『死の予兆』 四角く切り取られた青空を見ていた。 窓から差し込む陽の光すら眩しく、久しぶりに開けた景色を前にして、胸が詰った。 やつれた頬と細めた目が手前のガラスに映り、僕はむしろ、そこに生を感じた。 ここ数日、病気を患っていた。 身体が弱っているときの病だと医者は言った。 若者でかかるのは珍しい方だが、別段心配する程でもない。 しばらくは栄養と睡眠をたっぷり取るようにと。 数日経った今、まだ違和感は残るものの、確かに僕は生き残ったようだった。 こんな青二才が言うのはおかしなことだと思うかもしれないが、今回のことに限らず、僕は最近になって死の予兆というものを常々感じていた。 それは最初、日常の風景の中に密かに紛れている程度だったが、ふと気が付けばひたひたとその歩を進め、今では振り向くといつでもその存在を見て取れる程になっていた。 不思議なことに、恐怖や不安に駆られるといったことはあまりなかった。 僕はただ死への入り口を見つめ、じっと佇んでいた。 恐れたところで、何かあるわけでもない。 それが来たときには、ただ死ねばいい。 言い聞かせるわけでもなく、静かに、そう思っていた。 昨日起きなかったことが今日起きるはずもない。 同様に、今日なかったことがこれからあるはずもない。 死という一点が僕の線上に現れたとして、それを境に、あるいは今このときを境に何かが変わることなど、ありはしないのだ。 だから精一杯生きろ、そんな野暮な言葉もいつかどこかで聞いた気がするが、今はただ何もかもが、その口々を閉ざしていっていた。 暗い部屋で横たわっている間、天国の扉だとか、天国への階段なんて曲ばかりを聴いた。 一番落ち着いたからだ。 それは今も変わらなく、僕はこうして明るい空を眺めているこのときも同じ曲をかけている。 天国なんてない、死にたいわけでもない。 あがいているわけでも、絶望しているわけでもない。 僕は明確に、生きていた。 鳥が一羽、鋭く西へ向かっていく。 まだ少し痛む右脇腹に手を当てながら、それを目で追った。 あの山を越え、あの鳥は何処へ行くのだろうか。 しばらく考えていたが、やがてその興味も失せ、僕は自室を後にした。 残されたその空間では、いつまでも緩やかな音楽が流れ続けた。 時が経つと強烈な西日が差し込み、部屋は紅く染まる。 そうして迎えた夜が過ぎれば、じきにあの四角い外に、また空が広がるだろう。