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■オープニング本文 大切にしていた人形をどうするべきかは、皆悩むところだろう。愛着のある人形をそのまま捨てるのは忍びなく、かといって燃やすこともできない。 そんな人形たちを供養するために建てられたのが、この人形寺だ。 その寺の地下に、人形を安置する場所がある。部屋はだいたい10畳ほどの広さがあり、いわゆる市松人形や西洋人形などが、設置された棚に所狭しと並べられている。 人形は、15センチ程度の小さなものから、大きいものでは50センチ近いものまである。薄暗い地下に人形が並んでいる光景は、一種圧巻でもあった。 「‥‥それでですね、夜になると、そこから子供の笑い声やすすり泣く声などが聞こえるらしいんですよ」 神楽の都・開拓者ギルド。受付係は恐ろしい、と言わんばかりに眉をひそめながら言う。 「もちろんお寺の住職さんは様子を見に行ったんですけど、どうしたものか扉が開かないってそうなんです」 扉が開かないために、中の様子を確認することもできない。 「鍵はかかってないらしいんですけど、何と言うか、向こう側から押さえつけられている‥‥とでも言えばいいんでしょうかね。とにかく、びくともしないそうで。かといって扉を壊すわけにもいかないんで、どうにかしてその『声』の正体を突き止めてほしいんだそうです」 そうそう、と受付係は思い出したように言葉を付け足した。 「可愛がられた人形は、魂を持つらしいですよ?」 |
■参加者一覧
ザンニ・A・クラン(ia0541)
26歳・男・志
向井・智(ia1140)
16歳・女・サ
伊崎 ゆえ(ia4428)
26歳・女・サ
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
木下 由花(ia9509)
15歳・女・巫
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
グライ・ガラフォード(ib0079)
23歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●人声の正体 「ジューショク、貴公に少々伺いたいことがあるのだが」 淡々とした口調で住職に質問を投げかけたのは、吟遊詩人のグライ・ガラフォード(ib0079)である。 夜な夜な聞こえるという声の正体を突き止めるべく、彼ら開拓者一行はこの人形寺を訪れていた。 「その声というのは、一体いつ頃から聞こえるようになったのですか? たとえば、ある人形が持ち込まれてから、とか」 ゼタル・マグスレード(ia9253)の問いに、住職はううむ‥‥としばし考え込む。 「‥‥そういえば‥‥。二週間ばかり前に、たいそう立派な西洋人形が持ち込まれましたな」 ずいぶんと綺麗なままだったので「なぜここへ」と思わず問いかけたそうだ。持ち込んだ人物は、とある屋敷の執事だそうで、彼は「お嬢様が飽きられましたので」とだけ答えたという。 「それが原因の一環かもしれんな。他に打ち捨てられていたものや、ひどく汚れているようなものはないか?」 何やら思案顔で、ザンニ・A・クラン(ia0541)は問いを重ねる。 「この寺へ持ち込まれた人形は、できうる限り修繕してから地下へ安置しておりますが‥‥。そこまでひどい有様だったものは、特には‥‥」 「‥‥物に宿る魂、か」 ふと伏し目がちに視線をそらせたゼタルは、己の心の内に湧き上がる好奇心をひしひしと感じたのだった。 一方、件の扉の前であれやこれやと議論をしている五人。 「私、幽霊って見たことないんですよ〜。早寝だからですかね〜?」 のんびりと言いながら、木下 由花(ia9509)は眠たそうにふあ、と小さなあくびをひとつする。 「アヤカシが隠れているなら、倒してしまえばいいですけど。幽霊だったら、どうしましょう?」 藁人形を手に小首を傾げる伊崎 ゆえ(ia4428)。彼女が手にしているそれは、もしかすると仲間が来たと思って開けてくれるかもしれないとの考えから持参したものだ。 どうしてか女性を苦手とする利穏(ia9760)は、皆から少し離れたところから、心配そうな面持ちで様子を窺っている。 「お人形さんたち、寂しがっているのかな‥‥」 そのさらに後ろでは、雲母(ia6295)がゆったりと煙管をふかしていた。あまりに手間取るようであれば、愛用のランスで扉を破壊するときっぱりと言い切ったのは、他でもない彼女である。 (「人形が原因か、アヤカシが原因か‥‥面白い」) ぷかりと煙を吐き出し、雲母はくつりと笑った。 「‥‥かすかにですけど声がしますね。うーん‥‥泣き声‥‥かな」 扉に耳を押し付けて中の様子を窺っているのは向井・智(ia1140)だ。 「藁人形のわー君です。よければ仲間に入れてくださいな」 ゆえは藁人形を胸の位置に掲げ、扉の向こうへ語りかける。けれど、反応はない。 「天岩戸のように、扉の前で騒いでみますか?」 再度小さくあくびをしてから、由花は扇を取り出して舞を始めた。 その間、智は油断なく周囲に目を光らせている。もし急に扉が開いてアヤカシなどが飛び出してきては、舞の間無防備になる床に危険が及びかねないからだ。 試行錯誤する四人、そして事の成り行きを見守る雲母のもとに、住職からの情報収集を終えた三人が合流した。 「どうだ? 開きそうか?」 「まだ何とも‥‥。そちらは何かわかりましたか?」 グライに首を横に振って答えてから智は問い返す。グライは住職から聞いたことをかいつまんで説明した。 声はある西洋人形が持ち込まれた二週間ほど前から聞こえるようになったこと。聞こえるのは夜だけであること――。 「やっぱり、お人形さんの声なんでしょうか‥‥」 寂しい思いをしている人形が、扉一枚隔てた向こうにいる。それを思い、利穏の表情が曇る。 「中を少し探ってみましょうか」 ゼタルは言うなり符を一枚取り出し、ムカデ型の式を扉の隙間から侵入させた。 扉が開かない原因が物理的であれ霊的なものであれ、アヤカシを使役する陰陽師が操る式であれば侵入は容易い。 「‥‥どうやら、僕たちを待っているようですよ」 式を通して、ゼタルには部屋の中央に浮かぶ人形たちの姿が見えていた。掠れたようなくすくすという笑い声も聞こえている。 その笑い声は、いつしかその場にいる全員に聞こえるほどの大きさになっていた。呼応するかのように、すすり泣く声もまた大きくなる。 利穏は意を決したように扉に近付くと、扉にそっと手を当てて目を閉じた。 「こんばんは。ちょっと皆様のお話を聞きたくてきました。扉を開けてもらえますか?」 ぴたりと、泣き声が止む。 ●付魂 ザンニは歩を進めて前衛に立ち、扉に手を添えて真剣な面持ちで振り返った。彼に並ぶように、智も大斧を握り締める。 「準備はいいか?」 皆頷き、それぞれの得物を構えた。それを確認した後でザンニも太刀の柄に手をかけ、『炎魂縛武』を発動する。紅い炎をまとった武器を手に、ザンニはぐ、と腕に力を込めて扉を押した。 軋んだ音を立てながら、隙間がゆっくりと大きくなっていく。 その隙間が人一人通れる程度の広さになった瞬間、室内から影が飛び出してきた。 「おっと!」 影はザンニがとっさに構えた太刀に激突し、両断されて床へと落ちる。 それは市松人形であった。瘴気をまとったそれは、くすくすとかすれた笑い声をあげながら霧散する。 すぐさま室内に目を向ければ、そこにはゼタルが見た通りの光景があった。 十数体の人形が禍々しい色の目を光らせながら、くすくす、くすくすと笑って宙を漂っている。 「ホラーだろうと、盾根性――ッ!」 智は声を上げ、大斧を前に構えて室内に踏み込んだ。数体の人形がわっと彼女に襲いかかるが、横から突き出された槍に貫かれる。 「娘に手は出させないよ?」 煙管をくわえたまま雲母はにやりと笑った。溺愛する智に傷は付けさせないと、鋭い眼光が物語る。 「そうやって姿を偽るなんて!」 利穏は眉を吊り上げ、構えた脇差で飛びかかってくる人形に斬りつけた。 「‥‥その身に満ちるは計り知れぬ悲しみか、或いは同胞と会えた歓喜か? 願わくはその想いをこの歌に乗せ、我等に聞かせ給え‥‥」 グライは後方からリュートでゆったりとした曲を奏で、唄いながら、アヤカシと戦う皆を支援する。 「ああ、眠いです〜。昼に出るお化けさんに会いたいです」 由花は言いながらも軽やかに舞う。穏やかな舞は心を落ち着かせ、応援は力となる。 「他の人形達を傷付けたくはないから、できれば外に誘き出したいが‥‥」 符を構えたゼタルはちらと後方を見やる。人形たちの攻撃を避けながら、狭く急な階段を上がるのは困難だ。足を取られて転落しては敵わない。 「‥‥それよりも速やかに退治した方が無難だな」 彼が唱えた術は人形の動きを止め、仲間の好機を作った。 「せっかく静かに休んでいたのに‥‥」 ゆえは周囲のものを壊さないように注意を払いながら、十手で応戦。 一行は襲い来る人形を次々と瘴気へ還していく。 ●形は思いとなりて‥‥ 足元に散らばる人形の残骸。けれど瘴気でできたそれは、時間が経てば霧散する。 「全く、しまうぐらいなら貰い手を見つけようとも思わんのか」 人形にかぶっているわずかな埃を払いながら、雲母は憤った。 「可愛がられた人形は魂を持つ‥‥貰い手を探すのは難しいのかもしれんな。しかし、まことに、世には奇妙なことがあるものよな‥‥」 ザンニはぐるりと周囲を見回す。安易に捨てられないからこそ、こうして人形寺に納め、供養してもらうのだ。 「住職様から、この中に泣き虫さんがいると聞きました。どなたか、心当たりはありますか?」 利穏は部屋全体に話しかけ、人形たちが言わんとしていることを汲み取ろうとする。 ふと、室内の空気が変わった。さきほどまでのピリピリと緊迫したものから一変、穏やかな、言うなれば感謝の意を含んだものへと。 「扉を閉ざしていたのは人形たちの魂かもしれませんね。アヤカシを外に出すまいと思って」 ゆえがそんなことを口にする。大切にされてきたからこそ守りたい。その思いが、扉を閉ざしていたのだろうか。 もちろん、そんな事はある筈が無い。 ある筈無いのだが、しかし、それでも彼等がそう感じたことを誰が非難しようか。 「住職さんにお経をあげていただきましょうか。私、呼んできますね」 由花はぱたぱたと階段を駆け上がっていく。 「この体験もまた、我が歌のレパートリーとなるだろう」 グライはリュートを弾きながら、唄をもって人形たちの魂をなだめる。 しばらくして、住職が由花に連れられてやってきた。 「皆様、本当にありがとうございます。これで人形たちも安心して休めることでしょう‥‥」 大まかな話は由花から聞いたようで、住職は一行に深々と頭を下げる。 「住職さんたちに被害がなくて何よりです。お経、お願いしますね」 智はにこりと笑う。住職は頷くと部屋の中央に立ち、朗々と経を唱え始めた。 (「魂の平穏たらん事を祈るよ 」) 部屋に凛と響く経を聞きながら、ゼタルは心の中で静かに祈りを捧げたのだった。 |