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■オープニング本文 「その桜ってね、秋に咲くの」 少女は受付台の縁に手をかけ、伸び上がるようにして受付嬢に話しかけている。 「春に咲く桜と違って、黄色とか紫色とかもあってね。それが野原一面に咲いてて、すっごく綺麗なんだって」 「そうなの。それは見てみたいわね」 受付嬢は依頼書の整理をしながら優しく微笑んだ。 でもね、と少女の表情が曇る。 「野原へ行く途中の道に、怖いアヤカシがいるんだって。この間お友達が‥‥加世ちゃんって名前なんだけどね。その子が野原に行った時、襲われそうになったって」 少女の話を聞き、受付嬢の手が止まった。 「アヤカシ‥‥?」 「うん。大きな蟷螂だったって言ってたよ」 少女は両手を大きく広げて、そのアヤカシの大きさを示そうとする。 「大きな蟷螂がいたのね?」 「加世ちゃんの身長くらいあったんだって」 アヤカシがいるのならば、単なる少女の話で済ませてはいけない。 放っておいては被害の拡大に繋がりかねないのだ。 「うん。‥‥わたしも野原に行きたいんだけど、怖くって‥‥」 少女はそう言うと袂から何かを取り出した。 受付台の上に置かれたのは、数枚の銅銭。おそらくは彼女の小遣いなのだろう。 「だからね、開拓者のお兄ちゃんやお姉ちゃんに頼んだら、秋の桜が見に行けるんじゃないかなって思ったの。少ししかお金はないけど‥‥お願いします」 少女は小さな体を折り、深々と頭を下げた。 |
■参加者一覧
橘 一輝(ia0238)
23歳・男・砂
山本 建一(ia0819)
18歳・男・陰
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
伊崎 ゆえ(ia4428)
26歳・女・サ
こうめ(ia5276)
17歳・女・巫
榊 志竜(ia5403)
21歳・男・志
天駆(ia6728)
16歳・女・サ
玖守 真音(ia7117)
17歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●囮作戦 野原へと続く五十メートルほどの一本道。両側には子供の背丈ほどもある草むらが生い茂っている。 「うちとこうめちゃんとで先行すればええんやね?」 天駆(ia6728)は口元に笑みを浮かべた。糸目のために常に微笑んでいるふうではあるが、それが相まって柔らかな雰囲気を醸し出している。 「囮役、気を引き締め務めさせていただきます」 その隣でこうめ(ia5276)が目元を強めて言う。緊張しているのか、かすかに手が震えているのが見て取れた。 開拓者たちが立っているのは、秋桜が一面に咲いているという、野原へ続く一本道の入り口。道中に出るという蟷螂型のアヤカシを討伐するため、二人が囮となって先行することになっている。 「俺は草むらの中を屈みながら、姉様方に付いて行くよ」 玖守 真音(ia7117)が刀の柄に手をかけながら、天駆とこうめを安心させるように笑いかけた。大人びた内実を持つ彼は、こういった場面での心遣いが頼もしい。 「あやかし わるいやつ! ろうざ やっつける! がう!」 意気揚々とロウザ(ia1065)が声を上げる。尾があれば勇ましく振っていそうだ。 「では、私たちは少々離れて付いていきますので。何かあったらお呼びください」 「充分にお気をつけて‥‥」 橘 一輝(ia0238)と山本 建一(ia0819)が、そ二人に注意を喚起する。真面目な彼らにとって、危険な役を女性に任せるのは忍びないのだろう。 「囮の大役、本当にお気を付け下さい‥‥無茶をせず、アヤカシが見つかり次第後ろに引いて下さい」 心配そうな表情を浮かべ、榊 志竜(ia5403)は、顔見知りであるこうめに声をかける。 「私はこの場で待機しています。危ないですから、くれぐれも、油断しないで下さいね。何かあったら、すぐに行きますから」 伊崎 ゆえ(ia4428)は愛用の長柄斧を手に、凛々しい表情を浮かべて言った。 ●一本道の大蟷螂 ゆったりと二人は歩く。なるべく無防備に見えるようにと、時折世間話を交えながら、天駆はこうめとともに進んでいく。 「秋桜言うたら‥‥『少女の純真』やねぇ‥‥『真心』込めて届けたりましょか‥‥」 「ええ、もちろんです」 はにかみながら言う天駆に、こうめはそっと微笑んだ。 依頼人の少女のためにも、確実にアヤカシを倒さねばならない。道の先にある野原が子供たちの遊び場であるならば、なおさらだ。 こうめはちらりと自身の左側にある草むらに視線を投げた。自分たちに添うように、かすかに草が動いている。真音だ。 「一面の秋桜ですか‥‥楽しみですね」 十五メートルほど後方で囮役の二人の背中を見つめながら、建一は呟く。 「私も昔は秋桜が咲いた場所でよく遊んだものですよ」 にこやかに笑いながら、一輝は過去に思いを馳せた。脳裏に浮かぶのは、幼い頃に見た色鮮やかな秋桜。 この先に似たような光景があるのだろうかと、一輝が視線を道の先に走らせた時である。 残り十メートルというところで、天駆の右側にある草むらが、がさりと音を立てた。 「天駆の姉様、こうめの姉様、下がって!」 瞬時に真音が草むらから飛び出し、刀を構える。 次いでのそりと姿を現したのは蟷螂であった。無論通常の大きさなどではなく、複眼も紅に染まっている。 回復を主とする巫女の自分が怪我を負ってはなるまいと、こうめは大蟷螂を見たまま後退し、後続の者に道を明け渡した。 滑り込んできた志竜が、こうめを背後に隠すようにしながら問う。 「怪我はありませんか?」 「はい、大丈夫です」 そう言って彼女が頷くのを見、志竜はほっと胸をなでおろした。 「これでは分が悪いですね」 抜刀した一輝は、周囲の草を一息に払う。前方にあった草むらは、彼の膝丈ほどまで刈り込まれた。 「お二人とも、大丈夫ですか?」 一本道の入り口から、ゆえが武器を構えて駆けつける。 臨戦態勢の開拓者たちを前に、不利と見た大蟷螂は上空に逃げようと翅を広げた。 「聞いてた通りのすごく大きい拝み虫やねぇ‥‥ドタマ潰した後によぉく拝んだるから、堪忍してなぁ?」 天駆は薄笑いを浮かべながら、六尺棍を大蟷螂の右翅の付け根に力一杯振り下ろす。 湿った物体が潰れる音がし、少々浮かび上がっていた大蟷螂はバランスを大きく崩した。 「あやかし! しょーぶ する!」 ロウザはすばやく大蟷螂の背後に回ると、あらかじめ番えておいた矢を左翅の付け根に射ち込む。 大蟷螂はただ大きいばかりではなく、表皮も硬質化しているようであった。ロウザの矢は翅の付け根を射抜いたものの、潰すまでにはいたらない。 それでも彼女たちの攻撃でダメージを受けた大蟷螂は怒り、威嚇のために鎌を振り上げた。両の鎌を薙ぐように払い、開拓者たちを牽制する。 「少し大人しくしていてください」 建一は術で大蟷螂の動きを制限。呼び出された式神たちは大蟷螂の脚や鎌に纏わりつき、束縛する。 「少しでも早く、子供たちに遊び場を返してあげましょう」 「了解っ! この漢前参号の錆にしてやるぜ!!」 こうめの応援を受け、真音は嬉々として大蟷螂との間を詰めた。構えた刀で、振り上げられた大蟷螂の鎌をすばやく打ち落とす。 二つの鎌はどさりと地面に落ちると、早くも瘴気へと還り始めた。 「貴方がこんな所に出るから、皆さん安心して出かけられないじゃないですか」 ゆえは険しい表情を浮かべて斧を振り下ろした。重い刃は大蟷螂の脚に食い込む。 「ここで幕引きです」 言いながら志竜は、大蟷螂を一刀のもとに斬り捨てた。 ●秋桜の咲く野原 桃、白、黄、橙、赤紫――穏やかな秋風に揺れる、色とりどりの可憐な秋桜。 広い野原一面に咲く花々を見て、皆は一様に息を飲んだ。 「これ すごい! きれー‥‥」 ロウザが素直な感想を漏らす。その瞳は好奇心と感動にキラキラと輝いていた。 そして駆け出し、秋桜の花畑の中を楽しそうにはしゃぎまわった。 「素晴らしい景色です」 「ほんま、綺麗やねぇ‥‥。子供たちが遊び場にするんも、わかる気ぃするわぁ」 ほうと息を吐きながら、建一の言葉に天駆も同意する。 「みんな! おはなみ する! ろうざ いいもの もてきた!」 じゃーん! という効果音が聞こえてきそうな勢いで、ロウザが団子や菓子を取り出した。 「あの‥‥私もお弁当を作ってきたのですが‥‥」 続いてこうめが控えめに言ってしゃがみこみ、手にしていた風呂敷を開いてお重を取り出した。 「俺は干し柿を買ってきたぜ」 真音は懐から紙に包んだ干し柿を取り出して、にっと笑った。 ささやかな花見は始まる。 こうめが作ってきた弁当は、旬の素材をふんだんに使ったものであった。南瓜の煮物、栗ご飯、秋刀魚――。 「お口に合えばいいのですけれど‥‥」 同じく持参した温かい麦茶を皆に配りながら、こうめは不安そうに言う。 「とてもおいしいですよ」 微笑みを浮かべて、志竜が感想を述べた。 「ええ、おいしいです」 南瓜の煮物を口にしながら、ゆえもこくりと頷く。 花見のきっかけを作ったロウザはと言えば、夢中になって食べ物を口に運んでた。先ほどまではしゃいでいたのが嘘のような静かさである。 「おいしい食事に素晴らしい景色‥‥言うことなしですね」 建一が茶を啜りながらしみじみと呟いた。 しばしの花見の後、待っている少女のためにと一輝は花冠を作り始めた。 「はー、一輝君て器用なんやねぇ」 「私も昔遊んだことがあるので、これくらいは作れますよ?」 感心する天駆に一輝はくすくすと笑いながら手を動かす。彩り豊かな花冠は、すぐさま完成した。 その傍らでは、こうめとゆえが押し花を作っていた。 「どして はな ぺちゃんこ してる?」 二人の手元をじっと覗き込み、ロウザが首を傾げる。 「こうしておけば、ずっと綺麗なままで保管できるんですよ」 「ずと きれい? なら ろうざ いっしょ つくる!」 ゆえの答えにロウザは満面の笑みを浮かべると、見よう見まねで押し花作りを開始した。 花畑の中央では、真音と建一、そして志竜が花を摘んでいる。 「茎を斜めに切るんでしたよね?」 秋桜の茎に、斜めに鋏の刃を当てながら、建一は真音を振り返った。 「そうそう。んで、摘み終わったら根元を水で湿らした紙とか布とかで包む。こうすっと、花が長持ちするって母様から聞いたんだ」 丁寧に秋桜を摘みながら真音は頷く。 「できるなら一株か二株くらい持って帰って、家の庭で育ててみたいぜ♪」 「ここへ来ればいつでも見られますよ」 周囲を見渡しながらそんなことを言う真音に、秋桜を摘み終わった志竜がくすりと笑った。 花見をした場所に戻ると、こうめがそっと押し花を差し出してきた。 「よろしければ皆様も、此度の記念にお受け取り下さいませ」 桃、白、黄、橙、赤紫。ここにある秋桜を一色ずつ押し花にしたらしい。 「ありがとうございます、こうめ殿。では、私からも」 押し花を大切そうに受け取ってから、志竜はあるものを取り出す。 「先日手に入れたのですが、私には不要な物ですので‥‥。いつも美味しいお食事を頂いておりますので、その礼も含め貰っていただけますか?」 それはもふらのぬいぐるみであった。 「よろしいのですか? では、いただきますね」 こうめは柔らかそうなそれを両手で掬い上げるようにすると、胸元でぎゅっと抱きしめた。嬉しさからか、頬がわずかに赤く染まっている。 「‥‥兄さん姉さん‥‥えぇ雰囲気? えぇ雰囲気? ‥‥ほらほら、嬢ちゃん坊っちゃん方。うちらお邪魔虫や、はよ行こはよ行こ」 それを見ていた天駆は少々茶化すように言うと、にやける口元を手で隠し、こうめと志竜以外の仲間を手招きで呼んだ。 はたと我に返った二人は、顔を見合わせると一気に赤面したのであった。 ●花も陰りし 神楽の都、開拓者ギルド。無事に依頼を果たした一行は、依頼人である少女と初めて顔を合わせた。 「お姉ちゃんたちが、わたしのお願いを聞いてくれたの?」 「はい。大蟷螂はちゃんと退治しましたよ」 少女と視線を合わせるようにしゃがみこんだゆえが、優しく笑いかけながら言う。 「これでいつでも、あの野原に行けますよ。‥‥それから、これを」 健一は秋桜の花冠を少女の頭に乗せ、花束を手渡した。 「わぁ‥‥! 開拓者のお兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう!」 色とりどりの秋桜を手に、少女は顔いっぱいに笑みを浮かべて礼を述べる。 「子供の笑顔には、どんなに綺麗な花であろうと敵いそうもありませんね」 どこか嬉しそうに、一輝はくすりと綺麗な笑みをこぼした。 |