現代からファンタジーへ  どこかで出会ったことがあっただろうか。  そんな、古いナンパのテクニックかとも思える思考が脳内を巡った。  普段通り、通勤途中にすれ違っただけ。  たったそれだけの行動の中で、閃光が走るかのような衝撃を憶えた。  ――知っている。  自分は、知っている。 「……、……っ」  たまらず、振り返った。それが誰かも分からないというのに。  その視線の先には、やはり誰かも知れない人物が立っていた。  こちらを見ている。  少しだけ大きな瞳が、見開いている。  その光景に、忘れ去ったはずの記憶が揺れ動かされた。  ブレて、またブレて、必死に修正する。脳内で行われているその動きに、目眩が起こった。  ドン、と肩に重い衝撃があった。  そうこの場は通勤者で行き場う場所。立ち止まってる自分は、邪魔者にしかならない。  どんどん溢れてくる人混み。皆、電車やバスに乗り込むために歩いているだけなのだが、それが酷く恐ろしいと感じた。 『恐れを感じてしまったのなら、君はもう此処にはいられない』 「……え?」  どこからともなく聞こえてきた声。  直接、脳に響いたかのような感触に、瞬きをする。  そして、先程振り返ったの人物へと視線を戻した。  するとその人物は、先ほどとは全然別の姿でそこに立っていた。 『見えるんだね。やはり君はそうだったんだろう。運が悪かったと思って、諦めて欲しい』 「なんだって?」  灰色のフードが付いたローブ。まるでゲームやおとぎ話に出てきそうな姿。  髪は白く、その瞳は――。 「……『  ?』」  自分が発した言葉が、信じられなかった。  知らない響きを、平気で発した。名前らしかったが、とても表現できるものではない。  すると視線の先のフードの人物がニヤリと笑ったのが見えた。 『名を言えたね。そう君は、元々はわたしたちの世界の存在だったんだ。……探していたよ、ずっと』  自分だけに聞こえる言葉で、そんな事を言われ、何故か涙腺が緩んだ。  知っているのだ。  自分はこの人物を、そして世界を。 『……まだ、間に合うか?』 『さぁ、それはどうだろう。君次第じゃないかな。この世界に未練がないなら、早くこの手を取って。一緒に帰ろう』  差し出される手。  自分はそれに、躊躇いなく歩み寄る。  手を取らねばならない。迷ってもならない。  そんな気がしたからだ。  数歩進んで、向けられたままの手のひらを取る。  すると強い光が周囲に広がり、視界が塞がった。  その光景は雑踏の中では何の変化もなく、人々は普通に道を行き交っている。  やがてその光や収束し、二人の影はどこにも見えなくなった。  残されたものは、通勤用に持っていた鞄だけ。  それがどさり、とアスファルトの上に落ちたが、気に留めるものは誰一人としていなかった。