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■オープニング本文 ●鉱夫の仕事 魔の森に程近い場所にある鉱山。そこでは今日も多くの鉱夫たちが仕事をしている。 ある鉱夫は鉱石の埋まっていそうな場所につるはしを突き立て、掘り返す。 またある鉱夫は鉱石とそうでないものとを選り分け、トロッコに乗せていく。 幅二メートルほどの通路には鉱山の置くから入り口まで、トロッコ用の線路が敷かれていた。両側の壁には等間隔でランプが点されており、坑道はほのかに明るい。 鉱山は奥に行くほど広くなり、幅と奥行きが十メートルを超える場所もあった。 鉱山の中ほどにある広場で鉱石を選り分けていた男は、不意に聞こえた音に耳を澄ませる。 「‥‥何だ?」 どうやらその音は鉱山の奥から響いてきているようだ。 木の葉の擦れるような、それでいて金属の擦れるような、何とも形容しがたい音であった。 「おい、変な音がしないか?」 「どうせまた野生動物でも迷い込んだんだろう?」 「まったく臆病な奴だな、お前は」 仲間の鉱夫たちは豪快に笑い、男の肩を叩いて鉱山の奥へと消えていった。 ●不安、そして脅威 終業時間が刻一刻と迫る。 「‥‥どうしたんだ」 男は鉱山の奥を心配そうな眼差しで見つめていた。 先程の二人が、奥へ行ったきり帰ってこないのである。 「様子を見てくるか‥‥」 男は呟き奥へと向かった。仕事道具であるつるはしを握り締め、恐る恐るといった体で進んでいく。 十五分ほど歩き、ようやく奥へと辿り着いた。しかし壁があるせいで様子を知ることができない。 男は思い切って頭を突き出し、そして目の前の光景に我が目を疑った。腰を抜かして座り込む。 「な‥‥」 そこにいたのは、人の背丈ほどある巨大な百足であった。数多の足を不気味に蠢かせ、強靭そうな顎を威嚇でもするかのようにカチカチと鳴らしている。 足元には二人がいた。百足の姿が見えていないかのように、つるはしを手に広間をうろうろとしている。 突然、二人が男の方を向いた。その目は深紅に染まっており、生気がないのが一目でわかる。 男は悲鳴を上げることができなかった。目の前に突きつけられた事態に声を失っていたのである。 「あ‥‥あ‥‥!」 やっとの思いで搾り出すように紡ぎ出されたのは、情けない喘ぎ。 男は弾かれるように立ち上がると、一目散に鉱山の出口へと向かった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
九鬼 羅門(ia1240)
29歳・男・泰
辟田 脩次朗(ia2472)
15歳・男・志
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
伊崎 ゆえ(ia4428)
26歳・女・サ
ジョン・D(ia5360)
53歳・男・弓
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●坑道の奥へ 「ここでいいみたいです」 鉱山入口で借りた坑道図と照らし合わせ、伊崎 ゆえ(ia4428)は頷いた。拍子に、彼女の銀の髪がランプの灯りを柔らかく跳ね返した。 アヤカシが出現した場所は鉱山の奥の方にあり、入り口からは三十分、作業をしている中央広間からは十五分ほどの場所にある。 通路は一本で、さらに奥へと続いており、左右の壁にはランプが灯されていた。どうやらまだ奥があるらしい。 酒々井 統真(ia0893)と辟田 脩次朗(ia2472)が、覗き込んで様子を窺う。統真は軽快に。脩次朗は慎重に。 「鉱夫二人に大百足一体‥‥依頼通り、と」 「幅、奥行き共に十メートル強といったところでしょうか。戦うには充分ですかね」 九鬼 羅門(ia1240)が腰に手を当て、生き残った鉱夫から聞いた情報を告げる。 「鉱夫の話によると――今、酒々井と辟田が確認したと思うが――これといった遮蔽物はないそうだ。ただ足元には鉱石やら土砂やらがあるようだから、注意して動かないといけないな」 少し離れたところでは野乃原・那美(ia5377)がくすくすと笑みを零していた。 「さて、人の‥‥もとい人に憑いたアヤカシの斬り心地はどんなのかな♪」 「こんな所にまでアヤカシ‥‥ですか。節操もなくよく出てきますね」 朝比奈 空(ia0086)は天儀人形を準備しながら、肩口から滑り落ちた長い銀髪をぱっと背中に払う。 「操られている方もいらっしゃるようですから、一刻も早く救って差し上げましょう」 ジョン・D(ia5360)は弓に矢を番えながら辺りの様子を窺っていた。 「まぁ、元が『何』であれ。『誰』であれ。貰えるモノさえ貰えれば神様だって殺してみせますよって話で」 真珠朗(ia3553)はへらりと笑い、帽子のつばをつまんだ。 ●硬質の殻 ジョンがきりきりと弓を引き絞る。張りつめられた弦に番えられた矢は、手前の鉱夫に狙いを定めていた。手前にいるその鉱夫は短髪で、首に手拭いをかけている。少し奥にいるもう一人の鉱夫は、作務衣を身に着けていた。 「お体を傷つける事、お許し下さい。せめて傷少なくお止め致します」 軽く眼を伏せ、それから、青色の視線を強めて『朔月』を放った。 まっすぐに飛んだ矢は、短髪の鉱夫の脚を見事に射抜く。衝撃に、鉱夫は怯んだ。 短髪の鉱夫は刺さった矢を引き抜こうと顔を伏せ、作務衣の鉱夫は、矢が飛んできた方向を見定めようと辺りを見回した。 作務衣の鉱夫が彼らがいるのとは反対側の通路に目をやった瞬間、羅門、そして那美が広間へと飛び出した。 「先手必勝! さて、キミの斬り心地はどんなかな? ウフフフフフフフ♪」 鞘から短刀を抜きながら、那美は不敵な笑みを浮かべる。攻撃を誘い、それを踊るように避け、作務衣の鉱夫を大百足から引き離していく。 羅門もまた同じように短髪の鉱夫を大百足から引き離した。 続いてジョンが短髪の鉱夫へ、脩次朗が作務衣の鉱夫へと、それぞれ武器を構えながら駆け寄る。 その間を抜けるようにして、大百足を担当する空、統真、真珠朗、ゆえが飛び出した。 素早く大百足を囲み、武器を向ける。 「歪よ‥‥・彼の者を捻じ曲げろ‥‥!」 天儀人形を構えて、空が『力の歪み』を唱えた。大百足の周囲の空間が揺らぎ、その巨体が奇妙に捻じれる。 大百足は金属の擦れるような甲高い声を発して威嚇した。強靭そうな顎をカチカチと鳴らし、空に襲いかかる。 「空さんっ」 咄嗟にゆえが空の体を横に突き飛ばした。大百足の牙がゆえの肩を掠める。 「っ‥‥!」 ゆえが痛みに顔を歪めた。どうやら毒を持っていたようで、傷口が紫色に変色し始めている。 「今、解毒します‥‥!」 ゆえを連れて一旦後退した空は、符を取り出して『解毒』を使用した。見る間に、ゆえを侵食していた毒が抜けていくのがわかる。 統真は間合いを取り、大百足と向き合っていた。掌に気を集中させ、大百足の腹部に向かって『気功波』を放つ。 命中したものの、それは腹部の殻にわずかな皹を入れただけであった。 「腹まで硬いのかよ‥‥時間がかかりそうだな」 苦々しげに統真は舌打ちした。 一方鉱夫たちと戦っている四人。 短髪の鉱夫がつるはしを振り上げ、羅門に向かって突進する。 羅門は軽々と避けると、隙だらけのその背中に『空気撃』をお見舞いした。 「すまねぇが決めさせてもらうよ、っと!」 つんのめった鉱夫の側頭部に『骨法起承拳』を叩き込むと、羅門はすぐさま距離をとる。 湿った音と共に地面に沈んだ短髪の鉱夫は、体を丸めて呻いていた。 それを見た作務衣の鉱夫は矢を抜くのを諦め、つるはしを振り回しながら那美に襲いかかる。 「危ないなぁ、もう」 きゃらきゃらと笑いながら、那美は素早く飛び退った。 入れ替わるように脩次朗が『篭手払』を決める。 つるはしを振り払われてよろめいた鉱夫の背後に、那美が『早駆』を使って回る。 「それっ!」 楽しげな笑みを浮かべながら、那美は鉱夫の体の前に腕を回し、その心臓を刺し貫いた。 しかし鉱夫は、急所であるはずの心臓を貫かれてなお、動きを止めようとはしない。 「何で倒れないの!?」 驚きに目を見張り、那美が声を上げた。 「すでに肉体を喰われているようですね」 『炎魂縛武』を発動しながら、脩次朗が呟いた。構えた刀身が、紅い炎に包まれている。 「ご遺族に遺体をお引き渡しするのは不可能、ということでしょうか」 転倒している短髪の鉱夫の腹部に矢を打ち込んで、ジョン尋ねた。 鉱夫の行動に注意を向けながら、羅門が答える。 「肉体を喰われてるんなら、アヤカシと同じように消えちまうだろうな」 魂のみならずその肉体すら喰われ、死を迎えても何も残らず、遺せない。 それはどんなに無念で、残酷なことであろうか。 「‥‥ならばせめて、遺品だけでもお引き渡しいたしましょう」 『即射』で矢を番え、ジョンは言った。その青色の瞳は深い哀しみに染まっている。 心臓が駄目ならば、残る急所は一つ。 行動をつかさどる脳――すなわち頭だ。 実体があり、且つ動いている以上、例えそれが死者であっても、頭を潰されれば動けるまい。 ジョンは深呼吸をし、それから、矢を引き絞り、放った。 放たれた矢は、地面でもがく鉱夫の頭部に吸い込まれるようにして刺さる。 短髪の鉱夫の体は一度だけ大きく跳ね、そして動かなくなった。 「――決めさせていただきます」 脩次朗は『巌流』を発動。流れるように刀を薙ぎ払い、作務衣の鉱夫の首を斬り離した。 頭は重力に従ってごとりと落ち、首からは弱々しく血が噴き出している。 作務衣の鉱夫の体は痙攣しながら、ゆっくりと地面に倒れていった。 脩次朗とジョンは鉱夫たちの体を坑道の方に安置してから、大百足の逃走を防ぐためにその場に待機する。 「一気にいくぜ!」 羅門と那美が合流したのを見届け、統真は『八極門』を発動し、大百足の攻撃に備えた。体からは湯気のように気が立ち上っている。 続いて『泰練気胞・壱』で集中力を高め、大百足の目を狙って拳を打ち込んだ。 統真の拳は大百足の眼窩にめり込み、片目を潰す。 大百足は痛みに暴れた。尾を振りまわし、牙を鳴らしている。 「食らいやがれ!」 羅門は大百足の腹部の殻に入ったわずかな皹に、『骨法起承拳』を叩き込んだ。 皹はさらに大きくなり、隙間から軟らかな肉の部分が見える。 直後、羅門の体が弾き飛ばされた。 「ってぇ‥‥!」 額に汗を浮かべ、羅門が脇腹を抑えて呻いた。牙が掠めたようで、ゆえの時と同じく傷口が紫色に変色し始めている。 「羅門さん!」 すぐさま空が羅門に『解毒』をした。 その間に真珠朗が駆け出す。口元に不敵な笑みを浮かべ、肘を引く。そして大百足の腹部の皹に『骨法起承拳』を打ち込んだ。 「あたしにゃ、蝶の羽も蜂の針もないですがねぇ。この程度の芸当はやってのけるって話で」 彼が再び肘を引くと、腹部の殻は音を立てて剥がれ落ちた。軟らかな肉が露出する。 「さっきのお返しです」 ゆえは長柄斧を振り上げ、大百足の脚関節に思い切り振り下ろした。脚を四本ほど叩き折られて大百足が転倒する。 「‥‥百足かー。堅そうなのがなー」 那美が不満げに言いながら、転倒してもがいている大百足の腹部に短刀を突き立てた。 肉が薄いためにすぐに背中側の殻に突き当たる。 「ああもう! やっぱり硬くて斬り心地が悪い!」 盛大に文句を言って、那美は力任せに短刀を薙いだ。肉が抉れ、血ではなく瘴気が立ち上る。 「黒焼きにでもすれば高く売れそうな気もするんですがねぇ」 帽子を直しながら、真珠朗はそんなことを言う。 「アヤカシじゃあ、そうもいかねぇって話で」 奇声を上げる大百足を見ながら、彼は駈け出した。そうして大百足の傍まで行くと、頭部の殻の隙間に『骨法起承拳』を叩き込む。 大きく皹の入った殻を強引に引き剥がし、頭部の肉を露出させた。 大百足はまだ、立ち上がろうともがいている。殻が剥がされたことなど大した問題ではないとでも言うように、無数の脚を蠢かせ、牙を打ち鳴らして。 「D」 統真が短くジョンを呼ぶ。ジョンは頷き、そして弓を構えて矢を番えた。 体勢を立て直しつつある大百足の、露出した頭部に狙いを定める。 「これで、終わらせましょう」 ジョンは矢を放った。大百足の頭部を射抜いた矢は、巨体を二度三度とのたうたせ、そして沈黙させたのだった。 ●死の悼み 鉱山の入口では、依頼人である生き残った鉱夫が待っていた。 抱えられてきた仲間の遺体に、男は悲しげに顔を歪める。鉱夫たちの体からは黒い煙のようなものが立ち上っており、徐々に瘴気に還っていることが見て取れた。 「‥‥残らないんですよね」 地面の上に横たえられた仲間を見て、男が呟く。男は遺体の傍にしゃがみ込むと、短髪の鉱夫からは手拭いを、作務衣の鉱夫からは懐に入れられていたお守りを拾い上げた。 「本当に、いい奴らでした。俺は随分とからかわれましたけど、それでも励ましあって頑張ってきたんですよ」 男は唇を噛みしめている。彼の表情は無念と悲しみに染まっていた。 「俺がもっと強く止めていれば‥‥。そうしたらこいつらは死ななくて済んだんじゃないかって‥‥そんなことを考えてしまうんですよ」 「そんなことありません。仲間を救ってほしくて、私たちに依頼を出されたのでしょう?」 ゆえと羅門の治療をしていた空が、そっと男を励ます。 「遺体は残りませんが、それでも、ちゃんと救えたではないですか」 「‥‥そうだろうか‥‥いや、そうであってほしい‥‥。俺はちゃんと、あいつらを救えたのだと思いたい‥‥」 男は仲間の遺品を握りしめ、涙を零した。 「命を奪われるのみならず御体までも弄ばれるとはさぞや無念でしたでしょう。せめてこの後は安らかにお眠り下さい」 ジョンは鉱夫たちの遺体に黙祷を奉げる。まるで目の前に横たわる死者が身内であるかのように、深い悲しみに染められた表情。 その横では脩次朗が、左手を刀の柄にかけ、右手だけを立てる略礼で合掌をしていた。 倣うように、統真、そして治療を終えた空、ゆえ、羅門が手を合わせて彼らの冥福を祈る。 「まるで蟲毒みたいですねぇ。閉じた世界で異形共が殺し合い。最後に残るのは一番怖いモノだって話で」 真珠朗は帽子のつばをつまんで引き下げた。 かすかな笑みを浮かべたその表情から感情は窺えず、彼が一体どんな思いでその台詞を口にしたのかを知ることはできない。ただ静かに、瘴気に還りつつある体をみつめている。 「――やっぱりあの斬り心地が最高だねー‥‥♪」 手を合わせながら、那美はひっそりと微笑んでみせた。 |