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■オープニング本文 一面の雪。眩しいほどの白に反射するのは月明かりだ。 その中にぽつりとたたずむ影が一つ。 一言で表すならば、銀色。端正な顔立ちをした青年は、愁いを帯びた眼差しをひたと地面へ向けている。その表情は能面のよう。 「こんな晩にここにいては風邪をひくよ?」 提灯を手に通りかかった女がやさしく声をかけても、青年は言葉を返すことはしない。 黙したままでいる青年の細い肩に、女はおのれの羽織をかけてやった。 「――赦してください」 それは誰への謝罪か。 呟きの直後、すらりと引き抜かれる刀。女が慄くより先に、刃がきらめいた。 声もなく、首を失くした女の身体は血を噴きながら真白い雪の上へと倒れ伏す。 血振るいをすることもなく、青年は力なくだらりと刀を下ろした。 月を仰ぎ見た青年の眦から、一筋の涙が零れ落ち。 「どれほど斬れば、赦してくださいますか――?」 死装束とも言える白い着物の裾には、紅の寒桜が咲いていた。 後日、ギルドにひとつの依頼が舞い込んだ。内容は『人斬りの制圧』。 「人斬りの名は早萩捺晴。‥‥私の元部下であった男だ」 険しい表情で語るのは奥海豊忠。それなりに力を持つ氏族の主だ。精悍な顔つきと後ろへ撫でつけられた髪が、清潔さと威厳を醸し出している。 「腕も立ち、頼れる男ではあったのだが‥‥無謀なことをするゆえ、他者を危険にさらすことが多くてな。仕方なしに放逐としたのだが‥‥それがあやつには納得できなかったようなのだ」 豊忠はふう、と後悔と疲労を含んだ溜め息を吐く。 「出来得る限り説得にて制してほしいのだが‥‥無理であるようならば力ずくでも構わぬ。これ以上、被害を出すわけにはいかぬからな。‥‥どうか力を貸してほしい」 後始末をさせるようで申しわけないと、豊忠は深く頭を下げたのだった。 |
■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043)
23歳・男・陰
南風原 薫(ia0258)
17歳・男・泰
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
香坂 御影(ia0737)
20歳・男・サ
箕祭 晄(ia5324)
21歳・男・砲
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
痕離(ia6954)
26歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●思いは凶器となり果てて 件の人斬り・早萩捺晴がいると思しき雪原のすぐ近くにある村にいるのは、依頼人である奥海豊忠の護衛を兼ねて待機を選んだ四人である。 「こんな寒々しい中一人で辻‥‥いや道切りたぁ精が出るこったねぇ‥‥」 南風原 薫(ia0258)は寒そうに外套の襟を合わせて白い息を吐きながらぼやくように言う。 村に着いたころに降っていた雪は止んではいるが、容赦なく吹き付ける風は痛いほどの冷たさだ。 「私が不甲斐ないばかりに‥‥申し訳ない」 「あんたは正しいと思ったことをしたんだろ? なら、胸張っててもらわなきゃ、俺たちも困っちまうぜぇ?」 すっかり気落ちした様子の豊忠を励ますのは箕祭 晄(ia5324)。けれどその手はかすかに震えていた。臆病な自分をひた隠し、ゆえに虚勢を張り。それでも決して逃げ出すことはをしないのは、他者への思いやりか。 「人斬りになるほどの執念、か‥‥」 ブラッディ・D(ia6200)は呟き、瞳を伏せる。傍にいたい、認めてもらいたい。例えどんな手段を使ってでも。その気持ちは、暖かな場所を手に入れた彼女には痛いほどわかった。そして、やっていいことと悪いことがあると、いうことも。 「その人斬りにいかな理由があろうと。斬られた方に斬られる理由がないのならば‥‥許す道理があるはずもなし」 厳しい表情を浮かべ、志藤 久遠(ia0597)は捺晴の説得のために雪原へと向かった仲間たちの安否を気遣うのだった。 眩しいほどの白は、一面が雪に覆われていることを表している。 どこまでも広く見通しのいい雪原にぽつりとたたずんでいるのは、対象である捺晴だろう。 「早萩捺晴殿とお見受けする!」 凛と声を張り上げたのは香坂 御影(ia0737)。後ろに控える仲間の盾となるように、一歩だけ前に出た。好戦的な態度を出さぬよう努め、説得によって無事終えさせたいと思っているのは、彼だけではない。だがそれは、気を抜いていいということではないのだ。 「私たちは奥海豊忠さんの使いで参りました。‥‥始めに言っておきますが、私たちに刃を向けることや、信用しないと言うことは、すなわち奥海さんに刃を向け、信じないと言うことを頭にいれておいてください」 にこやかに、けれど言葉はどこか辛辣に。御影の一歩後ろで、檄征 令琳(ia0043)は人当たりの良い笑みを崩さないままで告げた。 対する捺晴もまた、令琳とは対照的な、その能面のような無表情を崩すことはない。 「‥‥俺を、斬りに来たのですか? 豊忠様の命で‥‥? ‥‥あなた方が使いであるという証拠は、あるのですか」 腰に据えた刀をかちりと鳴らし、捺晴は心なしか鋭い視線を四人に投げかけた。 「奥海殿に一筆書いてもらって正解だったね」 痕離(ia6954)はやれやれといった様子で軽く肩をすくめると、懐から書状を取り出して、それが捺晴に見えるよう両手で広げる。 捺晴は書状を無言のままで文面を読み、刀の柄から手を離してふいと瞳を伏せた。 「‥‥確かに、豊忠様の字です」 「信じてもらえたようで何よりだよ」 痕離は書状を懐へとしまい直す。その眼は、じっと捺晴の様子を捉えていた。 「奥海さんはもう一度、あなたに働いてほしいと考えています」 令琳の台詞に捺晴がぴくりと反応し、顔を上げた。先ほどまでの無表情に、わずかな驚きの色がうかがえる。 「そんな‥‥はず‥‥だって俺は、見限られて‥‥」 「己が放逐された理由を思い出してください。‥‥奥海様は、あなたが『他者を危険に晒すこと』を望んでおりません」 高遠・竣嶽(ia0295)は困惑した様子の捺晴に対し、優しく言葉を紡ぐ。どうか自分のあやまちに気付いてほしい、自分がしたことの重大さに気付いてほしい――その思いを、言外に込める。 「人を斬ることで相変わらず『他者を危険に晒している』現状も、奥海様の望まぬものなのですよ‥‥?」 捺晴は再びうつむいた。唇を噛み、何やら葛藤したふうに考え込んでいる。 「‥‥‥‥どうすれば認めてもらえるのかが、わからなかったのです」 そして紡がれはじめたのは、捺晴の戸惑いと驚愕、そして恐怖だった。 幼くして家族を失った自分を救ってくれた豊忠。彼の恩に報いようと、ただひたすらに敵を屠ってきた。どんなにつらいことも、どんなに悲しいことも、豊忠のためだというだけで乗り越えることができた。 「‥‥俺には武しかなかった。武しかないのに、及ばないから見限られたのだと‥‥自分はもう必要ないのだと‥‥そう思って‥‥」 目の前にあるすべてを斬れば、きっと認めてもらえる。 ためらうことなく斬ることができれば、きっと赦してもらえる。 「だが、人を斬れば君も苦しくなるだけだろう?」 痕離の問いに、捺晴はかすれ、震える声で「はい」と答える。 「ずっと苦しかった‥‥それでも、止めることはできませんでした。認めてもらうには‥‥赦してもらうには、ためらってはいけないと思ったから」 「‥‥君の主が望んだ力は、もっと違うものだったんだ」 どこか悲しげに微笑む痕離に、捺晴はこくりと頷く。拍子に、いつの間にか溜まっていた涙が、こらえ切れず頬を伝った。 「お、無事説得できたみたいだなぁ」 道の先に説得に向かった四人と、後ろ手に拘束されている捺晴の姿を捉え、晄はほっと安堵のため息をこぼした。 (「出番なし、か。まぁ、こりゃあこれで楽で良いが、ねぇ」) どことなく不満そうな薫は頬を掻きながら思う。あくまで説得で終わらせるのが目的なのだから、何事もなく終わるに越したことはないのだが、暴れたかったというのが彼の本音であろうか。 「まさかあっさり縄に付くたぁな。どんな呪文使ったんだい?」 こっそりと令琳に問えば、「嫌ですねぇ」と微笑みで返される。 「呪文だなんて‥‥ただ事実を突き付けて差し上げたまでですよ」 「高遠殿、ご無事ですか?」 「はい。他の皆も無事です」 無事を認めて、久遠は胸をなでおろした。 「――早萩」 聞き慣れているであろう低い声音に、捺晴はゆっくりと顔を上げた。 「私の言葉が足りぬばかりに、お前を苦しめるような結果になってしまった。‥‥すまぬ」 頭を下げる豊忠に、捺晴は悲痛の表情でふるふると首を横に振る。 「俺のような者に頭をお下げにならないでください‥‥。そのようなことをされては、申し訳が立ちません‥‥」 捺晴は地面に額をこすりつけるようにして、豊忠に謝罪した。 「豊忠様のお心も知らず‥‥勝手なことばかりし、あげく放逐されてなおご迷惑をかけるなど、いくら頭を下げても足りないくらいです‥‥」 声は涙に濡れ、こみ上げる嗚咽はいくら強く唇をかんでも溢れてしまう。 「‥‥自分が恥ずかしくて仕方ありません‥‥どんな処罰も、甘んじて受ける所存です」 眉を寄せて瞳を伏せたままの捺晴を、豊忠はただ抱きしめるだけであった。 ●後日譚 後日、捺晴の処分が決まったという知らせが一行の耳に届く。 一行の口添えが功を奏したのか、捺晴は豊忠の側付となり罪を償うこととなった。ただし、『武器関係には決して触れてはいけない』という制約付きだ。破った場合は投獄および厳罰処分となる。 「一度人を斬ってしまった者は容易に立ち戻れぬのかもしれませんが、だからといって、十把一絡げに死罪と済ませてしまうのも違う気がするのです」 処分内容に、竣嶽は少なからず安堵したようだ。 「いかなる事情があれ、人斬りの事実は事実。理由なく斬られた方々、その遺族‥‥思えば、裁きは厳罰で然るべきでは‥‥と思いもしましたが、これもまた一つの結果なのでしょうね」 士を重視し、常に厳しく自他を見る久遠。けれど今だけは普段軽視しがちの『個』を見て。 「救いがあってよかった」 「人斬りにまでなるなんて‥‥よほど奥海殿に認めてもらいたかったんだな」 痕離は煙管をふかし、御影は腕を組む。 「人の思いってのは、存外怖いもんなんだな。今回の依頼でわかった気がするぜぇ」 晄はふうと息を吐いて、先日の雪が嘘のように高く澄み、晴れ渡った青空を眺めた。 認めてほしいと、赦してほしいと。純粋な願いや思い、そして祈りは、時として狂気へと変貌する。 「アヤカシでも斬ってりゃ褒めてもらえたかもなぁ?」 手にした傘をくるりと回し、薫は言う。 「主従などに囚われているから、こういうことになるのですよ」 愚かですねぇ、と令琳はくすりと哂った。 |