「雑貨屋へようこそ!」  ――雑貨「雑貨屋」  考えるのをあきらめたのか、人を食うセンスなのかわからない店名。  森の入り口にある店で、名前の通り雑貨屋で、世界各地から集めた可愛らしい物から、実用品まで様々な商品を扱っている。  雑貨だけではなく、奧にある厨房で作られたパンやクッキーのように小麦粉をこねて焼いた食べ物もある。それらに加えて紅茶やコーヒーにハーブティーもいただけるため、カフェとしても利用できるようになっている。  森の入り口であり、ちょっとした庭になっているために、外でのんびりとお茶をいただくことができるのだ。時々、小鳥が来てじっと見つめてくるけれども、それはそれで楽しい時間といわれる。  もちろん、店内でも食べることはできる。大きな一枚板のテーブルと木の椅子のぬくもりに包まれて。  オーナーは謎の人物。ナイスミドルだと言われているが定かではない。見たことがある客はほとんどいないから伝説と化していくのだった。  お店を取り仕切るのは少年で名前はフィーヴ。十代半ばでほっそりとした愛らしい少年。ただし、本人は「かっこいい」と言われるのを好む年頃。紅茶やコーヒーなど飲み物を淹れる腕前はある。本人が言うには「基本が大切」。  パンを焼いたり、菓子を焼いたり、裏方作業は青年ロイドがやっている。ただし、この彼、面倒くさいと思うとやらないたちで、時々厄介なことが起る。  この日の朝も事件は起った。 「ちょっと! 焦げ臭いよ! ロイドっ!」  テーブルを出したり拭いたりしていたフィーヴが叫びながら厨房に走っていく。 「……これはこれは……焦げてますねぇ」 「だから、焦げてるって! あー、もう、お店の中も焦げ臭いよ! 簡単に抜けないんだから」  黒焦げのクッキーを見てフィーヴは怒る。どたばたと、開けられる窓を開け、扉を開け放ち、空気を入れ換える。  ロイドはへらへらと笑って気にしていない様子だ。 「今日はこれでおしまい」 「商品少ないよ! 一応、お前が作るパン、毎日買いに来る人だっているんだから」 「仕方がないですね」 「そうだよ、重要だよ」  ロイドは少し気をよくして仕事に戻った。 「いらっしゃいませ」  開店一番にやってくるのは杖をついた老婦人。フィーヴは笑顔で迎える。 「おやおや……このにおいの様子だと、パンはまだいただけないんだね」 「す、すみません!」 「じゃあ、コーヒーでも飲んでいようかねぇ」 「うわ、すみません。クッキー食べますか? お茶請けに」 「ふふふっ、いつもありがとう、フィーヴ君」 「本当にすみません」 「いいのよ。どうせ私は暇だから。時々、こうすることも刺激の一つ。来るたびにできているのかしらってドキドキなのよ」  老婦人は楽しそうに笑いながら窓辺の席に座った。  フィーヴは顔から火が出るほど恥ずかしく、笑顔が引きつった。老婦人の優しさに安堵し、心の中でお礼を言う。  フィーヴがいつものコーヒーを淹れて持って行くと、微笑む老婦人は「ありがとう」と言う。 「新緑がきれいになったわね」 「はい、そろそろ、虫除け作らないと」 「フィーヴ君は本当に手が器用よね」 「褒めていただいてうれしいです」  フィーヴは照れた。もっと腕を磨こうと思える瞬間だった。  それから一時間ほど経った。適度に客が入っているのをロイドは見つつ、棚にパンを並べた。籐の籠に入れたり、皿にのせたり種類によって異なる。 「できましたよ……ああ、ご婦人、毎日ありがとうございます」  老婦人を見つけると、優雅にお辞儀をする。 「あらあら、ありがとう。本当、あなたに挨拶されると、貴族になったような気分だわ」 「いえいえ……私の取り柄と言ったら、こういった、執事とか、貴族らしい仕草ですから」 「まあまま、自分で褒めていらっしゃるの? でもパンだってちゃんと焼けているわ」 「ありがとうございます」  ロイドと老婦人は楽しそうに笑う。  パンはまだ「パリッ」という焼き上がり特有の音を立てている。それをロイドは紙袋に入れ、老婦人の持っているかごに入れた。 「ありがとう。フィーヴ君は注文受け中ね。帰りますね。ごちそうさま」 「はい、ご迷惑をおかけいたしました」 「いいのよ。また来るわね」  ロイドが開けた扉を老婦人は杖をつきながら家路についた。町からちょっと距離はあるけれども、いい散歩だと彼女は言ってくれる。 「配達することなく、来ていただけるのが幸せですよねぇ」  ロイドは彼女の背中を見送りながら平穏を祈った。  午後になって学校帰りの少女たちがやってくる。  ここの小物は少女たちに評判で、自分用にプレゼント用にと買い求めに来る。オーナーが買い付けていると言うと、見たことのないオーナーへのあこがれが誰しもわく。  オーナー像に尾ひれがつくのはそのせいであるかもしれない。 「あの、カレシの誕生日なんだけどぉ、何かいいのないかな? これにしようかなと思うけれどどう?」  少女はフィーヴに相談した。 「ええ? どんな恋人なんですか?」 「恋人じゃなくて、カレシ」  微妙なニュアンスの差にフィーヴは困ったがうなずいた。  フィーヴは自分がもらってうれしい物を選ぶ。同じくらいの男の子なら、これだという物でもあった。 「……うーん、無難」 「お嬢さん、こちらなどいかがでしょうか?」  奧からロイドが出てきて、大きいマグカップを取り出す。マグカップ自体はいいのだが、色合いがなんともいえないグロテスクだった。 「インパクトはあるけど、キモイ」 「……その通りでございます」  確信犯だったのかとフィーヴはロイドを見るが、結構張り切って言ったらしく、一蹴されてしおれているのがわかった。  フィーヴもロイドも親身になってあれこれいうが、結局、最初に少女が見つけた品物がいいことわかった。 「包みますね。包装紙はどれがいいですか?」  フィーヴがプレゼント用の紙を見せて尋ねる。リボンやメッセージカードなども選んでもらい、フィーヴは包む、おしゃれに見えるように。  その間に少女はメッセージカードに書く。  テーブルに着いたときに、ロイドが小さなカップに入れた紅茶と皿に一枚クッキーをのせて差し出す。 「どうぞ」 「え、いいの?」 「ええ、お嬢さんが選ぶのにお疲れになられたでしょうから。これは試作品のクッキーですが、お口に合えばうれしゅうございます」 「やったー……試作品かぁ」  整った甘いマスクのロイドの顔が近くにあり、少女は頬を赤らめる。  少女はロイドが立ち去ってから、クッキーをつまんで食べた。ほのかな苦みのある甘いクッキーだった。紅茶を飲んでからメッセージを書く。  メッセージは短く「誕生日おめでとう。もっと遊ぼうね」。受け取ったフィーヴはにこにこ笑い、封筒に入れてプレゼントに添えた。 「いいな、僕もこう言うのもらってみたいです」 「ええ、店員さん可愛いからモテルでしょ」 「……か、可愛い……」  フィーヴはがくりとうなだれる。ロイドはそれを見て厨房で大笑いをしていた。  少女はそんなフィーヴの悩みを知らず、褒めたつもりなのだ。 「ありがとう! 今度はカレシとケーキセットでも食べようかな」 「そんなハイカラな物ありません! あるのはクッキーかパンのセットです」  少女は慌てるロイドを見て笑いながら帰って行った。 「……ケーキですかぁ……」  情けない声がロイドから漏れる。 「無理だよね、お前……」 「こねる、形を作る、焼くならどうにか。どうです、あなたが飾り付け」 「僕の仕事を増やすのか」 「……お店の売り上げのため。オーナーのため」 「うううう。オーナーのために! うー」  フィーヴはうめく。  オーナーはフィーヴのあこがれの男性だ。是非ともあれだけの紳士になりたいものだと。 「……善処しよう」 「頑張ってください! ついでに焼き菓子担当に」 「お前はなにするんだ!」  フィーヴが怒る。  扉が開く音がした。 「いらっしゃいませ!」  新たなお客様に笑顔を見せる。