「ん~いつもの場所、と」  ローセリアは二階に上がる階段前の会議室使用状況を表示する掲示板を見た。いつも利用している部屋の場所にリーダーの名前があることを確認すると小走りで階段を駆け上った。右手に持ったサンドイッチの紙袋がカシャカシャ音を立てる。 (あれ? もしかして一番乗り?)  会議室の入り口で小首をかしげる。いつもならばすでに到着している仲間の声が部屋の外まで聞こえてくるのだ。だが今日は部屋の中は静かで、物音一つしない。 (一番乗りなんてラッキー♪ みんなが来るまでゆっくりサンドイッチたべよっ……と?)  別に『一番乗り』に執着があるわけではないが、何だか嬉しくなってドアを開ける。しかし目に飛び込んできた光景は予想外のものであった。 (……あいつが、来てる)  ローセリアは嫌な表情を隠そうともせず、露骨に先客に視線を向けた。部屋の奥の椅子に足を組んで座っている男性は、いつものごとく顔が見えないようにフードを目深に被り、腕を組んで俯いていた。ローセリアが入室したことに気がつかないのかはたまた無関心なだけか、ピクリとも動かない。 (……最悪。こいつと二人きりなんて)  ローセリアは彼――ゼフィロスが嫌いだった。何処が嫌い、と聞かれると困るのだが、あえて言うならば「何だか馬鹿にされているように感じる」というところだろうか。初対面の時、彼を紹介してくれたリュミエールが『とても頼りになる風使いさんよ』と紹介してたことにも、彼がとても信頼されている――自分よりも――と感じて焼きもちのような不快な気持ちを抱いた。 (いっつも人のこと馬鹿にしてくれちゃって……。フードとって素顔も見せないし……胡散臭いのよね)  どういう理由からか、ゼフィロスは決してフードを取って素顔を見せることは無かった。フードを取るときはいつも得意の変装技術で顔を変えてから、という念の入り様だ。ローセリアよりも前にパーティに入っているというが、他のパーティメンバーの中にも彼の素顔を見たものはいない。しかしその実力は確かなものらしく、皆彼を信頼して仲間として迎えていた――ローセリア以外は。 (ま……新入りの私がパーティの人事に口を出せるわけはないのだけれど)  パーティメンバーの六人の中では、彼女が最も新入りであった。ただ個人的に「気に食わない」という理由だけでただ一人をパーティから追い出すなんてできるはずも無いし、そんな我侭なことするつもりも無かった。彼の彼女に対する扱い以外は、特にパーティに不満を感じることはない。 (……っていうか、何か話し掛けてきても良いんじゃないの? いつもだったらすぐ馬鹿にするくせに)  二人しかいない室内での沈黙に耐えられなくなったローセリアは、椅子に座って俯いたままのゼフィロスを観察し始めた。良く見ると、その肩が規則正しく上下している。 (……もしかして、寝てる?)  くすり、と悪戯を思いついた子供のような笑みをたたえ、ローセリアはサンドイッチの包みをテーブルにおいて忍び足でゼフィロスへと近づく。無防備にも――表情が全く伺えないので完全に無防備といえるわけではないのだが――彼は彼女の接近を許している。 (この隙に、素顔を見せてもらおうじゃないの)  ゼフィロスの正面に回り、慎重に慎重にフードへと手を伸ばす。緊張と期待でその手は震えていた。 (あと、少し)  やっとフードに手を掛けた、その時。ゼフィロスの全身から突風が吹き出てローセリアを襲った。風は彼女を彼から引き離し、牽制とばかりにその白い肌に線を引いた。そしてその線からは赤い血がにじみ出る。 「ひゃあっ!?」  一瞬のうちに吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。かろうじて受身を取ってたみたが、打ち付けた尻がズキズキと痛む。ミニスカートから出た足や露出している腕を見ると、切り傷がいくつもできていた。 「っ……たぁ。何なのよ、一体!」  ゼフィロスを睨むが、彼の肩はまだ規則的に上下している。 (……まだ、寝てるの?)  立ち上がり、再び接近してフードに手を伸ばす。しかし、結果は先ほどと同じであった。成果は無く、ただ切り傷と身体の痛みが増えただけ。 「ちょっとぉっ! 人を馬鹿にするのもいいかげんにしなさいよぉっ!」 「……ん?」  いいかげん頭にきて激昂をぶつける。だが返ってきたのは寝ぼけた返事。 「女の子に傷をつけておいて、何も言わないわけ!?」 「……あー……」  やっと目覚めたのかゼフィロスは頭を上げ、自分の目の前で切り傷だらけで座りこんでいるローセリアを見る。暫くして状況を理解したのか、彼女の『一部分』を見つめながらボソリと呟いた。 「……女扱いして欲しければ……少しは恥じらいを覚えろ………白で清純派を気取るのは悪くないが……」 「!?」  淡々と告げるゼフィロスの視線を追い、彼が何を言っているのか気がつく。先ほど風に吹き飛ばされた際に膝を立てて座っていたため、ミニスカートであることも手伝って、正面にいる彼に足と足の間から下着をご丁寧に見せる形になっていたのだ。