『仕合』 夜、通りには人一人いない。 いや目が慣れてくれば、二人の男がそこに見える。 身動きしない二人が、手に刃を持っている。 刀を構えるとき、人は一つの星を成す。 即ち、その半身を分けての陰と陽である。 鞘を携える側を陽とするこの捉え方は、対して利き腕に属する側面、陰が得物によって攻めがたいところから来ている。 脇に構えると分かりやすい。 自身の陽を無防備にさらけ出すことで陰は更に濃く、手の届かぬ場所へ堕ちていく。 更にこれは、相手を誘う一面の陽と、深さ間合いを計らせぬ陰という攻めの見地もある。 ここから斬撃を繰るとき、胴を払ったとしよう。 刀の月光と共に、陽は隠れ、陰が露わになる。 落ちる間際の夕焼けの陽、月隠れ帳の降りた陰、時の谷間に死が潜む。 今彼が対している男は、腰を落とし、刀を収めた鞘に手を添えこちらを注視している。 言うまでもなく、居合いである。 改めて奇妙な構えだ、彼はそう思った。 表面構造だけをさらえば、前述の脇構えの変形と言えなくもない。 だが居合いでは陰が前に浮かび、月も陽の中で鞘に隠れる、それは闇の剣だった。 やりづらい。 居合いは決して万能とは言い難い構えだが、やりづらいの一言は誰もが口にした。 彼がしている正眼、刀を前に出す構えと比べれば自ずと見える。 自身の間合いを申告しそこを縄張りとするようなこの構えは、当然守りやすいが敵の懐に入るのは一苦労である。 だが居合い含む脇構えは、目に見える形で間合いが存在していない。 特に居合いはその速さと一見無防備な姿に、対した者は得体の知れぬ深淵を見ると言う。 さて、どうしたものか。 居合い者は動かない。 奴らは後の先を取ることで、その間合いと時を、遠大に見せようとする。 しかしこちらから動かねばじりじり詰め寄られ、見えぬ暗所に引きずり込まれて没すのみ。 振り出せば死ぬ、振らねば窒息。 ならば振らずに、駆けろ。 だっと、彼は走り出した。 速い、それもそのはず。 彼は間合いの外でも内でも、刀を全く振らなかった。 振らずにいた分、距離が伸びる。 陽から抜かれた居合いの剣の、更に後ろを駆け抜けた。 陰に駆け込み、地を踏みしめると、背中にひやりと刀が触れた。 わずかな痛み、ここより一歩でも行けば己の刃が届かない。 一閃。 窮屈な雲間から、月に照らされた銀光が伸びる。 陰の陰。 男は振り抜いた姿のまま、背から一文字の血を出して崩れた。 真っ暗闇の暗がりに、光が射した瞬間だった。 「いい月、見れたかい」