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■オープニング本文 じめじめとした空気が辺りに満ちている。地面を流れる小川は池へと流れ込み、水面を揺らしていた。 辺りにはいろいろな種類の草花が茂っており、その間を縫うようにして一人の女性が薬草を摘み取ってた。 この湿地帯には薬の材料となる良質な薬草が群生している。 今女性が摘んでいる草花はもちろん、周囲に生えた木々の皮や根も、立派な薬となるのだ。 「こんなものかしら」 ゆっくりと立ち上がった女性は、手にした籠の中を見て満足そうに呟いた。 これで皆の傷や病気が治せるのだと思うと嬉しくなり、ついつい笑顔になってしまう。 「けど、気は抜けないわね」 この辺りにはアヤカシが出るとの噂があるのだ。森の奥から現れるとも、水辺に現れるとも言われている。 少しでも早く村へ帰ろうと、草むらに足を踏み入れた時だった。 「痛っ!」 足首をすっと鋭い何かが掠めていったのである。 驚いた女性がすぐさま自分の足を見ると、右の踝辺りから血が流れていた。 その傷は意外と深いようで、じんじんとした痛みを伝えてくる。 足元を見回すが、怪我をしそうなものなど何もない。女性は気味の悪さに顔をしかめた。 「やだ、何なの‥‥?」 とにかく傷口を洗おうと池へと向かう。 「随分深いみたいね‥‥どれくらいあるのかしら」 池を覗き込んだ女性はそうひとりごちた。水は澄んでいるが、池の底は見えそうもない。 女性は足元に籠を置いた。それから、池の淵にある岩に腰を下ろすと、いまだに血が流れている右の足首を水に浸した。 手を伸ばして傷口を洗う。冷たい水は傷口に沁みるが、心地よいのも確かであった。 うっとりと女性は目を閉じる。 ――水面が、ゆらりと揺れた。 それは明らかに小川の流れのせいではない。もっと大きな何かが、池の底で身動きをしたからである。 突然の水音に何事かと女性は目を開いたが、すでに遅かった。 自分を飲み込まんと開かれた、鋭い歯の並んだ大きな口が、目の前に迫っていたからである。 次の瞬間には女性の姿はなく、澄んでいたはずの水面は濁った赤に染まっていた。 |
■参加者一覧
紫夾院 麗羽(ia0290)
19歳・女・サ
奈々月纏(ia0456)
17歳・女・志
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
京極堂(ia0758)
33歳・男・泰
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
菘(ia3918)
16歳・女・サ
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●足場を確保 「ええ景色やね〜。水も気持ちよさそうやし‥‥棲みたくなるんわかるきーするわ〜♪」 うーんと伸びをし、藤村纏(ia0456)はのほほんと言う。 彼女の言う通り、この湿地は景色が良い。 澄んだ池に咲き乱れる草花。生い茂った葉の間からの木漏れ日も、この場所に長閑さをもたらす要素となっている。 湿地は穏やかな雰囲気に満ち、アヤカシがいるような気配はない。 足元に生える草も、何の変哲もないように見える。しかしこの中に、植物を模したアヤカシが群生しているのも事実なのだ。 紫夾院 麗羽(ia0290)は、隣にいる纏に笑いかけた。 「纏、今回は宜しくな」 気の置けない友人同士。纏もにっこりと笑い返した。 瀬崎 静乃(ia4468)はじっと湿地を見つめている。ただ景色に見とれているだけなのだが、無表情であるせいか警戒しているように見えるのである。 「まずは草をなんとかせんとなぁ」 京極堂(ia0758)は、周りを見回しながら言った。 玲璃(ia1114)もこくんと頷いている。 「そうですね。足場の確保は大切ですね」 鬼島貫徹(ia0694)は腕を組み、唸るように言った。 「薬となる草花も多い、必要以上に荒らすことは避けるべきだな」 「ここは村の方たちにとって、大切な場所みたいですからね」 菘(ia3918)は力強く頷く。 「池の主か。どれ程のものか‥‥興味深いな」 じっと池を見つめ、柳生 右京(ia0970)はそう呟いた。 ●地道な作業 一行は早速斬足草の除去に取り掛かった。あたりを付け、戦闘しやすい場所の草を取り除くことにする。 貫徹と静乃は池を警戒している。油断なく池を見つめながら、静乃は呟く。 「‥‥草刈りは、今の時期にぴったりだよね。‥‥雑草はちょくちょく刈らないと増えて大変」 「足斬草とやらの切れ味が鋭ければ防具の意味はないかもしれんが、それでも血止めにはなる。ないよりはマシだろう」 麗羽の提案により、各々が足に布を巻きつけていた。 布を巻き終わった纏と京極堂は松明に火を点け、足元の草を焼き払う準備をしている。 「燃えてそのまま消えてくれるんやったらえぇけどな‥‥」 火の点いた松明を手に、京極堂は困ったような笑みを浮かべた。 「アヤカシやからね〜。そう上手くはいかへんかも。あ、みんな、ちょっと退いててな〜」 周囲に注意を促してから、纏と京極堂は足元の草に火を点ける。 湿地ゆえに草がしけっていて燃えないことも危惧されたが、それは杞憂に終わった。ぱちぱちと音を立てて、草は燃え始める。 「雑草如きに刀を振るいたくはなかったが‥‥」 右京がすらりと刀を引き抜きながら呟き、薙ぎ払うようにして周囲の草を除去した。 まだ燻る草を、しゃがみ込んで慎重に除去しているのは玲璃と菘、そして麗羽である。 「なかなか手間がかかりますね」 「草と見分けが付きませんからね。大変です」 「そうだな。――っ!」 鋭い痛みが足首に走り、麗羽は瞬間顔を歪めた。見れば血が一筋流れている。 「油断したな‥‥」 周囲の草を素早く刈り込んでから、麗羽は苦笑した。 「大丈夫ですか? 今、治します」 玲璃は符を取り出すと『神風恩寵』で麗羽の傷を癒す。 「すまないな」 「いいえ。大したことがなくて、よかったですね」 礼を言う彼女に、玲璃はにこりと微笑んだ。 ●潜む陰 斬足草の除去は無事終了した。 「では、池の主をおびき出しましょうか」 菘は用意してきた臓物を、半分池に投げ入れ、残りを戦闘場所に向かって撒いていく。 池に投げ入れたそれは、赤い波紋をかすかに作りながらゆっくりと沈んでいった。 それが見えなくなるか否かの時、水面が大きく揺れる。 直後盛大な水音を立てて、池の主が姿を現した。それは体長五メートルはあろうかという巨大なワニであった。 そのワニは頭から背中にかけて鈍く光る硬そうな鱗に覆われ、手足には鋭い爪が生えており、目が血のように赤い色をしていた。通常のワニと違うことは一見してわかる。 「‥‥雑草よりは楽しめそうだ」 右京はにやりと笑いながら得物を構えた。 「ほう、なかなかに凶暴そうな面構え。だがアヤカシはそれで良い。‥‥おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」 貫徹は不適に笑い、そして『咆哮』する。 アヤカシは貫徹に狙いを定めると、鋭い牙の生えた口を大きく開けて襲いかかった。 「食らえっ!」 麗羽はすかさずアヤカシの背中に『スマッシュ』を叩き込んだ。アヤカシの注意を貫徹から逸らせることはできたものの、痛手を負っているようには見えない。 「‥‥逃がさない」 静乃は『呪縛符』を唱える。彼女の術によってアヤカシの動きが鈍った。 「これはどうです?」 続いて玲璃が『力の歪み』を使用する。アヤカシの周囲の空間が歪み、体が捻じれた。 痛みと怒りに、アヤカシは唸り声を上げ、体をよじらせる。その度に水分を多量に含んだ柔らかな地面は抉れ、泥が飛んだ。 「はよう終わりにしたいわ〜。いくら景色が綺麗や言うても、泥だらけになるし‥‥」 纏はぼやきながら『炎魂練武』を発動する。 炎に包まれた刀を構えると、彼女はアヤカシとの間を一気に詰め、その頭に力一杯刀を振り下ろした。 アヤカシが一歩後退る。頭部の鱗が、何枚か剥がれていた。 「これがうちの全力や‥‥心して受け取れやっ!」 声を上げながら、京極堂がアヤカシに踊りかかる。 渾身の『空気撃』を受けたアヤカシはバランスを崩し、大きな隙ができた。 「‥‥喰われるものか!」 菘の『両断剣』を頭部に受け、アヤカシが怯んだ。数歩後退し、衝撃のためか幾度となく頭を振っている。 その隙を、逃すはずなどない。 「この一刀にて‥‥塵と消えよ」 右京は『強打』を、アヤカシの頭部の剥がれた鱗の辺りに叩き込んだ。 アヤカシは一際大きな唸り声を上げて数度のたうつ。 やがて動きを止めると、ゆっくりと地面に倒れていったのであった。 ●静穏 辺りは、静けさに満ちていた。鳥のさえずりはおろか、木々の囁きすら聞こえない。 アヤカシの体はすでに半分が瘴気へと還っている。 「‥‥主言うだけあって、一匹しかおらへんかったみたいやね。これだけ騒いでも他に出てきぃひんところを見ると」 注意深く池を覗き込みながら、京極堂が言った。 その隣では静乃が目を閉じ、胸の中で手を合わせている。 「安心してや、アヤカシはみーんな退治したで。‥‥成仏、したってな」 池の傍にある岩の近くにヴォトカを供えながら、纏は柔らかく笑った。 「一体何人が、犠牲になったのだろうな‥‥」 花を供えながら、麗羽が心苦しそうに言う。 「知らずにこの池に近寄って、あのアヤカシに襲われて‥‥。もっと早く、気付けたらよかったのに‥‥」 池をじっと見つめながら、菘は静かに呟いた。 「一見、静穏たる池にしか見えぬのだ。アヤカシがいるとは思わなかったのだろう」 「せいぜいが森に迷い込んだか、獣に襲われたか‥‥といったところか」 貫徹の言葉を補うように右京が続ける。 先に供えられたヴォトカと花の傍に岩清水を供えた玲璃が、立ち上がりざまに言う。 「打ち漏らしがないようでしたら、私の舞で犠牲者を弔ってもよろしいでしょうか?」 皆が頷くのを確認し、玲璃はゆっくりと舞を始めた。 時に激しく、時に切なく、時に優しく、時に穏やかに。 緩やかに舞う玲璃の姿を皆はただ黙って見つめている。 開拓者たちの手によって、豊かな景色を持つ湿地に、再び静穏が訪れたのであった。 |