超短編「序曲」 「序曲病ですね」  ばーん、と脳内でピアノが荒々しく鳴らされたような感覚に陥る。 「まあ、一種の不治の病ですからくよくよしないことです」  ぶひょう、と乾いた尺八の音が耳に響く。 「そりゃ私も医者です。患者さんの辛さを和らげてあげたいのですが、不治の病だけは……」  小豆がざるの中で揺すられたような雰囲気に包まれて……。 「いや、そこは小豆じゃないです、大豆です」  す、すいません。く、苦しい。 「今は黒板を爪でひっかいた時のような寒気が背筋に走ったでしょう? 事ほど左様にある程度コントロールできるのです。どうです。病を治そうとするのではなく、病と真正面から闘ってみませんか?」  医者はにっこりと人差し指を立てて言う。  それから俺の人生は変わった。  公園を歩いていても、ベンチに座るお年寄りに声を掛ける、転がってきた野球のボールを子どもたちに投げ返してやる、指をくわえて意味もなくこっちを見続けている母に抱かれた幼児に手を振ってやる。  音が。  響きが、リズムが、モティーフが。  俺を俺を包んで日の光の中世界を感じさせてくれている。