聞かせてもらえないでしょうか?」 「伝承の調査‥‥して、その理由は?」 「各地の精霊や神にまつわる伝承を調べている人がいるんですよ。その時にこちらの村での風習を知ったらしくって」 「ゆえに我が村の話を聞きたい、とな?」 かえでの台詞に老人は髭を撫でつけながら、手にした杖でこつこつ、と地面を叩く。 「‥‥相分かった。伝承を調べると言うからには、湖も見るつもりなのであろう?」 「話が早くて助かります。その際、同行者がほしいのですが‥‥」 「無論、村の者を付けさていただく。神聖なるあの場所を、むやみに荒らされてはかなわんからの」 祥の言葉を遮るように、老人はこほんと小さく咳払いをしてから伝承を語り始めた。 生贄の風習が始まったのは、村ができて間もなくのこと。 山を切り拓いていた最中に水害に見舞われ、その時に白蛇を見たことがこの『白蛇信仰』のきっかけとなったそうである。 「伝承に深く関わる家の者を連れて行くがよい」 そう言って老人が選び出したのは、依頼人である青年を含んだ、三人の男性。 「くれぐれも、白蛇様に無礼のないようにの」 老人が紡いだ言葉には、どこか棘が含まれているように思えるのであった。 ●神在らざる 一行は村人を引き連れ、改めて湖へと足を運ぶ。相変わらず生物の気配はしない。 祥が『心眼』で生物反応を今一度確認する。 「反応なしだ」 志郎は村人を振り返り、村人に『条件』を問うた。 「白蛇様が現れる条件はありますか?」 「湖に人が近付くと鳥が騒ぐと言うが‥‥ここに来たのは初めてなんだ」 「では、私が囮になりましょう」 朧は微笑みを浮かべたまま、臆することなく湖へと歩み寄っていった。 一歩、また一歩と近付くにつれ、どこからともなく忙しい鳥のさえずりが聞こえ始める。 ふと灰音が顔を上げれば、上空では鳩ほどの大きさの鳥が、円を描くように飛び回っていた。 あの日と似た光景。湖畔に佇む朧の後ろ姿を見て、青年がぽつぽつと歌を口ずさむ。 「白蛇様は、蛇の神様‥‥白蛇様は、水の神様‥‥村に禍来たるを恐らば、生贄捧げて鎮むるべし‥‥」 水面が、ゆらりと揺らいだ。そしてゆっくりと姿を現したのは、巨大な白蛇。 「瘴気‥‥アヤカシに間違いありませんね」 白蛇が現れてもなお微笑みを崩さず、あまつさえ『瘴索結界』で瘴気の確認をする朧。様子を窺っていた白蛇であったが、彼女が無防備であることを確認すると、大きく口を開けて食らい付こうとした。 咄嗟に飛鳥が飛び込み、半ば朧を突き飛ばすようにして庇う。 「無事か」 「はい。ありがとうございます」 標的を失った白蛇は、シューシューと威嚇音を出しながら周囲を睨め付けた。 常人であれば竦んで動けなくなるであろう眼光は、けれど、鍛錬を積んできた開拓者たちには通用しない。 それを宣戦布告と捉え、戦闘態勢を取る。 「‥‥では、正体を暴くといたしましょうか」 朧は微笑みを浮かべたまま、白蛇へ『浄炎』を放った。それはアヤカシと人以外には影響することのない、清浄なる炎。 炎を受けた白蛇は痛みにうち震え、陸へと這い上がってくる。 「し‥‥白蛇様に何てことを‥‥!」 ただならぬ様子に面を食らって飛び出そうとする村人を、志郎は両手を広げて制止した。 「神様であれば傷付くはずがありません。あの炎は、アヤカシと人にしか効果はないんです」 「そんなこと、信じられるわけが‥‥!」 「彼女の周囲の草は燃えていますか?」 静かな声に、村人は朧の周囲を見る。志郎の言う通り、彼女の足元の草は一本たりとも燃えていなかった。 「危険ですので、ここで待っていてくださいね」 村人の沈黙を答えと受け取った志郎はすばやく印を組んで、白蛇の周囲に水柱を発生させる。 「これを食らうアル!」 飛鈴は跳躍し、白蛇の眉間を狙って拳を打ち込んだ。綺麗に着地し、拳は握ったままに白蛇の出方を見る。 突如、鋭い鳴き声とともに羽音がした。飛鈴が後退するより早く、鳥型のアヤカシが彼女に纏わりつく。 「や、止めるよろシ‥‥!」 思いがけない攻撃に怯んだ飛鈴に、白蛇の尾が迫った。直前で気付いたものの、回避は間に合わない。 尾の攻撃を受けた飛鈴は大きくよろけ、どさりと尻餅をついた。 「‥‥痛いアルなっ‥‥!」 朧が回復するその横で、灰音は矢を番えて飛びまわる鳥型アヤカシを射落としていく。 「弓はあまり得意じゃないんだけどね‥‥!」 キリキリと引き絞り、放つ。得意ではないと言いながら、その矢に迷いやぶれはなかった。 「村人が信仰している白蛇様に化けるとは‥‥少しは知恵がありそうだな」 不敵に笑いながら、龍牙は白蛇を挑発しつつ縦横無尽に動く。 苛立った白蛇は、闇雲に噛み付き攻撃を始めた。 「鬼さんこちら、なんてね」 いつの間にか白蛇の懐に入り込んでいたかえでが、短刀で斬り付ける。 「俺のことも忘れないでくださいね?」 「村人さんは任せてください」 志郎は朧と入れ替わるように、白蛇と一気に距離を詰めて『火遁』で攻撃。ほぼ同時に手裏剣を投げ付て追撃する。 己の不利を見たのか、白蛇は水中への撤退を試みた。 「逃がすものか‥‥風よ舞え! 水よ踊れ! 焔よ我に力を与えよ『焔龍』!」 龍牙は炎を纏った刀を白蛇の尾に思い切り突き刺した。地面へ縫い付けられる形となった白蛇は暴れ、のたうつ。 「あれは‥‥簪か」 飛鳥は危険を承知で駈け出した。束縛から逃れようとする白蛇の足元にある簪を、掬い上げるようにして回収する。 「‥‥くぅっ‥‥! ‥‥っ頼む!」 のたうつ巨体に弾かれた飛鳥は、地面を転がりながら、簪を後衛の仲間に投げ渡した。「こちらへ。回復します」 受け取った簪を帯に挟んだ朧は、冷静な声と共に飛鳥を後退させる。 「見えた‥‥そこだっ!」 『炎魂縛武』で強化された灰音の矢が、白蛇の目に突き刺さった。痛みと怒りに、白蛇は頭を振ってより暴れる。 「祥さん、任せたよっ!」 「了解だ」 灰音の声に祥はにっと笑う。愛用の槍に炎を纏わせ、なおも暴れて逃れようとする白蛇へ、強烈な一撃を叩きこんだ。斬撃は白蛇を両断し、巨体を地面へ沈ませる。 「お返しアルよっ」 飛鈴の容赦ない『気功拳』の二連撃を眉間に受け、白蛇はようやくすべての動きを止めたのであった。 ●村に禍来たるなら 「これが、あんたたちが崇めてきた『白蛇様』だ」 飛鳥は倒れ伏す白蛇の骸を見ながら言った。 同行者の男たちは、瘴気に還りつつある白蛇をただ茫然と眺めている。前触れもなく突きつけられた事実は、そう簡単に受け入れられるものではないだろう。 「では村に戻るとしようか」 灰音の言葉に我に返ったのか、三人は顔を見合わせると、どこかぎこちなく頷いた。 「‥‥白蛇様はアヤカシであった、とな? にわかには信じがたいことだが‥‥嘘をつく必要もあるまい」 老人はこつこつと杖で地面を叩く。 「はて。白蛇様はいつアヤカシになったのかの。‥‥それとも初めから‥‥いや、言うまい。‥‥とにかく、ご苦労だった」 同行した男たちに労いの言葉をかけてから、老人は一行に向き直った。 「そなたらも、ご苦労であったの」 「‥‥これからも、生贄を続けるつもりですか」 眉を寄せて問う龍牙に老人は答える。 「いや‥‥しばらく生贄はやらぬ。それで禍がなければ良し‥‥あればまた生贄を捧げるだけのこと」 「しっかり供養して、毎年何か供え物でもすれば祟られることもないんでないカ? 例えば人間の形をした饅頭とかナ」 しかし老人は、飛鈴の言葉に頷くことはしない。 「‥‥風習とは本来、変えてはならぬものなのだ」 長くの間繰り返されてきた風習は人々の心に深く根付いており、簡単に取り去れるものではない。 「どうするべきかは、我らが決めることではないかの?」 老人は一行を見回す。諭すような声音は、意思を曲げぬ強さを含んでいた。 「私たちがとやかく言うことではないものね」 かえでは皆を帰路へと促す。 風習や信仰は、些細なきっかけで起こることもある。それがどんな結果に結びついているのかは、客観的に見なければ気付けないのだろう。 「ああ、簪をお渡ししてませんでしたね」 朧は帯から簪を抜き取り、青年へ手渡す。今や少女の形見となった朱塗りの簪。 沈んだ面持ちで簪を受け取る青年に、志郎はそっと声をかける。 「亡くなった子に何がしかの後悔の気持ちを持っているなら、その子のことをずっと覚えているのが、何よりの供養だと思いますよ」 強くも優しいその言葉に、青年は小さく頷いたのだった。 |