1. TOP
  2. クリエイター検索
  3. クリエイターズルーム
ルームバナー

小説:あなたとの関係 ―菜霧事件簿―

 皆さんお元気でしたか、浅井菜霧です。今日は久々に、あたしの日常生活の様子を皆さんにお見せしたいと思います。
 んー……しばらく振りに堅苦しい口調を使うと、やっぱり疲れるわねえ。

 春――4月。あたし、浅井菜霧は無事に高校3年に進級していた。一応クラス替えもあったけれど、主だった友人たちと別れることもなく、すんなり同じクラスになった。素直にいいことだと思うわ、うん。
 もちろんその中にはあいつ――大野勇次も含まれる訳で。……嬉しいとは思うんだけど、どこか恥ずかしさもあるのはあたしのわがままなんだろうか。
 そんな気持ちにあたしがさせられるのも、先月のあの出来事がそもそものきっかけだった。ついになのか、とうとうなのか、ともかくあたしは勇次が好き……だということを自分の口で告白していた。
 勇次の気持ちは、以前から態度で伝わっていた。だからあたしの告白も特に拒絶されることもなく、勇次に受け入れられた。その時のことを思い返すと……すぐに顔が紅くなってしまう。やっぱり恥ずかしいからだ。
 こういう状態を世間では付き合っている、交際していると言うんだと思う。思うんだけど――。
「菜霧、何物欲しそうな顔してんだよ」
 勇次は読んでいた雑誌から顔を上げて、あたしに話しかけてきた。今居るのはあたしたちが所属する『情報研究会』の部室、いつもの場所だった。
「えっ? ……何でそんなこと言うのよ」
「いやさあ。だってお前、じーっと俺の顔見てるし」
 勇次はそう言うと、雑誌のそばにあったお菓子の袋を手に取った。勇次がコンビニで買ってきた、つい先日発売されたばかりのお菓子だ。ちなみにまだ封は開いていない。
「腹減ってんのか? なら分けてやるけど、その代わり『お願いします、勇次さま』と言うこと。いいよな?」
 ニイッと笑って見せる勇次。あたしはそれを見て、少し腹が立った。
「あたしはお菓子が欲しいから、あんたを見てたんじゃないのよっ」
「何だ、違うのか。じゃあ何で見てたんだよ、物欲しそうな顔して」
「そ、それはぁ……」
 拍子抜けした様子の勇次。あたしは言葉に困ってしまった。
 理由はちゃんとある、お菓子じゃないけど。けれど、『物欲しそうな顔をしている』なんて言われた後で、言い出すにはちょっと抵抗のある理由。
 あたしが勇次を見ていたのは、確かめたかったからだ。ちゃんとあたしたちが付き合っているんだということを。

 お互いの気持ちを確認出来たとはいえ、それであたしと勇次の関係が変化したかと聞かれると……正直答えようがない。だってあたしの見る限り、勇次の態度が変わったようには思えないのだから。
 今まで通りの態度、今まで通りの関係。告白前と何も変わっていない。これで付き合っていると言えるのか、あたしが疑問に思うのも当然の話だった。
 だからあたしは今、勇次の顔をじっと見つめていたんだけど……ほら、この通り。……あたしって、そんなに物欲しそうな顔してたのかなあ?
「何だよ、もったいぶって。ほら言えよ、菜霧」
「もうっ、言えばいいんでしょっ! 言えばぁ」
 追求してくる勇次に対し、あたしはつい怒ってしまった。
「……言わせてもらうけど」
「おう、どんとこい」
「あたしたち、付き合ってるのよね?」
「あ?」
 あたしの言葉を聞いた途端、勇次はきょとんとした表情を見せた。
「だから、付き合ってるんでしょ?」
「……当たり前だろ」
 もう1度あたしが言うと、勇次は少し顔を背けて答えてくれた。きっと、恥ずかしかったんだと思う。
「何で急にそんなこと聞くんだよ」
「何よ。あんたが言ったんでしょうが、理由言えって。あたしはそれに従っただけじゃないのよ」
「それとこれがどう関係あるんだよっ」
「あるわよっ!!」
 売り言葉に買い言葉、ついあたしは大声を出してしまった。何か言おうとしていた勇次が、反射的に口をつぐむ。
 あ……これは失敗しちゃったかも。
「……あるから言ったのよ」
 とりあえず、口調を落ち着かせて空気を和らげることにした。
「言ってみろよ」
「だってさぁ……付き合ってるって言っても、それで何か変わった? 今までと同じじゃない。やってることって」
 勇次は何も言わなかった。あたしはそのまま言葉を続けた。
「もう少し、何か変わるものなのかなって思ってたんだけど」
 一応、あたしも18歳になったばかりの乙女。付き合った恋人同士が何をするのか、知識として知ってはいる。ああ、別に行く所まで行きたいって訳じゃないのよ。でも……ほら。ねえ……?
 すると勇次は、しばらくあたしの顔を真面目な表情で見つめてから口を開いた。
「今すぐにでも変えたいのか?」

「…………」
 あたしは言葉に困ってしまった。だって、別に今のままで満足していない訳じゃないから。けど何か……上手くは言えないんだけど、胸の中に漠然とした不安らしき物があるような、そんな感じがして。
「変えるのは簡単だけどな。変わらないってのは結構難しいぞー」
 真面目な表情から一転、おどけるように勇次が言った。
「変えるなら、俺が菜霧に手を出しゃいいだけだもんな」
「ばっ……馬鹿っ! いきなり何言い出すのよっ!!」
 たぶんこの時、あたしの顔は紅くなっていたんだと思う。真正面からそんなこと言われると……対応出来ないじゃないっ!
「あれ、違ったか? んじゃ、俺が菜霧に手を出され……」
「このっ……大馬鹿ぁっ!!」
 次の瞬間、あたしは身を乗り出して勇次にパンチをお見舞いしていた。
「あんたの冗談は笑えないって、前から言ってんでしょうっ!!」
「何言ってんだ! 今言いかけたように、お前手を出してきただろうっ!!」
「あんたの言ったのは、こっちの『手を出す』じゃないくせにぃっ!! ああ、もう頭くるわねっ! 罰としてこのお菓子、没収してやるんだからっ!」
 あたしは勇次の前に置いてあったお菓子の袋を、かっさらうかのように取り上げた。
「うわ、菜霧横暴!」
「反省しなさいよっ!」
 あたしは一気にお菓子の袋の封を切ると、もぐもぐと食べ始めた。
「おいおいおいっ、それ俺のお菓子だろ!」
「ふふん、もうあたしの物だもーん。欲しかったら『お願いします、菜霧さま』って言うこと。いいわね?」
 抗議する勇次に対し、あたしはにんまりと笑ってみせた。きっと勇次は腹を立てていることだろう。
「くっ……悔しい……。ええいっ、お願いします菜霧さまっ!! どうだっ、これでいいんだろっ! これでっ!!」
「はい、よく出来ました」
 あたしはくすくすと笑いながら、お菓子の袋を勇次の方に向けてあげた。すぐさま袋に手を突っ込む勇次。
「そんなに慌てなくても逃げないでしょ?」
「こんなに慌てないとお前に逃げるだろ」
 手一杯のお菓子をつかんだ勇次は、そのまま一気に頬張った。その様子はまるでハムスター。あたしはまたくすくすと笑ってしまった。
「たくもう……馬鹿ねー」
 呆れた素振りを見せながらも、あたしは勇次らしい行動だなと感じていた。そして、ベットボトルのジュースをコップの中に注ぎ入れた。この後の展開が、あたしにはおおよそ想像ついていたから。
「……ぐっ! ぐふっ、げふっ! ふぉ、ふぉふぉふぁっ……」
 ほら、やっぱり。勇次は口元と喉を押さえながら、激しく咳き込み出した。詰まると思ったのよ、あれじゃあ。
「ああ、ああ、何やってんのよ。はい、ジュース」
 あたしはすっとジュースの入ったコップを勇次に差し出した。勇次はひったくるようにコップを受け取ると、ごくごくと一気にそれを飲み干した。
「……ふう」
 詰まったお菓子を流し込めたようで、勇次は小さく溜息を吐いた。
「落ち着いた?」
「落ち着いた」
「たく、もう……何やってんだか。あたし、こんな馬鹿な理由で恋人失いたくないわよ」
「んじゃ、どんな理由ならいいんだよ」
「保険金たっぷりかけて、天寿を全うさせる」

 あたしはさらりと言い放った。
「……お前なあ。それ夫婦の場合だろ」
「同じよ。事故もなく大きな病気もなく、無事に天寿全うしてくれればあたしはそれで十分」
「相変わらずだな、菜霧も」
「お互い様でしょ。勇次だって」
 ふと勇次と目が合った。笑みが自然とこぼれてくる。
 結局いつもと同じ日常だけど……当分はこのままでいいのかもしれないと思った。少なくとも、去年の今頃より1歩前には進んでいるのは確かなんだから――。

【おしまい】

(初出:高原運営のメールマガジン『マリーのノート』より)

←戻る

小説:おねむりさん ―ソーラーメイド さなえさん―

「さなえさん……さなえさんってば」
 ボク赤坂麗奈は、ふかふかのお布団の上ですうすうと気持ちよさそうに眠っているさなえさんを揺り起こした。
「起きなよ、さなえさん」
「……うみゃ……うみゅう……」
 けれどさなえさんは頭をふるふると振って、なかなかお布団から起き上がろうとしなかった。いつものメイド服に身を包んだまま。
 久々に暖かい秋の日昼下がりの縁側、さなえさんはお日さまの匂いがするお布団の上で眠っていた。その状況から見て、干したお布団を取り込もうとしてそのまま眠ってしまったのは明らかだった。
 さなえさんはボクの家に居るアンドロイドのメイドさんだ。それも、お日さまの光をエネルギーに動いているソーラーメイドさん。だからこうして眠っているのは、エネルギー補給にはいいんだろうけど……。
「眠るんだったら、せめてお布団片付けてからにしようよ」
 ボクは溜息を吐いた。せっかくお布団が干してふかふかになったのに、これじゃ意味ないじゃないか。
「さなえさんってば!」
 ぐいと顔を近付け、ボクはさなえさんの名を呼んだ。
「うみゅう……」
 その時、さなえさんの手が動いてボクの身体をぐいと自分の方へ引き寄せた。自然とボクは、さなえさんの上にのしかかる感じになった。
「ちょ、ちょっと! さなえさん!?」
 びっくりしたボクは、ぺちぺちとさなえさんの頬を叩いた。
「みゅう……まだ眠るんですぅ……」
 むにゃむにゃとそんなことをつぶやきながら、さなえさんはボクのことを放そうとしなかった。
「ふみゅ……気持ちいいですぅ……」
 本当に気持ちよさそうな表情を見せるさなえさん。今の行動に悪気はないのは、この寝顔を見ればよく分かる。
「もう、しょうがないなあ……」
 ボクは少し諦め気味につぶやいて、そのまま静かに目を閉じた。さなえさんから漂うお日さまの匂いを感じながら……。

【おしまい】

(初出:高原運営のメールマガジン『マリーのノート』より)

←戻る

小説:五月雨 ―ソーラーメイド さなえさん―

「うみゅう……」
 6月――梅雨の季節を前にして、さなえさんに元気がなかった。外は雨、一応まだ梅雨入り宣言は出ていないみたい。
「……ふみゅう……」
 さなえさんがテーブルに突っ伏した。やっぱり雨の日はダメみたい、さなえさん。
 さなえさんはボク、赤坂麗奈の家に居るアンドロイドのメイドさんだ。それも、お日さまの光をエネルギーに動いているソーラーメイドさん。
 だからこんな雨の日はエネルギーの補給も不十分。今みたいに元気がない。梅雨に入ったらなおさらだ。ぽけぽけっぷりが酷くなって、失敗も増えてしまう。
「さなえさん、大丈夫?」
 ボクは心配になって、突っ伏しているさなえさんに声をかける。さなえさんは顔だけボクの方に向けて答えてくれた。
「大丈夫ですぅ……」
「今日は朝からずっと雨だもんね。……緊急用のライト使う?」
 緊急用のライトは、形は電気スタンドのような物だ。ボクには仕組みはよく分からないけど、太陽光並みの光が出てくるってマニュアルに書いてあった。
 これをさなえさんの顔に当たるようにセットすると、数時間くらいで充電出来るんだけど……。
「そんなの勿体無いですぅ……。まだ平気ですからぁ……」
 遠慮するさなえさん。それもそのはず、充電は結構電力を消費しちゃうから、さなえさんはあまり進んで使おうとはしない。
「じゃあ、今日の家事はボクがやるから、さなえさんはおとなしくしてて。動くとエネルギー使っちゃうんでしょ?」
 ボクはさなえさんに言うと、洗い物がたまっていた台所の方へ向かった。
「うみゅう……麗奈サンすみませんですぅ……」
「別にいいよ。無理されて、さなえさんに動けなくなられたら困るもの」
 さなえさんの申し訳なさそうな言葉を背中で聞きながら、ボクは答えた。本心だった。
「ありがとうございますぅ……麗奈サン優しいですねぇ……」
「優しくなんかないよ」
 ボクはそうとだけ答えた。だってこういう気持ち、半分はボクのわがままなのかもしれないから……。

【おしまい】

(初出:高原運営のメールマガジン『マリーのノート』より)

←戻る

▲TOP▲