戦場にて強敵との遭遇は兵士にとっては絶望でしかない。  いかな者であるとはいえ、無傷では済まないからである。  だがある種の人間達はその強敵との遭遇に歓喜する。  そう、それが『戦士』という部類の人間達だ。  彼らは己が剣のみを頼りとし強敵と打ち合う、その行為に悦を見出す人種。  この戦場に立つ彼もまた例外ではなかった。 「ずいぶんとでかいな、お前……相手に不足はねぇ。さあ、やろうぜッ!!」  戦士の前には巨躯を誇るオーガという生物が立っていた。  その体は筋肉質であり、防具の類は身に着けていないがその皮膚に生半可な武具は通じない。  怪力を誇る彼らの武器は棍棒ただ一つである。 「グゥゥゥオオオオオオオーーッ!」  オーガは咆哮し姿勢を低くして地面を駆けると棍棒を薙ぐように振り抜いた。同時に巻き起こった暴風のような衝撃波が辺りに砂煙と礫片を散らす。  戦士はにやりと笑うと紙一重で棍棒の一撃を躱し、攻撃動作後のオーガの無防備な懐に自らの体を滑り込ませた。  戦士は渾身の力を込め、オーガの足先から左肩口にかけて剣を斬り上げる。  白銀の剣閃がオーガの皮膚を切り裂き、紫色の血飛沫が戦士の鎧を染めた。  だがそのダメージに怯むことなくオーガが棍棒を振り上げたのを察知し、戦士はその場から飛びのいた。  直後、彼のいた位置を棍棒が破砕する。地面が大きく窪んだその惨状を見て、戦士は再び笑う。 「おいおい、お前は痛みの伝達さえも鈍いのか? 斬られた直後にその反応速度……まったく惚れ惚れしやがるぜ」  戦士を睨むと静かにオーガは口を開いた。彼が纏う雰囲気に先程までの獰猛さは微塵もない。 「……変わった人間だな、貴様は」 「あ? オーガのくせにしゃべるのかよ、お前」  棍棒を地面から引き抜き、オーガは戦士に向けてそれを構え直す。 「我らは元より人語を解す。ただ、喋るに値する人間がいなかっただけの事……」  オーガはちらりと周りを見る。  戦士も周りを見て苦笑した。  彼らの周りには逃げようとして死んだと思われる兵士、勇気と無謀を履き違え挑んで無駄死にした兵士、誰かを盾にしたが纏めて攻撃され一緒に死んでいる兵士等の屍が転がっている。 「違いねぇな……確かにあいつらじゃ、お前さんの言葉を引き出す前にこの世からオサラバしてるからな」  オーガは言葉が終わるまで待ってから戦車の如き突進し棍棒を上段から打ち下ろす。  それは力の籠った一撃。まともに受ければ剣は簡単に折れてしまうだろう。  故に戦士はその重い一撃を自らの剣の刃の上を滑らせるようにして勢いを殺し、受け流す。  返す刃で戦士がオーガへ切り込むがオーガもまた打ち払うように彼の剣を弾く。  金属と棍棒がお互いを削りあい、火花が散った。 「貴様のような戦士とする闘争、これが戦場の醍醐味と言えるッ!」 「随分と饒舌になったな、デカブツ! 油断してるとその首、一瞬でもらうぜ!」  オーガの攻撃を弾いた戦士はその体を蹴って跳躍し上段から一気に切り下す。  全体重を乗せたその斬撃はオーガの体に縦一文字の深い傷を刻み込んだ。だが最後まで切り裂くには至らず、彼の刃はオーガの左胸に刺さったような状態でその動きを止めた。棍棒を捨てたオーガの右腕が彼の刃を掴んで止めていたのである。 「……浅いわッ! ぬかったな、人間の戦士よッ!」  紫色の血飛沫が舞う中、空いている左腕でオーガは戦士を殴り飛ばす。  巨大なハンマーに打たれたかの如く、戦士は錐もみ回転しながら空中を飛んだ。  全身に広がる痛みと突如として受けた衝撃で天地がわからなくなるなか、戦士はなんとか受け身を取って地面へ無防備に激突することだけは辛うじて避けた。それは体に染みついた戦闘の技術によるもので、並の人間や兵士であればそのまま地面に叩きつけられて絶命していたことだろう。 「がっ、はっ……ははは、効いたぜ……お前の、拳」 「あれで死なぬか。ふむ、貴様はやはり他とは違う。ここまで我に手傷を負わせたのは貴様が初めてだ。その健闘に敬意を持って……我が渾身の一撃で貴様を葬ろう」  落ちていた棍棒を拾うとオーガは深く腰を落とし、息を大きく吸い込んで吐き出した。 「はぁぁぁぁぁぁぁ! ゆくぞ! 我が絶命の一振り、その身で味わって逝けいッッ!!」  太い足で地面をどすどすと踏み締め、オーガはいまだ立つことすらできず、片膝をついている戦士へと走る。  地面が揺らぐかのような咆哮を上げ、オーガは両手で棍棒を掴んで振り上げた。 「悪いが、まだ諦めてないんだよっ!」 「なにっ!?」  刺さったままの剣を掴むと戦士はありったけの魔力を注ぎ込んだ。 「魔力の反応……!? 貴様ッ! 魔法戦士の類であったか!!」 「後悔しても遅いぜ! 我は命ず、紅き炎の奔流よ! 解放せし我が命において荒れ狂え! 炸裂せよ、降魔の剣!! グラディオス・ゴーマッッ!!」  詠唱が終わると同時にオーガは体に受けた傷から激しい赤い光を放つ。それは内部で何かが輝いているかのように吹き出し、赤い光は炎へと変わっていく。体の内側から巻き上がる炎がオーガを包み、内部から赤い剣が何本も飛び出しオーガの皮膚を裂いた。 「ヌゥハハハハハハッ! 最後に貴様のような戦士と闘争できた事! 我は嬉しく思うぞ! ああ、この歓喜の思い……これを胸に抱いて我は一足先に逝くとしよう。向こうで待っているぞ! 人間の戦士よォォォォッッ!!」   幾本もの赤い剣に貫かれ巻き上がる炎に焼かれてオーガはその場に崩れ落ちる。  その表情は苦悶ではなく最後まで満足のいった笑顔と言えるものであった。  それは戦いに悦を見出す者達に相応しい末路とも言える。  数秒して炎がやみ、黒い炭となったオーガを見下ろし、戦士は呟く。  彼もまた鎧は砕け、体中の骨は軋み痛みからか幾本かは折れていることだろう。  それでも彼は楽しそうに笑った。 「はっはっはっは! 実にいい戦いだったぜ、デカブツ――いやオーガ。そうだな、そっちに逝った時は……飲もうぜ、朝までよ」  そう空を仰いで言った戦士はボロボロの体を引きずり、帰路へとつく。  また次の戦いに向かう為に。  戦いに悦を見出し、死地に喜びを。  最後の時は死力を尽くして笑って逝く。  それが彼ら闘争に生きる者達……『戦士』の生き様なのである。