お題「バレンタイン×足が動かない」 ●普通男子 第三者視点 王道恋愛編  日本ではバレンタインと言えばチョコレートと相場は決まっている。そして、告白するのは女性の方、受け取る側は男性だ。  近年では義理チョコやら友チョコやらと色々な名目をつけてチョコが売られているが、半分はお菓子屋の戦略だろうと彼は理解している。そんな彼の名は甘利 虚無(あまり きょむ)。どうしてこういう名がつけられたのかは不明だが、なんとなくボーとしているからかもしれない。とはいえ、男である以上多少なりともこの時期になると無関心ではいられない。周りがやれ「今年は十個貰ってやる」だの、「モテない奴には義理チョコがお似合い」だのと話題に上がり、聞きたくなくとも聞かされてしまう訳だ。 (はぁ、何個貰おうが甘いものは勘弁してほしいなぁ)  甘利ははっきり言って甘いものは苦手だった。そして、それを公表しているから昔からチョコを貰った覚えがない。  ならば別のものを貰ったことはあるのかというとそうでもない。顔は悪くない筈だった。頭も中の中だし、運動だってそこそこできた。けれど、彼女はこの方一度もいない。最近のお子様事情はよく判らないが、早い子だと幼稚園児でも恋人がいるとかいうニュースを聞くと驚きを隠せないでいる。  (まあ、さすがに本気じゃないだろうけどね…)  若気の至り、幼児の戯言。けど、思春期近い甘利にとっては『恋人』に興味がない訳ではない。 「なあなあ、甘利のタイプはどんな子だよ?」  前の席の友達が休憩時間という事も相まって、そんな話を振ってくる。 「別に…そんなの興味ないし」  クラスの女子で特に好きな子はいない。  みんなお高く留まっているように見えるし、何かと言えば男子が悪いといちゃもんも多いからだ。 「えー、そんなってなんだよ~。じゃあさ、好きな女優とかは?」  追求するように続く質問。それに答えたとして、付き合える可能性なんて万に一つもある訳ないのに、どうして聞きたがるのか。 「さあ、そういうのよく判らないよ」  甘利はそう言うと、その場を離れることにした。この話題に付き合うのに嫌気がさしたのだ。  今は昼休みだから次の時間まで余裕がある。そこで静かになれる場所を求めて、彼はなんとなしに屋上へ。  今日は冬の晴れ間というべきか、ここ最近で一番暖かい。昼であれば、屋上に出てもそこまで寒くは感じないだろう。  が歩を進めるにつれて、思ったより人が多い事に気付く。 (そうだ…俺は馬鹿なのか?)  さっきも言ったように今日はバレンタインだ。学校にチョコを持ってきている女子のなんと多い事か。  先生もこの日だけはなんとなく見て見ぬ振りをしているようで、受け渡し場所は様々だが目につきにくい場所と言えば、やはりここになってしまうらしい。案の定、重い扉を開ける前からその先では複数の人の気配を感じて、甘利は踵を返す。 (あー、他に静かな場所あったっけかなぁ)  いける場所は限られる。体育館なんて休み時間に入る場所ではないし、トイレにこもれば一人になれたとしてもその後いじられるのが落ちだ。具合が悪いと言えば保健室という手もあるが、流石にそこまでする理由もない。となるといける場所はあと一つ。 「図書室か」  自分に言い聞かせるようにそう呟いて、甘利は光差す廊下を歩く。 「あ、甘利!」  そこで彼を呼び止めたのは同じクラスの委員長でもある女子だ。 「え、何? なんか用?」 呼び止められる理由を見つけられず、だるそうに尋ね返す。 「用事って程じゃないんだけど…その、私の妹の友達が、あんたに話があって…」  いつになく歯切れの悪い言い方で…けれど、自分事じゃないのであればそうなっても仕方がない。 「ふーん、でその友達ってのは?」  委員長の傍にいるのかと思い、背後を探る。けれど、そこにそれらしい人の姿はない。 「放課後、校舎裏の花壇にホームルーム終わってすぐだからね。絶対行ってよね」  委員長はそう言うとぱたぱたと駆け出した。それを目で追った甘利はここに来て初めてハッとする。 (この展開って、もしかして、もしかする?)  友達を使っての呼び出しに、放課後の校舎裏。加えて、今日はバレンタイン。  となれば…甘利の脳裏に浮かんだのは人生初の告られるという未知なる体験の前兆に他ない。  (マジなのか…本当に、本当の?)  その事を考えると午後の授業は全く手につかなかった。頭を過るのは相手がどんな子かという事ばかりだ。  友達には興味ないと言ったが、やはり可愛いに超した事はない。自分より少し小さくて、ウサギみたいにふわふわしてて、そしてちょっと怖がりとかだと守ってあげたくなるかもしれない。 「逆に身長高かったらいやだなー」 「ん? 甘利、何が嫌だって?」  無意識に言葉になっていたらしい。いきなり指摘されてバツが悪く顔を俯ける。  だが、彼を待っていたのはめくるめくキラキラした告白タイムではなかった。   「えーと、君が委員長の妹の友達?」  黙ったままの相手を見つめて甘利が問う。校舎の陰と俯いてるせいで相手の顔がはっきり見えない。これでは可愛いのかどうかも、恥ずかしがっているのかどうかさえ判らない。ただ、一つ言えるのは目の前にいる生徒は多分女子。何かの罰ゲームで女装をさせられていない限りは…だ。 「あの、その……私……ずっと、き…で」  虫の囁きかと思う位のか細い声で彼女が言う。だが、二人の間には少し距離があって正直甘利には聞き取れない。 「ごめん。もうちょっと大きい声で」 「ダメです、それ以上近付かないで!!」  半歩踏み出そうとした彼に対して彼女は慌てて後方に後づ去る。 (これじゃあ何も聞こえないんだけど…)  その後も近づけぬままそんな時間が続いて、別からの人の接近を感じ取ると慌てて彼女はその場を逃げ出し、残された甘利はただただ立ち尽くすしかない。 (何だったんだ、あれ…)  胸についていたバッヂの色からして学年は自分より一つ下だったように思う。  後、そういえば何度か部活の時に見かけた事があるようなそんなシルエットをしていた気がする。 (名前くらいはちゃんと聞きたかったな)  自分を呼び出した唯一の女子。けれど、彼女からこの日チョコが届けられることはなかった。 【fin】 ●内気女子 本人視点 王道恋愛編    二月十四日――今日は女の子にとって一世一代の日。私にとってはリベンジの日。  世界じゃ男女が逆転しているとかそう言うのを聞くけれど、それは別に今の私には関係ない。  好きな人にこの手作りチョコを送る。それだけで自分の気持ちが少しでも伝えられるなら、この行事も悪くはない。  だって、彼を前にすると言葉も身体も緊張して動かなくなっちゃうから…『好きです』のたった一言が声にならなくて今まで何度も失敗している。  始めは友達に手伝って貰って会える機会を作って貰った。  だけど、結局来て貰ったのに顔を上げる事も出来ず、何も言えないまま逃げ出した。  次の機会では想いを手紙にしたためて、下駄箱に入れるなんて古風な方法を使ってみようと思ったけど、よく考えるとうちの学校の下駄箱は鍵付きだった。その後も何とかしてこの想いを伝えようとしたけれど、どれもうまく行かなくて今に至る。  でも、今日は…今日こそは絶対にこれを渡す。先輩の部活が終わるのが、多分五時半…そこを見計らって校門の隅の電柱で待ってればきっと彼に出会える筈だ。 (頑張れ、自分。そして、神様……今日こそ少しの勇気を下さい)  ぎゅっと握った袋の中には昨日必死で作ったチョコマフィン。  彼が好きなナッツをたっぷり入れて、甘いのが苦手な先輩用にビターに仕上げた。  後は渡すだけ……胸の鼓動が早くなる。もうすぐ五時半だ。彼は三年だけど、面倒見がいいから最後になる事が多い。 「まだ…かな?」  待つ時間がとてつもなく長く感じた。けれど、腕時計で確認すればまだ五分も経ってはいない。  それでもその時は必ずやってくる。カラカラというチェーンの音を響かせて――門の切れ目から見えたのは紛れもなく、意中の先輩だ。 「あ、あの…」  声を絞り出して一歩踏み出そうとした。だけど、その一歩がどうしても動かない。  先輩は私に気付いてはいないだろう。だって、電柱の影にいるのだ。見える筈がない。自転車に跨って、漕ぎ出してしまえばもう手遅れだ。 (もうあの時のような失敗はしたくない! お願い、動いて…動いてよっ!)  ぎゅっと包みを握りしめたまま、私は自分を叱咤する。だけど、それでも思うようには動けない。 (今じゃなきゃダメなのに! 今渡せなきゃっ、私はまた…)  『後悔』する。もう見ているだけの恋愛を卒業すると決めたのだ。無理矢理にでも頭に指令を出して一歩踏み出す。 「あっ」  が、やはり強引に動かしたからだろう。足は縺れてぐらりと歪む視界。受け身を取る事も出来ず、そのまま地面に打ち付け…。     ガッシャーン  先に耳に入ったのは盛大な金属音。気付けば自分は抱えられ、すぐ傍には心配げに覗き込む先輩の顔。 「あ、あの…私…」  何が起こったか判らず、ただただ顔が赤くなる。 「君、大丈夫? って、君は確か少し前に…」 「す、すみませんっ、私…あの、大丈夫ですからッ」  突然の事にパニック状態の私はあわあわしながら俯き立ち上がる。と、その時だった。  渡す筈だったマフィンの入った包み紙が二人の間にぽとりと落ちてくる。  どうやらさっきの拍子で手放してしまっていたらしい。強く握っていたからか袋が少し潰れている。 「これは…君の?」  先輩の問いに俯いたままコクコクと頷く。すると、彼は丁寧に袋を整えて私に手渡そうとしてくれる。 「そういや、今日バレンタインだもんな。折角作ったんならちゃんと渡しなよ」  優しい先輩。こういうところが私の心を捕らえたのだ。けど、少し鈍感すぎるのがたまにきずだ。 「その……先輩に、なんです。あの、迷惑じゃなければ…ですが」  なんとか声を絞り出す。幸い、聞き取れるほどの声は出せたと思う。けれど、顔はやはり見れなかった。  二人の間にしばしの沈黙が訪れる。恥ずかしいのに、今日は逃げ出す力さえ奪われたように硬直する。 「……そっか、有難う。確か……梅ちゃんだった、よね?」  先輩から紡がれた自分の名前にハッとする。 「なんで、私の名前を…」 「ふふ、覚えてるよ。少し前…そういえばあの時もバレンタインだったっけ? 僕をに呼び出したのに、何も言わずに去っていったから何が言いたかったのか気になっててさ。あとから名前だけ教えてもらってたんだよね」  くすくす笑いながら彼が言う。あの時から気にかけてくれていた?…という事はあの逃走は無駄ではなかったらしい。 「おーい、どうした? 大丈夫か-?」  するとそこへ音を聞きつけて、職員室から先生がやってくる。 「ええ、大丈夫ですから」  彼が言う。そして、自分の自転車を起こすと固まったままの私に、 「とりあえず帰ろっか。 待たせちゃったみたいだから家まで送るよ」  そう言って先輩が優しく笑う。私は私を覚えてくれていた事が嬉しくて自然と涙が零れ落ちる。  「えっ、ちょっ…大丈夫?」  そんな私の涙に慌てる先輩が何だか新鮮で、今度は思わず微笑んでしまう。  「いえ、大丈夫。ありがとうございます」  涙を拭い私が言う。チョコを渡せただけでも嬉しいのに、一緒に帰れるなんて私は幸せ者だ。  先輩の隣りを歩きながら、私は心からそう思った。【Fin】     ●肉食系女子 本人視点 ライバル有の微ギャグ編  私の名前は荒波 カツヨ。女子高に通うティーンエイジャー。  え、今時そんな言葉使う女子高生はいないって? そんなの聞く耳持たないわね。  だって今日はバレンタインデーよ。バレンタインデーと言えば女子が男子に愛を捧げる日。  女子高という出会いの少ない中でも彼氏がいるのといないのとでは大きく違う。  だから勉強は大変だけど、バイトを入れて出会いの機会を増やしてきたの。  そして、いつに標的…じゃなかった、恋人候補を見つけたの。  その彼は同じ焼き肉店のバイト仲間で名門大学に進学している優等生。頭もいいし、何より気遣いが出来る素敵な殿方。  って事で今年は彼にチョコを送って、めでたくカップルにでもなれたらいいなと思っている訳。  こんな言い方してるけど、私は至って真剣よ。生半可な気持ちで彼を射止めたいと思っている訳じゃない。  バイトに入った初めの頃は全然ダメでしょっちゅう店長に怒られていた私を慰めてくれたのが彼で、その優しさがとても嬉しかったの。それにそこまで声かけてくれるって事はあっちも気がない訳じゃないと思うのよね。だから、消極的な彼に代わって私からのアプローチもありかなって。そういう訳で、百貨店で買ってきた手作りっぽく見えるチョコを箱に詰めて、今日は突撃ラブアタックよ。  と、意気込んで出て来たはいいものの一つ問題があるわ。  それは……彼はとても人気があるという事。温和な性格で誰にでも優しい彼はお店に来るマダムからも受けがいい。  今日のバイトでもちょくちょく声をかけられて、チョコを貰っていたのを見かけたわ。けど、一番気がかりなのは同期の雅美ね。  彼女は私より一つ下で小柄で一見可愛く見える。けど、私は彼女の本性を知っている。  彼女はバイトする必要がないほどの裕福な家庭に住んでいるにもかかわらず、ここでバイトして色目まで使って…。  そう、彼女が狙っているのが私と同じ秀平さんよ。私が大陽ならあの子は北風。  あ、これは童話の『北風と太陽』の例え。あの子のあの手この手には手を焼いているもの。  とは言え、負ける訳にはいかない。そこで私も本気を出す事にしたわ。  今日はお店のサービスデー。お客は当然多くなる。雅美はサービスデーの出勤は嫌がるからちょうどいい。  頑張った後のご褒美じゃないけど、仕事終わりの帰り道でこのチョコを渡して告白すれば100%成功間違いなし。  案の定、やっぱり今日は忙しかった。肉とジョッキを運んでは戻しの繰り返し。腕はパンパン。 「ほんと今日は大変だったね。カップルも多かったし」  隣を歩く秀平が言う。 「そうですね…ホント、嫌になっちゃう」  少し俯き私もそれに同意する。空には星が輝き、冷え込んでいるのかうっすらと雪の粒が舞い落ちる。  ここは二人っきりの帰り道。遅くなると途中までは送ってくれるのが恒例となっているのがちょっと嬉しい。 「寒っ! っとそうだ。ちょっと待ってて」  雪が降り始めたのを見て、彼は身震いすると途端に眼前の自販機へと駆け出す。どうやら、何か買ってくれるみたい。  その行為が嬉しくもあり、やっぱり自分に気があると確信できる。  そこで彼が離れた間にそっとカバンから包みを取り出して…渡す準備をしようとした、まさにその時。 「カツヨさん、ごきげんよう」  今一番聞きたくない声。それは紛れもなく、雅美のものだ。  よくあるホラー物宜しく気配を消して現れ、あろうことか私の手の中の包みを器用に釣り針で掬い取っていく。 「くっ、なんてことなの!!」  折角買って包んだ高級チョコを奪われてなるものか。きれいな曲線を描き宙をゆく包みを追い私は飛び掛かる。 (やった。捕まえた!)  それは僅か十数秒の出来事よ。それにしても私の反射神経も捨てたもんじゃないわね。 「カツヨさーん…ってあれ、どこ行ったんだ?」  けど、雅美のそれに釣られて少し移動してしまっていたようね。気付けば、さっきいた場所から少し離れた公園に私はいる。 「ここです、秀平さー…ん?」  探す彼に手を振り、声をかける。そして、そちらに向かおうとした私を待っていたのは想像を絶するまさかのトラップ。 「え……ちょっ、何これ…」  足が鋼のように重い。いや、正確に言えばビクともしない。動かせない。それもそのはず、足元の砂場には砂がなく、その代わりにそこ一帯にトリモチ――俗に言う接着剤のようなものが敷き詰められていたの。 「お見事ですわ、カツヨさん。そう、お見事引っ掛かりにあそばせましたわ」  妙な敬語だか謙譲語だかを使いながら彼女が私を嘲笑う。 「くっ、こんなところで負けるなんて…」  悔しいが完全にしてやられた。このままでは動くに動けない。彼を呼びたい所だけれど、このままでは巻き込んでしまう。 「そのままじっとしていて下さいませね。その間に私が秀平さんのお心を捕まえさせて頂きますから」  高笑いこそしないもののいけ好かない女だわ。けれど、こちらとてそうやすやすと彼女を行かせる訳にはいかない。  釣竿を手放し、スキップを始めそうな彼女の背を前に私はさっきの釣り糸を探り寄せる。そして、 「こうなったら死なば諸共よっ!」  ぶんぶんと振り回した後はもうイチかバチか。何となく狙いを定めて、雅美の背に投げつける。 (かかった!!)  それは天の助けによるものね。初めての投擲でも案外うまくいったのだから。釣り針は雅美のコートを捕らえ、こちらへと引き戻す。釣り糸が手に食い込むけれど、ここで諦めたらこの幸運が水の泡だもの。切れそうになる手の痛みを我慢して、私も必死よ。   べちゃっり  そうして見事雅美もこのトリモチの餌食となったわ。  しかも彼女は身体ごとだ。背面倒れ込んだから髪にもついてしまっている。 「何するんですの、この狂暴女!」  雅美が私の傍で怒鳴る。  「自業自得…あんたの方が犯罪的だわ」  私もそれに負けじと言い返す。けど、そこで私を探す秀平の声が聞こえてきたからさあ大変。  このままでは私の清楚なイメージは崩され、あられもないこの痴態を晒してしまう恐れがある。それだけは避けなきゃ。 「うぅ、私のバレンタインが…」  渡しそびれた特別チョコ。しかし、この事件…いや、女の戦いに巻き込むよりはましね。  私は泣く泣くカバンから携帯を取り出して、彼にラインを送る。 『ごめん、寒くなったので先に帰ります。明日も頑張ろうね』  そのメッセージに彼は納得してくれたらかった。買った缶コーヒーを手に去ってゆく。  「あんたのせいだからね」  私が雅美を睨みながら言う。 「抜け駆けしようとしたあなたが悪くってよ」  そういう雅美は寒さに慣れていないのか鼻声だわ。それもそのはず、よく見ればもう深夜を過ぎているじゃない。  そんな時間であるから暗くなった公園には誰も見向きもしなくて、私達が発見されたのは翌朝になってからの事だった。  …ってもう最悪。ガックシ。【Fin】